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2005年10月26日
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カテゴリ: 読書
人形たちの夜 中井英夫 講談社文庫
アラスジ:魔王の罠に落ち贋の家族に囲まれている思い込み、殊に性根卑しい“兄”を怨む少年。母娘2代に亘って“原罪”の意識に囚われた女。若者たちの恋と性の夏。こけしに秘められた義姉の秘密を探る旅にでて、思いもよらぬ陥穽に陥る青年。彼ら全ての思いを束ねる、“人形遣い”の昏い眼差し。春夏秋冬4つのパートに分かれた短編たちが、一つの大きなうねりを作り上げる連作集。


赤江瀑・野阿梓・竹本健治とお気に入りの作家の本の感想を書いてきたが、今日は御大“中井英夫”の本を。
(これで、おきにBEST5の内、残るは京極堂のみ。早く新刊出してけろ)

中井と言えば、ミステリファンにとっては『虚無への供物』。
これは日本のミステリの中でも、異色かつ屈指の名作の一つと言われている。なんせ、アンチミステリと言う、それまでのミステリ界では想像もしなかった世界観を持ち込んだ人物なのだ。
また、彼は幻想文学の分野でも、大きな存在であると思う。
『幻想博物館』『悪夢の骨牌』など、哀しく美しい精神を描く作品は、他の追従を許さぬものがある。
今回読んだ『人形たちの夜』は、幻想文学とミステリの色を兼ね備えた、非常に味わい深い逸品。
個人的には、世間の評価の高い『虚無』より、この手の短編に強く引かれる。

まず、中井の何が良いかと言えば、その香気溢るる文章。
小説は先ず文章在りき、なのである。
どれほど面白く素晴らしい内容でも、語る言葉が拙いと、その価値は消える。(と、己の文章力を棚に上げて断言してみる。昨今は、中身も文も、香りが薄い小説ばかりで、大変悲しい。)
過剰に装飾的な文章という訳ではない。
が、非常に巧緻で、美しい文章を中井は書く。
それはまさに“香気”としか言いようがない、読んだ者でないと判らぬ、一種独特の空気を漂わせたものだ。
時代性もあり、懐かしくも美しい日本語が使われているのも、その香気を強める一因か。
少し倒序めいた構成で書かれている事が多く、それにより、更なる酩酊感を感じさせられる。

倒序、それは彼の魂にも。
彼の書いた小説は、その魂を遡る旅の軌跡だ。
中井英夫が物故して久しい。気がつけば、もうとうに10年を過ぎてしまった。
彼は、生涯、“原罪”に取り付かれた作家だったと思う。
いや、“犯さなかった罪の意識に慄く”事に、生涯を傾けたと言った方が良いか。
本人も隠さなかったし、作品からも何となく漂ってくるが、中井は同性に憧憬を寄せる人であった。
確か、本人曰く「バーバリズム※」と称していたと思うのだが、そのバーバリズム・性的倒錯と、厳父への反感、美しく優しい姉に対する想いが、中井の美しく物寂しい世界を作り上げてきたと思う。 (※バーバリズムbarbarismの本来の意味は、「野蛮な行為。無作法。また、ことさらに非文化的なふるまいをする傾向。by三省堂」)
青年期の写真を見ると素晴らしい美青年なのに、己を醜いとみなしていた中井。
“異端”であることを意識せざるを得ない彼が、その心を縮込ませて、鏡に映る姿に醜さを重ねてしまった事を思うと、遣る瀬無い心持になる。
尤も、ただ萎縮し蹲っていた訳でなく、その姿勢から上目遣いで尖らせた爪を研いでいたのが、中井の天晴れな処でもあるのだが。

醜い者の、異端の者の、そのとるに足らぬと思われている心の中にも、狂った世の中に一矢報いるべく、研ぎ澄ませた凶器は存在しているのだ。
狂った世の中-軍国主義の嵐の中で、終ぞ馴染めなかった彼の心の爪は、鋭く研がれ、戦後に至り切り裂くべく拳はひらかれる。
が。
時代は、嘗ての狂乱など忘れ去ったが如く、そ知らぬ顔で流れていく。
研ぎ澄ませられた爪は空を切り、己の肉を切裂くのみ。
ならば、彼は、全身全霊を傾けて、切裂くべく虚構を作り上げるしかないではないか。
巧緻に作り上げたその虚構に、醜いもの全てを封じ込め、その爪は翻る。
野蛮な時代を斬る為に。
そして、“犯さなかった罪”を抱える己自身をも、その爪で罰する為に。
だからこそ、彼の作品は、斯くも美しく、斯くも哀切なのだ。

似非作家論が長くなったが、この『人形たちの夜』もそう言った作品の一つ。
“人形遣い”である鬼頭は、罰する側、罰せられる側、両方を兼ね備えた存在。
人形遣い=中井は、“愛されぬ者”としての存在意義を、“憎悪”に求める。相手も己も切裂く憎悪。
それは、永遠に手に入れられなかった“無垢なる愁いの瞳”、つまり原罪なき者への憧憬の、裏返しになった心の叫びだろう。
己の醜さでは、手に入れることが出来ぬと思い続けた“愁いの瞳”は、だが本当は中井英夫本人のものだったのではないか。
彼は、鏡を恐れ、瞳を閉じていただけ。
目を開けば、そこには誰よりも美しい、無垢な愁いの人がいたはずなのに。
私は、彼の小説を読むたび、そんな想いに駆られる。

各パートに収められた短編は、それぞれ趣のある味わいで、完成度の高いもの。それがパート毎に一つの支流を流れ、やがて大きな川のうねりを作り出す。
バラバラに見える各作品が、見事に一つの主張に沿って書かれたものである事と、最終章で思い至る。その技量は大したものだと、舌を巻いた。
秋の章での、軽くミステリが入った道具立ても、なかなかのもの。
ラストを『貴腐』で閉じたのも、とても深いと思った。
深くて恐ろしい終幕だ。
貴腐-病に冒された故に、貴い美酒に変じる果実。
醜さは美しさに、罪は祝福に。
全ては表裏一体で、己の心の中にある。
それはだが、憎悪の哲学を貫こうとした人形遣いには、致命的な一矢であり。
振り上げた爪は、一閃、虚空を掴み。
そして…
彼が手にしたものは、何だったのだろうか。
私はただ、愁いの人のゆらぎを、黙って眺めるのみである。

余談。
虚無への供物以外、世間にさほど受け入れられなかった中井英夫だが、偉大な先達として慕う作家は意外に多い。
竹本健治への日記でも書いたが、彼を筆頭に、予想外に多くの若手作家が中井に影響を受けているらしいのには驚いた。
『凶鳥の黒影(まがとりのかげ)』は近年出た、層々たるメンバーによる、中井オマージュ本。
若手ではないが、赤江もその中にいたのは、当然と言えば当然か。
それにしても、執筆陣の殆どが、愛読している作家だった。
類友…と言う事なんでしょうかねぇ。
と言う割には、まだ購入していなかったりする。
って言うか、知らなかったよこんな本が出てたなんて。
これだから、田舎は…






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最終更新日  2005年10月27日 03時05分15秒
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