Dual Life ~ 行き来する暮らし

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May 27, 2010
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カテゴリ: カテゴリ未分類
母が逝った。




ほんとうに、ほんとうに突然のことだった。


ここのところ体調を崩していたのだけど

おとといの朝起きてぐったりしていたので

父が救急車で病院に連れて行く途中には、もう意識がなかったという。



苦しむことも 入院することもなく やすらかな笑顔で旅立っていった。







・・・・・・・・


母と僕は 容姿や性格やいろんな点で似ていた。

そして、よく似てるからこそ 僕はそれをとても疎ましく思い、衝突が絶えなかった。



実家が商売をしていたこともあり

またその商売が震災後、うまくいかなくなり 常に金策に追われていたことも

その衝突に拍車をかけた。





よくあるホームドラマの「親子の絆」的な話は 大嫌いだった。

「ふん、世の中には家族の形っていろいろあるんだよ」と斜に構えることで

僕は一切そこに期待をしないようになった。



母と、本当に打ち解けた会話をしたことは長く記憶していない。





そして、これは母の問題ではなく 多分に自分自身の問題であることもよくわかっていた。

けれどわかっているからこそ、なおいっそう、そこに直面することは つらいものなんだ。




ふるさとである大好きな神戸を、離れようと思った理由も

そして、僕がいろんな人と深く付き合うことが苦手なのも

そこに原因があるのかも知れない。









・・・・・・・・・・・



最近の母は、いろんな心労から

随分痩せ、体調も心の状態もひどく不安定になっていた。


ほとんど、まともな対話は出来なかった。




けれど、先日の母の日、人生初の本が出たことを伝えようと

実家に 真新しい本とともに手紙を添えて、伊豆のニューサマーオレンジを送った。



喜んでくれると思った。 




電話をすると、母は開口一番「ニューサマーオレンジがむきにくい」との文句から始まり

そのあともずっと嫌なことばを聞かされた。


それは心の状態が不安定であることや、それを抑えるための薬の影響であることも

わかってはいたけど、僕はとてもとても悲しくなって 

「そんなやつは死んでしまえ」と言って電話を切った。









それが母と交わした最後のことばだった。














・・・・・・・・・・・




棺の中の母は、痩せこけて

でも顔だけは、ほんとうにやすらかでしあわせそうな笑顔だった。




母の遺してくれたアルバムを見ながら いろんなことを思い出していた。





いよいよ商売が厳しくなってきたなかで

母が僕たち4人兄弟のためにと 貯めてくれていた貯金を

銀行の担保としてとられることになった時

母が狂ったように泣いていた場面が浮かんできた。




母は、本当に必死だったんだと

本当に本当に必死だったんだと

いまさらながらに気がついた。



大変な仕事と、4人の子育ての中で、自分のおしゃれを楽しむでもなく

とにかく必死で僕たちを育て、守ろうとしてくれたんだ、と思うと

たまんなくなった。どうしようもなくたまんなくなった。





そしてそんなことに気づきもせず

自分のことしか考えず 母を責めてばかりいた自分が

ほんとうに情けなく思えた。



でも、謝ろうにも 償いをしようにも 感謝しようにも、もう遅すぎた。


そして、そんなこと一切責めることなく まるで許すかのように

母は最後に笑顔をみせて旅立っていった。



・・・・・・・・・・



まだ自分の中で、この気持ちをどうすればいいのか? どう償えばいいのか?

整理は出来ていないけど、とにかくありのままを文章に書いてみることにした。





母も文章の好きな人だった。





母が亡くなったことを知らせる電話を受けたとき

僕はちょうど 出版社の方と、次の新しい本の企画の打ち合わせをしていた。



まだそれは世に出せるかどうかわからないけど

なんだかその本は、母の生まれ変わりのような気がするし

その本を世に出すことは、母への償いでもあるように感じる。







そして改めて、僕は母のことがとっても とっても好きだったんだなぁと思った。

























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Last updated  May 27, 2010 11:44:54 PM
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