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6月11日 朝9時にコーヒー、パン、ハムエッグで朝食。町のツーリストインフォメーションに行き、次の目的地のサパンツァの情報などを調べ、帰りにスーパーマーケットでインスタントラーメンとお菓子を買って宿に戻る。 お昼に宿をチェックアウトし、12時半にバスターミナルに向かう。 しかし、バスターミナルに行くと、「今日のバスは無い」と言われた。昨日に引き続き、ここのバスも運休らしい・・・。 ルーマニアのバスはかなりいい加減だと聞いていたが、本当にいい加減だった。 2時過ぎまで待ったがやはりバスは来ない。しかたなくタクシーで行くことにして、ドライバーと料金の交渉をしようと思ったら、車のドアに料金表が貼ってあり、「30万Lei(=約1000円)」と言われた。 適正料金なので、タクシーに乗り込む。今は3人なので一人330円。 約12Km、20分ほどでサパンツァに着いた。サパンツァはウクライナとの国境近くの小さな村で、「陽気な墓」で有名みたいです。(注) 写真がないので、「陽気な墓」をお見せ出来なので、もし気になったら、Googleなどで検索してみて下さい。 村には何軒もペンションがあるので、順番に見て回り4軒目の「Pensiunea ANCA」に決める。 村を散歩し、食堂でビールを飲んだら、1杯65円とすごく安かったが、一緒に頼んだフレンチフライは330円だった。
2011.12.09
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5月24日 タカシ君が作ってくれたトーストやハムの朝食を食べて、宿でゴロゴロする。 昼からバスターミナルに行き、オフリド(マケドニア)行きのチケット(30Lv=約2000円)を買う。 宿に戻り、タカシ君たちとルートの相談をする。僕は今晩から西隣の国、マケドニアに向かうが、彼らはブルガリアを少し回って、ルーマニアに行くそうだ。一旦ここで別れ、一週間後位にブカレストで落ち合うことにした。 夕食を食べてからバスターミナルに向かう。バスは19時に発車し、22時半頃、国境に着いた。無事、出入国も済み、カスタムでも何も調べられず、ごく簡単だった。 しかし、オフリドに着いたのは朝(夜中)の2時半。バスターミナルと言っても屋根も無い屋外なので、ここで夜明けまで待つのはツライ。 そう思っていると、こんな時間なのに宿の客引きが来て、「いい宿を紹介する」と言ってきた! こんな真夜中に、彼の車に乗るのは少し怖かったが、思い切って行くことにした。 大通りから裏道に入った時に「ヤバイ」と思ったが、そこに宿があった。 宿といっても看板もないプライベートルームの様だ。宿の親父が出てきて、一泊10ユーロだと言ったが少し高い。相場は5ユーロ位だ。だが、こんな時間に他を探すことも出来ない・・・。 親父と交渉し、この時間から入れば二泊になるが、一泊分の10ユーロでまとまり、無事チェックイン。すぐベッドに入って寝る。
2011.08.26
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1Kn(クロアチア・クーナ)=約17.9円2005年6月22日 朝6時に起きて準備。6時20分に宿を出て、タクシーでバスターミナルに行く。 バスのチケットは、昨日ユーロラインズで買っておいたので(42KM=約2970円)大丈夫だったが、やっぱり荷物が別に2KM(約140円)必要らしい・・・。 財布に2.8KMあったので、無事、乗車。 7時15分に発車。国境も無事、通過しアドリア海沿いを南下する。非常に綺麗な風景だ。 午後1時35分にドブロブニクに新バスターミナルに到着。多くのプライベートルームの客引きが居て、その中から「FAMIRY RADIC(トリプル、90Kn=約1611円)の家に行くことにした。*港にあった観光船* 綺麗な部屋で、バルコニーもあったのでここに決める。少し昼寝をしてから街に出る。 スーパーマーケットで夕食の材料を買って、宿に帰る。今日の夕食はトマトスパ。 しかし、急に物価が上がった。
2012.02.25
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2005年6月2日 朝7時過ぎに起き、出発の準備をして、キムさんと一緒に鉄道駅に向かう。 キムさんのチケットは9時30分発の急行だったが、僕と同じ8時30分発に乗るために変更の手続きをしようとしたが、言葉が通じずうまく行かない。 すると地元の若い男の人が来て、勝手に手伝ってくれて、なんとか変更が出来たが、差額の払い戻しが出来なかった。 キムさんと二人で列車の乗ろうとしたら、さっきの男に人が「手数料をくれ」と言ってきた。キムさんも払い戻しが受け取れれば、少し渡そうと思っていたらしいが、受け取れなかったので、払う払わないで少し揉めている。 そうこうしている間に列車の発車時間が迫ってきた。キムさんが「次の列車で行くので先に行ってくれ」と言うので、心配しながらも列車に乗ることにした。 列車は定刻の8時30分に発車。座席にも余裕で座ることが出来た。 ブラショフに昼の12時21分の到着。キムさんの乗ってくる次の列車も20分くらいで着くはずなのでホームで待とうとしたら、なんとそこにキムさんが居た。結局、同じ列車に乗れたそうだ。 駅前からバスで統一広場まで行き、今日の宿、「Kismet Dao Hostel(ドミ、38万Lei=約1400円)」にチェックイン。 ここの宿は一泊に一枚、ネットチケットが付いていて、宿から歩いて5分くらいにあるネット屋で1時間無料でネット出来るのだ。 ネット屋に行きメールチェック。ブルガリアで別れたタカシ君たちとここで落ち合う予定だが、まだメールが来ていない。まあその内、来るだろう。 そのまま街を歩き、スケイ門や黒の教会などを見学する。黒の教会は600年ほど前に建てられた、高さ65mもあるトランシルバニア地方さ最大のゴシック建築の教会らしい。かなり重厚な建物だ。*黒の教会* 郵便局に行き、久しぶりに絵葉書を送り、パン屋でチョコレートパンを買って食べる。甘くて美味しい。 今日は、帰りにパスタとパン、スープの素を買って、宿で作って夕食にした。
2011.10.14
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6月3日 宿で朝食を食べてから、バス停に向かう。今日は「ドラキュラの居城」として有名なブラン城を見に行くことにした。 ブラショフからの直通バスは無く、16番のバスでバルトロメウという所まで行き、ブラン行きに乗り換え、45分ほどで到着。 入場料(5万Lei=約182円)を払い、野外村落博物館とブラン城を見学。お城は意外に小さく、あっという間に見終わってしまった。 ブラショフに戻り、ネット屋でメールチェックをすると、ブルガリアのソフィアで別れたタカシ君達からメールが来ていて、明日こっちにくると書いてあった。 タカシ君達がなかなか来ないので、明日、キムさんとシギショアラに行くつもりだったが変更しよう。 キムさんと別れるのは残念だが、タカシ君達にも会いたいので、もう一日待つことにしよう。 ちなみに、ブラン城でも写真を撮ったんですが、間違ってごっそりデータを消してしまったようで、この後のルーマニアに写真がありません・・・。 暫くは写真無しで更新しますが、よろしくお願いします・・・。
2011.11.02
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6月8日 午前中、荷物をまとめ、出発の準備をしていたら宿の兄ちゃんが来た。いろいろ話をしていたら、「今日はストなので、鉄道は動かないよ」と言われた。 昨日、駅のインフォメーションで聞いた時も、「列車が動くかは判らない」と言われていたので、あきらめてもう一泊することにした。 近くのレストランでソーセージ、ザウワークラフトとフレンチフライ(785000Lei=約290円)を食べる。まあまあ。 少し散歩して、丘の上の教会を見学。小さい町なので、見所はあまりない・・・。 今日はピザとワインを買って、宿に帰って食べる。 夜、3人でトランプの勝負をして負けたので、明日の朝、鉄道駅まで行ってストの情報を聞きに行かされることになってしまった・・・。駅までは結構遠い。
2011.11.19
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6月13日 朝10時のバスでシゲト・マラムレティに戻るつもりだったが、バスが来ない・・・。あきらめて、バス停で待っていた地元の人と一緒にタクシーに乗ることにした。 シゲト・マラムレティの小さなバスターミナルでバルサナ行きのバスの時間を調べ、じっと待っていたが、時間が来てもバスが来ない。 それからしばらく待っていたが、いつ来るか判らない。しかたがないのでまたタクシーで行くことにした。バルサナまで約20Km、タクシーは1台28万Lei(約1000円)だった。 バルサナには何軒かのペンションがあるようなので、まず1軒目入ると、そのまま車に乗せられて2Kmほど離れたところに連れて行かれたが、料金も手ごろ(一人20万Lei=730円)で静かな所だったので、そこに泊まることにした。 でも、食事代は高かったので(3食で50万Lei=1820円)、自炊することにした。 食材を買いに村の中心の方に行く。多分、村に一軒だけの小さい商店で買い物をする。でも商店に卵がなかったので、どうしようかと思い、途中の民家に寄って、分けてもらうことにした。 3人で民家に入っていき、身振り手振りで(英語が通じない)卵が欲しいことを伝えると、卵の他に、パンやチーズ、ねぎ、カブなど持ってきてくれ、食事までご馳走してくれた。 そのうち、英語の話せる息子さんも出てきて、通訳もしてくれた。ウオッカのようなかなりきついお酒もご馳走になり、丁寧にお礼を言って帰ろうとすると、卵のお金もいらないと言ってくれた。でもさすがにそれはまずいので、3万Leiだけ受け取ってもらった。 ここは特に何も無い村だが、人も親切だし、雰囲気も非常にノンビリとしていて良い所だ。 夜、みんなでパスタと野菜スープを作って食べる。ここの水道水はちょっと硫黄くさい。
2011.12.22
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6月1日 朝起きると雨が降っていた。午前中、ネット屋に行こうと思っていたがやめた。 昼過ぎに雨が止んできたので、今日出発するアツシ君と隣の食堂で昼食を食べる。 カツとパンで15000Lie(=約55円)。安いと思っていたらキャベツのカツだった・・・。一緒に駅まで行き、彼を見送る。 それからネット屋に行ったが日本語を表示出来ず、MSNのhot mailも開けなかった。 鉄道の予約センターでブラショフまでのチケット(107000Lei=約390円)を買う。自由席だがうまく座れるだろうか。
2011.10.09
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2005年6月6日 朝、ベーコンエッグとトーストの朝食を作って食べる。まだ雨が降っているので外に出られない。午前中にネット屋に行きたかったが、諦める。 ベッドを片付け出発の準備をして、一階のテレビルーム(談話室)で本を読んだりして時間を潰す。 まだ雨が降っている中、昼の12時45分に宿を出てバス停に向かう。 バスで鉄道駅に行き、シギショアラ行きの切符(82000Lei=約300円)を買い、列車を待つ。 列車は少し遅れ、14時5分発車。シギショアラに2時間40分後の16時45分に到着。 僕の持っているガイドブックにはこの町は載っていないので、道はタカシ君に任せ(彼のガイドブックには載っているので)、宿を探す。 旧市街にあるユースホステルが満室だったので他を探すが、どこも高くて(一部屋50~70ユーロ)なかなか手ごろな宿が見つからない。 やっと見つけた「Guest House in CITADEL」にチェックイン。ここは宿と言うよりレンタルハウスの様で、小さな一軒家でスタッフも住んでいない。一部屋一泊40ユーロを二泊で60ユーロにしてもらった。今はタカシ君たちと一緒なので、一人、二泊で20ユーロ。良い宿が見つかって良かった。
2011.11.13
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1Leu(レウ、複数はレイ、Lei)=約0.00356円2005年5月30日 朝8時過ぎにチケットオフィスに行くと、今日は開いていてブカレスト行きのチケット(22.78LV=約1550円)を無事買うことが出来た。 宿に戻って朝食を済ませ、チェックアウト。途中でタバコ(1.3LV=約88円)を買い、バスで駅に向かう。 ここまでは順調に来たが、列車が来ない。駅のベンチでじっと待ち、結局2時間遅れの12時40分に来た。 8人用のコンパートメントに僕一人だったが、次の駅で一人乗ってきた。彼は韓国人旅行者のキムさんといって、たまたま僕と同い年だったということもあり、話が合い、夕方5時半にブカレストに着くまでずっと旅行や車の話をしていた。しかし、英語はすごく疲れる・・・。 途中、国境も問題無く通過し、ルーマニアの首都、ブカレストに到着。ノルド駅から歩いて10分くらいのところにある「Hotel CAZARE(ドミ、30万Lei=約1100円)」にチェックイン。キムさんも一緒だ。 ルーマニアのお金が無いので、まず両替に行く。トラベラーズ・チェックを替えられる店を探すがどこもキャッシュだけだ。一軒だけあったが、非常にレートが悪い。 もう銀行は閉まっているし、あきらめてUS$100のキャッシュを両替(→2875000Lei)。 かなり遠くまで探しに行ったので、宿の近くまで戻ってきた時にはもうクタクタだ。安そうなレストランを探すが見つからず、商店でパンとファンタを買ったとたん、立ち食いの食堂を見つけた。 中に入り、ロールキャベツとパン(49500Lei=約180円)を食べて、宿に戻った。
2011.09.30
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1LV(ブルガリアレブ)=約67.8円5月22日 朝5時半にソフィアのバスターミナルに到着。まだ真っ暗なので7時まで待って宿を探しに行く。 目星を付けていた「ビキ」が見つからず、次の宿「Backpacker’s In(ドミ、14Lv=約950円)」にチェックイン。 昼まで休憩して、近くの食堂で食事(カツ、サラダ、パンで2.7Lv=約184円)をしてから街を歩く。 バーニャ・バシ・モスクからセルディカの遺跡、聖ニコライ・ロシア教会、アレクサンダル・ネフスキー寺院等を観て回る。景色かなりヨーロッパになった。 *アレクサンダル・ネフスキー寺院* 夜は宿の隣にある中華料理を食べに行った。久しぶりの中華はすごく美味しかった。
2011.08.12
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6月14日 朝、洗濯物を干してから朝食を摂る。パン、チーズ、ハムエッグ、野菜スープとコーヒー。なかなか立派な朝食だ。 昼前に散歩に行く。田舎道をノンビリと歩いていたら、馬車に干草をてんこ盛りにして引っ張っている。マンガやアニメで見るような光景だ。 昼すぎに宿に戻って、焼き飯を焼いて食べた。6月15日 今日も散歩に行く。すごくノンビリしていて良い所なのだが、特に何もないので飽きる。宿に戻ってごろごろする。 あまりにヒマなので、ガイドブックを眺めながらこれからのルートを考える。 行きたい所がありすぎて、効率よく回れるルートを考えるのが大変だ。自分のガイドブックに載っていない国もあるので、タカシ君が「もう要らない」と言っている、彼のガイドブックから少し分けてもらう。でもロンリープラネット(英語版)なので読みにくい。
2012.01.07
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6月21日 朝10時頃、観光に出る。まず、バスでグルバヴィツァ地区に行き、歩き出す。 この辺りの建物は砲撃や銃撃の跡で、壁がぼろぼろになっていて、紛争時のすさまじさが窺われる。*白いベランダの部分に残る銃弾の痕* そのまま歩いて、有名な「スナイパー通り」と平行して走る、ミリャツカ川沿いに進む。川沿いにはヘリコプターや戦車の残骸が残っている。 この辺りもまだ地雷の撤去が出来ていないらしく、川の土手はもちろん、舗装していない場所も歩いてはいけないらしい。 スナイパー通りに出ると銀行があったので、両替(US$50→74.3KM)。この銀行はT.C.をドルキャッシュに替えられるようなので、100ドル分(手数料3ドル)、キャッシュを作っておく。 それからみんなと別れ、旧市街に向かった。聖火や大聖堂、国立図書館などを見ながら歩いていたら、モスクがあったので中で少し休憩する。 この辺は旧市街の中心地で、観光地らしい明るさがあり、人通りも多い。*プリンツィブ橋* 次は、第一次世界大戦のきっかけになった「サラエボ事件」の現場であるプリンツィブ橋を見てから、少し遠いが、オリンピックスタジアムまで行くことにした。 スタジアムの前のグランドは白い墓石でいっぱいだった。これらはみんな紛争の犠牲者のお墓だ。以前、テレビでは見たことがあるが、実際に見るとなんともやりきれない気持ちになる。 旧市街の方に戻り、みんなと落ち合い、丘の上に登る。ここからは眺めも良く、気持ちの良い場所だった。
2012.02.15
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5月28日 朝8時半のバスに乗るつもりだったが、なんとなくゆっくりしてしまった。 パンとコーヒーで朝食を済ませ、10時過ぎに宿を出た。バスターミナルでヴェリコ・タルノヴォ行きの11時のバスに乗ろうと思ったが満席で、次の12時30分のチケットを買った。 今日のバスは座席もゆったりしていて快適だ。ヴェルコ・タルノヴォには午後3時15分に到着。 バス停にプライベートルーム(個人の部屋貸し)の客引きのおばちゃんが来ていて、一泊20Lv(約1360円)を二泊で30Lvにしてくれたので決める。*宿からの眺め* ヴェリコ・タルノヴォは800年くらい前にブルガリア王国の首都として栄えた古都で、相撲の琴欧州の出身地でもあるらしい。 宿は旧市街のメインストリート沿いの良い所で、朝食も付けてくれるみたいだ。 しかし、部屋に入って暫くすると急に強い雨が降り出し、外に出られなくなった。バス停からここに来るまでに降らなくて良かった。 夕方、雨が止んだので少し散歩をして、食事の出来る店を探す。 夕食はチーズと卵、ハムのオーブン焼きにパン(3.7Lv=約250円)。頼んだつもりの物と少し違うように思うが、美味しかったので、まあ良かった。
2011.09.18
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6月16日 シゲット・マラムレティからティミショアラ行きの列車は16時16分発なので、昼過ぎに出発すれば大丈夫だろう。なので、午前中は部屋でゆっくりする。 12時半頃、宿を出てバス停に向かう。途中、初日に行った民家の子供に会ったので、一緒に歩く(子供たちは英語が判らないので話が出来ない)。 この村からシゲット・マラムレティまで行くバスが午後1時にあるらしいが、所詮ルーマニアのバスだ。時間通りに来るはずない。と、思ってノンビリ歩いていたら、本当に1時過ぎにバスが走って来た。奇跡だ。 子供たちが走って行き、バスを止めてくれたので無事に乗ることが出来た。 30分ほどでシゲットに着き、すぐに駅に切符を買いに行くと、「ティミショアラ行きの列車は無い」と言われ、唖然とする。3日前に、ここで発車時刻などを聞いておいたのに・・・。 バスを調べに行くと、朝7時と10時半の二便しかなく、今日はもう無いらしい。ガックリしながら他のルートを考えるが、どうしようもない。 タクシーで行く距離ではないので、今日はこの町で一泊して、明日の朝のバスに乗るのが良さそうだ。 近くにあった「MINI HOTEL(3ベッド、1人333000Lei=約1250円)」に入る。すごく眠たいし、体調も悪いので、もう寝る。
2012.01.13
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6月10日 午前中、両替に行く。少し街を散歩して、昼食を摂ってから宿をチェックアウトしてバスターミナルに向かう。 13時30分のバスに乗るつもりで待っていたが、いつまでたってもバスが来ない。もう一度、さっき聞いた窓口で聞くと、「バスは無い」と言われ愕然とする。 しかたがないので鉄道駅まで戻り、15時36分の列車に乗りシゲト・マラムレティに向かった。 が、なかなか着かず、ついに真っ暗(夜10時位に暗くなる)になってしまった。22時30分にやっとシゲト・マラムレティに到着したがプライベートルームの客引きもいないので、タクシーで安そうなホテルに行く。 しかし安くはなかったが、もう探しようが無いので「Motel Buti(トリプル、トイレ、シャワー、40ユーロ、一人1800円)」にチェックイン。 今日は疲れたので、早々に寝る。
2011.12.03
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6月12日 朝11時過ぎに宿の母子と一緒に教会のミサに連れて行ってもらい、見学する。 その教会は、ちょうど「陽気な墓」のあるところだった。それぞれのお墓にはカラフルな絵が描かれていて、陽気というより派手なお墓だ。この絵は亡くなった方の、生前の職業などが描かれているらしい。 午後1時にミサが終わり、宿に戻って昼食。昨日はママリガ(とうもろこしの粉を牛乳で練って蒸したもの、あまり美味しくない・・・)とサラダだけだったが、今日はオムライスが出てきた。 「なぜここでオムライス?」と思ったら、出かける前にタカシ君が作り方を教えていたらしい。なかなか美味しく、完食した。 すこし昼寝をしてから、「モナストリー」を見に行く。この教会は世界で2番目(ヨーロッパでは1番)に高い、木造建築らしい。 そうとう古いものかと思っていたが、よく見ると2003年に作られたようで、まだ完成もしていないようだ。 宿に戻って夕食。夜、テレビを点けるとF1カナダグランプリが放送されていた。
2011.12.16
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5月26日 朝7時に宿を出て、バスターミナルに向かい、スコピエ行きの7時30分発のバスに乗る。 11時にスコピエに到着。まず、到着したバスターミナルでブルガリアのソフィア行きのバスを調べてから街に出る。 ここスコピエはマケドニアの首都だが、かなりシンプルで、どこかの地方都市という感じだ。 あのマザー・テレサがスコピエ出身ということで、広場には像があった。 オールド・バザールを歩き、昼食にでっかいハンバーガーを食べる。なかなか美味しい。 教会やモスクなどを見学してから、バスターミナルに戻り、ソフィア行きのバスに乗る。今日はここに泊まらずに、ブルガリアに戻ることにした。午後3時に発車。 夕方5時に国境に着いた。出入国の手続きはバスに乗ったままという簡単なものだったが、1時間くらい止まったままだった・・・。 ソフィアには夜の9時に到着したが、外はまだ明るく、安心して宿に向かうことが出来た。 前回と同じ「Backpacker’s In(ドミ、14Lv=約950円)」にチェックイン。近くのスーパーでインスタントラーメンとビール、パンを買ってきて、宿で作って(キッチンが使える)食べる。
2011.09.09
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6月17日 朝7時のバスに乗ろうと昨日相談していたが、みんな(タカシ君たち)もまだ寝ている。僕もまだ体調が悪いので10時半のバスにすることにした。 9時半に起き準備をして出発。バスはほぼ定刻の10時35分に発車。途中、2度休憩をして夕方の7時にティミショアラに到着。 そのままタクシーで今日の宿「Hotel Banatul(トリプル、ホットシャワー、トイレ、一人50万Lei=約1820円)」まで行き、チェックイン。 明日の列車でセルビア・モンテネグロに行きたかったので、急いでCFR(鉄道の予約窓口)に行ったが、「時間が遅いので、もう予約できない」と言われてしまい、明日の早朝に駅に行って切符を買わなければならなくなった・・・。 帰りにスーパーでパンやジュース、ヨーグルトなどを買って宿に戻る。
2012.01.20
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5月23日 トラベラーズ・チェックの両替が出来る所を探すが、どこもキャッシュばかりで、ぜんぜん見つからない。近くにあるカジノでもトラベラーズ・チェックは扱っていなかった。 月曜日なのに銀行も閉まっているので、あきらめて一旦宿に戻る。宿で聞くと、今日、明日は休日で銀行も休みらしい。 なるべく米ドルのキャッシュは残しておきたかったが、しかたなくカジノへ行き、キャッシュで両替(US$100→155Lv)。 次にバスターミナルに行き、マケドニア行きのバスを調べてから、昼食にする。今日はハンバーグとポテト、パン(2.8Lv=約200円)。
2011.08.19
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6月7日 朝起きたら、また雨が降っていた。昨日、外に干しておいた洗濯物も濡れていたので取り込み、部屋に干す。 シギショアラはブカレストから北西に約300Km、ルーマニアのほぼ真ん中にあり、素朴な町並みが残る城塞都市で、世界遺産にも登録されている。 昼前に町に出ると、時計塔の周りに人が集まっているので、多分、人形などがいっぱい出てくる仕掛け時計だと思い、僕たちも正午を待つ。 しかし、出てきた人形はたった一つだった・・・。 レストランに行き、昼食。チキンとライスで85000Lei(=約310円)。まあまあ美味しかった。 川沿いの教会を見学したり、少し旧市街を散歩したりが、大して何もなく、すぐ終わってしまった。 夜はユースホステルの食堂に行き、ピザを食べる。久しぶりにピザを食べたように思う。
2011.11.18
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6月9日 朝8時半に起きて一人で駅に行き、インフォメーションでバイア・マーレかクルージュ・ナポカに行ける列車を調べる。 今日もストが続いていて、直行列車は無いが、途中乗り換えすれば行けそうだ。宿に戻り、荷物をまとめて出発の準備をする。 昼過ぎに宿を出て、駅に向かう。途中、ピザを食べる。ここではよくピザを食べた。 午後1時30分の列車に乗り、途中一回乗り換えて夕方の6時40分にクルージュ・ナポカに着いた。 駅のすぐ前の「HOTEL PAX(トリプル、一人35万Lei=約1300円)」にチェックイン。 次の目的地のシゲト・マラムレティ行きの鉄道とバスを調べてから、少し町を散歩して、帰りにスーパーでファンタとお菓子を買って宿に戻った。
2011.11.25
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1DIN(ノビ・ディナール)=約1.55円2005年6月18日 朝5時に宿を出て、駅に向かう。ベオグラード行きの切符(48万Lei=約1752円)を買い、列車を待つ。その間に、残ったルーマニアのお金でタバコを買って使い切る。 6時35分、発車。中はガラガラだったのでコンパートメントで横になって寝る。 出入国共にすんなり終わり、10時30分にベオグラードに到着。駅で両替(US$50→3378DIN)をしてから宿を探す。 駅の近くにあった、「Hotel Centar(トリプル、朝食付き、一人700DIN=約1085円)」にチェックイン。 昼寝をしてから、夕方少し街に出て、ファストフードの店でハンバーガーを食べる。今日は疲れたので、観光は明日にしよう。 夜、シャワーを浴びたが、水の蛇口が壊れていて、お湯しか出ない。それも熱すぎて浴びられない・・・。 細くお湯を出して、なんとか体を洗った。
2012.01.27
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2011年9月24日 今日は番外編ということで、京都の宇治に行った時のことを書きます。 宇治は京都市の南にあり、有名な清水寺や金閣寺からは少し離れています。 先日、新しくカメラを買い換えたので、試し撮りを兼ねて、京都の宇治へ行っていました。宇治には世界遺産に登録されている平等院や宇治上神社など、多くの名所がある観光地です。 大阪から京阪電車に乗り、京都方面へ。中書島という駅で宇治線に乗り換え、終点の宇治駅まで行きます。 まずは有名な平等院へ向かい、入場料600円を払い中に入ると、すぐに鳳凰堂が見えてきます。あの十円玉に描かれているヤツです。左右対称で非常に美しい建築物でしたが、池の水が茶色くて、写真を撮るにはちょっとガッカリでした。*平等院鳳凰堂* 次に塔の島に建っている十三重石塔を見に行ったんですが、橋が閉鎖されていて、中には入れませんでした。というのも、ここは宇治川の中ノ島にある公園で、今日は上流にある天ヶ瀬ダムで大量に放流しているらしく、川の水かさが高く、塔の島の公園が少し浸水していました。*十三重石塔と宇治川* そのまま川沿いを上流に向かって1.5Km程歩き、天ヶ瀬吊り橋を渡り、対岸を通って戻ってきました。 宇治神社や宇治上神社など見学。ここは多くの寺社仏閣が集まっているので効率よく見て回れ、観光には良い所でした。*宇治上神社* 久しぶりに、知らない土地を一人で歩き回って、ちょっと旅行気分を味わえ、しかも天気も良くて、気持ちの良い日でした。
2011.10.21
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6月19日 朝9時過ぎに食堂に行き、朝食を食べてから街に出る。 まず、1999年にNATOの空爆を受けたビルに向かった。宿からすぐ近くにあり、無残に破壊された建物が目を引く。 写真を撮っていたら、機関銃を持った兵士に怒られた。「これは政府のビルで、写真を撮ってはいけない」と言われた。素直に謝り、その場で撮った写真を消去したが、後で見たら一枚残っていた。 次に昇天教会や連合国家議会等を見ながら歩き、聖マルコ教会に行き見学。今日は日曜日なので、中でミサをしているようだ。 そこから北上して、共和国広場にある国立博物館に行ったが、今日は閉館していた。石畳の遊歩道になっている、クネズ・ミハイロヴァ通りには人がいっぱい歩いているのに、ほとんどの商店は閉まっている。 やっと開いている写真屋を見つけたので、中に入り写真のデータをCD-Rに焼いてもらった(150DIN=約240円)。 *ルーマニア後半からの写真が無くなったのは、どうもここでCDに焼く時に失敗したようです。この後からは写真があります。* そのまま歩いてカレメグダン公園に行った。公園内の丘の上からは、サパ川とドナウ川が良く見える、綺麗なところだ。 セルビア正教大聖堂を見てから、宿に戻った。
2012.02.03
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1DEN(デナル)=約2.2円5月25日 朝9時に目が覚めたので、顔を洗い、町に出る。先にバスに時間を確認しようとバスターミナルに向かったが、道に迷う。 地元の人に聞きながらターミナルに行く。こっちの人は結構親切だ。 ターミナルでスコピエ行きのバスを調べてから、湖の方に行く。人も少なく、静かな所だ。 湖沿いに歩き、坂を登るとローマ古代劇場の遺跡があり、現在、修復中のようで何人かが働いている。 しばらく歩くと、「聖パンテレイモン教会」に着いた。オレンジ色の綺麗な教会だ。修復されてピカピカだが、オフリド最古の教会らしい。*聖パンテレイモン教会* そのまま歩き、サミュエル要塞に行く。中は狭く、別に何もないが、城壁からの眺めはすごく良かった。 帰りにスーパーでパンとジュースを買い、宿に戻ってちょっと昼寝してから、夕方、またオフリド湖に行き、ベンチに座ってノンビリする。
2011.09.02
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6月4日 朝ごはんを食べてからトゥンパ山に行く。トゥンパ山は街の南東にある、標高865mの山で、ロープウェイもあるが今日は歩いて登る。*トゥンパ山 2日前に撮った写真* 見た目はたいしたことないと思っていたが、さすがに歩いたらしんどい。ふーふー言いながら山頂を目指す。 山頂からの眺めは非常に良かった。帰りも歩く。片道40~50分くらいだった。 夜8時頃にタカシ君とカリンちゃんが到着した。まずはビールを飲んでから、町に買出しに出る。大型スーパーがあるのでそこに行き、ワインやインスタントラーメン、パンなどを買い、宿に戻る。 久しぶりに3人でワインを飲み、それぞれの行ってきた町の話など、ゆっくり話をする。
2011.11.05
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5月29日 明日はルーマニアのブカレストに行くつもりなので、まず切符を確保しようと思い、鉄道駅に向かう。かなり迷いながら、駅にたどり着いたが、なぜか切符は買えなかった・・・。 町にもチケットオフィスがあるらしいので行ってみたが、閉まっている。明日、ブカレストに行けるのだろうか・・・。*ヴェリコ・タルノヴォの町* 切符はあきらめ、観光にする。「ツァレヴェッツの丘」に行き、大主教区教会や宮殿跡などを見学。丘の上からは眺めが良く、ヴェリコ・タルノヴォの小さな町がよく見える。*丘からの眺め* ワインを買って宿に戻り、少し飲んで寝る。
2011.09.23
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5月27日 今日は世界遺産の「リラの僧院」に行こうかと思っていたが、あいにくの雨模様だ。 とりあえず、洗濯をしてもらって(宿の人が洗濯をしてくれる)干している時に雨が上がってきたが、ちょっと時間が遅く、もうバスに間に合わない。 「リラの僧院」には行ってみたかったが、あまり天気も良くないので宿でゆっくりすることにした。 夕方、またインスタントラーメンとビールを買いに行く。今日はスーパーに行っただけで終わってしまった。
2011.09.17
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5月31日 昨日買ったパンを食べ、11時頃に街に出る。歩いて「国民の館」へ行き、中に入る。ここはガイドツアー形式の見学なので。順番が来るまでしばらく待たされる。 「国民の館」はあのチャウシェスク元大統領が1500億円をかけて造らせたという宮殿だ。地上8階、地下5階もある巨大な建物だ。 「国民の館」の入り口で、ケンタ君という日本人旅行者に会い、一緒に待っていると、また別の旅行者のミツヨさんという女の子も来て、一緒に見学することになった。 ここはまさに現代の宮殿だ。ムチャクチャ広い広間や、大理石をふんだんに使った柱や壁など、贅を尽くした内装にもビックリする。 40~50分の見学時間はあっという間に終わり、3人でお昼ご飯を食べに行くことになった。途中、旧共産党本部ビルやグレツレスク教会を見てから、レストランに行き、サルマーレ(ぶどうの葉で包んだロールキャベツ)、ママリガ、ビールとデザートにパパナッシュ(ドーナツのようなお菓子)。これらはルーマニアの定番料理らしい。これで29万Lei(=約1060円)。なかなか美味しかった。 結局、このまま夕方まで話し込んでしまい、この後は観光が出来ず、宿に戻った。
2011.10.07
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1AM(アゼルバイジャン・マナト)=約0.02円12月14日 朝9時、やっと下船準備が始まり、他の客たちも部屋から出てきた。 10時に船を降りる。40時間ぶりの陸だ。予定では18時間だったが・・・。 入国審査に少し時間がかかったが、無事、入国。グルジアの宿にあった情報ノートに書いてあった、$1の宿が見つからなかったので、別の宿を探す。 1時間くらい歩いて、やっと「OTEL ARZU(ドミ、30000AM=約600円)」を見つけて、チェックイン。 まず、シャワーを浴び、洗濯を済ます。それから駅まで行き、両替($50→245700AM)。 お昼に売店でケバブサンドを食べ、イチェル・シャハル(旧市街)に行こうと思い、地元の人にバスを番号を聞くと、「同じ方向に行くので」と、一緒にバスに乗ってくれ、料金まで払ってくれた。 旧市街でグズ・ガラスゥ(乙女の塔)などを見学。次にシルヴァン・シャー・サラユ(シルヴァン・シャーの宮殿)に行き、中に入ると、地元の女性にいきなり日本語で話しかけられた!! その女性はここの職員で、日本の文化を学ぶために、日本に留学していたそうだ。日本語で案内してもらえて、すごく判りやすかった。 その彼女に「この街で一番綺麗なモスクはどこ?」と聞き、教えてもらったモスクに向かう。 丘の上にあるので、結構しんどかったが、トルコ風の素晴らしいモスクだった。
2008.12.07
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1KM(コンベルティビルナ・マルカ)=約70.7円2005年6月20日 朝7時に朝食を摂り、バスターミナルに向かう。サラエボまでのチケット(1035DIN=約1600円)を買って、残ったお金をボスニアのマルカに両替をしてから、バスに乗り込んだ。 しかし、バスの車内で荷物代を請求され、困る。バス代の他に荷物代も要るとは知らなかった・・・。 もうこの国のお金を持っていないので、USドル(1ドル)で払ったら、受け取ってくれた。ドルは便利だ。 バスは8時に発車。国境も問題なく通過し、午後4時にボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボに到着。 着いたバスターミナルがセルビア人共和国側だったので、市バス(1.5KM=約106円)で鉄道駅まで行き、プライベートルームの客引きを探す。 すぐに客引きが現れ、一泊5ユーロと言うので、その家に行くことにした。タクシーで10分、彼女の家に着き、少し休憩してから近くのスーパーに買い物に行く。*宿からの眺め* パンやビールを買って帰り、宿で食べていたら、この宿のおばさんが夕食(チキン、目玉焼き、パン、チーズ)を作って出してくれた。 ありがたくご馳走になり、お腹いっぱいになった。
2012.02.10
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