PR
キーワードサーチ
コメント新着
フリーページ
とってもお久しぶり、の。
書きこみであります。
2月は、石垣島&西表島へ楽しく旅行に出かけ。
3月は、結婚して3年目に突入した私。
楽しいこと、いっぱい書こう!
ほのぼのと、思っていた矢先の出来事。
3月11日、金曜日。
私、金融機関で働いております。
千葉と東京の県境にて。
その時、たまたまお客さんは店内にはおらず。
もうすぐ3時。
3時になれば、窓口が締まり。
片付けが終われば、今週の仕事は、もう、終わり!
気持ちが、週末モードに切り替わりつつある時に。それは起こりました。
下から、突き上げられるような衝撃。
一瞬にして感じた、何か、ただごとでない事がこれから起きようとしていること。
揺れが始まり。
私の席の前に座っている上司と目を合わせ。
これは・・・まずい。
揺れは増し。
ビル全体が、揺さぶられる感覚。
それは長く。
机の下に潜れ!!!!!
聞こえた、怒鳴り声。
慌てて潜りこむ人もいれば。
倒れかかった棚を必死に押さえる人。
私は、足元が危ういながらも、
非常階段のドアを開け。
陶器が、割れて砕ける音。
急いで食器棚の開き戸に、ガムテープを貼り。
ああ、お客さんがいなくて本当によかった・・・
揺れがおさまった後のオフィスは。
ぐちゃぐちゃになった机の上。
金庫の中は、書類がすべて棚から落ち、散乱・・・
割れてしまったコーヒーカップやお茶碗・・・
外勤の営業マンの、安否確認。
30分程度で、全員と連絡が取れ、無事であることを確認。
次に、それぞれの家族への連絡。
みんな、電話やメールで連絡が取れたというのに。
私だけ、家族と連絡がなかなか取れなくて・・・
都内の高層ビル内で勤務している旦那さま。
千葉の埋立地にある、私の実家。
なにかあったのだろうか、という不安と。
何度も続く、余震の恐怖。
現物処理や、本部への報告業務、勘定合わせをしながらも。
心の中では、どうしよう、どうしよう・・・
最初に、連絡がついたのは、私の父親でした。
母親も無事だと聞いて、安心したものの。
いつものように おっとりとした口調の、父親から聞いたことは。
埋立地である実家の周辺は・・・
液状化。
こんなことは、長年住んでいるけど初めてのこと。
泥水が噴き出し。
電信柱は傾き。
近所には、半壊した家もあるとのこと・・・
しばらくしてから、旦那さまとも連絡がようやくつき、安堵。
職場の柱に、大きなヒビが入ってしまったとのことでした。
私が家に着いたのは、深夜のこと。
夜中に電車が復旧し動きはじめ、旦那さまと一緒に帰宅しました。
家の中も、あらゆるものが倒れてびっくりしましたが。
そんなことは、どうでもよくなってしまうくらいの。
地震の惨状。
テレビにうつるその映像は・・・
巨大な津波に飲み込まれ、押し流される、車、家・・・
あまりの衝撃な映像に、絶句・・・
私は、宮城県と福島県が大好きで。
旅行で何回も訪れた場所。
女川町の、海のすぐそばの旅館。
朝日を浴びながら、海を目の前に温泉に入った思い出。
松島を眺めた遊覧船。
地ビールを飲みながら、
日本ってやっぱ最高だなあーなんていっぱい感じた思い出。
相馬市の、海のそばの旅館。
夏の終わりで、ちょっと冷たかったけど、海にも入りました。
その旅館の夕飯は、相馬牛。
それが本当に美味しくて、
あまりにも美味しすぎて、食べ過ぎて・・・ ^^;
デザートのメロンを食べられずに、お部屋に戻ったら。
「せっかくですから~」と、
旅館の人が、わざわざメロンをお部屋に持ってきてくれた、思い出。
あの美しい場所や。
温かい人たちがいる場所が。
流されていく・・・
愛する家族を失った方々。
大事な人の安否を確認できない方々。
家を失ってしまった方々。
会社や工場を流されてしまった方々。
地震が起こった日の夜中、
いろんなことを思い、泣きました。
この地震は。
ただごと、ではなく。
ひとごと、でもない。
私にできることを、少しでもしたい。
強く、思った、夜。
そして、ただ、生きているだけで、幸せだということ。
しみじみ、実感した夜でも、ありました。
アメーバブログにてブログ開設☆ 2022年01月27日 コメント(1)
サンダルにお絵かきしてみたら可愛らしく… 2021年06月18日
今、生きている幸せを・・・ その2 2011年05月01日