サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.03.04
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 父源氏が、美女を見初めて懸想したとき、相手が上臈だろうと中宮だろうと、内心の感情を押し包むということは、ここから先もなく、いったん入ったスイッチは戻しようがないとばかりに、相手のハードルが高ければ高いほど、ますます想いを募らせたのに対し、夕霧は自身の止めようのない感情の沸き起こりに困惑して、何とか押さえ込もうとする。
 しかしこれは現実の平安中期の貴族社会では、むしろ普通の身の処しかたで、彼はいわば現実(うつつ)社会の代表として、この物語に出ているようにも思われます。爾来、彼を堅物だのマメ男だの、はなはだ面白味に欠ける男のように喧伝されがちですが、現実(うつつ)とは案外そういうものだったのではないか?平安初期、まだ社会が固定化せず、古代的慣習が色濃く残っていた時代なら、業平や平忠のような天下の好き者が大路を闊歩することはあっても、京に遷都されて二百年以上も経てば、社会は自ずから固定化し洗練されて、ロマンティックなヒーローはいなくなっていたのです。
 光源氏とは、社会がすっかり硬直して官僚化し、一方では鄙の周辺から古代律令制の矛盾と綻びが、露わになって来た平安中後期の貴族社会の今という時代に、もし古代英雄的なヒーローが現れたらどうなるか?というような、夢物語から出発したのでした。

 とはいえ、心ここにあらずの夕霧の気配は、たちまち父源氏の知るところとなるので、入念に化粧などをして出かけようとしたところが、

― … 出で給ふに、中将、ながめいりて、とみにも驚くまじきけしきにて、居給へるを、心疾き人の御目には、いかゞ見給ひけむ、立ちかへり、女君に、
 「昨日、風のまぎれに、中将、みたてまつりやしけん。かの戸のあきたりしによ」
と、のたまへば、おもてうち赤みて、
 「いかでか、さはあらむ。渡殿のかたに、人の音もせざりしものを」
と、きこえ給ふ。「なほ、あやし」と、ひとりごちて、わたり給ひぬ。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 … お出かけになろうとしたところが、(夕霧の)中将が、(珍しくも)ボウッとした感じで、ふとも気付かない様子で、控えていらっしゃったのが、目ざとい人(源氏)の御目には、どう映ったことか、(いったん内へ)立ち戻って、女君に(申されるには)、
 「昨日、(野分の)風に紛れて、中将は、(あなたの姿を)垣間見申したのでは(ないだろうか)?あの戸が開いていたからね」
と、おっしゃるので、(上は)顔を赤らめて、
 「どうして、そんなことが(ございましょう)。渡殿の方は、人の気配もしませんでしたのに」
と、ご返事なさる。「(いや)やっぱり、あやしいな」と、(殿は)つぶやいて、(中宮殿へ)お出でになった。

 こういう物思いに耽る男というのが、何を考えているのか、練達の父源氏の頭では、昨日の出来事と合わせて、たちどころに「さては、見たな」ということにつながって行く。我が身の経験からみて、ほぼ間違いなかろう、という結論なのです。今どきの時代の英雄であるために、光源氏は取り分け勘が利いて気配りもできる、そういう人間なのでした。

― つづく ―

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Last updated  2010.03.04 19:27:08
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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