また 「江夏の21球」
の続き。
■ 『パ・リーグを生きた男 悲運の闘将 西本幸雄』
(ぴあ刊)を読んだ。この書籍をあらためて読んだ理由は、先日NHKが放送した番組で『NHKアーカイブス 江夏の21球』で、近鉄・ 西本幸雄
監督(当時)と打者・ 石渡茂
が、9回裏一死満塁の場面を振り返って話したコメントに、微妙なズレがあったことが気になっていたから。
番組で西本さんは 「(打席に向かう石渡に対し)3球とも打て!と指示した」
と話したのに対し、石渡は 「3球とも打てと指示された」
ことは認めたものの、 「スクイズのサインを出すかもしれないから、サインをよく見ておけ」
という指示もあったと付け加えていた。もし石渡の言うことが本当なら、石渡が「相手投手は格上の江夏。ヘタに内野ゴロを打ってゲッツーを喰らうより、スクイズのサインを待って確実に1点を取りに行こう」と考え、初球のカーブを見逃したとしても不思議はない。
「初球見逃し」→「急きょスクイズに変更」→「スクイズ失敗」→「優勝逸」の原因は、実は伝達のズレではなかったかと、勝手な推論を立ててみた。ま、結局真相は分からなかったけど、9回裏、一打サヨナラの好機に、西本さんはどんな心理状態で、どんなことを考え、どんな指示を選手に与えたのか。せめてそのことが知りたくて、同書から西本さんが語る言葉をかき集めてみた。
■1979年日本シリーズ、近鉄vs広島第7戦。スコア3-4で近鉄が1点を追う9回裏、ヒットと2つの四球、そして相手のエラーも加わり、近鉄は無死満塁の願ってもない一打サヨナラの好機を迎えた。
以下、『パ・リーグを生きた男---』より引用。
西本さん曰く、
「9回裏、ノーアウト満塁の場面で、監督の俺がどうこうするケースやないと思った。後は打席に立つ選手が打つだけや。佐々木が打席に入る前に(広島が)タイムがかかっていたから、(次打者の)佐々木と(その次の)石渡の二人を呼んで、『全部振れ』と言った」
結局佐々木は三振に倒れ、石渡が打席に入った。(一死満塁の場面)
「バッターの石渡に対して、改めてモノは言っていない。その前にふたりを集めて『3球全部振れ』と言うた、あれだけや」
しかし、石渡は初球のカーブを見逃して、ワンストライクになった。
「外から入ってくるカーブを、しゃがんで見逃した。1球目から打ちに行く気持ちがあったら、たとえその球が少しくらい高くても打つ体勢になるはずやのに、ボールから目を離してしゃがんだ。俺の言ったことを聞いていない。追い込まれてから、江夏の膝元に落ちる球はなかなか打てんよ。しかも、ストライクからボールになる球は。だから、その瞬間に考えた。 石渡に打たせるよりも、当てる、バントだなと。振るよりも当てる方がよっぽど前に打球が飛ぶ確率が高いと思ったよ。だからとっさに『よし、スクイズだ』と思ったわけ」
もちろん初めて采配を振るった1960年(昭和35年)の日本シリーズで、スクイズに失敗したことは頭にあった。それでも西本さんは決断した。
「ワンストライクになった段階で、もうひとつストライクを取られて追い込まれたらどうしようもなくなってしまう。追い込まれたら膝元の球は打てん」
江夏は背後の三塁ランナー(足のスペシャリスト・藤瀬史朗)の動きを気にしながら、右足を上げた。
「キャッチャーの水沼にスクイズを感づかれたみたいやね。そのずっと後に水沼に訊いてみたことがあった。『スクイズを警戒しとったか』と。そうしたら、石渡が打ち気なく初球を見逃したから、何かあるとかもしれんという気持ちでおったらしい。だから、江夏がモーションを起こしてからも、三塁ランナーばっかり見とったと言うのや、キャッチャーの水沼が」
「実はサインを出している何秒かの間に、『石渡はバントが下手なんやけどなぁ』と考えた。成功はおぼつかないかもという感じはしたけれど、それでも打ちにいくよりも当たりやすいと思った。前に転がりさえすれば、江夏の動作と三塁ランナーの藤瀬の足を考えたら、なんとかなる」
しかし石渡はスクイズを空振りし、藤瀬は憤死した。二死満塁になった。石渡のカウントは2ストライク。
「石渡の次のバッターは小川亨なんだよね。いいバッターなんだけど、左なんだな。江夏の球を当てることはできるだろうけど、ヒットを打つのは厳しいかなと思った。そのわずかな間にいろんなことをバーッと考えた。あとは、奇跡よ、起これ! と思った」
だが石渡は三振に倒れ、ジ・エンド。
「野球には、一つの場面で、3つか4つの選択肢があるわけよ。その中で何を選ぶか。まずは状況を考える。自分のところの選手を見る。相手を見る。意表を突くやり方をする人もおるけど、いろんなことを考えて、やっぱり確率の高いものを選ぶのが、本当の監督のあり方やと思う。もしV9時代の巨人のような戦力があれば、そういうふうになるやろうね。
ただ俺みたいな、野球の世界の成りあがり者は、ありきたりの試合はやりたくないんだよな。だから、確率が大事だとは言いながら、スポーツなんだ、力なんだ、ここが見せ場なんだという考え方で試合をしていた。だから、俺の野球はがさつなんだよ(笑)」
スクイズ失敗が西本の日本一の野望を打ち砕いた。
「負けたら、すべて監督の責任。だから、石渡の下手さ加減を知っておりながら、スクイズのサインを出した自分が悪い。それまでに、ああいうケースでスクイズできる選手に仕上げておけばええんやから。すべて俺が、という感じや。何があっても俺が責任をとる」
試合後の会見で西本さんは言った。
「俺は7回負けたけど、選手は初めてや。あんまりいじめんといてな」
PR
Keyword Search
Calendar
Comments