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大切なのは 相互作用 あなたにとって 私にとって どちらにも 良い作用であるように 人の関係を つむいでゆく
2015.09.13
あなたが求めることを私はしてあげられないけれど あなたのこころにいることはできるよ だからつらいときは 想いだしてね泣きたいときは 抱きしめてあげるからあなたのこころが おちつくまでそっと そっと 抱きしめているよ
2015.09.13
誕生日は「産んでくれて ありがとう」「生まれてきてくれて ありがとう」の日。そして「また1年 生きててくれて ありがとう」の大切なお祝いを加えよう。お誕生日 おめでとう!!
2012.08.21
その人の生きてきた道を否定するつもりはない。その人はその生き方で乗り越え精一杯生きてきたのだから。同じもので悩んでいても、それでも自分の生き方に合うとは限らない。相性というものがある。些細な環境の違いで解決方法が変わることもあるから。まっとうな正解がその人にとっての正解にならないこともある。たとえ間違ってても、回り道でも、今のその人には必要な答えがあるから。たとえば山を登ってて、少し先行く人が見える景色を遅れて登る人はいくら説明されてもその感動はわからない。同じ道を通っても、道端の花に気づく人と気づかない人もいる。ましてや目指す頂が違う山に登っているならなおのこと。だからこそ、自分の知らない道を通ってきた人の意見は参考になるし、かといって全部同じにしなくてはいけないわけではない。目指す頂が違うのだから。そして目指す頂や登る速さは 自分で選んでいいんだよ。
2012.08.17
辛いことが続いたよ。身も心も。びっくりするくらい、何かあるのかと思うくらい。盛り塩までしちゃった。でも、今ひとつの結論にたどり着こうとしている。転んでもただでは起きない。ただでは起きたくない!生活スタイルを変える時期に来ているのだと思う。さあ、理想に向かって違う道を行こう。
2012.08.11
ぶっちゃけ自分の体を治すのは自分でやるしかないのだ。周囲の人やお医者さん、家族にいたってもサポートしかできないのが現実。現実に目を背けてばかりでもしょうがない。自分にできないことに助けを求めたり、知恵を貸してもらったり、治す手伝いを求めることはいいことだが、それでもやっぱり他人に全面的に自分の体を治してもらうのは無理がある。微細な違和感や感覚は本人しかわからないこともあるから。まずは自分の体を知ること。そのために必要な検査や知識はプロや本やネットで得て、自分でできないことは周囲やプロに手伝ってもらう。最終的には自分でどのような体がほしいかによっても進む道が変わってくるから、正確でリアルなボディビジョンと、その体になったときの生活スタイルをリアルに思い描くことも必要だと思う。できないこともあるかもしれないけれど、可能性を広げ、自分の可能性がある範囲でどれだけ理想に近づくか。自己分析し、目指す頂点と通る道を決めていくのは自分だ。サポートがあっても前に進むのは自分の足。あきらめない。それが願いをかなえる最終兵器になる。
2012.08.11
人との付き合い方は時として難しい。最近思うのは他人との距離感のとり方。近づきすぎてもお互い傷つくこともあるし、遠すぎてはよく見えず誤解を招くこともある。個人個人相手によって、また自分の状態によって距離感のとり方が違う。分野よっても距離感は変わる。TPOによって変わることもある。その人を取り巻く環境が変わったり、健康状態が変化した場合にも距離感は変わることがある。相手と自分のベストな距離感を探すのにちょっと四苦八苦するが、お互いを傷つけず、誤解しないようにベストな距離感を探そう。まるで手のひらに傘を立てて乗せてバランスをとるように。常に距離感の1番近い人、それが家族になれる相手なんだと思う。
2012.08.11
ーいつかはーすべてが立ち去り この地をはなれやがては 我も この地を立ち去らねばならぬ ーそれは あと どのくらいのことだろうかー ーそれは そんなに先のことではないー 父は 私が今まで生きた年数を もう一度 くりかえし その数年後に この地を去った ー我はー そんなに長い間ではない 苦しみも 悲しみも 愛さえもあと残り わずかならば 私は真実に生きたい自分の心に うそをつかずまっすぐに これほどまでにないほど まっすぐに みつめて ーただ それさえも すぎゆく者ーだけど すぎさった後も 己の真実には めをそむけず まっすぐに ただまっすぐに みつめていきたい
2012.08.02
もういっぱいいっぱい限界だそう思ってエンディングノートを作ろうとノートを探していたとき昔書き綴ったノートをみつけた。昔の自分の言葉に救われた。未来の自分に今、贈れる言葉を残そう。
2012.08.02
思考の意思と 体の意思が伴わない。気持ちを優先させると体がついていかれずに発作を起こす。体を優先させると気持ちが滅入ってうつになる。あまりに体の声を無視していると「どうせ言ったって聞いてくれないでしょ。」と話をしてくれなくなる。 反抗期の子供のようだ。私の細胞、私の子供たち。ちゃんと向き合って話を聞いて気持ちと体、お互いの歩み寄りが大切なのかもね。
2012.07.14
私が寝起きに具合悪くなっていると開けっ放しの籠からヒョウちゃんが飛んできてくれる。小さな体で一生懸命私の足の先をついばんでマッサージしてくれる。コケながらも体の上を伝ってお母さん大丈夫?」と、顔もコチョコチョついばむ。そのしぐさがいじらしくて いとおしくて思わず微笑んで ホッとして少し楽になる。ありがとう。 心にお薬ありがとう。
2012.07.14
「自分に優しくしなさいよ」そう言ってもらえたことが涙が出るほどうれしかった。自分には無理を強いていたのかもしれない。
2012.07.14
やっと自分の体と向き合えるようになったと思う。一般の平均化された人間というもののデータを参考に「自分」という名の体のマニュアルを読み解いて、希薄になった体の信号を受け止め、取り扱い説明書を制定していく。まずはリラックスをするために「ゲシュタルト療法」と自然を、地球を感じることから始めよう。体のサインは、肩こりと背中の痛み。これがきつくなったら無理しているから休養するようにしよう。
2012.07.06
恩師の言葉。「そばにいるだけでいい。本当に辛い時しみるのはそんな温かさだよ。」寒い冬のおでんのよう。私、そんな人になりたいな。
2012.06.30
涙が出ないほど苦しくて辛くて苦しくて 狂いそうになるほど苦しくて自分を切りたくなる。 正気にかえるために。これはリスカの心理。狂いそうな気持ちを逃がすためには心の状態を体で代弁表現しているのだから、切って血を出して痛みで正気に返るのではなくて、代弁させるのを体でなく他のことで代弁したらどうだろうか?昔、気持ちが苦しかったときに自分の髪の毛を切ったら落ち着いたことがある。体が苦しいときに焦って暴走しそうになったときに氷水を頭にぶっかけると一瞬びっくりして息が止まる。そう、息が止まるとわれに返りやすい。大きな音でもいいのかな?まるで猫の喧嘩の仲裁のようだけど。でもそれは一瞬の応急処置。本当に止まるのは心にしみるあたたかな言葉。
2012.06.30
いつまで続くのかなぁ・・?しんどい体。さっきも発作。薬飲んだら心拍弱まる。血圧91-74.開きが17.心臓ヒクヒクしてるよ!どうりで意識がボーっとしてるし・・。でもただでは起きない。人体実験のデータは取るぞ。あきらめない。
2012.06.30
そろそろ覚悟しないとな。と思う。・・・かなり重いけど。(ーー;)自転車の最初のひとこぎに似てる。よっこらせ。前に進もう。
2012.06.27
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