サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.03.25
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 ひどい醜女として描かれたb系「ヲコ話(滑稽譚)」のヒロイン末摘花ですが、もともとこのキャラクターというのは、「帚木」に始まるこの並びの巻の趣旨、貴公子の表立っては語れない失敗譚、ゴシップ的な挿話の相手役として構想されたものでした。
 大野晋さんによれば、空蝉も夕顔も末摘花、そして最後を飾る玉鬘をめぐる話も、すべて光源氏からすれば人には言えない失敗話なのですが、これらの一連の話のもう一つの捉え方として、「帚木」冒頭の「雨夜の品定め」で語られた、男たちのはなはだ調子のいい女談義に対する、女からのパロディー的な意趣返しのような趣もあるのです。古代宮廷の男女が歌を詠みあうことで、恋愛だけでなく、嘲りやからかいといった「ヲコ」的なやりとりもしていたらしいのは、「古事記」や「万葉集」などの古代歌謡でも明らかですが、b系物語には基底にそうした精神も宿っているのではないか?
 しかしそれを言うなら「源氏物語」全体が、宮廷内暴露物語じゃないか、という指摘を受けそうですが、ちょっと違うような気もする。あえて仕分けするなら、a系物語が宮廷に住まう男女の生態を、正面から冷徹な批評的精神で見つめているのに対し、b系はあくまで偉ぶった男たちに対する仕返しを基底としているので、それによって何かを強く訴えるとか伝えたい、という姿勢とは若干異なるように思うのです(もちろんそれもまたチャップリンの喜劇を持ち出すまでもなく、一つの強力な批評的精神のあり方ではあるのですが)。

 さて、そうした筋書きの中での末摘花の位置付けというのは、もともとb系のなかでも、もっともその特色を体現したキャラクターだったのかも知れず、失敗の中味も多分に戯画化されたものでした。最初に登場する「末摘花」の帖だけにかんして言えば、あるいはその役を充分果たしたかもしれないのです。ちょっと遠回りになりますが、「末摘花」の帖で描かれた彼女の姿というのは、

― まづ、居丈の高う、を背長に見え給ふに、「さればよ」と、胸つぶれぬ。うちつぎて、「あな、かたは」と見ゆる物は、御鼻なりけり。ふと、目ぞとまる。普賢菩薩の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先の方すこし垂りて、色づきたること、ことの外に、うたてあり。色は、雪恥づかしく白うて、真青に、額つき、こよなうはれたるに、なほ、下がちなる面やうは、大方、おどろおどろしう、長きなるべし。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 という具合で(あえて口語訳しませんが)、彼女の容貌・有様の醜さの、このような克明かつ執拗な描き方は、その他美女たちの容貌の意外とばくぜんとした描き方と、ずいぶん対照的な感じがしますね。これは末摘花を最初から滑稽話の対象としか想定していなかったことを表しているので、彼女の内面つまりいじられる側の心理までは考えていなかったのではないか?あくまで皇孫の血筋にこだわる光源氏の、とんでもない失敗話として描かれるはずのこの物語が、当時の読者にはむしろ末摘花の醜い滑稽話として、つまり下卑た心理のほうで大いに受けてしまったわけで、紫式部はおおいに考え込んだことでしょう。
 再び取り上げられた「蓬生」の帖では、彼女は典型的なイジメられ役であるうえに、その後も何回か「ヲコ」のいじられ役で登場するのです。これはいったい何なのか?

 一つまず浮んでくるのは、紫式部と言えど周囲の読者の評判には、無関心ではいられなかったので、「末摘花はその後どうなった?」とか「もう一回大笑いさせて」といった声が出てきた時に、まるっきりそれに触れないというわけにもいかなかったのではないか、という話は前にしたことがあります。
 「蓬生」の帖が全篇イジメ残酷物語の体をなしているのは、そのためでしょう。継子イジメなどの類は当時の物語の定番の一つで、紫式部といえどもその時流に乗ってしまった感がします。これは彼女自ら入って行ったというより、周囲の読者がそうさせた(とくに道長などから)、と見たいのですが、実のところ話はそう簡単ではないのではないか?彼女が人を嘲弄し批判を浴びせる場合に、歯に衣着せない性格だったことは、清少納言などに対する罵詈雑言などを見れば分かります。

― つづく ―





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Last updated  2010.03.25 11:37:27
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
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cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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