プロムナード

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2007.07.18
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テーマ: フルート(115)
カテゴリ: My Concert
宮城道雄 (1894-1956)の音楽は邦楽に西洋音楽の要素が取り入れられた画期的なもので

「新日本音楽」と呼ばれました。大正ロマンの自由な雰囲気の中でその音楽の人気は

どんどん高まっていき、大正14年にNHK(当時東京放送局)がラジオの放送を開始した時、

その初日に出演、5000人の聴取者の耳に届きました。



彼は8歳で失明、生田流筝曲の二代中島検校に師事し、11歳で免許皆伝となります。

13歳のときには、一家で朝鮮の仁川へ渡りました。

そこでは筝と尺八を教えて家計を助けたとのことです。

14歳で処女作の筝曲「水の変態」を書き上げ、その後京城(現在のソウル)へ移り、

頭角を現し、結婚して宮城姓を名乗りました。 22歳のときには、大検校となりました。

1930年には今の東京芸大の前身の東京音楽大学の講師になります。

1929年に発表した名曲「春の海」は、フランス人女流ヴァイオリニスト、ルネ・シュメーが、

尺八のパートをヴァイオリンに編曲・共演し、日本、フランス、米国でレコードが発売され、

世界的な評価を得ました。



「春の海」は春の瀬戸内海をイメージしたといわれています。

最近まで、宮城道雄が神戸生まれと走りませんでしたが、幼少の時に瞼に焼きついた瀬戸内の

海をイメージしたのでしょうか?

私も神戸生まれで、家のベランダから、明石海峡をはさんで、4キロ先に浮かんでいる、

淡路島を見て育ちました。夜になると、漁船の灯りが海上に浮かびあがり、ポンポンという

漁船のエンジン音とあいまってのどかで、全てを包み込んでくれるような風景をあかずに

眺めていました。今は、神戸と淡路を結ぶ明石海峡大橋により、私の幼少時に見た風景は

失われてしまいました・・・・・。



「春の海」は、私の記憶にある風景から私の中に浮かんでくる音楽とは、少しずれがあります。 

私の中では、海は全てを大きく抱擁してくれる・柔らかい存在に思えますが、

宮城道雄の「海」にはもう少し激しさを感じます。それは多分に、宮城道雄が青年期を

過ごし、感じ取った、仁川、京城、朝鮮半島の景色の影響があるのではないかと思います。


筝曲家・宮城道雄は、明治27年4月7日旧居留地内の五十八番館茶倉にて生まれました。

現・三井住友銀行の横手にこの碑はあります。AM9:00~PM5:00の間、ずっと代表作「春の海」

が流れています。



6月10日に演奏した「春の海」のライブ演奏をYouTubeで聴いて下さい。

haru-no-umi.JPG



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Last updated  2008.08.22 01:26:53
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