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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。何だか、久々に更新しているようにも感じますけど、毎日更新しております。ToSでぇ~ございまぁ~す。今日で1月も終わりでございますね。さて、第2のふるさと○川へと言って参りました。昨年12月に行った以来ではありますが、なんとも懐かしい感じがしました。ここら辺はそんなに飲み屋があるわけでもありませんね。少し離れた田町だったかなぁ??そこに行きまして、楽しませてもらいました。いろーんなお話で盛り上がりました。東京で飲めるって贅沢よねぇ。さ、本日も参りましょうね。風景印・道南篇でぇ~ございます。それではどうぞ!北海道函館市 函館神山局です。函館市28局目。函館北局からは東に約1.5キロ進んだところに同局はあります。近くには東山墓地があります。さて、ここで初登場。四稜郭です。明治初期に急造されました。約2週間ほどで作られたと言われています。その時期に五稜郭や弁天台場などの防御態勢を整えた旧幕府はもう一つの防御施設を構築。その形は蝶の羽根を広げたかのようであり、四つの隅には砲座が設けております。現在は国指定の史跡になっているということです。五稜郭はね、観光名所のメッカ的になっているのに対し、四稜郭は、某HPを見る限りでははっきりとした形にはなっているものの、緑が少し生い茂っているような感じで、人っ気のない感じが寂しさをも感じました。まぁ、今日はこれくらいでいいでしょ。ねぇーーー。へば、本日はいじょ。明日もお楽しみに!!へばなッ
2010/01/31
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第二のふるさとに 帰ってきました。
2010/01/30
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ほぃ!!どうも、奥さん。ToSでございます。連日、懲りずにお送りしております風景印・道南篇でぇ~ございます。これまで、函館市内を25局めぐり、亀田半島1周をしてきました。そして、また函館市へと戻ってきまして、収集再開です。それでは、どうぞ!!北海道函館市 函館北局です。函館市27局目。R5から産業道路の道々100沿いに位置します。郵便事業・函館北支店併設。五稜郭の外枠はきれいに押されておりました。あたいのお気に入りベスト5に入りそうな勢い。その中にある絵柄は、JR函館駅の真後ろにある「ともえ大橋」です。観光名所ウォーターフロント付近からR227を結ぶ、全長約1.9キロの橋でございます。正式名称は「函館港幹線臨港道路」。あたいは通ったことはありませんが、赤レンガ倉庫や函館港、青函連絡船記念館摩周丸なども臨む事ができます。※運転中の脇見はご遠慮ください。次回、行く時はここを攻め入りたいものでありますね。他はね、説明済みですので以下省略!へば、次回もお楽しみにしていただければと思います。んが、明日はね。風景印はお休みをいただきとう存じます。へばなッ
2010/01/29
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。ね。1ヶ月にどれくらい更新すれば、このコーナーが終われるんだろう?ふと、そんなことを考えていました。おそらく、集め続けている限りは永遠に終わることのないような気がしてなりませんが・・・。さて、本日も懲りずに、懲りずに参りましょうね、奥さん。風景印・道南篇でぇ~ございます。本日からは函館市篇が復活いたします!!どうぞ、よろしゅうに。それでは、ご覧ください。北海道函館市 函館桔梗局です。函館市26局目。前回の大中山局からはR5を2.5キロほど南下したところに存在します。絵柄ね。お花の形が気になる所でしょう。局名にもある桔梗でございます。外枠もさることながら、印内にあるお花も桔梗。この地名は江戸時代からつけられており、桔梗が群生していたことによるそうですよ。そすて、西桔梗町の函館圏流通センター内にある函館市青果物地方卸売市場です。函館市で鮮魚モノが函館水産物卸売市場で取り扱っているのならば、青果モノはこの函館市青果物地方卸売市場で取り扱っています。まぁね、あんまり活字ばかり並べ立てても読者のあぁたが疲れるだけでしょうからね。今日は、ここまで。また明日もご覧くださいね。へばなッ
2010/01/28
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでございます。あぁ、28日。57歳の誕生日を迎えたのはあたいの父であります。おめでとう!!会って直接言うのはちょっとこっ恥ずかしいですけど。てか、13時からの出勤なので、今日・明日と会うことは無いでしょうけどね。ここで密かに言わせていただきました。それにしてもね、やっぱ親に感謝を言うのって恥ずかしいですよね。へへへさささ、本日もやっていきましょうね。風景印・道南篇をお送りします。本日で七飯町は完全制覇でございます。それではどうぞ!北海道亀田郡七飯町 大中山局です。R5沿いに位置し、隣には大中山駅があります。2キロほど南下すると函館市に戻ります。赤松街道と横津岳が見ることができます。前者は前回紹介したので省略。横津岳は函館市側にスキー場があったようですが、5年前から営業していないようでした。なにやら、レーダーやアンテナの基地として利用されていて、登山される方もいるようです。ま、今回はこんな感じでいいね。へば、次回もお楽しみにね。へばなッ
2010/01/28
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございまぁ~す。どぉもね。連日、風景印・道南篇をお送りしております。お早いもので、1月も数日で終わり。何だか、今年は暖冬っぽい状態で終わっちゃうのでしょうかね。雨降ったり、晴れちゃったりね。さて、相も変わらず遅報のToS日記でありますけど、お年玉付き年賀葉書・切手の当選番号が日曜日に発表されました。1等があたると大変な事なんでしょうな。あたいが当選すれば、喜んで飛び跳ねるんでしょう。1等なんざ、当たる事は滅多に無いものねぇ。ちなみに、1等ってなんだっけ??地デジ対応テレビとか、JTB、ノートパソコン、デジカメ他いやぁ~、大変豪華じゃないですかぁ!!ねぇ~。せいぜい、4等・切手セットが当たれば今年は幸せと言うわけで、ご覧ください。北海道北斗市 北斗北局です。前回の七飯局付近の交差点を西方面へ曲がり、約6キロほど走ると同局はあります。旧大野町は「北海道水田発祥の地」なのだそうです。ここら辺一帯は大野平野であり、道南最大の水稲地帯だそうです。寛文年間にはこの地域で水稲が作られていたとされていますが、現在は水田の休耕が大変多いようです。発祥地という割にはちょっと寂しい実情です。そして、右側には八郎沼が見れます。八郎と聞くと、秋田にもかつてあった八郎湖を思い出しますが、こちらも人名から名付けられたというわけで、人工沼だそうです。灌漑用水や養殖などの為の溜め池であるということです。農業の盛んな所は地味ではあると思うけど、そこに集う人は絶対あったかいと思うのでね。これからも美味しい米を作っていけたらなぁと思います。北斗市の収集はこの1局で終わりですが、風景印・道南篇はまだまだ続きます!!へばなッ
2010/01/27
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。連日、連日、連日お送りしております風景印・道南篇でぇございます。一体、いつまで続く事やら。今更ではありますが、日曜日のお話。その日は秋田へ仕事の為、向かいました。高速に乗り込み、西仙北SAで休憩をとっていたところに、見覚えのある方が昔と変わらずにタバコを吸っておりました。「間違っていたら、すみません。○一○先生ですか??」とあたいは問いかけます。そうすると、その男性は「そうです」と。高校の時の学年主任の先生でした。竹のバチをいつも持ち歩き、教室内が騒がしいと教卓をペンペンと叩いたり、「おめだぢは絶対タバコ吸うなよ。 オレは死ぬまで吸うけど。」だの。右腕を頭の上に置いて考え込んだり。言動が面白い先生でした。卒業して以来の再会に仕事に行く途中であるという事を忘れて、話し込んでしまいました。懐かしい顔を見れたことでね、目的地までの緊張を解きほぐしてくれました。さ、それでは本日も参りましょうかねぇ。北海道亀田郡七飯町 七飯局です。R5沿いに位置し、隣には七飯町役場があります。傾斜のきつい場所でした。さて、並木が見えることでしょうが、赤松街道でございます。字の如く「赤松」が数多く立ち並び、日本の道100選の他、街路樹100景にも選ばれるほど、全国的にも有名な並木道です。距離にすると14.3キロで函館市桔梗町から七飯町峠下まで続きます。当初は札幌本道が完成した際に旧道に植えられていた赤松を移植したもので、明治9年の明治天皇の御行幸を記念し、その赤松を移植。同16年には照宮成子内親王の大沼行啓を記念し、さらに補植。現在は1500本弱が街道に立ち並びます。確かにね、数多くの松が生い茂っていたけど、それがね、赤松とはねぇ。松は赤いのかなぁ?ってふと、考えてしまいました。そすて、こちら七飯の特産・リンゴ。数多くの農家で育てているようでありますが、、、リンゴといえば、青森や長野などの寒冷地で育っている地域のイメージが強いのですが・・・。あんまり詳しくは・・・。ま、今日所はここで良いね。うんうん。今日も眠いし。へばなッ
2010/01/26
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。連日お送りしております風景印・道南篇でございますが、本日からは七飯町をご紹介いたします。ひらがなで書くと人名みたいな感じもしますけど、七つの飯と書いて七飯でございます。それでは、どうぞ!北海道亀田郡七飯町 大沼局です。大沼公園やJR函館本線・大沼公園駅そばに存在します。ね。ご覧の通り、大沼国定公園の風景ですね。北海道道南の旅でパシャしたこの画像になんとなく似ておりますね。今日は↑の画像でいいでしょ。もぉ、眠いったらないのぉ。今日も元気に!!へばなッ
2010/01/25
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSさんでございます。昨日は累計7時間にも及ぶ運転手役に徹し、くたびれてしまいました。働いた後の一杯がまた、美味しいんだよね。さて、本日も懲りずにお送りいたします。風景印・道南篇でぇ~ございます。本日で森町は終了となります。それではご覧くださいねぇ。北海道茅部郡森町 駒ヶ岳局です。R5を函館市方面へ南下し、JR函館本線・駒ヶ岳駅そばに存在します。局名の通り、駒ヶ岳が後方に見ることが出来ます。その麓には沢山の牧場群が点在し、一番大きく有名な牧場としては「ワールド温泉牧場」が観光牧場として楽しまれています。絵柄には牧場に真正面に立っている牛さん。乳牛ですねぇ。真っ直ぐにこちらを見ることなんざ、まずありませんからね。それを風景印で叶えたとでももうしましょうか。ということで、ここの牛乳も大変美味しいと思いますよ。北海道って何でも美味しいものね。まぁ、本日はこんな感じでいいね。いいね、うん。次回もお楽しみに!!へばなッ
2010/01/24
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。相変わらず、寒いったらないねぇ。さ、今日も朝からやって参りましょうね。風景印・道南篇でぇ~ございます。それでは、ご覧くださいねぇ。北海道茅部郡森町 渡島濁川局です。R5から濁川温泉に入っていくと同局は存在します。地熱熱水利用施設園芸や地熱利用施設園芸をされているようでありますが、調べてみてもそんなにありませんでした。これからの農業を調査している段階のようであり、期待がもてる分野である事には間違いないようです。本日はこんな感じでいいね。うん。へば、今日もお元気に参りましょうね。へばなッ
2010/01/23
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ほぃ!!おばんです、ToSでぇ~ございます。夕方18時過ぎ、23万hit達成しました。ありがとうございます。22万hit達成時からはだいたい1ヶ月半。考えてみると、12月末には「風景印」しかやらなくなってしまっていました。でも、コレクションにしていくのを目的にしておりますのでね。こうなったら、誰も来なくなるくらい風景印を更新してやるぅ!!飽きるくらい更新してやるぅ!!ここで、風景印を各県・地方別にご覧いたたきましょう。●北海道地方 道央篇道南篇●東北地方 秋田篇青森篇●関東地方 東京23区篇神奈川横浜篇●九州地方 福岡篇佐賀篇 今後ともどうぞ、よろしくお願いします。それでは、明日朝早いので、これにてへばなッ
2010/01/22
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ほぃ!!おっはよぉ~ございまぁ~す。ToSでぇ~ございまぁ~す。連日ね、頑張って更新しておりますが、本日も懲りずに、懲りなく風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。それでは、早速どうぞ!北海道茅部郡森町 石倉局です。JR森駅からは約12キロほど北上した所に存在します。JR本石倉駅そばです。さて、絵柄は茅部の鯡供養塔です。蛯谷漁港に存在するこの塔の建立は1757年。鰊・鯡(にしん)が簡単に獲れることから、昔の人々が罪悪感をもち、この供養等を作ったのではないかと思われます。そすて、森町は日本の地熱発電の最北端の地です。濁川温泉郷に属し、運用開始は1986年。出力は5万キロワット。火山フロントに属している温泉街のそばに運用されている所が多いのが特徴。秋田では鹿角市が運用しているほか、最近では湯沢市の一部でも地熱発電の運用を検討していますが、候補地の多くが国立公園や国定公園に指定されていたり、温泉郷の観光地となっていたりするため、景観を損なう発電所建設に理解しにくいこともあって、地熱発電が盛んになれない一因となっているといいます。まぁ、今回も勉強させていただきましたよぉ。次回はどうなんでしょうね?どこに行っちゃう?次回もお楽しみに!!へばなッ
2010/01/22
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。さて、懲りなく、懲りなく参りますね。風景印・道南篇のお時間です。それでは、どうぞぉ~北海道茅部郡森町 森局です。JR函館本線・森駅の通りに存在します。さて、少しインクが薄いので良く分かりませんが、明治天皇森行在所跡。明治14年9月5日、明治天皇が北海道御巡幸の際に一泊された行在所(阿部さんが経営していた旅館)。「跡」と言う事で、この旅館は現在は存在しませんが庭園に石碑は今でも残っております。これは説明として読んでいただければ、これ幸い。そすて、海に浮かんでいるのが絵柄にある「明治天皇行事記念碑」。海に浮かぶ全国的にも珍しい石碑であり、明治天皇が北海道へ御巡幸の際、森桟橋から上陸されました。そして、ここ森町は駒ケ岳を背景として水産加工工場が立ち並びます。ちなみに(株)函館なとりがそこであり、亀田郡に本社をおくメイホク食品に次ぐなとりグループの北海道工場として平成5年に設立。梅・昆布・練りの各製品を製造しています。最後に有名なイカさんとイワシさん。イカならね、めしで食べた事はあっても、ここでイワシが獲れるとはねぇ。いかめしにばかり、とらわれがちな森町も巡ってみると、いろんな場所や食べ物があっていいですね!へば、本日はこれでいいでしょぉ。次回もどうぞ、お楽しみに!!へばなッ
2010/01/21
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。ね。連日お送りしております風景印・道南篇でございます。昨日からは茅部郡森町篇でございますが、ももそよさんのコメントにもあるように、局名の読み方が分かんねぇ!!って方も多い事でしょう。北海道の地名は全国的に珍しいアイヌ語から由来しているケースが多いわけであります。分からないあぁたは「風景印・道南篇」へ入っていってくださいませね。それではご覧ください。北海道茅部郡森町 掛澗局です。前回の砂原局からフラワーロード(R278沿い)を西に3キロほど進んだところに同局は存在します。旧砂原町。ホタテ貝の可愛らしいキャラクターがここで登場ですが、道の駅・さわらにも登場しているミミちゃんです。ここら辺はホタテが大分獲れるってことでいいんでしょうね。その隣には、円空仏だそうですね。岐阜県の郷土工芸品で円空彫があるようですが、そういう宗教的なものは難しいのでね。蝦夷地に降り立って、色々彫刻しているようですけれども。北海道内では珍しい砂浜に立つ現役の灯台。砂崎灯台です。周辺では釣りのスポットとしても有名です。ロマンチックな風情を楽しみたいなら、やはり早朝か夕暮れがおすすめとのことで、アベックカップルの密かなデートスポットとも言える場所ではないでしょうか?まぁ、朝なのでこれくらいにしておきましょうかね。今日も元気に行ってらっしゃい!!へばなッ
2010/01/21
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。さ、今日は大寒だということで、暦の上で一番寒いとされるこの日に、各地で1月の最高気温を更新されたということでね。何だかねぇ~。と言うわけで、、風景印・道南篇は前回、鹿部町を1局で制覇してしまいまして、今回からは森町篇でございます。それでは、ご覧くださいね。北海道茅部郡森町 砂原局です。前回の鹿部局からは約16キロくらい西方面に車を走らせると同局は存在します。今回も変形印。ホタテ貝の外枠であります。ホタテ貝一つとっても、鹿部さんといい、青森沖館さんといい、絵とはいえね、良い貝しているよなぁ。って、思ってしまいましたよ。駒ヶ岳の麓には森町砂原(旧砂原町)のロゴ「さわら」と描かれております。道の駅・さわらのスタンプにもこのロゴが描かれていました。R278沿いの約4キロ(JR渡島砂原駅付近~掛澗駅付近にかけて)の道のりを花いっぱいにしているためか、通称「フラワーロード」と呼ばれております。砂原局もそのフラワーロード沿いに位置しております。そのフラワーロード沿いから少し離れた所にあるのは「南部陣屋跡」の碑。正式には「東蝦夷地南部藩砂原陣屋跡」の事。幕府は1855(安政2)年、仙台・秋田・南部・津軽・松前の五藩に、蝦夷地警備の分担を命じた。ここらへん一帯の警備をしたのは南部藩。南部藩は広範囲を警備し、箱館をはじめ、恵山岬から東蝦夷地(太平洋側から千島列島にかけて)の海岸一円を持ち場とした。翌年には、南部藩砂原分屯所を設け、駒ヶ岳の麓や神社脇には見張場をおいたといいます。と言う事で、本日はこんな感じで。へば、次回もどうぞお楽しみに!へばなッ
2010/01/20
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ほぃ!!どうも、奥さん。ToSでぇ~ございます。さ、早くも1月も下旬に突入です。色々と小正月の行事などが始まる時期でありまして、最盛期は2月の中旬ですが、先週あたりから梵天だったりあったようであります。ちなみに、我が羽後町では、月末30日に「ゆきとぴあ七曲」が開催。今年も昔ながらの花嫁道中が行われる予定であります。あとは、しっかり雪が降ってくれればいいんですが・・・。さて、風景印・道南篇は今回、函館市を離れ、鹿部町へと参りますよ!!それでは、どうぞ!!北海道茅部郡鹿部町 鹿部局です。鹿部町はこの局にて完全制覇でございます。ありがとうございます。前回の南茅部局からは約13キロほど北上しますと、しかべ間欠泉公園があり、そのすぐそばに位置します。道南旅第5夜にも登場します間欠泉でございますね。仕組みはね、まぁご自身で調べてみてくださいねぇ。さ、ここら辺では唯一と言ってもいいでしょう。鹿部町は平成の大合併で合併の話にご参加されていなかったようであります。こういう町は実は結構元気でありまして、財政も安定しているものと思いますけどね。同町のマスコットキャラクターは「カールス君」。外枠はホタテ貝を模っております。それを象徴するかのように、鹿部漁港には停泊する漁船がありまして、ホタテをはじめ、タコ、鰈、ホッケ、サクラマス、昆布、ナマコなども水揚げされています。そびえる火山は駒ヶ岳。昔から火山噴火しているようで、最近では10年前に噴火しているようであります。ざっと、お送りしましたが、ま、今日はこんな感じでいいでしょう。今日は全国的にあったかくなっていくとの事で、なだれに注意が必要ですね。へば、次回もお楽しみください!!へばなッ
2010/01/20
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ほぃ!!どぉもね、奥さん!ToSでぇ~ございます。本日、久々にお暇をいただきまして、午前中には屋根の雪下ろしをしました。あたいはこう見えて高所恐怖症でありまして、屋根に上るのも苦手でありまして、脚立で登ってから、屋根に辿り着くまで約20分。。。何ぼかかってんだって?やっぱり、運動不足でございますね。雪をスコップでひと投げするたびに、「あ”~」「うぉりゃぁ」とお相撲さんのような声。あ~んなに重い雪を投げたんだもん。くたびれてお昼寝をしちゃいました。※寝ずに朝8時過ぎから雪下ろしってのも、くたびれの原因だろうけど。さ、本日も風景印・道南篇でぇ~ございます。今回も旧南茅部町をお送りして参りましょう。それでは、どうぞ!北海道函館市 南茅部局です。函館市25局目。前回の尾札部局から約5キロほど西方面にあるR278沿いの局です。絵柄は真昆布と昆布漁の風景が見られますね。まぁ、これらは前回も長々と説明しましたので、省略しますが、こちらね。けっこう、いいなぁ。オーナー制ってのはね。これも、魅力!!まぁ、今日はこれくらいでいいでしょう。今回で一旦、函館市篇はおしまいでございます。次回はあの場所へと参りますよ。次回もどうぞ、お楽しみに!!へばなッ
2010/01/19
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。深夜更新のひろきくんの帰国日決まる!こちらもご覧ください。さて、本日も懲りなくお送りしていきます風景印・道南篇でぇ~ございます。今回は旧南茅部町をお送りして参りましょう。それでは、どうぞ!北海道函館市 尾札部局です。函館市24局目。またも、石碑が登場でございます。これは「北海道建綱大謀綱漁業発祥之地」と掘られているようです。南茅部は海岸線に沿った地形から昔から漁業が盛んな地域です。大謀綱漁業は現在でいう定置網漁のことで、1839(天保10)年に黒鷲岬沖に鮪(まぐろッ)の大謀網を建てたのが始まりとされています。今で言う「エコ」の漁法がこれに相当し、改良に改良を重ねて全国に広まったとされています。ちなみに、この漁法はイワシ・ニシン・サバ漁に適しています。そすて、南茅部と言えば昆布でも有名ですよね。全国の昆布生産量の15%を占めているそうで、主に関西方面に出荷されているそうです。でも、どうしてこの南茅部地域の昆布は高級品として献上されるまでに至ったのでしょう?それはその海の立地条件にあると言われています。親潮と津軽暖流がぶつかり合う所なので、栄養が豊富でミネラルたっぷり。酸性岩のある白口浜周辺は昆布の成長に適していること。山から流れる水も栄養豊富。など、色々な条件が重なり合って最高品質の昆布が出来るとの事です。お土産品にもなっている「がごめ昆布」もここの特産ですよね。最後のトンネルらしきものはなんでしょうか?見日崎と説明がありましたが、こればかりは何度検索しても見つかりませんでした。黒鷲岬付近の国道なのかどうなのかすら分かりませんでした。んが、尾札部にある局で風景印を作られているのだから、その尾札部付近のトンネルであってもおかしくないと思います。何だか、見つからないと気になるもんですねぇ。さ、今日は結構説明しちゃいましたけど、大丈夫だったかな?あと1局で函館市篇とはしばしのお別れであります。次回もどうぞ、お楽しみに!へばなッLast Update=2010/01/19 13:30
2010/01/19
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。さて、2009年2月にToSのブログで更新させてもらった↓拡張型心筋症と闘う安藤大樹くん(秋田・羽後町出身)を救うために皆さんのお力を・・・。こちら、覚えていらっしゃいますでしょうか?あたいも微力ながら募金活動をさせていただきました。そすて、昨年4月下旬時点で1億の大台を突破。6月上旬にはアメリカNYへ向けて出発し、同月末にドナーが現れ、7月はじめに無事手術は成功!術後の容態も順調で、同月中旬には退院。その後も順調に体力をつけていき、今では自分の足で走れるまでに回復。年が明けて今日のローカルニュースにて、今月29日に帰国!との一報が入りました。「いつになるんだろう?」「長引かないよなぁ??」一人の時間を過ごしていると、ふと、そんな考えを持っていました。だから、その一報をテレビで聞いたときには、「本当に良かった!」その一心でした。ひろきくんのブログでは本日、「帰国のお知らせ」として、報告されています。こちらも是非、ご覧いただければと思います。へばなッ
2010/01/18
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ほぃ!!ToSですよーーーー@@@@あぁ、まーたやってんのか?って言われそうですが、毎日でもやっていかんと・・・。1回に何十局もまとめて更新してもいいんだろうけどね。このスタイルは変えるつもりは、これまでも、これからもありませんよーーー。ま、以前からこの話は言っておりますけれども。さ、それでは、本日も風景印・道南篇でぇ~ございます。今回は旧椴法華村の局をご紹介します。それでは、どうぞ!北海道函館市 椴法華局です。函館市23局目。前回紹介の古武井局からR278を8キロほど北東に進むと同局は存在します。絵柄は恵山、市の花・ツツジ。これはドウダンツツジだそうです。大きな建物は「灯台資料館(ピカリン館)」です。「人と灯台と椴法華の自然」がテーマで、椴法華村時代は「椴法華村灯台ファミリー博物館」という名称で村民に親しまれていました。灯台の展示館は全国的にも珍しいと思いますし、大変ユニーク。灯台の歴史や仕組みなどを展示していて、体験できるコーナーもあるようです。ま、本日はこれくらいでいいでしょうか?残り2回ほどで、函館市篇はひとまずおしまいとなります。今後も続いて参りますので、どうぞよろしく!次回もどうぞ、お楽しみに!へばなッ
2010/01/18
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。さ。連日、飽きるほど更新しております風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。前回も旧恵山町の局をお送りしましたが、今回も旧同町の局をお送りして参ります。それでは、ご覧くださいませ。北海道函館市 古武井局です。函館市22局目。前回の恵山局からは約4キロほど西に戻りまして、R278を北に進んですぐの所に同局は存在します。後方には恵山、手前には市の花・ツツジが描かれていますが、前回以前に紹介したので、省略します。そすて、太鼓のようなものが見えますが、「恵山太鼓」と呼ばれる郷土芸能です。昭和45年に保存会が結成。曲目は恵山の夜明け・恵山大漁太鼓・恵山の山太鼓の三曲から成り立ち、恵山の生活様式や情景、地域の基幹産業である漁業などを太鼓で表現しています。この「恵山太鼓」は地元小学校の教材としても使われ、子供達は地元の古き良き伝統芸能に親しんだのではないでしょうか。ちなみに、恵山の名前の由来は「火を吹き溶岩が流れ落ちる」という意味のアイヌ語「イエサン」にちなんだもので、その名の如く恵まれた海と山に囲まれております。ま、今回はこんな感じでよろしいでしょうかね。次回もまだまだ、函館市篇は続きますが、ゆるゆるとご覧いただければね。よろしいかと思いますけど。へばなッ
2010/01/18
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ほぃ!!日曜のお昼下がり、いかがお過ごしでしょうか?ToSでぇ~ございまぁ~す。さささ、今日もしんしんと降り続いておりまして、屋根には結構積もっていると思われます。おかげさまでToSのお部屋の扉はしっかり閉まっておりません。屋根の雪の重さが柱などにかかっているためなのでしょう。と言うわけで、風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。本日も旧恵山町をお送りいたしましょうか。それではご覧ください。北海道函館市 恵山局です。函館市21局目。前回の尻岸内から約7キロほど活火山の恵山方面へ行ったところに同局は存在します。日浦灯台と旧恵山町木・ツツジということで尻岸内局で説明したとおりでございます。と言う事で、今回は以下省略。ってことで、いいね。うん。へば、次回も楽しみに!!へばなッ
2010/01/17
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ほぃ!!どぉも。本来ならば、お休みの所ではありますが、組合関連が連日続きまして、本日も一時帰休をいただいております。さて、昨日はお休みをいただいておりました風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。昭和の大合併では旧銭亀沢村が、平成の大合併では旧戸井町・旧恵山町・旧椴法華村・旧南茅部町が函館市に編入して、現在に至っているというのは、前回お送りしました。本日は旧恵山町をお送りして参ります。それでは、ご覧ください。北海道函館市 尻岸内局です。函館市20局目。前回の戸井局からは約8キロほどの道のりを北東に進むと同局はあります。旧恵山町と旧椴法華村の境に位置する活火山は「恵山」です。618mの低標高にもかかわらず、様々な高山植物が育っています。特にツツジ類は有名であり、5月下旬から6月上旬にかけて花開き、あたりは赤く見えるほどだそうです。ここ旧恵山町のシンボル的存在のツツジが現在の函館市の花になっています。そすて、道道41号沿いにある豊浦海岸付近には柱状節理の岩をくりぬいた素掘りのトンネルがあるようですが、名前は「日浦洞門」と言います。日浦灯台も見る事が出来ますが、ここらは日浦海岸といいまして、岩礁が数多く残る海岸。サンタロトンネルと言ったとってもユニークなネーミング。漁師の「三太郎」の息子が遭難に遭い、泣きながら息子の帰りを待っているうちに岩になったという言い伝えから名付けられたのだと思いますけれども。「日浦灯台」は、汐首岬・恵山の2灯台の補完的な機能として昭和26(1951)年に建設、初点灯されました。柱状節理群の中に、津軽海峡を臨む絶景ポイントとして、市民に愛されています。この36mmの中に旧恵山町の広範囲の特産や名所などが掘り込まれていることは大変素晴らしいとあたいは思います。風景印から色々な歴史をみることが出来て毎回勉強になっております。これからも沢山勉強して参りましょうね。それでは、本日はこれまで。また明日、風景印でお会いしましょうね。へばなッ
2010/01/16
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ほぃ!!どぉも、ToSでぇ~ございます。我が家では、本日の事をタイトルのように正月十五日といいます。一月の事を正月と言ったのでしょうね。詳しくはこちら09とこちら08とこちら07もご覧いただければと思います。今日は若干、ハードの為、これにて御暇いたしますが、荒れ模様は今後も続く模様です。雪祭り関係者にとっては恵みの雪でしょうが、普通の生活されている方々は大変であります。どうか、風邪を召しませんよう、自己にあわないよう、お気をつけくださいませね。最後に2010年最初のToSの部屋から ~睦月篇~をご覧いただきまして、お別れいたしましょう。へばなッ
2010/01/15
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございますけどねぇ。さて、今日もしばれますなぁ。これまで、あんまり雪が降らなかったもんだからね。たまにはいいか、ってお天道様が意地悪しちゃったんだろうか。16℃で寒いっていう沖縄ケンミンがあたいは信じらんねぇ。北国で寒がりならば、分からないわけではないけど。まぁ、今日もやっていきますよ。他人になんと言われようとも・・・。風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。昭和の大合併では旧銭亀沢村が、平成の大合併では旧戸井町・旧恵山町・旧椴法華村・旧南茅部町が函館市に編入して、現在に至っております。本日は旧戸井町をお送りして参りましょう。小安局も旧戸井町でぇ~ございます。それでは、ご覧ください。北海道函館市 戸井局です。函館市19局目。前回の小安局から約7キロほど東の汐首岬をさらに東に約4キロほど進むと同局は存在します。その汐首岬は北海道と本州下北半島との最短の地であります。その距離にすると約17キロくらいと言われています。あたいは実際にここを通りましたが、岬という感覚が全く無く、普通ならば駐車場があっても良いのですが、それすらなかったので、普通に通り過ぎてしまっていました。絵柄にもある標識には「北海道~本州最短の地 戸井町汐首岬」と表示しています。さ、後方に見えているのは武井(ムイ)の島です。ムイは通称:オオバンヒザラガイと言われ、寒流域にすむ世界最大のヒザラガイ類の貝。アワビとムイが喧嘩し、武井の島の東がムイ、西がアワビが棲み分けることになったといわれています。まぁ、こんな感じでしょうかねぇ。次回もね、こんな感じでお送りしていきますね。次回もお楽しみに!!へばなッ
2010/01/14
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ほぃ!!どぉも。ToSですけれどもねぇ。連日、お送りしている風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。道南篇も函館市中心部を離れ、旧町村部でございます。前回までの銭亀局・石崎局は函館市銭亀沢支所(旧村)管内。次からは戸井支所(旧町)管内へと参ります。それではご覧ください。北海道函館市 小安局です。函館市18局目。石崎局から東に約4キロほど先に同局はあります。R278沿いからは少し逸れた市道といいましょうか。さて、絵柄であります。小安漁港は昆布漁が盛んなのでしょうかね。枠内に沢山の昆布も見られますしね。お土産に買った昆布はこの小安産ではありませんでしたが、本当に美味しい!ちなみに、こちらの昆布は真昆布だそうで、味に甘みがあり、大阪方面の方々に好まれる味が出るとの事。極寒の世界だから、身も締まって美味しいのかな?そすて、天然記念物の黒雁(コクガン)。津軽海峡から噴火湾の沿岸では、毎年冬にコクガンの群が越冬しているそうなんですって。まぁ、昔ながらの風景をご覧いただいた所で、本日はおしまい。今日は全国的に大荒れみたいですねぇ。まぁ、頑張ってください。北国のみなさんはこれが半年も続くんですから。年に何回か降ったくらいでベチャクチャ言わない!いいね。ほぃ!!へばなッ
2010/01/13
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ほぃ!!昨晩、終了しちゃった開港150周年で大いに沸いた'09北海道函館周辺の旅最終(第13)夜 ~さよなら函館篇~サブ「真冬に見る09年初夏の思い出」こちらもご覧になって、いただければ嬉しゅうございます。さ、本日も懲りなく風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。それでは、ご覧いただきましょう。北海道函館市 石崎局です。函館市17局目。銭亀局よりR278を約4キロほど東に行くと同局はあります。今回は久々に変形印ですねぇ。船の錨と救命浮輪の外枠でございます。んがしかーし、石崎付近で漁港をやっているとなると志海苔漁港のことなのでしょうか?その中に目をやると右には函館山、左には汐首岬。それらが海岸線で繋がっていることもこの絵柄の特徴から見てとれますね。一番の真ん中には昆布。函館といえば、お土産ランク4位に挙げられる昆布でも有名でありますね。本日の説明はこれくらいで。今日からまた仕事。って人もいるんでしょう。ま、頑張っていきましょうね。へばなッ
2010/01/12
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ほぃ!!奥さん、どぉもね。ToSでぇ~ございます。昨年7月から長きに渡り(途中中断有)お送りしてきました開港150周年で大いに沸いた'09北海道函館周辺の旅も遂に最終夜を迎えます。これまでご覧になった方、コメントを書き込んでくれた方、皆様に感謝いたしまして最終夜をご覧いただきましょう。さて、まずはこちらから振り返ってみましょう。第1夜第2夜第3夜第4夜第5夜第6夜第7夜第8夜第9夜第10夜第11夜第12夜 それではご覧ください。「真冬に見る09年初夏の思い出」最終夜です。2009年7月1日(水) 函館周辺旅行日程4日目函館建物探訪的坂道探訪を終えた我々はホテルへと車を取りに行くがてら、こちらに寄りました。時間にして、17時を過ぎた頃。「小いけ」さんであります。宝来町にあるカレー屋さんであり、小いけ本店さんがありまして、何だか訳ありそうですけど。店内は昭和の古き良き食堂を思わせるレトロな感じ。お昼になると、サラリーマンでごった返すといいます。あたいが頼んだのはハンバーグカレー!ハンバーグぅ~!と、店内ではしゃいじゃいましたけど。相方はんが頼んだのがカツカレー。こちらもね、若干戴いちゃいましたね。評判なだけはありまして、こだわりの製法を守り抜いております。さ、美味しいカレーを食べ終わったあとは、レクのお時間。ここでも、やっぱり風景印集めのために局めぐ。その後、訪れた場所というのは・・・立待岬です。ここに車で来るまでに、●石川啄木一族の墓●宮崎郁雨と砂山影二の歌碑●与謝野寛・晶子の歌碑この3地点前を通過しましたが、目的地はその岬です。この岬から津軽海峡を臨むと、天気の良い日には下北半島が見えるはずだったんですがぁ・・・。最後まで天気は晴れませんでした。立待岬周辺は断崖絶壁となっており、まさに絶景。散歩のコースにもなっています。函館山からの景色は見ることが出来ないと判断してましたが、それが終日続くとはねぇ。。。函館には梅雨がある!あたいは勝手にそう思いました。岬の帰り道でこの絶景を見ることが出来ました。さ、車で移動となると色々な所にいけますね。そこで、この日の朝行ったこちらへと、向かいました。金森赤レンガ倉庫群の西波止場付近でございます。ここら辺で若干のお土産を購入しまして、夜景撮影と相成りました。少しの間、こちらをご覧ください。ねぇ。綺麗よねぇ。これを函館山から見れたら、さぞかし感動したことなんでしょうか?この日はこれらの夜景を見ながら、ホテルへと向かっていくのでした。2009年7月2日(木) 函館周辺旅行日程5日目今回の旅も最終日となってきました。でも、昨日の建物探訪的函館坂道探訪で歩き疲れたこともあって、チェックアウトの11時までずっと寝ておりました。本当に疲れきっていました。この日最初に向かったところというのは・・・。コーヒールーム・きくちさん。黄色い外観が目を引くコーヒーの専門店です。モカ味だったかなぁ。ソフトクリームはやっぱり、対決函館も最終回!次の所で泣き出す人がいたので、この対決は引き分け!湯川町グルメシティ前のコーヒールームきくちの通りでございます。安田さんの例の事件が起きた場所でありますね。函館の旅の最後を飾りますのは・・・。函館麺厨房・あじさい 五稜郭店にて函館塩ラーメンを食すことにしました。日程2日目の第4夜にも登場しましたが、本当に美味しかったので、最後にもう1度食べたくなって来ちゃいましたね。しかも、第4夜の中では休業日であったので、是非、五稜郭の所で食べたくて。。。出来上がってくるまでは時間はそれほどかかりませんでした。1度食べたら虜になり、また食べたくなるなる!やっぱり、最高に美味しかったねぇ。また、来たいよねぇ。食べながらの風景を眺めるのもこの日が最後。この風景もこの目に焼き付けながらラーメンをすすってましたね。こうして、函館空港に行きまして、相方はんを見送り、自分もフェリーで青森港まで着きまして、そこからはまた深夜の大移動で帰宅するのでした。≪完≫いやぁ、旅っていいもんですなぁ。次回も旅日記はやって参りますね。それにしても、函館。本当に魅了されてしまいました。交通網はしっかりしているし、歴史は奥深いしねぇ。建物も充実している。人はあったかいしね。また、行きたいよねぇ。でも、行ったのは函館だけじゃねぇ。鹿部はこっちだ!だの椴法華や恵山。森のいかめしは最高だったなぁ。大沼公園もいがったなぁ。函館もまた行きたいけど、今度は松前方面にも行きたいよねぇ。へば、またどこかでお会いしましょう。※すぐに出会えるでしょうけど。へばなッ
2010/01/11
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございますよぉ~。昨日は、新年会。大変盛り上がりましたね。会社のことからプライベートのことまでおっぴろげで話しちゃいました。さすがに、乾杯時のあたいの「結婚することに・・・。」発言はビックリしちゃっておりましたね。もちろん、まだ先の話なんですけどね。さ、本題に入りましょうね。風景印・道南篇でぇ~ございまぁ~す。それでは、ご覧いただきましょうね。北海道函館市 銭亀局です。函館市16局目。函館市内からは少し離れ、R278を恵山方面に行きますと、同局はあります。函館空港の滑走路から南に400mほど離れた所でもあります。この葉書が自宅に届いた時には縦に折られちゃったあとが見られました。。。ちょっと残念でしたが、無事に届いて何よりでございます。その筋が風景印に見えていると思います。さ、絵柄は「函館志海苔古銭土地」と書かれた板碑がみられます。最初はね、これを見た時は海苔が獲れる所だと勝手に思ってましたが、志海苔町という地名です。その志海苔館跡付近で多量の備蓄古銭が発見されたそうでございます。調べてみますと、歴史が苦手なあたいでも覚えている和同開珎や万年通宝など飛鳥~平安時代の古銭が日本のものから中国などのものまで全50万枚以上発掘されてしまったということです。とある建設会社が道路改良工事中に発見。現在は市立函館博物館に置かれているといいます。すごいなぁ、発見した時なんざ、大興奮しちゃったんだろうなぁ。そして、銭の入ったかめが発見されたのが銭亀の名の由来の通り、カメが描かれております。隣は少し見づらいかもしれませんが、銭の山です。中心に穴が開いている昔のお金です。今は五円と五十円だけですもんね。さ、今日は調べてみると大変すごいものを知っちゃったような感じですけど。今日、ご覧になった方は良かったですよ。今年1年いいことあるかもねぇ。じぇんこに恵まれること間違いなしですね。ほぃ!!んじゃ、いいね。ということで、へばなッ
2010/01/11
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ほぃ!!お晩でございます。ToSでぇ~ございます。先日更新した函館白鳥局の風景印について、一通のメッセージをいただいておりますので、ここでご紹介したいと思います。From: ももそよ20030808さん 男爵薯をほおばり・・なんじゃないかと検索してみたら、七飯町にある石碑が似ているように見えました。グーグル検索で「asahi.com(1)川田龍吉-マイタウン北海道」って表題の記事が近いように見えました。川田龍吉さんは男爵だったんだそうで、彼が函館に薯を持ってきたらしく、彼から「だんしゃくいも」って生まれたんだって。ということであります。確かに、あたいも調べてみて七飯町の石碑ではないか?と思ってはおりました。んが、確定的なモノが見れませんでした。なので、却下ということになりました。でも、このように説得力のある説明にあたいは納得。これなんだろう!これなんだね!これなんだ!!と段階的に思いました。ももそよさん本当にありがとうございました。これで一つ解決することができました。こちらからもまとめてご覧いただけます風景印・道南篇本日はこれで終わり。本日は夜から新年会の為、これにて日中は仕事。そのあとに新年会です。日曜はおそらく、メンテナンスがあるでしょうから。今の時間に更新しております。どうぞ、ご理解ください!へばなッ
2010/01/10
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。深夜に更新しちゃった開港150周年で大いに沸いた'09北海道函館周辺の旅第12夜 ~函館市内散策其の伍篇~こちらも是非、ご覧いただければ、これ幸い!昨晩から降り続いていた雪はパウダースノーでございまして、歩いているだけでキュッキュッ!と音がなって、何だか鳥取砂丘(だったかな?)の砂のよう。昼は晴れ間も見れたり、やっぱり、荒れたり、曇ったり・・・。ということで、今宵もお送りいたしましょう。風景印・道南篇でございますけれどもね。ねぇー。早速ご覧くださいな。北海道函館市 函館東局です。函館15局目。函館市電湯の川温泉停車場より御成橋をわたると大きい建物があります。函館東局は支店と郵便局の併設局であります。絵柄は函館山に函館の夜景、トラピスチヌ修道院ですね。湯の川温泉のそばにあるトラピスチヌ修道院は日本初の女性修道院であります。1898(明治31)年、仏より派遣された8人の修道女が設立。現在は聖像や資料が展示されております。まぁね、今日はもぉいいよねぇ。東局の風景印のかすれ具合が夜景の風情を出しておりますねぇ。いい感じでございますねぇ。軽い感じでございますが、こんなもんでいいでしょ。次回もお楽しみに。へばなッ
2010/01/09
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ほぃ!!ToSですけれども、どぉもね。さささ、「真冬に見る09年初夏の思い出」として、お送りしてきておりますが、そろそろ終盤となって参りました。こんなにダラダラと日記にすると、読むのも失せてくるんでしょうかね。ま、振り返ってみましょうね。第1夜第2夜第3夜第4夜第5夜第6夜第7夜第8夜第9夜第10夜第11夜※このおかげで文字数が一杯いっぱいだったんだね。。。それでは、ご覧くださいね。第12夜です。2009年7月1日(水) 函館周辺旅行日程4日目前回は函館坂道散策で当時の官庁であった旧函館区公会堂や函館市旧イギリス領事館などを巡り、時間は15時40分。坂道探訪はなお続きます。≪函館坂道探訪≫パーーート3でぇ~ございます。まずはじめに、何故函館にはあんなにも坂が多いのでしょうか?それを少しばかり紐解いて参りましょう。港は水深が深く、遠浅の反対ですぐに深くなっています。つまりは山の斜面が、そのまま海面下に繋がっているのが函館の地形です。そのため、町は坂道ばかりになるわけなのです。横浜や神戸も背後がすぐ山になっているはずです。さ、函館の風景の数々をご覧ください。前回も説明、基坂。坂を下りる途中のトコでパシャ 基坂を下る途中にある元町ガラス工房。道々457・函館漁港線へ下りてきますと株式会社相馬がある。あまり見たことのないグリーン系の建物にカメラに収めない訳にはいかなかった。北方民族資料館。アイヌ民族の歴史や文化など北方民族の各種を展示。ウィニングホール。1-3Fは北島三郎記念館4-6Fはウィニングホテル7Fはレストラン新感覚のベイエリアスポット。坂の下から日和坂。ハイカラ号・・・ではないか・・・函館市立文学館。市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)。この樽をあたいはたいそう気に入ってパシャホテルニュー函館。昔の銀行の様な佇まい。函館北方歴史資料館。木下さんも眺めた大三坂。以前、ポッキーのCMに使用されたことから市民には「ポッキー坂」と呼ばれている。二十間坂。防火帯で道路幅二十間(約36m)から命名。かつて大工が沢山住んでおり「大工町坂」と呼ばれた。南部坂。坂上に南部藩の陣屋があったことから命名。かつて坂下にあった丸井今井から「丸井さんの坂」と呼ばれた。坂はゆるかった・・・ 最後はこちらマンホール一つにしても色々なデザインがございまして、これ、魅力!!マン拓したくなってきました。※秋田では密かなるブーム某番組でマン拓を知りました。という訳で、坂道探訪というよりは、明らかに函館建物探訪的な感じですけどねぇ。まぁ、あたいはそれくらい我を忘れ、時間を忘れ、、、気が付いた時には16時40分近く。車を取りに行きまして、その後はどうなりますかねぇ~。ダラダラ長ったらしく書き込んで参りましたが、お付き合いありがとうございました。おそらく、最終夜になるであろう次回もお楽しみに!!へばなッ次回はいつかなぁ???
2010/01/08
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ほぃ!!おっはよぉ~ございます。ToSでぇ~ございます。早くも2010年は7日、つまり1週間が過ぎました。ウチは昔から七草がゆなんざ食べませんでしたなぁ。せいぜい、「かやぎ」(お吸い物系)にセリを入れる程度でありました。それか、雑炊はお粥にお餅という炭水化物に炭水化物の組み合わせで食べておりました。そすて、昨年は水曜どうでしょうの名セリフをお送りしましたが、今年は当分の間は風景印をお送りして参ります。いつまで続くのでしょうか。あたいにも分かりませんが、どうぞよろしくお願いします。さ、風景印・道南篇でございますけれども、早速ご覧くださいな。北海道函館市 函館深堀局で投函しました。しかし、我が家に届いた葉書を見ましたら、郵便事業株式会社・函館支店の風景印でした。深堀局員さんも困惑したことでしょう。風景印が廃止されている可能性もあるため、支店に依頼されたのでしょうか?あたいには分かりかねます。さて、函館支店と函館中央局とは全く同じ場所であり、その局内で郵便事業と郵便局会社と併設されております。さ、絵柄ですが、五稜郭の内枠に五稜郭タワー、きらめく函館山と赤レンガ倉庫群のようにも見受けられます。日本郵便HPで調べても意匠が書かれて無く、これはあくまであたいが見て、このような意匠ではないかと勝手に判断しましたので、もしかすれば、違っているかもしれませんけどね。ま、今回の所はこんな感じでしょうかね。へば、次回もどうぞお楽しみに!へばなッLast updated='10/01/08 06:23
2010/01/08
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ほぃ!!どぉもね、奥さん。ToSなんです。連日、みなさんが飽き飽きするだけ更新しております風景印・道南篇のお時間でぇ~ございます。本日の印はくっきりしておりまして、見ていて気持ちがいいですよ!それでは、早速どうぞ!北海道函館市 函館日乃出局です。函館13局目。先にお送りした深川局からは約1キロ強の道のりに位置する同局です。その深川局でもお送りした通り、石川啄木の銅像でございます。ですので、これは省略させていただきますね。さて、函館。すっかり魅了されてしまったウチの一人でございます。ToSでぇ~ございます。その函館。この名前の由来というものをあたいは知りませんでした。と、言うことで調べてみました。1454年(室町時代)、津軽の河野政通が宇須岸(うすけし)と呼ばれていた漁村に館を築き、この館が箱に似ているところから「箱館」と呼ばれるようになりました。この館跡は今の基坂を登ったところにあったようです。明治2(1869)年、廃藩置県で蝦夷が北海道となり、箱館も函館と改められたということです。へば、本日はこんな感じでいいべ、ねぇ。次回もお楽しみに!へばなッ
2010/01/07
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ほぃ!!毎度おおきに!ToSでぇ~ございます。連日、お届けしている風景印・道南篇でぇ~ございますけれども。まぁ、人はお~んなじものばっかりをやっていると飽きてくる贅沢者であります。贅沢は敵だ!でも、お~んなじものをやるのは大変だということを最近、このブログをやっていて感じるのであります。全くお~んなじものは出来やしませんからね。だから、面白いのだと思いますよ。微妙に変えていき、今に至るものも沢山ありますでしょうし、人は生きていくうえで、意思は少しずつ変わっていく動物ですから。まさに、気まぐれなんですよね、人ってのは。さ、ということでミテね。北海道函館市 函館人見局です。これで12局目。前回の函館時任局の通りを東に約600m行った所に同局はあります。人見局の付近にはラッキーピエロ・人見店がございます。さ、少し分かりづらいかもしれませんが、自転車に乗って2選手が競っているように見えます。図案は市営函館競輪場でございます。場所は函館市金堀町。陸自函館駐屯部隊隣り。HPによりますと、2009年の営業は終了したようでございます。あたいは馬とか自転車とかの賭け事はしません。すみませんね。それに関連したご趣味のある方々。だって、テレビで見ている分にはいいけど、それに金かけたって、、、面白みが分からん。オッズって言葉くらいは分かるけど・・・。ちなみに、函館けいりんのサテライトは函館市松風町や札幌市にもあるようです。けいりんだけでなく、函館には競馬場があるもの皆さんご存知のはず。Sゲさん(友人)に「函館行ったら、JRAの写真撮影を忘れずに!」と念を押されましたが、興味が無かったので、無視いたしました。ありがとうございます。本日はこんな感じでいいわね。ホント、函館って何でもあるのね。鉄道・路面電車・バス・タクシー・空港・フェリー。交通は十分に整っているから次はで行きたいわね。へば、次回もおたのしにみ!へばなッ
2010/01/06
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ほぃ!!本日更新の開港150周年で大いに沸いた'09北海道函館周辺の旅 第11夜~函館市内散策其の四篇~こちらも是非ご覧になってくださいねさ、本日も懲りずに、懲りずに更新して参ります。上記の旅日記は4日目ということで、終盤へと差し掛かっておりますけれども、こちらもどんどん進めて行きましょう。小寒のこの日も風景印・道南篇でぇ~ございます。昔から、調べるということが好きでありまして、それは授業で調べることとは全く違う類いのもの。とあたいは思っておりまして・・・。昨日の旅日記も調べものとして、自分自身、楽しませていただきました。当時の思い出を掘り起こすかのように・・・。それではご覧くださいねぇ。北海道函館市 函館時任局です。函館市11局目。千代台局から東に約1キロの所に位置します。今は遺愛学院という名で親しまれている旧遺愛女学校宣教師館です。女学校の歴史は古く、1882(明治15)年に北海道初(東北以北では最古;高校)の女子校がハリストス正教会付近に開校。明治後期に現在の函館市杉並町へと移ったそうです。通称「ホワイトハウス」としても知られている旧宣教師館には当時、宣教師が住んでおり、使用されていた家具などがそのまま置かれているようです。昭和40年代までは人が住んでいたようで、当時までは居住している現役の建物でした。遺愛中学・高校は映画やCMなどでよく舞台になることが多く、「パコダテ人」や「星に願いを。」などが有名。まぁ、こんな感じでしょうかね。それにしても、実物といい、風景印の絵柄といい、よく出来ております。ここからも異国情緒が漂って参りましたね。次回も懲りずに函館でありますが、果たして、どんな図案が登場しますでしょうね。お楽しみに。へばなッ
2010/01/05
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。時間は4時を過ぎてしまいましたが、旅日記でぇ~ございます。こちらで振り返っていただきましょうね。移 動 先第1夜秋田青森縦断~青森FT第2夜函館FT~函館市内~函館空港第3夜函館市五稜郭町第4夜函館市(恵山・椴法華etc)・鹿部町第5夜鹿部町間欠泉公園・森町砂原第6夜森町森駅・七飯町第7夜七飯町大沼国定公園周辺第8夜七飯町・函館市宝来町~若松町第9夜函館市若松町~末広町第10夜函館市末広町~元町それでは、早速ご覧ください。第11夜です。2009年7月1日(水) 函館周辺旅行日程4日目さ、≪函館坂道探訪≫パーーート2でぇ~ございます。大正10年築の酒問屋の別宅跡をほぼ昔のままの姿で喫茶店をやっている。その名も「茶房・菊泉」。入店はしなかったが、この佇まいがえらく気に入ったので、カメラに収めた。坂の上から港が一望でき、天気の判断が出来たことから命名された日和坂。この名になったのは明治時代になってからと言われている。それまでは、トビ坂という名前だったようだが、船魂神社からはトビが飛ぶ姿が見えたからとも言われている。港ヶ丘通です。各所へと向かう重要な通りとなっている。次なる所は・・・「旧函館区公会堂」です。1910年に建てられたルネサンス風の木造建築。当時は大正天皇の行啓宿舎としても利用された格式の高いもので、和洋折衷の造り。内外に施された装飾も細やかで大変素晴らしい。大広間からバルコニーに渡ると、函館港が一望できた。手前には元町公園・基坂。赤い屋根の建物は海上自衛隊函館基地隊。今とは景色が異なるこの函館港を、大正天皇はこの場所から眺めたのだろうか。函館山の坂道の中央に位置する基坂。名の如く基点となる坂であり、付近を「旧函館区公会堂」・「旧箱館奉行所」等、当時の官庁が集中していた為、別名「お役所坂」・「御殿坂」とも呼ばれた。後に、区画整備や道路工事時に距離を測る「基石」が置かれていたのが、坂名の由来となっている。基坂を下る途中にあるのは、「函館市旧イギリス領事館」(開港記念館)です。1859年に開港した際、英国が領事館を設置した時に作られた建物。現在は1913年に英国政府の設計で竣工したもの。開港記念日にちなみ、入館料が半額という嬉しいサプライズがあった。開港150周年かつ英国領事館開設150周年にあわせ、2009年3月にリニューアルオープン。ちなみに、この旧イギリス領事館旧函館区公会堂北方民族資料館函館市文学館の全4館を利用する場合は共通入館券を買い求めるとお得である。朝以降何も食していなかった我々。ティールーム「ヴィクトリアンローズ」にて遅めの軽食となる。英国から取り揃えたであろうアンティークに囲まれて優雅なひととき・・・どころではなく、歩きつかれて休憩したかった・・・。とまぁ、ざざっとお送りしてきました。異国情緒漂う函館の町並みでありました。いやぁ、見ているだけでも、また行きたくなりましたよこの時点で15時40分頃。ここからどこへ参りますことやら。次回もお楽しみに!へばなッ
2010/01/05
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ほぃ!!いつも、どうもねぇ。奥さん。ToSでぇ~ございますけれども。さて、この4日間。あたいは、どこかにお出かけすることも無く、ゆっくり家でブログ三昧でございました。おかげさまで、猫のように腰は曲がっちゃって、少し体を動かしただけで、そこの箇所がつっちゃったりしてね。完全に鈍っちゃっておりますけれども。皆さんも食っちゃ寝、食っちゃ寝状態にはなっていないですよね??なっちゃった?あぁ。。。さて、本日も懲りなく参りましょうねぇ。風景印・道南篇でぇ~ございますけれどもね。それでは、ご覧ください!北海道函館市 函館松陰局です。函館市10局目。五稜郭の南に位置する局であります。「観光の函館市。」あたいは旅をしまして、このようなイメージを持ちましたけれども、今回の施設というのはあたいは初めて聞いた名称です。函館市北洋資料館なのだそうです。(事業主体・管理運営団体;財団法人函館市文化・スポーツ振興財団。)北洋漁業の歴史や資料を展示しているということであります。中には体験が出来るコーナーもあり、小学生達の社会化見学の場としても利用されているかもしれません。公式HPによりますと、昔と今の北洋漁業の歩み、200海里と今後の漁業と3つに分けられ、とても分かりやすく説明されているとの事。我々が普通にお魚を食べられるのも、このような漁業に携わる人々があってこそなんですね。さ、今日はこんな感じでいいんでないかい?ということで、これからもどんどん更新して行きますのでね。見逃してもいいですけど。へばなッ
2010/01/04
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ほぃ!!どうもね、奥さん。ToSでぇ~ございます。三が日いかがお過ごしでしたでしょうか?「今日で休みも終わり。明日からは仕事でぇ~ぃ!」という方も多いんでしょうね。あたいもそうなんですけどねぇ。この旅日記第6夜からは「真冬に見る09年初夏の思い出」として、軽く受け流されておりますが、頑張って更新して参ります。これまでの足跡はこつらから第1夜深夜の大移動篇第2夜はぁーーーるばる来たぜ函館ぇーー篇第3夜勝手に星形探訪篇第4夜函館周辺其之壱篇 第5夜函館周辺其之弐篇第6夜食いしん坊万歳篇第7夜函館周辺其之参篇第8夜市内散策其之壱篇第9夜市内散策其之弐篇第4夜=函館・恵山・椴法華・鹿部第5夜=鹿部間欠泉・砂原第6夜=森駅周辺第7夜=大沼国定公園周辺第8夜=大沼・函館宝来町~若松町第9夜=函館若松町~新川町~松風町~豊川町~末広町それではご覧いただきましょう。今宵は第10夜です。2009年7月1日(水) 函館周辺旅行日程4日目前回までは、金森赤レンガ倉庫群を歩いて散策しておりました。赤レンガのレトロな町並みをゆっくりと歩くことが出来ました。昨日の続きであります。第8夜からしつこく申し上げている通り、この日は函館開港150周年記念日でありまして、何かそれにふさわしいものは無いかと探していました。そう思っていた所にこのモニュメントが現れたのでした。さ、昨日更新できませんでした風景等をご覧いただきましょうね。相方はんがいただいたのはキャラメルソフト。花畑牧場・函館店にてご馳走になりました。ね。やっぱり、レトロな町並み。明治の時代に戻ったかのようで、それに潮風もたまらなく心地よかったですねぇ。さすがは、行ってみたいまち日本一なだけはあります。さ、ここからはですねぇ~。≪函館坂道探訪≫をお送りして参りましょう。八幡坂でございます。ここにもモーモータクシーさん登場。この日3回目。八幡坂はTVやCMなどでよく使われる函館の代表的な坂。函館八幡宮があったことから命名された。この八幡坂を登りきると函館西高。北島三郎さんの母校というのは有名な話。南東方面の道沿いに進みますと・・・函館ハリストス正教会が見えて参ります。1858年、キリスト教が国禁下にあった日本で初めてギリシャ正教がロシアの司祭によって伝えられた。翌年、ロシア領事館の礼拝堂として建てられた。正教会の東側にある坂=チャチャ登り。「チャチャ」はアイヌ語で「おじいさん」の意。おじいさんが腰を曲げて登るほど、急な坂道だからと名付けた。聖ヨハネ教会なんです。1874年英国の宣教師が来函し伝道を始め、1878年英国正公会の日本教会として建てられる。そして、大三坂。宿屋経営の大三印義兵衛の名から呼ばれるように。以前は木下さんが住んでいたことから、木下の坂と呼ばれていた。日本の道百選に選ばれている。元町カトリック教会は当時、改修工事中。江戸末期、仏宣教師が建てた仮聖堂がはじまりで、1876に創建されるが、幾度となく焼失される。現在は1924年に再建されたもの。これまでの所を戻りまして、函館西高を西方面へと歩いていきました。さ、この時点で13時半を過ぎた頃。風光明媚な町並みに我々は心奪われてしまっており、飯を食うのも忘れてしまっていました。社会化見学に化した市内散策ではありますが、まだまだ続きます。それでは次回も散策篇でお会いしましょう。へばなッ
2010/01/03
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ほぃ!!どぉも。ToSでぇ~ございます。本日も懲りなく、お送りしていきます。風景印・道南篇でぇ~ございます。本日はちょっとぉ~、、、ね。色々ありまして、この時間になりましたが、まぁ、ご覧くださいね。北海道函館市 函館白鳥局です。函館市9局目。前回の本町局から五稜郭方面へ約2キロ先の局でございます。んが、今回。頑張って探しました。そすて、、、見つけることが出来ませんでした。。。というのも、右側にある石碑のことでございます。色々とデータベースやサイトに行って調べましたが、??の文字だったり、未収集だったりで、捜索に困難を極め、2時間以上調べましたが、確定的なものは無く、ここで断念することとなりました。「男爵薯を僕ふり」と書いているようにもみえましたが・・・。もし、知っている方がいましたら、あたいのメールフォームまでご連絡ください。自分でも、今後も捜索していきまして、分かり次第、こちらで更新して参ります。さて、函館の中部に位置する白鳥町。お隣は五稜郭町でありますが、何かしら意味があっての地名でしょうからね。そこで、調べてみました。松前藩以来代々亀田の代官をしていた白鳥家の姓から取ったもの。白鳥家は、慶長年間(1596~1614年)に今の岩手県から松前藩に渡来してきた家である。明治まで代々町年寄りをつとめ函館の最有力者であった。昭和6年9月に新設された町。ということであります。へば、本日はこれまで。このあとは、旅日記をお送りいたします。こちらもお楽しみに!へばなッ
2010/01/03
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ほぃ!!どぉも、奥さん。ToSでぇ~ございます。さ、昨年12/29に再開した「北海道函館周辺の旅」。年をまたいで、更新しております。途中から「真冬に見る09年初夏の思い出」というサブタイトルになっちゃっておりますけれどもね。それでは、これまでの足跡を軽く見てやってください。道南旅行第1夜深夜の大移動篇道南旅行第2夜はぁーーーーるばる来たぜ函館ぇーーー篇道南旅行第3夜勝手に星形探訪篇道南旅行第4夜どうらー函館周辺旅其の壱篇 道南旅行第5夜どうらー函館周辺旅其の弐篇道南旅行第6夜ToSの食いしん坊まんせー篇道南旅行第7夜どうらー函館周辺旅其の参篇道南旅行第8夜函館市内散策其の壱篇第4夜=函館・恵山・椴法華・鹿部第5夜=鹿部・砂原第6夜=森駅周辺第7夜=大沼国定公園周辺第8夜=大沼・函館宝来町~赤松町それではご覧ください。第9夜です。2009年7月1日(水) 函館周辺旅行日程4日目前回までは、函館朝市で少し遅めの朝食を摂った我々はここから歩いて散策することとなります。と言うわけで、歩いてすぐの函館駅前の交差点に行くと、こんな可愛らしい旅客車が見れました。その名も、モーモータクシーです。可愛らしいですねぇ~。ボデーは乳牛の肌柄になちゃって。一度乗っておけば良かったなぁ~とちょっぴり後悔。そすて、函館駅前にてパシャと、、、いうことはぁ?? やっぱり、駅に行ったら駅スタですよねぇ~。って、あたいだけか・・・。さ、そのまま歩き続けます。歩き続ける先に見えますものは・・・函館中央郵便局でぇ~ございます。前回もお伝えしましたが、この日は函館開港150周年記念日当日。この日に合わせて、函館市内を散策することにしていた我々。ここで、小型印を押さないわけには参りません。ということでね、買い溜めしておいた函館開港150周年記念切手をここでご覧に入れましょう。はがきの表面には函館中央局の風景印を押してもらい、裏面にはこの切手を1枚ずつ貼りまして、そちらには小型印を押してもらいまして、引受郵便(押印後、郵便物扱い)と相成りました。さすがは中央局だけありまして、あたいが旅をしている最中にその郵便物は自宅に既に届いている状態だったそうであります。その印2種は後に更新させていただきます。※そう遠くは無い話です。さて、その風景印・小型印だけの為に、郵便局に行くという暴走振りを発揮してしまったToS氏。次の目的地までは、大分離れてしまった為、ここからはまた市電を利用いたします。函館市電・松川町停車場にてらっくるさん現る!函館市を誇る超低床電車のらっくるさんであります。今回乗ったのは開港150周年仕様でございました。らっくる号・車内の様子。市電・十字街停車場で下車。さ、ここからは函館市内でも人気のあるスポットへと行くことに。そこまではまた歩くことになりますが、そこに辿り着くまでに色々なレトロな町並みを目の当たりにできて、少し感動したことを思い出しました。歩くこと約5分、到着したのは・・・金森赤レンガ倉庫でぇ~ございます。始めに向かったのはこちら函館明治館です。旧函館郵便局・局舎であった同館は明治44年にこの場所に建立。以後、約50年にわたり、逓信業務に勤しみました。昭和37年以降は函館の明治洋風建築の代表として、今に至っています。さて、大雑把に説明しましたが、現在はガラス工房、オルゴール・ガラス製品、郵便関連グッズやお土産物、その他、花畑牧場の支店もこちらに入店されております。ちなみに、あたいはこれを食べちゃいました!マンゴーキャラメルアイス(カップ)です。これね、あったけぇキャラメルソースをひゃっこいマンゴーアイスにかけていただきました。口の中でなんとも言えない温度感がアクセントになって、美味しい逸品でございました。さ、その美味のアイスを食べながら、レトロなこのまちを一緒にお散歩しましょう。最後に登場したのは開港150周年モニュメント。この日に来ることが出来て大変光栄でございました。まだまだ、旅は続きますが、文字数が限界でございます。今回はこの辺で御暇いたしまして、続きは次回!へば、次回もお楽しみに!へばなッ
2010/01/02
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ほぃ!!朝から箱根駅伝見ておりますよ。それと同時に紅白に初出場の矢沢永吉さんの映像を見ております。やっぱり、カッコイイ。正直、ファンではないけど、それでも「時間よ止まれ」の時のなんともいえない曲調とあのオーラに、あたいは酔いしれてしまいました。さ、本日も荒れ模様の天気ですが、張り切って参りましょう。風景印・道南篇でございます。それでは早速、ご覧いただきましょう。北海道函館市 函館本町局です。函館8局目。函館市電・五稜郭公園前停車場から約300mくらい歩くと同局はあります。五稜郭タワーのそばにある、道立函館美術館が絵柄に見えてとれます。1986年9月に開館した函館美術館は、近代美術を中心として展示され、近年は多分野にわたる企画展も開催。教育企画などに力を入れています。年をまたいで企画されているものとしまして、漫画家・高橋由美子さんの展示会=高橋由美子展が開催されています。以前から、登場しておりますツツジは函館市の花に指定されております。ヤマツツジと呼ばれるもので、1975年に指定されました。さ、今回はこれくらいでいいでしょうね。次回は何処へ参りますことやら。次回もお楽しみに!へばなッ
2010/01/02
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ほぃ!!どぉも。元旦から呑んだくれております。ToSでぇ~ございまぁ~す。さ、本日は全国的に寒気が舞い降り、とにかく、秋田県羽後町は寒いったらないの。風は強いし、雪がね半端なく、窓にその風雪が叩きつけられていて、今にも窓が割れてきそうな勢い。※汁は出ませんけど。さ、ToSのお部屋はまだ12月のカレンダーを飾っておりますが、本日も風景印・道南篇でございます。それでは早速、ご覧いただきましょう。北海道函館市 函館千代台局でございます。函館市7局目。7月に突入でございます。※んが、これは投函順に更新しているため、日付は前後いたします。どうぞ、ご了承ください。さ、昨年大晦日の堀川局の説明にもありますが、その堀川局から道々83号を北上すること約700mの所に位置します。その千代台局からさらに300mほど北上すると、千代台公園が見えて参ります。そこに今回の絵柄、千代台球場があります。今は、函館オーシャンスタジアムと名前を変えて、それでもなお、市民に親しまれております。さ、また銅像でございますけれども、啄木さんではございません。久慈次郎氏の銅像でございます。昭和52年、彼の39回忌にあたるその年に当時の千代台球場の正面横に立てられたそうでございます。彼は大正11(1921)年、日本最古の社会人野球チーム「函館大洋倶楽部」(明治40年創設)に入団。のちに、東京巨人軍に入団するはずが、函館大洋倶楽部を見捨てることができず、巨人軍入りを断念。巨人軍としては「初代主将」という形で名を残しました。久慈選手の偉業を永久に讃えるとともに、功績の数々を後世に残すために銅像は建立されたもので、銅像の銘板は「球聖 久慈次郎の像」と書かれているそうであります。大好きな巨人の話が、同局の風景印の中にひそかに残っているとは思ってもみませんでした。今回もお勉強させていただきました。ありがとうございます。さ、次回もおたのしみにくださいね。へばなッ
2010/01/01
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ほぃ!! 改めまして、あけました おめでとうございました。 ToSでぇ~ございます(^0^)/ ね。 やっぱり、正月は朝からこれよね。 泡盛です。 いやぁ~、アルコール度数30はやっぱりキツいわよ。 しかも、モンドセレクションで金賞を受賞した商品ですから! だがら、んめなだぉんな。 一日中呑んだくれますんで、 へばなッ(^0^)/~
2010/01/01
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ほぃ!!あけましたッ!2010!おめてとうございますッ!2010!どぉも、ToSです。2010年になってしまいました。今年もブログタイトルを一部変更いたしまして、新たな気持ちで今年一年やっていこうと思っております。さて、先ほど年が明けてすぐにお参りしてきました。我が家からは歩いて15秒の所にちっちぇえ神社がありまして、毎年そこでお参りしてくるわけですが、「おみくじ」たるものがありません。年の初めの運試し。これが出来ないのであります。それだけが不満でありまして、一度、神社でおみくじを引いてみたいものです。我が家の正月は、元旦にお金を使うな!というしきたりといいましょうか。そういうものがありまして、10年前に一度だけそれを破ったことがあります。そうしたら、振り返ってみるとその一年は良い年ではありませんでした。しきたりたるもの馬鹿には出来ず!そんな一年になりました。今日も大荒れです。昨夜から風が強く、それに加えて雪も降っているので、視界不良といったところであります。朝の初日の出なんざ、見れそうもありませんけど。今年は、笑いのたえない一年にしたい!笑っていれば、必ずいいことがあると信じて・・・。今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。へばなッ
2010/01/01
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