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~体育祭が近づくにつれて、三年生の教室には異様な緊張感が醸された。 他のクラスは着々と仮装の準備を進めているのに、僕のクラスはどうもまとまりが悪く・・・・~ ~どういうわけか男子がバニーガール姿に仮装すればいい、という予想外のところへ 着地してしまった。~ (原田宗典著 十七歳だった より)残念ながら、私は未だかつてバニーガールの仮装はやったことがない。正直、少々心残り・・と言うか、後悔というか・・・。このような馬鹿馬鹿しいノリは学生だから成り立つのであって、オッサンがやってしまうととても「下品」な感じになるのである。少なくとも、他人を不快にすること間違いなしである。これが、ティーンエイジの学生がやると「下品」や「不快」は無く、「単に馬鹿馬鹿」しいとか、「若さ故の・・・・」とか「元気が・・・」とかと、大変寛容な扱いをうける。大人達や、先生達は学生に向かって「今しか出来ないことをやりなさい」ともっともらしく仰るが、”バニーガールの仮装”はまさにこれに値するのである。(力説するほどの事ではナイけどネ)
June 24, 2009
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~当時の岡山の高校生には、大別すると四つの道しかなかったように思う。 一つめはガリガリと勉強して一流大学を目指す道。 二つめはひたすらスポーツに打ち込む 三つめはドロップアウトして髪の毛をまっ茶に染めちゃったりする不良の道。 四つめは黙々と本を読み憂鬱を気取り「虚しいぜ」などと呟く文学青年の道。~ (原田宗典著 十七歳だった より)私の高校生当時は(少なくとも私の周りには)「文学青年」は居なかった。逆に、一~三に加え、 アニメにのめり込む ゲーム、パソコンにのめり込む バンドとかの音楽活動にのめり込むと言う選択肢が有った。私と原田氏との年代差は7年程度だが、既に現在の高校生に繋がる様相である。私の場合は音楽に嵌っていた。中学生の中頃に姉が「松山千春」や「かぐや姫」をフォークギターで練習していたのに影響を受け、「アリス」や「長渕剛」のCopyに始まり、高校生の頃には自分のギターを手に入れ「佐野元春」や「浜田省吾」でバンド組んでいた。演奏そのものが好きである事はもちろんだが、レンタルスタジオで練習をすることにちょっとしたステータスを感じていた。まあ、簡単に言うと 「俺って、ちょっとカッチョイイかも」 と言う自己満足だ。また、こう言う活動に興味のある女の子がいて、練習の見学や差し入れに来るもんだから、更に勘違いの自己陶酔に陥ったのだ。そして、これらの練習の晴れの大舞台は「文化祭」のメインステージ。校内の女の子達から奇声や熱い視線を浴びまくり、ステージ後には、もしかしたら「あんなこと」や「こんな事」がおきて、サティスファクション!!の頂点になるかも!!と、夢見るわけだが。たかだか高校の文化祭でも、同じ様なバンドが数多く存在したため、オーディションによる選出が必要だった。ここで誤算だったのが、前述したとおり私は生徒会副会長。文化祭スタッフの上層部であり、オーディションに対する権限もTop。たとえ、実力でオーディションを勝ち取れたとしても不正の匂いがプンプンする訳で・・・・・。結局、周りからの非難も有り、メインステージへの出場は半強制的に辞退させられてしまった。とは言うものの、権力を行使して教室を一つ調達しライブハウス風(自分ではライブハウスと思い込んだが)のステージで自己陶酔を存分に楽しんだ。
June 22, 2009
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~最近の17歳を見て思うのは、「みなさんファッショナブルだなあ」ということである。~ ~これはやはりマニュアル文化の勝利と言うべきであろう。~ ~僕らの高校というのは、詰襟の学生服であったから、お洒落のしようがないといえばない。~ ~カッターシャツのボタンを外し、チラリとみえるBVDのカッチョよさ。~ (原田宗典著 十七歳だった より)原田氏は、このノリで母親に「ボタンダウン」のシャツをねだったところ、翌日お手製のボタン付きシャツ(しかもでっかいボタン)を渡され腰砕けになったそうな。さて、私の高校生の頃の制服ファッションはと言うと・・・。私の高校の制服は詰襟ではなく、ネクタイにブレザー。これを、いかに着崩すのがポイント。まず、腕まくり。当然ワイシャツをまくった上で、ブレザーを肘の所まで捲り上げるのだ。次に、ネクタイを少し緩めワイシャツのボタンを上から1~2個外し、原色系のTシャツをチラリとのぞかせるのである。まあ、現在の近所の高校生とあまり差が無いように思うが、当時の私達に比べ彼らがアカ抜けて見えるのは、なぜなんだろう・・・。
June 19, 2009
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~「人生について暫く一人で考えたいと思います。 僕のことは探さないでください。さようなら。宗典」~ ~「さらば我が家よ」などとつぶやく。気分はランボー、である。 誰も褒めてくれる人がいないので、僕は自分に、「カッチョいいぞう」~ ~小豆島行きのフェリーは、市内から車で20分ほどの岡山港より発着する。~ ~不意にやる気をなくした僕は、再びバイクにまたがって港まで戻った。~ ~自分では認めたくなかったが、わずか半日で里心がついちゃったのである。~ ~しかしまあ17歳の家出なんて、こんなものなのかもしれない。~ (原田宗典著 十七歳だった より)残念なことに、僕は今まで一度も「家出」をしたことがない。17歳以前も、以後も、一家の主となっている現在も。である。まあ、今、家出をしたら「家出」ではなく「失踪」や「蒸発」と言う表現になりそうなので、どうやら「家出」とは、子供だけの特権のようである。私も原田少年並みに反抗期があった訳で、当然「家出」も考えたことは有った。原田少年が「岡山港から小豆島へ」であれば、私は「明石港から淡路島へ」と言うシチュエーションも有りえるのだが、原田少年のように「島で綺麗な女性と出会って、ああなって、こうなって・・・」と言う豊かな想像力がなかった為に実行には移せなかったのかも?しれない。自分自身は家出をしたことはないのだが、不思議な出で立ちの家出に遭遇したことはある。17歳の頃ではなく、大学生の頃(多分21歳頃)。当時付き合っていた女の子が突然電話をかけてきて「家出をした」というのである。彼氏の僕としてはほって置くわけにも行かず彼女に会いに行った。彼女は軽自動車の後部座席に布団一式と着替えを詰め込み家出を決行したのだ。敷き布団と掛け布団で満杯になった車を見て「なぜ布団一式?」と大変不思議に思ったのを覚えている。
June 10, 2009
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~17歳といえば、純粋で汚れを知らぬお年頃。 あくまでも溌剌として爽やかで、白い歯がキラーン、瞳の中に星がピカピカーン、 焼けた肌がチカチカーン、ああなんて美しい年齢なんでしょう十七歳は! ・・てなことを大人たちは考えがちである。 本物の十七歳はもっとドロドロしていて、結構ずるくて、しかも間抜けで、 カッチョ悪いものなのである。~ (原田宗典著 十七歳だった より)原田氏のエッセイには、たまーにこう言う原田氏個人のステレオタイプ的表現「大人たちは・・・・がちである」が有るのだが、これは違うかな?と思う。「大人たちは考えがち」であるのではなく、「大人たちは、17歳はこうあって欲しい」と思いがちなだけなのだ。17歳は爽やかであって欲しい。汚れなく純粋であって欲しい。(宮崎アニメの少女像みたいなもんやねー)つまり、実際はそうではない事をわかっているのである。ただ、大人との違いは「恋愛」「性欲」と言う感情に対しビギナーなので(行為ではなく「感情」に対し)色々右往左往してしまう。とっても敏感なお年頃なのである。ある時は・・「まぁ、もうこんなになっちゃって」なのに、「あれ?おっかしーなぁ、体調悪いのかなぁ~?」になっちゃったり・・・。(なんのコッチャ)なにかと大変なお年頃なのである。
June 8, 2009
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~「今日は気が乗らんから、サボリじゃい。」 「サボリって、そんなんありか?」 「ありじゃ」 「じゃ、あのう俺もサボッちゃおうかな」 僕は即決してK君の隣へ並んだ。~(原田宗典著 十七歳だった より)「十七歳だった」では、著者はK君と学校をサボッたのだが、サボッて遊びに行くと思っていたところ、K君は文化センターの自習室で勉強をしはじめたそうな。と、言う落ちがついている。さて、私はというと、先回の「不良」になる活動を進めていた結果として当然サボリは必須アイテムなのであった。高校3年のときだが、「化学(だったかな?)」の授業はかなりサボッた。大学受験で不要な科目だったし、サボッても怒らない先生だったと言うのが理由だ。ただ、誰かと吊るんでサボル訳ではなく単独で授業をサボり、生徒会室でマンガを読んだり菓子を食べたりしていた。当時、私のせいで生徒会室は部室のような状態。さすがに飲酒はしていなかったがまさか「生徒会室」では悪さはしないだろうと言う教師の盲点に付け入っていた。(喫煙は数回。。。。しました。。。私が。。。ゴメンナサイ)3年生の後半のある日。私が家に帰ると母が激怒して私に言った。「てっちゃんから電話が有ったけど、あんた、化学の授業出てないそうやね?このままやと、出席日数が足りんから卒業出来んそうやで!!どうすんの!!」実はこの「てっちゃん」と言うのが化学の先生で、母の幼馴染だったのだ。(幼馴染である事を、この時初めて知らされたのだが・・・)「直ぐに、謝りに行って来い!!」私は授業をサボると卒業できなくなると言う発想もなかったし、親にサボリがばれるとも思っていなかったし、先生と母が幼馴染だと思ってなかっし、等など複数の事実を突きつけられて、大いに慌てた。当然、大至急先生の自宅に行き平謝り。今後の態度を改める約束をし、レポートも書き、と結局「不良」とは程遠い顛末となった。
June 3, 2009
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~男の子の場合は誰でも一度は『不良』というものに憧れる時期がある。~~吸っちゃいけないと言われるから、吸ったのである。~~「これで俺も不良の仲間入り。ふっ、後戻りはできねえぜ」自分だけが大人、他の連中はみーんな子供に思えた。~(原田宗典著 十七歳だった より)ああ、またもや原田氏と同じ足跡を踏んでしまっている。私もほぼ同じ発想、経緯で煙草を吸い始めた。高校2年の頃である。私の憧れる姿は「勉強が出来て、大人に一目置かれ、リーダーシップがあり。でも不良」で有った。そして、これになれれば女子にモテモテのはず。と言う下心も有りで。高校2年のとき、たまたま友人たちの冗談で、生徒会副会長になってしまった。加えて、数学と英悟だけはTestの点数が良く、前記の「勉強が出来て、大人に一目置かれ、リーダーシップがあり。でも不良」のお膳立てが整いつつあった。つまり、微妙ではあるが「優秀」な一面は出来てる?かも・・・なので、次は「不良」の一面が必要なのである。さて、不良のなり方だが、色々思案してみた。「不良1」・・・「暴走族、けんか、かつあげ」だが・・そんな根性は無い。「不良2」・・・「不純異性交友」・・・それが出来れば苦労はしないのだ。「不良3」・・・「授業をズル休み」・・・んっ。これなら出来そう。「不良4」・・・「仲間と夜遊び」・・・麻雀ぐらいなら。「不良5」・・・「喫煙」・・・おおっ!これだ!大人の男のアイテム!と、言う事で「煙草を吸いながら、友人と麻雀をし、たまに授業をサボる」事で、不良になることを決定した訳だ。そして、僕はついに「勉強が出来て、大人に一目置かれ、リーダーシップがあり。でも不良」と言う理想像に到達したわけである。(まあ、自分でそう思ったのだから、そう言う事にしておいて下さい)ただ、・・・「女の子にモテモテ」・・・は、未だに達成していないが。
June 1, 2009
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