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令和4年10月~令和6年1月 九星暦 (暦日大鑑と照合済み)


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人生グラフ No.1 ~ No.80


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最も効果をあらわす画数一覧 23分野


1 政治家として成功する画数


2 実業家として大成する画数


3 外交官として国際舞台で活躍する画数


4 大学教授や研究者として名を成す画数


5 科学者・技術者として新開発に成功する画数


6 医者に多い画数


7 弁護士に多い画数


8 商売人(小売業)として販路を広げ繁栄を招く画数


9 水商売で成功する画数


10 作家や評論家など文筆業で成功する画数


11 芸術家として名を成す画数


12 デザイナーとして時代を先取りしていく画数


13 スポーツマンとして成功する画数


14 芸能界でスターになれる画数


15 男性顔負けの女傑、才女として活躍する画数


16 良妻賢母として平和な家庭を築く画数


17 チャーミングな美人に多い画数


18 相手に見染められ、玉の輿に乗る画数


19 結婚入籍の改名後、幸福な新生活を送れる画数


20 マスコミの社会で成功する画数


21 アイディアマンに多い画数


22 手芸職人として特殊な才能を発揮する画数


23 経済的に恵まれた一生を送れる画数


結婚姓名占術 数表 目次


結婚姓名占術 数表① 1字名 内面性格と情熱運


結婚姓名占術 数表② 2字名 内面性格と情熱運


3字名(内面性格のタイプと情熱運)or対人性格のタイプと対人運


1字姓(結婚好適期)


2字姓(結婚好適期)


3字姓(結婚好適期)


7つの相性タイプの読み方


相性分析 ブランク表  婚前・婚後


続・日本人が知ってはならない歴史


序章 注1 エージェント(agent)


序章 注2 海軍陸戦隊は五千人余の兵力……


第一章 注1 金日生


第一章 注2 修身齋家治国平天下


第二章 注 つまり伊藤博文は上から撃たれたのです。


第六章 (注)帷蝙(いあく)上奏権


第八章 (注1)一九二八(昭和三)年六月の張作揉の爆殺


第八章 注(2)……中からそして上から知力と権力で 革命はやるのだ………


第八章 資料1 『諸君』平成十六年一月号・二三七頁  一九五一年証言


●UT版日本国紀 目次● 20220820改 小笠原諸島を日本領に


日本国紀 目次 発表順


動画の文字起こし  品質は良くありません


武田邦彦「ホント話」114・20220729「海洋酸性化「パン食は胃腸に良くない


小山内彰先生の四柱推命の活用法より


五行(十干)について


「四柱推命学入門」小山内彰著(希林館) 目次


小山内彰先生の四柱八字計算サイト


シオンの議定書 目次


シオンの議定書の読み方をガイドするパンフレット


高神覚昇「般若心経講義」(角川ソフィア文庫)目次


100年数秘の本  目次


『「リサイクル」汚染列島』武田邦彦著 青春出版社 インデックス


『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館 目次


『姓名(なまえ)』牧正人史著 青春出版社 目次


64卦


目次 『「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)


著作権の切れた書籍の書庫 焚書図書館     R050823更新


GHQ焚書図書『皇室と日本精神』


竹田恒泰の幕末・孝明天皇論 再生リストV0.5


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2022.06.17
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明治の昔まで遡らなくても、少し前の日本の状態は今とはかなり違っていました。子供は多く時間を原っぱで過ごし、真っ黒になって転げ回っていました。ときには実の生った柿をちぎっては一散に逃げ、隠れて固くて渋い柿をほおばったものでした。そんなやんちゃな時間の中で生きるための知恵を授かり、体験を持ったのです。しかし生活自体は必ずしも豊かではなかったので、ときには道に落ちている釘を拾っては少しのお小遣いを作り、駄菓子屋で怪しげな菓子を買ったものです。
まだ家庭の風呂は普及してはいなかったので、家庭にある風呂を特別に「内風呂」といっていましたが、燃料には薪を使い、新聞紙を使いました。また、母親は着物を解いては板に張り付け、それをリ“サイクル”着物にしていました。もちろん、布団の打ち直しもありましたし、座布団はときどき布を交換して新しくしていました。リサイクル品は多く使われていましたし、もちろん堆肥も使っていましたが、別に何の問題も生じませんでした。それは江戸時代から続いた日本の生活の習慣であり、特におかしいとも思わなかったのです。もちろん、現代と比べれば何でもリサイクルをしていましたが、それでも安全なように見えたのです。それにはそれなりの理由があります。
第一にもともと社会そのものの危険性が高く、寿命が短く、毒物より結核や戦争によって齢をとる前に命を落とす人が多かったからです。人類が誕生してから約四五〇万年の間、人間の平均寿命は三〇歳を超えることはありませんでした。産業革命が起こり、医学が進歩してからの一九世紀の半ば、イギリスでやっと平均寿命が四〇歳を超え、さらに一国の平均寿命が五〇歳を超えたのは一九〇三年のスウェーデンといわれています。現在の日本のように平均寿命が八〇歳、このような安全な社会と常に戦争や飢饉があり、乳幼児死亡率が高い社会における安全性とは全く別物なのです。
社会が「危険」と見なすのは案外心理的なもので、全体の危険度が高いと危険もあまり危険には感じませんし、危険度が低くなるといままで何とも思っていなかったものが危険になります。その良い例が戦争後に取り残された不発弾や地雷に見られます。
戦争中には自分の周辺に爆弾が落ち、それが炸裂して常に死の危険と隣り合わせにいます。そのような環境では「ああ、今日も死ななくて良かった」と思い、ときにはそれが幸福にも感じるのです。ところが、戦争が終わった途端に、不発弾がそばに転がっているのに気づきます。戦争中は不発弾など注意もしなかったのに、驚いて逃げまどい、大変なことになります。
このように、「危険」というものの感じ方は時代やそのときそのときの状況によって大きく異なり、本来感覚的なものであるのです。また、危険とそれを感じる人間の感覚について「リスク・ベネフィット」という整理方法があります。それによると、人間は自分にとって都合の良いもの、メリットのあるものは危険性が高くてもその危険を感じにくく、反対に、自分に何らメリットのないものや自分の意志に関係なく行われることに対しては敏感で危険を感じる、という心理的な面がはっきりと現れます。
江戸時代に使われていたからとか、どこかの国はこうなっているからという議論があまり有効でないのは、人間の判断というものがその人がいる環境そのものに支配されることが多いためで、比較するときには十分な注意が必要となります。特に、自分自身の行動を決めるときにはどういう判断基準を使ってもよいと思いますが、他人にある考え方を勧めるときにはよく全体の状況を考えて発言する慎重さが求められます。
リサイクルと毒物の関係で昔と違う別の理由は、昔は現在と比較して私たち一人あたりの使うものの量が桁違いに少なかったことです。毒物のレベル自体は同じでも、物質の量が少なければ必然的にそこに含まれる毒物の絶対量も少なく、したがってそこに潜む毒物による障害の出る可能性もまた格段に小さくなります。つまり「リサイクルすると毒物がたまる」ということは基本的には昔も今も同じですが、その影響は全く異質なものになっているのです。
「昔と違う」という第三の理由は、近代化によって環境ホルモンなどの「工業化によって新しく作られた難分解性の毒物」が急激に増えてきたことがあげられます。たとえば、プラスチックが発見されたのは二〇世紀のはじめ、ベークランド の発明とそれに続くスタウディンガーの貢献によるものです。多くの種類の金属が使われるようになったのも二〇世紀です。江戸時代にはありません。それでも、江戸時代は、一種のリサイクル社会でしたから毒物の蓄積は多少問題とされていました。それをどのように回避していたのでしょうか。
まず、とことん使いましたから多くのものはそのまま捨てられ、危ないものはほとんど焼却していたのです。ときによってはさらに気をつけて塩を蒔いて注意を喚起し、忌み嫌って焼き捨てることもしました。消毒や防腐剤というものがなかった時代には、使ったものに毒が含まれる可能性があること、それが致命的な結果をもたらすことに対する感度は高く、痛いほどわかっていました。そこで定期的に畳を替えたり、少しでも毒物に汚染されていると思われるものは「しきたり」や「迷信」と思われるほどに注意深くしていたのです。
その中でも、「焼き捨てる」ということは「自分たちの世界から消える」ことを意味し、科学的な知識のない時代でも「灰は安全だ」という素朴な真実がわかっていたといえます。
江戸時代のもう一つの知恵はリサイクルを自分の世界に制限していたことです。たとえば、母親の着物を洗い張りして仕立てて娘が着る、これはお古だけれど姪っ子の誰々が着ていたものを使う、という感じです。つまり、自分自身の感覚でわかるもの、素性がはっきりしているもの、自分の手でリサイクルをしているものがリサイクルの対象だったのです。現代のようにリサイクルを人の手に委ねて、誰がどこで使ったかわからないものをリサイクル品として使うことはほとんどありませんでした。
リサイクルの議論の中には常にある程度の懐古的なものが入ってきます 。たとえば、「江戸に帰れ」とか、「昔は」というような話ですが、現代のように物質使用量が多く、生活水準が高い状態は江戸時代とは基本的に異なることを常に十分に認識していなければならないでしょう。加えて、現代は新しい合成品を使う時代です。新しい合成品は便利ですが、そこから何が出てくるかについて人間はそれほどの経験を持っているとは思えません。そのような知識のレベルでリサイクルをしますと、私たちの身の回りにはどんな毒が入っているかわからないことになります。
「生活実感で判断する」「市民のレベルで考える」というのは確かに必要です。特に最近のように専門家というグループの人たちが信用できない時代にあっては、生活実感で、そして市民感覚で判断せざるを得ないこともあります。しかし、単純に「私の小さい頃は」とか「江戸時代は」と考えるのも危険です。現代の社会を見つめた議論が必要であるとともに「生活や市民」と「人間の叡知」は決して相反するものではなく、私たちは人間の叡知を信じ、冷静に考えてよりよい環境、素晴らしい未来をめざしたいものです。
人間の叡知の働かないリサイクル社会は、私たちの環境と将来を耐え難いものにしていくでしょう。
『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より





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最終更新日  2022.06.17 00:00:18
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