プロムナード

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2008.06.24
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カテゴリ: My Concert
カール・ライネッケ (1824- 1910)は、ドイツロマン派音楽の作曲家、

ピアノ演奏家、指揮者、教育者です。 

当時デンマーク領のアルトナ(現在はハンブルク市の一部でドイツ領)に生まれ、

ライプツィヒで没しました。 

音楽理論や音楽教育書の著作を出していた有名な音楽教育者の

父親ルドルフ(1795-1883)に音楽を学び、

7歳までに作曲を始め、12歳でピアニストとして初めて公開演奏を行なっています。

若きライネッケは ライプツィヒで メンデルスゾーン シューマン に師事、

当初ライネケの作品ではメンデルスゾーンやシューマン、ショパンの影響が顕著だったが、

ブラームス と親交を結んだ後はブラームス作品のもつ綿密さや堅固な

構成力が加わるようになりました。



モーツアルト のピアノ協奏曲の為のカデンツィアも何曲か残したり・・・

ピアノの巨匠 フランツ・リストの娘コジマ の為のピアノ教師として選ばれたり・・・

彼のピアノの腕前はヨーロッパ中に鳴り響き、生涯に多くの演奏ツアーを行っています。



1860年(36歳)から1895年にリタイアするまでの長期にわたり、

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の楽長、音楽院の教授 に就任しています。

ブラームスの「ドイツ・レクィエム」全曲版のライプツィヒにおける世界初演も指揮しました。


作曲に関しては、ブラームスと親交を結ぶまでは、

ライネケの作品では メンデルスゾーン シューマン ショパン の影響が顕著でしたが、

その後はブラームス作品のもつ綿密さや堅固な構成力が加わるようになりました。

ライプツィヒ音楽院の門下生に、 ブルッフ、グリーグ、スヴェンセン、シンディング、

ヤナーチェク、アルベニス、ワインガルトナー
らがいます。

公職から引退後にも作曲活動に専念したため、創作数は出版作品だけで300曲を超え、

未出版の作品を数えると千曲以上ともいわれています。




フルート協奏曲作品283 はライネッケが84歳の1908年に作曲されています。

ライプチヒのフルーティストの マキシミラン・シュベルダー にささげられています。

3楽章形式の協奏曲はロマン派音楽に固執しながらも、20世紀初頭の息吹を吹き込んだ名作です。

特に繊細にディテールまで磨き上げられたアップビートの ロンド形式の第3楽章

ドイツロマン派の音楽の台頭初期から近代音楽へ発展するまでの同時期を生きた

ライネッケならではの美しく、メランコリックな、独自の世界へ聴くものを誘います。



ユーチューブにアップロードした録画をお聴きください。



reinecke.JPG
音楽を聴く場合は上の写真または ここをクリックしてください





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Last updated  2008.06.25 01:59:11
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