サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.05.31
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カテゴリ: 文学
 ちなみにこの部分、円地文子さんは「所詮、私は私」と訳されていて、私もそれに従ったのですが、与謝野晶子の訳を見てみたら「良人は良人である」となっていて、まるきり逆になっています。文脈からいってこの「我」を良人(おっと)とするのはちょっと無理があるように思えるのですが、ひょっとすると底本が違うのかもしれません。口語訳というのは、マジメにやりだすと、何やかやと大変だと思いますよ。
 いずれにしても、これは今まで「須磨流遇」のような生き別れがあっても、光源氏と空気のような一体感(夫婦というより親子)で過ごしてきた紫の上が、初めて源氏を 他者として見つめた場面 なので、彼女の人生はここから始まったと言っていいでしょう。他者とは源氏と我が身を、社会の中に配列しなおして、相手を客観的に見つめる眼を持ったということです。
 いつになく食い下がる紫の上に、多少驚いて源氏は、

― 「何とか。心憂や。
  誰れにより世をうみ山に行きめぐり 絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ
 いでや、いかでか見えたてまつらん。命こそ、かなひ難かべいものなめれ。『はかなき事にて、人に心おかれじ』と思ふも、たゞひとつ故ぞや」 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 「何ですって。それは心穏やかじゃないですよ。
 誰のために世を捨て海山を行きめぐり 流れる涙とともに浮き沈みした我が人生だと思っているのです
 出来ることなら、何としても私の真心をお見せしたい。でも命ばかりは、意のままならぬものでしょう。『つまらないことで、人に恨まれまい』と思うのも、ただあなたゆえの事なのに」

 流遇で苦労したけれども、それでも我慢してきた理由は、すべて紫の上のためだったと(まあ多少はあったとしても)、これまた苦しい弁解で何とか収めようとするが、彼女のご機嫌はなかなか直らない。

― いと、おほどかに、美しうたをやぎ給へるものから、さすがに、執念き所つきて、物怨じし給へるが、なかなか愛敬づきて、腹だちなし給ふを、「をかしう見どころあり」と、おぼす。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 たいへん、おおらかで、美しく穏やかな様子でいらっしゃりながら、さすがに、意地っ張りな性格も出てきて、あれこれ怨み言をおっしゃるのが、かえってけっこう愛敬があって、腹を立てていらっしゃる姿も、「可愛くて魅力的じゃないか」と、源氏の君は思われる。

 世の女性方には怒られそうですが、自分が手の内にしたと思っている女性を、怒らせて面白がるという悪い習性というのが男=オスには確かにあるのですが、ここではむしろ光源氏はまだ紫の上の大人の感性への脱皮に充分気付いていない、と見ることができます。できればまだ当分は、子供でいてほしいということでしょうか。
 それもそのはず、目下のところ彼の最大の関心事は本妻の紫の上ではなく、明石の方とその姫君にあるのでした。それが今の紫の上には、昔と違ってありありと分かるのです。

― つづく ―





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Last updated  2009.05.31 09:41:00
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
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