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フォト容量が一杯になりそうなので、引っ越しをします。「テツタビ from 関西 next」第2期っぽいタイトルですが、そんな大したもんじゃありません(笑)
2011年05月02日
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続きです。児島駅から先は、「バースデイきっぷ」が使えないので、普通の切符を使用します。12:10発 ↓本四備讃線・宇野線・快速『マリンライナー28号』 岡山行 ↓(茶屋町駅まで本四備讃線)(撮影:児島駅)JR西日本223系 ↓高松駅始発の快速『マリンライナー』に乗車です。現在、『マリンライナー』の自由席は、JR西日本の新快速と同じ、223系で運転されています。ただ、最後尾(高松側)の1両だけは、JR四国5000系が使われており、グリーンと指定席になっています。(撮影:岡山駅) ↓12:32着岡山駅で、ゆっくりと昼食を取りました。最初から、そのために乗り継ぎ時間をたっぷり取ってあったんです。さて、新幹線ホームで待っていると、向かい側のホームに、100系新幹線が停車していたので、気付いたら写真を撮っていました(汗)かつては、「二階建て新幹線」として一世を風靡したこの車両も、今では、二階建て車両はなくなり、編成が短くなって(現在6両)、山陽新幹線の岡山以西で「こだま」として使用されているだけですからねえ……その一方、俺が乗ろうとしていたのは、3月12日に、派手にデビュー……するはずだったのが、東北地方太平洋沖地震のため、ほとんどニュースにならなかった、山陽新幹線・九州新幹線直通N700系「みずほ」「さくら」。デビューして1週間ちょっとで乗るのは、俺としては早い方です。13:53発 ↓山陽新幹線『さくら558号』 新大阪行(撮影:岡山駅)新幹線N700系 ↓俺が乗ったのは、先頭の8号車指定席。 座席は、自由席は従来どおり2列×3列ですが、指定席は「ひかりレールスター」と同じく2列×2列です。東海道新幹線では、JR東海の意向により、作らせてもらえない、普通車の2列×2列シート。JR西日本の「ひかりレールスター」でも、「ゆったりしている」ということで、人気があります。表示も見やすく、壁は木製です。テーブルも表面は木製。デッキにいたっては、壁が木製なのはいいとして、曲線をふんだんに使ってあります。さすが、JR九州の車両の斬新なデザインを手がけている、水戸岡鋭司氏が車両監修に関わっているだけあります。こんな車両なら、また乗ってみたいですね。 ↓14:44着(実際には14:47着)俺は先頭の8号車の前方のドアから、一番先に降りたので、新大阪駅でも、こんな写真↓を撮れましたが……まあ、まだデビューして1週間ちょっとですので、ホームはすぐに、こんな状態になりました(汗)途中の駅でも、カメラ構えてる人、たくさんいましたけどね。今回の旅はこうして、普段よりもちょっとリッチでした。おかげで、あまり疲れず、余裕のある旅行でした。
2011年03月22日
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続きです。3月21日(祝・月)この日は、松山から帰るだけです。が、もちろん、帰るだけでも、鉄道を楽しみます。【勝山町】8:31発 ↓伊予鉄道城南線・大手町線(5系統) 松山駅前行(撮影:松山駅前電停)伊予鉄道モハ50形 ↓8:45着【松山駅前】分厚い雨雲に覆われ、雨も降って薄暗い中、松山駅に来ました。9:15発 ↓予讃線・本四備讃線・特急『しおかぜ12号』 岡山行 ↓(宇多津駅から本四備讃線)(撮影:松山駅)JR四国8000系 ↓ 俺が乗ったのは、先頭の8号車。の、さらに前半分の、グリーン車。グリーン車乗り放題のバースデイきっぷですからね。ちなみにこの岡山行き『しおかぜ12号』(5両編成)は、後ろに、高松行きの『いしづち12号』(3両編成)を併結していて、瀬戸大橋の手前の宇多津駅で切り離されます。では、切り離された後の、真ん中部分はどうなっているかと言いますと……(撮影:岡山駅)貫通型の先頭車は、こうなります。急にカッコよくなくなりますが……(汗)俺、JR四国の特急列車の中では、この8000系のデザインが大好きなんです。(特急『しおかぜ』には、2000系を使ったアンパンマン列車も運転されています)まず、俺が乗ったグリーン車ですが……俺の席は一番前だったんですが、テーブルの表面は難燃性の木板。フットレストももう一段引き出せます。フットレストの脇には100Vのコンセントもあります。シートの肘掛けや背面、そして床も、木です。そして普通車指定席は、「S-seat」と呼ばれる、これも木製の座席になっています。シートの色は、車両によって、青色とオレンジ色の2種類。指定席車両のデッキも豪華です。ここも木をふんだんに使っており、ドアの内側には雅な絵が描かれています。さらに驚くなかれ、洗面台は、愛媛県の砥部焼です。デザインは車両ごとに違います。これ、JR九州の観光用特急や、その他JR各社のジョイフルトレインなど、観光客を狙って豪華にした特急列車とは違い、普通の特急ですからね。ですからまあ、自由席車両は、他の一般的な特急と同じようなレベルの座席なんですけどね。今回、俺が乗ったのはグリーン車でしたが、指定席(S-seat)でも、充分にハイレベルな車両です。まあとにかく、この8000系のグリーン車で、本州を目指しました。左手には、瀬戸内海が見えます。宇多津駅で後ろの3両(高松行き特急『いしづち12号』)を切り離し、前5両だけで、瀬戸大橋を渡ります。瀬戸大橋は2階建て構造で、上が高速道路、下が鉄道になっています。というわけで、鉄道からは、鉄骨だらけで、あまり景色がよくありません。線路はこんなふうになっています。瀬戸大橋を渡り終え、岡山県に入り、最初の駅である児島駅で降りました。 ↓11:48着というのも、バースデイきっぷの有効範囲は児島駅までなので、ここから先は、乗車券、特急料金、グリーン料金が、別途かかってしまうんですよね。「バースデイきっぷ」はJR四国の商品なので、本州では使えないというわけです。さらに、有効範囲は児島駅までですが、児島駅自体はJR西日本の駅なので、児島駅ではバースデイきっぷを買うことはできません。続きは次に書きます。
2011年03月22日
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続きです。松丸駅から。16:54発 ↓予土線・予讃線・普通 宇和島行 ↓(北宇和島駅から予讃線)(撮影:宇和島駅)国鉄キハ54形 ↓先頭には、ドキンちゃんが描かれています。さて、この列車、1両編成のはずですが、後ろにトロッコ列車が1両、連結されていました。土日祝日を中心に、トロッコ列車『清流しまんと号』が連結されていて、510円の指定券をプラスすると、トロッコ列車に乗ることができます。ただし、四万十川がよく見える一部区間だけですが。この便の場合、土佐大正-江川崎間だけ、『清流しまんと1号』として運転されており、乗ることができます。俺が乗った松丸駅では、すでにトロッコへの乗車区間は終わっていましたが。 ↓17:52着宇和島駅に到着しました。乗り換えるだけなので、特にどこにも行きませんでしたが。18:08発 ↓予讃線・内子線・特急『宇和海24号』 松山行 ↓(新谷駅-内子駅間、内子線)(撮影:宇和島駅)JR四国2000系 ↓後ろはこんなんです。 ヘッドマークは愛媛県のキャンペーンの「愛」マーク。この列車は、グリーン車がなく、1号車が、指定席と自由席に分かれています。青いカバーが指定席、白いカバーが自由席です。天井には、その境界に、このような表記があります。 ↓19:29着こうして松山駅に到着しました。泊まるホテルは繁華街に近い勝山町にあるので、路面電車に乗ります。【松山駅前】19:44発 ↓伊予鉄道大手町線・城南線(5系統) 道後温泉行(撮影:松山駅前電停)伊予鉄道モハ2000形 ↓19:58着【勝山町】路面電車は150円均一です。勝山町電停から、徒歩数分の所にあるホテルにチェックインしました。で、お風呂に入る準備だけして、再び路面電車に乗り、雨の中、道後温泉に向かいました。【勝山町】20:22発 ↓伊予鉄道城南線(3系統) 道後温泉行(撮影:道後温泉駅)伊予鉄道モハ50形 ↓床は木の板張りですよ。 ↓20:29着【道後温泉】こうして、道後温泉駅に着きました。今回は、この道後温泉本館には、入りませんでした。道後温泉で、鯛めしを食べようかと思っていたんですが、路面電車の最終(道後温泉駅22:10発)に遅れると大変なので、お風呂を優先しました。道後温泉駅から道後温泉本館までの、道後ハイカラ通りの途中、ハイカラ通りが右に曲がる所にある、「椿の湯」に行きました。ここは、道後温泉の別館というか、姉妹店みたいな所です。入浴料は360円と安いですが、タオルはもちろん、石鹸、シャンプー、リンスは一切備え付けてありません。(シャワーはあります)更衣室も10円のロッカーで、ドライヤーも10円が必要です。浴槽は花崗岩でできていまして、露天風呂やジャグジー、サウナなどはありません。窓もありませんので、外の景色が見えないのも、本館と同じです。そして、水深が深いのも、本館と同じ。浴槽の床にお尻をついて座ろうとすると、俺の身長でも、顎まで浸かります(汗)本館と違い、浴槽は、男女1つずつしかありません。本館は明治27年(1894年)に建てられましたが、この「椿の湯」が建てられたのは、昭和27年(1952年)で、戦後です。まあ、それにしても、いい湯でした。あとはホテルに帰るだけです。【道後温泉】21:30発 ↓伊予鉄道城南線(5系統) 松山駅前行(撮影:道後温泉駅)伊予鉄道モハ2100形 ↓新しくて綺麗な車両です(でも定員が少ないらしい)。 ↓21:37着【勝山町】続きは次に書きます。
2011年03月22日
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続きです。高知城から高知駅までの帰りは、路面電車に乗りました。10:40発 ↓土佐電鉄伊野線 後免町行(撮影:高知城前電停)土佐電鉄600形 ↓後免町行きは、平仮名で「ごめん」と表記されています。 ↓10:44着土佐電鉄は、高知市内は190円均一です。はりまや橋電停で降りる時に190円を支払って、乗り換えをすることを運転士さんに告げて、乗換券をもらいます。この、はりまや橋交差点では、南北に走る桟橋線と、東西に走る伊野線・後免線が、十字に交わる、ダイヤモンドクロスになっています。桟橋線の乗り場に行って、乗り換えです。10:48発 ↓土佐電鉄桟橋線 高知駅前行(撮影:高知駅前電停)土佐電鉄200形 ↓10:53着乗り換える前の電車を降りる時にもらった乗換券を運賃箱に入れて降ります。こうして高知駅に戻ってきました。高知駅1番ホームで、鉄道ファンでないような親子連れが、カメラを構えている所に入ってきた列車は……11:34発 ↓土讃線・特急『南風3号』 中村行(撮影:高知駅)JR四国2000系 ↓南風アンパンマン列車 グリーンです。 土讃線には、もうひとつ、南風アンパンマン列車 オレンジも走っています。(形は同じだが土佐くろしお鉄道所有車)1号車の後ろ半分の普通車指定席は、アンパンマンシートになっています。みんな大好きアンパンマン!……でも俺が乗ったのは、せっかくのバースデイきっぷなので、1号車の前半分の、グリーン車。グリーン車には、アンパンマンはいません。(まあ、そりゃそうだわな)高知駅を出た後、戸田恵子さ……じゃなくて、アンパンマンから、ご乗車ありがとうございます、という内容のご挨拶があります。さて、このグリーン車で、俺は、高知駅で買った駅弁を食べました。時間的にも、ちょうどお昼時でしたし。ホームのキヨスクで、残り1つになっていた、人気の駅弁が、これ。『かつおたたき弁当』(1050円)。最初、箱が二つ並んでいて、別々の商品かと思っていたら、キヨスクのおばさんに、「これでセット」と言われました(笑)で、この弁当のフタは、真ん中から観音開きになっていました(汗)箱は一つだった。中身ですが……タタキの方には、ちゃんと保冷剤も入っていましたので、冷たいし、傷みません。タタキにかけるタレは、醤油とポン酢の2種類が入っていました。美味しかったですよ、これ。まさか鰹のタタキがそのまま入っているとは……アンパンマン列車は、土讃線を快調に西へと向かいました。ほとんどが山間部ですが、途中、海が見える所もあります。 ↓12:47着窪川駅で下車しました。この頃には、雨が降り出していました。窪川駅はJR土讃線と、土佐くろしお鉄道中村線の境界駅ですので、それぞれの駅舎があります。でも、土佐くろしお鉄道中村線は、元国鉄の路線ですし、現在も、特急列車は土讃線と直通運転をしているので、ホームは一部共有しています。ここから先は、普通列車しか走っていないので、バースデイきっぷでリッチな旅をしようにも、できません。普通列車に乗ります。13:28発 ↓土佐くろしお鉄道中村線・JR予土線・普通 宇和島行 ↓(若井駅まで土佐くろしお鉄道中村線)(撮影:窪川駅)国鉄キハ32形 ↓JR予土線は、愛称をしまんとグリーンラインと言い、何度も蛇行を繰り返す清流・四万十川を串刺しにするように、線路が敷かれています。というわけで、列車の右側、左側、どちらの席からでも、四万十川を見ることができます。列車の本数も少ないし、このようなロングシートの列車がほとんどですが、車窓風景は美しい路線です。 ↓14:42着途中の松丸駅で下車しました。この駅のホームの2階には、無料で利用できる足湯があります。この松丸駅は、「森の国ぽっぽ温泉」という温泉施設が駅舎になっています。入浴料は500円。ボディーソープ、リンスインシャンプーは備え付け、タオルは販売です。ジャグジーに打たせ湯、露天風呂、サウナと、一通りそろっています。なお、休憩室もありますので、お風呂上がりに休むこともできます。前回ここを訪れた時には、あまり時間がなかったのですが、今回は約2時間あるので(というか、次の列車が2時間後……)、ゆっくりできました。続きは次に書きます。
2011年03月21日
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続きです。大歩危駅から。15:42発 ↓土讃線・特急『南風13号』 宿毛行(撮影:高知駅)JR四国2000系 ↓ せっかく、グリーン車乗り放題の「バースデイきっぷ」なので、リッチにグリーン車に乗りました。(というか今までの特急には、グリーン車が付いてなかった)グリーン車は、1号車の前半分で、後ろ半分は普通車指定席になっています。グリーン車と普通車の間には壁があり、部屋として分かれています。(もちろん、ドアはありますが)俺の席は1列席の一番前。いやあ、やっぱり、グリーン車に乗ると、ブルジョワな気分になりますね。……それくらいでブルジョワな気分になる時点で、ブルジョワじゃないですけどね(汗)で、気持ちがよすぎて、いつの間にか寝てました(汗)気が付いたら、高知駅に着いてました(滝汗)起きなかったら、そのまま宿毛まで行ってるところでした。 ↓16:38着こうして、高知駅に着きました。いったん、高知駅前のホテルにチェックインしました。そしてちょっと休憩して、いい時間になってから、夕食を食べに行きました。駅前から徒歩20分くらいの所、高知城の近くに、ひろめ市場という所があります。たくさんのお店が入っている屋台村です。ここにあるお店で料理を注文し、自分で適当な席に着いて食べる形式です。この中で俺が行ったのは、明神丸というお店。長い行列ができていて、並んでいる間に、お兄さんがメニュー表を持って、注文を取りに来ました。藁を燃やした火で、鰹のタタキを作っている様子が実演されています。俺が注文したのは、たたき定食(たれ)、800円。タタキもぶ厚く切ってあります。いやあ、美味しかったですよ。やっぱり、土佐に来たら、鰹のタタキを食べないと(笑)この日の予定はこれで終わりです。3月20日(日)この日は9時頃にホテルを出ました。高知駅のコインロッカーに大きな荷物を預けてから、徒歩で高知城に向かいました。高知城までは、徒歩30分ぐらいかかりますが、時間もあるので歩いて行きました。途中、はりまや橋に寄りました。まあ、小さな橋です。さて、高知城が見えてきました。堀も現存しています。追手門。追手門の前に、「国宝高知城」と彫られた碑がありますが、現在は国宝ではなく、重要文化財です。(1950年に国宝の基準が変わったため)関ヶ原の合戦後、長宗我部氏の所領であった土佐一国が没収され、そこに入国した、山内一豊が建てたのが、高知城です。↑山内一豊と、↓その妻・千代の像。時代は変わって、板垣退助の像もあります。板垣退助像の背後に、高知城が見えます。この板垣退助像の脇から、天守に向かって、石段を登っていきます。俺は高知城の姿は、この角度↓が一番好きですね。さらに石段を登って、ついに、天守にたどり着きました。高知城の天守は、現存12天守の一つで、重要文化財に指定されています。入場料は400円で、中に入る際には、靴を脱ぎます。入ってすぐの所に、大河ドラマ『功名が辻』で、千代役の仲間由紀恵さんが着用した衣装が展示されていました。俺の前にいたおじさん、「匂い、残ってないかな……」って、何か変態的なことを言ってました(爆)その次の所が、書院造になっています。一段高くなっている所が、殿様の部屋です。天守の中では、山内氏の歴史や高知城について、説明されていました。天守ではなく、隣の建物には、長宗我部氏や一領具足の説明もありました。最上階まで登りました。高知の市街地が見下ろせます。こうして、高知城の見学を終えました。続きは次に書きます。
2011年03月20日
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続きです。阿波池田駅から……13:32発(実際には13:35発) ↓土讃線・特急『南風9号』 高知行(撮影:阿波池田駅)JR四国2000系 ↓この列車は3両編成で、1号車のみが指定席です。車窓風景も、いいです。 ↓13:51着(実際には13:54着)大歩危駅に着きました。この大歩危駅のコインロッカーに大きな荷物を預けて、駅前から、四国交通バスに乗りました。このバスは阿波池田駅が始発で、久保という所まで行きます。定刻の14:08、大歩危駅前を出発!そこから、祖谷(いや)渓の山間部を、カーブを繰り返しながら、どんどん山の中に入っていきます。なので、酔い止めを飲んでおきました。約25分、14:30過ぎに、バスは、かずら橋バス停に到着しました。阿波池田駅から640円。運賃を払って降りようとすると、運転手さんが、帰りの時刻と、かずら橋までの行き方を、聞いてもいないのに教えてくれました。親切!バス停からかずら橋までは、徒歩数分あります。さて、こうして、かずら橋に着いたわけですが……かずら橋を渡るには、500円必要です。そして、やはり観光地なので、団体の観光客がいっぱい。高所恐怖症ではありませんが、人並みに高い所が怖い俺。横の手すりに両手でつかまり、へっぴり腰で渡り始めました。この西祖谷のかずら橋は、蔦などのツルを使って作られた吊り橋で、長さ45m、幅2m、谷底からの高さ14m。日本三奇橋のひとつです。たくさんの観光客が通るため、現在は3年に一度、架け替えられているそうです。人が一人通るだけでも揺れるらしい、このかずら橋、たくさんの観光客が通るので、揺れること揺れること。そのうち、橋が揺れているのか、自分の足が震えているのか、よく分からなくなってきました(汗)俺はもう、両手でしっかりとつかまりながら渡ったんですが、平気な人は、橋の真ん中を、どこにもつかまらずに、スタスタと渡っていました(汗)かと思えば、団体で来た観光客の中には、どうしても渡れない人もいたり……だって、ねえ、こんなん見たら、ビビりますって。でも、撮影する時には、どうしても手すりから片手は離さなければならず、カメラを持つ手も片手になるので、怖いのと、カメラを落とさないようにするのとで、必死でした!(汗)もうね、靴下が汗でぐっしょりとなっているのが分かりました。実際には、インディ・ジョーンズみたいに、床の木が腐って落ちない限り、たとえ足を踏み外しても、この間隔なら、下に落ちることはないんですけれども、それは分かっていても、ねえ…… 怖いですよ。ようやく渡り終えると、左折して徒歩1分くらいの所に、琵琶の滝と呼ばれている滝があります。琵琶の滝で、カップルに、写真を撮ってください、とお願いされ、撮ってあげたんですが、俺、一人なのに、「撮りましょうか?」とは言われませんでした(汗)まあ、言われたとしても、俺、自分が写ってる写真は撮らないんですけどね。この祖谷渓には、平家の落人伝説がたくさんあり、かずら橋も、追っ手が来た時に、すぐに切って逃げるために、蔦で作ったんだとか何とか、色々な説があります。まあ確かに、平家の落人が隠れて過ごすには、これくらい険しい山奥でないといけなかったんでしょうね。このかずら橋は、一方通行でして、帰りは、その近くにある、車も通れる普通の橋を渡って帰ります。その橋の上からも、かずら橋が見えます。帰りは、かずら橋バス停を15:10に発車するバスに乗りました。バスの運賃、往復1280円、橋の渡し賃500円、合計1780円払って、あんな恐怖体験をしてきた俺は、ドMですね(笑)15:30過ぎ、大歩危駅に到着。コインロッカーから大きな荷物を回収して、ホームに出ました。ホームにも、かずら橋のオブジェがあります。続きは次に書きます。
2011年03月20日
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続きです。高松駅から、バースデイきっぷを使った鉄道の旅が始まりました。8:22発 ↓高徳線・特急『うずしお3号』 徳島行(撮影:高松駅)JR四国2000系 ↓ 車内はこんな感じで、1号車の前4列だけが指定席で、1号車の残りと2号車は自由席です。指定席はカバーが青色、自由席は白色になっています。自由席でも十分空いているんですが、せっかく乗り放題のバースデイきっぷなので、指定席を取りました。非電化単線の高徳線を南下していきます。この2000系は振り子列車です。そして、徳島駅までもう少しという所の、池谷駅で降りました。 ↓9:21着ここは高徳線と鳴門線の分岐点になっています。というわけで、ここで乗り換えです。9:34発 ↓鳴門線・普通 鳴門行(撮影:池谷駅)JR四国1000形 ↓車内は、ロングシートとクロスシートがこのように左右非対称に配置されています。 ↓9:51着これで、JR四国内で唯一未乗だった鳴門線に完乗し、これにより、JR四国全線完乗達成!です。駅舎の隣にあるオブジェ。ホーム上には、こんなものが。さて、再び、元来た鳴門線を戻ります。10:50発 ↓鳴門線・高徳線・普通 徳島行 ↓(池谷駅から高徳線)(撮影:鳴門駅)国鉄キハ40形 ↓11:30着こうして徳島駅に着きました。駅の売店で駅弁を買い、次の列車に乗りました。12:01発 ↓高徳線・徳島線・土讃線・特急『剣山5号』 阿波池田行 ↓(佐古駅-佃駅間が徳島線)(撮影:徳島駅)国鉄キハ185形 ↓この『剣山5号』には、土曜、休日を中心に、1号車と3号車の間に、2号車として、「ゆうゆうアンパンマー」が連結されています。この「ゆうゆうアンパンマンカー」の車内はどうなっているかと言いますと……半分は、アンパンマンシートの指定席になっています。そしてもう半分が、お子様用のプレイルームになっています。ヘッドマークも、特別のアンパンマン仕様。普段のヘッドマークは、これです。でも、俺が乗った1号車や、3号車は、普通の座席です。この1号車も、一部だけ指定席で、残りは自由席です。 「ゆうゆうアンパンマンカー」が連結されているので、車内放送の前のチャイムが、アンパンマンの歌になっています。また、切符の車内検札の際、車掌さんが押してくれるスタンプも、アンパンマン。さて、この車内で、徳島駅で買った駅弁を食べることにしました。『阿波地鶏弁当』(950円)甘い照り焼きソースがかかった地鶏です。この徳島線は、愛称を「よしの川ブルーライン」と言い、四国三郎とも呼ばれる吉野川沿いを走っています。 ↓13:15着こうして、、徳島県山間部の中心、阿波池田駅に到着しました。続きは次に書きます。
2011年03月19日
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3月19日(土)自分の誕生月に、1万円でJR四国・土佐くろしお鉄道内の、特急グリーン車が乗り放題になる、バースデイきっぷを使って、四国旅行をしています。四国へは、三宮-高松間を運行しているジャンボフェリーで行きました。三宮駅前からフェリー乗り場まで、バス(200円)で10分。23:40頃にフェリー乗り場に着きました。乗船券(片道1800円)を買って、乗船口に並びました。安くて、夜中に走る(1日4往復)このフェリーは、こういう連休の前日の夜の便は、乗客でいっぱいになります。0:10頃、『りつりん2』が三宮港に着岸し、高松からの乗客が降りてきました。0:30、乗船開始。俺は横になれるカーペットの席を取りました。普通のリクライニングシートの部屋もあります。ラウンジなどもありますが、とにかく寝ることにしました。大型時刻表にタオルを巻いて枕にして、お腹には、大きめの膝掛けを掛けて寝ました。0:55、『りつりん2』は三宮港を出港し、明石海峡大橋の下を抜け、小豆島の脇を通り、5:00、高松東港に到着しました。高松東港からJR高松駅までは、無料送迎バスが出ています。所要時間は約10分。こうして四国に上陸。高松駅に着きました。しばらく高松駅で時間を潰してから、駅前にある高松城跡に行きました。天守閣はありませんが、堀や石垣、そして櫓が残っています。これが、月見櫓。城の反対側には、艮(うしとら)櫓があります。これらの二つの櫓は、重要文化財に指定されています。艮櫓の近くにある、旭門と旭橋。現在、高松城跡は、玉藻公園として公開されています。この時期は6:30から開いているので、入園料200円を払い、玉藻公園内に入りました。入ってすぐの所に、水門があります。というのも、高松城は、日本三大水城のひとつに数えられ(他の二つは、今治城(愛媛県今治市)、中津城(大分県中津市))、日本で唯一、外堀、中堀、内堀の全てに、海水を取り込んでいるからです。その証拠に、下の写真は、堀の中から月見櫓を見たものですが、すぐそばがもう海です。(写真の真ん中に、宇野(岡山県)行きのフェリーが見えます)玉藻公園の中央部は、内苑御庭になっています。やはり水城ということもあって、堀は立派です。高松城は、別名・玉藻城と呼ばれ、最初は、生駒氏、江戸時代は松平氏が治めていました。さて、ここから先は、ネタ写真。内苑御庭にあった、この、石から生えている松……岩のわずかな亀裂の隙間から根を伸ばしているんだそうです。そしてこの高松城の堀は海水なので、鯛が放流されています。そして……誰がそんなうまいこと言えと(笑)さて、高松城跡はこれくらいにしておいて、公園内を歩き回って小腹も空いたので、高松駅のすぐ近くにある、讃岐うどんのお店に行きました。このめりけんやさんは、讃岐うどんのお店によくある、セルフサービスの店で、朝7:00に開店です。俺は、かけうどん1玉(190円)を頼み、無料のネギと天かすを入れ、トッピングのきつね揚げ(100円)と竹輪天(100円)を付けました。さて、讃岐うどんも食べたので、いよいよバースデイきっぷを使った鉄道の旅の始まりです。続きは次に書きます。
2011年03月19日
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続きです。2月13日(日)この日は、帰るだけです。桃園空港行きのリムジンバスは、ホテルの前のバス停から出ています。(↑ホテルの窓から撮影)写真を見ても分かりますように、ホテルの前のこの大通りは、日本の路面電車の駅のように、バス停は道の端ではなく、道の中央にあります。バスは前払いで、両替もできなければお釣りも出ないので、ホテルのフロントで精算した後、両替してもらいました。バス停で待っていると、空港行きの國光客運のバスがやって来ました。バスの入口で荷物を見せると、運転手さんが降りてきて、荷物をトランクに入れてくれました。このバスは、来た時の『國光號』ではなく、停車バス停がたくさんあり、時間がかかる分、料金も安くて、83元です。バスに乗り込むと、運転手さん、「Eighty-three」と英語で言ってきました。国際空港行きのバスなので、英語なんですね。8:46、バスはホテル前のバス停を発車しました。このバスの座席は2列-2列でした。高速道路を通り、9:30、桃園国際空港第2ターミナルに着きました。出発ロビーに行って、JALのカウンターを探しました。e-チケットを見せてチケットを発券してもらい、荷物を預けると、おねいさん、「割れ物など入っていませんか?」と、日本語で聞いてきました。直前まで隣のカウンターのおねいさんと中国語で話していたので、台湾人だと思うんですが、さすが日本語話せるんですね。心配性なので早く空港に着きすぎたし、空港も全然混んでいなかったので、搭乗口の前まで行ってから、すごく暇でした。さて、これが、俺の乗ったJL816便(12:30発)、B767-300です。搭乗すると、隣は行きと同じく、台湾人のおばさんでした。でも、日本に親戚が住んでいたり、本人も日本に住んでいたことがあるらしく、日本語はとてもお上手でした。12:26(日本時間13:26)、ボーディングブリッジを離れ、12:36、いよいよ離陸しました。ここから、1時間プラスして、日本時間で書きます。せっかく窓側の席で、昼間のフライトだったのに……ずっと雲の上(汗)14:12、機内食が配られました。九州の上空でようやく下が見えてきましたが……噴火活動中の新燃岳は、雲の下で、見えませんでした。進行方向左側に見えるはずなので、雲さえなければ、見えたんでしょうが。ちょうどその付近に近付いている時に、機長からの挨拶があり、「新燃岳の近くを通りますが、火山灰等の影響はありません」って言ってました。15:33、北側から関西国際空港に着陸。15:35、駐機場に到着しました。こうして、無事、日本に帰着しました。台湾は暖かかったですし、観光地なら日本語も通じるので、けっこう行きやすいですね。また機会があれば、今度はもっとゆっくり行ってみてもいいかな、と思いました。
2011年02月24日
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続きです。孔子廟の見学を終えて、圓山駅から。14:49発 ↓台北捷運淡水線14:55着本当はこのまま改札を出ずに乗り換えればいいんですが、どうせ1日券なので、改札を出ました。台北駅を外から見たかったので。ただそれだけの理由です(汗)さて、再びMRTですが、今まで乗ってきた、南北に走っている淡水線ではなく、東西に走っている板南(バンナン)線を、東に向かいます。15:16発 ↓台北捷運板南線15:26着この市政府(シーチェンフー)駅から、南に向かって歩いていくと……こんな高いビルが、建物の間から見えてきます。市政府駅から徒歩10分ぐらいあるので、無料シャトルバスも出ているそうです。さて、こうして着いたのが、世界第2位の高さを誇る、TAIPEI101です。TAIPEI101は、1999年から2004年にかけて建設された、台北国際金融センタービルで、高さは地上509.2m、地上101階、地下5階という、2008年まで世界一の高さだった複合ビルです。(現在の世界一は、アラブ首長国連邦ドバイにある、ブルジュ・ハリファというビルで、高さ828.0m、160階建てです)このビルの形は、竹をイメージしているそうです。とりあえず、高いビルは、登っておかないといけません。中に入ります。地上1階から5階までは、ショッピングモールになっており、レストランなどもあります。そして5階から、89階の展望台へのエレベーターに乗ることができます。チケット売り場に行くと、おねいさんに、「今日ハ89階マデデ、悪天候ナノデ91階ヘハ行ケマセン」と言われました。89階は屋内の展望台なのですが、91階は屋外展望台なので、天気が悪いと閉鎖されます。400元のチケットを買って、エレベーターの待ち列に並びました。何か、列に並んでいる半分近くは日本人だったような気が……列の途中に、写真撮影のカメラがあり、そのカメラで撮ってもらうと、89階の売店で、TAIPEI101の横に自分が立っている構図の、合成写真を買うことができます。まあ、俺は、そんなこっ恥ずかしい写真、買いませんでしたけど。さて、俺の順番になり、いよいよエレベーターに乗り込みます。一度に乗り込める人数は10数人ぐらいですかね。エレベーターの中に入ると、エレベーターガールならぬ、エレベーターボーイがいました。ドアが閉まると、エレベーターの箱の中が暗くなり、天井がプラネタリウムのようになりました。そして、液晶画面に、現在の階、高さ、上昇速度、到着までの残り時間が、表示されるようになっています。が、このエレベーター、5階(高さ25m)から89階(382.2m)まで、84階分357mを、何と37秒で昇りますので、アッという間です。速さにすると、分速1010m(時速60.6km)という高速でして、世界一速いエレベーターとして、日本の横浜ランドマークタワーのエレベーターを抜いて、ギネスブックに認定されています。(降りる時は、サンシャイン60のエレベーターと同じ、時速36.0kmです)嘘か本当か知りませんが、動いているこのエレベーターの床に、コインを縦にして置いても倒れないくらい、振動がないんだとか。もちろん、昇り始める時と到着する時は、ゆっくりになるので、上昇している、ウッ、と来る感覚はなかったんですが、耳は少しツーンと来ました。そしてこのエレベーターは、東芝製らしいです。さすが東芝!(MADE IN JAPANだと、納得してしまう俺)さて、こうして89階に着きましたが……360度、ガラス張りなのですが、目の前は真っ白(汗)下を見てもこんな感じで、遠くまでは見渡せませんでした。天気が悪かった……この89階には、オーディオガイドもあり、日本語もOKですが、俺はそこまでは借りませんでした。小さなラウンジや土産物屋さんもあります。89階から上(91階)に昇る階段がありましたが、ロープが張られて、立入禁止になっていました。そして、87階から92階まで吹き抜けになっているビルの中央には、直径5.5m、重さ660トンの球が吊り下げられています。(すいません、写真取り忘れました)これは、風圧の制振装置でして、振り子の原理で、風による揺れを緩和しているものです。台湾は大型台風の直撃を受ける地域なので、超高層ビルは、地震よりも風による揺れの対策が必要なのです。さて、89階から88階へ、階段で降ります。88階は、宝石珊瑚のお店になっていて、そのお店を通らないと、エレベーターの入口に行けません。この下りのエレベーターに乗るのにも、また並ばないといけなかったんですが……(汗)1階のショッピングモールで職場へのお土産を買って、TAIPEI101をあとにしました。17:37発 ↓台北捷運板南線17:49着台北駅で淡水線に乗り換えます。17:54発 ↓台北捷運淡水線17:55着この日、MRTは、この市政府-中山間だけは25元でしたが、それ以外は全て20元区間でした。この中山駅から南東へ徒歩約5分。青葉(チンイエ)というお店に行きました。このお店も、日本語が通じるし日本語メニューがあります。というわけで、日本人のお客さんがたくさんいて、予約していなかったので、20分待つことになりました。ただ、台北の街の中で、日本人観光客を相手にしているせいか、料金はちょっと高めかな、という感じがします。で、注文したのが、これ。焼きビーフン。酢豚。魚と野菜の炒め物。……全部、小さいサイズを選んだんですが、お腹いっぱいになって、焼きビーフンは食べきれませんでした(汗)これで、1005元。最後に、甘い豆の入った温かいスープのデザートがサービスで出ました。19:34発 ↓台北捷運淡水線19:37着こうして、全ての観光を終えて、ホテルに戻ってきました。続きは次に書きます。
2011年02月24日
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続きです。故宮博物院の見学を終え、バス停で待っていたら、またも、やって来たおばさんに、中国語で何か聞かれました。だから、なんでみんな、よりによって俺に聞くんですか!(汗)やがて、やって来た「小18」のバスに乗り、いちおう、運転手さんに、「士林站」と書いたメモ帳を見せ、行き先を確認してから、乗り込みました。(同じ系統でも、反対側へ行っちゃうと、嫌ですからね)故宮博物院前を発車したのが、12:14、士林駅前に到着したのが、12:24。バスを降り、士林駅に戻ってきました。ちょうどお昼なので、昼食を食べることにしましょう。MRTで、今度は南に向かいました。12:34発 ↓台北捷運淡水線(撮影:士林駅) ↓12:43着この中山(チョンシャン)駅から北東へ徒歩約10分。鶏家荘(ジージァーヂュアン)というお店に行きました。その名のとおり、鶏肉料理が得意なお店です。中に入り、一人であることを告げると、2階に通されました。ここも日本語が通じるし、日本語のメニューもあります。俺が頼んだ料理は……鶏肉とキノコの炒め物と、鶏肉エキスで炊いたご飯。前日も似たようなの食べた気もしましたが……あと、ガイドブックに、プリンがオススメと書いてあったので、食後にデザートとして頼もうとしたんですが、プリンはサービスで付いている、とのこと。これがそのプリン。プリンとお茶を、食後に持ってきました。お茶は、何か、口に合わない味でした。このお店は、観光客向けなのか、料金は高めで、これで495元でした。お腹が膨れたので、次の目的地に向かいます。MRTで、再び北へ。13:54発 ↓台北捷運淡水線13:58着泊まっているホテル最寄りの民権西路駅から、一駅北の、圓山(ユェンシャン)駅です。MRT淡水線は、この圓山駅より少し南の地点から、地上に出ます。ここから西へ約5分ちょっと歩いた所にあるのが……孔子廟(コンズィミャオ)です。孔子廟はその名のとおり、孔子を祀ってある霊廟で、中国、台湾、日本、ベトナム、マレーシアなど、儒教の影響を受けている東アジア、東南アジア各地にあります。この台北市孔廟は、台湾で唯一、政府が直接管理している孔子廟です。庭があり……これが、大成殿。美しい建物です。大成殿の中はこんな感じ。そしてこの孔子廟のすぐ近くに、大龍☆保安宮(ダーロンドンバオアンゴン)があります。(☆は山へんに同)↑立派な門。ここは、10世紀に福建省で生まれた医学の神様・保生大帝(呉諱本)の霊廟として、1805年に建てられたお寺です。長寿や病気回復などを願う人が、お参りに来るそうです。これらのお寺は、無料です。圓山駅に戻りました。孔子廟はこの駅の西方にありますが、実は東側は、現在、花博が開催されています。時間がないので行きませんでしたが。というわけで、花博側の駅の入口は、人がたくさんいました。続きは次に書きます。
2011年02月22日
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続きです。2月12日(土)この日は、台北市内の観光です。まずは国立故宮博物院に行きます。ホテルからMRTの民権西路駅に行き、そこのインフォメーションで、「TAIPEI PASS」という、1日乗車券を買いました。これは1日券(180元)、2日券(310元)、3日券(440元)、5日券(700元)があり、MRTと市内バスが乗り放題です。なお、MRTだけの利用なら、200元(うち50元がデポジット)の1日乗車券があります。でも、一番便利なのは、「悠遊☆(ヨウヨウカー)(悠遊カード)」というカードでしょう。(☆は上に「上」、下に「下」を組み合わせた漢字)このカードは、MRTと市内バスに使えて、さらに運賃も2割引になります。1枚500元で、うち100元がデポジットになっています。さらに、使わなかった分とデポジット分は、払い戻しが可能で、逆に残金が足りなくなったら何度でもチャージして使えます。まあ、言ってみれば、SuicaやICOCAみたいなものですね。ただ、今回は、悠遊カードの購入は見合わせました。というのも、・この時点でまだどれだけMRTに乗るか決めていなかった。・MRTは一番長い区間を乗ってもせいぜい65元で、ほとんどは20元の区間しか乗らない。・記念に持って帰りたいので、「悠遊カード」の100元のデポジットはちょっと高い。 (また台北に来れば、チャージなどして何度でも使えるんですが)という3つの理由から、「TAIPEI PASS」の1日券にしました。(あとで計算したら、この日、MRT、バス併せて、175元分しか乗りませんでした)MRTの運賃がものすごく安いので、乗りまくらない限り、「TAIPEI PASS」の1日券ですら、元を取れない可能性があるのですが、バスに乗る必要があったため、このカードを買いました。というのも、バスでは、両替もできないし、お釣りも出ないので、小銭を、運賃ちょうど分、持っていないといけないのです。(持っていなかったら、お釣りがないことを承知の上で、運賃より高い小銭を運賃箱に投入しないといけない)そんな小銭の残りを計算するのも面倒なので、1日乗車券にしました。さて、MRTの自動改札ですが、普通にトークンで運賃を払った場合は、先述のように、入る時にトークンを押しつけ、出る時にトークンを投入します。上記のカードの場合は、入る時も出る時も、読み取り機の部分にカードをタッチします。これは日本のICカードと同じですね。(トークンとカードでは、タッチする場所が違いますが、分かりやすく絵が描いてあるので大丈夫)8:17発 ↓台北捷運淡水線(撮影:民権西路駅) ↓MRT淡水線は、民権西路駅を出て北に向かうと、すぐに地上に出て、高架になります。 ↓8:21着こうして、士林(シーリン)駅に着きました。この士林駅の1番出口(北口)から出て、MRTの高架の下を、そのまま北へ50mほど進むと、大きな通りにぶつかり、そこに、バス停があります。ここで、道路を渡らずに、左から右(西から東)へ向かうバスに乗ります。台湾では、車は右側通行です。故宮博物院に行くには、士林駅から、いくつかバス路線がありますが、「小18」という路線が、一番分かりやすくて早い(あまりあちこち回らない)らしいので、「小18」のバスを待ちました。ちなみに台北の市内バスには、ダイヤが存在しません。本数はたくさんありますので、来たのに乗るだけです。しばらくして、「小18」と書かれたバスが来たので、手を挙げて、停まってもらいました。(手を挙げないと、停まってくれません)運賃は、路線によって、前払いだったり後払いだったり、あるいは乗車する時に基本料金を払い、降りる時に不足分を払ったり……というわけで、よく分からないので、とりあえず、読み取り機らしいところにカードをタッチさせてから、座席に着きました。どうせ乗り放題カードだし。(ちなみに正規料金は15元)俺が乗り込む時、後ろの方で、「故宮? これでいいの?」とか言いながら走って乗り込んできて、運転手さんに何やらガイドブックを見せている、日本人らしい男女二人組(お母さんと息子さんっぽい)がいて、最後尾の座席に座っていました。まあ、「小18」路線に限らず、故宮博物院を通るバスには、「こきゅうはくぶついん」などと、前面に平仮名で大きく書かれた紙が貼ってあるので、分かるんですけれども。バスは、8:37、発車しました。「小18」なら、だいたい10分ぐらいで着くということを予め調べておいたので、それを気にしながら乗っていました。そして8:45、故宮博物院に到着しました。俺はバス停の手前で降車ボタンを押して、停まったので降りようとしたんですが、俺と一緒に乗ってきた日本人っぽい二人が、降りる気配なし。いちおう、背後を振り向いて、「故宮ですよ」と声をかけてから降りると、あとから、二人、「荷物持った?」とか言いながら、慌てて降りてきました(汗)バスを降りると、男性の方が、俺に手を合わせて、「謝謝(シェシェ)」と言ってきたので、「日本人です」と言ってあげると、安心したような顔になり、さらに、ここからどこそこへバスで行けますか?というようなことまで、聞いてきました。俺も観光客ですし、自分が行く所のバス路線しか調べていないので、聞かれても分かりませんでしたが。さて、いよいよ、國立故宮博物院(グオリーグウグンボーウーユエン)です。これが、入口にある門。この門をくぐって、突き当たりにある階段を上がると……これが、ニューヨーク・メトロポリタン美術館、パリ・ルーブル美術館、サンクトペテルブルク・エルミタージュ美術館と並び、世界四大博物館(美術館)に数えられている、故宮博物院です。(ただし、故宮博物院については、この台北のものと、北京のものと、どちらを入れるかについては諸説あり、さらに、ロンドン・大英博物館や、マドリード・プラド美術館が入る説もあります)故宮博物院は、中国四千年の歴代王朝の財宝が納められている博物館ですが、これは、北京と台北にあります。北京はともかく、なぜ台北にあるのか……元々、最後の王朝である清朝が所蔵していた、歴代王朝の財宝を、中華民国政府が引き継ぎ、北京で公開したのが、故宮博物院です。その後、日本軍が攻めてきたため、これらを北京から、上海、南京へと移し、さらには奥地へと分散させて保管しました。日本の敗戦により、財宝は再び南京に戻りましたが、今度は中国共産党が台頭してきたため、国民党政府は南京にあった財宝と一緒に、台湾に逃げました。というわけで、台北にも故宮博物院が作られ、これらの財宝が公開されることになりました。さて、故宮博物院の中に入ります。入ってすぐのカウンターで、チケットを買いました。一般は160元。(半券を切った後)その後、入口を挟んで反対側にあるカウンターで、オーディオガイドを借りました。オーディオガイドの料金は100元で、日本語のガイドもあります。が、このオーディオガイドを借りる際、写真付きの身分証明書か、1000元を、デポジットとして預けなければいけません。日本人が持っている写真付き身分証明書といえば、パスポートか運転免許証ぐらいですが、運転免許証はともかく、パスポートを預ける気にはならなかったので(何の迷いもなく預けている人もいましたが)、1000元を預けました。ちなみに日本の運転免許証でも可です。それにしても、パスポートと1000元って、等価じゃねえだろ!(汗)そして中に入ろうとしたら、係のおねいさんに、リュックをクロークに預けるよう、注意されました。(クロークは無料です)さて、故宮博物院の中は、撮影禁止なので、写真はありません。リンクを張っておきましたので、興味のある方は、ご覧ください。順路としては、まず、3階に上がり、2階、1階と降りてくるのがいいです。というのも、3階が、新石器時代、青銅器時代(夏、殷、周、春秋、戦国)、秦、漢2階が、南北朝、隋、唐、宋、元、明、清1階が、書物や絵画などと、大まかに時代順になっているからです。もちろん、テーマごとになっているので、必ずしもこの階にこの時代のものしかないわけではありませんが。いやあ、さすがにこれだけのものがあると、オーディオガイドで全部の説明を聞いていると、日が暮れてしまいそうです。さらに、日本人と中国人の団体客で、ものすごい混雑。展示品の前で見ていたのに、団体客の方を向いて、後ろ向きに歩いて説明していた中国人のガイドさんが、俺にぶつかってきて、そのまま押しのけられて、戻ろうとしても、団体客が次から次へと、わらわらと来て、戻れなかったり……細かい工芸品には、虫眼鏡が付いていたりしますが、その虫眼鏡の前のガラスに、脂だらけの指紋がべたべた付いていて、見えなかったり……とりあえず、おまえら、なんでそんなにガラスをべたべたと素手で触るんだ!(怒)団体客が来ない、朝のうちに行ったのですが、それでもこんな状態でした(汗)午後になったら、どうなることやら……でも、展示品は、さすがに素晴らしかったですよ。中国の歴史と文明、さすがだと思いました。この故宮博物院には、3時間ほどいました。続きは次に書きます。
2011年02月20日
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続きです。高雄観光を終え、あとは台北に戻るだけです。が、行きと同じく、高速鉄道で帰るのでは面白くないので、特急列車で帰ることにしました。台湾鉄道には、停車駅の少ない順に、自強號、?光號、区間快車、区間車、普快車とあり(2010年12月までは、?光號の次に復興號があった)、自強、?光は、全車指定席です。また、日本のJRのように、切符は、乗車券と特急券、というふうには分かれていなくて、1つの列車ごとに、1枚の切符が必要です。つまり、日本の場合、同じJRであれば、特急列車を乗り継いだ場合、特急券は別々ですが、乗車券は全区間を通して買えます。が、台湾では、同じ台湾鉄道でも、1つの列車ごとに1枚の切符が必要なので、乗車券を通しで買う、というようなことはできません。窓口で、「自強 16:26 台北 一張」と書いたメモ帳を見せ、切符を買いました。料金は845円です。ちなみに切符は自動券売機でも買えますが、全席指定の列車の場合、立席承知券(自願無座券)しか買えず、席を指定できませんので、満席の場合、列車には乗れますが、座ることはできません。座席が空いていれば座ることができますが、そこの席の切符を持っている人が乗ってきたら、当然、譲らないといけません。ただ、立席承知券の場合、発車直前まで売っているので、急いでいる時には、窓口で並ばずに、券売機で切符だけ買って、とりあえず乗ってしまう、ということはできます。駅の売店で駅弁を買って、いよいよ乗車です。自動改札を通って、ホームに出ます。そしていよいよ、自強号の発車です。16:26発 ↓台湾鉄道西部幹線・『自強1034号』 七堵行(撮影:高雄駅)台湾鉄道E1000型 ↓俺が乗ったのは、8号車。窓側の座席です。ちなみに車内は、日本の特急列車と同じような感じですが、前の座席の背もたれに、テーブルは付いていません。なお、このE1000型電車は、日本の電車とは違い、両端が機関車、中間車が動力を持たない客車になっており、プッシュプル方式です。要するに、フランスのTGV型です。さて、18時過ぎまで待って、駅弁を食べることにしました。駅の売店でレジに持っていくと、あっ、と言う間もなく、レンジで温められてしまいました。すぐに食べるわけじゃないんだけど……(汗)そして、レンジから取り出して、そのまま渡されそうになったのですが、荷物を持っていたので、何か袋に入れてほしい、という感じのジェスチャーをすると、こんなのに入れてくれました。まあ、そんなことはどうでもいいんですが、これが、60元で買った駅弁です(駅弁は、あと1種類しか残っていませんでした)。中身は……食べてみますと……あまり美味しくありませんでした俺の口には合いませんでした(汗)自強は、台北-高雄間を、約4時間から5時間強で結びます。(停車駅の違いにより、所要時間が変わります) ↓21:17着さて、改札を出るわけですが……台湾鉄道では、切符を記念に持ち帰りたい場合、改札口のそばに置いてある、「購票証明」と書かれたスタンプを自分で切符に押して、有人改札口で駅員さんに見せると、そのまま持って帰ることができます。あとは、MRTで民権西路駅に行って、ホテルに戻るだけです。21:26発 ↓台北捷運淡水線21:30着駅のそばのコンビニで、お菓子を買ってみたんですが……これも日本のものと同じ。っていうか……日本で作ったものを持ってきて、シールを貼って対応しているようでした。ポッキーは、台湾で作っているようですね。ちなみに、ラングドシャは35元、ポッキーは38元でした。続きは次に書きます。
2011年02月20日
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続きです。昼食に満足したので、次の場所に向かうべく、お店を出ました。お店の前にあったコンビニで、お茶を購入。(台湾のコンビニは、ほとんどがセブンイレブンで、たまにファミリーマートがありました)そこで買ったお茶ですが……爽健美茶。日本のものと同じ……ここだけ、中国語(汗)値段は25元で、日本の半額以下です!文化中心駅へ戻る時に、こんなバスを見かけました。(観光バスのようです)ん?「龍猫バス」……トトロじゃねえか!(汗)へえ。トトロって、「龍猫」って書くんだ……って、そうじゃなくて……スタジオジブリに話はついてるのか? 著作権料は?(滝汗)……無断使用だろうな、おそらく。日本に帰って、台湾旅行してきた日本人のブログを色々見てみると、このバスを目撃した人たち、みんな、俺と同じ感想を持っていました(汗)文化中心駅から美麗島駅まで20元。トークンを買って、MRTに乗り込みます。14:35発 ↓高雄捷運橙線14:37着この美麗島駅からMRT紅線に乗り換えて高雄駅に行ってもいいんですが、高雄の市内の雰囲気を味わおうと、1駅分なので、歩くことにしました。高雄の中心部なので、普通に都会です。高雄市は直轄市で、市域は広いですが、中心の都市部の人口だけでも150万人を超えています。この大通りを、北に向かって歩いていくと、高雄駅があります。しかしこの高雄駅は、高速鉄道とMRTが通ることになり、場所を少し変えて新設されたものです。2002年まで使用されていた旧・高雄駅の駅舎は、歴史的建築物ということで、高雄駅の東隣に、高雄願景館(ガオションユエンジングアン)として、まだ残されています。この建物は、日本統治時代に造られたものです。中では、高雄の歴史などが紹介されています(入場無料)。さて、ここから西へ徒歩15分ほど歩いていきます。ただ、高雄の歩道、犬のう○こが多くて、しかも、なぜか端の方ではなくて、歩道の真ん中に落ちているので、下を見て注意して歩く必要がありました(汗)15分歩いて着いた所は……三鳳宮(サンフォンゴン)です。300年以上の歴史を持つ、道教のお寺です。(建物自体は、火事に遭ったため、近年に再建されたものです)中国の宮殿式の建築で、赤をふんだんに使った建物です。お寺の前の仮設の舞台で、何か踊ってました。再び歩いて、高雄駅に戻ってきました。ちなみに、駅前には、こんなお店がありました。こうして、高雄観光を終えました。続きは次に書きます。
2011年02月20日
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続きです。左榮蓮池潭から、台鐵左榮駅に戻ってきました。駅内は、駅の規模の割に、椅子の数が妙に多かったです。ジュースの自販機も置いてありました。買い方は、日本と同じで、硬貨を入れて、商品のボタンを押すだけ。ただ、街中でもよく見かけたんですが、この自販機の横の宣伝が……この駅は、自動改札ではなく、電車が来る数分前に駅員さんが出てきて改札をします。駅員さんに切符を見せると、ハサミを入れるわけでも、日付印を押すわけでもなく、ペンで斜め線のチェックを入れただけ。まあいいですが。台鐵左榮駅からさらに一駅先に行けば、高雄駅に着けるのですが、いったん新左榮駅に戻って、MRTで南に向かい、市内に行くことにしました。12:45発 ↓台湾鉄道西部幹線・区間車2632号 斗六行(撮影:台鐵左榮駅) ↓来た時とは違い、車内は空いていました。 ↓12:49着新左榮駅に着きまして、高鐵左榮駅を通り過ぎて、MRT左榮駅へ行きました。高雄の地下鉄(MRT)も、自動券売機で切符を買います。この券売機もタッチパネルなんですが、路線図で運賃を確認する必要がありません。というのも、タッチパネルの画面に、路線図そのものが表示されていて、目的の駅をタッチして、枚数の数字を押し、コインを入れるだけ。ものすごく簡単です。俺が乗るのは、この左榮駅から文化中心駅まで、30元。ここも、紙の切符ではなく、プラスチック製のトークンです。入る時にトークンを押しつけ、出る時に投入するのは、台北MRTと同じです。台北MRTは現在、南北に走る紅線、東西に走る橙線のみで、美麗島駅で乗り換えするようになっています。路線のカラーがそれぞれ赤、オレンジ色と、路線の名前と同じなので、分かりやすいです。ホームには、ホームドアが付いている駅が多いです。13:01発 ↓高雄捷運紅線13:12着この美麗島(メイリータオ)駅で、橙線に乗り換え、東に向かいます。で、橙線のホームに着いて、電車を待っていると、男性が近付いてきて、中国語で何か聞かれました(汗)で、「え?」って顔をすると、外国人だと分かったのか、「I'm sorry」と言って、去っていきました。なんで外国に行ってまで、こんなに、通りがかりの人によく聞かれるんでしょう……(汗)13:26発 ↓高雄捷運橙線全面ホームドアなので、電車の外観の写真は撮れませんでしたが、車内の写真は撮れました。 ↓13:29着この文化中心駅から南へ徒歩10分。途中、国立中正文化中心という公園を通り抜けて、目的のお店に着きました。徐州ロ舎鍋(シュイジョウシャグオー)というお店です。料理を作って店頭販売している入口はあるのですが、その右側に見える、店内で飲食する所には、どこから入るのかな?と思っていたら、店のおばちゃんに、こっちに来いと言われました。どうやら、中に入って、店の奥から、テーブル席のある部屋に行くようです。で、テーブルに着こうとしたら、後ろから、「ニホン?」と聞かれました。はい。このお店には、日本語のメニューがあります。このお店の名前にもなっている徐州ロ舎鍋と、蒸し餃子を注文。特大焼き餃子を食べたかったんですが、ないと言われて、蒸し餃子にしました。徐州ロ舎鍋というのは、中国・紅蘇省徐州の家庭料理です。鶏を丸ごと入れて、10時間以上、ぐつぐつじっくりとスープを取り、麦、椎茸などを入れ、鶏肉を裂いて入れ、煮込んだお粥です。台湾では、お粥はよく食べられているようです。「徐州」は地名、「鍋」はそのまま鍋料理ですが、「ロ舎」は「何?」という意味です。その昔、漢の初代皇帝・劉邦が徐州に来ている時に、一人のおばあさんが妊婦にお粥を運んでいるのを見て、兵士が「這是ロ舎阿?(これはなんだ?)」と呼び止めました。この時、お粥のいい香りに、兵士は思わず、1メートルものよだれを垂らしてしまいました。それ以来、徐州のお粥は「ロ舎鍋」という名前で呼ばれるようになったということです。これがその、徐州ロ舎鍋。鶏の味がこれでもかというほど出ていて、非常に美味しかったです。香りも食欲をそそります。そして、これが蒸し餃子。運ばれてきた直後は、これでもかというほど湯気が立っていました。いや、もうね、これだけで、お腹いっぱいになりました。これで、料金は併せて130元。安い!続きは次に書きます。
2011年02月20日
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続きです。左榮駅は、実は、ちょっとややこしくて……高速鉄道(新幹線)「左榮駅」と、台湾鉄道(在来線)「左榮駅」は、別の場所にあり、高速鉄道の左榮駅と併設している台湾鉄道の駅名は、「新左榮駅」と言います。さらに、ここで乗り換えられる高雄捷運(MRT)の駅は、「左榮駅」という駅名です。つまり……元々、昔から台湾鉄道「左榮駅」があり、その近くに、高速鉄道「左榮駅」が、離れた位置に新たに作られることになったため、乗り換えのため、高速鉄道左榮駅と併設して、台湾鉄道「新左榮駅」・高雄MRT「左榮駅」ができたわけです。日本の場合は、新幹線も在来線もJRなので、新幹線の方に「新」を付けますが、台湾は、高速鉄道と台湾鉄道は別会社なので、こういうややこしいことになったんですね。その新左榮(シンズゥオイン)駅で、台湾鉄道に乗り換え、隣の台鉄左榮駅まで行きます。高鐵左榮駅と新左榮駅は、つながっていますし、改札階も同じなので、乗り換えは簡単です。ただ、会社が別なので、日本の新幹線と在来線のように乗車券を通しで、というわけにはいかず、別の切符を買わないといけません。その券売機です。切符の枚数、列車の種類(日本で言うところの特急、急行、普通、など)、切符の種類(大人、子供、敬老割引など)、行き先の順にボタンを押していけばOKです。今回は、列車の種類は「区間」(近距離の普通列車)、切符の種類は「全票」(何の割引もない普通の切符)で、左榮駅まで購入。これは、日本の鉄道の自動券売機で買うような、小さくて裏が黒い、普通の磁気乗車券です。新左榮から左榮まで、運賃15元。自動改札機は、日本のものと同じタイプです。ホームに降りました。2分の遅れと書いてありますが、到着した時には、遅れは解消されていました。ホームも日本のものと変わりません。というのも、元々、台湾鉄道の特に西部幹線など古くからある幹線は、日本の統治時代に建設されたものが多いので、線路や古い駅などは、日本式なんですよね。この新左榮駅は新しいですが。列車が来たので、乗り込みます。10:43発 ↓台湾鉄道西部幹線・区間車3159号 屏東行(撮影:台鐵左榮駅) ↓台湾鉄道の主力の通勤型電車です。車内は、座席は埋まっていました。日本の「優先席」に当たる席の表記です。 ↓10:46着こうして、台湾鉄道左榮駅に着きました。この駅は簡易駅で、自動改札機がありませんので、駅員さんが切符を回収します(自動券売機はあります)。ここまで、ずーっとテツ一色でしたが、ようやく観光らしい観光をします。左榮駅の正面からまっすぐ伸びる道路をずっと歩いて行きました。途中、歩道にはヤシの木が植えられていました。もちろん、ヤシの実も成っています。この高雄(ガオション)は、北緯22度38分。北回帰線が北緯23度26分22秒ですから、それより南なんですよね。左榮駅から徒歩10分ほどで、右手に湖が見えてきます。これが、左榮蓮池潭(ズゥオインリエンチータン)です。この湖の周辺は、左榮蓮池潭公園になっていて、観光客がたくさん訪れます。そのまま湖の畔を歩いていくと、湖の上に立つ、二つの塔が見えてきました。正面に回ります。これが有名な龍虎塔(ロンフーター)です。この前で写真を撮っていると、一組の中年夫婦に、おそらく「写真を撮ってください」と声をかけられました。引き受けたのはいいんですが、なぜかシャッターボタンを押しても、シャッターが切れない。ご主人の方が、デジカメをいじっていましたが、それを見ていると、デジカメの表示が、日本語。あれ? もしかしてこの人たち、日本人?とも思いましたが、声かけられた時は、日本語じゃなかったし……もしかして、日本人だけど、俺のことを中国人か台湾人だと思って、中国語で話しかけてきたのか?いや、台湾人だけど、デジカメは性能のいい日本製を使っているだけかもしれないし……などと、どうでもいいことを考えていると、どうやらシャッターが切れなかった原因は、セルフタイマーの設定にしたままだったからのようでした(汗)さて、この龍虎塔ですが、台湾では、十二支の中で、龍が最も善良な動物で、虎が最も凶悪な動物と考えられており、必ず、龍の口から入って、虎の口から出ないといけないそうです。まあ、心配しなくても、入口を示す矢印が、龍の方に向いているから、知らなくても間違わないんですけどね。というわけで、龍の口から、中に入ります。入場料、というものはありませんが、龍の体内の奥の方におばさんが座っていて、お布施として10元を払うことになっています。そうすると、龍虎塔の絵葉書をもらえます(汗)いよいよ、塔の中に入り、登ります。螺旋階段になっています。この塔は、龍も虎も、7階建て(七層)になっていて、6階まで登ることができます。隣の虎の塔を見ます。反対側の湖の方には、他の建物が見えます。ちなみに、この龍虎塔までの橋は、ジグザグになっています。これは、悪魔は直進はできるけれども曲がることはできない、という考えから、こういう道を作れば、悪魔が入ってくることができないんだそうです。龍の塔を降りて、次は虎の塔に行きました。二つの塔の間からは、龍と虎のケツが……(汗)塔の中は、このように色鮮やかな絵が描かれています。こうして、龍虎塔の見学を終えて、虎の口から出てきました。この後、湖岸をしばらく散歩しました。さらにこの近くには、鳳山縣舊城(鳳山県旧城)(フォンシャンシエンジョウチョン)があり、1722年に建てられ、1786年にこの地に再建されたものです。現在は、東、南、北の城門が残っていて、そのうち、北の門が近いので、行ってみました。城壁の外側から。内側から。こうして、左榮での観光を終え、左榮駅に戻りました。続きは次に書きます。
2011年02月19日
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続きです。2月11日(金)ホテルで朝食を取り、7:30頃、ホテルを出ました。ホテルの前は、けっこう大きな通りです。台湾は車以上にバイク(原付)が多くて、しかも小さい交差点では信号を守らない人が多く、排気ガスと交通事故に気を付けないといけません。日常的にマスクをしている人が多いようです。ホテルの前の通りを西に歩いていくと、10分もしないうちに、民権西路(ミンチュエンシールー)駅があります。ここは台北捷運(タイペイジェユン)という地下鉄の駅です。MRT(Mass Rapid Transit)と呼ばれているそうです。地下鉄とは言っても、日本と同じく、地上に出て高架になったりもしますし、路線によっては、ゆりかもめやポートライナーなどと同じ新交通方式もありますが……台北MRTでの切符の買い方ですが、もちろん、自動券売機があります。タッチパネル方式で、操作方法(押す順番等)も分かりやすく書いてあり、中国語モードのままでも簡単に買えます。まずは、上の路線図で運賃を調べ、画面上の、その運賃の数字が書いてある所を押します。次に、枚数を押します(1枚なら、押さなくてもよい)。最後に、必要分のお金を入れるだけ。(ちなみに子供料金はなく、身長115cm以下で保護者同伴なら無料、それ以外なら大人料金)すると、プラスチック製のコイン(トークン)が出てきます。(「単程票」は「片道切符」という意味)これが、切符です。磁気で情報が入っているようです。(記念に、一番安い20元のを無駄に買って、持って帰ってきました)自動改札機はこのようになっていて……入る時は、このトークンを、読み取り部に押しつけると、前の扇形のドアが扇子のように閉じて、通れるようになります。改札を出る時には、改札機の投入口に、このトークンを投入します。もちろん、トークンは返ってきません。MRTは運賃が安く、現在、20元から、高くても65元までです。今回、淡水(タンシュイ)線に乗りますので、表示のとおりに進みます。この民権西路駅より北は地上線ですが、この民権西路駅より南は地下鉄になっています。ちなみにMRTは、車内だけでなく、駅構内でも、喫煙はもちろん、飲食も禁止で、ジュースを飲むだけでなく、ガムを噛むだけでも、見つかったら罰金を取られるので、注意が必要です。ここから南に向かいます。7:41発 ↓台北捷運淡水線7:44着こうして台北駅に着きました。表示どおりに進みます。「台鐵」は台湾鉄道、「高鐵」は高速鉄道(新幹線)です。「高鐵」と書いてある方向から改札口を出ると、台湾高速鉄道の切符売り場、改札口があります。ここで、台湾新幹線に乗り換えるわけですが……始発駅からなので、自由席でいいや、と思い、窓口で、「左榮 自由座 一張 8:30」と、行き先、席種、枚数、発車時刻を書いたメモ帳を見せ、無事、切符を買いました。終点の左榮駅まで、1445元です。切符はカード大で、自動改札機に、裏側を上にして、矢印の方向に入れます。ホームに上がるのは、列車ごとになっている(車内清掃が終わるまで上がれない)ので、改札を抜けたところにある待合室で、しばらく待ちます。そして、いよいよホームに上がりました。まずは写真を撮ってから、車内に入りました。自由席は10~12号車(12両編成)なので、11号車に乗り込みました。日本の新幹線700系の技術を取り入れて製造しているので、中も日本の新幹線と同じような感じです。無事に窓側の座席に座れました。隣には、ずっと誰も来ませんでした。8:30発 ↓台湾高速鉄道119号 左榮行(撮影:高鐵台北駅)台湾高速鉄道700T型 ↓台湾高速鉄道は、台湾の西側を、現在は台北駅から高雄の左榮(ズゥオイン)駅まで、345kmを、最高時速300kmで走り抜けます。俺が乗ったのは、台北、板橋、台中、左榮にしか停まらない便で、1時間36分で左榮まで行きます。各駅停車の場合は、2時間かかります。時間帯によって違いますが、1時間に3~5本の運行です。12両編成で、台北側の10~12号車が自由席なのは、先述のとおりですが、その他に、6号車が商務車(ビジネスクラス、日本で言うグリーン車)です。台北駅、板橋駅、桃園駅の3駅は地下駅ですが、それ以外は全部、地上駅です。ワゴン販売も行われているので、お菓子を買ってみました。このお菓子、45元でした。(よく見ると、日本語が書いてある!) ↓10:06着こうして高鐵左榮駅に着きました。台北駅は地下駅で暗かったので、明るい左榮駅で、改めて撮影しました。(まあやっぱり、写真を撮ってるのは俺だけでしたけどね……)ホームからコンコースに上がり、さて、切符を持って帰りたいけど、どうすればいいかな、と思っていたんですが……(在来線(台湾鉄道)の切符の持ち帰り方は、後述しますが、知ってました)まあいいや、と思って、自動改札機を通したら、そのまま、切符が出てきました(汗)つまり、何もしなくても、使用済みの切符は、普通に持って帰れるようです。高鐵左榮駅は、けっこう大きな駅でしたよ。続きは次に書きます。
2011年02月19日
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2月10日から13日にかけて、ちょこっと台湾旅行をしてきました。その模様を書いていきたいと思います。2月10日(木)仕事を15時に終え、JRの関空快速で、関空へ向かいました。飛行機はネットでチェックイン済みでしたので、チェックインだけ済ませ、チケットを受け取りました。セキュリティーチェック、出国審査などを済ませ、搭乗口へ。これが、俺が乗り込んだ飛行機。B737-800です。18:30に搭乗開始。俺は窓側だったのですが、俺の隣は、台湾人のおばさん(パスポートが見えました)。そのまた隣は、日本人のおじさんでしたが……18:47、俺の乗ったJL815便(18:55発)は、ボーディングブリッジを離れました。18:58、離陸しました。台湾の日本との時差は、-1時間。日本で12時の時に、台湾は11時です。ここから先は、台湾時間で書きます。18:32(日本時間19:32)、機内食が配られました。中国線と台湾線の機内食「なにわの空弁」です。「空の二段小箱弁当」ということで、中身は……↑右下のは、お味噌汁です。メニューは、椿そば、メンチカツ、マカロニサラダ、きんぴら蓮根、さつま芋甘露煮、玉子焼き、ほっけ塩焼き、昆布巻き、切干し大根、煮物(南京・人参・いんげん)、五目炊込み御飯、プリンです。普通に美味しかったですよ。そして、飛行時間約3時間、20:50(日本時間21:50)、台北・桃園(タオユァン)国際空港に着陸。20:57、無事、駐機場に到着しました。日本便の発着は、第2ターミナルになります。荷物を受け取り、ここから台北市内へは、リムジンバスで向かいます。漢字、及び英語の案内から、おそらくこっちだろう、という方に歩いていくと、そこには、バスターミナルのようなものがありました。台北市内へのリムジンバスは、國光客運、大有巴士、長榮国際、建明客運という4社が、6つの路線を持っています。このうち、ホテルに行きやすい(間違えにくい)、國光客運の台北車站(台北駅)行きのバス(『国光號』)に乗ることにしました。(「站」は「駅」、「號」は「号」です)このバスは、途中、停車するバス停が少ないですし、もし、降りられなくて終点まで行ってしまっても、終点は台北駅ですので、そこから地下鉄(MRT)に乗れば、何とか戻って来れますし。國光客運のチケット売り場で、「富都大飯店 一張」と、降りるバス停と枚数を書いたメモ帳を見せて、チケット(125台湾元)を買いました。「一張」は「1枚」という意味です。ちなみに台湾の通貨は、台湾元(略称「元」)、ニュータイワンドル(NT$、TWD)、あるいは圓(「円」と同じ字ですが「エン」ではなく塊(クァイ)と読みます)で、全て同じ単位です。俺が日本で両替した時には、1元≒3.33円でした。チケットを渡される時、一緒に國光客運のバス路線図を渡され、富都大飯店バス停の場所をボールペンで丸で囲まれました。さらに、外を指差して、「Eighteen nineteen」と言われ、何だろうな、と思いながら、外に出ると……バス路線の番号(1819)だったんですね。そこに係員さんがいて、荷物にシールを貼られ、手荷物預かりの半券を渡されました。バスのトランクに荷物を預けるわけですが、降りるバス停によって、トランクルームの場所が違うので、メモ帳に書かれた「富都大飯店」を見せ、やって来たバスのトランクに荷物を乗せてもらいました。チケットを運転手さんに渡すと、半券を返され、バスに乗り込みました。1列-2列の、意外と立派な車内でした。前の座席の背もたれには、テレビモニターも付いていました。……電源入らなかったけど(汗)21:51、バスが発車しました。第1ターミナルに寄った後、高速道路に乗りました。40分ぐらい高速を走ってから、高速を降りました。台北市内を走り、路線図と、右折、左折の回数、過ぎたバス停の数などを数えながら、目的のバス停でちゃんと降りられるかどうか、ドキドキしてきました。一つ前のバス停を過ぎ、もうそろそろかな、というところで、運転手さんが、何やら言葉を発したので、思わず、「はい!」と手を挙げました。(今まで降りた乗客は、降車ボタンを押さずに、運転手さんに何か言って降りていました)無事、富都大飯店バス停で停車してくれまして、荷物の半券を渡すと、運転手さん、バスを降りて、トランクルームを開けてくれました。(気を付けないと、トランクを開けてもらえずに発車してしまうことがたまにあるそうです)このバス停から徒歩数分の所に、ホテルがあるはずですが……バスが走ってきた方向から判断して、ホテルがある方向に行くと、見えてきました!ホテルサンルート台北(中国語表記:燦路都飯店)です。日本のホテルなので、スタッフは全員日本語が話せます。部屋は、日本のビジネスホテルと同じです。(ただし、浴衣、パジャマはありません)コンセントですが、台湾は、形状は日本と同じなので、アダプター不要です。電圧も110V、60Hzなので、日本の電化製品がそのまま使えます。こんな感じで、無事、ホテルまでたどり着きました。この日は、仕事を終えてから来たので、疲れて、そのまま寝てしまいました。続きは次に書きます。
2011年02月19日
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続きです。これから、特急『雷鳥』に乗車するわけですが……あいにく、この日の北陸地方は大雪で、朝から北陸本線のダイヤはガタガタでした。朝は、金沢から新潟方面へ向かう、特急『北越』(金沢-新潟)や、特急『はくたか』(福井・金沢-越後湯沢)が、運休になっていましたが、夕方には、『北越』は運転を再開していたものの、『はくたか』と、日本海側を走る寝台・夜行列車(寝台特急『日本海』、急行『きたぐに』)は、全て運休。その他の北陸本線を走る特急、つまり、『サンダーバード』(大阪-金沢・富山・和倉温泉)、『雷鳥』(大阪-金沢)、『しらさぎ』(名古屋・米原-金沢・富山・和倉温泉)も、30分以上、大幅に遅れていました。俺の乗る『雷鳥94号』は、金沢駅を17:13に発車する予定でしたが、その前に発車する『サンダーバード38号』(富山始発・金沢発16:52)が、17時を回っても、まだ金沢駅に到着していない状態。みどりの窓口や、自動券売機、改札口には、長い行列ができていて、運休情報を見たり、駅員さんに状況を聞いたりと、金沢駅はかなり混乱していました。アナウンスによると、『サンダーバード38号』は、約40分遅れとのこと。ただ、『サンダーバード』は、富山や和倉温泉が始発なので、金沢駅に到着しないことには、金沢駅を発車することができませんが、『雷鳥』は、金沢駅が始発なので、既に金沢に車両があるはず。もしかしたら、先発の『サンダーバード38号』を待たずに、『雷鳥94号』が発車するかもしれない、と思って、改札口の横でアナウンスしている駅員さんに、『雷鳥94号』がいつ頃発車するのか、聞いてみました。駅員さん、「えっと……この列車の次の次になるので、まだ分かりません」とのこと。まあ、そうですよね。先にホームに上がっていてもよかったんですが、改札口の近くにいた方が、運行状況などが分かりやすいだろうと、改札口付近をうろついていました。『サンダーバード38号』は、40分遅れなら、17:32頃に到着するはず。そして『雷鳥94号』の発車は、それよりも遅くなるんだろうな、と思っていました。すると、17:25頃、突然、何の前触れもなく、「大阪行き特急『雷鳥94号』は、発車準備ができ次第、発車いたします」とのアナウンスが。何ぃ~!慌てて改札を抜け、ホームに駆け上がりました(汗)すると、ホームには既に『雷鳥94号』が入線しており、発車を待っていました。先頭の1号車はパノラマグリーン車ですが、写真に撮りたいのは、そっちじゃない!運転席から顔を出していた運転士さんに、「あと何分ぐらいで発車ですか?」と聞くと、「分かりません。まだ指示がないので」との答え。とりあえず、すぐに発車することはないんだろうな、と思い、先頭の1号車から、最後尾の6号車まで、ホームを走……ろうとしたんですが、遅れている『サンダーバード38号』を待っている乗客で、ホーム上はいっぱい(汗)しかも、ホームを移動している途中で、「2番のりばに停車中の『雷鳥94号』は、あと3分ほどで発車します。大阪へは、この列車が先に到着します」とのアナウンスが。ダイヤどおりだと、『サンダーバード38号』の方が先に発車するはずなのに、『雷鳥94号』の方が先に発車すると聞かされ、さらに混乱するお客さんたち。そんな中、ホームを移動し、後ろ姿ですが、何とか、『雷鳥』の勇姿を撮影することができました。屋根に雪をかぶったこの姿こそ、北陸の花形特急だった『雷鳥』にふさわしい!そして、『雷鳥』引退後は、もう見られない、慣れ親しんだ、このヘッドマーク。発車時間が迫ってきたので、再びホームを戻り、2号車に乗車しました。本当は、もっとじっくり時間をかけて、『雷鳥』の勇姿を目に焼き付けておきたかったんですが、ダイヤが乱れたせいで、慌ただしくなってしまいました。指定席の車内は、いつもどおり、ガラガラ(汗)『サンダーバード』が登場してからというもの、旧型の『雷鳥』よりも『サンダーバード』に乗る人が増え、ついに定期便としては1日1往復になってしまった『雷鳥』にわざわざ乗る人なんて、あまりいないんですよね。もちろん、乗り心地も、『雷鳥』の方が悪いですしね……さて、いよいよ、俺の最後の『雷鳥』乗車です!17:13発(実際には17:32発) ↓北陸本線・湖西線・東海道本線・臨時特急『雷鳥94号』 大阪行(撮影:金沢駅)485系 ↓俺は、鉄道が大好きな乗りテツですが、普段は、その列車が廃止されるからといって、さよなら乗車をしに行ったり、写真を撮りに行ったりは、ほとんどしません。ただ、『雷鳥』だけは、別です。北陸出身の俺にとって、『雷鳥』は、子供の時から乗っていた、特急列車でした。大阪行きの上り『雷鳥』は、旅立ち、出発、そして惜別……北陸の人たちの様々な思いを乗せて、1964年から46年間、北陸本線を走り続けてきました。国鉄が民営化され、JRになり、次々と新しい車両が投入されていく中、『雷鳥』は485系のまま、国鉄時代の特急用塗装(クリーム色に赤のライン)のまま、この21世紀になっても、走り続けてきました。485系自体は、他の路線でもまだ走っていますが、定期運行の列車で、国鉄色のまま走っているのは、もうほとんどありません。リバイバルで国鉄色に塗り直したものはありますが、『雷鳥』はずっと、国鉄色でした。(一時期、一部は『スーパー雷鳥』用に、別の色に塗り替えられたものもあるが、『雷鳥』としては、ずっと同じ色(臨時でJR東日本車両が使われた場合を除く))やっぱり、『雷鳥』は、北陸人として見ても、鉄道ファンとして見ても、花形の特急でした……『雷鳥』は雪の中、力強く、大阪に向けて走っていきました。途中、京都駅で、車体の下に付着した雪の状態を確認するため、数分間の停車。京都駅から先の東海道本線内では、床下の雪を考慮して、徐行運転。左側に、阪急京都線の列車が見え、追い抜かれていきました……東海道本線・島本駅で、急停車。異音を感知したとのことで、運転士さんが床下を調べるため、再び数分間停車。 ↓20:07着(実際には21:34着)通常、『雷鳥』は、約2時間50分で、大阪-金沢間を結びます。それが、今回の乗車時間、4時間2分。遅れとしては、1時間27分の遅れ。金沢駅発車時には、19分の遅れでしたから、回復運転するどころか、さらに1時間8分、遅くなったんですよね。さらに、大阪駅にて、1号車パノラマグリーン車のドアが……駅の係員さん、運転士さんに、「半ドアになってる!」運転士さん、「え? あ、凍り付いたかな……」と、運転士さんと併せて3人で、ドアをこじ開けていました(汗)大阪駅4番ホームで、特急『雷鳥』に向かって、「今までありがとう」と、一礼してから立ち去った怪しい人は、俺です(滝汗)ダイヤが乱れに乱れ、期せずして、4時間も乗ることになり、さらに大阪駅に着いた後、ちょっと笑える「ドア凍り付きハプニング」まであった、特急『雷鳥』さよなら乗車。俺らしいと言えば、俺らしかったかな……ただ、この後の北陸本線、今度は福井県の今庄付近でものすごいことになり、後続の特急が立ち往生のまま、乗客は列車の中で夜を過ごし、翌日も、北陸本線は全線終日運休になるなどということは、この時の俺は、知るよしもありませんでした……ちょっとタイミングがずれていたら……(汗)最後に、特急『雷鳥』の歴史を書いておきます。1964年10月1日 東海道新幹線開業に伴うダイヤ改正で、大阪-富山間の特急『雷鳥』誕生 (しかし481系(485系)の完成が遅れたため、運行開始は12月25日に)1975年3月10日 湖西線開業により米原経由から湖西線経由に路線変更 『雷鳥』はエル特急に指定される1978年10月2日 特急『雷鳥』のうち4往復に、昼夜兼用の583系使用開始1985年3月14日 583系、『雷鳥』から撤退1989年3月11日 特急『スーパー雷鳥』登場(4往復) (パノラマグリーン車登場) 1往復を神戸駅まで延長1990年代 臨時列車として、富山駅から富山地方鉄道宇奈月温泉駅・立山駅まで乗り入れ1991年9月1日 七尾線電化により、『スーパー雷鳥』『雷鳥』、和倉温泉駅まで乗り入れ開始1992年12月 後に『サンダーバード』となる681系特急『雷鳥』(臨時)試用開始1995年4月20日 681系特急『スーパー雷鳥(サンダーバード)』運行開始1997年3月8日 特急『スーパー雷鳥(サンダーバード)』を特急『サンダーバード』に改称 (『サンダーバード』8往復、『スーパー雷鳥』4往復、『雷鳥』11往復) 神戸駅までの延長が終了、再び全列車大阪発着となる1999年 富山地方鉄道への乗り入れ廃止2001年3月3日 683系『サンダーバード』投入に伴い、『スーパー雷鳥』廃止 富山・和倉温泉発着を『サンダーバード』、金沢発着を『雷鳥』に統一する 特急『雷鳥』の新潟発着を廃止(多客期のみ『ふるさと雷鳥』として運転)2003年9月 485系『雷鳥』のボンネット型先頭車廃止 代わりに『スーパー雷鳥』で使われていたパノラマグリーン車が国鉄色にて復活2009年10月1日 683系『サンダーバード』追加導入により、『雷鳥』大幅減便で5往復に2010年3月13日 683系『サンダーバード』追加導入により、『雷鳥』1往復に2011年3月11日 485系特急『雷鳥』廃止予定
2011年01月31日
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1月30日(日)金沢に行ってきました。なぜ、北陸地方大雪の、この日に……特急『雷鳥』が、3月のダイヤ改正で、ついに廃止になってしまいます。その前に、さよなら乗車をしておかなければなりません。そして、『サンダーバード』が主体になった現在、定期便の『雷鳥』は、金沢7:10発・大阪10:04着『雷鳥8号』大阪17:12発・金沢20:04着『雷鳥33号』の、1日1往復しか走っていません。そして、当然のことながら、これでは、大阪から金沢まで、日帰りで往復する場合、どちらか片道だけだとしても、『雷鳥』に乗ることはできません。(金沢から大阪まで往復するんなら、大丈夫なんですけどねえ)というわけで、臨時の『雷鳥』を狙ったわけですが……臨時『雷鳥』大阪発:大阪11:12発『雷鳥87号』 運転日:12月29日~1月4・29日・2月5・11・13・19・26日大阪13:12発『雷鳥89号』 運転日:12月29日~1月4・10日・2月13日金沢発:金沢15:27発『雷鳥92号』 運転日:1月2~4日・2月11・13日金沢17:13発『雷鳥94号』 運転日:1月2~4・10・30日・2月6・13・20・27日さて、このうち、12月29日~1月1日は、松山旅行1月2日~1月4日は、寝正月(っていうか、正月の切符は取りにくい)1月8日~10日は、実家へ帰省2月5日、6日は、台湾旅行の準備2月10日~13日は、台湾旅行さらにそれ以降になると、『雷鳥』ラストランに向けて、鉄道ファンが押し寄せ、切符が取りにくくなることでしょう。実家に帰った1月8日は、臨時『雷鳥』は運転されませんでした。実家から帰る1月10日の『雷鳥94号』は、乗ろうと思えば乗れたのですが、実家は福井なので、どうせなら始発の金沢から乗りたい。残る候補は、1月29日『雷鳥87号』と、1月30日『雷鳥94号』。できることなら、翌日が休みの、29日にしたかったんですが、北陸出身の俺にとって、思い入れがあるのは、下り列車じゃなくて、上り列車なんですよね。ですから、1月30日『雷鳥94号』に決定!というわけで、この日に、特急『雷鳥』に、さよなら乗車するために、わざわざ金沢に行ってきました。行きは、阪急高速バス。大阪梅田で、バスに乗り込む時、運転手さんから、「北陸道が、(大雪のために)富山、新潟の辺りが通行止めになってるんです。金沢までは、通行止めにはなってないんで、いちおう出発はしますけど、滋賀県から石川県までも、すごい雪らしいんで、最悪の場合、通行止めになったら、大阪に引き返す可能性もあります。向こうから戻ってきた運転手に聞いたら、『こんな中、行くかぁ!?』ってぐらい、すごい雪らしいです」と、言われました。でもまあ、とりあえず、出発。(撮影:多賀SA)大阪梅田を8:00ちょうどに出発しました。途中、名神の多賀SA(滋賀県)でトイレ休憩を挟み、米原ジャンクションから北陸道に入った途端、外がいきなり暗くなりました(汗)空は、分厚い雲に覆われています。そして、木之本の辺りから、雪が強く降り始めました。福井県との県境に近付くにつれ、雪が激しくなり、路面も、アスファルトが見えないアイスバーン状態。プロの運転手さんが運転する大きいバスだから平気ですが、正直、こんな中、乗用車で高速を走るのは自殺行為、ってぐらいの雪(汗)↑真ん中に見える雪の壁は、対向車線との間にある、中央分離帯に積もった雪。対向車線が見えません。遅れてもいいから、ゆっくり、気を付けて走ってください、運転手さん!(泣)福井県に入り、今庄付近はすごい雪でしたが、平野部に出ると、路面の雪もなくなり、空も晴れてきました。北鯖江PAで二度目のトイレ休憩。その後、再び北陸道を北に向かいますと、今度は、福井県と石川県の県境付近で、またも雪が降り始め、路面もアイスバーン。それからずっと、雪は降り続きました。金沢西インターで高速を降りると、とりあえず一安心。このバスは金沢駅前まで行く便ですが、途中の香林坊(金沢の繁華街)で降りました。予定では、香林坊着は12:34でしたが、実際に着いたのは12:26。なんと、アイスバーンの所では、スピードを落としていたのに、ほぼ定刻で到着!(驚)(っていうか、ダイヤより早い)トイレ休憩の停車時間などで時間調整ができますが、それにしても、何、この素晴らしい運転技術!とりあえず香林坊で昼食を取ってから、さて、『雷鳥』の発車までかなり時間があります。何度も行ったことありますが、雪の兼六園に行くことにしました。香林坊から兼六園までは、歩いて行けます。雪の降る中、帽子、マフラー、手袋と、完全防寒をして、兼六園に向かいました。「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」ということで名付けられた兼六園は、岡山・後楽園、水戸・偕楽園とともに、日本三名園と呼ばれており、国の特別名勝に指定されています。徽軫(ことじ)灯籠と霞ヶ池松の雪吊り冬の兼六園も、なかなかいいものです。観光客も、それなりに来ていましたよ。ただ、けっこう雪が降っていたんですよね。兼六園の後は、加賀百万石の前田氏の居城・金沢城跡。兼六園と金沢城の間には、旧・百間堀を道路とした百間堀通り(百万石通り)があり、そこに架かる橋の向こうに、重要文化財の石川門があります。石川門や三十間長屋など、一部の建物は現存していますが、その他の建物は、現在、復元中です。ここからもバスはありますが、時間もあったので、本数の多い香林坊まで歩いて戻り(ほとんどのバスが、金沢駅前-香林坊間は通ります)、ちょうど香林坊のバス停に着いた時に、金沢駅行きのバスがやって来ました。バスの中でリュックを降ろすと……リュックに雪が積もってた!(汗)金沢駅に到着しました。まだまだ時間があったので、駅前のホテルにある温泉施設でひとっ風呂。着替えをちゃんと用意してきている、準備のいい俺(笑)人工温泉ではありますが、露天風呂に浸かっている間、雪がちらちらと舞っていて、雪見風呂になりました。ちょうどこの間だけ、雪の降り方が弱くなったんですよね。16時半頃、金沢駅に戻りまして、とりあえず早めの夕食。この後が、いよいよ、今回の旅行のメインイベントです。が、続きは次に書きます。
2011年01月31日
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続きです。丸亀城見学を終え、坂出駅に向かいました。12:54発 ↓予讃線・快速『サンポート』 高松行(撮影:坂出駅)121系 ↓ ↓11:42着こうしてお昼前に合わせて、坂出駅に着きました。で、この坂出駅構内にある「亀城庵」という、有名な讃岐うどん屋さんに行こうかと思っていたんですが……元日だけお休みでした……(泣)もちろん、元日だから定休日の可能性も考慮して、事前に調べたはずだったんですが、「調べたつもり」になっていただけだったんですかね(汗)というわけで、岡山駅で駅弁を買って食べることにして、予定を切り上げて早く帰ることにしました。坂出駅12:54発の快速『マリンライナー32号』に乗る予定でしたが、1時間早い11:54発の『マリンライナー28号』で岡山に向かうことにしました。11:54発 ↓予讃線・本四備讃線・宇野線(瀬戸大橋線)・快速『マリンライナー28号』 岡山行(撮影:岡山駅)223系 ↓快速『マリンライナー』は、JR西日本223系で運行されていますが、高松側の先頭(最後尾)車両1両だけ、ターミネーターを彷彿とさせるJR四国の5000系です。223系は全車普通車自由席ですが、5000系の1両だけは、2階建てになっていて、2階席がグリーン車指定席、1階席が普通車指定席になっています。運転席の真後ろの席は平屋建てですが、パノラマグリーン席として扱われています。さて、瀬戸大橋を渡るわけですが、瀬戸大橋は2階建てになっていて、上が高速道路、下が鉄道になっていますので……鉄道だと、瀬戸内海を眺めるには、柱が少し邪魔です(汗) ↓12:32着当初、岡山駅着は13:32の予定だったので、1時間早く岡山駅に着いたんですが……さて、この岡山駅から大阪駅まで、どうやって乗り継いで行こうかと、こういう時のために持ってきていた時刻表を、うおりゃー!と、めくりました。というわけで、以下のように乗り継ぐことにしました。12:55発 ↓山陽本線・赤穂線・普通 播州赤穂行(撮影:岡山駅)115系 ↓車内で、岡山駅で買った駅弁を食べました。『あまから蜂蜜牛肉弁当』(1100円)。以前にも食べたことがあります。 ↓14:08着14:10発 ↓赤穂線・山陽本線・東海道本線・新快速 野洲行(撮影:播州赤穂駅)223系 ↓15:43着(実際には15:46着)大阪駅到着も、予定より1時間早くなりました。こうして、今回の旅行を、無事に終えました。讃岐うどん以外は……(汗)
2011年01月01日
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続きです。1月1日(土)新年早々、朝っぱらから18きっぷで移動開始です(汗)6:01発 ↓予讃線・普通 多度津行(撮影:伊予西条駅)7000系 ↓この7000系は、クロスシートとロングシートが、こんなふうに配置されています。トイレがない車両で、4時間乗りっぱなしです(汗)ただ、途中、特急通過や対向列車の待ち合わせなどで、長時間停車の駅がありますから、そこでトイレは済ませればいいのです。予讃線をひたすら西に進みます。というわけで、海岸沿いを走る時には、左手に瀬戸内海が広がります。香川県に入りました。 ↓9:57着10:00発 ↓予讃線・普通 高松行(撮影:丸亀駅)121系 ↓10:06着ようやく丸亀に着きました。丸亀駅のホームから丸亀城が見えます。丸亀駅から丸亀城まで徒歩10分、とガイドブックなどに書いてありました。駅前の大通りをまっすぐ歩いて、再び大通りを左折すると、右手に丸亀城が見えてきます。確かに、徒歩10分で丸亀城に着きましたよ。……丸亀城の麓まではね(汗)でも、あの上まで登るのにどれだけかかるんだ、って感じです。堀も綺麗に残っています。さて、正面入口である大手門まで来ました。さて、ここから、10分くらいかけて天守まで登ります(汗)そしてたどり着きました。入場料は200円です。ここも現存天守なので、靴を脱いでスリッパに履き替えます。中には少しだけ史料が展示されています。そして最上階まで登りました。瀬戸内海も一望できます。右側に瀬戸大橋も見えます。反対側は讃岐平野。帰りに地元のおじさんが近付いてきて説明してくれたんですが、この天守は元々、天守ではなく、櫓だったそうです。でもいちおう、現存天守となっているとおり、天守として扱われています。この天守と大手一の門、二の門が、重要文化財になっています。丸亀城は、生駒氏、山崎氏、京極氏が城主となりましたが、まあ、それはともかく……俺としては、天守や門よりも、石垣に見とれてしまいました。丸亀城は、標高66メートルの亀山という山の上に建てられていますが、この亀山を囲むように堀が造られ、亀山を覆うように石垣が積まれています。石垣の高さは、麓から頂上まで、合わせて60メートルあり、これは日本一の高さなんだそうです。1段の石垣だけでも、上から見下ろすと、怖いです(汗)こんな石垣が、4段、重ねられています。麓から見ると、この高さですよ。先述の通りがかりのおじさんが教えてくれたんですが、丸亀城はやはり石垣が有名らしいですね。この丸亀城の石垣の勾配は、「扇の勾配」と呼ばれているそうです。俺は、丸亀城は現存12天守の一つだということは知っていましたが、石垣のことまでは知りませんでした。こんなド素人の俺が何の先入観もなく見に行っても、天守より石垣に目が行ったんですから、よっぽど綺麗なんですね。石垣を見に行くなら、丸亀城ですね。続きは次に書きます。
2011年01月01日
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続きです。道後温泉は、昔、白鷺が岩間から流れ出るお湯に、怪我をした脚を浸し、傷を治して飛び立って行くのを見て、村人が、このお湯が温泉であることを発見したのが始まり、と言われています。また、伊予国風土記によると、大国主命(オオクニヌシノミコト)(大黒様)と、少彦名命(スクナヒコナノミコト)(大国主命の国作りに協力した医薬、まじない、知識などの神)が、この地を旅していたところ、少彦名命が急病になり、大国主命は、別府の湯を海底にパイプを通して道後まで持ってきて、小彦名命をこのお湯に浸したところ、病気が治り、少彦名命は石の上で踊りだした、という神話もあります。その後、歴代の何人かの天皇や、聖徳太子、小林一茶などが、道後温泉に入ったという記録があるそうです。まあ、それはともかく、道後温泉本館には、お風呂場が6つあります。「神の湯」と呼ばれるお風呂が、男2、女1。「霊(たま)の湯」と呼ばれるお風呂が、男1、女1。そして「又新殿(ゆうしんでん)」のお風呂が、1つ。又新殿は皇室専用なので、俺たち庶民は、いくらがんばっても入れません(笑)というか、今は展示用に残っているだけで、使われていません。まず入口でチケットを買いますが、4つのコースがあります。☆神の湯階下(400円) 「神の湯」のみ利用可能(男湯は2つあるが、どちらに入ってもよい) 利用時間1時間以内☆神の湯二階席(800円) 「神の湯」のみ利用可能 利用時間1時間以内 2階休憩室が利用可能 貸し浴衣・お茶・お茶菓子(せんべい)付き☆霊の湯二階席(1200円) 「霊の湯」と「神の湯」を利用可 利用時間1時間以内 2階休憩室(「神の湯二階席」とは別室)が利用可能 貸し浴衣・貸しタオル・お茶・お茶菓子(せんべい)付き 「又新殿」見学無料(解説付き)☆霊の湯三階個室(1500円) 「霊の湯」と「神の湯」を利用可 利用時間1時間20分以内 3階個室が利用可能 貸し浴衣・貸しタオル・お茶・お茶菓子(坊っちゃん団子)付き 「又新殿」見学無料(解説付き)今回は、「霊の湯二階席」にしました。入口でチケットを買い、改札所でチケットを見せると、本券部分に、おばさんが斜めにハサミを入れます。下の写真は残りの半券なので、ハサミを入れた跡は分かりませんが。そしてこの本券部分は、コースによって色分けされています。(「神の湯二階席」は青、「霊の湯二階席」は赤、「霊の湯三階席」は黄色)以前は病院のように、入口から伸びる廊下に、色分けされたラインが引かれていて、チケットの色と同じラインをたどっていったのですが、今は、階段を上がった先の、3つのコースの分岐点となる所から、ラインが引かれていました。「神の湯階下」は、普通の銭湯といった感じで、安い代わりに、休憩室も何もなく、入口から一番近い所にある脱衣所で、衣服を脱いでお風呂に入るだけです。安いこともあって、お客さんが多すぎて、時間によっては、ものすごく混雑します。廊下の突き当たり左の階段を上がって、左が「神の湯二階席」の休憩室、右が「霊の湯二階席」の休憩室になっていて、そこに行くと、浴衣の入った乱れ籠(藤で編んだ浴衣入れ)と座布団が並んでいます。そこで、係のおばさんにチケットを切られて、席に通されて、そこの乱れ籠に荷物を置きます。(貴重品は、100円のコインロッカーもあります)この休憩室は男女混合です。男性に限って、ここで上着だけ脱いで浴衣を着て、脱衣所の方に行くこともできますが、まあ、ほとんどの人は、浴衣を持って脱衣所に行きますね(笑)「神の湯」も「霊の湯」も1階にありますので、浴衣とタオルを持って、1階の脱衣所へ。「霊の湯」の脱衣所には、鍵のかかる脱衣ロッカーがあります。「神の湯」の脱衣所はどうだったかな……忘れちゃった。「霊の湯」は、洗い場が4つしかありません。まあ、「神の湯」と違って、利用者が少ないので、それでも充分なんですけどね。ただ、この浴槽、微妙に深い(汗)お尻まで浴槽の床に付けると、俺の身長でも、背筋を伸ばした状態で、水面が口まで来ます(汗)浴槽の縁の段になっている所に腰掛けると、肩まで浸かれないし……う○こ座りでちょうどいい高さになるので、足を伸ばすのはちょっと……(汗)ちなみに「神の湯」と「霊の湯」は、浴槽に使われている石の種類が違うだけで、泉質に違いはないそうです。お風呂から上がって、浴衣を着て休憩室に戻ると、おばさんが、お茶とお菓子を持ってきてくれるんですが、その湯呑みは、何と朱塗りの天目台に乗っています!お菓子も、朱塗りの皿に乗っています。何か、見た目は豪華です。その後、「霊の湯二階席」以上のコースは、無料で「又新殿」の見学ができます。道後温泉本館が完成したのは、明治27年(1894年)ですが、「又新殿」はその5年後の明治32年(1899年)に完成し、現在まで、又新殿に入られた皇族は、のべ10名。約110年の間に、10回しか使われていないお風呂場です。しかも、昭和25年(1950年)に昭和天皇が利用されて以来、60年間、使われていないそうです。皇族専用の入口(一般客とは反対側)があり、玉座の間や武者隠しの間、また、漆塗りのトイレ(使われたことはないそうです)など、豪華な部屋があり、浴槽は御影石でできているそうです。これらは、職員の方が解説してくれます。(「神の湯」利用者も250円で見学可)また、3階の奥には、「坊っちゃんの間」があり、夏目漱石ゆかりの資料などが展示されています。これは「神の湯」利用者も無料で見学可です。館内は撮影禁止なので、写真がなくてごめんなさい。この道後温泉本館は、ジブリアニメ『千と千尋の神隠し』の「油屋」のモデルになったとも言われています。露天風呂などがあるわけではありませんが、独特な「お風呂屋さん」の雰囲気を味わうだけでも、面白いかもしれません。さて、あとはJR松山駅前のホテルに戻るだけですが、その前に、お土産を買わないといけません。【道後温泉】14:38発 ↓予鉄道城南線・花園線(市内線)3系統 松山市駅前行(撮影:道後温泉駅)伊予鉄道モハ2100形2100形は、2002年から導入されている、新しい車両です。 ↓14:54着【松山市駅前】松山市の中心部は、JR松山駅ではなく、伊予鉄道松山市駅になっています。松山市駅は、路面電車(市内線)だけでなく、伊予鉄道の普通の電車(郊外線)の中心駅になっています。JR松山駅と区別するために、市民からは「市駅」と呼ばれているようです。松山市駅の駅ビルにもなっている、いよてつ高島屋は、四国一の百貨店と言われています。屋上に観覧車があるので、どこからでも見つけられます。お土産なども買いまして、あとはホテルに戻るだけですが、市内電車の松山市駅前電停に行くと……うお! 「坊っちゃん列車」が!惜しかった……というのも、道後温泉駅からこの松山市駅前駅に来た坊っちゃん列車は、この松山市駅前駅で、機関車の方向転換を行なうんですよね。もうちょっと早く戻ってくれば、見れたのに……(見たことあるけど)気を取り直して……【松山市駅前】15:40発 ↓伊予鉄道花園線・城南線・大手町線(市内線)1系統(環状線) 松山市駅行(撮影:松山駅前駅)伊予鉄道モハ50形 ↓15:47着【松山駅前】ちょっと早いですが、こうして松山市内の観光を終えました。本当は、もうちょっと観光してもよかったんですが、翌日が早朝の出発なので、早めに切り上げました。続きは次に書きます。
2011年01月01日
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続きです。道後公園から、再び道後温泉駅前に戻りまして、道後ハイカラ通りと呼ばれるアーケード街に入りました。入口には、人力車も待機しています。このアーケード街に入ってすぐ、左手に、ジャコカツ(愛媛名物じゃこ天のカツ)やコロッケで有名な「みつわ」というお店があります。ここで、お持ち帰りのコロッケを買うこともできますが、実はこのお店、「夢而今」(ゆめじこん)という名前の食堂でもあります。(写真右側が「夢而今」の店舗入口、左側が「みつわ」の店頭)まあ、ラーメンが有名なんですが、寒かったし、ここはあえて、鍋焼きうどん(750円)で。というのも、松山は鍋焼きうどんも名物なんです。松山の鍋焼きうどんは、「ことり」や「アサヒ」というお店が有名で、肉など具がたくさん入っていて、アルミ鍋で提供されるのが特徴ですが……このお店は、普通の土鍋でした。具は、肉、ちくわ、わかめ、ねぎ、しいたけ、たまご、そして、じゃこ天(写真左上)。松山の鍋焼きうどんの特徴でもある、甘めのダシで、これはこれで美味しかったですよ。ちょっと高いかな、とも思いましたが(汗)さて、お腹も膨れたし、暖まったので、ハイカラ通りをを奥へと歩いていきました。すると……こんなのに反応してしまうあたり、俺もガキだな、と思いました(汗)ハイカラ通りは、途中で突き当たって、今度は右に伸びているんですが、突き当たりで右ではなく左の方には、道後坊っちゃん広場があります。記念撮影用に、『坊っちゃん』に登場するキャラクターの人形が並んでいます。この広場の周りには、じゃこ天やいよかんジュースなどのお店があります。元に戻って、ハイカラ通りを右折して奥へ行きますと、その突き当たりが、道後温泉本館です。つまり、道後温泉駅からこの道後温泉本館までの道が、道後ハイカラ通りになっていて、土産物屋などが並んでいるわけです。俺でも迷子になりません。堂々とした立派な建物です。(国指定重要文化財になっています)この編は短いですが、続きは次に書きます。
2011年01月01日
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続きです。松山城観光を終え、大街道駅に戻りました。ここから、道後温泉に向かいます。11:43発 ↓伊予鉄道城南線(市内線)5系統 道後温泉行(撮影:道後温泉駅)伊予鉄道モハ50形 ↓11:53着【道後温泉】道後温泉駅に着きました。けっこうシャレた駅舎です。この道後温泉駅に、坊っちゃん列車が、展示する形で留置してあります。ここからバックして道後温泉駅の奥の引き込み線に入り、道後温泉駅から、松山市駅前駅、あるいはJR松山駅前駅方面へ発車していきます。かつて、日本初の軽便鉄道として伊予鉄道が走らせていた列車が、夏目漱石の小説『坊っちゃん』に登場し、「坊っちゃん列車」と呼ばれていました。これを観光用に模して復元し、2001年から伊予鉄道の市内線で走らせているのが、「坊っちゃん列車」です。ただ、SLの形をしていますが、動力は蒸気機関ではなく、ディーゼル機関です(汗)普通の市内電車の料金に、追加料金を払って乗車整理券を買うと、乗れます。が、人気がある上、本数も多くないので、連休中はすぐに満席になってしまいます。道後温泉駅前に、坊っちゃんカラクリ時計があります。時期によって、カラクリが発動する時間帯は異なっていますが、そんなの調べなくても、俺、ちゃんと12時前に到着するように予定を立てていました。連休中の12時なら、まあ間違いなく、カラクリは発動するでしょうから(笑)そして12時になり、音楽とともに、カラクリが動き始めました。どこが動いたか分かりますか?屋根が持ち上がったんです。中では、人形が大太鼓を叩いています。カラクリ時計というと、どこかが開いて、中から人形が出てくる、というのは容易に想像できますが、まさか屋根が持ち上がるとは思ってなかったらしく、近くの人が、「これは予想外やった!」と言ってました。カラクリはまだまだ続きます。今度は……屋根どころか、時計本体が持ち上がった!下では、みんなが温泉に入っています。さらに、左右の窓が開いて、中から人形が出てきました。最終形態が、これ↓とまあ、これが、坊っちゃんカラクリ時計です。次は道後温泉へ……ではなく、その前に、近くの道後公園に行くことにしました。徒歩5分ほどです。路面電車の道後温泉駅の1駅手前の道後公園駅が、最寄り駅です。道後公園は、湯築城の城跡です。湯築城は伊予国守護の河野氏の居城でしたが、豊臣秀吉の四国征伐で、小早川隆景に攻められて降伏し、その後、小早川隆景、福島正則と城主が変わり、福島正則が城を国分山城へ移転させたため、廃城になりました。道後温泉駅から道後公園入口までは、その外堀の脇を通って行きます。ここが入口。入口から右手の方に、武家屋敷などが再現されています。中では、武士たちが連歌をしていました(笑)再現された武家屋敷はもう一つあります。中には、様々な出土品などが展示されていました。資料館もあります。塀や池なども再現されています。跡はありますが、建物は再現されずに、広場になっている所もあり、この辺りは、上級武士の武家屋敷だったそうです。内堀や土塁も残っていて、特にこの眺めは綺麗でした。公園入口から左手の方は、普通の公園のようになっていますが……内堀を利用して、綺麗な庭園が造られています。(昔からそうなっていたのかどうかは知りません)この道後公園は、資料館なども含め、全て無料なのですが、みんな温泉の方に行ってしまって、いつ訪れても、観光客の姿はあまり見ないんですよね。国の史跡なのに。まあ、天守閣があるわけでもなく、先ほどの武家屋敷などは、内堀の外の二の丸ですからね。湯築城は平山城だったそうですから、内堀の内側にある小高い山の上に、本丸があったのでしょう。実は道後温泉のすぐ近くに、こんな史跡があります、というお話でした。続きは次に書きます。
2010年12月31日
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続きです。12月31日大晦日(金)この日は松山市内観光ですが、その前に……松山といえば、鉄道ファン、特に俺のような線路の分岐フェチには、行っておかないといけない所があります。JR松山駅前から、路面電車で1駅分(徒歩2、3分です)、伊予鉄道大手町駅のそばに、それはあります。伊予鉄道には、郊外線と呼ばれる普通の電車と、市内線と呼ばれる路面電車がありますが、この大手町駅では、その二つの路線が、直角に平面交差するのです。これを鉄道用語で、ダイヤモンドクロスと言います(なんか名前がカッコいい)。X字型で交差する所や、Y字型を二つ組み合わせたような形で交差する所はありますが、直角に、十字型に交差するのは、現在では、ここの他には、高知市内の、はりまや橋駅(土佐電鉄の路面電車同士)と、名古屋市内の、名電築港駅(名鉄築港線と名古屋臨海鉄道東築線(貨物駅))だけです。下の写真は、路面電車の大手町駅のホーム(JR松山駅側)から見たダイヤモンドクロスで、写真右上からはみ出た所に、郊外線の大手町駅ホームがあります。というわけで、こんな動画を見つけました。上の写真の左上側から撮影した動画のようです。(動画の最後に坊っちゃん列車が!)俺もこんなの撮りたかったけど、寒くて待っていられなかったので、やめました(根性ねえ)。さて、JR松山駅に戻り、観光案内所で、市内電車・バスの1Dayチケット(400円)を買いました。市内電車は均一料金で150円なので、3回乗れば元が取れます。このチケット、三つ折りになっていて、裏には市内電車とバスの路線図が描いてあります。そして表は、使用年月日が書いてあるんですが、使用する年、月、日を、それぞれスクラッチ形式で削り取るようになっています。これは、買った時に、観光案内所のおねいさんが、「今日、お使いですか?」と言って、削ってから渡されました。ちなみに、JR松山駅前には、正岡子規の句碑があります。さて、では、松山城へ行きますか。【松山駅前】9:59発 ↓伊予鉄道大手町線・城南線(市内線)5系統 道後温泉行(撮影:松山駅前駅)伊予鉄道モハ50形 ↓古い車両ですが、こういうの好きな俺。松山城の堀を左手に見ながら、堀にそってぐるっと南側を周ります。 ↓10:08着この大街道電停から、北西の方に伸びている道があり、これがその名もロープウェイ街。ここを5分ぐらい歩くと、左手に、松山城ロープウェイ東雲口(しののめぐち)駅があります。その前には、松山ゆかりの人物、キャラクターのパネルが並んでいました。記念写真用に、一部の人の顔には穴が開いています。松山では今、やはり、至る所で、『坂の上の雲』のイベントをやっていまして、この駅でも、何か展示をやっていました。(入りませんでしたが)券売所に行き、自動券売機で、松山城天守閣観覧と、松山城までのロープウェイ・リフトの往復がセットになった、総合券を購入しました。(松山城単独500円、ロープウェイ・リフト往復500円で、総合券は1000円だから、別に安くはならない)ロープウェイは10分おきに出ています。俺が乗ったのは、10:30の便。全長327m、高低差62mを、3分で登ります。というわけで、山の上の駅が、長者ヶ平(ちょうじゃがなる)駅です。ここから、さらに10分ぐらい、徒歩で登ります。途中、こんな立て札があったんですが……登ろうとする人、いるの? これ↓(汗)……まあいいや。そして、いよいよ松山城が見えてきました。やっぱり、連立式平山城は、美しくて綺麗ですよね。姫路城、和歌山城と並んで、日本三大連立式平山城に数えられるだけあります。この先、入場ゲートがあり、チケットを切ってもらって、さらに先に進みます。連立式天守なので、造りが複雑なんですよね。それがまた美しい。松山城は、賤ヶ岳の七本槍で有名な加藤嘉明が建てた、別名・金亀城などとも呼ばれている平山城です。その後、江戸時代には松平氏が入り、松山藩15万石の親藩大名として、明治維新まで続きました。場内に入る時には、靴を脱いで、スリッパに履き替えます。中は資料館になっています。これは小天守の最上階です。ただ、小天守は再建されたものです。大天守は、12しかない現存天守の一つで、国指定重要文化財になっています。どうでもいいんですが、現存天守の階段って、昔のままなので、急傾斜で、ちょっと怖いものが多いですよね。甲冑試着体験コーナー(無料)がありました。解説図を見ながら、自分で着けます。俺は、一人じゃ着けられそうにないので、やめておきましたが。そして、最上階に登りました。西側は、市街地の向こうに瀬戸内海が望めます。東側の、下の写真の中央付近が、道後温泉らしいですが、よく分かりません(汗)いやあ、やっぱり、日本のお城は、綺麗で美しいですよね。松山城を訪れたのは初めてではなかったのですが、大満足しました。そしてあとは、山を降りなければいけません。帰りはリフトにしました。ロープウェイとリフトは共通券で、どちらかを選べます。(ただしリフトは小学生以上)往復ともロープウェイ、あるいはリフトでもいいし、行きと帰りで変えてもかまいません。ロープウェイの隣にリフトがあります。そしてそのすぐそばに、登山道があり、徒歩で登ることもできます。徒歩だと2、20分ぐらいかかるそうです。ちなみにリフトだと6分です。麓の東雲口駅には、ちょうど11:30に着きました。続きは次に書きます。
2010年12月31日
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続きです。12月30日(木)ホテルを出て、松山駅からスタートです。この日も青春18きっぷでの移動です。ただ、雨が降っていまして、景色はよくありませんでした。9:12発 ↓予讃線(伊予長浜経由)・普通 宇和島行(撮影:松山駅)キハ54形 ↓JR四国のキハ54形には、前後にアンパンマンのキャラクターが描かれています。この列車に描かれていたのは、ロールパンナちゃん。それはいいんですが、このキハ54形、ロングシートでトイレがないんですよね(汗)これで3時間以上乗りっぱなし。トイレ行きたくなったらどうするんだ、とは思いますが、実は、伊予大洲駅と八幡浜駅で長時間停車(10分以上)するので、それらの駅でトイレに行けばいいんです。さて、雨の中、発車しました。松山駅の次は市坪駅。この駅前に、坊っちゃんスタジアムがあります。こうして、長いロングシートの旅が始まりました。雨だから窓ガラスに付いた雨粒で景色もよく見えないし…… ↓12:21着まあとりあえず、こうして宇和島駅に着きました。宇和島駅に着いたら、ちょうど雨がやんでいまして、傘を差す必要がなかったのは助かりました。宇和島駅前には、宇和島闘牛の像や……宇和島鉄道時代のSLのレプリカなどが展示されています。また、『鉄道省歌』を作詞した、作詞家の故・大和田建樹氏が宇和島出身ということで、鉄道省歌歌碑もあります。宇和島駅から宇和島城を目指して歩きます。徒歩10分ぐらいで、宇和島城の入口の門に着いたんですが……あれ? 何か、門の後ろに、山を登ってる人がいるんですが……(汗)まあ、宇和島城は平山城なので、山を登るのはしょうがないんですが……このような石段を登っていきます(汗)途中、井戸があったりして、さらに登ります。10分ぐらい登って、ようやく天守に到着です。中に入る時に、靴を脱ぎます(スリッパが用意してあります)。入場料は200円です。中は、特に史料館のようになっているわけではなく、壁に、全国の城の写真と説明があるだけです。最上階には、少しだけ史料が展示されていました。↑最上階から見た宇和島湾。↑同じく、宇和島市街。宇和島城は、別名・鶴島城などと呼ばれていて、城作りの名人と言われた藤堂高虎が建てた平山城です。江戸時代は、宇和島藩伊達氏10万石の居城となりました。(国の重要文化財となっている天守は、伊達氏が建築)ちなみに、伊達氏の本流は仙台藩62万石ですが、戊辰戦争で新政府に反抗した奥羽越列藩同盟の中心となっていたこともあり、明治維新以降は新政府によって62万石から28万石に減封され、仙台伊達家は伯爵とされました。一方、宇和島伊達家は、8代目の伊達宗城が、「幕末の四賢侯」(他に、福井藩・松平春嶽、土佐藩・山内容堂、薩摩藩・島津斉彬)と呼ばれ、幕末に活躍しましたので、この功績によって、侯爵家になりました。つまり本家よりも地位が上になってしまったわけです。こうして宇和島城の見学を終え、宇和島駅に戻りました。この地方には、牛鬼と呼ばれる獰猛な妖怪の伝説があり、祭りの際には、下の写真のような牛鬼が練り歩くそうです。(宇和島駅の待合室にありました)さて、今度は、予土線で高知方面に向かいます。15:28発 ↓予讃線・予土線・普通 窪川行(撮影:宇和島駅)キハ32形 ↓このキハ32形も、トイレが付いていないロングシートの車両です。 ↓16:11着松丸駅は無人駅ですが、ホームから階段を上がった所に、無料の足湯があるそうです(今回は時間がなかったので足湯には行っていません)。意外と新しい、綺麗な駅舎です。そしてこの駅舎の中に、「森の国・ぽっぽ温泉」という温泉施設があります。駅の待合室から直接は行けず、一旦外に出ないといけませんが、駅舎の2階が、温泉施設になっています。入浴料は500円で、タオルは販売ですが、ボディソープやリンスインシャンプーは置いてありますし、内風呂の他、露天風呂、打たせ湯、サウナなどもあり、綺麗な温泉施設です。今回はあまり時間がなかったので、ゆっくりしていられなかったのが残念です。さて、あとは、松山に戻るだけです。まずは再び宇和島へ。16:54発 ↓予土線・予讃線・普通 宇和島行(撮影:松丸駅)キハ54形 ↓またしてもキハ54形。というわけで、前後に描いてあるアンパンマンのキャラは……チーズだ! ↓17:52着そして今度は、松山に向けて進みます。18:31発 ↓予讃線(伊予長浜経由)・普通 松山行(撮影:宇和島駅)キハ54形 ↓今度のキハ54形は……おむすびまん!外は真っ暗だし、ロングシートだし、暇な車内でしたが、まあ、それもまたよし。 ↓21:52着こうして、松山に戻ってきました。続きは次に書きます。
2010年12月31日
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続きです。大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)へ行きました。呉駅からは、徒歩5分程度です。建物の前には、ローマ神話の海神ネプチューン像や……戦艦「大和」をイメージして作られたオブジェなどがありました。入場料は常設展500円、企画・特別展400円で、共通券は800円です。共通券を購入。入ると、いきなり、戦艦「大和」の1/10スケールの模型がドドンと!とりあえず、「大和」は置いといて、展示室に行きました。呉の歴史を展示してあります。もちろん、軍港・呉としての歴史です。けっこう客がいましたよ。戦艦「大和」の設計図面。当時「大和」に使われていた最先端技術などを紹介してあり、戦艦「大和」を徹底解剖してありました。そして、小さいですが、あの日本が誇った戦艦「長門」や……航空母艦「赤城」などの模型も展示してありました。ミリタリー(軍事)マニアではありませんが、男の子ですから、「うおー!」「すげー!」「かっけー!」状態でした。戦艦「大和」を挟んで、展示室の反対側にある大型資料展示室に行くと……日本海軍の特攻兵器、人間魚雷「回天」(試作型)や……零式戦闘機・通称「ゼロ戦」なども展示されていました。↑写真右下に見えるのは、特殊潜水艇「海龍」です。いやしかし、戦艦や戦闘機はいいとしても、「回天」はちょっと、俺は乗りたくないですね……(汗)これに乗って海に潜り、敵艦にぶつかっていくっていうのは……戦闘機による特攻より、生きて帰れなさそうじゃないですか。まあ、海軍上層部も、なかなか許可しなかったらしいですが。さて、最後に、戦艦「大和」の模型の写真を、色んな角度から。自分で撮っておいて、何ですが、最後の写真なんて、やべえ、カッコよすぎる!さすが、大日本帝国海軍が誇った世界一の戦艦「大和」です。企画特別展は、「明治の呉と海軍-軍港と市民の暮らし-」と題して、明治時代の呉の様子が分かる資料が展示されていました。おみやげ屋さんには、戦艦「大和」だけでなく、「宇宙戦艦ヤマト」のプラモデルも売っていました(笑)大和ミュージアムの、道を挟んで隣に、海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」があり、入場無料なんですが……12月29日から1月3日まで、お休みでした(汗)また、近くの施設には、映画『男たちの大和/YAMATO』のセットが展示してありました。こうして大和の世界を堪能したので、フェリーで松山に向かうことにしました。大和ミュージアムの隣にあるフェリーターミナルは、けっこう新しくて綺麗な施設です。17:45発のチケットを購入。毎日ホリデー割引で、2600円のところ、2400円。あとはもう、時間になるまで待機です。呉港の景色を眺めたりしながら過ごしました。時間になりましたので、外に出て、広島からフェリーが到着するのを待ちます。そのうち、フェリーがやって来ました!瀬戸内海汽船(石崎汽船と共同運行)のフェリー『四万十川』は、17:47分に呉港に着岸しました。俺は5番目に乗り込みましたが、予想どおり、広島から乗ってきた人に、いい席は全部取られていました。まあ、座れただけ、マシですが。17:52、出港。俺はとりあえず座席だけ確保して、船内を探検しました。とは言っても、小さいフェリーですけどね。カーペット席は、お子様連れ専用。有料ですが、マッサージチェアやゲームコーナーもあります。デッキに出ましたが、夜だから暗いし、寒いし……(汗)まあ、とりあえずこうして、19:42、松山観光港に着きました(ダイヤでは19:40着予定)。ここから、高浜駅までバスで行って、高浜駅から伊予鉄道で松山市駅まで行ってもいいんですが、俺が今回泊まるホテルはJR松山駅前なので、伊予鉄道松山市駅からさらに路面電車でJR松山駅まで行かないといけません。というわけで、てっとり早く、リムジンバスで行くことにしました。JR松山駅前までは、450円。約20分で着きます。こうして無事、JR松山駅前のホテルに到着しました。続きは次に書きます。
2010年12月30日
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現在、18きっぷを利用して、松山を拠点とした旅行をしています。その旅行記を、ちょっと書いてみます。12月29日(水)5:24発 ↓東海道本線・山陽本線・普通 加古川行(撮影:西明石駅)207系 ↓6:30着6:41発 ↓山陽本線・赤穂線・普通 播州赤穂行(撮影:播州赤穂駅)223系 ↓相生駅から赤穂線に入ります。久しぶりの赤穂線でした。 ↓7:48着8:04発 ↓赤穂線・山陽本線・普通 三原行(撮影:播州赤穂駅)117系 ↓山陽地区の快速『サンライナー』用塗装の、117系です。俺、けっこう117系って好きなんですよね。車内が落ち着いた雰囲気があります。東岡山駅まで、山陽本線と並行する、赤穂線です。東岡山駅から山陽本線に入り、そのまま一気に三原まで行きました。 ↓11:09着11:18発 ↓呉線・普通 広行(撮影:三原駅)105系 ↓黄色に塗られているのは、瀬戸内海に反射する陽光をイメージしてあります。初の呉線乗車です。トンネルが多いですが、海沿いを走るので、瀬戸内海が目の前に広がります。 ↓12:56着日本海軍の航空機開発を行っていた、広海軍工廠があった、呉と並んで重要な軍事工場のあった、広です。呉線の電車は、一部を除き、ほとんどがこの広駅で乗り換えです。13:11発 ↓呉線・普通 新山口行(撮影:広駅)115系 ↓13:22着こうして、呉駅に到着しました。ここから大和ミュージアムまで、歩道橋が延びています。その途中に商業施設が入っているので、そこのフードコートで軽く昼食を取り、いざ、大和ミュージアムへ!……の前に、大和ミュージアムの隣にある、フェリーターミナルのコインロッカーに、大きな荷物を預けました。続きは次に書きます。
2010年12月30日
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突然ですが、青春18きっぷの季節になりましたので、ここで、上手な青春18きっぷの活用方法について、書いてみたいと思います。初心者向けですので、ベテランの方は、読まなくていいです。18きっぷのルールなど、使用方法については、こちらに、以前、書きました。(注:利用期間や、利用できる列車が、この冬から若干変更されていますので、詳しくは、JRの公式サイトをご覧ください)さて、青春18きっぷといえば、安く移動できるというのが、最大の売りなんですが……最近、有名になりすぎて、18きっぷのルールもよく知らずに乗って、駅員さんや車掌さんとトラブルになるケースが多いと聞きます。たとえば、18きっぷに特急券をプラスすれば、特急列車に乗れると思っていた、とか、列車の運休・遅延などにより、目的地にたどり着けず、JRに文句を言う、とか……18きっぷでは、どんな切符を買い足しても、お金を積んでも、新幹線・特急・急行列車には乗れません!列車の運休・遅延などにより目的地にたどり着けなくても、それは自己責任です!と、いうわけで……青春18きっぷで、旅のプランを立てる時の、注意点について、書いていきましょう。1.時刻表を読めるレベルにはなりましょう!小難しい、詳しいことまでは必要ありませんが、最低限、時刻表の見方ぐらいは知っていないと、話になりません。厳しい言い方かもしれませんが、列車の遅延・運休などがあった場合、最初の計画どおりに行くことができなくなります。その時、時刻表を読めないと、この後の乗り継ぎをどうすればいいのか、途方に暮れてしまいます。まあ、東海道本線、山陽本線だけなら、本数も多いので、次に来た列車に乗っていくだけでも、目的地に着けるでしょうが。その列車が終点にいつ着くか、その次の列車の乗り継ぎはどうか、というぐらいならともかく、それより遠くまで何度も乗り継ぐ場合、駅員さんや車掌さんは、聞かれても、そんなことに付き合っている暇はありません。携帯電話などの乗り継ぎサイトを利用することもできますが、その区間が全線運休になってしまった場合、迂回ルートを示してくれたりはしません。時刻表なら、全線のルートが乗っていますから、迂回していくルートを考えることもできます。最低でも、ポケット時刻表ぐらいは必須アイテム。2.乗り継ぎには余裕を持って!列車はもちろん、遅延することがあります。それで乗り継ぎができなくて、目的地にたどり着けないのでは、旅が台無しになってしまいます。乗換駅での乗り継ぎ時間には、余裕を持ったプランを立てましょう。それに、18きっぷの季節、東海道本線、山陽本線の一部区間は、非常に混み合います。わざと1本遅らせて、確実に座る、というのも、一つの手です。予定よりも1本早い列車に乗り継げたらラッキー、ぐらいの余裕で。3.トイレや食事の時間も考慮に入れよう!2.にも関係していますが、列車の乗り継ぎにしか目が行っていないと、トイレや食事の時間が全く考慮されていないプランになってしまうことがあります。車内にトイレがない列車もありますし、いくら駅弁を車内で食べると言っても、ロングシートの車内だと、顰蹙を買います。列車に乗るのはロボットではなく人間なのだということを、忘れずに。4.たまには並行路線を利用してみよう!みんな考えることは同じで、東海道本線や山陽本線の一部区間は、18きっぷのシーズン、とても混雑します。地元の普通の通勤、通学客にとってみれば、18きっぷのシーズンは、迷惑以外の何ものでもありません。そこで……たとえば、名古屋-大阪間は、東海道本線ではなく、関西本線、相生-岡山間は、山陽本線ではなく、赤穂線、三原-広島間は、山陽本線ではなく、呉線、などなど、時間はかかりますが、あえて遠回りをして、混雑を避け、ゆったりと進む、という手もあります。JR全線乗り放題なのに、わざわざみんなと同じルートを選ぶ必要はありません。5.ダイヤの薄い区間や混雑する区間は特急列車も利用しよう!幹線であっても、1日数本しか普通列車が通らない区間があり、そういう区間は、18きっぷの難所と呼ばれていますが……お金のない学生ならともかく、大人なら、その区間だけ特急列車を使うこともアリです。(これを、乗りテツ用語で「ワープ」と言います)短い区間なら、特急列車や新幹線に乗っても、それほど高くありません。もちろん、特急列車に乗る区間は、特急券の他に、乗車券も必要です。車内で車掌さんから買いましょう。大人ならそれくらいの金銭的余裕を持って。6.乗り継ぎな困難な区間から計画を立てよう!ダイヤが薄い区間は、乗ることができる列車が限られています。まずはその区間をいつ通るかを決めてから、その前後の区間について、順に決めていきましょう。これは乗り継ぎを考える上で常識です。7.指定席券などを買い足せば、リゾート列車にも乗れる!18きっぷが使えないのは、特急、急行だけです。逆に言えば、快速列車や各駅停車の列車は、指定席券やライナー券などを買い足せば、どんなにグレードが高い列車にも乗れるのです。JR東日本では、グリーン券を買い足せば、普通列車のグリーン車にすら乗れます。(ただしグリーン車は自由席のみで、指定席は乗れない)つまり、『リゾートしらかみ』などのリゾート列車や、各SLなどの観光列車なども、乗れるわけです。通勤用の列車しか乗れないわけではありません。場所によっては、快速列車などが特急用車両で運行されていることもありますので、そういう列車に乗るのも快適です。ただ移動するだけでなく、移動そのものを楽しもう。8.JR以外の車両にも乗れる!18きっぷはJR全線乗り放題で、JR以外の車両には乗れない、と思われていますが……(この冬からの青い森鉄道のルールは、ややこしいのでここでは置いておきます)運賃、乗車券というのは、どの車両に乗るかは関係ありません。A駅からB駅までの区間を乗るのに必要な料金、です。(速度が速い列車に乗るための料金が特急料金、専用の座席に座るための料金が、指定席料金やグリーン料金で、別物です)同じ列車に乗っていても、JRの区間ではJRの運賃が、私鉄の区間では私鉄の運賃が、それぞれ必要なのです。(通常は、切符を買う時に一緒に払うので、その意識は薄いでしょうが)逆に言うと、JRの区間を走っている私鉄の車両に乗る時には、JRに運賃を支払い、私鉄の区間を走っているJRの車両に乗る時には、私鉄に運賃を支払っているわけです。つまり……18きっぷは、乗車券の一種ですから、JRの区間内なら、JRの路線に乗り入れている他社の車両に乗ることができます。例:東北本線・名取-仙台間(仙台空港アクセス鉄道が乗り入れ)只見線・西若松-会津若松間(会津鉄道が乗り入れ)常磐線各駅停車・綾瀬-取手間(東京メトロ千代田線が乗り入れ)上越線・六日町-越後湯沢間(北越急行ほくほく線が乗り入れ)信越本線・篠ノ井-長野間(しなの鉄道が乗り入れ)土讃線・後免-高知間(土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線が乗り入れ)筑肥線・姪浜-西唐津間(福岡市営地下鉄空港線が乗り入れ)他社線の車両にも乗れる魅力。9.無理に遠くまで行かなくてもいい!18きっぷは1日2300円で乗り放題なので、なるべく元を取ろうと、遠くまで行く計画を立てる人がいますが、片道2300円以上の区間なら、元は取れるのです。日帰りなら、片道1150円以上の区間で、元が取れるのです。そう考えると、意外と敷居が低くなります。10.余った18きっぷはどうする?18きっぷは5回(人)分で1枚になっていますので、利用期間中に使い切れず、余ってしまう、ということがよくあります。余った分は金券ショップに持っていく、という手もありますが……2300円×5回 と考えずに、11500円×1回 と考えるのも、一つの手です。たとえば、3回(人)分使って、既に11500円分以上、乗ってしまった場合、残り2回(人)分が余ってしまっても、既に充分、元が取れているのです。金券ショップに持っていくにしても、利用期間がもう少しで終わってしまう場合、買い取ってくれない場合が多いです。というわけで、売ることもできないし、どうしても余ってしまった場合、短区間でもいいから乗る、というのもあります。たとえば1回(人)分、余ってしまい、売ることもできない場合、そのままだったら、2300円を捨てるのと同じですが、たとえ400円区間でもいいから、残りの18きっぷを使って乗れば、損するのは1900円で済みます。発想の転換も必要です。こういうことを考えながら計画を立てると、けっこう面白いですよ?
2010年12月23日
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続きです。全ての観光を終え、あとは帰るだけなのですが、せっかく、特急列車自由席乗り放題の周遊きっぷなので、無駄に色んな特急を乗り継ぎます。14:17発 ↓久大本線・鹿児島本線・特急『ゆふ4号』 博多行(撮影:由布院駅)キハ185系 ↓特急『ゆふDX』の車両整備などの間に運転される、特急『ゆふ』です。特急『あそ』として、豊肥本線を走っていたこともあります。俺が乗ったのは、先頭の3号車自由席。先頭車の一番前の席だと、前方の展望がいいです。これに乗ったまま博多駅まで行けるのに、わざわざ鳥栖駅で乗り換えました。 ↓16:09着16:14発 ↓鹿児島本線・特急『有明22号』 小倉行(撮影:博多駅)787系 ↓特急『リレーつばめ』などにも使われている、主に鹿児島本線で活躍している、JR九州の主力特急用車両、787系です。俺が乗ったのは、先頭の4号車自由席。この、近未来を思わせるカッコいい車内もけっこう好きです。そして再び、このまま乗っていけば小倉駅まで行けるのに、無駄に博多駅で乗り換えです。 ↓16:35着17:00発 ↓鹿児島本線・特急『ソニック41号』 佐伯行(撮影:博多駅)885系 ↓885系は大分方面行きの『ソニック』と、長崎行きの『かもめ』に使われていて、それぞれ『白いソニック』、『白いかもめ』と呼ばれています。というのも、『ソニック』には、883系『ソニック』(青いソニック)もあり、『かもめ』には、783系『かもめ』(ハイパーサルーンかもめ)もありますので。でも、この入線してきた車両、『白いソニック』用じゃなくて、『かもめ』用でした。ラインなどが黄色いのが『白いかもめ』、青いのが『白いソニック』です。それぞれ、「KAMOME」「SONIC」のロゴが入っているので、分かりますが。この885系、『白いかもめ』用は7編成ありますが、『白いソニック』用は4編成と車両数が少なく、予備がない状態で、ギリギリのフル稼働で運転しているので、車両点検などがあった場合は、『白いかもめ』用の車両で、『白いソニック』が運転されることがあります。俺が乗ったのは、6両編成の前から2両目の5号車自由席。この885系、何といっても、車内がカッコよすぎ。何ですか、この、SFかロボットアニメに出てきそうな、基地みたいな、デッキの内装は!そして、室内は……座席は、グリーン車のみならず、普通車も本革です。何て贅沢な……その代わり、座席背面にはテーブルを付けられないので、肘掛けからテーブルを出す仕組みになっています。もうね、JR九州の列車は、どれも素敵です。九州に引っ越そうかな……(マテ!) ↓17:41着この小倉駅で、周遊きっぷのゾーン券の使用を終えることにします。ここから先は、周遊きっぷのアプローチ券(かえり券)で、九州ゾーンを出て、帰ります。新幹線に乗り換えです。新幹線ホームで小倉駅の駅弁を買って、待合室で待っていると、反対側のホームに、博多方面への列車が入ってきました。お! この車両は……!2011年3月12日から、新大阪-鹿児島中央間を、山陽新幹線・九州新幹線直通で走る、『みずほ』『さくら』用の、新幹線N700系(7000番台・8000番台)じゃないですか!これに気付いて、一斉に走り出し、写真を撮り始める俺たち鉄道ファン。そして、一歩遅れて、「ああ、あれか……」と、写メを撮り始める普通の人たち。もちろん、まだ開業していないので、試運転です。そうこうしているうちに、俺の乗る列車も到着しました。18:22発 ↓山陽新幹線『ひかり578号 レールスター』 新大阪行(撮影:新大阪駅)新幹線700系 ↓はい。山陽新幹線ならコレ!「ひかりレールスター」です。俺が乗ったのは、先頭の8号車指定席。指定席は、2×2列で、座席はグリーン車並みの広さです。(その代わり、レールスターにはグリーン車はありません)そして8号車の先頭には、4人用個室も付いています。しかも、個室なのに普通車と同じ料金。まあ、簡単な壁で仕切ってあるだけですけどね。さて、俺の席は、普通席の一番前。コンセントもあります。で、小倉駅で買った駅弁、『伝承 小倉のかしわ飯』(750円)。小倉といえば、かしわ飯です。この他にも、色んなかしわ飯が売っています。車内の照明の色で、こんな黄色っぽい写真になってしまいました(汗)今回、けっこうたくさん、駅弁を食べました。駅弁はまあ、高いんですが、それはそれ。旅の醍醐味の一つですからね。 ↓20:45着こうして無事、帰ってきました。今回の旅は、行ったことのある所がほとんどでしたが、それでも、最近の国内旅行の中では、上位にランクインする満足度でした。やっぱり九州はいいですね。
2010年12月23日
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続きです。お昼前になると、湯の坪街道も観光客が増えてきました。続いて俺が向かったのは、去年オープンしたばかりの、「湯布院トリックアート迷宮館」です。入口で、さっそくやってくれちゃってます(笑)入場料は、高校生以上700円、小中学生500円、幼児200円。↑飛び出してくるサメ。ここは、大人でも充分楽しめますが、一人で行くよりも、複数で行った方がいいかもしれません。というのも、ここは、見るだけでなく、自分も一緒に写真に写ることによって、トリックアートが完成する作品が多いからです。↑もちろん現実には180度逆さになっています。↑右から見た場合と左から見た場合で、足の長さが違います。ご紹介したのは、もちろん、ごく一部です。展示内容は、だんだん変更されるようです。お昼近くになりましたので、昼食です。由布院駅の近くまで戻りまして、「お肉屋さんのレストラン dot to dot」さんに行きました。豊後牛のステーキが食べられるとガイドブックに書いてあり、外のメニューを見て、唐揚げ定食などもあったので、何も考えずに入ったら……な、何か、男一人で入るには、場違いな雰囲気(汗)店内には女性客しかいなくて、店内の装飾もオシャレ。と、とりあえず、カウンターに座り、ミニステーキセット(2000円)を注文。まずは、カボチャのスープが出てきました。続いて、メインディッシュ。ああ、これは完全に女性向けですね。ご飯は、玄米(白米も選べます)。デザートは、きな粉のアイス。まあ、美味しかったですよ。ただ、男一人で入るような雰囲気のお店ではないような気がしました(汗)さて、まだ時間がありますので、再び温泉に入ることにしました。由布院温泉は観光地としての開発をきちんとしていて、温泉地に付きものの歓楽街などはありません。そして湯量が豊富です。そういうわけで、全体的に女性向けに整備されていて、温泉旅館は、敷地が広く、料金が高めの旅館が多いです。(そもそもお土産なども観光地価格で高めですが)ビジネスホテルなどもほとんどありません。日帰り入浴も、旅館が多いので高めですし、安い共同浴場などは、地元の人専用の所も多く、観光客が安く温泉を利用するのは、けっこう難しいのです。でももちろん、安く日帰り入浴できる所もあります。その一つが、再び湯の坪川に沿って金鱗湖の方に行った所にある、ここ。「ほたるの宿 仙洞」さん。日帰り入浴は500円で、タオルも付きます。料金を払い、中庭を通って、離れの露天風呂に行きます。お風呂場の前には、休憩所というか、待合所もあります。そして、お風呂へGO!誰もいませんでした。でも、隣の女湯からは、おねいさんたちの声が聞こえてきて、なんかドキドキ!(中学生か!)上の写真、床にゴミが落ちているように見えますが、紅葉の葉っぱです。内湯はありませんので、この季節、お風呂に浸かるまでが寒いですね。洗い場もちゃんとあります。脱衣所には、受付でもらったタオルの他にも、何枚もタオルが用意してありますので、バスタオルを持っていく必要もありません。温泉も楽しみましたので、これで由布院観光は終わることにして、由布院駅に戻りました。駅前には、こんなレトロなバスや馬車も。待合室になっているギャラリーには、こんなオブジェがありました。地元の小学校でパーツを作ったみたいです。ホームに出ました。由布院駅のホームの端には、足湯コーナーもあります。以前にも利用したことありますし、今回はそんなに時間がなかったので、入りませんでしたが。続きは次に書きます。
2010年12月23日
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続きです。由布院にやって来ました。ちなみに「ゆふいん」の漢字表記についてですが……「由布院」と「湯布院」の2つの漢字表記がありますが、昔からある元々の地名としては、「由布院」が正しいです。その証拠に、近くにある山は、「由布岳」です。「湯布院」という表記は、1955年に、旧・由布院町と、旧・湯平(ゆのひら)村が合併し、それぞれの漢字を使って、「湯布院町」という表記にしたのが始まりです。ですので、それ以前からある、「由布院温泉」「由布岳」という地名や、「由布院駅」という駅名は、「由布」を使用しています。一方、観光PRの面からは、「湯」という漢字を使った方が受けがいいからか、旅行会社のパンフレットなどでは、「湯布院」という表記を使っています。もちろん、町名が「湯布院」ですから、町役場は、「湯布院町役場」になります。そして現在は、平成の大合併により、由布市となり、由布市湯布院町内に由布院温泉がある、という、ややこしいことになってしまっています。ですから、「由布院」「湯布院」とも、漢字の表記としては正しいのですが、温泉名も含めた狭い範囲の地名としては、「由布院」が正しく、町名としては、「湯平村と合併した」という意味で「湯布院町」が正しい、ということになっています。まあ、それはともかく……何度も訪れている、この由布院。観光客用のお店が並ぶ湯の坪街道周辺や、奥にある金鱗湖までは、地図なしで歩いていけます。駅前の土産物屋にあるコインロッカーに大きな荷物を預けて、いざ、出発!湯の坪街道も、まだこの時間では、人通りも多くありませんでした。実際、土産物屋がもっと建ち並んでいるのは、ここよりもう少し先ですが。金鱗湖へ向かう途中の公園に、SLのD51(デゴイチ)が静態保存してあります。この公園から、湯の坪街道を右折し、湯の坪川沿いに出ました。ここからの眺めもよかったです。湯の坪川にたたずむ、サギ。さらに上流に向かって歩いていきますと……見事な紅葉!上の写真に写っている橋のさらに奥に、金鱗湖があります。夕陽に照らされた魚の鱗が金色に輝くことから、「金鱗湖」と名付けられたそうです。また、湖底から温泉が沸いているので、寒い日などは、湖面の水と空気の温度差から、朝霧が発生することもあり、これも由布院の風物詩となっています。この日は、ちょっと遅かったせいか、朝霧は見られませんでしたが、流れ込んでいる温泉水で、わずかに朝霧というか、湯気というか……が、立ち上っていました。俺の目的地は、金鱗湖の向こう岸です。上の写真の真ん中に、茅葺きの屋根があるの、分かりますか?湖の向こう岸に回りまして……由布院に来ると、ここだけは欠かさず来ている、「下ん湯(したんゆ)」さんです。由布院駅から、1.5kmぐらいあると思います。管理人さんが見ているわけではありませんが、ちゃんと料金箱(200円)もあります。利用する時は、ちゃんと入れましょう。自然の中の野天風呂ではありません。ちゃんと清掃、管理してくれている人がいます。さて、中に入ると、まず衝立があり、中はすぐには見えません。が、衝立の左側から覗くとすぐに、浴槽になっています。両側に脱衣所があります。が、男女分かれているわけではありませんから、女性には厳しいでしょうね。っていうか、女性どころか、男性すら、あまり入っているのを見たことありませんが。この日は、先に、おじいさんとおじさんの二人が入っていました。いちおう断ってから、写真を撮りました。おじさん、写真撮影を快くOKしてくださいまして、さらに、「ポーズ取りましょうか?(笑)」いや、ポーズまでは、結構です。普通にしていてください(笑)天井↓二つ浴槽があり、奥の浴槽は、半分が建物の外に出ています。洗い場はありません。ちなみに垣根のすぐ向こう側は、金鱗湖になっていて、垣根の隙間から、向こう岸にいる観光客が見えます(笑)心配しなくても、垣根の向こう側は湖ですから、観光客が垣根の隙間から覗き込むことはできません。ただ……露天風呂に入って、あまり左側に行き過ぎると、建物に隠れなくなって、横から丸見えです(笑)上の写真に写っている観光客の位置からは、露天風呂の左側は丸見えです。いえ、別に、この位置から覗けますよ、とエロオヤジに教えているわけではありません。ここまでは、教えなくても観光客が普通に来ますから、「下ん湯」に入る人は、気を付けましょう、と言っているだけです。というわけで、この「下ん湯」、入口の扉を開けて、中の様子を覗きに来る観光客は、けっこういるんですが、混浴で、しかもあまりにも開放的すぎるので、実際に中に入ってくる人は、あまりいません。特に女性は。っていうか、女性が入ってるのは、見たことないですが。だって、扉を開けると衝立があって、衝立の向こう側はもう、浴槽があるわけですからね。脱衣所も、浴室の壁に棚があるだけなので、お風呂に入っている人から丸見えで、隠れる場所がありませんし。まあ、下呂駅から下呂温泉街へのメインストリートとなっている橋の上から丸見えで、衝立すらない、岐阜県下呂温泉の河原の「噴泉池」よりは数百倍マシですが(爆)あそこはさすがに、入る勇気は出なかった……(汗)(でも最近、衝立もできて、男女とも水着着用になったらしい……)俺はこのくらいなら全く気にしないので、服を脱いで、入りました。脱衣所に鍵などはありませんが、浴槽から丸見えなので、心配ありません。先に入っていたおじさんと、温泉に浸かりながら、しばらく談笑。露天風呂の方が、湯温は低いです。「下ん湯」は、由布岳の麓(下)にあることから、このような名前が付けられたそうです。さて、いつまでも入っていても、のぼせてしまうので、適当なところで上がりました。「下ん湯」の横から金鱗湖を見ると、こんな景色です。再び、金鱗湖から流れ出る湯の坪川に沿って、湯の坪街道方面へ戻りました。金鱗湖から徒歩数分の所に、「豊後とり天 里や」さんがあります。その時は知らなかったんですが、後でぐぐってみたら、けっこう有名なお店らしいです。メニューは、とり天の他にも、コロッケやソフトクリーム、その他、椎茸茶など、地元の特産品を使ったものが書いてありました。俺が買ったのは、食べ歩きできる、カップ入りのとり天。300g500円。カップに入れられ、かぼすポン酢がかけられています。あと、サービスで柚子胡椒(上の写真の、カップの左端に付いてるやつ)を付けてくれます。竹串が付いているので、手も汚れません。注文してから揚げてもらったので、その間、椎茸茶をサービスでいただきながら、看板娘のおねえさんと談笑していました。続きは次に書きます。
2010年12月19日
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続きです。11月23日(火・祝日)別府駅からスタートです。別府駅前には、こんなオブジェがあり……手湯があります。6:47発 ↓日豊本線・特急『にちりん101号』 大分行(撮影:別府駅)485系 ↓普通列車でも全然、苦にならない距離の別府-大分間ですが、せっかくの周遊きっぷなので、特急列車に乗ることにしました。朝イチで運転されるこの485系レッドエクスプレス『にちりん101号』は、中津-大分間という、短い区間を走っています。5両編成で、先頭の1号車の半分がグリーン車指定席で、それ以外は全て普通車自由席です。普通車指定席はないんですが、これは大分駅への通勤用に設定されているからです。(これと逆方向に走る、同じ編成、同じ区間の『にちりん102号』は、深夜に走る『ドリームにちりん』を除き、大分発の最終特急となっています)というわけで、祝日だったこの日は、終点の大分駅の1駅手前の別府駅から乗ったにもかかわらず……乗客いねえ!(汗) ↓7:53着大分駅で、久大本線に乗り換えです。これまで、大分駅から久大本線に行く特急列車は、別府駅始発だったんですが、2008年8月に、久大本線と豊肥本線(『九州横断特急』以外)用のホームが高架になり、久大本線の線路が日豊本線と切り離されたので、全て大分駅始発になりました。2011年末には、全てのホームが高架化される予定です。8:19発 ↓久大本線・観光特急『ゆふDX2号』 博多行(撮影:大分駅)キハ183系 ↓久大本線を走る観光特急『ゆふDX』です。久大本線にはもうひとつ、観光特急『ゆふいんの森』があり、そちらの方が人気ですが、今回、自由席しか座れない周遊きっぷなので、全席指定の『ゆふいんの森』には乗れません。このキハ183系『ゆふDX』は1編成しかないので、1日1.5往復という、半端な運行スケジュールになっています。偶数日には、朝、博多から『ゆふDX1号』として大分に行き、昼間、大分から『ゆふDX4号』として博多に行き、夜、博多から『ゆふDX5号』として大分に行き、大分で留置されます。そして奇数日には、朝、大分から『ゆふDX2号』として博多に行き、昼間、博多から『ゆふDX3号』として大分に行き、夜、大分から『ゆふDX6号』として博多に行き、博多で留置されます。では、奇数日の『ゆふDX1号』『ゆふDX4号』『ゆふDX5号』、偶数日の『ゆふDX2号』『ゆふDX3号』『ゆふDX6号』は、運転されないのかと言いますと……はい。運転されません(汗)代わりに、観光仕様でない、キハ185系特急『ゆふ』で運転されます。この特急『ゆふ』については、後で書きます。昔は、「古代漆色」という赤色だった『ゆふDX』ですが、現在は黄色に塗り直されています。2007年11月25日の乗車記入線してきたら、まずは先頭の4号車に乗り込みました。この『ゆふDX』は、両端の1号車、4号車の、そのまら先端が、パノラマシートになっています。その後ろにラウンジがあり……その後方の暖簾をくぐった所が、指定席になっています。周遊きっぷなので、俺が乗ったのは3号車自由席。この車両のフットレストは、2段階になっています。以前は、『オランダ村特急』(門司港-博多-鳥栖-武雄温泉-佐世保)、『ゆふいんの森II世』(博多-由布院-別府-小倉)、『シーボルト』(佐世保-大村-諫早-長崎)などとして活躍し、現在は博多-由布院-大分間の特急『ゆふDX』として走っているこのキハ183系ですが、2011年1月10日に、『ゆふDX』としての運用は、終了することになっています。その後は、豊肥本線の観光特急『あそぼーい!』となって、『あそ1962』の後継列車として、熊本-宮地間を運行することになっています。というわけで、現在、ラストラン中の『あそDX』、特別に客室乗務員のおねいさんが乗務しています。客室乗務員のおねいさんから、これをもらいました。そうこうしているうちに、由布院駅に到着しました。 ↓9:07着続きは次に書きます。
2010年12月19日
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続きです。立野駅から、別府に向かいます。15:22発 ↓豊肥本線・日豊本線・観光特急『九州横断特急6号』 別府行(撮影:立野駅)キハ185系 ↓自由席の3号車に乗りました。うまい具合に空席がありましたので(満席になるとは思ってませんでしたが)、座ることができました。別府→(日豊本線)→大分→(豊肥本線)→阿蘇→(豊肥本線)→熊本→(鹿児島本線)→八代→(肥薩線)→人吉と、まさに九州を横断する特急です。が、それほど速いわけではなく、本数もそれほど多いわけではないので、どちらかというと観光特急としての役割の方が大きいです。というわけで、車内も木の温かい雰囲気になっています。立野駅を発車してスイッチバックを経由して、赤水駅方面へ向かいました。今回の旅行で、これまで乗った観光列車のうち、『海幸山幸』、『SL人吉』、『あそ1962』については、乗車記念スタンプを押したのをご紹介しましたが、では、『はやとの風』と『いさぶろう・しんぺい』はどうしたのかと言いますと、スタンプがないわけではなく、もちろん押していました。『はやとの風』の車内に置いてあった、冊子型沿線紹介パンフレットに。この中に、『はやとの風』、『いさぶろう・しんぺい』、そしてこの『九州横断特急』のスタンプを押す箇所があるのです。『九州横断特急』は、これまで乗った観光列車のように、いかにも観光列車です、というようなイベントや車内設備等はありません。というわけで、スタンプも、車内販売のおねいさんに頼まないと、出してもらえません。おねいさんに、「すいません。スタンプありますか?」と聞くと、「あ、はい。ちょっと待ってください」と言って、ワゴンの下の方から、布袋に入った、シャチハタ型のスタンプを出してくれました。スタンプを要求する乗客はあまりいないのか、「スタンプ集めてるんですか?」と聞かれました。「集めてるわけではないんですけど……これがあるので」と、上記の冊子を取り出して、『はやとの風』や『いさぶろう・しんぺい』のスタンプを見せると、「ずっと回って来られたんですか!?」「そうです」「どちらからいらっしゃったんですか?」「関西です」「関西! それはようこそお越しくださいました」などと、おねいさんとしばし談笑しました♪その後、再びおねいさんがやって来た時に、これを購入。バニラしか残っていませんでしたが、美味しかったです。こうして、別府に向けて、走っていきました。 ↓17:39着別府駅に到着しました。こういう駅名標があるのが、温泉地らしい。別府駅から徒歩数分の、「ホテルアーサー」に泊まります。写真は翌朝に撮影したものです。入口の回転ドアから入ると、西洋風の鎧が!でもこのホテル、温泉旅館のように高くなく、普通のビジネスホテル並みの宿泊料で、しかも温泉付きです(露天風呂はありませんが)。海鮮料理が苦手なのでどうせ旅館の食事が食べられない俺からすれば、料理はいらないから温泉だけあればいいんです。とりあえずお風呂の前に、大分名物・とり天を食べに行きました。近くにあるラーメン屋さん、「やなぎ家」さんへ。ラーメン屋さんですが、とり天も食べられると紹介されていたので、行ってみました。これが、とり天定食、850円。とり天は、その名のとおり、鶏肉の天ぷらで、大分県では普通の家庭料理らしいですが、大分県以外ではあまりお目にかかれません。ポン酢や醤油などに付けて食べます。とり天発祥の地は、色々な説がありますが、この別府が発祥だという説が有力らしいです。大分市発祥という説もあり、別府市と大分市で、バトルしているようですが、いずれにしても、昭和になってからできたもののようです。まあ、どちらが発祥でもいいですが、美味しかったです。そして、ホテルに戻って、温泉に入りました。ホテルの敷地の地下から直接掘っている天然温泉、100%掛け流しらしいです。別府の湯~♪ここのホテルの大浴場は2つあって、時間帯によって男湯と女湯が入れ替わります。(室内にも、ユニットバスはあります)俺が「やなぎ家」さんから戻ってきて、さて、お風呂に入ろうか、という19時、ちょうど入れ替わる時間でした。19時に大浴場に行くと、まだ「女湯」の表示が。しばらく待っていると、従業員のおねいさんが来て、中を確かめてから、札を「男湯」に替えました。(ここのお風呂は、19時から22時の間だけ男湯になり、それ以外の時間帯は女湯です)や、やっぱり、中を確かめずに従業員が表示を入れ替えて、今まで入っていた女性のお客さんと、新たに入ってきた男性のお客さんが中で鉢合わせて、キャーッ!ってなるのは、ドラマやアニメの中だけなんですね(汗)(当たり前だ!)翌朝、もう片方の温泉にも入りました。やっぱり、朝風呂は気持ちいいですからね。このホテル、外観や内装は完全に洋風なのに、大浴場は純和風の岩風呂でしたし、室内着もパジャマじゃなくて浴衣でした。とまあ、こんな感じで、この日は終わりました。続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。立野駅に戻ってきて、まずは南阿蘇鉄道に乗車です。この南阿蘇鉄道高森線は、かつては国鉄高森線でしたが、現在は第3セクターになっています。国鉄時代には、終点の高森駅から、国鉄高千穂線(のち、第3セクター高千穂鉄道→廃線)の高千穂駅まで路線を伸ばし、宮崎県の延岡に抜ける、九州を横断する路線にする計画がありました。13:32発 ↓南阿蘇鉄道高森線・普通 高森行(撮影:立野駅)MT3010形 ↓このMT3010形、車内は無駄に豪華です。南阿蘇鉄道は、阿蘇カルデラの南側をコトコトと走っていく観光路線です。車両はトロッコ列車以外、全部レールバスです。レールバスというのは、バスの装備を流用した、低価格で作ることのできる車両です。第3セクター路線を中心に使われています。ほとんどの駅が無人駅ですので、運賃は降車時に現金で支払います。俺が乗った区間は、330円。 ↓13:47着二度目の訪問になります。日本一長い駅名として知られている、南阿蘇水の生まれる里白水高原駅です。漢字混じりの正式表記では14文字です。2001年4月2日に古江駅を改名した、島根県・一畑電鉄北松江線の、ルイス・C.ティファニー庭園美術館前駅が18文字でトップに立ちました。読み仮名では、南阿蘇水の生まれる里白水高原駅が22文字、ルイス・C.ティファニー庭園美術館前駅が23文字で、読み仮名でもこちらの勝ちと言われましたが、拗音や長音を一文字として数えるのか?などと、必死な論争を繰り広げ……その後、ルイス・C.ティファニー庭園美術館が閉館してしまい、こちらの駅名は2007年5月21日、松江イングリッシュガーデン前駅と改名され、再び南阿蘇水の生まれる里白水高原駅が、日本一長い駅名として返り咲きました。ちなみに茨城県・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の、長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅は正式表記では13文字ですが、読み仮名だと22文字となり、南阿蘇水の生まれる里白水高原駅とトップタイになります。が、実は正式表記では、2001年に開業したディズニーリゾートラインの、リゾートゲートウェイ・ステーション駅と、東京ディズニーランド・ステーション駅が、17文字で、現在日本一になっています(汗)ディズニーリゾートラインは、そもそも英語をカタカナで表しているので、長くするつもりがなくても長くなってしまうのはしょうがないとして、この南阿蘇水の生まれる里白水高原駅は、なぜこんなに無駄に長いのか、と言いますと……↓駅前↓ホームから見た眺め駅名以外にアピールポイントがないからです(汗)近くに温泉はありますが。駅舎はこんなんです。駅の中の待合室は……ホームも1面のみです。駅では、さかんに長い駅名をアピールしていますが……列車内の運賃表示などでは、「白水高原」と、省略されています(汗)さて、駅以外に特に見るものもないので、立野駅に戻ります。この駅の滞在時間、8分。わざとそういう計画を立てたんですけどね。13:55発 ↓南阿蘇鉄道高森線・普通 立野行(撮影:立野駅)MT2000形 ↓車内は、普通のセミクロスシート。後ろに、この日運休のはずの『ゆうすげ号』を連結していました(汗)『あそ1962』で立野駅に寄った時に、立野駅に留置してあるのを見たので、回送でもなさそうですし、なんでだ?と思っていたんですが、貸切の団体客が乗っていたようでした。(元々、『ゆうすげ号』運行日は、この時間に走ります)というわけで、トロッコ列車『ゆうすげ号』を連結しているこの列車、ビューポイントでは、徐行運転をしました。そのビューポイントが、この第一白川橋梁。立野-長陽間にあります。実はこの列車に乗ってから雨がさらにひどくなって、景色は最悪だったんです(汗)この第一白川橋梁は、1928年(昭和3年)に完成した、日本初の鋼製アーチ橋で、全長166.3m、水面からの高さは64.5m、完成当時は、日本一の高さでした。その後、高千穂鉄道・高千穂橋梁(全長352.5m・高さ105m)(現在は廃線)、大井川鐵道・関の沢橋梁(全長114.0m・高さ100m)に、高さは抜かれてしまいました。阿蘇カルデラから唯一流れ出る河川である、白川に架かる橋です。さらに、もう少しで立野駅到着という所に、立野橋梁がありますが、それはまた後で。 ↓14:12着(実際は14:21着)立野駅に着いたので、団体客が降りた後、とりあえず『ゆうすげ号』だけ撮っておきました。『ゆうすげ号』は、運行日は1日2往復する、全車指定のトロッコ列車です。トロッコは3両あり、その3両の両側を、2台の機関車が挟むような編成になっているので、終点で機関車の向きを変える必要がありません。JR立野駅、南阿蘇鉄道立野駅ともに、敷地が狭いので、駅前広場は、階段を上がった崖の上にあります。そこから見下ろした、南阿蘇鉄道立野駅。ホームの上にある駅舎です。無人駅ですが、待合室もちゃんとあります。ここから、立野橋梁を見に行きます。『あそ1962』に乗車すると、20分間の立野駅停車中に、客室乗務員のおねいさんと一緒に、見に行くことができます。行き方の表示もちゃんとあるので、迷子にはなりません。が、立野駅にはコインロッカーがありませんし、雨の中、大きな荷物を持ちながら、傘を差して歩いたので、大変でした。大した距離ではないんですけどね。これが立野橋梁です。第一白川橋梁と同じく1928年(昭和3年)に完成した橋で、全長136.8m、水面からの高さ34mです。九州では珍しい、トレッスル橋という橋で、この種類の橋では、山陰本線の、旧余部橋梁が有名ですね。全長310.6m、高さ41mの、日本一のトレッスル橋でしたが、2010年7月16日を最後に解体され、現在はコンクリート製になっています。というわけで、現在はこの立野橋梁が、日本一の長さのトレッスル橋です。撮りテツの皆さんは、ここを『ゆうすげ号』が通るのを撮影することが多いです。この日は雨が降っていたので、さっさと退散しました(汗)さらに、立野スイッチバックも堪能しようと思っていたんですが、雨で靴の中がぐちゃぐちゃになっていましたし、また次の機会にすることにしました。続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。立野駅を発車した列車は、スイッチバックなので、今までとは反対方向へと走っていきます。車内では、客室乗務員のおねいさんが、スイッチバックの説明をしました。そもそも、立野駅の手前の瀬田駅は標高170mで、立野駅は標高277mですから、107mの急勾配を、駆け上がってきました。そして、この立野駅の次の赤水駅は、標高465m。つまり、標高差は188m。瀬田駅-立野駅-赤水駅間の急勾配は、勾配の単位に直すと、33.3パーミル。水平方向に1000m進む間に、33.3m上がる、という意味です。スイッチバックとしては、日本一の急勾配です。Z型スイッチバックは、現在、JRでは、日本には4ヶ所しかなく、他には、前日に行った、JR肥薩線の大畑駅(30.3パーミル)と真幸駅(25.0パーミル)、そして島根県・JR木次線の出雲坂根駅(30.0パーミル)のみです。ちなみに急勾配というだけなら、もっとすごいのがありまして……群馬県と長野県の県境の碓氷峠を越える、JR信越本線・横川-軽井沢間が、66.7パーミルで、蒸気機関車ならいざ知らず、電車でも登ることができないので、電車にさらに電気機関車を2両、重連させて登っていました。が、長野新幹線の開通で、この路線が廃止された今は、長野県・JR飯田線の赤木-沢渡間の40パーミルが、JRでは日本一の勾配になっています。さらに私鉄・第3セクターを含めると、粘着運転(レールと車輪の摩擦で進む)では、神奈川県・箱根登山鉄道の80パーミルが日本一の急勾配です。でもそれよりさらに上を行くのが、静岡県・大井川鐵道井川線(南アルプスあぷとライン)で、90パーミルというとてつもない急勾配を、ループもスイッチバックもナシで強引に登ります。さすがに粘着運転では無理なので、アプト式という方式を使っています。2本のレールの間にギザギザのレールを敷いて、車輪のも、2つの車輪を結ぶ車軸の真ん中に歯車を付け、歯車同士を噛み合わせて進む、というものです。昔は、碓氷峠越えにもアプト式が使われていました。話が横道に逸れました。立野駅を逆向きに発車し、1km以上も、急勾配を上りながらバックします。そして再び正方向に向きを変え、赤水駅方向へ、急勾配を登っていきます。下の方に、立野駅からバックして来る時の線路が見えます。こうして、阿蘇のカルデラに登ってきました。さて、この『あそ1962』の車内でしか買えない弁当があります。予約制ですが、余分に作ってあるので、予約がなくても少しは買うことができます。俺は予約していませんでしたが、2号車のサルーンバーへ買いに行きました。まずは予約してあったお客さん優先なので、客室乗務員のおねいさんが、「マルス券の方、いらっしゃいませんか?」と言ってましたが、俺たちテツは分かるけど、一般客に「マルス券」は通じるのか?(汗)マルスは、JRの切符の座席の管理や発行などを行なうオンラインシステムで、みどりの窓口で買う切符やイベント券は、このマルス券になります。このマルスのおかげで、北海道のみどりの窓口で、九州の列車の指定席をリアルタイムで取ることも可能なわけですよね。で、このマルスで発券された引換券を持っている人から優先的に販売していきました。それがこの、『阿蘇のうなり弁当』(1200円)。うなり(宇奈利)とは、神社のお膳のことで御田植神幸祭(おんだまつり)で、白衣を着た女性が、うなりを頭の上にのせ練り歩く姿で知られている。と、書いてありました。あか牛ハンバーグ、馬スジの煮込み、阿蘇米の炊き込みご飯など、阿蘇の素材をふんだんに使った料理です。馬スジの煮込みは、俺の口には合いませんでしたが(汗)この『阿蘇のうなり弁当』は、立野駅で積み込まれ、熊本発の『あそ1962』の列車内でしか、販売されません。つまり、土日休日を中心に、1日1往復しか運転されない『あそ1962』のうち、熊本発の列車内でのみ、しかも立野-宮地間でしか買えないという、すごくレアな駅弁です。弁当箱も、捨てるのがもったいないです。このお弁当を食べ、阿蘇のカルデラの景色を眺めながら、客室乗務員のおねいさんによる、阿蘇の説明を聞きます。なぜか、1号車と2号車のおねいさんの担当が、入れ替わっていましたが。本来なら、車窓から、阿蘇の山々が見えるはずなのですが、この日は雨のため、よく見えず……(汗)そして、終点の宮地駅に到着しました。 ↓12:15着阿蘇カルデラの中にあるこの宮地駅には、SLの方向を変えるための転車台があります。さて、では再び立野駅に戻ります。12:52発 ↓豊肥本線・普通 肥後大津行(撮影:宮地駅)キハ147形 ↓今度はスイッチバックを下って、立野駅に到着です。 ↓13:27着続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。路面電車で熊本駅へ。ホームに行くと、乗る予定の観光列車『あそ1962』は既に入線していました。全席指定なので、急ぐ必要はありませんが。10:12発 ↓豊肥本線・観光快速『あそ1962』 宮地行(撮影:熊本駅)キハ28形・キハ58形 ↓2005年に運行を終了した『SLあそBOY』の後継列車として、2006年7月22日から土日祝日や夏休み期間などを中心に運行を開始した、豊肥本線の観光列車です。「1962」は、キハ58形2号車のこの車両が製造された年らしいです。(キハ28形1号車が製造されたのは1965年)(もちろん、観光用に改造された年のことではありませんよ)俺が乗ったのは、後ろの2号車(キハ58形改造車)。車内は昭和30年代をイメージしているそうです。飛び石連休の中の平日ということもあり、乗客が少なかったので、全席指定ですが、この4人掛けボックスを独り占め!客室にはテレビモニターもあり、阿蘇についてのVTRなどが流れていました。暖簾をくぐって、サルーンバーと呼ばれる共通スペースに行きます。このサルーンバーは、1号車と2号車それぞれの、連結部に近い方のデッキにあります。テーブルの上には、パンフレットや、かぶって写真を撮るための帽子などが置いてありました。『あそ1962』は、2010年12月26日で引退するので、11月から、引退記念企画がされています。ここに記念乗車証が置いてあり、記念スタンプも置いてあるんですが……あとで、引退記念乗車証を、客室乗務員のおねいさんからもらいました。記念乗車証の裏に押すスタンプが、シャチハタ式じゃなくて、スタンプ台のインクを付けるタイプなので、ちょっと失敗してしまいました(汗)このサルーンバーで、客室乗務員のおねいさんが、グッズなどの車内販売も行なっています。さて、先ほどから、写真の中にちらほらと自転車のマークが出てきていますが、それは何かと言いますと……このサルーンバーには、自転車を固定できる設備があり、自転車を持ち込めるのです。(1号車、2号車ともに持ち込めますが、数は異なります)1号車(キハ28形)に行ってみました。化粧室は1号車にあります。座席の色は、2号車と違います。さて、長くなりましたが、いよいよ発車です!ワンマン運転で車掌さんは乗務していませんが、客室乗務員のおねいさんが二人乗務していて、車内販売や検札などを行ないます。熊本駅の次の駅は、平成駅です。(停車はしません)豊肥本線を阿蘇に向かって走ります。しばらくして、客室乗務員のおねいさんが、「おたのしみBOX」を持ってきました。「普段は、お子さまに引いていただくのですが、本日はあいにく、お子さまはお一人しか乗車されていないので、大人の皆さまにも引いていただきます」ということらしく、大人の皆さまも、箱の中に手を入れて、グッズをもらえることになりました。まあ、そりゃ、4連休とは言っても、この日は飛び石の平日ですからね。お子さまはあまり乗っていないでしょう。俺が引き当てたグッズは……『あそ1962』のイラスト付きの三角定規。他にも、定規や、30度-60度-90度の三角定規、分度器などの文房具があったようです。で、栞もあって、栞を引いた人は、小さいのでもう1回、と言われていました。確かにこれは、大人向けのグッズではありませんね。客室乗務員のおねいさんは、「子供の頃を思い出して、懐かしんでください」とか言ってました(笑)熊本駅を出て約1時間後の11:16、立野駅に到着。この立野駅で、『あそ1962』は20分間停車します。その間に、客室乗務員のおねいさんと一緒に、駅から徒歩10分弱の、南阿蘇鉄道立野橋梁を見に行くこともできます。が、俺は、後で立野駅に戻ってくる予定だったし、雨も降っていたので、ここでは立野駅の撮影をすることにしました。大きい駅ではありません。窓口はありますが、業務委託駅です。↓JRのホームから。ホームも大して広くありません。この立野駅は、何と言っても、日本最大のZ型スイッチバックで有名です。駅のホームにも、案内板があります。この先がスイッチバックになっています。が、後でサイド訪れて、ゆっくり見物する予定だったので、今回はこの写真を撮っただけで、とりあえず置いておきました。この立野駅は、第3セクターの南阿蘇鉄道高森線との接続駅でもあり、元々は国鉄の路線だったので、線路はJRとつながっています。そして、この南阿蘇鉄道には、トロッコ列車『ゆうすげ号』が1日1往復、走っていますが、土日祝日と、GW、夏休みのみの運行で、この日は平日なので運休。が、『ゆうすげ号』が留置されているのは、見えました。そうこうしているうちに、『あそ1962』の発車時刻が迫ってきて、運転手が大きな警笛を慣らしました。立野橋梁を見に行った乗客たちも戻ってきて、11:36、発車!が、続きは次に書きます。
2010年12月12日
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続きです。『SL人吉』を降りて、熊本駅前から、路面電車に乗り、ホテルに向かいました。部屋に荷物を置いてから、ホテルから徒歩数分のところにある、「麺食堂 大金豚」二丁目店さんに行きました。テーブル席もカウンター席もあります。カウンターは打ちっ放しのコンクリート製みたいな感じでしたが。入口に食券があり、そこで食券を買うシステムになっています。(追加注文する時は、店員さんに言って、その場で現金で払うこともできます)俺が注文したのは、普通のラーメン(580円)。豚骨こってりで、麺が見えません(笑)スープは普通かこってりを選ぶことができて、こってりを選んだからなんですが。さらにお好みで、辛子味噌を加えたり、もやしなどを加えたりもできます。(別のテーブルに、辛子和えのもやしや、紅ショウガが、山盛りになっていて、セルフサービスで小皿に自由に取ってくることができます)麺は細麺。麺の堅さは、最初は普通でいただきました。で、替え玉(100円)を追加して、今度の茹で方は、堅(かた)で。もうね、こってり豚骨スープが美味しかったですよ。大盛りの「大金豚ラーメン」や、今、流行りの、つけ麺とか、色々なメニューがあります。お腹いっぱいになってホテルに戻り、今度は、温泉ではありませんがホテルの大浴場に入り、もう、満足でした。11月22日(月)この日の熊本は、朝から小雨が降っていました。が、そんな雨の中、ホテルから路面電車で3駅の、熊本城に行ってきました。熊本城電停の近くに、熊本城を建てた加藤清正公像が立っています。ここから少し坂を登ると、熊本城の入口があります。大人1人500円です。あまり時間もないので、今回は天守閣の見学だけにしました。(熊本城は、過去にも訪れたことがあります)熊本城は、説明するまでもなく、加藤清正が建てた平山城で、別名を銀杏(ぎんなん)城と言い、日本三名城のひとつとされています。熊本城といえば、下の方は緩やかで、上の方では垂直になる、「武者返し」と呼ばれる石垣と、天守閣の黒い壁で有名です。さらに清正は、篭城した時の食料用に、城内の壁に干瓢(かんぴょう)を塗り篭め、床の畳には里芋の茎を用いて、城内に120ヶ所もの井戸を掘り、徹底的に籠城戦に備えた城になっています。熊本城は、本丸が、掘られた通路によって分断されていて、その通路の上に本丸御殿が建っているので、本丸御殿の下の通路を通らなければ、天守に行けません。地下通路を通って、天守閣の、先ほどの裏側に出ます。左側が大天守、右側が小天守で、こちら側から中に入ります。天守閣の中は資料館になっていますが、それに加えて、「一口城主」と呼ばれる、1万円以上の寄付をした人の名札が並べられています。この寄付で、熊本城の修復・復元工事が行われています。最上階は展望室になっています。あいにく雨でしたので、遠くまでは見えませんでしたが、上の写真は、いちおう、阿蘇山の方向です。こうして熊本城の見学を終え、ホテルに戻って大きな荷物を持ち、チェックアウトをして、路面電車に熊本駅に行きました。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。14:39発 ↓肥薩線・鹿児島本線・臨時観光快速『SL人吉』 熊本行(撮影:人吉駅)機関車:8620形(58654)・客車:50系 ↓この8620形機関車(愛称:ハチロク)は、矢岳駅のSL展示館に静態保存されていましたが、1988年から、豊肥本線で『SLあそBOY』として、運転されていました。(『SLあそBOY』にも乗ったことあります)この後、故障し、2005年に『SLあそBOY』の運転は終了しましたが、修理して、肥薩線開業100周年を記念して、2009年4月25日から、『SL人吉』として復活しました。客車もリニューアルしています。土日祝日や夏休み期間などを中心に運転しており、全車指定席で、ほとんどがツアーで座席を抑えられてしまい、一般客には非常に切符が取りにくい列車のため、6月22、29日には、地元の人のために、熊本県内でしか切符を買えない『熊本県民号』として運行されています。『SL人吉』は、球磨川沿いの肥薩線を走ります。渡、一勝地、白石、坂本、八代、新八代、熊本に停車します。このうち、渡駅、新八代駅以外では、停車時間が長いので、下車して駅を見学することもできます。1号車展望ラウンジにいたら、アテンダントのおねいさんがやって来て、「熊本駅までご乗車のお客様には、サプライズなプレゼントがあるかもしれません」と意味深な言葉を残して、去っていきました。14:59、一勝地駅に到着。その名前から、縁起物としての入場券が有名な駅です。写真は、以前買ったものです。たくさんの乗客が、この入場券を買うために、発車時刻を気にしながら、窓口に並んでいました。人吉駅でも買えるんですが……この縁起のいい駅名の由来は、鎌倉時代にこの地を治めていた、一升内下野守(いっしょうちしもつけのかみ)という、地頭の名前から、という説と、一升の米しかとれない狭い土地だったから、という説と、二つの説があります。この一勝地駅で、SLを撮影しました。俺はこの駅に停車する直前に、先頭の3号車に行って、停車してドアが開くと同時にホームに降り立ったので、このように撮れましたが、ちょっと出遅れると…………(汗)15:08、一勝地駅発車。次は、15:23、白石駅に到着。他の乗客たちはSLを撮っていましたが、俺だけは線路を渡り、白石駅の駅舎へ。この白石駅も、1908年(明治41年)6月1日の開業以来、ずっと残っている木造駅舎です。15:28、白石駅発車。『SL人吉』は黒煙を上げながら、球磨川沿いを走っていきます。この列車を追うように走っている数台の乗用車がありました。「ハチロク見送り隊」と書かれた旗を振って、長時間停車する駅に現れて、ホームで乗客に旗を振り、SLが出発すると、車で沿線の道路を走って先回りし(併走する所では旗を振る)、再び長時間停車の駅で待ち伏せしているという、何とも忙しい人たち。でも、女性と子供がやっていたんですよね。他にも沿線には、三脚を立てて撮影している撮りテツたちがいたり、一般の併走している自動車の人たちが手を振ってくれたりしました。SLは、電車やディーゼル車にはない、独特の揺れ方がありますし、何よりも、汽笛がいいですよね。『SL人吉』は、球磨川に架かる球磨川第一橋梁を渡りました。球磨川第一橋梁は、1908年(明治41年)に、アメリカ人技師のクーパーとシュナイダーが設計した、アメリカン・ブリッジ社が製作したトラス橋です。この橋は、川の流れに対して60度の斜角を付けて斜めに渡っている、トランケート(切り詰め)式と呼ばれている橋で、この方式の橋は、日本ではこの他に、同じ肥薩線の球磨川第二橋梁のみらしいです。しかもこの球磨川第一橋梁は、第二橋梁と並び、『SL人吉』の絶好の撮影ポイントとなっています。続きまして、16:01、坂本駅に到着。この駅も白石駅と同じく、1908年(明治41年)6月1日以来の木造駅舎を残しています。石炭をスコップで補給しています。SLを正面から撮ってみました。狙ったわけではないんですが、何か、ノスタルジックな写真が撮れました。16:11、坂本駅発車。この後、八代駅から鹿児島本線に入ります。新八代駅でたくさんの乗客が降りました。鹿児島中央行き九州新幹線『つばめ』や、博多行き特急『リレーつばめ』に乗り換えるためですね。街の中を、黒煙を上げて走ります(汗)この『SL人吉』、車掌さんの検札のスタンプは、普通の日付印ではありません。SL人吉仕様のスタンプです。さらに、お子さまには、アテンダントのおねいさんが、一人ひとりに記念きっぷを配り、しかも名前を聞いて書き込むことによって世界に一つだけの、名前入りの切符にして、あとで車掌さんが、お子さま自身にスタンプを押させてくれる、というサービスも行なっています。もう少しで熊本駅到着、というところで、アテンダントのおねいさんから、「運がよければ、熊本駅の手前で『あそ1962』と併走します」とのこと。時刻表を見ると、『SL人吉』も『あそ1962』も、熊本駅到着時刻は17:21なんですよね。『SL人吉』は鹿児島本線、『あそ1962』は豊肥本線で、別々の線路、ホームなので、同時到着でもかまわないのです。さて、『あそ1962』が右側に見えてきました。窓ガラスが曇ってしまっていたし、外が薄暗かったので、あまりよく撮れなかったのですが、よく見ると……『あそ1962』の乗客が、こちらに向けて、1文字ずつメッセージの書かれた団扇?を持っていました。「あそ1962も楽しかよ」と書かれているようです。後で知ったんですが、実は『SL人吉』側からもメッセージが出されていて、2010年12月26日で引退する『あそ1962』に対して、「ありがとうあそ1962」というメッセージを出していたようです。(俺は展望車にいたり、車内を動き回ったりしていましたし、そもそも『あそ1962』側の座席ではなかったので、知らなかったのです)これが、最初にアテンダントさんが言っていた、「熊本駅までご乗車のお客様には、サプライズなプレゼントがあるかもしれません」という意味深な言葉の答えですね。どちらかが遅れていた場合、もう片方が徐行運転をしたりして、この、観光列車同士でメッセージを送り合う併走運転を実現しているようです。なんと粋なことをしてくれるJR九州!こういう、遊び心満載のJR九州、大好きです! ↓17:21こうして、今回の旅のメインイベント、『SL人吉』の旅は終わりました。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。人吉駅に戻ってくると、『SL人吉』はもう入線していました。とりあえず、中に入って、自分の席に荷物を置きました。ただ、俺の席というのが、先頭の3号車の一番前の通路側、しかも進行方向とは逆向きの席。一番人気がなさそうな席です。というわけで、この席には荷物だけ置いて、あとは車内探検です。まずは、先頭、3号車の展望ラウンジ。熊本行きの場合、目の前に機関車のお尻がデデンとあるので、展望は全くダメです(汗)続いて、3号車の室内。3号車の2号車寄りのデッキには、ミニSLライブラリーがあります。2号車の3号車寄りにビュッフェがあり、軽食やSL人吉グッズなどが売っています。ビュッフェの向かい側にテーブルがあり、スタンプなどが置いてあります。あとで車掌さんからもらった記念乗車証に、スタンプを押しました。続きまして、2号車の室内。2号車だけではないのですが、革張りの座席と、布張りの座席があります。続きまして、最後尾の1号車。2号車寄りのデッキに、ミニSLミュージアムがあります。暖簾をくぐりまして、1号車の室内です。そして、最後尾の展望ラウンジです。子供用の椅子もあります。俺、ほとんどの時間、この1号車展望ラウンジにいました。ここまで、3号車から1号車までの室内をお見せしましたが、使用している木材の色が、3号車が暗くて、1号車が明るい感じがしませんか?これは、3号車が明治、2号車が大正、1号車が昭和をイメージしているんだそうです。明治って、暗いんだろうか……(汗)続きまして、外観です。最後尾を見ると、こんな感じです。客車の側面を見ていきましょう。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。滞在時間はたった8分間でしたが、いちおう写真も撮ったし、おかどめ幸福駅から帰ります。14:04発 ↓くま川鉄道湯前線・臨時観光列車『KUMA』 人吉温泉行(撮影:おかどめ幸福駅)KT100形・KT200形 ↓2009年4月1日に運行開始した、土日祝日限定、1日1往復運転の、観光列車『KUMA』です。同じく土日祝日を中心に運行されている『SL人吉』と、人吉駅でうまく乗り継ぎができるようなダイヤになっています。人吉温泉側が、KT100形「KUMA-2」で、車内はセミクロスシートです。湯前側が、KT200形「KUMA-1」で、ロングシートです。壁には球磨地方の植物のアクリル封入標本が飾られ、インテリアになっています。木のぬくもりのある車内は、JR九州の列車に多いのですが、それもそのはず、JR九州の列車のデザインを数多く手がけている、水戸岡鋭治さんがデザインして改造された車両です。おかどめ幸福駅は無人駅ですので、車内で車掌さんから切符を買います。久しぶりに見た。このタイプの切符。実家の方のえちぜん鉄道も、車内でアテンダントのおねいさんから買うと、このタイプですが、最近は有人の福井駅で切符を買って乗りますし、しかも1日フリーきっぷですから、無人駅から乗っても、アテンダントさんから買うことがないんですよね。ちなみにこの『KUMA』は、別料金も予約も不要で、普通運賃だけで乗れます。「KUMA-1」は、球磨地方で人気のある椿のマーク。「KUMA-2」は、球磨地方の郷土玩具・きじ馬のマーク。第3セクターのローカル線ですが、こうして改造した観光列車を走らせて、がんばっています。やっぱりローカル線が生き残るためには、このように観光列車を走らせたり、えちぜん鉄道のようにアテンダントのおねいさんを乗せたりと、いろんな努力をしないといけないんですよね。逆に言うと、ローカル線に乗ると、都会の列車に較べ、意外と面白い列車に乗れたりします。 ↓14:26着こうして、人吉温泉駅に戻ってきました。続きは次に書きます。
2010年12月05日
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続きです。12:56、人吉駅に到着しました。駅前にはからくり時計があって、3月から10月は、9、10、12、13、14、15、17、18時の8回、11月から2月は、18時の回を除く7回、からくりが作動します。ちょうど13時だったので、このからくりを見ることができました。お城の下では、球磨地方に伝わる臼太鼓踊り。その上(駅舎側の窓)では、その音に誘われて、殿様が庄屋どんに扮して、城下見学に行きます。次に、駅舎から見て左側の窓が開き、殿様が人吉温泉に入っています。次に開く窓は、反対側に回りまして、相良乙女と球磨焼酎を呑む殿様。最後に、駅舎とは反対側の窓が開き、お城に戻ってきて、扇子を持ったご満悦の殿様が出てくるはずなんですが……あれ? 1番目と同じ殿様……(汗)元々のは修理中なのかな?……まあいいや。『しんぺい2号』に乗ってきた乗客は、その多くが、14:39発の『SL人吉』に乗って熊本方面へ行くんですが、乗り換え時間が1時間43分あります。その間に人吉観光をしてもいいのですが、俺は別の所へ行きます。JR人吉駅に隣接して、くま川鉄道人吉温泉駅があります。くま川鉄道は第3セクターですが、元々は国鉄湯前(ゆのまえ)線で、人吉駅と人吉温泉駅は一つの駅だったので、改札を通らずに乗り換えができます。JRは1~3番線、くま川鉄道は4、5番線です。「人吉温泉駅」という駅名になったのは、2009年4月1日からで、それまでは同じ人吉駅でした。人吉駅側の駅前は賑わっていますが、人吉温泉駅側は崖になっていて、縄文時代の墓、国指定史跡・大村横穴群があります。くま川鉄道は駅名にネーミングライツを導入していて、現在、人吉温泉駅は「神城文化の森人吉温泉駅」と、公式HP上では表記されています。くま川鉄道で、ちょっとだけ寄り道をします。おかどめ幸福駅まで行ってきます。券売機で買った切符(360円)。ホーム上の有人券売所では……「幸福への切符」として発売されます。(写真は以前行った時に買ったもの)俺が乗る列車が入線してきました。KT100形車内はセミクロスシートです。押し花の作品が飾られていました。そして、発車するのかと思っていたら、KT200形を、頭にもう一両、連結しました。数人しか乗ってないのに、わざわざ増結する必要あるのか?(汗)KT200形は、ロングシート。1両編成だとワンマン運転ですが、2両編成だと車掌さんが乗務します。ではいよいよ発車です。13:34発 ↓くま川鉄道湯前線・普通 湯前行(撮影:人吉温泉駅)くま川鉄道KT200形・KT100形 ↓人吉盆地の田園地帯を走ります。途中、何かカッコいい駅がありました。一武(いちぶ)駅です。 ↓13:56着こうしておかどめ幸福駅に到着しました。無人駅なので、降りてから車掌さんに切符を渡します。幸せが鈴なりに訪れるようにと、鈴が付いています。絵馬も奉納してあります。駅前には大きな絵馬が。「幸福ゆきPOST」というのもあります。「おかどめ幸福駅」の駅名の由来は……日本の創造神である伊邪那岐(いざなき)、伊邪那美(いざなみ)を祀ってある、岡留熊野座(おかどめくまのざ)神社がこの近くにあり、蒙古襲来の弘安の役(1281年)の時、この地方の相良氏が出陣し、この神社で勝利を祈願したところ、神風が吹いて日本が勝ったので、それ以来、幸福を呼ぶ神社となったので、その神社から取ったのだそうです。このおかどめ幸福駅も、ネーミングライツで、「ファッションハウスクローバーおかどめ幸福駅」という副名称が付けられています。現在くま川鉄道で、ネーミングライツにより副名称が付いている駅は、神城文化の森人吉温泉駅、ファッションハウスクローバーおかどめ幸福駅の他に、ラフティングストーンズ川村駅があります。車内アナウンスでは、副名称を一度だけ呼んだ後、企業名を省いた正式名称で呼びます。「次は、ファッションハウスクローバーおかどめ幸福駅、おかどめ幸福駅です」のような感じです。おかどめ幸福駅は、第3セクター化してくま川鉄道が発足した、1989年10月1日に新設された駅で、けっこう新しい駅です。続きは次に書きます。
2010年12月04日
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続きです。11:42発 ↓肥薩線・観光列車『しんぺい2号』 人吉行(撮影:吉松駅)キハ47形・キハ140形 ↓下りは『いさぶろう』、上りは『しんぺい』と、名前を変えて運行されています。まあ、中身は一緒です。横向きの展望席は、『はやとの風』と同じく、下までガラス張りになっています。今まで、下りの『いさぶろう』ばかりで、上りの『しんぺい』に乗ったことはないんですが、この列車については、今までに何回も乗っていて、過去にも書いています。というわけで、説明等は大幅に端折ります(汗)俺は指定席を買っていたんですが、4人掛けのクロスシートで、他の3人は、30代くらいの男女混合(男1・女2)のグループでした。でもどうやら、その3人は、この列車が人気列車であることすら知らなかったようです。俺は駅に着く度に下車するので邪魔になりますし、何度も通っている路線なので、男性に窓側の席を譲りました。というわけで、そのグループとお話ししながらの旅になりました。まあ、ほとんどが、俺が肥薩線の魅力を語っていたんですが(汗)11:55、真幸駅に到着。ホーム上にある「幸せの鐘」。山津波でホームに流れてきた岩石。もちろん、ホームの端に行って、スイッチバックを撮影。列車の到着に合わせて、ひょっとこが踊ってました(汗)12:00、矢岳駅を出発。スイッチバックして、山を登っていきます。今までいた真幸駅が真下に見え、地元の人たちが手を振って見送ってくれました。さて、ここからしばらく行くと、矢岳越えです。このポイントは、北海道の狩勝峠、長野県の姨捨駅とともに、日本三大車窓のひとつとなっていて、列車は徐行運転をします。今まで、何度も通っているのですが、雨が降っていたりで、なかなか、いい景色を拝んだことがありません。この日もそれほどいい天気ではなかったのですが、いちおう、今までよりは、まだマシな景色でした。向こうの霧島連山が、見えないんですよね……12:19、矢岳駅に到着。これは、ホームにある湧水盆です。駅の隣にあるSL展示館にも行きました。ここに展示してあるSLは、D51(デゴイチ)です。このSL展示館、向かって右側にスペースがありますが、昔は、ここにも小型のSLが静態保存されていました。それはどこへ行ったかと言いますと……現在、『SL人吉』として走っています。『SL人吉』については、もう少し後に出てきます。12:24、矢岳駅発車。次はいよいよ、日本で唯一、ループの中にスイッチバックがある、大畑ループです。やがて右手下方に、大畑駅とスイッチバックが見えてきました。ここでも列車は徐行運転をします。ループをぐるっと回り、スイッチバックして、12:41、バックで大畑駅に到着しました。もちろん、スイッチバックも撮影。ちなみに、ホーム上にある湧水盆ですが……水が湧いてました(汗)数年前までは、水は流れてなかったんですが、観光用に水道を復活させたんですかね?肥薩線が有名になるにつれて、訪れる観光客は増えているようですが、だからといって、あんまりこういう演出はしないでおいてほしいんですが……12:44、大畑駅を発車しました。 ↓12:56着こうして、『しんぺい2号』の旅を終えました。続きは次に書きます。
2010年12月04日
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続きです。終点の吉松駅で乗客が全員降りてから、ゆっくりと『はやとの風』の車内を撮影しました。跨線橋の上から、撮ってみました。吉松駅での乗り継ぎ時間は39分あります。なので、駅でゆっくりと過ごすことができます。吉松駅の脇には、小さいですが、鉄道の資料館があります。誰でも無料で入れます。さらに、この駅の隣には、C55形SLが静態保存されています。なぜ吉松駅に、このように鉄道の歴史が分かる資料が展示されているのかといいますと……門司港駅から鹿児島駅までの鹿児島本線は、元々、八代-鹿児島間の海沿いの路線が開通するまでは、この肥薩線が鹿児島本線でした。さらに、日豊本線の都城-隼人間が開通するまでは、都城-吉松間の現在の吉都線が、日豊本線でした。つまりこの吉松駅は、九州の西側を縦断する鹿児島本線と、九州の東側を縦断する日豊本線が合流する、鉄道の要所だったんです。この吉松駅で、昼食を取ることにしました。昼食は、『はやとの風』の車内で買った、嘉例川駅の有名な駅弁『百年の旅物語「かれい川」』(1050円)です。この駅弁は『はやとの風』運行開始に伴って作られた駅弁で、土日祝日限定発売です。駅だけでなく『はやとの風』の車内でも発売されていますが、車内の場合は予約販売で、予約してなくても購入できますが、数に限りがあるので、早い者勝ちです。今回、特に予約はしていなかったのですが、無事ゲットできました。2008年から3年連続で、「九州の駅弁ランキング」1位に輝いている駅弁です。表紙を取ると、弁当の説明が書かれた包み紙に包まれた割り箸が出てきます。気になる中身は……霧島の棚田で取れたお米「ヒノヒカリ」に、嘉例川で栽培されたシイタケとタケノコを入れた、炊き込みご飯。そして、地元で「ガネ」と呼ばれている紅薩摩の天ぷら。(かき揚げみたいな感じです)嘉例川で取れたダイコンとコンニャクで作った、千切り大根の煮物。ナスとカボチャの味噌田楽。ダイコンとニンジンの、スセと呼ばれる酢の物。そして、地元のシイタケやタケノコを混ぜ込んだ、嘉例川コロッケ。肉が入っていなくて、体にもよさそうです。そして、弁当箱もいいです。嘉例川駅の周囲は竹林になっているので、弁当箱も竹皮製。捨てるのがもったいないくらいです。美味しかったですよ。何か、田舎の郷土料理って感じでした。この編は短いですが、続きは次に書きます。
2010年11月28日
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続きです。11月21日(日)この日は、ホテルを出て、鹿児島中央駅からスタートです。ちょっと出遅れたので、ホームに着いた時には、観光特急『はやとの風』に乗る乗客の列がすでにできていました。9:27発 ↓鹿児島本線・日豊本線・肥薩線・観光特急『はやとの風2号』 吉松行(撮影:鹿児島中央駅)キハ140形・キハ147形・キハ47形 ↓漆黒のボディーと名前がカッコよすぎる、特急『はやとの風』です。後方・鹿児島中央側の、キハ47形の1号車は指定席で、車内はこんな感じ。キハ147形の2号車も指定席。空いているように感じますが、これは指定席だからであって、先頭のキハ140形、3号車は自由席なので……立ち客が出るほどの超満員。出遅れた俺も、座れませんでした。なお、このキハ140形の3号車は、多客期の増結車で、普段は2両編成で運転されています。1号車は2006年に改造された車両ですが(他の2両は2004年)、他の2両に較べて、明るい雰囲気になっています。横向きの展望席の端っこの方に荷物を置かせてもらって、立っての乗車となりました。ちなみにこの席の年輩のグループ、次の『しんぺい2号』でも、通路を挟んだ隣の席だったし、『SL人吉』でも、最後尾の展望ラウンジで一緒でした(汗)まあ、定番コースなので、ほとんどの人が同じ行程なんですが。この展望席は外から見るとこんなふうになっていて、足元から天井近くまで、ガラスで風景が見やすくなっています。観光列車なので、車窓風景がよく見えるように、窓は広く取られています。日よけは簾になっています。『はやとの風』は前半、右手に錦江湾を望みながら、日豊本線を宮崎方面に向けて走ります。桜島も見えます。線路と海の間には、国道10号線が走っていて、途中から、バイクのツーリング十数台のグループが、列車と併走していました。で、こっちに手を振ってくれるのはいいんですが……こっち見ながら両手放して手を振るのは、見てるこっちが怖いから、やめてください!(汗)隼人駅から肥薩線に入ります。ここから、山間部を走ります。途中、駅に停まるごとに、乗客がだんだん増えていき、立っているスペースが少なくなっていきました(汗)10:16、嘉例川駅に到着!この駅では7分間停車し、その間、下車して、駅の見学もできます。この駅が開業したのは、1903年(明治36年)1月15日で、それから100年以上の年月を経て、ずっと残っている木造駅舎です。2004年に九州新幹線・新八代-鹿児島中央間が開通し、肥薩線への旅客数増も考えたJR九州が、『はやとの風』を新設し、それに伴い、嘉例川駅のキャンペーンも行いました。そのキャンペーンの一環として、『はやとの風』は嘉例川駅に停車しています。この木造の改札口、いいですよね。まあ、今は無人駅なので、使用されていませんが……この嘉例川駅は鹿児島空港や妙見温泉などに近く、ちゃんとバスも停まります。10:23、『はやとの風2号』は、嘉例川駅を発車しました。車内には、沿線地図が貼ってあります。続きまして、10:40、大隅横川駅に停車。ここでも6分間停車し、駅を見学することができます。この大隅横川駅も、嘉例川駅と同じ日の開業で、それ以来、ずっと残っている木造駅舎です。ここでは載せませんが、太平洋戦争中の銃弾の跡も残っています。様々な歴史を見守ってきたこの駅舎を、ぜひ、見に行ってみてください。ここの改札口は、錆び付いた鉄製。この『はやとの風』停車に併せて、駅前には露店も出ていました。駅の写真を撮るのに時間を使ったので、そっちまでは行きませんでしたが。(だから遠くからの写真でごめんなさい)10:46、大隅横川駅発車。 ↓11:03着続きは次に書きます。
2010年11月28日
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続きです。特急『海幸山幸』が宮崎駅に到着したのが、17:21。それから11分で、いったん改札を出て、コインロッカーの大きな荷物を回収し、再び改札から入ってホームに上りました。『海幸山幸』が宮崎駅に着いた時には、次に乗る特急『きりしま』は、既に入線していましたし、そんなに乗り継ぎに余裕があるわけではありません。17:32発 ↓日豊本線・鹿児島本線・特急『きりしま13号』 鹿児島中央行(撮影:宮崎駅)485系 ↓車両自体は、国鉄時代からある485系ですが、JRへの民営化後に真っ赤に塗装された、いわゆるレッドエクスプレスです。とりあえず、座席を確保するべく、2号車自由席に乗り込みました。座席を確保したら、あとは寝るだけ(ぇ?)夜なので車窓の景色も見えないし、宮崎-鹿児島中央間は乗ったことあるし、列車自体も量産型の485系だし、終点まで乗るから寝過ごす心配もないので、眠ってしまっても影響ないのです。というわけで、うとうととしながら、鹿児島に向かいました。 ↓19:36着こうして鹿児島中央駅に着きました。この駅から徒歩数分の、「黒かつ亭」本店さんに行きました。ここは薩摩黒豚とんかつ専門店です。注文したのは、黒かつ亭定食、1390円。黒豚の、ロースカツとヒレカツ、両方が食べられるメニューです。薩摩の黒豚、美味しかったです。そして鹿児島中央駅前から、路面電車で3駅の所にあるホテルに泊まりました。この編は短いですが、区切りがいいので、続きは次に書きます。
2010年11月22日
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続きです。臨時観光特急『海幸山幸』、いよいよ発車です!15:44発 ↓日南線・日豊本線・臨時観光特急『海幸山幸』 宮崎行(撮影:南郷駅)キハ125形 ↓この車両は、2005年の台風被害で橋梁が落ち、そのまま廃線になった高千穂鉄道の車両をJR九州が買い取り、改造して作られたものです。JRの古い車両を民鉄が買うことはよくありますが、その逆は非常に珍しいです。2009年10月10日から、土日祝日、休みシーズンに、臨時観光特急として運行が開始されました。予想していたほどは、乗客は乗っていませんでしたが、列車は、非電化単線の日南線を進んでいきます。運転台がこのようになっているので、かぶりつきで前方を見ることができます。客室乗務員のおねいさんから、乗客一人ひとりに、記念乗車証が配られました。裏にスタンプを押すスペースがあったので、サービスカウンターのそばに置いてあったスタンプを押してきました。右手に日南海岸を見ながら、進んでいきます。途中、南郷-油津間の七ツ岩と呼ばれる岩が見えるポイントで、徐行運転しました。もちろんその際には、客室乗務員からの説明のアナウンスがあります。こんなのも置いてあって、お子様たちが記念撮影をしていました。途中の停車駅で、行き違いなどで数分間の停車時間があると、テツの皆さんは外に出て撮影開始。下の写真は油津駅停車時です。その頃、「海幸号」の車内のソファシートのスペースでは、客室乗務員のおねいさんによる、「海幸と山幸」の紙芝居が行われていました。いやあ、しかし、俺みたいにフリーきっぷで九州を乗り倒している乗りテツや、一眼レフカメラで写真を撮りまくっている撮りテツ、さらには、マイクで車内アナウンスを録音している音テツまで、実に様々なテツが乗車していました(笑)小内海-内海間でも、鬼の洗濯板のために徐行運転をしたのですが、満潮で洗濯岩はほとんど水没していて、あまり見えませんでした(汗)こういう列車を走らせないと、乗客が来てくれないローカル線ですが、しかし、こういう企業努力によって、乗客を呼んでいるわけですから、JR九州は成功していると言えるでしょうね。その路線の魅力を知ってもらうにしても、まず一度は乗ってくれないと、話にならないわけですから。 ↓17:21着とにかくこうして、約1時間40分の、観光特急『海幸山幸』の旅は終わりました。日南線、本当にいい所ですから、皆さん、乗りに行きましょう。続きは次に書きます。
2010年11月22日
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続きです。鵜戸神宮から油津駅に戻ってきたのが14:48、次の列車の発車時刻が13:39。だいぶ時間があります。油津といえば、カープのキャンプ地。そのキャンプ地である天福球場は、この油津駅の裏手にあり、駅から徒歩5分。行ってみることにしました。が、この日が秋季キャンプ最終日で、しかも、ちょうど練習が終了したところでした(汗)ファンが選手の出待ちをしていました。俺はカープファンというわけでもないですし、そのまま油津駅に戻ってきました。↓駅前のオブジェ。↓駅の待合室。ホームには、特急『海幸山幸』が留置されていました。次の目的地、南郷駅に向かいました。13:39発 ↓日南線・快速『日南マリーン号』 志布志行(撮影:南郷駅)キハ40形 ↓ ↓13:52着こうして、人生2度目の南郷駅に着きました。この南郷は、ライオンズのキャンプ地ですが、キャンプは前日に終了しているので、球場へは行きませんでした。今回、この南郷駅に来た目的は、臨時観光特急『海幸山幸』に乗車するためです。改札口に自由席乗車の案内が貼ってありました。改札を抜けた所に、『海幸山幸』PRの幟が立っていました。南郷駅のホームは単式ホームでして、行き違いできません。というわけで、宮崎駅から南郷まで来た特急『海幸山幸』は、終点の南郷駅に着いたら、引き返して、油津駅で留置されます。ホームには『海幸山幸』の乗車口が示してありました。俺の他には、一眼レフカメラを持ったスーツ姿のおじさんが一人いただけ。そのうち、特急『海幸山幸』が入線してきました。『海幸山幸』は、南郷側の1号車が「山幸号」、宮崎側の2号車が「海幸号」となっています。まずは1号車「山幸号」。前面には、「海幸山幸」のロゴと、「山」と、宮崎の「M」のマークが。そして側面のマーク。この1号車「山幸号」は、全席指定です。そして2号車「海幸号」。これは「海」のマークになっています。「海幸号」は、以前は全席自由席でしたが、指定席が取りにくいということで、前方の9席のみが自由席になり、残りは指定席になりました。この『海幸山幸』は、「木のおもちゃのようなリゾート列車」がコンセプトになっていて、側面も木の板が貼られ、温かい雰囲気になっています。9:10になり、ドアが開いたので、一番に乗り込み、「海幸号」の、海側の自由席の座席をゲット!座席は、海側が2列、山側が1列の、3列シートになっています。座席を確保したら、車内探検です。まずは「海幸号」の車内から。「海」なので、シートは青いです。一番前に、展望席があります。そして後方の連結部分近くには、ソファシートが。これらの席は、誰でも座ることができます。車椅子用スペースもあります。窓には簾があって、雰囲気が出ています。網棚も木製です。先頭の座席のテーブルはこんなふうになっています。もちろん、各座席にテーブルが付いていて、肘掛けから取り出すことができます。徹底的に、「木」にこだわっています。ちなみにこの座席、ちゃんとリクライニングします。続きまして、「山幸号」へ。連結部には、暖簾が下がっていました。連結部近くに、車椅子対応のトイレがあります。「山幸号」の座席は、赤色です。後方に、ソファシートがあります。「海幸号」も「山幸号」も、ソファシートは海側を向いています。この「山幸号」のソファシートの前に、サービスカウンターがあります。続きは次に書きます。
2010年11月22日
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