徒然

徒然

2012.05.23
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どんなことでも、コピペ文化というのは恐ろしい。
というのも、コピペ文化が一番はびこっているのは、私たちインターネット世代よりも前の世代のほうが、多いと思うのは私だけでしょうか。

物事というのは、部分から全体が規定されるのではなく、全体から部分が規定されます。

しかし、全体から規定されることをいいことに、

全体と部分を混同して定義している場合が多いように感じます。

例えば、

高校生はこんなもんだろう。
大学生はこんなもんだろう。
新入社員はこんなもんだろう。

こういった、恣意的思想を持った人は信用するに値しません。

なぜなら、「人」を見ていないからです。

面接を受けるときや、面談をしていていつも思うことがあります。

「俺もお前を見てるからな」

結局コピペです。

先入観は、その人の経験則によるものであるから、学ぶほど謙虚にならねばなりません。

物事がわかったと思ったときは一番の落とし穴であると思います。

それは、わかったというレベルが相手を介在していなければ無意味だからです。

○○学
○○論
○○術

など、いろいろな体系があります。

歴史の先輩方がまとめたこれらの思想は非常に崇高であると私は考えます。

しかし、体系的に学べる崇高なものでさえ、うのみにし、正解であると思うのは大間違いだと思うのです。

自己言語として咀嚼して、きちんと伝えられること。

その必要性が、なぜこの現代に取り上げられないのかは疑問です。

簡単であること。
シンプルであること。

その前提となるのは、人間を見ているということが前提だと思います。

それがなく、言葉尻をつつくのは誰でもできるからです。

人の個性や、努力は、その人の動機と工夫に現れます。

それを無視して、正論を振りかざすことに何の意味があるのでしょうか?

人間を見ること。

正論と方法論。

論より証拠。

証拠とは、実践による結果と成果、そしてそこに至ったプロセスを見ること。

それが重要だと私は感じます。





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最終更新日  2012.05.23 22:47:47
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