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大雨・大風すごい天気。外出することになっていたので傘を持って外に出た。傘をさして歩き始めた瞬間「うっ、前進できない・・・」あまりに風がすごすぎて、ぬれないように傘を差していようとすると歩くのがとても困難。ちょっとくらいぬれる感じで傘を持って歩くと(頭くらいを守って)ほんのちょっと、進みやすい。しかし、傘があおられて壊れそうになる。どうせぬれるなら、潔くぬれればいいじゃないかと傘を閉じて歩く。ああ、歩きやすい。スイスイだ。傘をさす意味ってなに?ぬれないようにする為なはず。では、それって何をぬれないようにする為?ぬれちゃうのって、その時の自分に悪いことなの?そう、ぬれちゃうのが悪いなんてルール何処にも無い。自分が納得すれば、ぬれるのなんてなんてこと無い。「だって雨ふってんじゃない」って感じ。そう、前進できないのは常識というくくりに入っている変な言い訳をかざしているからなんだと思う。ぬれないことが第一の目的なら、歩くのがどんなに困難でもしっかり傘をさして、ゆっくり前進。それでも全部ぬれないようにすることなんて不可能だ。前進することが目的ならば傘を閉じてぬれることなど気にしない。中途半端が一番良くない。洋服は結局ぐっしょりぬれるし半端に傘をさしていることであおられて傘も壊れる。進むスピードだって速くない。基本的に私は、傘をさすのをやめ前進を選ぶんだわ。(基本的に傘をさしたり、持って歩くことが嫌い)手持ち荷物は少ない方が良い。出来れば手ぶらが理想。でも、「着てるものぬらしたくないでしょ」ともいわれそうですな。そのときはね、タクシーに乗るんです。大切なスーツに泥染みなんてつけてたまるもんですか。落ちないかもしれない染みを作ってしまう前にそうならない方法を使うんだもーん。その時に何が一番大切なのか自分で考え、自分で選ぶ。納得のポイントはそれぞれあって状況毎に変わってしまうもの。それを判断する冷静さそれを決断し実行する熱さ出来る限り常に持ち合わせたいものです。それにしても、シットリしてしまったわ今日は。。。(苦笑)実家の外犬ハスキー、銀ちゃんの様だった。ヤツはシットリしながら外にいたなぁ今日もまた。「ジイさんなんだから(犬で13歳)風邪引くなよ」と心から思う、ボスの私でした。
2004.04.27
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ここしばらくかなり慌しく過ごしていてふと気づくとNewYork出発はちょうど一週間後。あらら、自分でもびっくり。今回も例によって、諸々の手続きが第一目的の渡米なんだけど・・・それにしても、よりによってゴールデンウィーク真っ只中に海外なんてこーんなことになってしまったのが非常に納得いかないところでもある訳。“お勤め人”でないことのメリットの1つである「みんなが移動しない時期に海外にゆっくりいける」が、果たせないなんて何てことなんでしょう!!まあ、いい。仕方がない。今回の一番の目的である手続き。その書類に添付するレター(手紙)を作成しなければならないのだけど、これが何よりも難関。。。なぜかというと・・・私が書いて良いのであれば、ナンとでもやってやる。しかし、我がパートナー(こぐま)が、彼自身でないと書けないことなので、それでやきもきした。「書いといてね~」と最初は追い詰めないように必要になるであろう諸々の資料も一緒にデスクの上に置いておいて、せっつきたいのを我慢しながらそーっと様子を探っていたのだが・・・きちんと書けている様子が全く見られない。私だって他にやらねばならないことが今回は沢山重なってしまっていたのでべったり引っ付いて子供の宿題を見てあげるお母さんの様にはなれるわけが無い。というか、私はお母さん体質ではないから。(私のことをママ体質だと誤解しているヒトが多々いる様ですが、私は限りなく“姐さん”もしくは“兄貴”体質なんです。)“もう、タイムリミット”とうとう切れた。きちんとやってないくせに、「遊びに行く」という不届きモノのこぐまに「じゃあ、いつやるんだー!!」と一喝。「明日遊びに行くのをやめて、帰宅して仕上げるか今晩できるまで寝ないで仕上げるか好きなほうを選べ!!」ヤツは、“出来るまで寝ない”ほうを選んでくれちゃったので私も寝られないことがその場で決定・・・ううう。それよりひどい、ヤツは終わったら寝られるけど私はその後にやることが山盛り。やつが作成したものをアメリカ人が好むであろう膨らました内容にし、ワードで清書。それを手続きをお願いしている現地のロイヤーに送る。さらにそれを基に、サポートレターを書いてもらう人へ参考資料として渡さなくてはならない為日本語訳して良い感じの文章に直してワードで清書。お願いの手紙も作成してこぐまが翌日持って行かれるように封筒に入れる・・・面倒だなぁとも思うし、やらなくてもいいかとも思ったりしたけれど「不可能でないならやろうじゃないか」という不屈のチャレンジ精神がこういうときにムクムクと湧き上がってきてしまう。特にアメリカの手続き・法律関係には負けてなるもんか!!的な部分が私にはどうもある。原因は分かってるんです。今まで経験してきたことからのトラウマなんです。「負けたくない」のよ情報を知ってるか知らないか、やったかやらないかで勝負が決まってしまうあの社会、だったら、やったほうがいいでしょうとね。以前、全く違う話で「負けず嫌いだねぇ」と言われた時久々のその言葉にドッキリした。そう、私は負けず嫌い。人に負けるとかって言うんじゃなくて。出来ないことだったらしい仕方が無いが、出来たかもしれないことに向っていかなかった自分、なれたかもしれない自分に、一歩とはいわずとも0.1mmさえも踏み出すことができなかった弱腰の自分は、やれたかもしれない自分に負けてると思う。そして、そう思う事からして負けてる。誰にでもそうしろというのではなくて私はそういう種類の人間。人のせいにするのが何よりもいやなんだ。自分で責任取りたいんだ。だから、会社勤めをしてない嗚呼、変な方程式ですが・・・話がずれてしまった。体育会系根性論になってしまった。まずいまずい。私の体育会系度数が計られてしまう。そんな訳で、ひとまず我がパートナーから発信しなくてはならない書類(手紙)のドラフトが出来上がりそれを送っておかなくてはならない所に一応送ることまでできた。そして気づけばNYへ出発の1週間前となってしまっている今日なのでした。おお、前置きが長~くなってしまった。出発前からくーらくーらすることの多々ある今回の渡米ですが、是非ともお目にかかりたい方々との連絡が取れていて昨年末のNY滞在とはまた違った感じで実り多き数日間になる気配。何と言っても季節が良いもんなぁ。ここしばらく行っていたのは寒い時期ばかり。グレーの空と黒ずくめ厚手コートのニューヨーカーしか見てないからさぁ。明るい季節に良い刺激を受けて頭の中にあるアイディアを実現できる形に整理してすっきりしないものをリセットして来たいとそうできると思っているのです。今回の滞在はダウンタウン。我がパートナーがずーっと住んでいた近辺。友達も沢山いるし、ふらふら遊びに行くにもちょうど良い。そぞろ歩きが楽しいこの季節。季節が変わるときの風の匂いの変化にふと気づいたりするとき何故かいつもNewYorkを思い出してしまう私。楽しいことも、痛いことも、今の生活の根本も全てのきっかけがあそこだから。負けたくなくて、でも懐かしくて。。。長く住むことをやめたときに堅く誓った“コト”を今年、もうすぐ、実現への一歩を踏み出せる。その大きな決心が私のプライド我がパートナーという、NewYorkとの関わりを切りたくても切れるわけが無い人との縁を自分で選んだその瞬間からもう逃げられない何かを背負ったのであれば(というか、「立ち向かってやろうじゃないか」と思ったんだから)その自分を信じてこのゲームを思いっきり楽しんでみようじゃないか。やーなヤツに聞こえるかもしれないけどあえて言ってしまうと、私は「負ける喧嘩はしない」。「転んでもタダでは起きない」と言った方が正しいのかな?転ぼうが何しようが「その状態でしか分かり得ない何か」をしっかり見つめて立ち上がる。転んでも・傷を受けても、自分で負けたと思わない限り自分は負けじゃない。そこから何かを得て、納得のいく何かにできたのであればそれはOK。大したことじゃなくても「負けた」と思った瞬間にそれは「負け」になってしまうんだと思うから。(完璧、負けず嫌い理論だわ・・・)勝ち負けの絶対値なんて結局無いと思うし、全て自分次第ということなんだろうな。転び方も上手になったもんだよ、同じところに傷を作らなくなりましたしね。単体の私、何も持ってない私という諸々を学んだのがあの場所であるのであればやはりスタートするのであれば、あそこから。今年は何かが変わります。「予感」ではなくて、私がそうさせるから。何かに踏み出せば変化出来るんだから。周りに分かろうと、分かるまいとかまわない。自分の中でまずは小さく一歩。そして拍手。まだまだ歩き方も完璧じゃないし走り方なんて怪しいもんだ。(苦笑)でも、それでも、自分で次の一歩を踏み出します。これから先にある自分の人生Gameを楽しむ為に。人のせいにせず、自分で納得いく何かをする自由があるんだからさ。いつでも生きていたいから。
2004.04.26
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イメージって、一朝一夕でどうなるってもんじゃない。ある意味筋肉のようなもの。その人がそれまでに作り上げてきた顔があり・話し方がある。それを通して中身を表す表情がある。その人が育て作り上げてきた体型があり中身を表す仕草・所作がある。その人の社会的な面である職業がありプライベートな面として好みがある。その人が向う目標があり今の生活がある。これら全てをひっくるめてイメージが出来上がっている訳。明日からすぐにイメージチェンジ!!それは非常に難しくとてもとてもキケンなこと。今まで積み上げてきたものだってその人の大事な大事な個性。早急な変化をさせることも出来るけれどそれは強いお薬と同じこと。効果もあるけど、副作用だって大きい。ワードローブを全とっかえしたとする衣装のイメージは変わるけれどそれは外観の変化とは言い切れない。話し方、所作・仕草、歩き方、その人のクセ、その他諸々外から見て分かる全て、そういった内面に通じているけれど話の内容に関係の無い、動きとしてみなされることまで全てをあわせたところで外観・装いというのだから。よく、ファッション・コンサルティングとかビジュアル・コンサルティングスタイリスト(???)といわれるけれどお洋服のことだけを言っているんじゃないんです。見た目が変わるのも大事だけれどその人が自分の目標を達成できるためのそのイメージ作り。だから、服装ではなくて所作やマナーを中心にコンサルしなくてはならない人だって中にはいるの。人がその人の印象を覚えているのは服装だけのことではなくて服装とその人の表情とのバランスだったりする。「バランスのとれたひとだなぁ」とか「なんだか、アンバランス・・・」とかね。色々あるわけなんですよ。まあ、分かりやすい部分が服装なので初回のコンサルティングではお洋服やその他外装の話をすることになってしまうわけです。長期でお付き合いのあるクライアントの方は定期的にショッピングに同行してクローゼットの中身をすこしずつ、すこしずつ組み替えてその人がご自分のポジションやお仕事において着るものに悩む時間をなくして差し上げるように「どれとどれを組み合わせても大丈夫ですよ。」というカプセルワードローブを組んでいって差し上げている。「自分で買っちゃったり店員さんに勧められて買っちゃったものは結局着なくなっちゃうんだよ、もう、Ninaさんに選んでもらった物だけフル活躍なんだよ。」というような言葉をいただけたときが私の最高に嬉しい時。長くお付き合いしていただかないと“面接のため”とか“デートの為”とかいうピンポイントで、その場の勝負みたいな時以外は急激な変化はさせられない。だって、生活の一部であり、その人が築き上げてきた人生なんだもん。それに自分だけのことではなく、他人とのコミュニケーションもかかわってくるからいきなり大変身をされたら、周囲が着いてこられなくなっちゃう。自分はどう見られているのか?自分はどう見られたいのか?今の自分を高めるには、どんな自分でいるべきなのかイメージしてみることって大事。ファッションにこだわりすぎず、でも時代の風も加味しながら今の自分をより良く表現できる方法をね。■□■□■□■□■□■□最近思うの、社会に出て何年も経っているだろうし色々なシチュエーションがあってその場にそぐったムードを楽しむということ。その為に、その為には、場にそぐった服装・会話・立ち居振る舞いなどを含めたマナーがあるのに・・・あまりにその場の空気を読めない人が多いんだということにがっくり。自分以外の人も楽しめるムード作りしようよ。それもイメージ作り、というかそれ以前の問題。豊かな時を楽しむ、そういうテーマだったはずの場所に出向いた。だからこそ、そのつもりで万全の態勢で行ったのに一気に気分がそがれたことが度重なった・・・あのね、一緒にいる相手を不快にさせないことそれは最低限のコミュニケーションでありマナーです!!おしゃれなんてならなくていいから相手に不快感を与えないような清潔感と、その場の雰囲気に合った装いそしてその場に応じたマナーを身につける。これ、できなかったらどんなにおしゃれでも全て帳消し。すっごーく、かっこ悪いのわかんないかなぁ。嗚呼、熱くなって結局最後に毒はいちゃった(ふうう)
2004.04.23
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昨日の恐ろしくも長い1日半。結局初めて安心して眠れたのは、帰宅する電車の中で30分。それまでの32時間ほど仕事漬けで脳みそ久々にフル回転沸点ギリギリだった私。途中、ほんのすこし眠ろうと試みたのですが頭が緊張による興奮状態で寝付けなかったのでした(涙)そして、昨晩眠いはずなのになかなか眠くならない。なんだか越えてしまったのかしら・・・でもベッドに入れば即爆睡ぐーっすり今朝まで。でも目覚めた時、「緊張は続いていたのね」と実感。「う、うわ~!!今何時、朝なの、午後なのこの時計ホントに合ってるの!!」と一瞬のあいだにですが、独りで取り乱してみたりなんかした。やばいです、体内時計とカレンダーがみごと崩壊一歩手前。いけませんな、気をつけないと。美容に悪すぎる。「まずは健康に悪いだろ」という声があちらこちらから聞こえて来るようですな。
2004.04.22
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やってしまった、徹夜・・・いかん、いかんと思いながら久々に完全にやってしまった。昼には出かけなくてはならない。ということは、寝てる時間なんてないじゃないかぁわたしってば、何時間起きてることになるんだ???考えたくない(泣)そうよ、今晩も遅くまで起きてるんだ。なんだか妙なテンションになってきそういまから既におかしい。今日の私の生態を、後ほどご報告します。ああ、太陽がまぶしい~頭が少々、ツクツクする。。。
2004.04.21
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山に行くのかと思われるような巨大なリュックサック。(それはバックパックなどという生易しく、ナンパな物ではない。)そして、大きな肩掛けナイロンバッグ。(その昔、Shu Uemuraの黒のそれが流行ってた記憶があるなぁ)そう、その巨大なリュックを背負い、その大きなナイロンバッグを肩から担ぐ・・・。結構すんごい光景。そして、コレを山に行くわけでもなく旅行の帰りでもなく携えている方々の行動、もとい生態は見事に同じということを今日の帰りの電車の中で発見した。何故、山に行くわけではないと分かるかといえば・・・その光景が繰り広げられていた時間は深夜12:00を回った電車の中だったから。そして、さらに言ってしまえば「山にはその格好で行かないだろう」というワンピースを着ていたから。このスタイルをされている人は新聞(それも新品ではない)と雑誌(コレも新品ではない)、これら両方を大きな音を立てて読み、そしてあさる。私の座っていた座席の前に座っていた女の人がそうだった。「え、ああ、う、なんだかすごい」その方は私が降りる駅の2つ手前で降りて行った。「何処に行くんだろう???」すごーく、気になって降りていったホームをじーっと見つめてしまった。それから正面に向き直った瞬間、巨大なリュックを背負い大きなナイロンバッグを担いだ男性が網棚の上の新聞・雑誌を一個一個ガサガサと大きな音を立てて物色しながら私の前を通り過ぎていった。おおおお、これはすごい。おそろいだ、さっきの人と!!!この「いでたち」(ファッションとは言いたくないなあ)の方々と、誰かが読んで置いてっちゃった新聞・雑誌はセットなのか???人の行動パターンと、そのタイプの人々が選びがちな(とうか、ライフが表れている)装いって見事に同一傾向にあるんだということ改めて確認した、今日の帰り道。人間、こういう人で、心理的にこうだとこういう行動をしていて、こういう志向がある。だから、こういうものを選んでいてしたがって外装もこうなる・・・イメージコンサルティングのロジック嗚呼、恐るべし。
2004.04.19
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今日は私の第2のオフィスであるスターバックスにて気分転換しながらプランを練る&ざっと文書にまとめる。ざわざわした場所で一人になれるという状況が非常に好きな私だが今日ばかりはチト違った。このお隣さんは気になりすぎる。そう、隣のカップルが久々にあつっくるしい。おしつけがましく教え好きな男と甘え好きな女。それも熱々ぶりが妙に似合わない。まずは男。妙に威張ったもののいい方をする。(威張る人嫌い)気に触る話し方だ。(私にとってだが)顔だ嫌いだ。(恐ろしく個人的な意見)私だったら「うざい」と一言発してしまうだろうな。というか、それ以前の問題でその人に教えてもらおうなんて考えがまず起こらないだろう。表情にゆとりがない。多分、普段この女の子以外に頼られなれてないから妙に張り切るのかもしれないがそれにしても、力みすぎで表情もがしがししていてぴくぴくしてる。教えなれてないぞ、おまえ。それは教えてるんじゃなくて、おしつけだー。説明が明確でなくて、話し方が早すぎる。それは勝手にひけらかしてるというんだぞー女の子より上に出たいと思うから「おまえ馬鹿だな」位のいい方をする。声もどんどんでかくなりほかの人にもおしえてるんですか~?と聞きたいくらいの声になってる。(うるさい~んですけど)それをいわれて女も「え~、そうなんだぁ」ってな感じだ。ラブラブ以外の何物でもない。きっと彼女にはこの彼が超かっこよくみえているんだろうなぁ、思いっきり幻想だぞー、目をさませー!目が悪いのかぁー?(悪魔だなわたしも)うーん、でもこの女の子も???な感覚をしているんだな外観(服装やその他見た目)から伺い取れる。どうして、それとそれが組み合わさっているの?不思議おお、私以外にも、近くのテーブルにいる女の子が♂の話し方をうるさがってる。彼の背中側に居る女の子がヤツの話し言葉や、動きにすごく反応しているのが私の場所からは丸見えなので面白すぎる。それにしてもびっくりしたのはね彼女が化粧室にたって帰ってきたときにいった言葉。「あのね、後ろから『だ-れだ』ってやろうと思ったんだけど一生懸命問題解いてたからやめちゃった(ハートマーク)」「だーれだ」じゃなくて。。。あなた以外にそんなことをこの♂にやる人が今この瞬間どこにいるというのだね。恋は盲目とは良くいったものだ。。。しかし、私は思った。この女は勝ち犬だ。「間違いない」(誰かさん風にね)ああ、それにしても私ってば今日は(?)カナリ毒舌。すみませんね。
2004.04.13
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今日の日記はちょっとだけheavy。今の私の色々な想いのもとになっている絶対に消すことのできないそんな出来事の1つです。ただ、春なんだから辛気臭いのはイヤーという方にはゴメンナサイ。通り過ぎてください。私の勝手な独り言だと想って下さい。その情景は、今も鮮明に私の中に残っていて私の弱点でもあり、強みでもあります。そう、今日の日を迎えると、毎年思い出すことがある。その思い出は、私の人生の中でも本当に“ショックの連続”といえるある1年の中でも特に一生忘れられないであろう記憶として私の中に刻み込まれている。今から8年位前のこと当時私はNewYorkに住んでいた。NewYorkの4月は春の気配をなんとなく感じられるくらいでまだまだ寒い。当時私はダブル・スクールをしており語学も勉強していた学校の友人達が世代も近く、仲良しだった。その友人の中からはGraduate schoolの進み先が決まった子達が出ていて遅い春をいまかいまかと希望に満ちていた。そんなある朝、学校に行く為に準備をしていた私のもとに1本の電話がかかってきた。友人MMちゃんから。とっさに、すごくすごくいやな予感がして彼女からの言葉がはせられる前に恐いことだけど、具体的に悪い予想が頭の中で駆け巡った。「Nina、落ち着いて聞いてね。あのね・・・・・・・・・」「・・・」の内容は具体的に書く必要は無い。私達は、一緒に学んできた友人を一人、永遠になくした。彼女のための式が、その日の昼過ぎに行われるという。外国での独り暮らし。年下の友人のそんな式に出ることになるなんて思いもよらないことだった。私は、正直出ることにためらった。自分の心を何とか保つことが出来るか自信がもてなかった。しかし、それとは反対に真実を受け止めなくてはという気持ちに突き動かされ参列するための服に着替えていた。出かける寸前まで部屋の中をうろうろ、うろうろ歩き回り靴を履いたり脱いだり挙動不審とは、正にその時の私のことだったであろう。結局どうしたかというと・・・私は参列することにした。友人の一人が車を出してくれていくことの出来る何人かで出向いた。式の翌日、クラスが終了した後一緒に参列した友人が一人、私の所にやってきた。彼:「Nina、お願いがあるんだ」私:「何?」彼:「彼女がね、好きだった日本の曲、 ぼくには歌詞の意味が分からないんだ 訳してほしいんだよ」私:「わかった、もちろんよ。」彼は、私とその前の学校でもいっしょだったという不思議と縁のある人でなくなった彼女のボーイフレンドだった。そんなところに、もう一人帰ったのかと思っていたクラスメイトS君が「なにしてるの?」と現れた。彼も式に参列した一人だった。Sくんは、彼女がなくなった日ローラーブレードを教えてあげるからと約束をしていたんだそう。そんなに人と群れることなんてない彼がなんとなく一人で居たくない話さなくても思いを共有できる誰かとしばらくでいいから時間をともにしたいと思って一人で帰ることが出来なかったのだろう。私達3人はみんな同じ気持ちだった。実は私も彼女との約束があった。「Ninaさん、今度私モデルやりたい」彼女と最後に交わした会話だった。そう、当時練習する為のモデルを探していて友人に声をかけていた。彼女はそんなに興味ないのかもなぁと思っていたところ彼女の方から言ってきた。後になって思えば、誰かに話したい、聞いてもらいたいそんな淋しさと苦しさの中にいたんだろうなぁ。それからしばらくして彼女とは学校で顔をあわせなくなったんだ。米国籍を持っていて、大学院に受かった彼女のことだからバケイションにでも行っているんだろうと思ってた。でも、どこかで胸騒ぎがしていてあの朝の電話を何も聞かない前に覚悟したんだ。そう、そんな彼女に対する「約束したじゃないか」という行き場の無い想いをもてあました私達3人はその後も別々の場所にかえって行くことを少しでも先延ばしにしたいのが言葉にせずとも理解でき陽のあたる小さな公演のベンチに座り込みテイクアウトのサンドウィッチを食べた。普通だったら笑えないジョークやたいした事のない話にも自分たちは笑えることを確認するかのように爆笑した。誰も、淋しいとか悲しいとか言わなかった。考えると思考が止まって真っ白になり感情がフリーズするから。皆辛いのに、彼らと当時の先生“A”が心配してくれたのは誰でもない私のこと。なくなった彼女と同じ日本人で、女の子同士。式にも参列して目の当たりにしてしまった。その上私はその数ヶ月前に日本の友人を同じくなくしていたから・・・。そのことを知っていた皆は「Ninaは大丈夫か?ショックを受けて壊れるんじゃないか?」と気を配ってくれた。そのことに気付き一人になった時、ふたりの友人がそれぞれ数ヶ月の間に自らの命をたったそんなショックで自分を直撃しなくて済む様に自己防衛していた物がパックり外れ泣き続けた。自ら洗礼を受けてNewYorkでクリスチャンになった彼女。先生“A”は、「彼女には今のこの世が辛すぎたのかなもう一度生まれ変わることを信じたかったのかなだから、この日を選んだんだろうか・・・」そう言ってた。その日はイースター、復活祭。そして今日はそれから8年もの歳月がたったイースターの日。こんなに時間がたった今でも、あのときの感情が生のまま残っていることに毎年毎年とてもおどろかされる。この季節の、この日を迎え暖かい春の光を見つめると悲しいとか辛いとかそんな感情ではなくて、とにかくただただ涙がこぼれます。でも、無理に止めようとは思わない。覚えていることしか出来ないから忘れないでいるから・・・というそんな想い。私は生きてくんだから。
2004.04.11
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人間とは学習するもの。見たり、聞いたり、体験したりしていろんなことを学んでどんなに良い体験だろうが辛い体験だろうがそれを自分のものにして気付いたり、工夫したりさらに学んでみようとしたりする。そのスピードはそれぞれだけど。・・・と思っていたし、信じてたのだけど最近疑問に思うのだ。これって、ほんとかなぁって。某氏とこの会話で考え込んだ。良い経験なら何度でもWelcomeだけど大変な思いや、辛い思いは出来るだけ回避して、解決できる方法を見つけようとするはずだとしかし、同じことを繰り返す人というのは1)学習能力というのが無いのか、2)鈍いのか、それとも3)“M”というか、そういう状況が好きなのか???うーん、悩んだ挙句に私は3)番にBetします。あたっても商品はありません。
2004.04.10
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流行というと思い浮かぶのがファッションであり、商品。しかーし物に対する熱があまり無い私においては“流行る”という行為は人間に対して向ってしまうのだ。コレに気付いたのはここ数年。ある知人の女の子がこう言った。彼女:「ある男の人にいわれたんです。 『今ね、ぼくの中で君が流行ってるんだ!』って。」私:「へえぇ、いいじゃない~。楽しめば!」彼女:「でもね、それからあまり 連絡なくなっちゃった・・・」私:「・・・」はああ、なるほど。本当に流行ってた訳だ、彼の中であなたがね。面白い。彼女のことをかわいそうとか何とか思う前にその男の人の真っ直ぐさと不思議と共感できる何かに、私は“非情に”も、そして“非常に”興味がそそられた。それは何故かと言えば・・・私も人間に対して「流行り」がある人間だから。言っておきますが、人には迷惑かけませんよ。大切な人間を裏切ったりもしません。それに流行るということは、それだけ魅力的で興味をそそられるということ。だけど・・・ブランディングやPRを失敗するとすぐにさめられてしまうということ。難しいですなぁ。でもね、「流行り」を作るにあたって春ってなんだか気分がそっち方面に元気になってる気がするんです。実際、私のなかでちょっと流行っている人がいます。若い、ジェントル、ソフト、スマートそうそう、何と言っても声が良くて(ちょっと低め)立ち姿がシュッとしてる。とにかくかわいーの!でも誰なのかは、教えないもんね~知りたい人はこっそりどうぞ(ははは)■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□友人知人からは「こんなこと↑言っててパートナーは何も言わんのか?」と言われます。ぜーんぜーん、大丈夫なんだもんね。彼は「へえええ、そうなんだぁ」こんなもんです。だって、流行りだもん。生な関係とは違う。Beat-tak兄貴が書きこみしてくれたようにLoveでもLikeでもないの。(さんきゅー、にいちゃん)あくまで「流行り」親しくはなるけど、それ以上にしないのが「流行り」を長く良い関係に移行していく為のルール。単なる流行も、自分の中で咀嚼すれば自分の大切な物として残せるの。だからあくまでその時のわくわく・どきどきの“きもち”を楽しむわけなのだ。まあ、ストイックな程にメンタル的な楽しみ方かもしれない・・・
2004.04.09
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「5月の上旬に行く」コレだけは決まっていたのに何故か日程を決められずにいた今回のNewYork滞在。航空券・宿泊先などなど一応あたりはつけてあったのだけどどうしてなのか全くといって良いほど動き出せなかった。それがどうだ、先日からの花見以降、物事の動きがなんともクリアー。というか、私自身がすっきりした気分で動いているので早い早い。「だったらもっと早くにやれば良いのに」そんな声がどこかから聞こえてきそうだ(ううう)でも、いつも思うのよね。仕事関連だろうがプライベートだろうが海外に行くことにたいして“遠くに行くこと”だという観念が私はあまりに薄すぎるみたい・・・だから、ぎりぎりになろうとナンだろうと「大したことじゃないでしょ」とついついギリギリの準備になるわけだ。いかんいかん。だって、既に出発の1ヶ月前をきってしまってる。今回は色々その前に準備をしておかなくてはならない事が山盛り・・・・あああ、私がやらなきゃならんのね。そうよね、そうよね、やりますとも。その代わりといっちゃぁナンだけど今回はしっかり自分の満足の為に十分な時間を割こうと思います。よーし、やるかな
2004.04.07
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4月3日、『Cherry Blossom Festival』がCamp Zamaで行われた。晴れ男・晴れ女が多かったのかそれとも行いのよい方々が多かったのかお天気も気温も素晴らしく文句のつけようの無い花見日和。おもいっきり楽しもうとファッションのテーマも「お花見」。ホントは桜ピンクのボトムを買ってあり気合が入っていたのだけれど汚れを気にして地べたに座らないなどという無粋なことは興ざめ。楽しむことに、満喫することに意義ありなので「お前、なんて分かりやすいんだ!」と以前驚かれた事のある桜ピンク色の花柄シャツを着て見も心も染まってみる。よーし、いい感じ。最寄駅でぶっ飛びメンバーと待ち合わせをしてキャンプに向かう。お花見そしてお鼻(?)見、爆笑。“飲む・食う・笑う”続く続く。延々繰り返しながら自分のペースで時々休憩、散策、徘徊。地面に久々に座ったなぁ久しぶりに空をみあげたなぁ思い切り呼吸した。いかーん!!私の脳みそはすっかり酸素が欠乏していたことに気付かされた。何にも考えずに笑うことをしていなかった。明るい太陽の光を体いっぱいに浴びてなかった・・・それというのも、お花見以降妙に頭がすっきりしており考え方が健康的で、いろんなことが明快に判断できる。よーし、ここまで来たら桜の盛りが過ぎるまで時間の都合がつく限り、お花見効果にあやかろうじゃないか。そんなことを考えた私は今日は桜が満開の公園に向かい「独り花見」。深呼吸、深呼吸、それから伸びをして、なんだか「ふふっ」と笑いたくなる。芝生に独りひっくり返って空を見る。視界には雲ひとつ無い青い空フレームのように桜の花。脳みその健康状態、そろそろ万全になってきたかな。よしよし。
2004.04.05
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「だまされちゃぁ、だめだよ~」我がパートナーが唐突に言った。・・・???この人、英語で考えて日本語に直して物を言ったりする時があるので“何が”というところがすっぽ抜ける。私:「なんで」(一応聞きなおしてみた。)やつ:「だって今日は4月1日だよお。 だまされないでね。」私:「はぁ・・・」うーん、だまされる体験してないなぁ。私の外見が人をだましてると言われるが。まあ、朝起きてから考えればいいそんなことを考えながら、深夜作業をしているとAAP娘さまとIMタイム。気付いたら、あるテーマについて面白くだまくらかされた。久々です、罪の無い遊び心のあるダマシ。さすがイベントを大いに楽しむその能力感服いたしました。それにしても、「気をつけてねー」といわれた直後に見事にやられた私って。。。まあ、いい。だまされる人がいないとこのイベントは楽しくない。きっと、私のような人間がだまされるって事自体かなり面白いことだろうからね。社会貢献・社会貢献。
2004.04.01
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