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ラジオ体操の帰り道に、ご近所の家で咲いているのを見つけました。一瞬「クレマチス?」と思いましたが、どう見ても時計草です。私が知っている時計草とは違って、とてもスマート。いつも通る道なのに、初めて気がつきました。こんなお洒落な時計草なら植えてみたいです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆2018.10.3 追記↑10月3日朝 流石に葉はヨレヨレでしたが、無事嵐を乗り越えて、またたくさん花をつけていました。
2018.09.30
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☆ビブリア古書堂の事件手帖 1~4・三上延(みかみえん)・発行所=アスキー・メディアワークス・発売元=角川グループパブリッシング*既読1.栞子さんと奇妙な客人たち・2011年3月25日 初版発行2.栞子さんと謎めく日常〜・2011年10月25日3.栞子さんと消えない絆〜・2012年6月23日4.栞子さんと2つの顔〜・2013年2月22日♣︎ビブリア古書堂=北鎌倉にある古書店。店は北鎌倉駅のホームが見える路地にある。 ♣︎五浦大輔=主人公。俺の名は五浦大輔。23才(1巻当時)。北鎌倉の山の中腹にある県立高校を卒業。人並外れて背が高く、体つきもいかつい。知力より体力で勝負するタイプに見える。大学では柔道部に入り段位を取り、県の体重別選手権では上位に食い込んだ。だが、俺は人と争ったり戦ったりするのは性に合わない。市民の安全とか平和を守るより、もう少し地味な仕事に就きたかった。俺は活字だけが並んでいる本が苦手だ。長時間字を追っていると胸の鼓動が高鳴り、気分が悪くなってくる。心当たりといえば、幼いころ祖母が大切にしている本を勝手に出して祖母の逆鱗に触れたことがあった。もしかすると、その時の恐怖が原因では無いかと、大人になって思い当たった。家は大船にあった映画撮影所の目と鼻の先にある定食屋「ごうら食堂」だ。祖母が1人で切り盛りしていた。父は俺が生まれる前に他界し、母は実家に戻って俺を産んだ。大学生のとき祖母が死んだ。祖母は亡くなる少し前に、俺に叱ったことを詫びた。そして、「お前が本を読んでいたら人生が変わっていたかもしれない。本の好きな人と結婚すると良いよ」とからかうようにいった。祖母が残した夏目漱石の『それから』の見返しの右側に、細い毛筆でさほど達筆とは思えない文字が記されてあった。「夏目漱石 田中義雄様へ」発行年月日は昭和31年7月27日、祖母が結婚する前の年だ。値札らしい名刺大の紙が挟んであった。ビブリア古書堂。高校時代に、美しいひとを見かけた古書店だ。ビブリア古書堂の店主、栞子さんの見立てではサインは偽物であとから書き加えたものと判明したが、ひょんな事から、俺はビブリア古書堂でアルバイトとして働くことになった。体質的に活字を読むのが苦痛だが、栞子さんから本の話を聞くのは好きだ。♣︎篠川栞子=もう1人の主人公。ビブリア古書堂の若くて美しい店主。古書に関して並外れた知識を持つが、また並外れた人見知りでもあった。初対面の人とはまともに口もきけない。ところが、いざ本の話になると、途端にスイッチが入り、別人のごとく饒舌になる。高校時代の大輔が、店の前で見かけた人の娘。♣︎篠川文香栞子の妹、高校生。♣︎篠川智恵子栞子と文香の母。元は店の常連。店員となり、やがて店主と結婚。古書に関しては栞子を凌ぐほどの知識を持つ。10年前、栞子、文香の2人の娘を残し家を出た。ザックリいうと、活字を読むと頭痛がするという無骨なアルバイト店員の大輔と、美しき女店主、栞子。不思議な組み合わせの2人と馴染みの客たち。そして店に持ち込まれる、古書にまつわる奇妙な依頼。栞子さんの鮮やかな謎解きを軸に、大輔と栞子の不器用な恋を絡めてストーリーが展開する。*未読5.栞子さんと繋がりの時〜・2014年1月24日6.栞子さんと巡るさだめ〜・2014年12月25日7.栞子さんと果てない舞台〜・2017年2月25日8.扉子と不思議な客人たち〜・2018年9月22日
2018.09.30
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↑ 月と富士(6:44)またまた台風が近づいています。明日はまた雨の予報が出ています。今日は久し振りの、束の間の晴天でした。富士山もクッキリと見え、月とのツーショットが撮れました。これまでピンボケ写真しか撮れなかった富士山が綺麗に写せるようになりました。iPhone8に変わり、これも嬉しいことの一つです。↑サルビア レウカンサ↑ 金木犀辺りに芳香を漂わせて、一斉に咲き出しました。↑ アメリカハナミズキ紅葉が始まりました。
2018.09.28
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ー イタリア山庭園 ープラフ18番館ハロウィンの頃には大きく育ち、純白の花が見事な秋明菊。未だ咲き始めたばかりでした。↑コスモスも未だ一輪・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・外交官の家チョコレートコスモスがちらほらと・・・。↑↓ ?
2018.09.26
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昨日は元町へキルトの布地を買いに行きました。表通りの元町商店街はチャーミングセールの真っ最中でした。人混みを避けて早々に買い物を済ませ、元町公園横の「額坂(ひたいざか)」を上り、エリスマン邸〜ベーリックホール〜プラフ18番館へ行ってきました。西洋館はどこもお月見をイメージした飾り付けがしてありました。余談ですが、この「額坂」は、朝ドラ「まれ」で、主人公が職場へ向かう途中に度々登場した坂道(階段)なのだそうです。横浜の坂道・額坂・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー エリスマン邸 ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー ベーリックホール ーベーリックホールのテーマは「月とかぐや姫」。お雛様が飾られていた理由に納得・・・。けれど、私にはやはり違和感がありました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー プラフ18番館 ーこんな部屋で、のんびり時間を過ごしてみたい・・・。プラフ18番館は、こじんまりとした私の好きな洋館です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中秋の名月19:10 頃20:40 頃満月は今日だそうですが、昨日は中秋の名月。我が家の2階のベランダからも綺麗な月が見えました。(2階のベランダから、娘が一眼レフで撮影した画像です)
2018.09.25
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ー ツルボ(蔓穂) ー(キジカクシ科 ツルボ属)近くの公園で、 ‘ツルボ’ が咲き出しました。毎朝、ラジオ体操に行くようになって気がつきました。毎年少しずつ増えていて、嬉しいことに、今年はずいぶん列が長くなりました。土手の草むらで咲いていることが多いのですが、ここは道路よりすこし高い石垣の上で根を下ろし、住み着きました。花も蕾も小さくて、どんな風に咲いている花なのか、とても肉眼では見えません。マクロレンズで撮ると、花弁らしきものが6枚、雄しべが6本、真ん中は雌しべでしょうか、少し形が変わっています。造形の神様は、どんなに小さくても手抜きしていないと、変なところで感心しました。
2018.09.23
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↑新道橋付近 (左手は「茅ヶ崎里山公園)今年の彼岸花は遅れ気味という予想が一転、9月17日の寒川町観光協会のブログでは「見ごろは20日頃」との予想に大慌て・・・。一緒に行く予定の友人と急遽予定を調整、今日しかないと行ってきました。湘南台駅(小田急江ノ島線)からバスで慶應義塾大学(バスターミナル)で下車。大黒橋から小出川沿いの遊歩道を新道橋の少し先まで歩いて来ました。途中から田んぼのあぜ道のような土の道を歩きます。雨が降るとぬかるんで歩くのが大変だと思います。今日は天気も良いし、思い切って今日行って良かったです。詳しくはこちらをご覧下さい。↓寒川町観光協会ブログ小出川沿いの彼岸花開花状況 Vol.2(2018.9.17)
2018.09.19
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ー 横浜新羽(にっぱ) 西方寺の彼岸花 ー今年の彼岸花は気まぐれ・・・。開花情報と睨めっこしながら思案していました。西方寺さんの見頃情報によりますと、昨日の午後の時点ではピンクだけが見ごろで、他の色(赤、白、黄)の見頃は彼岸ごろになりそうだとのことでした。満開のピンクの彼岸花を見たことが無いため、午後から行って来ました。横浜市 西方寺公式HP → 彼岸花の見頃情報・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( 本堂前 )ピンクは可憐に見えました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー 参道入口 〜 山門へ ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑例年、真っ先に咲き出す黄色は未だこれから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー 鐘楼付近 ー ↑ 背景に見えるのは本堂↑こちらも疎ら・・・これから咲くのか、今年は少ないのか不明です↑本堂右手の萩階段脇、駐車場横、共に今年は早いです
2018.09.17
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先日ご紹介した『おしゃべりコンサート』の夜の部に行ってきました。当日、私は和裁教室の日と重なり、おまけにあいにくの雨・・・。大忙しの1日でした。けれど、演奏が始まると、そんなことは一瞬で吹き飛び、たちまち曲の世界に引きずり込まれ、身じろぎも出来ずに聞き入ってしまいました。あっというまの1時間40分でした。大学4年生の4月から始められたというこのコンサートも、今回が18回目、5年半になるとのこと。毎回ではありませんが、思えば最初の頃から聴かせていただいていたことに気がつきました。このコンサートが他と違うところは、ときに作曲者のこと、曲が生まれた背景などを分かり易く簡潔に説明して下さる、彼の「おしゃべり」から始まります。聴くことは大好きですが、クラッシック音楽への知識といえば学校で習った程度、ましてや楽器の演奏など全く無縁の私です。けれどこのコンサートのタイトルになっている彼の「おしゃべり」が、クラッシックへの敷居をぐんと低くしてくれているように思います。次の帰国は来年3月だそうで、今から次回の「おしゃべりコンサート」を楽しみにしています。そのときは、又こちらでご紹介させて頂きます。お近くの方は、是非是非いらして下さい。♣︎坂巻 貴彦さんの簡単なプロフィールピアニスト。2016年、桐朋学園大学音楽学部研究科(ピアノ専攻)を卒業。現在はケルン舞踏音楽大学ピアノソロ修士課程にて研鑽を積んでいらっしゃいます。第3回 Triomphe de1’ Art 国際音楽コンクール(ベルギー) 第2位。第36回 Delia Steinberg 国際ピアノコンクール(スペイン) 第3位。第1回東京国際ピアノコンクール一般部門 第1位。ほか、国内外のコンクールで多数受賞されています。
2018.09.16
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今朝、ラジオ体操の帰りに、野球場のネット脇で彼岸花が咲いているのを見つけました。昨日も彼岸花を気にしつつ通った筈ですが、目に入りませんでした。コスモスは少し前から咲いていましたが、今年初めての彼岸花との出会いです。夜明けがずいぶん遅くなりました。5時過ぎても、未だ薄暗いです。これからどんどん日が短くなります。2018年9月13日日の出=5時22分日の入り=17時55分
2018.09.13
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↑ 14:20ごろ↑‘エノコログサ’↑‘メランポジューム’と‘トレニア‘↑涼しくなって、また咲き出した‘紫露草’昨日は爽やかな秋晴れ。空も、風も、空気も、すっかり秋めいて来て、心も身体もほっと一息ついています。夏の間放りっぱなしだった花壇は、花だけでなく青紫蘇も一緒になって繁り放題でした。午前中、花に混じった青紫蘇や草を抜き、小菊に支柱を立て、通路を塞いでしまったメランポジュームやトレニアをカットして花殻摘みをしたら、少しすっきりしました。メランポジュームの零れ種から育った苗が、早くも花を咲かせているのに吃驚!。あれこれ整理したら、黄花コスモスがまるで花壇のシンボルツリーのように見えました。秋らしくて、一本だけなら “まぁいいか” と思い直しています。朝の散歩のときは顔を見せてくれなかった富士山と丹沢山系が、デパート7階のエレベーターホールからクッキリと見えました。これだけで、とても特をした気分になりました。今年は地震に続く台風の被害。ふるさとの被害の様子を思うにつけ胸が痛みます。そして今回の北海道の地震・・・。日本中、どこにいても、いつ何が起きても、不思議はないと頭では理解しつつも、現実問題として何をどこまで備えれば良いのか、未だに戸惑っている私です。
2018.09.10
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秋海棠の雄花と雌花 ↑ 雌花(メバナ)↑ 雄花(オバナ)フト気がつくと、雄花より半月遅れて、庭の秋海棠のメバナ(雌花)が咲いていました。オバナがメバナよりずっと早く咲く不思議な花です。こんなに遅れて咲くのは、何か理由があるのだろうと思いますが、サッパリ分かりません。どなたかご存知の方がいらしたら、どうぞ教えて下さるようお願いします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・黄花コスモス↑ 黄花コスモスたった一本芽を出した黄花コスモスが、ぐんぐん伸びて1mほどになり、花壇の真ん中を占拠しています。いかんせん、これでは庭を占拠されかねません。庭に植える花では無いと納得。今年限りでやめることに決めました。
2018.09.06
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ー 横浜美術館・コレクション展 ー7月14日 ~12月16日↑ 下村観山「小倉山」1909(明治42)年絹本着色、六曲屏風一双↑ 山村 耕花「謡曲幻想 隅田川・田村」1930(昭和5)年紙本着色 4曲1双↑初代 宮川香山(1842~1916)「高浮彫桜ニ群鳩大花瓶」(明治初期)↑松尾 敏男「風雪」1987(昭和62)年紙本着色↑ 荘司 福「原生」1984(昭和59)年紙本着色↑ 伝 ペーター・B・W・ハイネ「ペルリ提督横浜上陸の図」1854(嘉永7/安政元)年以降↑チャールズ・ワーグマン「御茶漬屋」制作年不詳水彩、紙↑五姓田 義松「或る神社図」水彩・紙制作年不詳↑五姓田 義松「埼玉県熊谷駅」水彩、紙五姓田 義松「東京外神田」水彩、紙↑チャールズ・ワーグマン「船遊び」1876(明治9)年水彩、紙↑ジョルジュ=フェルディナン・ビゴー「漁夫」1889(明治22)年油彩、カンヴァス↑五姓田 義松「女性の肖像(仮題)」1892(明治25)年油彩・カンヴァス↑五姓田 放栁「大崎屋嘉祢女像」1885(明治18)年絹本着色↑チャールズ・ワーグマン「座る夫人」油彩・カンヴァス↑チャールズ・ワーグマン「日傘の女」油彩、カンヴァス↑渡辺幽香「幼児図」1893(明治26)年油彩・カンヴァスなぜか巨大なカラスが……?モネ・それからの100年展を見終わったあと、美術館のコレクション展を見てきました。こちらは撮影自由ということで、写してきました。肖像画やベリー上陸の図など、豪華な金の額に入っていいた作品は、肝心の絵が霞んでしまうため敢えて絵だけにしました。横浜美術館 →コレクション展
2018.09.03
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☆下町ロケット ゴースト・池井戸 潤・小学館・2018年7月25日 初版第1刷発行・書き下ろし♣︎佃製作所・佃航平=社長・殿村直弘=経理部長、元銀行マン・山崎光彦=技術開発部長・津野薫=営業第一部長・唐木田篤=営業第二部長・立花洋介、加納アキ=エンジン開発チーム、ガウデイ計画を担当した技術者。♣︎帝国重工・財前道生=宇宙航空部・藤間秀樹=社長・水原重治=宇宙航空部本部長・的場俊一=取締役・佃 利菜=佃航平の娘♣︎大森バルブ大手企業♣︎ギアゴースト 創業5年のベンチャー企業。年商100億を超えるトランスミッション専門のメーカー。製造拠点を持たず、基本設計以外の部品は外注や下請けに出す。社長の伊丹は元帝国重工で機械事業部で事業企画を担当。研究職だった島津と共に退社、ギアゴーストを立ち上げた。・伊丹 大=社長、帝国重工出身。・島津 裕=副社長、帝国重工出身。天才エンジニアと呼ばれていた。♣︎ヤマタニ農機具メーカー♣︎ダイダロス小型モーターなどの開発製造から小型エンジンに参入し、下請けとしてエンジン開発に従事してきた。業績が振るわず創業者が経営権を手放した。現在は外部の重田登志行現社長が就任。業績が急回復した。♣︎ケーマシナリートランスミッションメーカー。ライバル企業を次々と訴える知的戦略で、いまや業界全体が同社の動向に神経を尖らせている。♣︎その他・神谷修一=佃製作所顧問弁護士佃製作所の大口取引先のひとつ、ヤマタニから呼び出しを受け出向いた佃航平に、調達部長は「お宅の新型エンジン採用の件、一旦白紙に戻してもらいたい」と切り出した。新社長は、農機具のエンジンは動けばいいという考えなのだという。これはまさしく、佃製作所の存在意義を真っ向から否定する話である。二流品を安く売るダイダロスに負けたのだ。新エンジンを白紙にしただけではなく、見せられた今後の発注計画書では既存製品の発注まで大きく削られていた。佃は目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けた。そんなさ中、殿村の父親が脳梗塞で倒れた。殿村の家は300年続く農家だ。佃と山崎が、週末ごとに帰省し畑仕事を手伝う殿村を見舞うと、彼はトラクターを運転して畑を耕している最中だった。声をかけずにじっとその姿を見ていた佃の頭に、あるアイデアが浮かんだ。「トランスミッションを作る」佃は創見ともいうべき言葉を口にした。どれだけ高性能のエンジンを開発したとしても、乗り心地や作業精度を決めるのはトランスミッション(変速機)なのだ。高性能のエンジンと、高性能のトランスミッション。佃製作所がその両方を作れるメーカーになれないか、真剣に検討してみる価値はあると思う。トランスミッションのノウハウは不足している。だが、設計や構造といったところを脇に置いて考えると、それぞれの部品について重要な加工精度がウチにはある。また、そうしたもの以上に重要なパーツがバルブなのだ。佃の言葉に、全員が息を飲むがわかった。ロケット品質のバルブシステム。それが佃製作所を支えている。ヤマタニ浜松工場の入間尚人は、佃が長年懇意にしてきた製造部門のキーパーソンだ。彼の意見を聞いてみようと尋ねた佃に、入間はトランスミッションのバルブに注目したのは悪くないといい、佃製作所にとっては無理がないし、これまでやらなかったことの方が意外なくらいだと賛成してくれた。聞くと、浜松工場で製造しているトラクターのバルブは大森バルブの製品を使っているという。佃製作所のバルブを現行製品に導入するのは無理だが、新型についてはトランスミッションそのものを外注に出すかもしれない。その外注先として名前が上がっているのがギアコーストという若い会社だと教えてくれた。佃は、山崎と唐木田を伴いギアゴーストを訪ねた。副社長の島津は、遠慮のない興味津々といった顔で素朴な質問を投げて寄越した。「ヤマタニの入間さんから聞いたんですが、佃製作所さんは帝国重工のロケットエンジンのバルブを作られてるんですって?なんでそんなものが作れるんですか?」今に至るまでの経緯を簡単に説明した佃は、伊丹と島津の、帝国重工宇宙航空部との付き合いの有無をたずねた。水が合わなくて退社したとあっけらかんと応える島津に対し、伊丹は関係はないと答えたが、どういう訳か眉を顰めて感情を消している。伊丹は「将来はともかく、現時点ではパルプメーカーとしてお付き合いさせていただく、それでよければ、いいバルブを作ってください。期待していますから」と、コンペへの参加を承諾した。あの手この手でコンペを骨抜きにしょうと働きかけてくる大森バルブに対し、伊丹は「弊社のスタンスはコンペですから」と一歩も引かない。相手がロケットエンジンのバルブを作っている会社だからと、対抗して出してきた大森バルブの製品はハイスペックでかなりの高級品であった。一方、佃製作所のバルブはギアゴーストが求めるスペックとドンピシャのものが供給されている。伊丹と島津の意見は「佃製作所に発注」で一致した。佃製作所のバルブは、敢えてあの性能に調整されていたのだということを、島津は見抜いていたのだ。佃製作所のトランスミッション戦略はこのとき、ささやかではあるが、重要な一歩を踏み出したのである。コンペの翌日、ギアゴーストに内容証明付きの郵便が届いた。内容は「ケーマシナリーが特許権を取得している『T2』における副変速機の製造及び搭載の中止を要請する。同時にギアゴーストに、15億円の特許使用料の支払いを求める」というものだった。ギアゴーストの顧問弁護士 末永は支払うしかないという。伊丹は社員を守るためには、出資してくれる相手を探し、その傘下に入るしかないと考えた。ヤマタニの入間尚人を訪ねた伊丹に、彼は「佃製作所を当たってみたかい?」と言った。確かに将来的にはトランスミッションメーカーになりたいと言っていた。だがとても無理だろうという伊丹に「あそこは以前、特許訴訟で巨額の和解金を勝ち取った超優良企業だよ。普通の町工場だと思ったら大間違いだ」と言った。伊丹には思いもしなかった佃製作所の一面だった。伊丹と島津から話の一部始終を聞いた佃だが、流石に判じかね「しばらく時間が欲しい」とこたえるに留めた。翌日、佃は顧問弁護士の神谷を訪ねた。神谷は、設計図の全体を眺め、変速機の構造を調べ、更にケーマシナリーの先行特許の内容を突合していく。ときどき佃とやりとりをしながらの作業はかれこれ1時間近くも続いただろうか。「厳しいが、対抗手段がなくはない」思いがけない言葉に、佃は驚いた。「クロスライセンス契約を狙えないか」というのだ。ケーマシナリーの製品の中に、ギアゴーストの特許を侵害しているものがあれば、お互いの特許の使用料を交換し合うのだという。神谷は佃が、この対抗策を伏せて有利な状態でギアゴーストを買収したいのか、それともギアゴーストに助言するのか。どちらを選ぶかは佃の判断に任せると言った。社内で検討した結果、佃が優先したのは、どちらが道義的に正しいかという判断であった。伊丹にクロスライセンスのことを伝え、リバースエンジニアリング(*注)の協力を申し出た。伊丹との電話を切った佃は、ギアゴーストの末永弁護士が、なぜ伊丹にクロスライセンス契約のことを伝えないのか疑問に思った。(*注)リバースエンジニアリング既存の製品を解体、分解して、製品の仕組みや構成部品、技術要素などを分析する手法のこと。佃が、ギアゴーストの伊丹と島津を伴い神谷の事務所を訪ねたのは、リバースエンジニアリングが成果なく終わったあとのことだった。神谷弁護士が「ケーマシナリーの特許申請については、不自然なところが見受けられる」と話し出した。「知財を扱う弁護士なら、検討してしかるべきクロスライセンスのことを、末永弁護士は助言すらしない。おかしいと思わないか」と問い、更に「敢えて助言しなかったと考えられるのでは」という問いかけに、社員だけでなく顧問弁護士まで疑われた伊丹と島津は激怒して立ち上がった。別れ際、神谷は2人に一通の書類を手渡した。その中には、一昨年「ロービジネス」という業界紙に掲載された、末永弁護士とケーマシナリーの中川弁護士の対談記事のコピーが入っていた。見開きで大きく2人の写真が掲載され、司法修習生時代からの親しい間柄の2人は、いまもゴルフや会食で親交を深めていると嬉々として語っていた。伊丹と島津にはまさに晴天の霹靂だった。圧倒的に不利だと思えた裁判は、末永弁護士からの情報漏洩によりケーマシナリーの特許そのものが無効との勝訴判決が言い渡された。裁判のさ中、ギアゴーストの伊丹に敵対している筈の中川弁護士事務所を通じ、伊丹に近づいて来た男がいた。ダイダロス社長の重田登志行。伊丹が承知すれば即座にギアゴーストを買収したいという。あの重田工業の重田登志行ではないか。あのとき、重田は破産し、社会から葬り去られたのではないか。それがいま、こうして伊丹の目の前に現れたのだ。島津があれこれ話しかけても、伊丹が返して寄越すのは言葉にならない曖昧な返事だった。島津が何を問いかけてもまともな返事はない。ただ重苦しい沈黙だけが間に挟まっただけだ。祝勝会の夜、会社に戻っていた島津に伊丹が話したいことがあるとやってきた。伊丹は重田から聞いた話をした。島津は、重田工業の倒産に、当時機械事業部にいた伊丹が加わった話は、以前聞いていた。当時の帝国重工内では有名な話だった。「あのときオレを機械事業部から外したのは、あの的場俊一だったのだ。あいつは、自分の責任はすべてオレに押し付け、いまは帝国重工の社長候補だ。オレはいいように利用され、捨て駒にされたんだよ」「もういいじゃん。もう昔の話でしょ。」という島津に「これからいよいよ始まるのだ。きっちり片をつけてやる」つぶやくように伊丹は言った。「重田さんと一緒にやる。ダイダロスの資本を受け入れ業務も提携する。佃製作所よりダイダロスの方が将来性は上だ。ウチはダイダロスと組むべきだ。そして的場に復讐する」「恩を受けた佃製作所を裏切るつもり?目を覚まして伊丹くん」気色ばみ声を荒げる島津に、伊丹は面倒臭そうな表情を向けた。もはや島津のどんな言葉も耳に届かない。そして言った。「いやならいいよ。シマちゃんはもう必要ない」快晴の種子島に、3月の風が吹いている。最終作業が行われている射場では、準天頂衛星「ヤタガラス」を搭載した全長56mの大型ロケットが発射のときを待っている。エンジンは佃製作所のバルブシステムをキーデバイスとして搭載したコードネーム「モノトーン」。「ヤタガラス」はこの7号機を持って打ち上げを完了し、これによって日本における位置情報システムは格段に精度が向上するはずであった。佃の隣では、いつになく硬い面持ちの財前が、モニタ越しのロケットをじっと見つめている。藤間社長がぶちあげたスターダスト計画をプロジェクトリーダーとして支え、コントロールしてきた財前だが、ついにこの7号機の打ち上げで現場を去ることが正式に決まっていた。ヤタガラス、分離。 そのアナウンスに拍手と歓声が上がったのは、打ち上げからおよそ、28分後のことであった。ギアゴーストの島津が佃製作所に1人でやって来た。そろそろヤマタニが時期トラクターの仕様を決め、ギアゴースト製トランスミッションの搭載を決める頃だ。佃の期待は、それを機にギアゴーストとの関係を深め、新たなビジネスを切り拓くことにある。島津はそのことを話しにきたのだろうか、と考えていた。ところが、島津の話は佃の思いもしない内容だった。「佃さんにご報告とお詫びがあって参りました」島津は、先ず訴訟の折の礼をいい深々と頭を下げた。そのあと「ギアゴーストはダイダロスの資本を受け入れることに決定しました。そして自分はギアゴーストを退職しました」とだけ話し、帰って行った。♠︎2013年7月30日 → 池井戸潤作「下町ロケット」♠︎2015年12月5日 → 下町ロケット2(ガウディ計画)・池井戸潤2018年9月28日 続編「下町ロケット ヤタガラス」発売予定2018年10月 TBS日曜劇場 テレビドラマが放送開始
2018.09.02
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