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昨年の11月に「ジェーンさん」(タイ奥さん)の「永住許可申請」について報告してから、7ヶ月・・・・ついに「永住許可」が出ましたっっ!!振り返れば、国際結婚はある意味お役所への「申請ごと」との戦いでもあります。今までどれだけ役所に書類を積んで「手間」と「手数料」を払ってきたことか・・・忙しさにかまけてうっかり手続きを忘れてしまい、ジェーンさんの在留許可が失効したりという失敗もしてしまい、大変な思いをしたこともありました。この永住許可で全て完了ってわけでないですが、大きな達成ポイントであることには違いありません。こういう機会ですので、本来は自分の妻のことを公に褒めるのは極めて行儀悪い行為とは思いますが、わが「ジェーンさん」には今までのわたしや家族への貢献について、心から感謝したいです。もともとは海外渡航はおろか、生まれ育った町からほとんど出たことがない「田舎モン」だったのが、突然コトバも文化も違う「日本」という異国に連れて来られました。ちょうど「オリちゃん」(現在4歳)が乳児の頃だったので、子育てで手一杯で「日本語学校」とか教室に通う時間もなく、ロクに稼がないくせに無意味に忙しい「ダンナさん」はほとんど家におらず、さぞや不安な日々を過ごしたと思います。もちろん日本には在住タイ人がかなりいて何らかの「コミュニティ」もあるのですが、そこに逃避して日本での生活に馴染むことを阻害しないよう、非情な「ダンナ」は来日から1年間は「携帯電話」も「インターネット環境」も与えませんでした。ジェーンさんはそういうのも理解してくれて、「日本にいるタイ人は悪いひとが多いから」と、自らタイコミュニティに染まることをしませんでした。住居として、生活感あふれる東京の下町を選んだこともあり、たどたどしい日本語でけなげに頑張るジェーンさんは、わたしが知らない間にご近所ではかなり知られた存在になっていました。休日などに一緒に散歩すると、ちょっと歩いただけで何人ものひとから声がかかります。わたしはそういうのをニコニコ笑って見てるだけなので、ご近所では「あそこの“タイ人夫婦”は、奥さんの方は日本語上手なのに、ダンナの方はまだまだしゃべれないみたいだ」と噂されていたもよう。(苦笑)もちろんひたすら円満だったわけでもありません。他の国際結婚で日本に在住しているタイ人女性の傾向として、ご主人が経営者や資産家などの「金持ち」であるケースが多いこと。わたしのようないい年して資産も地位もない「平社員」との結婚などはレアケースみたいで、さすがのジェーンさんも最初は「なんでウチはこんなにお金がないんだ?誰か他のオンナに貢いでいるのか!?」と詰問されたことは一度や二度では済みませんでした。また、他のタイ人女性の国際結婚の傾向で、カネとセットになっているのが「ご主人の浮気」。こういう連中から恐らくこう吹き込まれるのでしょう。「日本のオトコは信じちゃダメよ。いないいないなんて言いながら絶対オンナがいるに決まってる」。あくまで想像ですが、こういう外部からの雑音がなければ、現在も過去も奥さん以外の女性と全く無縁であったワタシにくだらんバトルを仕掛けるハズもありません。何の理由もなく、刃物をつきつけられた経験すら何度かあります。こうした少しの障害も、子育てや新しいコドモの誕生、転勤などを共にするうち、信頼関係は強固なものになってきました。ほんとジェーンさんはよく頑張ってくれます。例えばウチではわたしは「タイ語使用禁止」なんですよ。「日本語に慣れたいから」という本人の強い希望によるもので、なかなかできることではありません。おかげでワタシのタイ語力は退化する一方・・・。あと、我が家で出てくる料理はほとんど「和食」。「いつもタイ料理が食べられていいねえ」なんて周囲の方によく言われますが、「いやいや、タイ料理なんて月に1度か2度ぐらいで・・・」と言うと、みなさん大変驚かれます。漢字を勉強したことはないはずなのに、日本語レシピの「砂糖」「鶏」「薄力粉」「豆板醤」といったコトバを難なく解読します。恐らく昼間の料理番組でマスターするものと思いますが、いまや市販の「醤油」や「だし」の微妙な味わいの違いを区別したり、魚がおいしいスーパーはどこで、野菜の鮮度がよいスーパーはどこかなど、長年日本人やってるワタシでも太刀打ちできないレベルになってます。おっとと。いい気になって褒めすぎか・・・・ご覧になっている方には恐縮ですが(ってか途中でアホらしくて読むのやめてると思いますが・・・)、一度ジェーンさんへの感謝をこうやって見えるカタチで表明したかったのです。いつもクドクド書いているように、40年にも渡って「モテない人生」を過ごしてきましたが、こんなワタシには過分な奥さんを見つけられたのですから、逆にモテてなくてよかったと思う今日この頃です。これぐらいにしときましょう。失礼いたしましたっ!!!
2012年06月19日
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さて、さて、わが人生で初の「入院」&「手術」がケテーイ!!まあ、これからの余生でビョーインのお世話になる機会はきっとあるでしょうから、今回はちょうど短期の「体験入学」みたいなもんと捉えればよいでしょう。最初のトピックは、「点滴の針」を刺すってやつ。短時間なら経験ありますが、入院中は四六時中点滴やら抗生剤やらの管が常につながっているので、針はさしっぱなしのようです。早速担当の看護師さんが「はいっ!今回は一番大きい針を使いますんで、痛いですよ~!」と邪悪なことを言い始める。「ちょっと痛い」とか「ちくっとします」とか奥床しい表現ができんのかよ!?いずれにしても、定食屋だと「ランチタイムは大盛り無料ですがどうします?」と聞かれれば「並でいいです」と返せるが、ビョーインでは「いえ、中ぐらいの針で結構です」とは答えられんじゃろう。「はい!遠慮なくヤっちゃってください!」と開き直るしかない。んなワケで、看護師さんは遠慮なく「ちくっ」ではなく「ぶすっ」と針を挿入するが、瞬間に「鮮血」が「ぶばっ」と飛び散ってあたりが血まみれになっちまった。うーん・・・ビョーインって野蛮なことする場所やなあと驚いていると、看護師さんも慌てた様子で、「すっ!すいませんっ!いい場所に当たり過ぎちゃいましたっ!」と後始末にわらわ(涙)。まあほどなく出血は止まったが、悪いことにベッドの側には見舞いにきてくれた「オリちゃん」(4歳)がいて、まんじりもせずに一部始終を見つめている。オリちゃんに「怖かったか?」と聞いてみると、「こわくないよ。血ぃがでたんでしょ?」と平然としている。やはりコイツは大物だわ・・・。看護師さんも「ごめんね~。殺人事件の現場みたいになっちゃったね~!」と謝っているが、そういう幼児に理解不能な謝り方はよせ!ハイライトの「全身麻酔」の「手術」は2日目だ。皮膚を切開してプレートとスクリューで関節を補強するやつだ。どうせなら高性能なメカを埋め込んで世界最強の右手に改造してもらうべきだったが、ついうっかりして頼みそこねてしまった。テレビでよく見る「手術着」に着替えて、病室から「手術室」にベッドに寝かせられて連行されるときは緊張の「ドキドキ」よりも「ワクワク」の方が勝ってしまっている。愉快で顔がへらへら笑っていたみたいで、エレベータで乗り合わせたばあちゃんが怪訝な顔で見ている。「手術室」に着くと、担当の医師が「麻酔で寝てる間に終わりますから」と説明してくれる。ふん!こんな貴重な体験なのに寝てる場合かよ!?ゼッタイ起きてて一部始終を見るのぢゃ!と気を張る。しかし麻酔を打つときに「はい、しみますよ~」と言われて、「ほんとだ。つめた~~~い・・・・・・・」・・・・・あとは記憶がない・・・(涙)。次に起きたときは、「震度3」の地震で目が覚めた。周囲がわいわい騒いでいるが、徐々に自分が今ビョーインにいて、不覚にも既に手術が終ってしまったことがわかってきた。看護師さんが「あっ!目が覚められましたね!奥さんも心配して来てくれてますよ~」と言っているが、ここでシンプルに起きてもつまらんので、記憶がなくなったフリをして「えー・・・あー・・・すみません・・・そこにいる綺麗な女性は誰ですかぁ・・・・」とカマしてやると、みんな大爆笑してる。まあ奥さんへのリップサービスにはなったが、みんなもちょっと何かおもしろくつなげろよ。手術当夜は「鈍痛」が結構激しくて、寝ることも困難であった。わたしは変なところで偏屈で、痛みぐらいでナースコールを押してたまるかと、うんうん唸りながら痩せガマンをしておった。こういうときにいつも「超能力」を発揮するのがうちの「ジェーンさん」で、面会時間をとうに過ぎているのにわたしの危機をなぜか察知して病室に駆けつけ、ナースセンターに行って状況を説明してくれたようだ。おかげできれいな看護師さんが来てくれて、おケツに坐薬を挿入してくれた(恥&嬉)。ほんとジェーンさんの超能力はすごくて、以前もわたしが残業続きで疲労しきって、ある日深夜3時ごろの帰り道の路上で気を失って倒れてしまったことがあった。そのときも、どういう能力で察知するのか、ジェーンさんが颯爽と現れて救ってくれたことがある。ほんまワタシには過ぎたすごい奥さんですわ。まあ書くことといえばこれぐらいで、あとは、ひたすら「ヒマ」っっっ!!!前回も書いたように、いくら負傷での入院といはいえ、休んだ仕事を誰かが代わりにやってくれるような素敵なシステムは零細企業にはないので、ビョー室にもパソコンやらモバイル端末やら資料やらの仕事道具一式を持ち込んではいる。しかし骨折している右手が使用不能なだけでなく、左手には点滴やら抗生剤やらの管が常につながってるし、足にも正体不明の装置がついていて、とてもわさわさと仕事できる状態ではない。読書すらままならない。本当は1週間ぐらいの入院が基本だといわれたが、冗談ぢゃない!!手術翌日には担当医師に「もう退院します」と宣言し、さっさと荷物をまとめて撤退しちゃいました。痛いとか言ってる場合ではないんだってば!!んなわけで、「人生初入院」はわずか3日でしたが、「痛み」と「血」と「ヒマ」との戦いでありました。人間健康がなにより一番だと、いつもながら痛感しますね。しかし、ビンボなワタシにとってもっとも痛いのは、「骨折」の痛みでも「注射」の痛みでも「手術」の痛みでもなく、「出費」の痛み・・・。今後の支払いも含めると20万円は超えることでしょう。昨年の「引越しビンボー」に引き続き、今年は「治療ビンボー」で、早くも年内の貯金は「完全消滅」。またまたバカンスは断念するしかなさそうです・・・(泣)。
2012年06月07日
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骨折しました。転倒しただけなんですが、太り過ぎでついた右手が過重に耐え切れず、右手首関節がほぼ粉砕状態でした。んなわけで、みなさん、体重オーバーには気をつけましょう。おわりっ!ってのもアレなので、折角のわたしの人生における「初入院」「初手術」でもあったので、もうちょい詳しく書いときましょう。ブサイクだしビンボーだしアタマもパーなのですが、「健康」だけがワタシの唯一無二の取柄でした。もちろん「骨折」も未経験でした。しかし、転倒して手をついた瞬間の「グギャッ」という異音と、直後に確認した右手首が、「あれ?人間の手ってこんな方向に曲がらないよね?」というカンジでプラー・トゥーのようにお辞儀しているのを見て、さすがにアホのわたしも「これは骨折してもうたな~」と直感しました。仕方なく至近の救急病院に歩いて行きますが、ちょうど当日は「日曜日」だったもので、整形外科医が非番とやらで、事務的に「よそをお探しください」。さすがに探してくれるかと思いきや、示されたのは非情にも「医療相談ダイヤル」の番号のみ・・・。そこに電話して症状を説明し、近いところで診察してくれる医療機関を探してくれや~と頼むと、無感情に「ではメモをご用意ください」とのクールなお声が・・・。お前はアホか!今右手首を骨折してるて言うたとこやろ!左手に電話持っててどうやってメモすんねん!と一瞬怒りに燃えましたが、まあこのねーちゃんは四六時中パニックになってる患者や家族が咆えまくっているのを聞いているわけだから、骨折ごときでいちいち感情移入してられんよね。仕方ないので、医療機関の名前だけ記憶して、あとはiPadで検索。はあ、これでも日本の医療はよその国よりは進んでいるんだろうから、文句を言うのはよそう・・・(溜息)。診察してもらうと、やはり「骨折」しかも全身麻酔による「手術」が必要なレベルとのこと。驚いたのは、あさっての方向にひん曲がった関節を、医師が「ぐぐぐぐぐぐいっっっっ!!」、と力技で矯正されたこと。いやー長く生きてきたが、あんな痛かったのは初めてだわい。フリッツ・フォン・エリックにアイアン・クローを喰らったらあれぐらい痛いんだろう。譬えが古過ぎるか・・・。ともかく、最後までギブアップしなかった自分を今回だけは褒めてやりたい。多分少なくともボブ・サップなら途中でタップしていたことだろう。ギプスでガチガチに固められて右手は使用不能となったが、仕事を休んだからといって代わりの人間が業務を肩代わりしてくれるような素敵なシステムは零細企業の当社にはないので、翌日から入院までは激痛に耐えながらも普通に勤務・・・(涙)。いやー、左手一本で仕事するって大変ねー!右利きだからいつも右手で使ってるマウスの操作が思うようにいかん。カーソルを合わせられんし、右クリックっていってもどっちなんだ??タイピングもうまくいかんしで、能率は1/4、疲労度は3倍ってとこか・・・。ごはんも上手に食べられんし、ペットボトルのキャップすら開けられん。幸いアレは左手でやるので問題ないのだが、こういう状況で男性しかわからん下ネタジョークはやめとこう・・・(汗)。いやはや、不自由なもんだね。思えばリック・アレンの偉大さを再認識するしかない・・・。あー、疲れた(このブログも左手一本で打っとるんで。入院⇒手術編は「後半」へつづく・・・。
2012年06月04日
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