「あるがまま」日記

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2015年10月04日
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[昨日からの続き](後編)

第四期 再び森田の勉強を始める~現在
学習塾で教えるためには教える分野をあらかじめちゃんと理解しておかなければなりません。そのために算数や数学の教科書を買い込んで勉強をはじめましたが、低学年用のやさしい算数の教科書を読んでもまたぞろ不完全理解感に苦しめられました。それをそのままにして次の行や次のページに進めばいいのですが、どうしてもそれをなくそうとするはからいをやめることができません。入会して十一年になっているのにこのありさまです。私はいよいよ焦りを感じました。
「自分はこのままずっとこの先、死ぬまでこのような状態で生きていくのだろうか。」と思うと、またまた机で頭を抱え込んでしまう日々が続きました。

そんなある日、一九八一年(昭和五六年)の秋でしたが、本当に久しぶりに何気なく発見誌を手に取り、体験記を読み始めました。その内容はがん恐怖をどのように乗り越えたかという主婦の方の体験でしたが、読み終えて私は非常にショックを受けたのです。それは、森田理論が素晴らしく体系化されていて、まるで偉大な建造物でも見るかのように思われたからです。私より五年も十年も遅れて入会されたかたが、森田理論学習と実践によって私よりも早く立ち直っていくのを目の当たりにしたからでもありました。自分に対して非常に情けなさを感じると同時にこのままではだめだと競争意識も湧いてきました。「かかとを踏んで迫ってくる後進」ということばがありますが、かかとを踏まれるどころか、自分をはるかに追い越して先方を走る後進の姿が見えました。

それ以来、私は何とか立ち直らなければいけない、森田の勉強と実践によって立ち直ることができるかもしれないと思いました。発見誌は毎月一ページも欠かさず、すみからすみまで読み通すようにしました。その半年後、一九八二年(昭和五十七年)の二月から岐阜集談会に出席し始め、一年間無欠席で通しました。十年間のブランクのあとにようやくまた新しいときがやってきたわけです。

それからも、なるべく発見会活動に参加しようとして東海地区一泊学習会・三ヶ月基準型学習会・足柄寮での四泊五日合宿学習会などに参加し、自分の心のありさまをかなり客観的に見ることができるようになりました。

その間も学習塾を開くために数学や英語の勉強は続けました。苦しみながらも少しずつページは進んでいきました。毎日小さな恐怖突入を繰り返していったような気がします。特に強迫観念の人は行動が湿りがちですから毎日少しずつでも恐怖突入を繰り返すことが肝腎ではないでしょうか。継続は力なり、です。

こうして、さまざまな行事に参加して相当心が軽快になり、自信もついてきましたので思い切ってとある学習塾へ転職しました。一九八三年(昭和五八年)の冬のことでした。


なお、一九八九年(平成元年)三月、独立して学習塾を始めました。

欲望と不安
ところで、岐阜集談会に出席し始めて四、五回目のころだったと思いますが、休憩時間のときに隣に座っていたOさん(家庭の主婦、不潔恐怖)が、
「Water2046さんは、強迫観念になる前は勉強が好きだったんでしょう?」と話しかけてくれました。
(Water2046、驚いて)「ど、どうして分かるんですか?」
(Oさん)「私も不潔恐怖になる前は洗濯が好きで好きでたまらなかったから。」

お聞きすると、Oさんは、とても洗濯好き、家族の衣類が洗濯によって白く輝くのを見るのがたまらないほど好きだったそうです。ところがあるとき、干してあった洗濯物を取り込もうとしてそのうちの一枚をうっかり床か地面に落としてしまいました。あわてて拾い上げましたが、それがすっかり汚れてしまったような気がして、もう一度洗いなおすことにしたのですが、その後、洗ったものがすべて不完全に思えて同じ洗濯物を納得するまで一日に何度も何度も洗い直すという強迫行為を繰り返すようになってしまい、そのために洗濯機が一年で壊れてしまって、ご夫君にしかられてしまったとのこと。

私はこの話を聞いて、「不安は欲望の半面であり、欲望が強ければ不安も強い。」という森田の教えを目の前で見たような気になりました。私流の言い方をすると、「(強迫観念に陥る場合、)欲望の一番強いところに最初の不安が現われる。」ということになります。自分のことはなかなか目には見えません。人から聞いてよくわかりました。そうか、「勉強好きの勉強嫌い」のからくりはこういうことだったのかという感動は大きいものがありました。このとき、私は生涯、集談会に出席しつづけようと決心した次第です。
「~好きの~嫌い」の~のところにご自分のとらわれを当てはめてみると欲望と不安の関係がよく分かるのではないでしょうか。

強迫観念が「生涯の友」へ
私の数学恐怖はその後どうなったかということをお話しておきましょう。


そこで、あるとき名古屋水曜集談会の理論学習の最後に行われるミニ総括のコーナーのときに、思い切って「実は今まで一度も口に出したことはありませんが、まだこういうことに悩んでいます。」と、数学恐怖のことを話してみました。そうしたら意外にもすんなりメンバーから受け入れられたのです。そのことでさらに一層心が軽くなるのを感じました。

そののち、塾の授業のときにこんなことがありました。小学生に算数を教えていて、ふっと思いました。「この子らに微積分の教科書を渡したらどうだろう、理解できるだろうか。」もちろん普通の子どもでは理解できません。「いくらその意志があっても理解には段階が必要だよなあ」と思ったとき、待てよ、このことば、どこかで聞いたぞ。

そうです。行動の原則第十番「理想は高く、実行目標はこきざみに。小さな成功を積み重ねること。」、でした。この中で「理想は高く」に改めて注目してみました。これまで私はこの部分を否定しようとしてきたのです。しかし否定しないでもいいのではないか、むしろ理想は高いまま、理解の段階をこきざみに設定してその段階ごとの理解をめざせばいいのだということにようやく気づいたのです。

このように勉強恐怖・数学恐怖の人間が子供たちに勉強を教えるというのは毎日がまさに恐怖突入であったのですが、教えるということを通してずいぶん多くのことを教えられました。立ち直っていけたのは子供たちのおかげでもあると思っています。授業は第二の集談会でもあったようです。

数学に対する不完全理解感はこれからもなくならないでしょう。それでよいのです。しかし、生涯の友になりつつあります。それはつまり、適度な不安という友、転ばぬ先の杖という友です。森田ではよく言われることですね。


今年で会員歴三十三年になりますが、私はこれからも生活の発見会のメンバーとして集談会に出席していきたいと思っています。このことしか私が受けた恩恵をお返しすることができませんので。

最後に、故水谷先生、故長谷川先生をはじめとして多くの先生方にはたいへんお世話になり、またご指導を受けました。この場をお借りして深くお礼を申し上げます。また、この社会を不器用に、四角く、わがままに生きてきた私を受け入れてくれた妻と三人の子供たちにありがとうと一言言って拙稿を閉じさせていただきます。
どうもありがとうございました。

以上になります。お読みになっていくらかでもお役に立てば幸いです。





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最終更新日  2015年10月04日 09時18分26秒
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