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毎日忙しい。貧乏暇なしである。外は大雨。明日も仕事。最近は羽生結弦選手のGIFTに浸りつつ、今日はエルピスを一気見した。いい作品だった。
2023/07/08
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私が感想書くと視聴率落ちるんだよ。今夜は裏にバレーがあるし、1点を争う好ゲームで盛り上がったらしいし、NHKでは歌丸師匠を取り上げてたらしいし、WOWOWでは錦織くんの試合があっていたそうなので、とんでもなく群雄割拠。ただでさえ視聴率とりにくいのに私が感想なんて書いたら・・・!だがごめん。今日は書かずにいられなかった。でもこれアップするのは明日にしよう。うん、そうしよう。さて、ドラマ。18年間罪を抱え込んで口を噤んで生きて来た。18年も黙っていられる人間ならそんな簡単に罪を認めないんじゃないかという感想もみたけれど。でも自分では踏み出せないことってあるんじゃなかろうか。誰かに背中を押される、或は誰かの手によってもう嘘をつき通せない状態に追い込まれてからじゃないと本当のことを言い出せないってこともあるような気がする。彼は心のどこかでそれを待っていたのかもしれないじゃない?佐田先生役の香川さんと、犯人役の吉沢さんの演技がとてもよくて、その場面では不覚にももらい泣きしそうになった。そして、その傍らで何とも言えぬ表情を浮かべたままじっと見つめ、そして目をそらす深山大翔。深山の過去、彼を形成しているものをさりげなく忍ばせる、奥のある演技!潤さん、深山というキャラクターを完全に掴んで生きているんだって思った。小ネタが五月蠅い。特に明石さん絡みのろっきゅーネタはいらない。いとこんちも無駄な部分が多すぎる。芸人出す意味がわかんない。正直小ネタが邪魔になってると思う。いろいろと突っ込みどころはあっても、ドラマの部分がきちんと描かれていて6話はとても面白かった。被害者、加害者。その家族。このドラマにはいつも「その家族」が必ず描かれる。深山の過去への伏線になってるんじゃないかなと思う。そこがこのドラマの好きな所でもある。ていうか深山ってほんと変人なのに、ちゃんと血肉を通わせて、30何年かけて生きてそこに在る人物として存在させられているところがすごいなあって思う。潤さん、さらりと凄いなあ。ってことで99.9、今のところ1話、2話、4話、6話がお気に入りかな。班目さんにもまだ裏がありそうだし。目が離せません。ていうか普通に面白いドラマです!追記・やっぱり下がっちゃった💦私はもう感想を呟かないことにします。が、99.9面白いっす!(小ネタは断固としていらん!派です)
2016/05/22
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潤さんは相変わらず好きなのですが、最近のマイブームは羽生結弦選手。専らツイッターで呟き散らかしているところ。こっちにどさっと貼り付けて、羽生結弦タグでも作ろうかね。・・・時間があったら。
2015/02/15
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何か月ぶりだろう・・・(;^ω^)近況報告。自分の連休はわずか4日間。その初日5月3日に萩へ行ってきた。宿泊は潤さんが泊まったと噂の萩城三の丸北門屋敷。宿の部分は時代を感じさせる造りだけどエントランスやティーラウンジも廊下もとってもおしゃれで素敵な旅館だった。お風呂も気持ちよかった。初日は秋吉台と秋芳洞に行く予定だったのだけど、高速の渋滞(事故渋滞だったらしい)に巻き込まれ、予定時間を大幅に過ぎてしまったので、めかり公園SAでお弁当タイム。ピーかんのいい天気で、玄界灘も周防灘もとっても綺麗だった。行き交う船を眺めながら素敵な気分で持って行ったサンドイッチをぱくついた。そこから一路秋吉台へ!だがナビさんに従っていったら、サファリパークに連れていかれた。しょうがないからサファリパークに目的地変更。(行き当たりばったりである)ところが園内大渋滞。カメラでビデオ撮影したり写真撮影したりするものだから車が動かない!せっかち二人組のわたしらは、しびれを切らしてとうとう追い越しかけ、ちょっぱやで巡り終わり。でも、見ることのできた動物たちはみんな可愛かった!ふれあいパークの方にも行ったけど、結局触れたのはカンガルーだけだった。野性を捨てたカンガルーに触りまくり。非常に気持ちの良い触りごこちだった。レッサーパンダ(れっすんぱんだって言いたい・笑)も愛らしかったし、ホワイトタイガーとライオンは綺麗だった。その時点で5時回ったので一路萩市へ。萩市内入ったあたりからテンションアップ。萩の街の空気、なんだかすごく好きだった。二日目。萩近鉄タクシーさんの「はじまりの歌ロケ地巡り」というプランを予約していたので10時に旅館にお迎えが。わずか4800円で1時間強かけてはじまりの歌のロケ地を回ってくれるのだ。最初に明倫館小学校。もう、ここですでにテンションMax。今年の4月に新校舎に移転したらしい明倫館小学校。ゆえに旧校舎はもう使われていない。でも、ひと月前まで人がいた校舎には人の「気」がまだ色濃く残っていて、廃墟臭がしないので、まるで夏休みの学校に来たみたいな感覚で見て回れた。(「廃墟」とは相性が悪いのかめちゃめちゃ気を奪われて疲労困憊するのだ。去年軍艦島でかなり疲弊)木造建築震えるくらい好きなので、その意味でもテンションアップアップ。渡り廊下とか、窓越しの廊下とか、ドラマの映像が目に浮かんでにやつき止まらず!天気も良かったし、本当に清々しい嬉しい楽しい気持ちで明倫館を見て回り、次は商店街へ。途中おそばを食べたお店の前を通ってくれ(時間が早かったのでお店はまだ開いてなかった)、目的地に到着。人通りはほとんどなくて、時間のせいかな?と思ったけれど、地方の商店街はやっぱりどこも厳しいらしい。それから鶴江の渡し場へ!お父さんがいた小屋があったよー!お父さんが乗ってた船(わたるも途中漕ぐの挑戦したね)もつないであったよー!あいにくその日は渡しはお休みだったけど、ここでもテンションMax!!対岸の渡し場のすぐ横におねえちゃんが競りやってた市場が。そして、一路菊が浜へ。天気も良くて菊が浜はひたすら綺麗だった。砂浜におりて波と戯れたら足濡れちゃったけど、楽しかったし気持ち良かった~。その後、宿へ向かう途中松潤さんが食事したという萩心海の前を通り、毛利家の重臣たちの屋敷跡(現在は一般の方が居住してらっしゃる)や萩の史跡なんかを紹介してもらいつつ、宿へ。途中写真も撮ってもらったりして、ほんとに楽しい充実した1時間だったよ!その後萩八景遊覧船に乗船。川船で海まで出ちゃうけど、菊が浜を海から眺められて絶景。八重の桜で背景として使用されたらしい銃眼のついた白壁も見られて気分爽快のうえにお得な遊覧だった。そのあとは松陰神社と秋吉台を回って観光終了。萩の市内から去るのが名残惜しくてならないくらい萩っていい街だった。空気が馴染むっていうか。とっても好きだった。いい旅行したなあと文字通り満足しまくって帰ってきたのでした。
2014/05/05
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はや一週間経とうとしてるので今頃何を?って感じなんだが、失恋ショコラティエ。自分はめちゃめちゃ好きだった!!これはきわめて珍しいことである。もうね、本当に演出も音楽もキャストも脚本もタイトルバックも何もかも大好きだ。この(個人的嗜好の隅々にまでフィットする勢いの)クオリティが次回以降も続くのかどうかは不明。ってくらいにほんっとうに第一話は自分的最高のドラマだったのだ。だから客観的にレビューを書く、ということは難しい。だって大好きMaxなんだもん。そして、珍しいことにこれは自分だけの現象ではないらしい。潤くんファンさんたちみんな、マジでみんな、全員同じ感想なのである!!私が浮いてない!(←そこ)これだけ思いっきりとことん好きだった!面白かった!って思う人がいるっていうだけで、このドラマは成功なんじゃなかろうかと思う次第です。数字気にしていたけれど、なんだかもうそれいいやって思える。自分が今でもすっごく好きな「それが答えだ!」だって数字は決して良くなかったですよ。でも宝物みたいに思えるようになったドラマ。このショコラティエも「自分にとっては」そういうドラマになるだろうという予感。とりあえず…この第一話のクオリティが続けば、そうなるだろうって思う。とにもかくにも、ソータが好きすぎる。切なくてかっこよくて、可愛らしくて健気でいとけないという、こりゃたまげた(ばーちゃん)って言うすさまじさ。画面の見せ方も本当に震えがくるほど好きでさー。タイトルバックもたまらなく好きでさー。映像が美しい。美術セットが細部までこだわりをもって作りこまれているのと絶妙なライティングがうまく調和してると思う。ラブシーンもいやらしくなり過ぎないように美しく見せる構図が考え抜かれてるし演じる二人が身長差含めてなんと目の保養であることか!!(握りこぶし)妄想してにやにやしてる爽太が可愛くてかわいくてしょーがないんですが旦那。私結婚するのって聞いて固まって次のシーンで床に突っ伏してるその姿がまるで子犬みたいで可愛くてかわいくて(以下略演出スバラシイです。そして何より、松本潤のショコラティエ姿が――動きも含めて――超絶美しいっす。特にスムーズなテンパリング!チョコレートのなめらかな流れと彼の動作のなめらかな動き。めっさ美しくて見惚れてしまいます。サエコさんは俺の彼女だから、というソータが愛しくて切なくてどうしま(以下略幸せ。以下、とりとめない雑感を書き留めます。原作込みの思うところ、なのでネタバレ回避の方はどうぞ回れ右してくらはい。原作を読んだ印象。サエコは誰も愛さない。形式としての幸福を手に入れるために結婚するし、彼女はその形に表面上縛られてみせる。それが幸福の一つの基本形だからである。だけど、旦那を愛しているか?と言えば全然そうは思えない。旦那は旦那という客観的幸福を形作る上での一つの必須アイテムだ、ととらえているような気がする。彼女は絶対に「他人のもの」にはならない人だ。常に彼女は彼女自身のものなのである。だからこそ、ソータの彼女への「永遠の片思い」が成立する。この物語は、サエコという特異なパーソナリティを抜きにしては語れない…と思う。ソータの「妖精さん」という形容は、その意味で正鵠を射るというか本質をついてる気がする。つまりソータは漠然とそれを悟っている。だから彼は自分から諦めることができない。決して手には入らないもの――彼女はソータにとっては偶像である。ということはオリビエの言うところの、二次元に恋するアートに等しい。ソータの妄想は、いわゆる二次元世界における「二次創作」ってやつと変わらないよね。あらぬ妄想をありえないシチュエーションで思い描いてウハウハするっていう。このオタク属性を持ってればソータの妄想にウハウハできると思うの。(←自分だ)しかし厄介なのはサエコは二次元的とらえ方しかできない人なのに、肉体を持っている、ということである。「色」から乖離した「念」の世界に浸るソータを三次元の世界に呼び戻すのがエレナであり最終的にはサエコその人なんだが――サエコは本質的に変わらないので「肉体」は手に入れられても「心」は手に入れられないんだよね。というジレンマ。サエコへの片思いがソータのクリエイティブな発想の原動力であって、実はそれはサエコが妖精さんだからこそなんだよな。そして実は、ソータもサエコを愛しているように見えて本当はチョコを喜んでくれるサエコさんが好きなのかもしれないんだ。どうなんだろう。着地点が自分にはまったく想像つかないので作者の料理の仕方が楽しみです。でさ、サエコさん目線でソータを考えてみたさ。サエコさんはソータを手放すだろうか?否。じゃないかな、今の状態だったら。だってね。ソータってサエコさんにとってみたら、自分を崇拝し、寂しい時には慰め、体ごと愛してくれて、必要のない時は距離置いても全然大丈夫で自分を想い続けてくれて、そして何より自分が唯一愛している理想の「チョコ」を作ってくれる「下僕」自分の王国に必須アイテムだよね。おいしい存在だよね。手放すわけないよね。酷い女だよね(笑)でもそういうコいたらうらやましいかも…(;^ω^) そして何よりサエコさんはソータのテンパリングが超絶上手い。名ショコラティエならぬソータティエなのである。(なんだその造語)ソータを転がしながらソータが一番欲しい言葉を一番欲しい時にさらっと言ってのけちゃう。結局チョコを愛してるという視線が一緒ってのが大きいのかもしんないな。
2014/01/18
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真緒と一緒にいるときの浩介が自然と幸せそうな表情を浮かべるものだから、真緒の輝きが増す。真緒を絶賛する人が発したその言葉の意味を、残念ながら発したご当人は全く理解していなかった。この映画を支え空気を形作り、馥郁とした余韻を醸す土壌を作っているのがその幸せそうな浩介だということ。いや、その人も実は浩介のその表情が鑑賞後の余韻につながるとは書いておられるのだが、この映画におけるその重要性を認識しておられないように見受けられた。幸せそうな顔をしているから幸せだという空気が生まれるとは限らない。「幸せ」感や「愛しさ」感を観客に空気として伝染させられる役者さんはそう多くない。と、個人的には思っている。表情を浮かべられる役者さんはごまんといる。そもそも基本中の基本だ。できない人もいるけど。でも、その幸せがこちらに伝わり、こちらまで包み込んでくれるような、そんなことは滅多にない。松本潤は、それを感じさせてくれる稀有な役者の一人なのだ。花より男子の時もそうだった。あの映画の感想で、「嵐のコンサートに似ている」と書いたように記憶している。いつまでもその幸福な空気感の中に浸っていたい。そう思わせてくれる。陽だまりの彼女も同じだ。観終わった後、余韻が続く。というより、観終わった後どんどんその余韻が強く、濃くなる。ただ、「愛しさ」や「幸せ」には「相手」が必須で。上野樹里と葵わかなという二人の女優さんが魅力的な真緒を作り上げてくれたからこそでもある。私は中学時代の浩介が真緒を庇ったあと孤立してしまう登校シーンが大好きだ。周り中から白い目で見られ、こそこそと陰口をたたかれる、あの状況で、全く空気を読むことなく、天真爛漫な笑顔としぐさで「浩介!」とじゃれつく真緒。何の打算も不安も疑念もなく自分をまっすぐに「好き」でいてくれる存在は、人にとってかけがえのない支えであり、この上なく大切な宝物だ。あの真緒の笑顔がどれだけ浩介にとって救いだっただろうと思うと、真緒が愛しくてたまらなくなる。大人になっても真緒はひたすらまっすぐに「浩介が好き」であり、まっすぐにその思いをぶつけてくる。邪念のない純粋な「好き」を上野さんとわかなちゃんが表現したからこそ、浩介の「幸せ」が生まれているし説得力を得ているのだ。そして、浩介の「幸せ」が真緒をより輝かせる。なんと幸福な好循環であることか。その円環の重要な要素を過不足なく演じきった松本潤に拍手を送る。ということは円環のもう一つの重要な要素を過不足なく演じきった上野樹里さんにも拍手を送る、ということだ。この二つが同義であることは明白だと私は思ってる。さて、これで書きたいことの一つは書いたのだけど、実はもう一つ書きたいことがあって。それは真緒の思慕に「愛」を感じないということ。波風立つような言い回しで申し訳ないのだけど。このエントリでも少し触れたけれど、真緒の想いは特殊なんだと思うのだ。「愛」が相手を思いやり、相手の幸せを願う気持ちであると定義するならば、真緒の想いに私は愛を感じない。彼女はただ「好き」を押し付け、貫いているだけだから。浩介の立場や浩介の気持ちを慮る場面はことのほか少ない。最初は皆無だ。ただ、自分勝手に押し付けているだけともいえるその「好き」が、特殊なのだ。そこには打算が一切ない。人間の「好き」にたいてい紛れ込む「好かれたい」「よく思われたい」「自分の物にしたい」なんて邪念が微塵もない。純粋な「好き」。相手の幸せを願いもしないが見返りを求めることもない。ただただ、相手が好き。だから見ていて、真緒って、いうなら我儘だったりするのに、ちっとも嫌な感じを受けないのだ。それどころか純粋でキラキラしていて、好ましい。人間ではない魂だからこそ持ち得る「愛」ではないマジりっけなしの「好き」を樹里さんとわかなちゃんは的確に表現していると思う。でね。だから浩介は嬉しくてたまらないんだと思うんだ。人はそうやってとことん「好かれてる」って味わえることなんて滅多にないから。無償の愛の形の一つである親の子を想う気持ちですら、そこまで純粋ではありえない。(もっともだからこそ深く人間らしいのではあるが)不思議なことに人間であるはずの浩介も、真緒を好きな気持ちにまじりっけがないんだな。多分それは「好かれてる」という盤石の前提があるからなんだろう。一番ファンタジーなのは実はこの点かもしれないね。そういえば、私は最後の公演の場面がわりと苦手なのだ。真緒のセリフは表現を変えれば「生まれ変わってもあなたにつきまとって離れないから」っていうことだから。けれどもそれがそういうニュアンスで聞こえないのは、私は松本潤の功績だと思っている。だって浩介って真緒が好きなんだもん。彼女が猫だろうと人間だろうと、真緒が好きなんだもん。彼は「お前、ブライアン食ったろ」という一言に、その想いを込めた。見事に込めた。そして、真緒の「ごめん」ごめんね、浩介。と、彼女が謝罪を口にするのは映画では二度だと記憶している…けど間違いかもしれない。自信なし(^-^;一度目は夜のバスケットコートで。二度目は、ここだ。「ごめん」ということばは相手を慮る言葉でもある。上で真緒の浩介への想いに相手を思いやる気持ちは感じないと書いてるけど、実は真緒は徐々に変化を遂げている。(これ書いとかないといけなかったね)純粋さはそのままに、少しずつ、人間らしさを纏い始める。そして、この海辺の場面での「ごめん」は、完全に浩介の人生を思っての言葉なのだ。私のわがままであなたを巻き込んでごめん。でもどうしてもあなたに会いたかった。あっちこっちに話が飛ぶが、映画の前半、真緒が会社の窓越しに浩介の姿を指で辿るシーン、大好きなんですよ。どんだけ真緒が浩介を好きか、あれだけの動きでびしばしと伝わってくる。演出の妙もあるんです三木監督素敵です。だからどうしてもあなたに会いたかった、という一言がぐっとくる。そうだよね、それほど真緒は浩介が好きなんだもんね。って。樹里さんは映画全体を通してその台詞に説得力を持たせてる。どうしてもあなたに会いたかった、その気持ちに正直に生きた結果あなたを悲しませることにもなった。ごめんね。真緒の気持ちも浩介の気持ちも・・・・ああっ切ないっ!あたしゃこの真緒の変化がエピローグの人間への転生につながっているんじゃないかと勝手に解釈しとるんですがね。とまれ、浩介の真緒への愛が確信できるからこそ、公園での真緒のセリフも二人の絆の強さを感じさせるものになってると思うのだ。
2013/11/15
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今日は休みだったので12時台の回を観に行きましたよ。超地元の映画館。超田舎のショッピングモール内。でも一応TOHO。まだ最大箱だったのでよっしゃとひそかにガッツポーズ。大きなスクリーンで見られるのも今週までかな。さて、さすがに5回目になりますのでね。そろそろ浩介さん的萌えポインツをまとめておこうかと思います。ネタバレだらけです!迷い込まれた方はご注意ください!その1大倉さんや谷村さんとのかけあい。非常によろしい(なんだこの超上から目線)。テンポと言い間合いといい、本当に潤さんコメディアン(芸人という意味ではなく)の才あるよ。相手の方も上手いんだけどね。双方上手くないと掛け合いは面白くならないですもんね。その2ゆっくりいいいいいいいいいいいいのメールを送ってしまうところも大好き。ほんとに笑いとるの上手。で、そのメールの言い訳を兼ねてララオロールにゲラを届けに行ったときの「間の悪い浩介」!あのへっぴり腰も絶品よ。必ず観客はあそこで笑いますから!なんて間抜けでなんて可愛いのか。もう萌え苦しくて呼吸困難ですよ。その3真緒と広告ボードの写真を撮りに行った時の待ち合わせ。ダサい恰好◎!そしてこのシークエンスの何が好きかって、一生懸命「進藤さんに悪いから」ってしどろもどろの言い訳してるところの浩介がたまりません。聴く耳持たずすたすた歩き去る真緒に気づいた後の表情なんか絶品よ。間合いも絶品よ。そのあと、横断歩道で真緒が立ち止り写真を撮り、同じところで浩介も立ち止まるんだけど、またもやすたすたと軽やかに歩き去ってゆく真緒。慌ててついていこうとする浩介の動きが!本当にもたもたしてどんくさいの。そのあとテケテケと真緒の後について走るんだけど、この走りがまたどんくさい!でも可愛らしい!!いかにも浩介、なんです。大好き。その4デートのあとのお見送り。終電の場面です。真緒のお父さんが警察官だと知った時のビビりよう。これもいい!あの乾いた笑いが大好き。その5真緒の実家に連れてかれた場面。ここは演出上手し。緊張してひきつった浩介と仏頂面のお父上。対比で笑いをとる。真緒「結婚します」両親「えっ」浩介「ええええ!?」ここ!ここの間合いがまたスバラシイんです。本当にコメディお上手です松本さん。観客必ず笑います。ちょっと気圧されつつ、でも真緒への確固たる愛情を底に忍ばせている浩介を潤さん存分に演じ上げます。やはり、かわいくって、温かい浩介です。その6おんぶのシーン。これは名場面ですね。会えなかった10年を埋めて。を受けた二人の表情も絶品ですが、なによりそのあとの「任せろ~」の言い方があなた。(誰)たまりませんよ。あったかすぎますよ。重くならないように、軽い調子で、でも真緒を全部受け止める「まかせろ~」。潤さんスバラシイ。おうっち。時間が来ちゃった。この続きはまた後日書き留めようっと。
2013/10/21
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試写会1回、舞台挨拶生中継つき2回、都合3回鑑賞しています。ここではおおざっぱな感想だけにしておこうと思っていますが自信はありません。ネタバレがお厭な方は、どうぞ読まないでくださいませ。ただ、実は自分はこの映画に於いて劇中の「秘密」自体はそれほど重要な要素ではなく、前提に過ぎないと思っています。いわゆる「オチ」にはなっていません。その前提の上で描かれるものがこの映画にはある。だからこそ、複数回の鑑賞に堪える作品になっています。「オチ」の驚きにしか価値がなければ、一回見ればそれで十分です。でもこの作品は、何度も見ることによって感動の質が変わってくる。そういうつくりになっていると思います。(アバンタイトルですでに勘の良い方はぴんとくるかと。でもそのアバンタイトルがとてもノスタルジックでいいんだ!大好きだった) おもわず聞き返すと、お義母さんが笑って答えた。「最近、猫を飼い始めたんです。うちは主人と二人暮らしなんですけど、いい歳してなんだか無性に子供が欲しいという話になって。それでこの間、ご近所から仔猫を譲ってもらって」「名前が、真緒なんですか?」 お義父さんが頷く。「あまり猫らしくない名前でしょう。でも、どういうわけか名前はそれ以外にない気がしたんですよ。飼ってみたらこれがもう、娘のようにかわいくてね。猫を飼うのは初めてなのに、昔からずっとそばにいたように馴染んでしまって。ほら、親馬鹿でしょう」 そういってお義父さんはラミネートされた写真を財布から取り出した。そこには、人の指にじゃれつく幼い茶トラが一匹写っていた。 真緒、たしかに親ってすごいよな。 僕は心の中で真緒に語りかけた。 彼女はきっと、何もかも消して行ったつもりだったのだろう。しかし、両親の中にはおぼろげながら真緒の存在が残っている。きっとこれは真緒の不手際ではない。血こそ繋がっていなかったかもしれないが、真緒はたしかにこの夫婦の娘だったのだ。会社の同僚や近所の住人の記憶を消去してしまう不思議な力も、親の愛には歯が立たなかったのだ。原作で唯一私が涙した場面です。正直に言うと、私はこの原作がそれほど得意ではありませんでした。どうしても「秘密」「嘘」の部分が受け入れられず、とりあえず「鶴の恩返しとか、人魚姫とか。その類その類」と自分に言い聞かせて読んだのです。でも、そういったおとぎ話の構造があるからこそ、こういった普遍的な「愛の強さ」という気恥ずかしい理想が臆面もなく提示でき、かつ胸を打つんだとも思いました。その構造はたぶんこの映画にも生かされている。残念ながら上記の原作の場面はそのまま映像化というわけにはいかなかったようです。原作との決定的な違い。それは、「浩介」の「記憶の抹消」です。真緒が姿を消した後、浩介は偶然真緒の両親と街で遭遇します。けれども浩介は彼らが真緒の両親であることも当然忘れています。両親も然り。でも、お父さんが――潜在意識の奥を探るような表情を一瞬浮かべるのです。記憶の底に何かが残っている、という描写が挿入され、それでこの場面は終了です。代わりに「真緒の存在」をその身中に残していたのは「浩介」でした。それがラスト。自分がこの映画で最も心打たれ、もっとも強く印象に残った場面です。劇中効果的に使われるビーチボーイズの「素敵じゃないか」これが体の中に残る記憶の残滓を呼び覚ます。私は後半から何の涙か自分で判別のつかない涙が溢れてきて、この場面で一気に正体不明の感情が爆発してしまいました。悲しい涙ではない。感動の涙でもない。辛い涙でも、切ない涙でもない。一体何への涙だったのか。多分それは、言葉にするとしたら「光と君へのレクイエム」なんでしょう。存在とは何によって証明されるものなのか、なんて、古来哲学のメインテーマでさんざん語りつくされてきてることなんでしょう。その道に明るくないので詳しくは存じませんが。この世は無常で万物は流転します。そんなこと、誰でも知っているし実感していることです。草木は枯れ、また芽吹く。人は死にそして生まれる。存在の証明が「触れられる可視の実体」だというなら、死んでしまえば全てなかったことになってしまう。でも、人はその実体が目の前からなくなっても、「記憶」の中にとどめておける。或は「記録」として存在の証を時空を超えて残すことができる。だから悲しいけれど、どこかに感情の逃げ場があるのだと思うのです。その意味では、原作の浩介の悲しみは(読者の感じる悲哀も)人の死の悲しみに類するものです。彼の持つ記憶以外のすべての存在確証が失われてしまっても彼は覚えているのだから。でもこの映画では、「真緒」は完全にその存在を失ってしまいます。最初からそういう契約で、それを分かっていてもなお、真緒は浩介に人間として巡り合うことを願った。どれだけ強い思慕だったことか。(ここからすでに涙腺怪しい)涙が溢れて止まらなかったのは、たぶん真緒の実体の喪失のせい(死んでしまうこと)ではなく、浩介と真緒が中学時代から積み上げてきたあの美しいかなしい記憶の集積がすべてなくなってしまうからなのです。文字すらも消えてしまうからなのです。二人が本当に大切に想い合い向き合っていたからこそ、その喪失がかなしい。前半で二人の思い出を笑いを交えて丹念に積み上げ、後半それを剥奪する――という高低差の激しい構成は上手いなと思いました。つなぎ役としての夏木マリさんの起用も功を奏していると思います。何より「メモリー」の核になる中学時代の映像が素晴らしかった。葵わかなさんがとてもいい。彼女のおかげでこの映画の印象が極めてピュアでリリカルで懐かしさに満ちたものになったと思う。映像も実に美しかった。最後。蛇足のようなあのエンディングを、ハッピーエンドととるか、そうでないととるか。存在と記憶に重きをおくならアンハッピーエンド。二人の想いに重きをおくならハッピーエンド、というところでしょうか。私はあれを浩介のことを覚えていて浩介に会うためにまた生まれ変わってきた「真緒」だと思いましたが、全く別の本当の「人間」と受け取ることも可能かと思います。そういった受け止め方の違いでも、最後の印象は変わってくるでしょう。それもこの映画の面白さのひとつかなと思います。ということで、とりあえずの雑感です。もっと何回も見たらまた感じ方が変わってくると思いますし、細かいところ突っ込もうとしたらやっぱりきちんと画面で確認しないといけないので、詳細感想はいずれ。
2013/10/13
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本来ならば二度目を視聴してじっくり味わってから書きたかったのですが、二度目を見る暇がない!そうこうしているうちに今週末は陽だまり公開!ということで見切り発車です。一度しか見ていないので、ざっくりした感想に過ぎません。まず、印象に残っていること。榮倉奈々さんのデビルがいい。彼女はコメディエンヌの資質に富んでいる気がします。航とのやりとりの軽妙さと間の上手さ(息の合い方)が心地よく、航がデビル振り回され、主導権握ろうとするも、結果的にまた振り回されるという関係性がドラマに良いテンポを与えていたように思います。デビル航コンビ、大好きでした。僕妹のイメージもありましたから、これは嬉しい誤算でした。次に、映像が美しい。音楽も美しい。人物も美しい。心の透く映画だったということ。國村隼さん大好きな役者さんで、特に声と台詞回しがとても好き。「うまくいかんかったら、またやり直せばいい」(うろ覚え)物語を締めくくり、ドラマに重みと深みを付加する國村さん、さすがです。佇まいもよかったなあ。そして、主演の潤さん。自分に自信のもてない中途半端な青年を好演していたと思います。とくに榮倉さんとの絡み、お姉さん役の戸田さんとの絡み、國村さんとの絡み、友人たちとの(以下略)誰かと相対した時の芝居が良かったなあって思います。航も基本受け身の人。陽だまりから続いた受け身の芝居がここでも見られました。甥っ子との絡みもよかった。そして、何より甥っ子との奮闘を語るナレーションに笑わせてもらいました。間が上手い!温かみのある声、やさしいナレーションは十八番だと思いますが、手触りがこのドラマの画面にとても馴染んでいた気がします。とても好きなドラマでした。教師になった航くんの奮闘ぶりが見てみたいと思うくらいに。
2013/10/07
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ズムサタ見て思ったんだけども。よくわかってないくせに樹里さんについて呟きます。目障りだなと思われたら即刻回れ右お願いします。樹里さんの真緒はのだめに重なる部分もあるってどこかで読んだ記憶があります。でも、こうして映像を見てると、決定的に違うなって思うところがありました。それは、目の強さ。別の言い方をすれば、目に宿る意志の強さ。私が見た直近の樹里さん作品が「虹の女神」と「のだめ映画」なので、その二つとの比較でしかありませんが、のだめちゃんは半覚醒、夢うつつなまなざしの印象が強い。先輩を見るまなざしは憧憬に満ちた「好き」できらきらしてた。或はピアノに向かうときは没頭し、忘我に近い目。でも彼女はそれこそ受け身でほわほわっと漂ってる感じです。「虹の女神」のあおいは、強い目をしています。でもいつもどこか悲しみが漂っているイメージ。葛藤を抱えた、どこか仄暗さを抱えた目に思えました。思いが出口を探してぐるぐるしてるような目。(個人的な感想です)真緒は、ふわふわとした柔らかいイメージがあるのに、クリアでくっきりした意志の強い目をしています。浩介といるときは。明確な志向性というのか。そこに浩介への愛情が明瞭な鮮やかさで含まれている。ちらっと流れた夏木マリさん演じる老婆といるときは、憔悴したような切ないまなざしをしていました。でもそれすらもエッジがはっきりしている感じがしました。映画本編未見で語るのもおこがましいのですが、まなざし、目で確実に「真緒」のイメージを確立しているんですよね。無論表情も雄弁な女優さんで、浩介を見る目と表情にこっちは思いっきり感情載せられそうでウハウハしてるんですけども。やっぱり特筆すべきは目の演技だなあって、WS映像を見て思ったことですよ。真緒はくもりがないんだ。くもってるところは抑え込むのではなく奥の奥にしまい込んで、本当に浩介とともにいられる幸せを噛みしめてる。その瞬間に意味と重みを確かに感じながらそこにる。(そしてそれは決してあからさまじゃないんだ)。そんな感じが伝わってきました。映画本編をみれば、秘密を隠していることをニュアンスとして感じさせる演技も随所にちりばめられているらしい。決して単純ではない真緒を見事に演じ切っていると。そんな風に作品の世界観と人物を見事に体現できる女優さんって、すごいよね。原作で感じたかすかな違和感とか居心地の悪さを、多分上野さんが作り上げた真緒が払拭してくれるだろうという予感がしています。
2013/10/05
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企業向けに配布されてる情報誌?タウン誌?みたいな雑誌です。家人が陽だまりの彼女の記事も載っているということで持って帰ってきてくれました。見開き2P。写真は既出の自転車二人乗りが大きく掲載されてるだけで、あとは全部テキスト。テキストの内容も既出のもののまとめ的な感じではありますが、二人がそれぞれの印象を語った部分が好きだったので、引用ご紹介。引用ここから---------------------------------<お二人は今回が初共演ですが、共演する前と後ではお互いの印象は変わりましたか?>松本:初めて共演させてもらったんですけど、すごくインパクトの強いキャラクタを演じているという印象があったので、ちょっと変わった人なのかな…というイメージもあったんです。実際にお会いして話をさせてもらって感じたのは、すごく熱があって、自分の想いに対してすごく真っ直ぐな人だな、と。真緒っていうキャラクターも真っ直ぐだし、真緒を演じているときも一緒に現場で過ごしているときも、すごく楽しんでいる。この現場を大切に思っている彼女の気持ちが伝わってきて、嬉しかったですね。ラブストーリーですから、そうであってほしかったし、自分もそうであろうと思っていましたし。この作品をよくしよう、作品と純粋に向き合っている印象がありました。上野:台本を読んだときに浩介=松本さんとして読むことができたんですね。私の松本さんのイメージは、「きみはペット」のあのキャラクターというか、どちらかというとちょっと孤独で、社交的というよりは我が道をいくようなタイプ、シャープな雰囲気もありました。で、実際にお会いしてみて感じたのは、とても繊細で気遣いのある方だな、と。いろんなことに気が付く方です。しかもそれを気づかれないようにこなしてしまうのがすごい。表に立つ方だけど裏からもフォローができる。より作品をいいものにしようとする姿勢がすばらしかったです。自分が想像していた以上に大きな器の方でした。-----------------------------ここまで潤さんの上野さん評はまるでご自分のことを言ってるかのよう。(潤さんに自分がそうである自覚があるかどうかは不明)多分この作品を共振して撮ることができたんだろうなあ、松本さんにとっても居心地のいい空間だったろうなあとこの言葉からも感じられました。上野さんの松本さん評も嬉しいのなんの。上野さんのインタ全部好きです。まるで潤さんのインタ読んでるみたいだから(笑)そして彼女はことごとく松本ファンである私が欲しいポイントを突いた発言をして下さる。ありがとうございます。このほかにも多数発売されてる雑誌インタの中で、現場でそばにいた、一緒にいるように心がけていた、話をしないままでいても居心地のよい空間を作ろうと思っていたという話が出てきてましたね。お二人とも言ってたかな?それもお気に入りのエピです。気を使う必要がない関係。それが映画の中にも反映されているのでしょうね。
2013/09/28
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二日目、感動的だったらしい。ニノ潤の誕生日もお祝いしたとか。今日入れた人は幸せだっただろうな。さて昨夜のしやがれ。ゲストは上野樹里さんでした。ステーキを潤さんが作っているときの樹里ちゃんと潤さんが可愛くってにやけまくりです。潤「あっちーっ」樹里「あー」 (共演した時の焼肉の話を披露)潤「あっちーっ」樹里「熱い?これは」「素手でがんばってる」(樹里ちゃんのためにね、やさしいね、と嵐さんたち)潤「共演者だからね」翔「そっかあ。共演したいぜ」樹里「熱い?」嵐さん「熱いでしょうー」潤「あっちぃ」樹里「熱い熱い」潤「あっちぃー」樹里「熱い熱い」ニノ「アツ潤」(ぼそっ)という一連のやりとり、嵐さんの茶々も含めてすごくほんわかして面白かった。そして何より、樹里ちゃんの「熱い熱い」の言い方がめっさ好き!潤さんが熱いというたびに反応する樹里ちゃん。優しい子だねえ。いい子だねえ。ニノの命名「アツ潤」もツボでした。それとリーダーの風呂話ね。そしてもう一つの見どころは相葉クイズ「そばめし」。相葉ちゃんマイムを誰よりも理解した樹里ちゃん。二人には相通ずるものがあるのかも!?とても楽しかったです。まったりとしてて、ほんわかしてて、きっとこんな緩い番組じゃ数字は取れないでしょうけど、でも嵐さんらしさがにじみ出てた一時間だったような気がします。てことでほんとに陽だまりについて語りたいことや考察したいことが山ほどあるのですが、今んところまだ我慢してます。代わりに落書き。ツイッターのプロフィール画像用。タブレット直描きなので荒いですが。
2013/09/22
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もう一週間近く前になりますが、陽だまりの彼女のweb予告が公表されました。なんと主人公の浩介(大人)だけが総カット、代わりに台詞が字幕で表示された予告でした。いろんな大人の事情が絡んでいることは明白で、それは愚痴っても仕方ないことなのですが、やっぱりどうもムカムカしておりました。そんな折、縁あって上野樹里さんファンの方と天神コアの衣装展をご一緒させて頂きました。とても楽しかった!何時間語り合ったかしれません。樹里ちゃんの魅力、潤さんのこと…あれやこれや話して時間が経つのも忘れていました。そして、いつしか自分の中の苛立ちは、すっきり浄化されておりました。まっすぐに好きなものに向き合って、いろいろな物事を排除するのではなく理解しようと努め、相手の感情に寄り添おうとしてくださる方でした。恐らくそれは、その方が愛してやまない上野さんとも共通する姿勢のような気がしました。同時にそれって、自分が大好きな松本潤さんの姿勢とも重なるものでした。邪念まみれのあたくしとなんと隔絶していることでしょう!しかし、清浄な精神性は邪な人間の精神をも清めてくれるものなんですね。楽しいだけではなくて、とても心地よく、互いの好きな対象への愛情を深めてくれるような豊かな時間を過ごせました。もともと上野樹里さんは好きな女優さんでしたが、彼女への興味がぐんと増しました!陽だまりの彼女が楽しみでなりません。でも自分の中のジンクスがあるので陽だまりの話題は公開されるまでは自粛。次々に刊行される雑誌を見るにつけ、語りたくてうずうずするところもあるのですが我慢してます(笑潤さん単独の雑誌も勿論大好き。でも二人が並んだところが好きでたまりません。番宣も楽しみです。子供と潤さんの並びが好きなのに似ているかもしれません。潤さんって末っ子の甘えん坊的なところも多々あれど、子供と並ぶととても頼りがいのある庇護者に見えるのですよね(当社比)。樹里ちゃんと並んでる潤さんにはそれと同じ感覚を覚えるのです。樹里ちゃんが真っ白な無垢で純粋な感じを与えるからでしょうか。あの笑顔の透き通り具合!実はとてもしっかりしたお嬢さんで思慮深く思索的なのはインタビューからもうかがいしれるのですけれどもね。ん?これってやっぱり潤さんと共通する…?何はともあれ。蓋を開けてみると樹里ちゃんがお姉さんになっちゃってるかもしれませんが。これから10月12日まで、楽しみばかりです。
2013/09/20
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もうね、松本潤さんを目で追うことがほとんど趣味の域に達してしまっていて、それはつまり日常の一部になってきてるってことで、もう語る言葉もだんだん必要なくなってきた感がある。なんとまあすでにファンになってから6年の年月が経っているわけですが。これだけ時間がたっても、どんどん好きになる一方ですわ。どんだけ人間的に深みと豊かさを増していくんでしょう、あなた様は。立派な大人になられてて、私はわが身を振り返って恥じ入るばかり、あなた様への尊敬の念を募らせるばかりでございますよ。胆力。勇気。優しさ。気配り。少年のような純粋さ。行動力。有言実行。熱さ。情熱。エネルギー。時に頑固で愚直な生き方が垣間見える松本潤さん。これからもずーっとファンです。趣味になるようなアイドルに巡り合えて大変うれしゅうございます。いつまでも元気で、われわれファンが「見ることのできる場所」に居続けてくださりませ。そのためにわれわれファンも、(趣味と実益を兼ねて)あなた様に貢ぎ続ける所存です。お誕生日おめでとうございます。30。男はこれからですね!陽だまり関連の雑誌買いに下関まで行きましたもの。関門海峡超えて!笑
2013/08/30
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西村さんのことを紹介したV。相葉さんの担当でした。太平洋戦争開戦当時、南方への戦線拡大の日本軍の勢いを示す地図と、連合軍の攻撃を受け次々に陥落玉砕していく様を示す地図を見たことがあります。それぞれの島に陥落した日付が書かれていて、その数の多さに絶句しました。どれだけ酷い、凄まじい戦場だったか。想像に難くありません。その戦場に友を置き去りにして帰ってきたことがずっと心にあって。どれだけの回り道をしても約束を果たす。その信念と情義に涙を禁じえませんでした。それを淡々と語る西村さんに寄り添う相葉さんを見て、また泣けました。相葉さんは本当に綺麗でした。容子がというより、心が。まなざしが。透き通るような綺麗なまなざしで、夜空が見えるように展望室を作ったのだ、ニューギニアを思い出せるからという西村さんに、「そうかあ」と相槌を打っていて。それを見て涙が溢れてしまったのです。相葉さんって本当に人の心を癒すよね。語彙が少なくてぴったりくる言葉を持ちませんが、なんだか本当にきれいでねえ。この企画もまた心に残りました。
2013/08/30
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といっても、松本潤さんに特化した感想です。立川聾学校の生徒たちとともにタップダンスに挑戦。出来上がったパフォーマンスは素晴らしく、ほぼ、一糸乱れぬタップダンスを披露してくれた。身体能力も理解力も、人っていろいろで、中には不得意な子供もいると思うんだ。なかなかできなかった子もいると思う。ましてや、耳が聞こえなかったり、聞こえにくかったり。タップの専門家、プロ中のプロであるHIDEBOさんがそう言うからには、やはり並はずれて困難な挑戦だったんだろう。素人の私でもその難しさはなんとなく想像がつく。タップが踏めましたね、よくできたね。みんなでタップを踏んで全国の皆さんに見てもらえたね。頑張ったね。たいていはそのラインで終わらせると思う。踏めるようになるだけでもたいしたものなんだから、普通そこが及第点だ。でも、松本潤(とHIDEBOさん)はそこで終わらせなかった。全体の動きを揃え、タイミングを完璧に揃え、音を揃えられるところまで望んだ。それは、たぶん、耳が聞こえてる初心者に対して要求するのと変わらないレベルなんじゃないか。そして、気持ちが零れ落ちそうになる子供たちに向けて、「虹」を語った潤さん。あの手話が、最も自分の胸に突き刺さった松本潤だった。心のこもった手話と言葉と声音。よく「質量のある」って表現を使うんだけども、この手話もまた「質量」のあることばだった。実がある、と言ってもいい。温もりがある、と言ってもいい。力のある言葉。(余談だけれど、こういう力のある語りを見る度に、この人は教師に向いてるなあと思うんだ。)子供たちの表情が引き締まり、目の光が強くなる。耳が聞こえないとか聞こえにくいとか、そんなことはステージを作り上げるときには関係ない。できるまでやる。やり遂げるって、耳が聞こえたって同じで、練習で乗り越えていくしかない。そのための困難は倍もあるかもしれないけど、でもそれは実現不可能ってことじゃない。絶対にできる。そうやって信念もって行く手を示す。同情とか譲歩とか妥協とか、全然なくて、「いいステージを作り上げる」ことをともに目指す。それにくらいついてきた子供たちに、心からスタンディングオベーション。すごい根性だよ。本当に感動した。まるでスポコンドラマのようだったなあ。でも現代では成立しなくなってるスポコンドラマを成立させてしまった松本潤とHIDEBOさんにも心の中で拍手を送るよ。日本でも有名なアイドルという立場が効力を発揮するところも多々あろうけれども、それに寄りかかっていたら子供たちは絶対についていかない。そういうのを剥ぎ取って、一人の人間として同じベースに立って対峙したから、子供たちがついていこうって思えたんだと思う。たぶんね。彼はチームのリーダーとして、チームをまとめて引っ張った。強くタップを踏んだり、体を大きくわかりやすく動かしたり。よりレベルの高いパフォーマンスを完成させるためにどうすればいいか、HIDEBOさんたち指導者とともに練に練ったんだろうと思う。そして、あの舞台が完成した。見事だったなあ。子供たちの笑顔が輝いていたよね。楽しそうにタップをしてるのが目に焼き付いている。体を動かすのが大変な子もいただろうに、あれだけ動けてたっていうのがまた感動だった。みんなでできたよ、よかったね以上の、一つのパフォーマンスとして成立していたタップダンスを完成させられた経験は、そこに至る汗と涙の記憶とともに、ゆるぎない自信になるよね。していいよね。感動でした。
2013/08/30
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松本潤さん太陽星座はおとめ座月星座はおうし座金星星座がしし座英国式占星術によると、これって…。★太陽と月の間に空白が3つあるあなたの人間関係)★もしも化粧品会社が、あなたのエッセンスをとらえて瓶に詰め、売り出したら一財産築くことができるでしょう。太陽と月がバランスよく配置されることで、カリスマ性にあふれる人が生まれます。 もうちょっと繊細でない言い方をすれば、セックスアピールにあふれている、ということです。(中略) 母なる自然はバランスをとることに懸命になるあまり、類稀な容姿をあなたに与えた一方で、そのことを特に意識させないよう、図ったのかもしれません。だったら、残りの人にとっては不幸としか言いようがありません。微妙に誘惑的な雰囲気に無邪気な表情が相まって、ますます抗し難い魅力が演出されるのですから。(中略)たとえ冒険に満ちた人生を志向したとしても、容姿といった漠然とした要素には頼りたがらないところがあなたにはあります。(後略)★金星がしし座にある場合★ カメラの前に立つ、という職業は考えるだけであなたを凍り付かせるかもしれません。(あるいはそうでないかもしれません。)でもあなたは、冷静で抑制の効いたイメージを投影するのが、ことのほか上手なのです。観衆が本物のあなたを観ているわけではなく、演者を観ているのだ、ということを自分自身に説得できたら、アヒルが喜んで池に飛び込むように、あなたもそういう機会に飛びつくかもしれません。この前提というのはとても大切です。なぜならあなたは公衆の面前で恥をかく、ということが耐えられないからです。 と言っても、あなたがバカになれない、ということではありません。でもあなたがジョークを言うときは、聞く人がシラケないように、最新の注意をもって行います。リスクを冒すのを恐れている、というわけではありません。ただ、十分に計算されたリスクでないといけないのです。 ダンス、デザイン、料理、作曲、発明、修理など、仕事の種類は問いません。完成品に優雅さや気品や洗練された雰囲気が表現されるよう最善を尽くします。新しい領域に進出するときは、それをありとあらゆる角度から検討し、慎重に慎重を期します。 自分音請け負う仕事にも、同様に綿密なコントロールを行使しようとします。その分野におけるエキスパートと思われたいのではありません。正真正銘のエキスパートを目指すのです。 完成品には厳しいチェックの目を光らせ、他者がちょっとした傑作品とみなすようなものでさえ、お蔵入りさせてしまいます。仕事を依頼されたら、もっとも能率的と思われる最短距離を選択し、成功街道を驀進します。あなたが選択を誤るのは稀です。つまり、あなたが失敗するのは稀だということです。ですって。あくまで、ある一冊の占い本によれば、ということですけど。なんとなく面白かったので。
2013/06/23
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日産デイズ カウントダウンCMの潤さんもストライクど真ん中。ということを書き留めておこう。しやがれもVSも今週もまた萌えいずる泉の如き番組となっておりました。だが毎度のことながらツイッターにてつぶやくのみでなかなかこちらが更新できない。最近上野樹里さんのファンの方々のブログをのぞかせていただくことも。なんだか肌触りが似てる、というか、違和感を感じない、というか。陽だまり、上野樹里さんが相手役でよかったなあとすでに今から思っています。そういえばTVガイドの潤さんインタビュー、よかったです。またしても、いかにも潤さん、的な。------------以下引用------------------------対して今は…その出来事が自分の人生においてどんな意味を持つのかといったことを、対処法も含めて考えることができるようになったんじゃないかな、と。うん。誤解を恐れずに言うと、大人になると自分の中でうまく折り合いをつけられるようになるじゃない?落ち込むことがあったとしても、「まあ、よくあることだしなぁ」って、思えちゃったりもするわけで(笑)当時から仕事をしていたから、常に大人の人が周りにいたけど…どことなく距離を感じていたかもしれないな。ただ、ご一緒した大人の方々との思い出は、総じていいことばかりなんだよね。いまだに一緒に仕事させてもらってる方もいますし。もちろん、怒られることもあったけど、いろいろとお話していただいたことが、今になって自分の中で財産になっていたりする。10代のときって、精神的にも行動範囲的にも半径の狭い世界で生きてるけど、大人の人たちの言葉が少しずつ世界を広げてくれたというか…。なので自分も、相手が10代だからと子どもだからとフィルターをかけず、一人の人間として対峙するように心がけていて。そうやって心のバトンを継承していけたらいいな、と思ってるんですよ。--------------引用 ここまで-------------------僕らの時代で語っていたことにも通ずるんだけれども。この人は一貫してぶれない。叱られること、怒られること、それを肯定的に自分の中に蓄積していける。時間を積み重ねられる人だとは常々思っていたけれど、自分に向けられる数々の思いや言葉をも自分の中に受容して咀嚼できる人なんだという認識を新たにしましたよ。成長していく、人なんだよなあ。だから、常に、いつでも今現在の松本潤が一番魅力的で一番輝いている。きちんと、まっとうな、「大人」「成人」になって行ってるこの人が本当に好きだなあ。むろん、今も過程で、これまでの過程の松本潤も、どこをとっても輝いていて大好きなんだけれども。見てて、気持ちいいし、すがすがしい気持ちになる人。だなあ。いい年こいた自分も大人になりたいものです。成長・・・しないもんなあ自分。で、これは遊び半分で描いてみた鉛筆デッサンどす。それにノイズ除去効果かけてみました。
2013/06/02
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前の記事が3カ月前という信じられない状態になっちょる。その間、語りたい松本潤さんごとは山ほどあったのだけど、毎度ツイで叫んだらそれで満足してしまってた。仕事も忙しくてブログ開く余裕がなかったよね。陽だまり浩介とかしやがれの「回し蹴り」とか飛行機乗りかっていう和装とか、ぽぷこんとかあれやこれや、相変わらず潤さんに萌え狂っておる毎日。やっぱあれだね。長々と語りたくなったらこっちだよな。
2013/05/19
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陽だまりの彼女。「好き」は世界を魔法にかける。のだなあって感じですかね。魔法にかかった世界の物語でした。(激しく違う)10月まで待ち遠しいです。ワタクシは松本潤個人のファンなので、嵐の他メンバーのそれぞれのお仕事にはそれほど関心がございませぬ。そして情報もそれほど得てはおりませぬ。辛うじて「嵐ちゃん」終了後の同枠新番組が翔さんと有吉さんのバラエティだということと、ニノちゃんの「ニノさん」という関東ローカル深夜番組が始まるということだけは把握しております。以前書いたことがあるかもしれませんが、私の中で二宮さんはさだまさしさんと同じカテゴリでございます。念のため申し上げますがこれはワタクシ的には最大級の賛辞なのであります。さださん、大好きなので。あのトーク術はすごいですよ。コンサートで毎回爆笑ですよ。っていうほどコンサートに数行っているわけではございませんが。というニノさんは、バラエティ向きであろうと思います。ですので地方はどうなるかわかりませんが、見られるものならば見たいかな?とも思っております。相葉さんのラストホープも見ています。そうそう、今季のドラマはこの相葉さんドラマと、「ビブリア古書堂」「dinner」「サキ」「おとめさん」「泣くなはらちゃん」を視聴しております。巷では金10「夜行」が評判がよさげで。残念ながらなぜか見ておりませぬ。今季のドラマ、どれも好きです。が、dinnerとはらちゃんが一番好きかな。次点がおとめさんとビブリア古書堂。今年の大河も大好きで、欠かさず視聴しております。久しぶりに大河らしい大河見てる気分です。潤さんの作り上げる世界が大好きなので、潤さんの演技仕事をもっと拝見したいのですが、それは10月までおあずけなのでしょう。陽だまりの彼女。浩介は穏やかで優しく変哲ない普通のお人で、そういう人を演じる時の松本潤の作るキャラが大好きな私にとっては、まさに夢が実現したようなものです。今でも祐ちゃんと時枝さんのスピンオフが見たいと思ってるくらいですから。普通の生活を営んでる幸せなビトが見たいとも思ってるくらいですから。かっこよい役をかっこよく演じる時の松本さんも本当に好きだけれど、こうした普通の一青年を演じさせるとまた格別なんですよね。そういえば、auの楽団員さんも良かった。上野樹里さんとともに、今度はどんな世界を見せてくれるのでしょう。楽しみ、楽しみ!最近更新が少ないのは、多分松本潤さんを見てるだけで満足するからなのです。彼について積極的に語らないと!とは思わない。バラエティでも歌番組でも、彼を見ているだけで幸福感を得られて満足する。年月を経るごとに、彼はきちんと大人らしさを身につけていっていて、それなのにピュアな愛らしさがこぼれて止まないというこの素晴らしき矛盾。その潤さんを見てるだけでほんとうに幸せなのです。バラエティで手に汗握るなんてことももはやなく。余裕すら感じさせるくらいゆったりと自然体で臨む松本潤さんを、にやにやだらだら見続けています。話がころころ変わりますが、ディナーの江口さん演ずる江崎料理長も大好きで。江口さんって、すごく頼れる感じを醸し出しますよね。彼がいてくれたらどんなトラブルが起こっても平気。彼が判断を下してくれる。彼についていけばいい。___なんて気分に勝手になって、江口さん演ずるキャラクターみたいなひとがいてくれたらなあ、なんて思ったりするのですが。その「力を抜いて寄りかかりたい」「寄り掛かれる」感が、似ているのかもしれません。松本潤さん。語らないけど好き度は増すばかりなのです。はい。
2013/02/22
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もう10日も経ってしまいましたが、12月18日に某国営放送でオンエアされた「明日にかける未来の種」とてもよかった。相葉さんのも櫻井さんのも見応えがあってそれぞれ素晴らしかったのですが、そこは松潤ファンの当ブログ、潤さんの回についてのみ感想を書き残しておこうと思います。実はすでに2回ほどリピートしました。この番組には、私の好きな松本潤が詰まっている。その一言に尽きます。24時間のときの指揮企画と今回の企画、この二つが2012年のわたくし的ベスト潤でございます。表情も語り口も眼差しも何から何まで好き。彼の誠実さと真面目さと温かさと優しさと礼儀正しさと可愛らしさが溢れている。対象に真正面から取り組むけれど、理解するために彼が選ぶやり方は必ず「寄り添う」こと。そして叶う限り「一緒にやる」こと。これが本当に好きです。作業着に身を包む高田くんなりすまし潤さん。桂高校のお野菜いかがですか〜と振売りする潤さん。桂高校の生徒さんたちとともに京野菜を盛り立てて行こうとする大人たちの間にあって、直接確認することのなかなかできないお互いの心の内を引き出す潤さん。なんとなく伝わっているのだろうけれど、言葉にしなければそれは不安定な形ないものにすぎなくて。日本人はその空気という形ないものを感受するレセプターに優れているとはいうものの、言葉にすることではっきりと形として認識できて、固くなる絆ってあると思うんだな。意識してかどうかはわからないけど、必ずそうやって「今聞いてどう思う?」って双方をつなぐ潤さんがとても好きです。彼は自分が自分がってタイプでは絶対にないんだよね。最後に料理を振舞おうとする潤さんも好きでした。ほんと、この人って内側が輝く人だなって思うのですね。外側はねー容姿そのものは造形として非常に美しい人だとは思うものの、実はかっこつけなければならない時の彼の表情には普通程度にしか惹かれないのですね。きれーとか超かっけーとか思うものの。それでも十分惹かれてるんだけどね。けれどもこの、彼の内側のまごころってやつが外に溢れ出してるときの潤さんはもう、どストライク。2011年末の新次から始まって、2012年年末のこの未来の種まで。この1年間は、私の松潤ファンlifeのなかでも特筆すべき、記憶に残る素晴らしい潤さんとの出会いに満ちたものとなりました。画面の中に描かれる松本潤さんは、まさにわたくしの理想象でございます。あー、幸せ。ついでに、福岡ぽっぷこん、土日入れました。片方は1塁側アリーナBブロックでした。トロッコ道すぐ脇、そして着替え潤の位置の真横。死ぬかと思いました。いや、実際意識飛びそうでした。トロッコで二度通ってくださいましたが、二度ともこちらを向いてくださって、あまつさえ一回はそこにとどまっておいででしたので、ご、ご尊顔を思う存分拝見できました。でも何度見ても現実感のないお人だと思いました。美しすぎます綺麗過ぎます整いすぎてます見るだけで幸福感に襲われます。包まれるというより襲われる。松本潤を知ることができてよかったなあ、とつくづく思う丸5年目の冬。もうすぐ6年目突入です。
2012/12/27
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今期はなかなか楽しんでおります。pricelessドクターXが自分的二強です。プライスレスはサクセスストーリーがたまりません。リアリティのなさもいい。月9にリアリティは求めないし、世知辛い世相をリアルに反映させた重いドラマは今は見たい気分ではないかな。ほどよくファンタジー、主人公は超のつくポジティヴお人好し。日雇いに行けよ!と画面に突っ込みながら見続けて、徐々にわらしべ長者展開が見えてきました。モアイ部長と香里奈のキャラが立っている。脇を締める役者さんがだれもかれも芸達者。ご都合主義の超展開が非常に心地よくはまっています。月曜9時に見てすっきりするには最高の作品。ドクターXは大門さんがかっこいい!一徳さんが素敵!ぶすじまさんとの対決なんてぞくぞくします。これもまたスッキリできる作品でほんとにお気に入り。次点で悪夢ちゃん。北川景子さんがいい味出してます。これは北川さんのために見ていると言っても過言ではないくらい。こういうつんとした女性はまりますねえ。あとかろうじて見ているのは「monster」たまに「大奥」この二つはまあ・・・なんとなく見ている感じです。今日もプライスレス面白かったです。
2012/11/26
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【priceless】特に食指は動かなかったこのドラマ、中井貴一さんが出るなら見なくちゃね、怪演が期待できそうだし、と思ってチャンネルを合わせました。意外に面白かった。テンポが良くて、キャラクターがみんなハマってる。予想外に香里奈がよい味を出してる気がします。中井さんさすがコメディはお手の物です。【遅咲きのヒマワリ】1話見ました。これも意外に面白かった。真木さんのキャラが好き。彼女の葛藤や挫折感や焦燥感に共感できる。視聴継続です。【ゴーイングマイホーム】素晴らしく豪華なキャスト。演技達者を集めてます。画面が非常に美しく、プログレッシブカメラの長所を生かしてると思います。山口智子さんのパートは好きです。けれども、妖精探しパートになるとトーンダウン。淡々としていて、乍見するにはちょうどいいのですが、たまたまタイミングがあったときだけ視聴、ということになりそうです。【東京全力少女】武井咲ちゃんも渡部さんも大好きだし脚本の伴さんも好きなのですが、見ておりません。咲ちゃんはお嬢様役をやってるときが好き・・・かな。息もできない夏は完走しました。江口さんと咲ちゃんのためだけに。【ドクターX】ベタなスーパードクターもの。マンがちっくな展開ですが、キャラクターがはっきりしていて役割もきっちりしているため、非常に見やすく小気味よいドラマになっています。この手のキャラをやらせると米倉さんはハマるのですね。そして何より岸部さんがとっても素敵!これは毎週楽しみにできそうです。【レジデント】見ていません。【大奥】1話だけ見ました。堺さんさすがの演技力なのですが、役柄に今ひとつ合ってない気がして2話からは見ていません。ていうか、お話も・・・入り込めない。【匿名探偵】これまたドクターXと近似値的な定食ドラマ。でも深夜ドラマらしくおバカで楽しんでいます。が、これもタイミングが合わないと見ないかな。11時30分までには就寝することが多いので。【悪夢ちゃん】とても面白く見ています。それこそ当初は食指全く動かずだったのですが。見始めると北川景子演じる先生のキャラクターが秀逸。そして北川さんが実にうまくハマってる!ブザービートのときは彼女の演技がネックで見続けられなかったのですが、うまくなりましたねえ。筆談ホステスあたりからぐっと女優らしくなってきた気がします。とにかく、北川さんの役作り成功かと。先生、魅力的。【monsters】もう少し見続けてみないと、どうにもこうにも。ただ、ミステリーならミステリーらしく謎解きにひねりが欲しいです。演出と音楽でごまかしてる感満載。オリジナルドラマでミステリーは難しいのでしょうが、そこが謎解きものの生命線だと思うので。【東京エアポート】1話だけ見ました。面白かったです。でも、2話目からはもういいかなって。裏のmonstersを今のところは視聴中です。
2012/10/28
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【VS】ベットで嵐。いやはや既に何回リピートして見てることやら。しかし見る時間しかとれないのでなかなかブログ更新までたどり着けず。先週は、このVSといい、嵐ちゃんといい、嵐にしやがれといい、本当に松本潤萌え転がりウィークでした。ばばぬきの末ずのコンビネーションがとっても面白くて。潤さんの意図を理解して敢えて乗っかる策士二宮!頭いいなあ相変わらず。そしてよく人を見てる。そして、二宮さんが自分の考えを読んで乗っかってくれるだろうという読みで仕掛ける松本潤。この二人大好きです。吹き矢はめっさかっこいい潤さんが見られました。綺麗に射抜いたのもスッキリして気持ちよかったですが、あの姿勢の美しいことといったら!すっと背筋を伸ばして立ち、まっすぐに吹き矢を構える。あの姿を見るためだけにワタクシはリピートしていると言っても過言ではございません。眼福でございました〜。【嵐ちゃん】仲りいさちゃん。相変わらず面白いお嬢さんです。なんとなく共感できるところもあるような潤さん。だからこそ二人の並びでどきっとすることもなく。綾瀬さんの時は、噛み合わない二人が意識し合って気づいたら気になる存在に→ラブの始まり、なーんてドラマを夢想してしまいそうになりましたが。もちろん、架空の妄想で、です。罰ゲームが嫌でミッションクリア必死の潤さんが見てて楽しかったです。【しやがれ】宝塚宙組。男より男らしい宝塚男役のみなさんです。きらびやかで華やかで、ざっつエンターテインメント。現実をすぱっと忘れさせてくれる、夢の国の住人たちでした。ディズニーと共通するところがあるなと思ったり。そして、特筆すべきは松本潤さんですよ。なんと宝塚の世界が似合うことか!馴染んでましたねー。美しさも然ることながら、彼の持ってる「色合い」の特異さを改めて感じました。なんというか、リアルな男臭さを感じさせないというか。異空間に誘える人、なんだなあ。宝塚もディズニーもそうだと思うんですよね。扉を開ければそこは夢の国で、現実から抜け出してうっとりと陶酔できる。女性が男役をするのも、男性が女形をやるのも、同じような効用をもたらすような気がします。潤さんのまとう華やかさって、やっぱり独特なんだろうなあ。でも、彼が体温ある役をやってる時の方が好きっちゃあ好きです。夢の潤さんも格別ですけど。って、結局全部好きって結論に行き着く(^_^;)ぽっぷこん、福岡のみに賭けましたら、日曜日に行けることになりました。神様ありがとう。さて、その日に向けて体調をまず整えなければ!ダイソーの紙粘土で作って遊びました。次はもうちょっと上等の粘土で遊ぼう。
2012/10/26
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Mステでとってもかっこいいキラキラな松潤さんが見られて幸せな気分に浸っているところです。すでに4日くらいたってるけど。しかしなんといっても先週は大王製紙のgoo.nのCMが一番の衝撃(?)でした。おむつ!そして赤ちゃんと共演。もう、何なんでしょうあのCM。なんて愛しそうな眼差しで赤ちゃんを見るんでしょう松本さん。赤ちゃんがにこって笑うのが可愛くて可愛くて。まっさら、まっしろ、透きとおって、汚れない、慈愛に満ちた 世界。アガペーですな。まさに、アガペー。何なんでしょう松本潤。自分はどちらかというと彼にエロスは感じない方なのですが、人によってはエロスを受け取らせ、好奇心と博愛に満ちた眼差しでフィロスを感じさせ、なおかつ体のうちから発せられるアガペーって、全身愛のかたまりですかという超ファン目線だろうがお構いなくつぶやいてしまいたくなるお人ですわ。あー、本当に大好きです。このCM。ワタクシハこの松本さんがパパに見えなくもない口です。頼りがいや大きさや包容力も感じさせるから。赤ちゃんが松本さんの胸にぺたーって全身を預けて抱っこされてるショットが一番好きです。大きさの違いが絶妙なの。もっとガタイの良い男性だったら、性を感じさせ過ぎてきっと「パパにしか」見えなくなるような気がします。そうすっと妙なリアリティが生まれてきてしまう気もする。もっと小さかった今度は男性らしさを感じさせない「お守り」に見えてしまうような気が…。あくまで自分の想像ですけども。リアリティ感じさせないけれど、父性っていうか赤ちゃんをがっしりと受け止める感はにじみ出ていて、そのくせこよなく優しい慈愛に満ちた表情で赤ちゃんを見つめる。ほんのり笑を含んだ表情はさながら聖母マリアのようです。ええ。男性的な趣を保ちながら聖母マリアを感じさせるってまったくどういうこと?ですよ。でもこれが、松本潤の松本潤たる所以なんだろうなあと思うわけで。そこに強烈に惹かれてるんだろうなあ、自分は。ともあれ、ワタクシの好きな松本潤がぎゅーっと凝縮されて詰まったCMでございます。ほぼ同時に明治の新CMも放映され始めました。こちらはこちらでドラマ仕立て。やはり優しい空気をまとった喫茶店の店長さんを演じてらっしゃいます。ちょいと舞台の台詞回し的な。台詞の間の取り方がとても好きです。だがしかし、珍しく女性絡み萌えはないCMでございます。だって衆生救済の菩薩さまちっくなんですもの。松本さんが。いついかなるときでも女性を横に並べればそこはかとない恋愛的な展開を期待させる或いは予感させる松本マジックが、このCMに限っては発動していないことにある意味びっくりしています。君はオーラとともにエロスまでオンオフできるようになったのだね。なんてね。ということで、現在goo.nCM捕獲のために日夜計画を練っているところです。(よく見かけるのだけれど、それから録画ボタン押しても遅いんだもん。←当たり前)明治のCMは実によく流れていて、苦もなくさくっと手に入れることができました。
2012/10/08
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8月30日。お祝いにフレンチを食べてきましたちゃっかり。とにかく連日指揮のリピがとまらず。何度見ても引き込まれます。そして頭にこびりついて離れない。ふとした瞬間に思い出してはふにゃ〜って骨抜き状態になってます。仕事が暇な時期だからなんとかなってますが、早々に立て直さないとヤバイです。でもやっぱりまたリピるの。そんなこんなな日々を送っておりますが、それもひとえに松本潤さんゆえでございます。かれこれ5年と半年になりましょうか。あなた様を好きになってから。知れば知るほどハマっていくばかり。まるで泥沼か蟻地獄・・・いや幸せだからアリ天国?28歳のこの一年は、新次に始まり、吹奏楽の指揮に終わりましたね。そのどちらも、私は鳥肌ものの感動を味わわせていただきました。凄まじい集中力。並外れた練磨を経て作り出された極上の世界。何といいますかね。至誠?松本潤と書いてまごころと読む、みたいな。孔子のおっしゃる仁でございますよ。松本さんの真骨頂が拝見できたのが新次と指揮だったように思うのです。この二つのものから受けた衝撃と感動は根本を一つにしていた――と、個人的には思っております。地道に積み重ねて思いもよらぬ高みへ到達する。ひゅう〜って風船で昇った場所じゃなから、一つ一つ積み重ねて昇った場所だから、そのステップの重みがそのまま感動の深さになる、みたいな。で、実はこの積み重ねってのがそんなに簡単なもんじゃなくて。時間に比例して自動的に積み上がるかといったら全然そんなことない。強い意志と努力と根性と人の意見や様々な経験を肯定して自分のなかにきちっと受け入れていく(従う、ではなく)キャパシティと、それを体系づけたり分類したり自分なりの咀嚼を経て血肉にしていく賢さがなきゃ無理。だから私は無理。それそのものが実はとっても優れた資質で、私の憧れなのです。それに加えてこの人の努力は形になるんだもの。普通の人がたどり着くその上にたどり着いて見せてくれるんだもの。きもちいことこの上ありません。困難から逃げず、近道を通らず、何事にも真正面からぶつかって、不器用に、でも着実に、そして誠実に進んでいく。その生き方に惚れるんです。婦人公論の「まっすぐに立つ美しい人」という句には激しく首肯しましたよ。なんという端的な表現だろう、と。「凛」とした人。しかしその下に熱い血潮と温かい優しさをたっぷりと持っている人。なんだかねえ、本当に好きでしょうがない。で、まあ上記は個人の解釈ですから、私にはそう思えるってことで。異論は不要です。ただ、前の記事にも書いたけれど、この方は人や自分の想いを形にして見せてくれるんですよね。感動させてくれるんですよ。付け焼刃じゃないから。その場しのぎをしないから。何でもそつなくこなさないから。時間をかけて、誠実に取り組むからこそ生まれる世界を見せてくれる。それも、極上の世界を。だから私は感銘を受けるんです。この方が生み出してくれるものが、自分はとっても好きなんだと思う。もちろん容姿も、上に書いた(個人的解釈の)資質も生き方も惚れるし憧れるし尊敬するけど。でも一番は、彼が生み出す世界が好き、ってのが大きいような気がする今日このごろです。いや、でも全部好きなんだけど。なーんだかすごくとりとめないですが、とりあえず、日が変わる前におめでとうを言わせてください。潤さんお誕生日おめでとうございます。そんなあなた様に出会えてワタクシは日々幸せに過ごせております。素晴らしい28歳でしたね。ワタクシもほんとに興奮と幸福と感動を頂いた一年でした。29歳もまた、素晴らしいものにしてください。いや、きっとすばらしいものになるに違いないですね。今までがそうだったように。もうすでに、どんだけ凄い人やねん状態なのですが(まあたまにとっても親近感のわく天然さんぶりやずっこけぶりも見せていただきつつ)、きっと絶対ますます階段を上ってゆくであろうあなた様の歩みを、楽しみにしています。この時代に生まれてきてくれてありがとうございます。アイドルになってくれてありがとうございます。おめでとう。なんかものすごくとりとめのないへんなぶんになっちゃった。
2012/08/30
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吹奏楽演奏。印象的だったのは、指揮者を見つめる目と演奏者を見つめる目だった。全幅の信頼を置いたまなざし。ひたすら澄んで、ひとつの音楽を奏でることだけに集中している目。同じように相手に信頼を置いて、そして勇気を与えるような力強い眼差し。楽しいね、今から思う存分楽しい音楽を作っていこう、さあ!って語る目。のだめで音が光のつぶみたいにキラキラしてるって表現があったように思う。まさにそんな演奏だったなあ。美しかったなあ。夾雑物のない美しさだった。あとはまた思いついたら書こう。
2012/08/28
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とても感動して、いったいどう表現すればいいかわからない。ひとつ、彼らの奏でた音楽がそこに幸せで明るくてあったかい世界を作り出したってこと。ひとつ、気持ちを伝える、それだけに集約された吹奏楽部のみんなと松本潤の並々ならぬ努力と時間。想い×時間の集積。その力が爆発していたってこと。それは、圧巻だった。感動を生む。魂がひとつになれば、高い技術がなくとも感動はそこに生まれるんだ、と思った。でも同時に、なら自分が指揮しても同じように気持ちさえあれば、あんな演奏が生まれるだろうか?と考える。答えは否だ。松本潤の凄さを思う。音楽の神様が降りてきた、っていうのは言い過ぎかもしれないけれど、私にはそんなふうに感じられた。好文館高校吹奏楽部にブラボー。松本潤にブラボー。そして、佐渡さんに敬服。もっとちゃんと表現できればいいのに。また、思いをまとめられたら書き留めていこう。松本潤って(自他の)「想い」に(形而上的な)「かたち」を与えて「伝える」ことにものすごく秀でてるような気がする。ライブでも感じるけど、今回の指揮で本当にそう思った。
2012/08/28
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本日のTORE、松潤ファン的には見所満載でした!活躍もさることながら、とっても本気で楽しんでるのが見てて楽しいし清々しい。最後の「うるし」が出てこなくて落ちてゆくところもいとをかし。今日の潤さんは「あはれ」ではなく「をかし」でした。先日大杉漣さんが兄貴だった「しやがれ」小芝居が大好きでした。見応えがありました。そりゃもう潤さんですよ。チンピラの受けの芝居。ニノの変化球に対して、一瞬逡巡を見せながらも臨機応変当意即妙に対応。この柔軟性って松潤の成長を如実に感じさせてくれるもので。ニノはそれを試すかのように、仕掛けてきましたね〜。で、その瞬発力を見逃さなかったのが大杉さんだったのかなあと思います。もういっかい見たい。あの言葉は嬉しかったなあ。(自分に向けられた言葉じゃないけど)しやがれでの潤さん、安定ぶりが日に日に増して行きます。手に汗握るってことがなくて、ゆったりと見ていて楽しめる。しかしながら本日のTOREは初参戦ということもあって、わたくし結構緊張しながら見てました。見終わったら疲れてた(笑)手に汗が。文字通り。それにしても最近の潤さんの穏やかな美しさ、まさに内側から光が発しているかのようです。茶髪より黒髪派ですが、潤さんの穏やかな優しさはこちらの方が醸し出されるのかもしれないですね。独特の気品と艶は圧倒的に黒髪のときの方がわかりやすいですが。
2012/08/20
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料理対決。しれ~っとマネする潤さんのごまかしっぷりが可愛いのなんの。たまたまね、たまたま、というナイスな二宮さんの突っ込みがまたまた絶妙。末ズ、好きだなあ。まだDVD見られておりません。時間が取れない。早く見たいなあ。潤さんのとこだけ。全編見ても潤さんしか目に入らないのは確実なんですけどね。松潤スコープの精度、年々増しております。
2012/05/27
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あっという間に初夏到来。かなり猛烈に仕事が忙しく、へとへとの毎日で、辛うじてツイッターで萌えを吐きだしております。そのせいかブログがおろそか。ラッキー・セブンが終わってがっくり来ておりましたが、今期は救世主が!「リーガル・ハイ」!超面白いです。堺さん最高です。そしてガッキーが超絶かわいい。堺さんの演技たるや、「上手い」というのはこういうことを言うんだと声を大にして言いたい(笑)役柄も演技もぴたりとハマっていて、数字が伸びないのが不思議なくらいです。今期はっきり思うのは、滑舌のいい役者さんがホントに好きなんだなあってこと。堺さんの台詞は聞いていてとても心地よい。一音一音の粒がちゃんと立っていて流れない。これは潤さんも同じ。ただ彼の場合は時折その粒を大事に発音しようとするあまり、ややたどたどしくなるきらいがあるのが難点なのだけれど、これはまあ回を重ねるごとに今後もどんどん改善されていくのだろうと思います。舞台では完璧だったしね。(本当に聞き取り易い綺麗な台詞、滑舌だった)潤さん萌えも変わらず、むしろそこだけが魂の憩い状態かもしれません。Mステでお目見えした茶髪潤さんには度肝を抜かれましたが(笑)好きか嫌いかと問われれば、好きにはカテゴライズされない髪型ではあります。昔ビト前にもさ~っとしたヘルメットのような髪型をしたことがありましたね。あれですら好きのはじっこに引っ掛かっていたんですけどね。ただし!今回の髪型の利点は素晴らしい。今のソフトマッチョな体型が際立つ!腕の太さ、体幹の厚みにうっとりです。がっしりとして男らしい体型。またアクションものでもやるのかしら?と思わせます。来週のしやがれでは彼の筋力が垣間見られそうで、楽しみです。それにしても「すきやき」可愛かった。それにくいつくメンバーが楽しかったです。&嵐ちゃんの新企画、シェアハウスも楽しんでいます。(潤さんが出た時しか見てませんが)
2012/05/13
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またもや月記と化しております。(字面だけは山月記みたいだわ)100円ショップで石粉粘土を買ってきて、こんなものを作ってました。ラッキーセブン佳境に入ってまいりました。6話、8話、9話は非常に面白く見ました。穴だらけの脚本(セリフというより筋立てが)ではありますが、それが気にならない回。松本さんのアクションも決まっています。そして駿太郎は清々しいほど男前でかっこいいし、頼りがいがあって素敵です。・・・。個人的にはそういう感じの素敵な人物にはそこまでどっぷりにはなれないかなあ。それが我ながら残念です。ばかばかって自分の頭をぽかぽか殴ってやりたいです。先日動画サイトで偶然スマイルのビト花を見つけてしまい。不覚にもビトに胸をどつかれました。やっぱりビトが好き。少数派絶滅危惧種でございます。でも新次は好きなんだよなあ。ものすごく。
2012/03/15
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ラッキーセブン楽しく見ています。文字通り毎回楽しんでいます。でも、レビューを書くほどののめり込み方はしていません。行間があまりない、実に分かりやすいエンターテイメントだからかな。それから作品のカラーがあまり定まっていなかったので、その都度ああ楽しかったで終了する感じだったのですね。しかし感想は逐次漁りまわっておりまして。スマイルと真逆の現象が起こっておってこれも興味深いです。松本潤ファンはこのドラマがとても好きです。ドラマ感想を書き続けているブロガーさんたちは期待外れといった体です。その差異がどこから生じるかというと、まぎれもなく「このドラマに望むもの」からきているのです。探偵ものということで、ブロガーさんたちはスリリングな展開を期待しています。いつ大きな案件を担当するの?極論を言えば、いつ殺人事件が起きるの!?ってな感じです。あるいは、おしゃれで粋な探偵ものを想像して待ち望んでいるのに、この庶民的な楽屋落ちうちわ受けドラマはなんだ?という感じ。なので、ハードボイルドちっくな展開を具現化している新田退場でモチベーション低下、みたいな。松本潤ファンは、駿太郎が可愛いしかっこいいし、コンプレックスとは無縁のキャラでアクションは見られるしで大満足だと思われます。確かに見ていて爽快感を味わえるキャラクターだしドラマになってると思います。ワタクシも大好きです。一番好きなのは犬の大ちゃんです。さて。実はこのドラマ、脚本も練られている部分が多々あって、目的の分かる台詞が随所にちりばめられておるのですよね。ただ、それが非常に分かり易いために、浅い感じを与えるのかなあと思います。6話も作りとしては意図がはっきりしている。今まで仕事が長続きしなかった駿太郎。真壁の仕事と筑紫さんの言葉を通して自分を振り返り、「続けること」の意味と意義を知る。きちんと各エピソードは集約されていて、作りとしては整然としている。こういうちゃんとした話の作りは大好きです。ただ、分かりやす過ぎるの。キャラクター設定もそうで、各人謎めいていても深みはない。印象的な新田もそうです。だから彼に今一つ魅力を感じません。駿太郎は贔屓目が入るので好きですが、しかし彼もあっさりすっきりかっこよし、で終わっちゃう。もっともそれはワタクシ的にあまり得意な分野のキャラクターではないからかもしれません。松潤はコンプレックス持ってるキャラを演じさせたら天下一品だと思ってるので。松本潤と書いて切ないと読む、ですよ。(もちろんあくまで私見です!)だが駿太郎には切なさは微塵も感じないんだ。それは同時に役者としての松本潤の技量も示すものなのでしょうけれど。だって駿太郎は切なさを感じさせる必要はないし、感じさせたらドラマのバランスが悪くなっちゃうもの。ただ、だから役柄としてどこか物足りないものを感じるんだろうなあ。って書きましたけど追記!1話の新田の足に噛みつく件や6話のチリトリと肩叩き棒(?)を振りかざしたコミカルなアクションなんかは大大大好きです。切なさに代わる魅力をふんだんに見せてくれていると思います。そこだけは力説させてほしい。(誰にだ)と、ぐだぐだ抜かしつつも面白く見ています。6話は特に後半の展開が好きでしたし演出もとても上手いと思いました。次回旭の見合い話で息抜きしたあと、瞳子社長の父親の件をめぐる怒涛の展開になってゆくのでしょう。きっとレビュアーさんたちが待ち望んでいるハードボイルドちっくなドラマになっていくのではないでしょうか。6話のテイストが好きだった自分ですが、それはそれで、今後も楽しみです。ちなみに。個人的には飛鳥ちゃんといい感じになって行ってほしいです駿太郎。なんかお似合いよお二人さん。あの向こうっ気の強い飛鳥が駿太郎の前で折れる瞬間が見たい。そうしたら、その瞬間このドラマにのめり込むこと請け合いです。骨の髄までカップリング好きなもんで。
2012/02/22
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2012年がやってまいりました。本年もよろしくお願いいたします。なんと2か月更新なし?何と言う放置状態。仕事が本気であら大変状態なのもありますが松本潤ゴトに没頭してるせいもあるかもしれません。何しろストレス解消が松本潤の顔を見ることになってる昨今でございます。雑誌は買えるものはとりあえず全買い。出演番組は総チェック。いつもと変わらないんだけど、変わるのは嵐と松本潤さんの露出の多さ!うれしい悲鳴を上げております。ラッキーセブン楽しみ!1分予告をしつこいほどリピートしてます。離れられません(笑)予告の出来は非常によろしい。でも本編を見るまでは予断は禁物。過剰に期待しすぎないよう、フラットな気持ちにしておきます。そのための努力が大変。ともかくも年末年始の番組に出た松潤さんは、端から端までどこもかしこも、どれもこれも美麗で上品で可愛らしくかっこよく、日本人の美質を遺憾なく発揮して、嘆息するばかりでございましたよ。ほんとにあんな人がいるってこと自体が不思議。ミラクル。コンサートもあってますね。ワタクシ福岡のオーラスに入れます。初シェケ=最後のシェケ。目に焼き付けなければ。つか体調を整えなければ。とにもかくにも、とりあえず、今年も松潤さんの宇宙から届けてくださる愛のおこぼれを頂いて、いろんなことを乗り切りたいです。がんばろ。
2012/01/08
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11月19日。青山ソワレ。芳子の母親殺しの告白を聴いている時。鋭い眼差しがふっと翳って、ひどく哀しい目になり、虚空を見上げて。辛そうな光を浮かべ、それからギュッと目を閉じた。つらそうに。そして再び目を開けた時、また鋭い眼光に戻ってた。ちゃんと聴いている。ちゃんと心が芳子の話を受けとめている。そして、たぶん身につまされたのだ。窺い知れる表情、演技だった。それを経ての欠伸そして「俺は女の話は信用しないんだ」の言葉に新次の優しさを見る。結果的に優しくなったのではなく、優しさだったんだ。松本潤の作り上げた新次は、深くて優しい。チンピラなのに。なんでバリカンに惹かれないんだろう。ずっと考えてた。自分に自信が持てない、劣等感にさいなまれる弱い魂。惹かれないわけがないのに。でも、考えるうちになんとなく分かってきた。バリカンには武器がある。身体的な能力、ボクシングの才能。それがあるのに、彼はそれを見ようとしない。信じない。周囲から寄せられる好意もそうだ。根底に蔑視と軌を一にする同情が横たわっているにしても、それでもバリカンには好意を寄せてくれる仲間がいる。けれどもそれをバリカンは受けとめられない。気づけない、のかもしれない。だから彼は、育ててくれた片目の元を躊躇なく去れるのだ。新次と戦いたい、という己の欲望をためらうことなく最優先させることができる。そんな風なバリカンになってる。「なんか、世界の終わりみたいだな」という新次の呟きに顔を輝かせ、喜びに満ちた表情で「世界はもう全部まぼろしだ!」と叫ぶバリカン。「世界が全部まぼろしなら…ここにいるおれたちは何だろうな」という新次のつぶやきが切々と胸に沁みた。愛したい。だが愛するためには愛される必要がある。そう考えるバリカン。愛されなければ愛する力を得られないのだと。彼がリングで叫んでいるのはそういうことだ。愛されたい。自分の存在を認めてもらいたい。自分の存在の許しがほしい。だがそのために何をすればいいか、彼には分からない。すがるようにして新次と戦おうとするバリカン。リビドーがタナトスへ向かう。と表現していた人がいて、そうかと思った。新次とバリカンは同じなのだ。しかしバリカンはタナトス(死への欲動)へ、新次はエロス(生への欲動)へ。同じくらい彼らは貪欲なんだ。方向が正反対なだけで。小出君は決してバリカンを善なるもの、無垢なるものとは捉えていないんじゃないかと想像する。(あくまで想像です。全く違ってる可能性大。勝手な思い込みしてごめんなさい小出君)でなければ、全て滅ぶ全て幻と、あんなに輝く顔で嬉々として口にするわけがない。と思った。抑圧された自我がマグマのようにふつふつと滾っているイメージではないのか。その箍が外れる瞬間があって、それが「荒野」なんじゃないのか。そしてそれは破壊衝動となって、唐突に彼に降りてくる。強い相手に向かう時、娼婦を殺した(と思っている)時。最後に、自分を、殺す時。つかの間の抑圧からの解放。バリカンは、愛されたい。~されたい。でもままならぬ。どうすればいいか術が分からず途方に暮れる。独白で心情を吐露するしかない。自分の気持ちを上手く言葉にして人に伝えることができないから。だから愚痴と願望を語る。周囲への愚痴ではなく、矛先は自分自身だ。新次は、やられたら倍返しだが自分から手を振りあげることはない。現実から逃げるのではなく受け入れて、自分がイニシアチブを握ろうとする。それは見方を変えれば傲慢に他ならない。彼は独善的で自分勝手だけど他人に何も望まない。押し付けられることを拒む代わりに相手にも押し付けない。だから愛されたいとも思わない。~されたいなんて思ってない、それどころかそんなのは鬱陶しい。常に能動。常に主体。自分が~したい。そのために全てを受け入れる。だから彼は愚痴ることがない。モノローグで心情を吐露することもしない。だからある意味潔く、見ていて小気味よいのだ。どちらも何かを渇望していることに変わりはない。貪欲さも同じである。最終的に愛と存在意義を得るために、バリカンは自分の命を差し出す。贖罪羊のように。それはバリカンのエゴだ。彼は何に向かって自分を差し出したか。自分に向かってだ。新次はそれを分かっていて、それでもそれも受け入れるのだ。以上、メモノートに思いついた時に書きとめた覚書でしたん。ばらっばらなので、読みにくいしくどいしわけわからんよな。
2011/11/23
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NHK特番よかったですね。嵐らしい真面目な番組。特に松本さんの取材は心に残りました。取材先の方々みなさんいい方で、輝いてらっしゃった。なかんずく、アルミ板金工場の菅野社長は生き方に一本筋が通っていて、「へんこ」な職人気質を感じて、とても素敵でした。生き方がカッコいい。ある意味松本さんと通じる部分があるよね。この社長さんのインタビューもネットに掲載されていたので読んだのですが、迎合しない、自分ってものをきちんと持ってる強さを感じました。でも、周囲が見えている。周囲とのつながりを大事にし、そこへの感謝が根底にある。大きくて、心の底からの感謝が。そしてその感謝が自分の道を突き進む原動力になっている。ここら辺、松本さんも社長の口から聞き出してましたね。失敗でやめたら失敗のまま終わり。諦めずに続ければ、いつか大吉を引ける。社長さんがその人生から得た信念は、まるで松本潤に伝えたい言葉のようでした。自分を信じろ。周りに溢れる声はたくさんあるけど、常識が間違ってる時だってあるんだから。自分の信じた道を歩けばいいんだ。yellだよね。松本さんに限らず、自分ってものをもって自分の道を歩こうとしている人へのyellだ。中途半端に小器用でそこそこ出来るって人の言葉じゃなく、本当に一流のものを生み出している人の言葉だからこそ重みがある。同じようなこと言ったって、その人の生き方によって信頼性と重みが全然違うものですよね。時に目に涙を浮かべて、松本さんへ(松本さんを通して人々に)想いを伝えてくれる社長さんに感動。奥さんに会わせてくださって、自分の好きなもんじゃ焼を松本さんに振舞ってくださって、そして、最後に手を差し出してくださった社長さん。松本さんもぐっときて感動していたように見えました。両手で包み込むようにギュッと握りしめた握手に胸がじ~ん。鼻がつ~ん。大変よい番組でした。ワタクシが礼を述べる筋合いのものでもありませんが、社長さん、ありがとうございました。あなたのような見事な、素敵な方に巡り合えた松本さんは、とても幸運だと思います。テレビ越しに知ることができた私もまた。===追記=============松本潤が、小手先のインタビューをしていたなら。このかばんのコンセプトはなんですか だの何を重要視して作ってらっしゃるんですか だの世界進出を果たしていることについて だのそんなことを尋ねていたら、社長のあの信念に満ちた生き方についての語りは聞けなかったんじゃないだろうか。なぜ鞄を作ろうと考えたのか挫折を乗り越えられた理由社長はどんな人なのか(よく知る人が語る社長像…客観性の付与)大事なポイントはきっちり押さえて、あとは語る中味がたんとある、身のぎっしり詰まった社長の話にじいっと耳を傾ける。真面目に、真剣に、きちんと向き合って、耳ではなく心で聞く。だから社長は目を潤ませて、挫折から乗り越えられた理由を語ってくださったんだろう。鞄に焦点を当てるんじゃない。この旅は、中小企業の世界進出や、鞄の優れたデザイン性や評価、そんなものを伝える番組ではないんだ。社長のひととなり、生き方、そして信念を伝えることが主眼。そしてそれは、存分に、感動を持って伝わった。いいレポートだったと思います。松本さんもお疲れ様。
2011/11/23
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つってもツイに書きなぐったのをまとめたものです。やっと自宅に帰りつきました~。東京まで観に行くのは大変。でも心躍る時間が過ごせて幸せです。とことん自分のペースで自分勝手に呟きます。ああ荒野。毎度のことながらネタばれ上等の呟きです。てへ。感動は生モノなので、いろいろごてごて余計なことを考える前に書き留めておきたい。1幕。トラックの上の人があまりにオーラを放っていて、小出君に気がつかず。その小出君、めちゃめちゃ上手くなりはった!埼玉でみたときは寺山台詞が浮いている気がして、物語に入り込むのにひっかかったんだけど、青山ではその台詞に心が馴染んで同化していた。だからするっと入り込めた。これはすごい。と感嘆している横で新次がさらに「ちんぴら」化してはった。うわー(正確にはあちゃー)と思ってたら母親の所語る場面でなんかぐっとくる。このちんぴらの想いの深さ――というかこれまでの人生の切れ端が垣間見える感じなのだ。バリカンもだが新次も更に台詞が馴染んできていた。だからこそのチンピラ化だったのか。しかしちんぴらであるほど、「新次」の厚みが増すのだな、これが。ジャングルジムで彼が「東京に出て来た時」と口にした時、思わず目が熱くなった。何気ない一言にそれだけの力が宿ってたってことなんだろう。一人で東京に来た孤独な少年のイメージがそこに浮かびあがったせいかもしれない。彼は彼の送ってきた人生があって――そこに想いを馳せたとき、続く新次の語りは胸に迫るものがあった。またここの潤さんの台詞回しも声も絶品だったんだ。埼玉のときも詩的に響いたが、それが更に美しく哀しく詩になって響いた。韻律を感じられる、というかね。そのちょっと前の喫茶店で自殺研究会の面々と話す場面もそうだ。自殺を「究極の弱い者いじめ」だと語る新次の言葉は、韻律を感じさせて美しく響いた。言葉が美しいわけではないのに。声もよかった。「お前は誰だ!?」「俺は俺だ!」の場面も相変わらず圧巻だったけれど、なんというかバリカンとの試合の悲痛さ、哀しさが際立っていて、最後の叫びが全てかっさらっていった感じだった。あんな辛い、哀しい、そして怒りに満ちた叫び、表情ってない。一気に新次の感情が押し寄せてきて、涙が溢れちった。埼玉では圧倒されたが泣くことはなかったのだ。今回2回目と言うこともあったのか、新次とバリカンにより感情を沿わせて観ることができた――ような感じ。とりあえず新次が象徴じみた偶像として、じゃなく。一個の人間の厚みと深みをもってそこにいた。新次もさ。きっと集団就職とかで、テレビでよく見るすし詰めの列車に揺られて東京にやってきたんだろうなとかさ。やさぐれて好き勝手やって、いろいろ傷ついて生きて来たんだろうな、とかさ。こちら側がそういうことを考えられるようになってた。青山の新次は。てかワタシ自身が変化してるのかもね。よしこが母殺しを告白する場面。「あんたは天国を信じる?何を信じてるの?」と問われて、「何も信じない」とうそぶくしんじ。そのすぐあと、彼は言うのだ。「一度殺されたことのある人間は、もう誰も信じない」と。ここもまた彼のバックボーンをずどんと撃ちこまれた瞬間だった。(そして実は、ここって芳子に対する優しさの場面でもあるんですよね。彼が「一度殺された」経験があって、同時にそういう経験をした人物の気持ちを斟酌できる人であることが示されてるんですから。でもあえて、彼はべたべたと同情しない。同情は優しさであると同時に、蔑視に通ずるものでもあるから。――だと感じました。だから彼は、バリカンにも同情しない)ところで19日のマチネではハプニングがいくつかあって。まずホテルでしんじが椅子にかけていた上着を取ったはずみで椅子が下に転げ落ちた。その椅子、次の場面で宮本社長が座る椅子。一瞬止まったあと、彼はそれを拾い上げに戻り、それから思い直したように乱暴に床に放り投げた。恐ろしく大きな音がして、床に転がる椅子。でも、舞台からは拾い上げられてるので、次の場面では倒れた椅子を社長が起こして普通に座ることができてた。喫茶店の場面では上着が当ってコップが落ちたり(この時はスルー)。ああそうだ。この公演で自分が演出の白眉と思っているリング登場の場面。青山でも神々しく荘厳で美しかった。男のロマンの結晶という俗な意味もあるのかもだけど、新次とバリカンを思うと泣けてしょうがなかった。そーだ。試合の最中に新次が叫ぶ詩。そこはもう言葉もないくらい切なく激しく哀しく響いたよ。二回観てもやはり謎なのはバリカンのとこが優しいのか?ってことだ。新次を始め周囲の人々が「バリカンは優しい奴」と口にするだけで、舞台で繰り広げられる劇の中では彼は何一つ優しいことをしていない。優しい言葉も発していない。「憎むことができない、みんなが好きだ」と口にするのみ。臆病にならざるをえなかった彼は人間とかかわりを持たないから。不干渉を優しさと言うならバリカンは確かに優しい。(原作のバリカンは思慮深い優しさを持った人物だった記憶があるのですが。)そういえば(←こればっか)ボクサー三人組さんもよかったです。彼らはバリカンの強さを認めているようで結局バリカンの吃音の辛さを理解することなく、基底にバリカンに対する蔑視を滲ませる。彼ら自身にその意識はなくとも、劣等感にさいなまれる当事者にとってはそう思える言葉を次々に浴びせかけられることになる。そのバリカンの根源的な悲哀を彼らは理解することができない。新次はジャングルジムでバリカンと同じ言葉を口にする。バリカンが嬉しそうに(本当に嬉しそうに小出バリカンは叫ぶのだ)全部幻だ!と。そして新次も全て幻と叫ぶ。半ば陶酔したように、やけくそのように、挑むように。その対比も面白かった。多分新次は拳を通してバリカンの孤独を理解し、拳を通して彼を受けとめたってことなんだろうなあ。それにしても最後のあの振り絞るような声が、怒りの極限の悲しみが入り混じった鬼気迫る表情が忘れられない。あの叫びは聴く者の臓腑を抉るよ。マジで。・・・これだけ抜け出せなくなるくらい。こっからはツイじゃないんですが。相変わらず発語が明瞭で聞き取り易く。低い声で喋っていてもよく分かりました。L列のほぼど真ん中、という大変ラッキーな席でした。舞台全体を見渡せ、声もよく聞こえましたし動きもよく見えた。客席を使った動線もすぐ後ろの通路を使うことが多かったので、思わずそちらを見そうになりました(実際観てもいいと思う。そこでも芝居をやっているのだから)が、舞台と背後を交互に見やりながら、この世界に没頭しておりました。新次は低い声で短く返答することが多いのですが、その口調といいトーンといい、ドキッとするくらい鋭くて素っ気ない。今迄の役柄ではなかったですね。それがいやに男っぽくて素敵でした。上でもさんざん書き連ねてますが、新次はちんぴらなんだけど「知的」だし「言動に筋が通っている」し、そして何より「他者に自分を押し付けない」人物として表現されていました。お前はお前、俺は俺。他者を巻き込んだり、反駁したりすることはあってもね。とにかく境界線のきっかり引かれた「己」を確立してる人物という印象です。全部をのみ込み引き受ける、ある種あっぱれな感があって、観ていてとても気持ちが良かった。そしてそれだけに終始しないのが松本マジックでしてね。彼が優しさを示す時の、その声音と言い表情と言い、温かさがたまらんのです。包み込むような優しさと懐の深さ、温かさを示すのです。ジャングルジムの場面はまさにその新次の人間味が凝縮された、夜空に浮かぶ銀河みたいな美しく、やさしく、そしてかなしい場面でしてね。小出君の演技とも相まって、非常に印象的で感動的でした。ソワレではこの場面で拍手がわきましたよ。丁度BGMが高鳴るところでしたから。松本潤は天井知らずですぜ、きっと。経験を積ませれば積ませるほど、この人は伸びる。これ以上はないだろうと思っても更に伸びる。それを確信した観劇となりました。と、偉そうに締める。素人ほど偉そうなもんです。はい。
2011/11/20
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まずは…11月5日。ソワレのチケット当選していたので、九州の北の端から本州埼玉へ。ブログで知り合った嵐ファンの方と落ち合って、それはそれは楽しい夢のような時間を過ごした後、一路彩の国埼玉芸術劇場へ。ここから、舞台の感想です。とりとめなく書き綴っているので順不同。かなーりのめりこんだ読書感想文的舞台鑑賞文になってますので、「あらまあ、はいりこんじゃって」って笑って読み飛ばせる方のみ御覧くださると幸いです。第1幕冒頭、新次はトラックの運転席の天上に胡坐をかいて登場し、やがて立ち上がって舞台を一巡して袖に消えてゆく。睥睨。この言葉通り、世界に君臨しようとする者の欲望を体現する「モノ」「眼光」「存在」。周囲を圧倒するような存在感だった。それからどこだっただろうか、記憶は定かではないのだけど、片目と会話した後新次がぶらりと舞台を一巡する場面があった。吊り下げられたネオンの海の中、舞台奥に歩く新次の背中は、無頼の徒で何のしがらみも持たぬはずなのに、大きくて、物悲しかった。新次の存在は終始一貫して鮮烈で強烈で、そして“背負って”いた。何だろう。これは原作を読んだ時にも、ましてや戯曲を読んだ時にも抱かなかったイメージだ。松本潤の新次は、私の思う新次を超えていた。自分の想い描く完全 以上の完全が存在することを初めて知った。バリカンは感情が薄く見えた。原作や戯曲を読んだ時に感じたバリカン像は、埋没する己の感情の川の出口を探して逃げ惑う者だった。彼は憎しみも愛も手にできないがそれを「知らない」わけではない。そんなイメージを抱いていたが、小出君の解釈はおそらく違っていたのだろう。彼のバリカンは、感情を掴みたくて掴めないまま、なすすべなくうずくまる子供のようだった。本をよく読み知的で知識にすがる姿もそこにはなかった。だから彼の描くバリカンをなかなか手にすくい取ることができずに戸惑った。それが解消だれたのはようやく2幕になってからだ。バリカンには自己憐憫しかない。と、原作・戯曲を読んだ時に思っていて、それは舞台を見ても変わらなかった。彼の世界にいる他者は床屋の父親と、そして「新次」だけなのだ。他者を世界に受け入れる余地のないものは、己で存在を認証するしかなく、それはとても不安定だ。自己認識だけでは客観的な存在証明が得られないから。だから彼は新次にすがるのだと思った。新次とのつながりが具象的に目に見えた時に、やっとバリカンの像が結ばれたのだ。ジャングルジムの上から手を差し伸べる新次。「上がってこいよ」むろんこれはメタファーだ。ためらうバリカンに更に彼は手を差し出す。「ほら」おずおずとその手を握るバリカン。ぎゅっと握りしめる新次。遠く東京の空を眺める新次の視線。東京と、そしてまぼろしを語る新次の呟きは、まさに「詩」だった。台詞が詩だったのではない。容子を含めてその空間が「詩」だった。松本潤の新次は、いみじくもこの舞台を象徴するものとしてそこにあった。と感じた。シャドーボクシングしながら吐きだす台詞。淀みなく、声が揺れることもなく、滑舌はっきりと張りがあって舞台を貫く。聞き取りやすい。素晴らしく速いパンチを繰り出しているのにね。「お前は誰だ!?」とモブから問い詰められた時の不敵な笑い。その笑いをフッと片頬に刷いて、次の瞬間消し去る。直後に浮かぶ威圧感。この肉体が俺だ!の叫び(恫喝に近い迫力)には肉の実体が宿る。形而下の叫び的な。ずしりと腹に響いた。自殺研究会の眼鏡もまた新次に刺激され、実体のない死に実体を与えるべく自ら死のうとする。だが彼は宣言しないではいられない。「死ぬぞ!死ぬんだ!」と。阻止させるために。観念から踏み出そうとして踏み出せないその姿は、彼がいみじくもジャングルジムで語る“現代”の若者、人間、世界の姿に重なる。誰よりも自信にあふれ、唯我独尊的な生き方を標榜しているように見える新次は、誰よりも多くの人間と関り、そこに変化を齎す。彼が動きの中心であり起点なのだ。だからこそ彼を主人公に据えたのだろう。一方のバリカンは、何の変容も齎すことはなく、もちろん自分自身も変化しないまま、もがいてもがいて、出口を新次に見出そうとする。新次の白いスーツ姿が強烈に目に焼き付いていて離れない。ジャングルジムでの優しさ、切なさ、胸が締め付けられる郷愁。そして最後の拳闘シーンの凄まじさ。密度の濃さ。殺陣を考えた方の才能に脱帽。そしてそれを実践した二人の若者に脱帽。その場の役者さんたちに脱帽。感動だった。新次は美しかった。確かに息をのむほど全てが美しかった。一歩間違えば下賤な、俗にまみれた欲望の塊になる可能性のあるチンピラを、松本潤はそこに落とさなかった。蜷川演出もそうはさせなかった。彼の魂は強烈だったけれど、エネルギーと実体を持って輝いていた。それだけに、強烈な胸のきしみを伴って。最後リングに沈んだバリカンの頭をかき抱く新次。愛しそうに、哀しみに耐えかねるように。そして慟哭。最後の咆哮はまさに慟哭だった。表情も絞り出すような悲痛な叫びも凄絶。あんな演技見たことがない。突き刺さった。舞台美術も素晴らしかった。音楽の使い方も効果的で感動的だった。2幕。新次とバリカンの戦いの幕開け。舞台奥から逆光の中、リングがゆっくりと近づいてくる。徐々に大きくなってゆくそのシルエット。ぞくっとした。誰もいない舞台。荘厳だった。非常に印象的な演出。美術。1幕で、肌に粟を生じるかと思われたほどの感動は、まさに舞台美術、音楽と照明が融合する都会の雑踏の場面だった。「蒼茫」その言葉が頭に浮かんだ。人生に、生きることに疲れ果てた人々が彷徨う、光明のない世界。ネオンがただ溢れるばかり。志向性のない世界。平面を移動するだけのばらばらな塊。この舞台に高さを与えるのは「死」した娼婦と「生きる」新次だけだ。新次がよじ登り、バリカンを誘ったジャングルジムに群衆は群がり新次を糾弾し詰問する。それを輝きと力で一蹴する新次の場面については前述したな。新次の「生」は「性」であり「聖」にも通じるのかもしれないな。とも思ったりね。とまれ、鮮烈な新次に打ちのめされております。素晴らしい舞台でした。素晴らしい新次でした。肉体はこの舞台では非常に重要な要素でした。訓練を超えることのできる肉体と精神を兼ね備えてないとこの舞台は成立しなかったと思う。二人の役者に心から賛辞を贈りたいのと、心からありがとうございますとお礼を言いたい。いい時間を過ごさせていただきました。舞台見てよかった。心が震えました。蜷川演出素晴らしかった。勝村さんのスパイスは最高の上を行く最高でした。まだまだ余韻に浸っております。頭からも心からも耳からも消えません。松本潤さんの声、演技が素晴らしかった。無論眼光も表情も本当に。
2011/11/06
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まずは、戯曲版の話。『あゝ、荒野』の戯曲版が届きました。早速一読。感想は後日…書くかどうかはモチベーションによりますが、原作に比べると新次の魅力がトーンダウンしてる感がありました。あまり納得はできない解釈。でもこれを蜷川さんがどう料理してくれるのか、松本君がどう演じてどんな新次にしてくれるのか、興味は尽きません。さて、次から次に発刊される素敵な雑誌群の話。こちらは素敵!と書き散らしたいです。もう、近来まれに見る美しさに輝く松本潤の群れ!ビジュアルにさほどこだわりがないとはいえ、ここまで魅力的にパワーアップすると降参します許して下さいと土下座したい気分になります。そして、グラビアの数々を見て思うのは、やはりこの人は特殊なんだなあということ。人間離れしていると言うか。いい意味でも悪い意味でも。普通感がないのに、体温は感じる不思議な存在感。濃いのに透明感を纏い、そして無垢で純な清潔さを内包する。それが、ノンノの新次では、清潔さをぎらっとしたいい意味でのドギツサで押さえつけて埋もれさせてる。内的な躍動感(動かずにはいられない、常に動いている…ある種生命エネルギー見たいなもの)、抑え込んでる外膜=外側の形。それが目からギラリと放たれる。野太さをも感じさせる写真に息をのみましたよ。魅力が薄くなってしまった戯曲版新次ですが、この松本潤新次が組み合わさった時どんな変化が齎されるのか。わくわくします。あれ、結局新次話になってしまったわ。
2011/10/23
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亀梨君の妖怪人間見ました。意外に良い作品でした。うるっときてしまいましたよ。非常にステレオタイプなキャラクターに予定調和の展開で、オーソドックスこの上なかったですが、奇抜な設定にはそれがベストマッチでした。傘をさしかけてもらったことが嬉しくて。雨にぬれる北村さんの肩を見てわれ知らず涙を流すベム。その哀切にうるうると来てしまいました。心を通わせられたかと思っていたのに、本当の姿を見るとおそれおののき銃撃する刑事。何発も弾を打ちこまれる妖怪ベムの切ない表情(ほんとに切なく見えた。あれ、動かしてたんでしょうか、それとも動きがなくてもこちらの心情変化のせいでそう見えたのでしょうか)がたまらなかった。そして!福君が可愛いのなんのって。彼の舌足らずなしゃべりのおかげで暗い空気が緩和され、和みました。そしてそれゆえの切なさが一層募るという、大変いい効果を上げています。ストーリーそのものはいかにも特撮。ええ、悪の親玉がいそうな気配もありますから、ほんまもんで特撮戦隊物とか仮面ライダーチックです。でも、福くんの可愛さと杏さんのハマり具合と亀梨君の美しさと、全編を通じて流れる切ない物悲しさと、人の心の温かさや小さな喜びを見つけた時のあの何とも言えない心の動きが伝わる故に、これからも見続けると思います。結構好きでした。今期1話目を観たのは現在のところ・結婚できない理由(月9)・HUNTER(火10)・謎解きはディナーの後で(火9)・蜜の味(木10)・妖怪人間(土9)だけでございます。話題のミタは見逃してます。このうち、継続視聴決定は月9と土9。日曜9時からは南極と西島さんのどちらを見るか悩むところです。南極1話目を見逃したので、西島さんを選んでしまう可能性大。
2011/10/23
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注※砂を吐くほどデレデレで称賛しまくってる日記なので、心してお進みください。まずは【嵐にしやがれSP】新企画「荒野の十人」芸人さんとのロールケーキ対決。見どころは何と言っても松本さんの美しさでございます。眉目秀麗って言葉がぴったりの凛々しいお姿。ウエスタンな御衣裳がよくお似合いです。もうそれだけでうっとり。そして任された最後の仕上げ。辻口さんから習った技術を生かして綺麗に飾りつけました。細心の注意を払って刻んだ切り込みの薄さと揃い具合がすごい。生業にしていたり、毎日料理を作る主婦ならいざしらず、たまにしか包丁を持たないのにあの仕上がり具合。ほんとうに集中して懸命に作ったんですね。バラエティなんだけど、笑いを狙いに行かず、一心不乱になるところが大好きです。櫻井君も大野君も同じく。震える手で繊細に真剣にロールケーキを巻く様子に見入ってしまいました。櫻井君もまた、リンゴの皮むきしてる時のあの眼差しの美しさよ!一つ一つの工程ごとに判定を下すのかと思ってましたが、最後に一回だけでしたね。そのためちょっと間延びした感は否めませんが、でも、嵐のあの姿が見られただけで満足。兄貴ゲストは松岡修造さん。前回に引き続き、熱と根性あふるる三カ条となりました。このコーナーの松本さんがまた美しいのなんのって。まあほんとに、ここのところ、この人の美しさは天井知らずです。絞り込んで細くなった頬と顎。そのせいで、表情は穏やかなのに、目の力が増しているように見えます。印象が強くなってる。トレーニングウエアに着替えて来た時のかっこよさにはたまげました(←死語)。どんだけカッコいいんだか!上着の下の胸板を透視しようと凝視!凝視!おかげでうっすら見えました(爆)麗しの大胸筋様!そんなこんなで松本さんしか記憶に残らず。一回もミスすることなく、なるべく松岡さんが返しやすいように高め高めにボールを浮かせてましたね。お上手でした。もっとも流石!なのは松岡さん。プロ選手だから当然なのかもしれませんが、5倍動き回らなきゃいけないんですから大変です。しかも、潤さんも含め嵐みんななるべく高めにと心がけて返していても、そこは素人ですから弾道がどうしてもずれる。それを一つも逃すことなく返す敏捷性と体力には脱帽でした。なかなか楽しく見られたしやがれSP。リピートしたことは言うまでもありません。【世界一のshowタイム】しやがれでも美しいと思っていたのに、この華やかさはどうだろう!!ってくらい華やかでした松本さん。お隣の長谷川潤さんととてもよくお似合い。二人の周りにティンカーベルの光の粉が飛んでるみたいでした。しっかりと着実に進行してくれる羽鳥さん。気心が知れてるので羽鳥さんとの息もぴったりな松本君。そして賢く間を読む長谷川さん。阿吽の呼吸といってもいいような上手い塩梅で三人が絡んで、実にスムーズに番組が進みました。そして何より、素直でストレートで子供のように純真な二人の反応がみてて快かった。パフォーマーの方々に対する松本君のリスペクト、優しい心遣い、温かいコメント。堪能しました。それにしても、松本潤って、華やかでゴージャスなんだけど、気品があるんだなあ。背後のバラが完全に引き立て役になってましたよ。凄まじいですね。
2011/10/10
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「あゝ、荒野」の出演者の方々のブログなどを拝見していると、いったいどんな舞台になるのかどんどん分からなくなっていく。自分が見たことのある舞台が恐ろしくオーソドックスなものばかりなので、(ミュージカルならミュージカル、ストレートプレイならそれと、ジャンル定番の形のものしか観たことがない)想像力がおっつかない。でもだからこそ、余計に想いは膨らむ。楽しみになる。期待はなるべく控えめに抑えつつ。同時に、松潤ファンの人のブログなんかも久しぶりに見て回った。ジュンスタイルが終了してショックなのは全ての松潤ファンみな同じだと思う。思うがしかし、「勝手にやめて酷い」「続けることに意味があるって言ったじゃない」「なんでやめるの」と、恨みごとだけを綴るブログに行きあたると、なんだかなあって思う。寂しさの裏返し。それだけ終わってほしくない愛着と愛惜の表れっていうのはよくわかるのだけど。そうやって相手を責めることしかできない表現――ラジオに送られてきたメールにも、愛情をそんな形で伝えてしまうものが多々あったのだろうなあと思えて嘆息してしまった。無論松本潤はそういった意見や要望や苦情も受け止めようとする人だろうと思ってる。排斥する人じゃないよね。本人は負担になるなんて思ってないかもしれない。本人じゃないから分からないけど。でも松本潤だって人間だから。精神的な負荷っていうのもあって当然だろうと思う。あくまで自分の勝手な推測で。もちろんラジオをやめる要因には一切関係ないとも思う。単に時間が取れなくなったんだろうなって思っている。来たメールには目を通したい。たとえ悪意ある自分を攻撃するメールでも、ちゃんと受けとめたい。とか思いそうだこの人なら。そして、ファンの想いを受けとめるには時間が必要なのだ。本を読むのが遅いんですって、ことあるごとに言ってた人だよ。どれだけの時間を割いて読んでたんだろうなあって思うよ。1日は24時間しかないのだ。食事する時間も仕事する時間もくつろぐ時間も自分を高める時間だっている。メールに目を通して念入りに打ち合わせをして、なんて手間をかけず、スタッフさんの敷いてくれたレールに従って適当にラジオやってればやめる必要はなかったんじゃないかなと思う。これも勝手な憶測だけど。でもそれをやったらジュンスタじゃなくなるよね。二兎を追うもの一兎をも得ず。サクラ咲ケ、そしてマイガール。歌詞に託した松本潤の想いは確かにあると思ってる。これも憶測だけど自分の中では勝手に確信してる。すっごい個人的な我儘を言わせてもらえば、嵐のバラエティよりジュンスタイルを選んでほしかったかな。でもそんなの無理だって分かってる。松本潤は「嵐の」松本潤であることに軸足を置いて、その場所を優先する人なのだろうと思うから。土曜の癒しだったので――辛い気持ちは分かるんだけどね。ていうか、自分も先週は仕事で朝から忙しかったので寂しく感じる暇がなかったけれど、きっちり休みだった昨日はその時間ほんとうに胸がしくしく痛んだ。このところ最終3回をずーっと繰り返し聴いてる。それくらい未練たらたらだけど、でも、潤さんの一歩にエールを送りたいし、ついていく気満々なのだ。さて、今日はMC潤の日!昨夜の「しやがれ」潤も絶品だった。ちゃんとその感想書いてから偉そうな御託を並べやがれ、だね自分^―^;
2011/10/09
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極めて個人的な見解ですが、もともとファンになりたてのころは、松本潤はCMに向いていないのではないかと思っていました。auの最初の年くらいまでは。それが、楽団員さんあたりから、イメージが急転回していきました。世界を作って与えたら、この人はその世界を確たるものにしてしまう存在なんだという驚き。楽団員さんなんてまるでドラマのワンシーンでした。あれだけで一本話が作れちゃうよ、な確固たるキャラ造形。このところのCMラッシュに思うのは、そうやっていろんな皮をするりと被れるようになったんだなあってことです。いや、もともとそういう人だったのかもしれません。使う側が、エッジの効いた嵐の松本潤を前面に押し出すことをやめて、一つの世界を作ってそこに放り込むやり方に変えたことが功を奏しているのかもしれない。その流れの端緒となったのが前述の楽団員さんとケンタッキーのような気がします。さて。新たにどんどんどんと発表され、現在ガンガン流れているCM群ですが。個人的には、ビジュアル的好き度は1au 2HPB 3明治でございます。しかしCM的好き度は1明治 2au 3HPB でございます。殊に明治のあの声には悶絶しております。流れるたびにまさに文字通り「悶絶」大好きな「みゅう」のナレーションに匹敵する優しい優しい語り口と声音。あれはやばいです。ホットペッパービューティーはパターンによって好き度が随分変わります。基本、前髪ありのヘアサロン編の方が好みです。「惜しい」「チャレンジャーだな」「世の中的には」「美人だな」がお気に入り。ネイルサロン編はちょいと苦手かもしれません。でも「チカチカする」は好きです。と言う風に、とても楽しめています。このCMを企画なさった方すごいですよね。そして。この3本の松本潤さんのバラバラさ加減と言ったら!同時にいくつもの皮が被れることを見せてくれている松本さん。多分新次の皮も被って見せてくれるんだろうと思います。新次に入り込むのではなく、新次が入り込んでくるのでもなく。舞台の上で、新次になるんだろうなあと。楽しみだなあ!
2011/10/06
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会えるかどうかは別として。例の抽選申し込み期間のうち、休みが一日しかなかったワタクシは、その日一日中「しばらく待って」アナウンスを聞き続けました。なんとか予定の申し込みは終えることができました。リアルではもちろんカミングアウトなんてしておらず、自力で出来る範囲でのエントリー。で。結局それでよかったかもと思いました。あまりにも過酷な電話状況でございましたから。作業ルーチンが左の親指に沁み込むくらい携帯を押し続けたことですよ。これ頼めるのは身内くらいです。妹よアリガトウ。こうしてひとつひとつ、新次が近づいてきます。そして+actですよ。テキストの読みごたえはいつもの通り。資質として解釈せずにはおれない人なのだろうと思いますが、今回はその解釈を演技や役作りに敷衍させることにそこまで拘泥していない感があります。でも彼がさらりと語った新次像は、自分の捉えた像と極めて近いものでした。どれが正解なんてないものですから、近似していたのは嬉しい。一方グラビアは会見をさらに押し進めた美麗が存在しておりました。多分会見以前のビジュアルなんでしょうが。こちらはヴァンパイアではございませんでした。初めて目にするような松本潤がそこにいました。エネルギーを閉じ込めて圧縮したような、光なき冷えた眼差し。まだボクシングに出会っていない新次といった感じでしょうか。新次の若者らしい性質と、シニカルな視線、野生に満ちた松本潤の言う「雄」的な部分の両立は、とても難しいような気がしています。それが松本潤さんの中で融合し成立したとき、いったいどんな新次が生まれるのか、ほんとうに想像がつきません。プラスアクトでは、まだまだ新次の完全体は生まれていないような気がしますから。あゝ、実に楽しみでしかたない!新宿新次がどれほど魅力的でどれほど美しい獣になるのか。この冊子を読んで期待値はあがるばかりです。が!明日からの当選案内が怖いぞ。1枚くらいは当っててほしい!!
2011/09/17
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朝のWS全局で取り上げてもらえたようで。流石にW録フル稼働しても全局網羅は難しく、録れたのはZIPとめざにゅー、めざましだけ。ワイスクはっていたのにこちらではやりませんでした。くそう、これだから地方はやだ。でもZIPさんはしっかり扱ってくれました。感謝!PONを録り損ねたのは痛恨のミス。このところ嵐を追っかけてベタ録りなんてとんと御無沙汰でしたのに、この熱の入れようときたら。少しでもリアルタイムの松本さんを見て、松本さんを感じたいんでしょうなあ。(他人事のように^^;)さてその松本さん。超絶美しい。これはですね、「凄絶」と言う言葉が相応しいと思えるくらいに美に磨きがかかっております。残念ながら、ビト潤ビジュアルが最上級、つまり穏やかな優しい雰囲気を醸し出す松本さんが一等好きなワタクシ的には(好みランクからいくと)最上級とはいきませんが、でも、この圧倒的な美に瞠目せずにはおれませなんだ。美々しさランクから行くと、高田君とか金曲なんたらと張り合う、いやそれ以上なんではないでしょうか。まさに発光してましたよ。ツイで「ヴァンパイアがやれる」という呟きを散見いたしましたが、ワタクシも同じことを感じました。衣装と髪型のせいでしょうなあ。人間離れした秀麗さでございますが、しかし笑うとふっと空気が緩むのがまたよろしい。この方、色に譬えるなら本質的には白無垢なんだと感じるのですが、それゆえ様々な色を纏えるので飽きません。ひところ極彩色の孔雀かと思われましたが、この会見ではプラチナって感じでした。新次舞台を何としてでも見たいものです。チケット戦争に勝ちぬけるのだろうか。
2011/09/08
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松本さんのラジオを聴ける環境になったのはごく最近で、それまではいろんな手を尽くして聴いたり、レポを読ませていただいたりしてた。1年ちょっとかな。実際にリアルタイムで聴けるようになったのは。そうして、土曜の10時20分からの30分は、短くて濃くて、かけがえのない癒しの時間となっていた。心に残ってる松本さんの言葉や意見はたくさんたくさんある。リアルタイムで聴くようになってからは、口調や声のトーンや滲む優しさと相まって、それが一層心の芯に届くように感じていた。今月24日で終了しますと松本さんが告げた瞬間、「ああやっぱり」と思った。大切なお知らせがあります。あの時から予感はしていたから。でも実際に耳にした時のショックは、洒落にならなかった。その日一日、中島みゆきを聴いていましたとさ(笑)悲しい時は悲しい曲を聴いて涙を流すのが一番だから。辛い時も打ちのめされた時も、松本さんの声を聴いて慰められ癒され、そしてがんばろって気持ちにさせてもらえてた。私はとっても小さくて不出来な人間なので、ほんとに凹むことが多いのだ。どれだけjun styleに助けられてたか。そのつっかえ棒がなくなってしまう。その喪失感たるや。悲しくて悲しくて寂しくて、ほんとに涙こぼして泣いてた。自分にとって一番大切な番組だったんだなあっていまさらながらに思う。松本さんが何を考えているか、どんな人なのか、ということが、透けて見えるような気になれた。掌の中に松本潤という人の体温がちょっぴり感じられるような気になれた。コンサートのきらきら輝くアイドル松本潤という実体の真実とはまた別に、もっとずっと近くに感じられたんだな。きっと。松本潤という人が。さてここまでは自分側の勝手な感慨についてうだうだ述べてきたんだが。この告知をした後に松本さんがかけてくれた曲を聴いて、そっかと思った。彼のことだ、絶対にこの選曲には意味があるに決まってる。「サクラ咲ケ」落ち着いてから何度も聴き直し、そして聴くたびに涙する。涙しながら口ずさみ、口ずさみながら松本潤のゆく道にエールを送らずにはいられなくなる。昨日の僕に バイバイ走り出した街の音は歓声のよう振り向くな後ろには明日はないから前を向け駅前で誰か歌ってるそれは君の好きな歌遠く離れても消して消えないだから別れじゃないいつかふたり 望む場所でめぐり会いたい振り向くな後ろには明日はないから前へ 前へjun styleが積み重ねて来た9年間。ジュンスタイルとしてだけではなく、松本潤としてだけではなく、じつはリスナーのみんなにとっても、ジュンスタイルに関わる9年間がある。それぞれの歴史がある。一口にラジオ番組って流してしまうことのできないたくさんの意味合いがそこに生まれていたんだよなあ。私はたかだか4年間程度の歴史しか持たないけれど、それでもその歴史は、自分にとっての宝物だ。ずーっとずーっと、大事にしまってとっておく。素敵なかけがえのない温かい気持ちになれる時間を、毎週本当にありがとうございました。でもね。多分もう少し泣くと思う。今も泣いてるし。強がり言うて自分に言い聞かせる言葉も真実なんだけどね。でも寂しい。ほんとに寂しい。
2011/09/06
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松本潤さん28歳のお誕生日です。いつも今の松本潤さんが一番好き。これが続いてはや4年。現在の潤さんは穏やかで優しくてすっと傍に寄り添うようなそんな雰囲気。いい意味で大人の余裕も身につけてきたのかな、なんて画面越しに思う今日この頃です。しやがれの未知との遭遇でもそう。少年ぽさを残しながら、でもダメだしされた時に奮起して、一心不乱に靴を磨くその姿に惚れなおしたのは言うまでもありません。ぼやきつつ、でも一生懸命に取り組んで。そして最後に石川さんへ送った言葉がニクイじゃありませんか。「いい時間でした」一番相手の心の琴線に触れそうなスポットを、ピンポイントでついてくる。そんな一言に思えました。いたずらに年を重ねてないんだよなあ。これは、毎年松本潤さんを見て思うことです。そんな潤さんももう28歳なのですねえ。でもまだ30までには2年間もあるから!(何のいいわけだか)28歳の松本潤さんが、舞台に向けて身体を絞りながら、きらきらと輝く穏やかな笑顔を浮かべて存在していてくれることに、感謝せずにはおれません。これまで4年と8か月ずーっと見てきて、ラジオを聞いて、雑誌を読んで、松潤さんの語りに触れてきて。そして、思います。賢い人です。聡明な人です。だから己の思う道を、己の思うように、信じるところに従って、歩いて行ってほしい。その道が平坦ではなくても、ギャラリーが近づけないような細いがけっぷちの一本道であっても、私はきっとどこからか、松潤さんを見続けます。必要とあらば双眼鏡だろうが天体望遠鏡だろうが使う勢いで。平坦でない道の方が輝きを増す人だと確信してるしね。そしたらきっとみんな遠くからでも見つけられる。とりとめなくなってしまったけれど、とりあえず言いたいことの核はこれだけ。「存在してくれてありがとうございます。いつもいつもいつも、あなたの存在に力を与えられ、勇気をもらっています。そして至福の時間を。心から感謝。これからも松本潤でいてください。」 珍しくケーキなんぞを買ってみた。
2011/08/30
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久しぶりにDVDを借りて見た。「プライドと偏見」クラシカルなコスチューム物が観たい、ついでに恋愛物なら尚善しということでこれを選ぶ。一言で言うと、途中で飽きた。脇の妹たちが生きていない。男性陣に魅力がない。痛恨です。「グラン・トリノ」派手さゼロ。なのに最後まで目が離せず。一体最後どうなるのか、手に汗握った。そして号泣。これは朝鮮戦争を経験した、「手に残る人殺しの記憶」の呪縛から解放されない男の物語だ。宗教では救われない罪、だがしかし最期を前に男は教会で身をすすぐ。そういう文化圏での物語なのだ。頑固で古風な老人ウォルトは、一見人種に対する偏見を持っているように見えて、実はリベラルである。それは床屋の主人とのやりとりをみてもわかる。新たに越してきた隣人のモン族を最初は疎んでいるものの、今では失われてしまったと思っていた良識・心配りを彼ら姉弟が持ち合わせていることや、少女の気風の良さに気づいて、彼はすぐにわだかまりを手放す。東洋人を手にかけた苦い記憶に縛られ続けている老人。それゆえ彼らと関わりを持たないようにしていたのだろう。その証拠に彼は肌の色の違う相手を疎みはするが蔑みはしていない。そして(だからこそ)気立てのよい少女とその弟に、彼の心は簡単に絆されていく。脚本がいいんだろうなと思う。私は字幕で鑑賞したのだけれど、少年を地下室に閉じ込める場面での勲章に関する台詞など見事としか言いようがない。床屋の親父とのやりとりや少女の気のきいた会話なども洒脱で、キャラクターも立っている。神父(ルーテルだから牧師というべきか)もありふれた使い方には終わっていない。この物語のテーマを口にするのはこの神父なのだ。生と死。そして贖罪。時代の埋葬。しかし残されてゆくものもある。その象徴が、グラン・トリノなのかもしれないと思ったりした。辛い結末を迎えるが視聴後感は決して悪くない。むしろ落ち着くべきところに落ち着いたという予定調和感すらある。号泣はしたけれど、最後のタオの頬笑みに救われた。それは観客にとっての救いであるとともに、老人にとっての救いでもあるのだろうと思わされた。いい映画でした。クリント・イーストウッドってすごいの一言に尽きまする。
2011/08/12
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本日仕事帰りに本屋3件回ってやっと手に入れました。文庫本はどこも売り切れで、3500円の分厚い単行本を買うしかなかった。でも大道さんの写真付きの単行本は、物語のみの文庫本を買うよりも世界観を濃密に感じられて、むしろラッキーだったのかもしれません。さて。夜中10時半くらいから読み始めて一気に最後まで。宮本さんのパートと自殺機械の大学生のパートは読み飛ばす。伏線なんか計算されてない小説なので、多分差しさわりはないでしょう。ラストの恣意的な、かつあざといクライマックスの高揚感が若干削られたかもしれませんが。そして、塵芥が雑然と散らばったような――雑雑とした粗い空気が唯一の筋みたいな――この物語の世界を、若干損なう読み方だったかもしれないですが。これは群像劇なのですね。<バリカン>と新次という二本の旋律だけではなく、そこに前述の<宮本>や<自殺機械>や<芳子><ムギ><セツ>といった細いメロディが重なる。中でも<宮本>と<芳子>はかなり際立ったメロディラインで、<芳子>は<新次>に絡み、<宮本>は全く別の韻律で和音を奏でるといった様相です。個人的に非常に印象的だったのは<ムギ>でした。物語としての確固たる骨子を持つわけではなく、故に小説を一本読み上げたという満足感はあまりありません。一読した感想を一言で言うなら非常に感傷的な甘い歌謡曲。少しだけブルースみたいなムードを混じらせながら、その実場末の酒場に物哀しく流れる歌謡曲といった感じです。描かれる人物の顛末はうら悲しさと切なさを纏いつつも表層的で記号的。路地裏に差し込む細い光に浮かび上がる埃。そんな感じを受けました。「バリカン」の「新次」への思慕。彼の思惑は「宮本」によって的確に表現されてしまっていて、深みというものはありません。でも、印象には強烈に残ります。「新次」はその「バリカン」の想いを看破しているのだけれども・・・。「新次」の存在価値は肉体美でありボクサーとしての矜持であり、飢えにあります。陽性で自信に溢れた若者らしい若者。でも腹の底にがらんどうを抱えてる。「バリカン」は己の存在価値をどこにも求められない臆病で小心な若者です。彼が生涯のうちつながった人間は父親と「新次」しかない。最後の最後に自分の存在の根拠を新次に求めようとするバリカン。これはどちらの人物も造形するのは一筋縄ではいかなさそうです。類型的に仕上げてしまうことも可能なのでしょうが、それでは寺山修司のこの一種頽廃的なそれでいて実はあっけらかんとした底のない刹那的な雰囲気は生みだせない気がします。って、一読しただけでえらそーに書いてしまってすみません。適当に書いてるので適当にあしらってくださいませ。あしからず。てへ(最近笑ってごまかすことを覚えた)
2011/07/25
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ひみつの嵐ちゃん。骨抜き。
2011/07/24
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