「私たちのまわりには、ごく僅かだが“火種のような人”がいる。
その人のそばにいると、
火花がふりかかり、熱気が伝わってくる。
じつは職場や仕事をグイグイ引っ張っているのはそんな人だ。」
「やるべきことが決まったならば執念をもってとことんまで押しつめよ。
問題は能力の限界ではなく、
執念の欠如である。」
「行動となって現れないような思考は無用であり、時には有害でさえある。」
「仕事には節というものがある。仕事の節は一日ごとにつけていきたい。
朝職場に入った時に、
今日やるべき仕事がもうちゃんと決まっている。
それを全部果たすことによって今日の仕事が終わる。
仕事を中途半端に残して家路につくいやな気持ちは、誰しも心覚えがあるはずだ。」
土光敏夫さん(元石川島播磨重工業社長経団連会長)の言葉です。
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商用のため箱館(函館)、江戸を往復し商いのかたわら
蘭学を学び珍しい本があると買い求めていた渋田利右衛門と知り合ったのは、この頃だ。
渋田の幅広い交遊関係から医師や灘の酒造元、加納治衛門や醤油の醸造元らが紹介され、俺の将来を支える人脈を得たのだ。
俺が蘭学を続けられたのは、一重に、渋田ら商人たちのおかげだよ。
俺は渋田利右衛門や商人たちに対する感謝と謝恩の気持ちを生涯忘れる事はない。
嘉永3年(1850年)俺は、
これまで学んだ知識と西洋兵学を教える蘭学塾を開いた。
妻子や母、姉妹を養うため自立しなければならなかったのだ。
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この頃、ようやく幕府や諸藩も海防強化に目覚め鉄砲、大砲の需要が
あったのです。
赤坂の海舟邸でも鍛冶工を傭い蘭書に基づいて小銃や大砲も作っています。
小銃試作の評判を聞きつけ各地の諸藩から製作の依頼がきたのです。
唐津藩から野戦砲の
注文が舞い込むと、別の藩からも注文が続々と舞い込んだのです。
海舟は設計図を示して、築地・川口の鋳物師「増田某」に製造させたのですが
12斤の野戦砲を作るのに600両かかるが幾つか作る内に
増田は圧銅の量を減らし填銅を使うなど手抜きで粗悪品を作ろうとしたのです。
それを見抜いた海舟に対して、増田は、御神酒料とし
て500両を持参したのです。
この時、海舟は烈火の如く怒り、
「日本を守る大切な大砲をごまかして作ったのではいざと言う時に役に
経たぬ、
そんな金をくれるより、その金の分、圧銅を増やし、
精一杯の仕事をしろ!!」
と受け取らなかったのです。
海舟家の家計は父小吉が残した借財も有り、苦しかったのです。
弟子にも、貧しいものには、授業料を免除しており収入も微々たるものでした。
しかし海舟のこの話が世間に伝わり、
幕臣の大久保忠寛の耳に入り、幕府に登用される機会が生れたのです。
☆ 海舟は、正心誠意の人であったのです。
世の中は、正心誠意の人を求めているのです。
もちろん現代も例外ではありません!!
愛と勇気と希望と団結のシンボルである、このバッジは、素晴らしいパワーを持っています。
☆ 収益の全額を、奉仕活動に使わせて頂き、年末に活動状況を報告致します。
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