サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.07.15
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 光源氏が出家の本意を抱いたりするというのは、すでに前にも何回かあって、何かの区切りがつけばすぐにも娑婆から退隠したいとは、彼のもともとの願望だったようです。すでに何回も触れましたが、彼は朝廷での実際的な政務にとくに関心があるわけではなく、さらにはその実務的手腕にことのほか勝れていたわけではありません。
 むしろ苦手意識があったような形跡があります。須磨流遇から都に復帰したとき、政務から退居していたもとの左大臣に復帰を懇望したことがありましたね。同じような意味で、家政についても乳母兄弟の惟光などに、万般の雑事を任せていたようで、彼本人が荘園経営その他でじかに土豪たちと渡り合うということはなかったのです。このあたり彼の出自が皇孫系であることを鮮やかに示しているので、世俗代表の内大臣がこうした土豪たちと直接関わることに、おそらく何ら躊躇を感じなかっただろうのと著しい差異があります。

 彼の主たる関心が、きわめて個人的な貴種意識の護持、我が血筋の安泰だけに向いていて、権力欲というのもその目的のためだけに意識されているような感じです。これはしかし、この当時の平安貴族通有の観念で、彼らに今さら国の大本がどうのこうのと言ったって、首をかしげるばかりだったでしょう。そのあたり、奈良時代の聖徳太子とか天武天皇のように、同じ権力闘争であるにせよ、常に国家の大本をどうするか?という意識を抱かざるを得なかった皇孫とは、相当開きがあるようです。
 まあ平安遷都後二百年以上が過ぎ、国風文化がすっかり浸透して社会が固定化した時代にあって、貴族たちの関心が我が事のみになるのは、致し方ないところかもしれなかったのですが。

 しかし彼のこの天性の自由人というか、格式を嫌い政務なども適当に済ませて、何しろ詩歌管弦と色好み三昧に出来るだけ浸っていたい、要は娑婆からは出来るだけ隔絶して、好きなことをしていたい、というタイプであるところには、もう少し彼特有のパーソナリティーを見止めるべきかもしれません。内大臣も彼のことを「人なつっこくて、愛すべき人だが、公の場での彼の振るまい方はちょっと洒脱に過ぎる」と、かつて評したことがありましたね。
 こういう光源氏の性向が、どのように形成されて来たのかというのは、一般論ではなしにもっと探ってみる値打ちがあると思うのです。こういうタイプって、今どきでも多少はいそうじゃないですか?権力は圧倒的に保持していたいが、個別の政策には一切関心がない、という人が。

 しかしそれにしても彼の紫の上に対するしかたは、ずいぶんあっさりし過ぎているじゃないの、という印象がここでは免れません。娘時代に無理無体に拉致してきて、そのまま確たる儀式も行わず葵の上亡きあとの我が正妻に据え、その後須磨流遇の折りには都に残して後事を託すという、言わば同志的結合によって互いを守って来たこの北の方に対して、ちょっとつれなさ過ぎると思うのはたぶん私だけではないでしょう。これについては私など、紫式部の書き方にも不満が出てくるわけで、須磨流遇の折りに都に残された若き紫の上の苦労話について、彼女が一切筆を割いていないというのはどうも合点が行きません。
 明石の方や花散里については、しっかりした後見だけで判断するのもまあ仕方がないか、というところもあるのですが(それもひどい話ですが)、こと紫の上にかんしては、そんな簡単な間柄ではないだろう、というのが率直なところです。

 ここには多分に光源氏の紫の上に対する甘えというか、思い上がりが感じられ、これもまたどこから来ているのだろう、ということを考えてしまいます。
 これは続く「若菜」の帖でも主たるテーマの一つになって来るような気がするのですが、要は紫の上に対する彼の振るまいかたには、故藤壺の宮ひいては源氏の記憶にない母親への帰求願望があるように思えるのです。彼が他の姫君に対するときに比べ、藤壺の宮と紫の上に対しては、一種幼児帰りしたような甘えっぷりを示すのには、実の母のいわば「無限愛」を知らずに育った光源氏の、永遠に満たされない子宮帰求願望が投射されているのではないか?

 しかし、これもまた急がずに、ずうっと探っていくべきテーマですね。

― つづく ―





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Last updated  2010.07.15 12:19:21
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
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