僕の「名言ライブラリー」の中にあった、心に共振を覚える詩です。
このブログに取り上げようと詳しく調べると、作者のナディーン・ステアさんは84歳でこの詩を書いたとされていますが、謎の人物なのでした。
サンドラ・マーツ編『間違ってもいい、やってみたら』、ジャック・キャンフィールド編『こころのチキンスープ』、ラム・ダス『人生をやり直せるならわたしはもっと失敗をしてもっと馬鹿げたことをしよう』など掲載されている本は複数あります。
しかし、ナディーン・ステアについて語られているものはないのです。
これに興味を持って調べたアメリカのコラムニストによると、よく似た名前の一般女性が、雑誌に投稿した文章が様々な人に紹介され、加筆や翻案がされていろいろなバージョンで世の中に広がっていったとのことです。
しかもその女性も何かの文章を引用していたようなので、オリジナルは不明のままでした。
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 」に引用される経営学者)が作者であるとしているものも多くあります。
ドラッカー95歳の時、死の直前の文章ということになっていますが、彼の著作のどこにも存在しません。
真相は、ドラッカーのメルマガに紹介されていた文章がドラッカー作として伝わってしまったようです。
このバージョンは文章のトーンから加筆されたと思われる数行があり、そこがやや教条的な雰囲気に変えてしまっています。
本来の詩の持つ心境と、方向が少しずれる気がします。
冒頭のYouTube版は今回調べているときに発見しました。
写真家詩人の沼田元気の翻訳となっていて、修正が加えられていますが、僕の琴線に触れる良い作品に進化しています。
原詩の作者の心情を深く推し量り、詩人の感性豊かに表現しています。
一般に知られているバージョンも載せますので、比べてみてください。
人生をもう一度やり直すとしたら、今度はもっとたくさん失敗したい。
そして肩の力を抜いて生きる。もっと柔軟になる。
今度の旅よりももっとおかしなことをたくさんする。
あまり深刻にならない。もっとリスクを冒す。もっと山に登ってもっと川で泳ぐ。
アイスクリームを食べる量は増やし、豆類の摂取量は減らす。
問題は増えるかもしれないが、想像上の問題は減るだろう。
というのも、私は毎日常に良識ある人生をまともに生きてきた人間だからだ。
もちろん、ばかげたことも少しはやった。もし生まれ変わることがあったら、ばかげたことをもっとたくさんやりたい。
何年も先のことを考えて生きる代わりに、その瞬間だけに生きたい。
私はどこに行くにもいつも万全の準備を整えて出かけるのが常だった。体温計や湯たんぽ、レインコートなしにはどこにも行かなかったものだ。
人生をやり直すとしたら、もっと身軽な旅行をしたい。
もう一度生き直すとしたら、春はもっと早くから裸足で歩き出し、秋にはもっと遅くまで裸足でいる。
もっとたくさんダンスに出かける。
もっとたくさんメリーゴーラウンドに乗る。
もっとたくさんのディジーを摘む。
それぞれの瞬間をもっとイキイキと生きる。
僕個人としては、もっとたくさん失敗したいとは思っていません。
失敗は十分してきましたし、おかしなことも適当に織り交ざった人生でした。
現在の自分は、そんな失敗やおかしなことが糧となって存在していますので、後悔はしていません。
とにかく現在をまるっと公認することが大事ですから。
この詩の作者も、この境地に達したのは、相応の年齢に至ったからで、悔やんでいるわけではなく悟ったということでしょう。
残念ながら、人間は失敗からしか学べないのです。
成功を目指して、手堅い生き方をしたのが失敗だったのなら、その経験も大いなる学習結果です。
その時の”今”を大切にする重要性に目覚めたのであれば、”幸せ”といえるでしょう。
85歳の詩といえば、70歳代で書いたサミュエル・ウルマンの「青春の詩」が思い出されます。
http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201011060000/
人は体が衰えるのに逆らうように、心は若返りを目指します。
年寄りが”わがまま”になったり”無邪気”になったりするのは、心が子供時代に帰るからです。
若いころは、早く社会人としていっぱしになろうと、常識を追い、分別をわきまえ、他人の目を気にして生きていくものです。
それが、人生の折り返し地点を回ると、景色は逆に映ります。
そこから新しい自分が生まれ、新しい日差しがまぶしかったりするのです。
その時期は人さまざまですが、その時が来れば、躊躇なく新しい道に足を踏み出すべきでしょう。
祝、紫綬褒章受章、桑田佳祐 2014年11月16日
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