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2010.09.01
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SSS

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あんたそりゃ無理ですよ


「一緒に寝ましょう。又市さん」

無防備な笑顔そのままに言われた言葉に、又市は一寸間を空けてから「ハァ?」と聞き直した。
仕掛けも終わり、後は江戸に帰るだけの最中に宿に泊まる事は良くあった。
又市一行だけならば野宿だろうが大して気にも止めないが、百介の存在を気遣ってのことだろう。出来る限り屋根のついた場所へと思い今日も宿を取ったのだが、生憎部屋数は2つしか空いて居なかった。
お銀はある種家族のようなものだ。今更どうこう思うことも無い――だが、生憎と百介との同室を考えると幾ら江戸一番の野暮でも身が狭いだろうと考えた結果、又市と百介が同室にて就寝することになったのである。
(そもそも自分以外の者と二人きりで一夜なんて考えたくない思いがあったのだろうが)

百介は世間離れしてはいるが、大店の若隠居らしく非常に利巧で礼儀も正しい。慎ましやかな所も又市が好むところではあったが、彼は今何と言っただろう?

「……あの、先生。奴ァどうもまだ酒が残ってるんだか、妙な聞き違いしてしまいやして……今なんとおっしゃったんで?」
「ええと、ですから一緒に寝ましょうと」
「……一緒ってぇのは、アレですかい。この部屋で一緒にっていう」
「違いますよ。さっきお銀さんから聞いたと思いますけど、仲居が仰っていたでしょう?」
「仲居?」
「急に布団が足りなくなってしまったので、その代わりにこの店一番の大判布団を一組用意するから勘弁して欲しいと。何、私も出来るだけ端に寄ります故、一晩だけ我慢頂ければ――」
「ち、ちょっと待って下せえ先生!」

慌てたのは又市である。
確かに同室での一夜を望んだのは自身だが、同じ布団で一夜となれば話が変わる。
何遍も何遍も夢に見た行為が出来る程傍によった距離で一晩生殺し状態になれと言うのか――。
百介に悪意はない。だが地獄を見るぐらいならばそれこそ廊下の板の間で眠った方が随分マシと言うものである。

「あー……と、とりあえずその布団は一人でお使いくだせェ。奴はちと所用を思い出したもんんで、少し出てきやす」
「え、でも」
「何、奴も用を済ませたら帰ってきやす。そんときゃあまあ、精々襲っちまわねえように辛抱しやすよ」
「襲うも何も、私の持つ路銀の程度などご存知でしょうに」
「その襲うじゃあねえんですがね……」
「え?」
「いや、何でも。それじゃ先生おやすみなせえ」
「ええ。早く帰って来てくださいね、又市さん」
「……善処しますよ」

純真な眼差しを向ける百介の願いはきっと叶わないだろう。
だがそれでも一人残して外で寝るのはやはり忍びないので――とりあえず自身を諌める為にも、又市は部屋を後にしたのだ。


(だがそれもまた生殺しの始まりである)


(巷説/又百)





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Last updated  2010.10.18 02:03:46


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