WBCに臨む原ジャパンは22日、宮崎合宿に参加していた33人の中から
最終登録メンバーとなる28人の侍を選抜。大砲の松中、栗原を外して、
前回2006年大会で成功したスモールベースボール路線を継承した。
投手選びも意外な結果となった。精神的な重圧で調子を崩しているとはいえ、
伸び盛りの好投手、岸が選から漏れた。さらに、国際経験豊富な 和田
ではなく、
同じ左腕ながら経験の少ない 内海
を選出した。 「
将来の日本代表のために、
経験を積ませることも大事。経験(の量)は大事だが、そればかりだと世代交代
が進まない
」
と与田コーチは説明したが...。 (夕刊フジ)
昨日朝、ボクは 「和田毅の高校・大学時代」
をアップしたばかりでした。なのに、
その直後、 和田毅
(現・ホークス、浜田高-早稲田大)はWBC最終メンバーから
落選してしまいました。
「まさか、和田が・・・、なぜ・・・・???」
ボクにとっては、ちょいとショックな出来事でありました。
そして、 岸孝之
(現・西武、名取北高-東北学院大)までもが落選。
米国の使用球が指になじまず、合宿中はずっと苦しんでいたという報道もありま
した。
でも、 原辰徳
監督(現・読売監督、東海大相模高-東海大)は、投手の最後の一人
を決める際、 「
岸をメンバーに入れて、 馬原孝浩
(現・ホークス、熊本市立高-
九州共立大)
を落とそう」
というハラだったといいます。
そう報じていたのは日刊ゲンダイ。
「昨年(2008年)の日本シリーズで見た岸のカーブは、なかなか打ちずらい球で
世界を相手にしても通用するはず。一方の馬原はまだ故障あがり。信頼度は低い」
と。
それに真っ向から異を唱え、馬原を推したのは 山田久志
投手コーチ
(元・阪急、能代高)。結果は岸が落選して、山田コーチの意見が通った格好です。
監督とコーチ、意見の対立は「つきもの」のようです。
さて、すでに消滅した 「近鉄バファローズ」
のこと。
伝説となった 「10.19
」
。
ボクにとっては、ただただ感動した試合ではありましたが、当時の近鉄にも監督と
投手コーチの対立があったようです。
対立していたのは、 仰木彬
監督(故人)と 権藤博
投手コーチ(当時、鳥栖高)。
wikipediaには、仰木さんのことを 「勝利のためには無茶な投手起用を厭わない
場面もしばしば見られた」
と書かれています。そのため、近鉄時代には権藤さんや
吉井理人
(現・日本ハムコーチ)、オリックス時代には前出の山田久志投手コーチ
と対立があったようです。
「10・19」を頂点に、近鉄の大半の選手たちの「運」が、翌年のリーグ優勝を経て
下降線を辿ったように見えます。でも、仰木さんと権藤さんはまるで逆。「10・19」を
踏み台にして、その後に大きな花を咲かせた印象が、ボクにはあります。
後に大きな花を咲かせる2人。
その確執ぶりは「10・19」のダブルヘッダーのあるシーンにも見ることができました。
そのシーンとは・・・、ボクの勘ぐり過ぎかもしれませんが・・・。(続きは後日)
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