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2004.10.24
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カテゴリ: カテゴリ未分類
古い時代においては、思想はどのように便宜的に使われたのであろうか?

最も古い人類は自然教であり、原始宗教とも言い、
今日の日本ではアイヌ人の物の考え方に典型的に残っている。

即ち、自然の個々のものは、全て神(カムイ)であり、
人間はその力で生かされている。

全ての食物は神が与えてくれたものであり、
熊を食べるには神に感謝し、熊の霊を慰めた。

これは自然の力の強大さに、ただただ恐れおののいていた頃の
宗教である。

そこには中心となる神は無く、それぞれ独立した存在であった。



■組合的一神教

しかし、農耕が発達してくると変わって来た。

この事を我が国に例をとると、食物採取の縄文時代より弥生時代、
即ち農耕時代になった。

ここに古代史を研究する学者に共通した誤りがある。

それは、今まで食物採取の時代が、ある年突然に農耕時代に変わった
と考えていることである。

だから、「食物採取の縄文時代でも、三内丸山遺跡の発掘により
農耕跡が見つかった事により、縄文時代の歴史も書き改めなければ
ならない」などと言い出した。

しかしそうではない。

一万年以上あった縄文時代にも初めの頃には丸っきり食物採取を
していた時期があり、中期以降、徐々に自然にある栗の木を植えたり、
粟やひえを作ったりして農耕時代が始まって行ったのだ。

しかしそれでは30人か40人の部族を養うのに精一杯だったが、
三内丸山遺跡は何百人かの人が住めるほどの地形に恵まれていた。

それも徐々に形作られて行ったのだ。

ところが、海流によって水田稲作が中国南部より導入されるに及んで、
一気に農耕時代即ち弥生時代に突入し、農業生産物が爆発的に
発展し余剰な生産物が出来るようになった。

その中で人間の社会制度、思想もまた変わって来た。


『物事が変わるときには、ある日突然変わるのではなく、
徐々に変わり始め、一定の段階になると、一気に変わるものだ。』


丁度、水を熱すると初めは温かくなって行くだけだが、
百度を越すと一気に水という液体が蒸気という気体に形を
変えてしまうように、人間が食うに精一杯だった農耕は、
それまで徐々の発達だった。

余剰農産物を作り出す稲作が始まると、一気に社会制度や宗教
即ち思想までも変えてしまったのである。

それまでは自然によって生かして貰うにすぎなかった人間が、
水田稲作をすることによって余剰が出来て、人間自身の力で
生きられるようになった。

だから、縄文時代一万年間には、わずか人口3000人から
20万人にすぎなかったのに、農耕時代が始まって1500年経った
奈良時代には人口700万人もが生きられるようになった。

これは当時の世界でも7番目の人口だと言われる。

ちなみに中国は3000万人であった。

このように食料については、神から独立したのである。

その代わり農耕をやるためには、氏族の長を中心とする生産体制も
組まなければならなかったし、余剰農産物が出来たため、
他の氏族の侵入も防がなければならなくなり、そのため
「環濠集落」という要塞に住まなければならなくなった。

そうしてその当時全国に百以上あったと言われる氏族は互いに
相争うようになった。

元はと言えば余剰生産物のせいである。

そうかと言って縄文時代のように飢えと戦うのはなお嫌だ。

ちなみに縄文時代の平均寿命は30歳であったという。


このような経済の発展をバックに、従来のアイヌのような
自然教も変わって来た。

即ち、自然に対する恐れはそのまま残っていたものの、
食物に対する心配は無くなったため人間の主体性が出来て来た。

これを古事記神話で見ると、まず日本人の祖先として
アメノミナカヌシノカミという中心の神が現れ、イザナギノミコト、
イザナミノミコトという男女二神が日本列島を創り、
そこに万物の自然を作ったが、最後にイザナミノミコトの命は
火を生んだため焼け死んだ。

そして、日本列島は代々その子孫即ち天孫民族が統治した
という思想である。


しかし、これとは別に八百万神という存在があって、
毎年11月になると出雲の国に集まって何事であれ相談した
という二重構造であったので、統治上の矛盾があった。

そこに、神武天皇が全国を統一したとはいえ、地方豪族の力も
依然として存在していたのである。

従って、妥協した組合のような国家経営にならざるをえず、
それを反映して組合的一神教が出来ていった。



■統一宗教としての仏教

用明天皇や聖徳太子の頃になると、朝鮮や中国との間に国際的な
緊張関係が強まり、日本は統一国家として行動せざるを得なくなった。

そのため八百万神のような独自の存在を許すことが出来なくなった。

その思想的統一に役立ったのが仏教である。

仏教は、自然教のような多神教ではなく、キリスト教、イスラム教
のような一神教である。

一寸見ると多数の仏様がいるので多神教のように見えるが、
実は大日如来という一人の仏が、いろいろな仏の姿となって
衆生の済度をして、それを化身という。

だから、一つの仏なのである。


それに引き替え、自然教は一人一人別な神格を持った別々の神である。

従って、多神教では国論を統一出来ないのは明らかである。

それでは日本民族が危ないということになるのは当然で、
それで仏教が国教となったのである。

しかし、多神教が神道として今もあるのは、島国である日本には
他民族のように民族の命運をかけるような事がなかったので、
神仏の二重構造が出来上がったのである。

多神教の神道は、村落共同体の運営には欠かせない思想であったので、
対外的には一神教、対内的には多神教が必要だった。

このようにして、世界にも珍しい多神教と一神教の共存共栄の国が
出来たのである。

他の一神教の成立の場合、西アジアでは放牧氏族を統一するためには、
アラーの神という一人の神が必要であったし、ローマ帝国を
強固なものにするためには、それまで弾圧していた一神教である
キリスト教を国の教えとしなければならなくなった。


このように宗教というものは経済の発展につれて、
それに都合の良いように変わって来たのである。

そのため、当時の日本において、
依然として「神ながらの道」を主張する物部氏より、
仏教の方が良いとする蘇我氏の方が理論的に優れているから
そうなったのではなく、
仏教の方が国際情勢に合っていたからである。



(「哲学の奨め」曽我達夫著より)









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Last updated  2004.10.24 00:42:30


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