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2023.10.01
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テーマ: 読書(8559)
カテゴリ: 本日読了
2023/10/01/日曜日/曇り、最高気温28度予想



〈DATA〉 新潮社
マギー・オファーレル
訳者 小竹由美子


2021年11月30日  発行 


〈私的読書メーター〉 アン・ハサウェイは悪妻と言われている。しかし明らかなのはアンは裕福な農家育ち、劇聖は落ちぶれたジェントルマン家の若造でやがてロンドンで大成功するが、せっせと妻に送金し引退後は妻の元に戻る。三人の子の内、11歳で夭折したハムネットの死因は不明ということ。息子の名(ハムレットとハムネットは同名という)を悲劇に用いた事、また当時欧州を席巻したペストへの言及がない事に著者は疑問を抱いたという。その疑問を骨子に大胆な肉付けを行い鮮やかな芝居を見せつけられた。頁毎に著者の言葉への共感覚のようなこだわりが感じられる。〉



凄い才能。

ハムレットをハムネットに、ハムネットをハムレットに。芝居×芝居。


ある家族の、ある歴史が生じる場所に行き、戯作が生まれる背景を創造するマギー・オファーレルこそ、まじ魔女。


物語出だしのハムネットの登場シーンからワシづかみにされる。

双子の妹ジュディスのただならない様子を見て、何とか頼れる大人を見つけ、それを伝えなくてはいけないのに、今日に限って家には隣の祖父母宅にも誰ひとりいない。

この焦燥は不安の連打


すると突然場面は変わる。
アグネス=アンと18歳のラテン語家庭教師シェイクスピアの出会いへと14年ほど遡る。


それからアグネスの不思議な力の源泉としての産みの母が森のひと、だったことなどのエピソードが挟まれる。

著者は北アイルランド生まれであることが想起されるではないか。ケルトの緑の目の女王なんかが。


物語年代の1596年の夏、ペストが英国にやってくるまで。

ムラーノの職人のベネチアンビーズ、アレクサンドリアのマーケットの猿、船で働く水夫、マン島の男の子、ネズミ、猫へと、ペスト菌がノミに運ばれていく様が、あたかも証言されているかのように、息もつかせぬ速度で描かれる。


その年、両親はジュディスではなくハムネットを失うことになるが、その前段の双子のお産の場面は、まるて 『テンペスト』 。怒涛の嵐だ。


母であるアグネスがどれほど子どもを愛しているか、痛いくらいの看護だ。
子どもの病気ほど親が辛く思うことはない、まして可愛い盛りの子どもを失う悲しみは…


と同時に、言葉が頭から溢れあふれるシェイクスピアの伸びゆく才能を、義父の事業で摩耗させることも受け入れられないアグネスは、彼をロンドンに旅立たせる。

そして彼は夫は、ハムネットが生まれた時も息を引き取った時も不在だったのだ。


ハムネットの埋葬後、芝居のためにすぐロンドンに戻る夫との間にできる溝。それでも夫は妻と残された娘のためにストラトフォードに大きな屋敷を買い、家族を住まわせ年に一度か二度帰省する。


不思議な暮らしぶりだ。
今で言う単身赴任。


創作の源泉であるアグネスと子どもを汚染ロンドンから距離を置き、汚れなきオーチャードに留まらせるシェイクスピアの意図があるかのような筆致。

読者は著者の物語に招き入れられ運ばれる。


ハムネットの死から4年。


その名で悲劇が書かれ、ロンドンで上演されるニュースを運んだのは、人の不幸が蜜の味、アグネスの継母だった。

しかし、いたずらパックというか北欧神話のロキのように悪意の継母が見せた芝居のチラシのタイトル、ハムレットの名を見てアグネスは我を失う。


夫の真意を見極めようとロンドンへ生まれて初めて出発するアグネス。そこで見聞きするグローブ座界隈のロンドンの掃溜め具合がリアル。


死んでまだ4年、その子の名を悲劇にすることは許されない、アグネスははっきり三行半を言い渡すつもりで芝居を観た。

そして、全ての意図を理解する。

舞台では現実が反転したのだ。

死んだハムレットの父の亡霊はシェイクスピアが演じる。ハムレットを演じるのは、まるで成長したハムネットを思わせる瓜二つな役者の演技、仕草。

物語では触れないが、読者は知っている。

生きるべきか死ぬべきか、或いは
存在しているのかしないのか

という自問のハムレットを。

夫婦の深い悲しみの癒し、やがて家族が乗り越えていくだろう物語の描かれない未来に向けて。

著者は  あとは沈黙。





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最終更新日  2023.10.01 09:03:00
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