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私が泊まっていた宿の近くには、古いものを大切にするイギリスらしく、三軒もの骨董屋があった。私はロンドンにいる間、時差対策のために、毎朝6時に起きて散歩をしていた。骨董屋のウインドウを覗くのも散歩の楽しみの一つであった。三軒の骨董屋はそれぞれに特徴があり毎日飽きないで散歩できた。可愛い食器が中心の骨董屋、時計を専門にしている骨董屋、古い家からそのまま家具一切を集めてきたような骨董屋だ。そのなかで、一番のお気に入りは、最後の骨董屋だ。乱雑に置かれた家具の隙間から小さな置物や装飾品の数々が顔を覗かせる。一度は訪れたいと思っていたのだが、出かけるときにはまだ開いてなく、帰ってきたときには閉まっているのだ。どうしても、一度は訪れたいと思っていたので、昼ご飯を食べてすぐに戻ってきて骨董屋の中を覗いたのだ。店主は以外にも若い女性であった。窓から見えない中に置かれたものは、想像通りに私の好奇心を満足させる品々であった。ただ、残念なことに皆大きいのだ。そのなかで、見つけた二品が下の写真だ。見る人によっては、ただのガラクタだ。私にとっては宝石のような存在だ。イタリアの小物入れのようです。中は汚れて時代を感じさせます。どんな人が使っていたのでしょうか。推理するのも楽しい。骨董は、時代のミステリーだ。天使の瞳で見つめられて買ってしまいました。楽器の先端が折れてなくなっています。完璧な状態でないところがまた良い。これまで、幾人の人を癒してきたのだろうか?今は、日本で私を癒している。
April 30, 2005
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1.5メートル四方の台に載せられ所狭しと飾られてる品々。店によっては、もっと広い場所を確保しているものもいる。広さによって、場所代が違うのであろうか。あるマーケットでは、管理者が、時々見回ってその位置を確認していた。注意されると、文句を言いながらも、はみ出ているところから品物を撤去していた。人気のマーケットは人ごみもすさまじく、ラッシュアワーなみだ。ストール(露店)には当然トイレがない、たまに有料トイレのボックスを発見しても、ものすごく並んでいるか、故障中だ。かといって、常設のマーッケットの中にもトイレはほとんど見かけない。やはり、ここはパブに行くしかないのである。グループで行っている人などは、一杯だけ注文して交代でトイレに行っていた。ブリキの箱というのも哀愁がある。露店の台の上でぽつんと一つだけあったブリキの小さな箱。様々な品々に囲まれて寂しそうな雰囲気をかもし出していた。小さい頃、こんな箱にビー玉を入れていた。そういえば、ビー玉も最近みかけない。子供たちは、ビー玉遊びなんか知らないのだろう。私たちの子供の頃の遊んだ思い出は、本当の思い出だけになってしまった。もう、ビー玉、メンコ(私たちのところでは、ペッチといっていた)、メンコの五分の一ぐらいの大きさの、パッ(他の呼び方を知らない)、おはじき、といった遊びを子供たちは知らないのだろう。・・・残念!!!!祝 東北楽天イーグルス連敗脱出!!!!やはり、仙台でした。ちょっぴり残念な山形県人(本当は、昨日勝って欲しかった・・・)でも、やっぱりうれしい。頑張れ 楽天!!!
April 29, 2005
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ブリックレーンマーケットの穴倉の中で、この三本のビンを見つけました。とても変わった形です。他にも、気に入ったものがたくさんあったのですが、なにせ、イスだとか大きな花瓶だとかという大物ばかりで、飛行機でしかも手荷物で持って帰るのにはチョッと無理な品物ばかり。泣く泣くあきらめました。掘り出し物がないか、穴倉の中を見てまわるのはわくわくどきどき、とても楽しい!一日いても飽きない。
April 28, 2005
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この鳥の絵が描かれたトリオは、チェコスロバキアと裏印がされている。今は、チェコとスロバキアに国が分かれてしまっている。チェコスロバキア→チェコスロバキア共和国→(消滅)→チェコスロバキア共和国→ チェコスロバキア社会主義共和国→チェコスロバキア連邦共和国→チェコ及びスロバキア連邦共和国 とめまぐるしい社会変動を経てきている。1918年10月28日 チェコスロバキア国がオーストリアーハンガリー帝国から独立 1918年11月14日 チェコスロバキア共和国に改称 1919年3月8日 ルテニア地方を編入 1938年10月1日 ドイツがズデーテン地方を併合 1939年3月15日 スロバキアが独立し、チェコ(ボヘミア・モラビア)はドイツ保護領に 1945年4月3日 チェコスロバキア共和国再建 1945年6月29日 ルテニア地方をソ連へ割譲(現在はウクライナ領) 1960年7月11日 チェコスロバキア社会主義共和国に改称 1990年3月29日 チェコスロバキア連邦共和国(チェコースロバキア連邦共和国)に改称 1990年4月20日 チェコ及びスロバキア連邦共和国に改称 1993年1月1日 チェコ共和国とスロバキア共和国に分離し、消滅 アンティークショップのウインドウに見つけた時の旅遊人、どんな時の旅遊をしてきたのか、描かれている鳥の表情が物語を私に語ってくれる。
April 27, 2005
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アンティークアリス(Sloane Square 駅下車 KingsRoad 日曜日休み)の奥にあるアンティークショップでこのカップとソーサー達と出会いました。ちょっと値段が高かったので、一度通り過ぎました。しかし、また、引き寄せられるようにしてその店の前に戻っていたのです。見ているうちに、どうしても欲しくなり買ってしまいました。幾多の時代を経た重みと華麗な時を優雅に過ごした時代のささやきが聞こえるのです。年代は、ビクトリア王女であった、1860年代であると言う。カップやソーサーの高台は厚く重厚だ。絵の柄も落ち着いた感じであるのに比してカップの内側が金彩というとても華やかな色合いというバランスがとてもよい。(カップの内側に取っ手に向かってマイナスのネジが埋め込まれている。後で埋め込んだのだろうか、なぜ?ネジ釘は、日本では1860年頃にアメリカから伝わったようだ。だから、その時代から、あったらしい。)アンティークアリスには、高級アンティークの店が多い、何でも扱うのではなく専門店が多くチョッと高めだが安心感はある。特に気にっているお店が、ポスターを専門に扱っている店だ。マリリンモンローやジェームスディーン、ソフィアローレンなど昔懐かしい映画スターに逢いたくなったらこの店を訪れてみてください。きっと素敵な出会いがあるでしょう。
April 26, 2005
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土曜日カムデン・ロックマーケット 10:00~18:00 CamdenTown駅下車古着屋雑貨が多い。とても賑やかだ。(食べ物の屋台も出ています)ポートベロー・マーケット 08:00~19:00 NottingHill駅下車アンティークの店は平日も営業しています。大道芸人も出ていました。(写真をとったので一ポンド寄付いたしました)他 カムデン・パッセージ グリニッジ・アンティーク・マーケット日曜日ブリックレーン・マーケット 08:00~15:00 Shoreditch駅下車駅近くの古着を中心にしたマーケットと列車の線路下のマーケットと二箇所マーケットがある。こちらのマーケットは値段が安くお買い得商品、掘り出し物の宝庫である。ロンドンのマーケットの中で一番気に入っているマーケットである。(洋服関係のマーケット。この先にズーッと続いている。皮製品もとても安く品数豊富に販売している。)(この建物の上が線路です。この中に掘り出し物がたくさん眠っています)(上の穴倉の中です。どうです、わくわくしてきませんか。トレジャーハンティングしてみませんか)(上の二つの人形はブリックレーンマーケットの露店で見つけたものだ)(人形の裏印だ。実はこの裏印が問題である。よく似た裏印にウイーン窯の裏印がある。本物であればけっこうするものだ。が、日本にある95パーセントが偽物だと言うではないか、売っている人もどこのものかは知らずに売っていた。私も、高級アンティークショップでこの裏印のカップを前日に見たばかり(ただ、ウイーン窯と言うことは知らなかった。そのカップがえらい高かったので、この裏印を持っている品物は高いはずと思った)だったので、本物偽物の判別はわからず買ってきた。マイブースに展示したらすぐに入札が入りましたから、もしかしたら、本物?お買い得かも?ちなみに入札締め切りは、明日です。)他 グリニッジ・アンティークマーケット
April 25, 2005
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ロンドンへきた目的は、オールドノリタケを探すことだ。あちらこちらののマーケットに行ったが、結論から言うと残念ながらいつも譲っていただいているロンドン郊外のものよりも値段が高く、私が楽天で展示しているオールドノリタケとあまり変わらない値段だった。だから、一つだけ記念に買って帰った。・・・残念!その代わりに目にとまった品物を買って帰ってきた。ロンドンのマーケットは、曜日ごとに開催する場所が違う。私が訪れたマーケットを紹介しよう。水曜日カムデンパッセージ 8:00~17:00 地下鉄Angel下車歩いてすぐに常設の高級アンティークショップが入った建物がある。そこを抜けて行くと200メートルぐらいの間に露天の店が出ている。他に常設の店も続いている。こちらはけっこうリーズナブルな値段だ。日曜日は、常設店も休みのところが目立つ。木曜日グリニッジ・マーケット 9:00~17:00 地下鉄CuttySark駅下車(Bank駅から乗換)歩いてすぐのところに屋根つきの広い露天スペースがある。周りを常設のアンティークショップや飲食店が囲んでいる。ゆっくりと飲みながら探すのも良いかも。掘り出し物もあります。(天候に左右されないマーケットです)(カティサークの船と天文台跡があります。他たくさんの見所が歩いてまわれる範囲にたくさんあります。グリニッジマーケットには観光がてらお越しください)金曜日ハーモンジー(ニューカレドニア)・マーケット5:00~12:00地下鉄LondonBridge駅下車駅を出てBERMONDEYSTをしばらく行くと空き地にたくさんの露天が出ている。私が行った時は、11:00頃なのに悪天候のためほとんどの店が閉まっていた。天気が悪いと屋根付でないマーケットは露天が出ないと言うことでした。ここに行くときは早い時間に行ったほうが掘り出し物が見つかると言うことでした。ちなみに、ここでは数多くのオールドノリタケを見つけましたが、値段が折り合わず買いませんでした。それもそのはず、日本人の学生を二人もバイトとして雇っていました。値段が高くなるはずです。その店は、ポートベローに常設店を構えていました。アンティークショップやマーケットを回るうちに、たくさんの日本人オーナーやバイトの人にあいました。それだけ、ロンドンのアンティークマーケットに日本人の観光客が多いということではないでしょうか。日本人にしてみれば、そういう店は安心感があり品物も確かな気がするのでしょう。ある日本人オーナーに、なぜロンドンにたくさんのアンティークショップの日本人オーナーがいるのですかと問いました。日本人はその道のエキスパートが多いからということでした。確かに扱っている品物も、日本人が好むスージークーパー等のようなものを専門的に置いていました。値段は少々高めのような気がしましたが、日本で買うよりは安いことは確かです。
April 24, 2005
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ロンドンの街並みを見ていると古いものを大切にしようという姿勢がうかがえる。しかし、裏返すとそれは頑固であるとも言える。空港から宿まで向かうのに多くの人が地下鉄を利用する。その地下鉄の設備が、どう見ても造られた当時のままのように見えるのは、私だけでしょうか?地下鉄に乗っていると駅に着くたびに、”マイ ザ ギャップ”とうるさいぐらいに聞こえてくる。多分”Mind the gap"と言っているのだと思う。耳にしばらく残るぐらいに駅に着くたびに繰り返し言う。つまり、ほとんどの駅が、作られた当時のままで、列車の高さや幅にあっていないホームなのだ。これも古いものを大切にする精神の表れ?なにせ、ロンドンの地下鉄は1863年に造られた、世界最古の遺物なのだから。そう見ると、電車もなかなか味わいのあるかまぼこ型の可愛らしいつくりである。街並みも、赤いレンガの建物や家が目立つ。小さな駅で降りてみると、同じようなつくりの家々があり、駅を間違えて降りても私のような方向音痴だと錯覚してしまいそうだ。古いものを大切にする精神がなせる没個性であるとも言える。(新しい建物と古い様式を守っている建物と混在する街並み)(宿のそばのパブと二階建てバス。ロンドンの二大名物だ。パブの中も古い様式でとても過ごしやすい。癒される空間である)パブもイギリスの伝統を守り、町じゅうにある。何より嬉しいのが、チップもいらず注文のたびに現金払いの点だ。一人ではいるには、始めはチョッと勇気がいるが、一杯飲んでしまえば後は気楽なもんだ。ただ、チョッと苦労するのが注文の仕方だ。ビールは、種類も多く悩むところだ。日本になじみのある、ラガービールをいつも注文する(他の種類のビールを知らないから)。日本なら大ジョッキ、等と注文するのだが、パブでは、パイント(約560ml)で注文する。ハーフなら半分だ。だから私は、イギリスで一番最初に覚えた言葉が、”ア パイント オブ ラガービール プリーズ”である。これをいったからと言って、ラガービールが出てくるとは限らない。実際に今回も、そういったにもかかわらず、苦くてぬるいビタービールが出てきた。サンドイッチもそうだ。”ベーコンサンドイッチ プリーズ”と頼んだのだが、なにやらごちゃごちゃと言ってくるではないか。聞き取れない英語の川の中に、ブレッドと言う聞きなれた言葉が聞こえてきたので、もしやパンの種類でも聞いているのだと思ったのだが、パンの種類なんて英語(アンパン、食パン、ブドウパン等しか頭に浮かんでこなかった)でなんと言うのかも知らないのだ。もう一度何とか何とかと言うので、めんどくさいので適当なところでうなずいた。それで、出てきたのが下の写真だ。さて、皆さんならこれをどのように食べます?ナイフとフォークが出てきたので、これを使って食べないといけないのかと思ってしまいますよね。前にレストランでハンバーガーを注文した時もナイフとフォークが出てきて、どう食べたらよいか迷ってしまったことがあります。周りを見渡しても同じ物を食べている人がいないのです。このままでは食べにくいことは事実です。とりあえずナイフとフォークを使ってみました。結果が下の写真です。ごらんの通り、ぐちゃぐちゃになってしましました。後で思ったのですが、中身をはみ出さないように具をパンの中に押し込んで、適当な大きさ(半分とか三等分とか)に切って手づかみで食べるのが良いのではないでしょうか?正しい食べ方知っている方いましたらお知らせください。悩んでいるのは私だけでしょうか?
April 23, 2005
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ロンドンでの滞在先はB&Bのドミトリーだ。日本人が経営している。と言う話しだった。実際は、本当の経営者は韓国人でその彼女が日本人と言うことだった。朝食も蕎麦が出たりご飯が出たりと日本人の口に合うものであった。宿泊客のほとんどが日本人と言うのも安心できる(外国人がすべて安心できないと言うことではない。日本人だといざと言う時に日本語で話せると言う、安心感があると言うことだ)。キッチンには電子レンジもあり、夕食を買ってきてチンして食べると言う人がけっこういた。もちろん、お茶も紅茶も用意してある。何よりもきれいなのが良い。これで、一泊20£だ(インターネットで探すと、18£のところもあったが、安心感と言う点でここに決めた)。それに、ヒースロー空港から地下鉄のピカデリーラインで20分というのも魅力の一つだった。駅からも歩いて五分である。住宅街の中なので静かである。近くには、散歩にちょうど良い墓場がある。一人出歩くにはチョッと不気味な感じがしないでもないが、様々な形の墓があり亡き人の生前の姿が想像される。真摯な気持で散歩が出来ます。(宿から歩いて五分の所にある墓場。この建物が門になっていて、この建物の奥に墓場が広がっている。けっこう広い)(門が開くのは8時前後で中の小道にはリスや小鳥が遊んでいる。チョッと見にくいが、木の手前に少女の立像があります。これもお墓です)
April 22, 2005
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ロンドンを歩くには、バスはちょっとわかりにくく地下鉄が便利だ。ロンドンの地下鉄は、Tube と言う。とにかくロンドンに着いたら、地下鉄の窓口に行くともらえる、地下鉄マップ(Tube map)を手に入れよう。地下鉄の切符の買い方はいたって簡単である。行き先のゾーンを確認して、その番号のボタンを押して金額を投入するだけである。ゾーンと言うのは、ロンドンの地下鉄は、ロンドンの中心から、6ゾーンに分かれている。だから、料金は行き先のゾーンによって決まる。券売機の上のほうに、”NO”何とかと書いてあったらつり銭切れなのでちょうど払わないとつり銭が戻ってこないので、ご注意を。地下鉄のチケットで便利なのが、オフピークトラベルカードである。午前9時より販売しているので、窓口に行って”トラベルカード プリーズ”と言えば、1から4ゾーンの乗り放題チケットが、5.2ポンドで買える。これでたいがいのところに行ける。空港まで行く用事のある人は、”オールゾーン トラベルカード プリーズ”と言えばよい(6ポンド)。これで、1から6ゾーンを行ったり来たりできる。ちなみに1から4のチケットで乗り越しで空港まで行くと、1.2ポンドかかるので、オールゾーンを買ったほうがお徳である。(1から4ゾーンのトラベルカード ちなみにこのチケットはバスも乗り放題です)それに、乗り越しは基本的にダメですよ。だから、乗り越しの窓口にはいつも係りの人がいません。車内で見つかるとキセルとみなされて10ポンドの罰金を徴収される可能性があります。特にグリニッチに行くDLR線は、自動改札がないところがあるため検札を行うことが多く、その時行き先までのチケットを持っていないと罰金10ポンドを支払う羽目になります。お気をつけを!(窓口でもらえる地下鉄マップTube map)地下鉄で迷った時は、とりあえず黄色の”Circle"ラインに乗って考えよう。このラインはロンドンを一周している。東京で言えば山手線のようなものだ。ほとんどすべての線に接続している便利な線。時間のある人は、とりあえずこの線に乗ってゆっくりと地図を広げ考えましょう。時間のない人は、駅員に聞いて下さい。地下鉄利用者はけっこうおのぼりさんも多くて知らない人が多いようでした。なにより、聞いても応えてくれる人の話しを理解するだけの英語力が私にはありません(英語ぺらぺらの方は聞いたほうが早い)。一番の重要なことは、駅にトイレがないところが多いので、出かけるときにはトイレに行ってから出かけるようにしましょう。トイレを探すのに一苦労します。もしトイレに行きたくなって、見つからなかったら、街に出てパブを探して(どこにでもありすぐに見つかる)そこのトイレを借りましょう。そういう人が多いのか、パブのトイレはわかりやすく表示も大きく書いてあります。もちろん、トイレの後には何か注文(ジュース等でもよい)しましょう。有料トイレに入るよりはましだと思います。私は、トイレのたびにビールを注文するので、またすぐにトイレに行きたくなります。トイレを借りにパブに行くのか、パブに行くからトイレに行きたくなるのか・・・!(トイレを借りに入ってついビール2杯も飲んでしまった・・・残念!)
April 21, 2005
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窮屈な機内でトイレに行くのに苦労をする。いちいち隣の人に言わなければならない、その人が親切な人なら通路に立って道を譲ってくれる。そうでない人は迷惑そうに足を少しだけ縮める。そして、靴がその人の足に当たろうものならチッなどと言ってこれ見よがしに嫌な顔をする。だから、飛行機はいつも通路側を指定するのだ。なにせ、私はトイレが近いのだ。トイレで思い出したが、カタールのトイレの水の出が少しなのだ。これは、飛行場もホテルもちなみにロンドンのアラブ系のトイレもそうだった。大きいのをした場合、流すのにとても苦労をする。私の場合は、仕方ないので脇に着いているウォシュレット用のノズルから勢いよく水を出し流した。タイ等の安宿のように脇に汲み置きの水がたっぷりと用意してあるところは、思いっきり桶で汲んでお尻を洗いそのあと流せる。あっそうです、肝心なことを言い忘れました。アジアの国々ではその多くは、トイレで用を足す時に紙は使いません。水で洗うのです。その為、マレーシアやアラブ諸国の洋式トイレには引き金を引くと水の出る長いノズルがあります。これで、お尻を洗います。ホテルには一応紙は用意してありますのでご心配なく。何事も水に流せば良い結果が生まれるのです。私は、隣の人がトイレにたつたびにトイレに一緒に行きました。そうしなければ、いつトイレに行けるかわからないからです。長時間の飛行機内では寝る人が非常に多く、起こすのにチョッとつらいものがあるからです。幸い、隣のイスラム教の人はトイレが私以上に近いので安心しました。だから、余裕でトイレに行ったついでにジントニックなどいただいたりしていました。そんなこんなで無事ヒースローに到着。魔のパスポートコントロールです。今回は、初めから帰りの飛行機のチケットもパスポートの挟んで笑顔と思いっきり愛想良く「ハロー」で出しました。案の定帰りの日程を聞かれたので、チケットを指差すと、何も言わずスタンプを押してくれました。よかった、よかった。(ヒースローから地下鉄で20分一分おきごとに飛行機が飛んでくる街に泊まりました)
April 20, 2005
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ホテルから空港へは、ホテルのリムジンバスで送ってくれた。例によって、3時間前には空港に着いていた。それでも、ロンドン行きは満杯で危うく乗れないところだったようだ。実際、乗ってから一人満席で席がなく降ろされていた)チェックインでやたら待たされた挙句、通路側の希望にも応えてくれなかった(と言うよりは応えられなかったのだと思う)。一番後ろの3人席のど真ん中だ。しかも、左隣はスリランカの仏教のお坊さん、右隣はイスラム教の神父さんである。この状態で7時間半の長旅である。飛行機が出発してまもなくから、他の乗客たちはいっせいに酒の注文だ。なにせ、禁酒国で酒が飲めない状態が続いていた人々が大多数なのだからしょうがない。もちろん、私の両隣の人はアルコール類は一切頼まない。私は、小さくなりながらもドリンクサービスの時にワインをいただく。あまり飲むとトイレに行くにも一苦労だ。入国カードのファミリーネームはどの名前を書くのかスリランカのお坊さんに聞かれた。パスポートを確認すると、やたらと長い名前が書いてあった。聞くと最初の名前が、僧侶としての名前で次が本来の苗字、そして名前だと言う。パスポートの横面一杯の名前だ。やはり、苗字を書くのが良いのではないかと言ったのだが、それでよかったのか不安だ。彼は、ロンドンにいる師匠の手伝いに行くのだと言っていた。托鉢みたいなこともするのだと言う。ロンドンの街を黄色の衣をきた僧侶が托鉢をして理解されるのだろうか。イスラム教の神父さんにはスチュワーデス(と、今は言わないようですがどうも私はこっちの呼び方がしっくり行くようです)が後でお祈りをして欲しいと言っていました。さすがに、飛行機が飛び立つ時に横でお祈りをされるとなにか不安なものを感じるのは、私だけでしょうか?(カタール空港の免税店。アラブのお金持ちもいるようです。車も置いてあります。)
April 19, 2005
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ドーハの海は、海岸線は少し汚れているが、沖のほうはとてもきれいだ。泳いでいる人を誰も見かけなかった。海水浴はしないのだろうか。(ドーハの漁船は皆立派です)ドーハの港に行ったら不思議なことを発見しました。それは、港にむかう人のほとんどが、後ろ手をして歩くことです。街ではそういう格好をして歩く人はほとんど見かけないのですが、港に来る人来る人が皆後ろ手をして歩きます。何でだろ・・・。(皆こんな格好で歩いている)ドーハは真珠に何か関係しているのだろうか。真珠のオブジェを使用した噴水と花壇を見かけた。(真珠の噴水)(標識の下が真珠の花壇になっている)余談ですが、飛行機の後ろの翼には目盛りがついていたんですね。初めて見ました。なんかおかしいですね。羽の模様はカタール航空のマークでカタールの国の動物オリックスだそうです。
April 18, 2005
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一日だけの滞在だったが、けっこうドーハの街を歩き回ってわかったことがある。空港からドーハまでは、市内からだと10リアル以内で行ける。メーターで走っても多分それ以内であろうと思われる。交渉では、10リアルだった。逆に空港からでは、20リアルあたりが妥当なせんではないかと思われる(メーターを隠しているのか車内にメーターが見当たらなかった。だから、当然交渉になる。空港から離れた場所の運転手と交渉すると安いようだ)。(空港から来るとこの剣のゲートが迎える。この先が空港)ホテル日本から予約できるホテルは、たいがい13,000円前後(朝食付きが多い)。私は、インターネット(オクトパス)で三つ星のリージェンシーを予約した。朝食付き(食べ応えのあるバイキング方式。であるが、なれた人は出ているパンではなくトーストを注文していた。もちろん無料。今度行ったら私も、注文してみようと思う。)税込みで8,700円であった(カードで前もっての支払い)。日本で予約しないで、それ以下のホテルに直接行ってもよいようです。旅行業者は、前もってのホテルの予約をすすめるが、予約しないでも問題はないようです。ビザの申請用紙には適当にホテル名と住所を書けば問題はないようです。ただし、すべて自己責任で行ってください。中東あたりの情勢は日々変化しますので、いつ厳しくなるかわかりませんので。物価は、非常に安い。レストラン(MAHARAJA) チキンカレー グリーンサラダ ナーン コーラ ミネラルウオーター一皿が街の食堂で出てくる量の3倍ぐらい。私は、グリーンサラダが食べきれず残してしまった。会計が24リアル(約720円)である。街の屋台のようなところで、チャイ(ミルクコーヒー)コップ一杯と小さなビスケットで1リアル(約30円)である。高級ホテルで食事をしない限りでは、いくら贅沢をしても金が減らないのである。スーク(SOUQ)と呼ばれるショッピングセンター(市場)は、昼間より夕方のほうが賑やかになる(夕方からの営業の店がけっこうある)。たくさんのスークが集中してある。日本のコンビニは当然ないが、街のいたるところになんでも屋さんがあり、朝早くから夜遅くまで営業しているので、ミネラルウオーター、アイスクリームから鉛筆、洗面用具にいたるものまで必要なものはすべてそろう。道に迷ったら、モスクを目印に歩くとよい。私は、チョッとわき道に入った、甘いもの屋で食べた後五分ぐらい歩いて忘れ物をしたことに気づいて戻ろうとして20分以上もその店を探し回った。方向音痴の人は忘れ物をしないようにしましょう。幸い店の人が保管してくれていて笑顔で待っていた。日本人に対してはおおむね好感触なようだ。(韓国人と間違われる。それだけ、韓国人が多く来ているのだろうか)カード(必携)と日本円以外の現金を少し持ってゆきましょう。造りは似ているが、微妙に違いがあります。
April 17, 2005
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入国審査を終えいよいよドーハにたどりついた。入国審査で一緒になった母娘がトランジットの5時間の間にドーハの町に出てスーク(市場)に行きたいと言っていたので、私もまだ朝早い時間で、ホテルのチェックインも出来ないだろうから、一緒にスークを見学しようと言うことになった。市内まではタクシーを利用する。空港内の両替所で40ドルを両替する。(もちろん円は両替できない。レートすら書いていない。見たこともないと言う)145.2リアルになった。1リアル約30円である。空港出口に立っていたタクシーの運転手に一番大きなスークまで、いくらか聞いた。30リアルだった。日本で立ち読みしてきたガイドブックには16リアルぐらいだと書いてあったので、断り、チョッと離れた場所にいた運転手にもう一度尋ねた。20リアル、その運転手は答えた。これなら、相場だろうと言うことでこのタクシーに決めた。市内までは、約5キロぐらいだとガイドブックには書いてあった。チョッと走ると町並みが多くなりすぐに市内に入ったようだ。飛行機から見た町並みも小さかったが、実際の町並みも近代的ではあるが、どこか可愛い感じのする街並みである。飛行機から見た印象は、海と砂漠に囲まれた白い街並みだ。その母娘とは2時間近く一緒にスークを回った。皆近代的な建物の中に集められ、古い形の市場ではなくなっていた。屋台的な市場もあることにはあったのだが、数が少なくどんどん取り壊されていて、その近くに新しいスークの建設がはじまっていた(都市計画なのだろうか)。母娘と別れた後は、とりあえず腹ごしらえと言うことで、小さな店に入った。メニューも読めないので、一通り食べている人たちの皿を眺めてから、隣で食べているキーマカレーとナーンを指して注文した。しばらくすると、小皿に盛られたキーマカレーとナーン、それにサラダ(トマトときゅうりとにんじんスティックとレタスの刻んだものが小皿に盛られている)が出てきた。ついでにチャイ(ミルクティ)も頼んだ。外国人なのでスプーンを付けてくれた。本当は素手で食べるのだ。そのため、店に来て最初に客がする行事がある。それは、手洗い所に行って手を良く洗ってくることなのだ。もちろん、ほとんどの人は、ハンカチなど持っていない。そのために入り口の会計のおじさんの前に紙ナプキン(とても薄くぱりぱりしていた)が置いてある。それを2,3枚つかみ手を拭くのだ。それから注文をする。食べ終えると、また、手洗いに行きよくてを洗うのである。私もそれに倣って食べ終えてから、手洗い所に行き手を良く洗い、紙ナプキンで手を拭いた。お代は、しめて4リアル(約120円)なり。安い!!これで、ドーハは物価がえらい安いと言うことが想像できる。腹も一杯になったので、ホテルを探しに街中をうろうろとした。市内のど真ん中であると言う風に聞いていたので、すぐに見つかるだろうとたかをくくっていた。が、いくら探しても見つからないのである。しかたがないので、人に聞いてみた。2人に聞いて、返ってきた答えが、2人ともまっすぐ行ってあの広いとおりでタクシーを拾え、なのだ。だいぶ、足のほうもお疲れモードなので、タクシーを拾って泊まる予定のリージェンシーの名を告げる。タクシーは、メーターを入れ(これを確認しないとボラれる。もし、メーターを入れないときはメーターを入れるように言う。)すぐに走り出し、なぜか途中私を乗せたまま給油したのである。タクシーはリージェンシーホテルに止まる。料金は4リアルだ。ホテルを見てビックリだ。先ほどから、何度も通ったところだったのだ。しかも、道を聞いたところからは200メートルも離れていないところだったのだから。あまりに近いので、タクシーは時間つぶしに給油をしたのだろう。そして、多少は遠回りをしたのだろうけど、他の危険なタクシーに比べたら可愛いものである。ホテルから見た街並み
April 16, 2005
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関空での待ち時間に一緒に乗り込む人たちの話しを聞いた。JTBのツアー客だった。激安のエアーを使った10日間98,000円(しかも全食事付き)のトルコツアーだった。ついてすぐに6時間のバス移動などかなりハードな内容のツアーらしいが、ツアー客のほとんどがシルバー世代なのには驚かされた。それに、皆さんとても元気なのだ。それも、是が初めてではなくしょっちゅう海外を含めて旅行を楽しんでいるというからなを驚いた。東京と大阪のJTBの二組の団体である。それぞれ約30人前後集まっているという。皆旅なれたもので、一時間遅れの待合室の過ごし方もそれぞれ余裕を持って疲れないような姿勢(靴を脱いだり、横になったり)でくつろいでいる。これが、日本の高度成長を支えてきた人たちのパワーなのだと実感した。飛行機は以外にもがらがらで、ゆっくりと真中の4人席をひとりじめでき、横になって寝て行くことが出来た。カタール航空は、日本とカタールの直行便が初めて就航ということでかなり気を使っているようだった。コンパクトになる歯ブラシセットと靴下、アイマスク、石鹸がクビからぶら下げるひも付きのポシェットに入っている。メニューも冊子になっていて豪華さを出している。夕食が、洋食と和食を選べる。洋食は、前菜 ポテトと粒マスタードのサラダ ロースとチキン添え メインコース テンダービーフとマッシュポテト 魚のマチブース(ライスと魚を使った伝統的なアラビア風料理) ティラミスケーキ パン・バター チョコレート和食は、前菜 スモークしたマグロの寿司 卵焼き 魚肉団子 そば 茶蕎麦 メインコース チキン照り焼きどんぶり 香の物 レーズンクッキー 他にインスタント麺 サンドイッチ ケーキを用意朝食オレンジジュース 季節のフルーツジュース フルーツヨーグルト オムレツスペイン風フリッタ クロワッサン バター ジャム メニューの最後に、このメニューはイスラム教の教えに添って作成されています。と書いてあるところがさすが中東の飛行機であると実感させられるところである。アルコール類が豊富に積んであり、そのあたりはイスラムの教えよりも乗客の教えを大事にした結果だといえる。カタールに入国する日本人はごくわずかであった。それも、ほとんどが前もってビザをとっているらしくインスタントビザのカードを書いているのは、私ともう一組の母娘だけだった。ビザ申請用紙の置いてある窓口では、受け付けてもらえず隣のエクスチェンジの窓口でもビザ用の両替も出来ず。結局、入国審査で直接の支払いになる。しかも、支払いはカードのみで現金は受け付けないのである。カタールに行かれる方にご注意いたします。必ずインターナショナルなカードを持って行って下さい。それに、日本円は両替できませんので、ドルかユーロかポンドの現金を持ってゆかれる用のお奨めいたします。インスタントビザは55リアル(約1,650円)です。ちなみに、前もってホテルの予約も必要ないようです。適当に有名ホテルのアドレスと名前を書けば入国できます。一緒に入国した母娘はトランジットで5時間も時間があるから、チョッと市場を見に入国するのだという。ビザ申請用紙も簡単なものだ、入国目的、名前、職業、パスポートナンバー、国籍、性別、発効日、期限、カタールの住所(ホテル名)を書くだけだ。ドーハの水のみ場。冷たい水が出てくる。口に含んだが(さすがに、お腹をこわすといけないので飲めなかったが)、とても美味しそうな水だった。
April 15, 2005
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格安チケットで一番心配なことは、本当に飛行機に乗れるのだろうかということである。今回は、ロンドン往復34,800円という破格な安さなので、特にその心配は大きかった。だから、空港には、早めに行って早めにチェックインすることを心がけた。なにせ、オーバーブッキングがあたりまえのこの業界である。ぎりぎりにチェックインすると席がなく乗れない可能性もあるのだ。事実、この時も、座席が足りなく、フレックストラベラーを募っていた。一便ずらすだけで一万円がもらえるのだ。時間的余裕があるなら、私も一便ずらしてお金が欲しかったが、一便ずらすとカタールまでの飛行機に乗り遅れるので、やむなく断念した。・・・残念!!旅程のおさらいをしておくと、東京(羽田)から関西国際空港経由カタール(ドーハ)一泊、翌日カタールからロンドンへ。帰りはその逆のパターンでカタールには宿泊無しで乗り換えになる。当日は天候が悪く、関空行きの飛行機も30分遅れの表示がなされた。その直後空港係員が「関空でカタールまでの飛行機に乗り継ぎの方集まってください」との案内があり、カタール行きの13人が集まった。カタール行きの乗客を前に係員は言った「このままの状況ではカタール行きの飛行機には乗れない可能性がありますのでご了解ください」いきなりの衝撃に、一瞬言葉が出なかった。その後、私たち乗客は口々に「何でANAとカタール航空の共同運行の飛行機が遅れるのにカタール行きの飛行機が待てないのか」と皆でANAの地上職員に詰め寄った。あるものは、直接カタール航空に電話をすると言って電話番号を聞いていた。私の頭には、乗れなかったら大変だということだけが大きくぐるぐると回りどうしようどうしようとそればかりが気がかりで、乗れなかった後の対処まで頭が回らなかった。天候が悪く、いまだに20機ほど飛べないで待機している飛行機がいるので、難しい状況である。そんな説明を繰り返すのみで、申し訳ないとか、もし乗れなかったらどうするなどの説明は一切なかった。なんて不親切なんだという声があがった。が、そんな声は無視して係員はその場を離れた。仕方無しにぶつぶついいながら皆もとの場所に戻った。その頃には、とにかく関空まで行って、乗れなかったらごねるしかないという腹で決まった。どうなるかはわからないが、ごねてごねてごねまくるしかないという思いだった。五分後、再び姿をあらわした地上職員が「カタール行きの飛行機は1時間遅れになり確実に乗り継ぎが出来ます」という案内がされた。その時も、お騒がせして申し訳ありませんという一言がなかった。どうなっているの。とにもかくにも、30分遅れで飛行機が無事関空に向けて飛んだ。カタールのモスク
April 14, 2005
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本日やっと我が家に帰ってきました。チョッとお疲れモードなので、旅の話しは明日から書きたいと思います。
April 13, 2005
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ロンドンへ行くのは、実に16年ぶりなのだ。テレビや映画に出てくるロンドンの町並みは、昔とちっとも変わっていないように感じる。古いものを大切にする国民性だと思う。古いものが好きな私にぴったりの町である(物価が高いことをのぞけば)。オールドノリタケを探す旅である。観光はしない(ただし、ブリティッシュミュージアムとナショナルギャラリーは行く予定)。出発がとうとう明日にせまった。羽黒高校がベスト4に進出した。我が山形県、それも庄内の高校が偉大なことをやってくれました。我が旅立ちに、幸先のよいことだ。16年前のビッグ・ベン
April 2, 2005
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立ち止まることのない時振り返ればいつかきた道昔の自分がいる失ったものの大きさと満足することのない生活スローモーションのように時は過ぎ歩みつづけるほどに過去に近づく旅人は自分の後姿を追いながら夢を見る人生なんてこんなものさうそぶく自分が情けない夢の続き見るために旅に出るはかなきものへのいとしみ覚え空虚の時を有益に思う歩み続けるほどにむなしさ消え旅人は自分の夢の続き追いながら旅をするずいぶん前のことだが、ベトナムのフエからラオスの国境までを地元の旅行者に頼んだことがある。途中までは観光するマイクロバスに便乗するかたちで観光しながら行く。途中からはバイクに乗り換えて国境を目指す。是が曲者なのだ。国境の手前の町で彼等は申し合わせたようにここから先は追加料金をもらわないと行かないと言う。ここからが、旅なれてなおかつ強気な人と、私のような弱気な人とで対応が違う。私は、言いなりになりながら、何とか少しでも負けてもらうように交渉するが、旅なれて強気な人は、カメラでバイクの写真を撮り旅行社にこれを報告すると言って無理やり国境まで走らせる努力をする。結局そのときは、私は言いなりの金額で国境まで行き、強気な彼等はバイクの背に二人乗って国境まで行った。(強気な人の片割れのバイクはさっさと帰ってしまったから)どっちがよいのかはその時々だと思うが、一人でこの交渉をするのも難しいものがある。バイクの運転手たちは、旅行会社から入る手数料が少ないのでこんなことをしているらしい。いいなりにばかりなっていると、後の旅行者が迷惑することになる。でも、気の弱い私はついお金を払っていいなりになってしまう。(まけて貰う努力はするが)難しいものだ。ノリタケ スタジオコレクション
April 1, 2005
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