小5頃 教室には 担任の机が在った。
机上にはハサミ、定規などが有って 借りて使った記憶…
Mという同級生の女子が僕に言う
「アンタ 喋り方がオカシイよ!
貸して下さい ハサミを…
普通はね!
ハサミを 貸して下さい でしょうが…!」
は、・・・?
僕は キョトンとする ??????
何で?
普通に喋っているんです・・・ と思う
Mは高校の頃 見掛けなくなったので同級生に尋ねたら
宝塚に受かったらしい、所謂美女だった
’
大昔の事です・・・
’
’
何故こんなことを思い出したかといいますと
タイ語の文法は 閉めるドア(pitt puratwu)なのです
ドアを閉める では無いのです
処が、60年も日本に居ますと日本語の文法でタイ語の単語を当てますから相手に伝わらないんです、シバシバ怪訝な顔されるんです。
滝⇒nam tok 水 落下((水落下で滝の意味
落水⇒ 日本語は、水 に 落ちる =nam tok(滝の意味になってしまう)
落tok水nam Tok nam=水に落ちると成る タイ語
て、に、お、は、が無いタイ語
日本語は難しいと言う学生、&日本語学んだ人は言う
’
子供の頃は日本滞在がが短い
従って、
無意識に 前世の話法 なの かもしれないと気が付いた!
*5歳頃まで前世の記憶が鮮明な幼児は世界中に見られる現象です。
’
子供の頃から苦瓜が気になったり、芭蕉が好きでしたし、ゴムの木等、葉が大きい植物に惹かれた、社会人になってからも椰子実に芽が出ているのを求めたり、所謂観葉植物が好みでした。
’
大阪万博(40年以上昔)で、台湾パピビリオン、或いはフイリピン娘が気になったり、タイの建物が強く眼に付いたり、屋根が独特です、南方の風物に魅力が感じられました。
20年前初めてバンコクに着いたとき’甘い空気に”魅了された。
でも、バンコクや、パタヤビーチには何の魅力も感じなかった。
が、翌年もやって来た。
朦朧たる、曖昧な魅力、明確な感覚が呼び戻される事は起きなかった。
鎌倉で友人と雑談中、話がタイに及んで、
その友人が、チエンマイを”好い所よ~”と伝えてくれたが、行った事も無い名前は聞きしっていたが、未訪問都市…。
そして、
数度目のタイ訪問、バンコクで時間が余った、鎌倉の友人の言葉を思い出した。
行く予定は 立てていなかったが、
・・・・ ・・・一度行ってみるか~・・・
で、飛行機が山裾の飛行場に降り掛かった時
着地していないのに
懐かしさ 確信 ここだ~!!!
此処こそ僕が住むべき場所だ!内心から湧き上がる確信
故郷へ帰った気分がしました
落ち着くんです
’
13年前の事です 以降度々訪問する事になってしまった
12年前 永住を決意しました
当時伊豆に居たんですが寒さが堪えます15℃切ると体が硬直して動かない布団から抜けられないのです。
折角手入れした伊豆の家ですが、北タイに永住決意。
そのようにして、前世過ごした確信が自分の中では固まった。
こういうことは 傍証になるかしら??
自分ではそれらの断片を繋ぎ合わせれば
整合性
ジクソーパズルの絵柄が顕れたと
思えて仕方ないんです・・・・・
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何かで読みましたが 最終住処は天が教えてくれると…
・・・・ そうかもしれません 時期が来れば・・・!!!
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elsa.さんComments
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