徒然

徒然

2011.04.30
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さて、ゴールデンウィーク2日目。

きちんと計画立てて長期休暇を迎えられれば、楽しいものです。
一方で、この時期を終えたときが就活や仕事で気分が落ち込んでくる時期でもあります。

いわゆる5月病と言われるやつですね。

不安ばかりが募って動けなくなる人が続出します。
不安って何なんでしょうね?

フランスにアランという人がいました。1868年(大政奉還の年)にフランスで生まれ、本名はエミール・オーギュスト・シャルチェで「アラン」という名はペンネームです。福田定一さんが「司馬遼太郎」として有名になったのと似てます。「哲学を語らない、哲学者」と言われ、アランの定義集などの著書において、物事の本質に深くまた独特の文字表現で言葉を定義しています。
参考図書:アランの定義集 岩波文庫 

その中のひとつに

不安は気分に属し、希望は意思に属する

という言葉があります。

これを見たとき、私はなるほどと思いました。

自分の生活する糧は何なんでしょう?
別に大儀でなくてもいいと思います。

後輩の指導に当たれる人材になる。
いい親になる。
営業成績を向上させる。

それは人それぞれ価値観や立場によって違うと思います。
問題は、それら個々の課題に対するアプローチの仕方にあると思います。

例えば、何か「自分はそれを避けられない」と認識している課題が待ち受けているとします。

それぞれの立場でイメージしやすいように、試験でも、面接でも、社運をかけたプレゼンでもいいでしょう。

その課題が「ある」ということは、当事者なら誰もが知っています。

受験生ならもうすぐ入試が、
大学生ならもうすぐ就職試験が、
会社員ならプレゼン開始の時刻が

あります。

そして「不安」とは「ある」と分かっていながら、その課題を自分のものとして受け入れていない状態で、まったく能動的に行動していない状態です。

課題と向き合わなければ、課題の姿を知ることもできず、あるのに「ある」と認めない、そして「ない」、「まだ関係ない」と思いたがる心理が生まれます。

そこで認識の不一致が起こるわけです。


まだ準備ができていないのに、試練に直面させられるのは「嫌」だ。
自分がそれだけで判断されるのは「嫌」だ。

あぁ、嫌だ。嫌だ。嫌だ…と、
認識の欠落や現実逃避が「不安」を掻き立てます。
でも、これは現実に即して不安になったということなのでしょうか?

単に「自分の気分によってそうなっただけ」です。

別に誰も「おい、不安がれ」と言ってるわけではないということです。
状況は不安になる前と、後で不変です。


一方で「意思」とは、課題をまっこうから直視することから始まります。

現状はどうなのか
自分がやるべきことは何なのか
それにはどれくらいの労力が必要なのか

を知ろうとすることです。

これは、その全貌がきちんとわからなければいけないということではなく、
「態度そのもの」が重要なわけです。
考えるということを行うことで、積極的な「態度」が生じるということです。
そして、自分なりにそれを成し遂げるイメージを作り上げることができれば不安は解消されます。なぜなら、そのイメージは気分を排除したものだからです。できるという希望が生じます。

要は

「人間はきちんと考えれば、不安になることはない。不安になるのは、思考のごまかしや、想像の手抜きがあるから」

と言うわけです。

きちんと思考し、現状・目的・手段を把握できれば不安になることはないということです。



何か目標を持ったときに、考えるか、それとも思考をストップさせるか。

「不安になったときほど行動してみる」ということはよく言われるますが、思考が伴わない行動は「単なる肉体の移動」に過ぎません。
そして、場当たり的に物事に取り組み、「あれはよかったね」「あれはだめだったね」というラベルを過去の出来事に貼りつけているだけで、結果に対して受動的に態度で臨んでいるといえます。

一見、建設的に見えますが、
行動すればするほど、不安が助長されるということです。

次に新たな課題が出たときにも、同じコトを繰り返すからです。
アプローチに成長の後が見えてこないからです。

何かを行った後は積極的姿勢で「次はこうしてみよう」「次回はこの部分を改善しよう」といった未来に対しての創造的な反省態度がなければ、いくら反省しても受動的だということです。

私も、よく不安がりとにかく行動することで自分を見失うことが良くあります。そういうときにこそ、現状を把握し、目的を理解し、その道筋に自分がきちんと立っているか。自分が、そこで一歩でも進む時間をとっているかで心の持ちようは変わってくるものです。

ですので、ゴールデンウィーク明けの課題を自分に課し、それを乗り越るため考え、10分でも5分でも時間を取って、それを行うことで休暇後の生活はずいぶん違うのではないでしょうか?

何も制約がないときほど、不安が助長されるというものです。
それは、まだマシです。
アランは恐怖の本質をこう定義しています。

「恐怖の恐怖たるゆえんは、その人を完全に飲み込んでしまい、恐怖への自覚を奪ってしまうことだ」と。

つまり、「本当の恐怖とは、ちっとも怖くない」ということです。

そして、その恐怖は気づかないうちに人を侵食し、気づいたときにはもう手遅れという場合があります。

昨日までは、やらなきゃと思ってたことを「ま、いっか」としてしまい。気づいたときにはもう手遅れということですね。


「本当はあるもの」を「ないもの」としてないですか?

解決策をイメージして、ちょっとでもこの休暇中に何かに取り組めれば、その後の不安は吹き飛ぶかもしれませんね。


PS:以前の職場の後輩が医学部に合格しました。
本当に尊敬できるなと思いました。
文系の大学を卒業し、人材サービス会社のOLを経て、3年前「飲み会とかあっても受かるまでは行かないんで、申し訳ないですけど連絡はしないでください。」と言っていたのを覚えています。
不安もあったでしょうが、きちんと計画し、考え、凡事を徹底することで1年かけて特待生で医学部合格という世間的に言えば奇跡みたいなことをやってのけました。

人に感動を与えるのは態度ではなく、姿勢と結果だということを改て学びました。
ありがとうございます。

■参考図書:アランの定義集 岩波文庫 定価 600円+税






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最終更新日  2011.04.30 20:08:55
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