エジプト生活 11





ある日、エジプト人の友人がえらく沈んでいた。
いつも底抜けに明るい彼が、どんより落ち込んでいるので、気になってしつこく聞いてみると、彼のお母さんのケガの件でへこんでいるらしい。

それまで何度もその友人の家へ招かれて、遊びにいっていたのだが、彼のお母さんはいつもベットに寝たきりで、ときおり「ア~ィ、ア~ィ」と悲しい声を出していた。
やっとアラビア語で意思の疎通ができるようになった頃、「お母さんは病気なの?」と聞くことができた。
帰ってきた答えはビックリ仰天。「一年前にころんでしまってから、自力で立てなくなった。それ以来寝たきりで足が痛い、足が痛いと言っているのだ」との事。
「病院へは行ったの?」と聞くと、「いや、行ってない」との答え。
ほったらかしかい!

思えばおいらも若かった。相手の事情や都合など考えず、「何やってんの!病院へ連れて行ってあげなきゃダメじゃない!絶対にお医者さんに見せるべきだ!」と友人を説得したのであった。

友人はおいらにそう言われて、結局後日、病院へお母さんを連れて行ったらしい。結果、「足の付け根の骨が折れている」事がわかた。 そりゃ痛いはずだよ!!

しかし友人を悩ませていたのは、他でもないお金の面。
すでに骨折から一年が経過しており、高齢でもあるため、治すには手術して”人工関節”を入れるしかない、と言われたそうなのだ。
その手術費用が、日本円にして 8万円。

前回書いたように、彼の月給は6千円。年収にすると7万2千円。
つまり年収以上の金額なのだ。
(我々の感覚だと、4、5百万かかる、と言われたようなものだろう)
母親を治してあげたい。でもそんなお金は無い。という事で彼は深く深く悩んでいたのである。

さて、それを聞いたおいら。
おいらも深く悩まざるを得なくなった。
8万円。自分なら簡単に出してあげられる額である。
実際、それで済むならぜひ出してあげたい、と思った。
しかし、23歳の若造が、横から彼らの年収以上の額をポーンと出してしまったら、彼や、周りのエジプト人はどう思うだろうか。それは果たして良い事なのだろうか。


考えに考えた末、おいらは彼に「手術費用の半分を出させてもらえないか?」と言った。
最初は「ノー。そんな大金は受け取れない」と言って断わった彼も、おいらのしつこさに負けて、受け取ってくれた。
残りの半分は、彼の友人が、オフィスの人々にカンパを募り、
、また彼は人望があったので、集めることができた。

そうして彼のお母さんは無事手術を終え、長い長い痛みから解放されたのである。

数日後、友人に「母がぜひ会いたいと言っているから病院に来て欲しい」と言われた。
彼と一緒に病院へ行くと、彼のお母さんはおいらの手を握り「ありがとう。ありがとう。」と言って涙をぽろぽろこぼした。
「あなたのお嫁さんは、私が必ず見つける。ぜひ私にまかせて欲しい」と言ってくれた。

友人には「おいらがお金を出したことは、他の誰にも言わないで欲しい」と言っておいたのだが、オフィスでは皆知っていた。
そうして、「ろっくん、おまえは俺たちの兄弟だ。日本に帰らず、ずっとここで暮らしてくれ。」と言ってくれた。

それでやっと「ああ、自分のした事は間違ってなかったのだ」
と思えたのであった。

しかし・・・・
彼らからの感謝の言葉を聞く度に、フクザツな思いがよぎった。
日本人だから。日本から給料をもらっているから。だから出来ただけ。

いまだにふと思い出しては、はたしてあれで良かったのか、と考えたりします。


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