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実はメタボからの脱却をめざし何度もトライし、同じだけの挫折を繰り返したことがある。ジムには3回入会し、3回退会している。その3回目では、あまりに早く筋肉が着く喜びから無理をして肩を壊してしまった。そのあとは上半身は腹筋・背筋と上腕くらいしかできなくなってしまった。周囲はシュワルツネッガーみたいな体型が価値観の理想だったりするから、肩・胸に筋肉がないということは、ほぼそこでの存在感がないのと同意語なのであった。「辞めようか」と、思った時、コーチが「人生にムダはない。どんなことでもあとできっと役に立つ」というので、ジムは続けることにしたのだが、できることが少ないということは変わらない。その時はエルゴモナーク(固定バイク)で長時間こいでいる間、多くの本を読んだ。肩のリハビリになるかと、水泳を始めたのもその頃。なぜか同時期に大阪の友人がマウンテンバイクを組み立ててくれた。ひまな時には、マウンテンバイクのタイヤがツルツルになるまで乗った。ジムに車を止め、周辺を一時間程ジョギングもした・・。そんなことを繰り返すうちに筋肉はさらに落ち、ますますシュワルツネッガー的価値観の反対側に向かっていた。プロテインを減らし炭水化物を多く取る食事にも変え・・アネロビクスからエアロビクス的運動生活へいつしか変換して行ったのだった。(イラストはウエイトトレーニングする女性)
2007.10.18
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トライアスロンで唯一機械に頼る部分は自転車だ。これには経済的なパワーが反映される訳で、グラスファイバー・炭素素材・・など高価な部品で軽くするのが良いのはわかっているのだが、初心者でもあり鉄のフレームの自転車を購入した。デザインも目立たないが、牛のツノみたいなDHバー(ダウンヒル/坂を下る)は、普段ははずさないといたたまれない。考えてみたら、自転車には縁がなく初めて買ったのが、友人の製作してくれた手作りのマウンテンバイクだった。レース用のバイクを買う一年前の話。それまでは、誰かの自転車を借りて乗っていたので、特に自分と関係の深い物とも思っていなかった。スイムでもそうだが、とにかく足に力を入れないでいかに長く・早く走り続けるか・・という矛盾した命題に立ち向かうために、様々な工夫が必要だということを初めて知った。歯車の数までオリジナルで試合ごとに変える人もいる。結局、分解して電車で移動・・ということはできないままで、かといって車の上に積んで雨にさらすのも困る。前のタイヤだけはずし、車の中に入れて移動・・という方法を取っていたが、現場でバラバラの自転車を素早く組み上げる人たちを見ると、不思議な光景を見る思いだった。
2007.10.15
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ビギナー向けの千本浜トライアスロンに参加したことがあった。当時は鉄人にあこがれたのだが(28号ではない)、まったくもって自分と正反対の人物像だなぁと、今ならわかることだ。スイム750m・バイク20km・ラン5kmと、一般の半分の距離だ。7月の試合に向け1月から始め、ちょうど半年で体重を10kg落とした。いとこ二人がすでに挑戦していたから、何となくできそうな気がしたのだが・・結果は参加・時間内完走・・と、ただそれだけ・・語るべきものはなかった。海でたくさんの人が重なりあって、おぼれそうになり、それがトラウマになって、それ以降はデュアスロン(ラン・バイク・ラン)だけしか参加しなかった。今では時折プールに行き、ゆっくり泳ぐだけ・・やはりプールの方が安全な気がする。
2007.10.12
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ジョン・レノンという人はヒゲを生やしてビートルズが解散した頃に知ることになる。すでに亡くなって20年。ジワジワとその存在の暖かい大きさに気づいた頃には時遅し。一枚のブログで語ることは・・かなり困難である。(茶色の包装紙の裏などに色エンピツで描いたジョン・レノン)
2007.10.09
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