「密教の思想」
歴史文化ライブラリー
立川武蔵 1998/12 吉川弘文館 全集・双書 210p
Vol.2 No.265 ★★☆☆☆
正木晃の 「さらに深くチベットの歴史を知るための読書案内」
に従って読書を進めていくだけでも、読んでいる自分の心がいろいろと揺さぶられる。あっちに行ったりこっちに行ったりする自分の心をなんとか抑えながら、また軌道の中心に戻ろうとするのだが、なかなかうまくいかない。昨日読んだ 「チベットの死者の書」
でさえ、本の内容はともかく訳者・川崎信定に対する気持ちが抑えられくなって、ちょっと困った。
こちらも、なんの縁であろうか、立川武蔵の 「インド・アメリカ思索行」 を読んでしまったことで、私の立川に対する決定的なイメージができてしまったようだ。 「チベット密教新装版」 はそれ以前に読んだので、なんのいわくもなかったのだが、その後に 「マンダラ 瞑想法」 を読んだりする時には、われながらちょっと言い過ぎるようなことを書いている。 よっぽど気持ちがおさまらなかったのか、ヘッセの 「ガラス玉演戯」 を読みながらさえ、立川の悪口を書いている。
チベット本をあちこち読みすすめてみると、彼の名前は必ずといっていいほどぶつからざるを得ないので、なんとかイメージを修復したいのだが、さて、今後、どうなっていくだろうか。
タントリズムは、汎インド的な宗教・思想運動であり、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教などそれぞれの宗教にタントリズムの要素を強く含んだ部派あるいは宗派が存在する。それぞれをここでは「仏教タントリズム」、「ヒンドゥー・タントリズム」、「ジャイナ・タントリズム」と呼ぶことにしたい。なお、わたしは「タントリズム」と「密教」をを同義語に用いる。したがって「仏教密教」「ヒンドゥー密教」「ジャイナ密教」という呼び方も可能である。 p4
呼ぶのは呼ぶほうの勝手であろうが、呼ばれるほうにとっては迷惑千番ということもあろう。地球に根ざしていきてきた人々の営みを、この研究者はまるで、昆虫採集か岩石収集でもやっているかのごとく、勝手につくったラベルをつけて分類作業をしている。すくなくとも「タントリズム」と「密教」を同義語とすること自体、あまりに勝手にすぎるのではないか。大体において、自らが歩んでいる当の本人が、タントラにイズムをつけて、「タントリズム」なんて表現することがあるだろうか。
三年前の秋、大阪千里のホールで密教について講演したことがあった。一時間ほど「密教の歴史と思想」について話し終わると、聴衆の中から、一人の男性が発言した。「今のお話では密教の本質が語られなかった。わたしが思うに、キリスト教の本質は愛であり、イスラム教のそれは力、仏教の本質は慈悲だと思う。密教の本質を一言でいってほしい」。(中略)
わたしはかの質問者(批判者)には「密教の本質は行であります」と答えた。ともあれ、わたしの講演の内容が明確でなかったので、あのような発言が出たにちがいない。ひとえにわたしの力不足だ。
p207「あとがき」
私は質問者の質問の本質まではよくわからない。しかし、私がまた聴衆のひとりであったとするなら、一時間ほど聞いた「密教の歴史と思想」のあと、この質問者と同じ苛立ちを持ったはずだ。 そもそもそれが講演であるならば、一時間の持ち時間の中で、あまりに広すぎる演題を受け取ること自体が問題であり、テーマはもっと絞られるべきであった。そして、さらに問題の本質は、もっと深刻であるように私には思える。
もし、ひとが「愛」について語るなら、語る者は次第に「愛」と同化して「愛」そのものになっていくだろう。もし「慈悲」について語るなら、その者もまた「慈悲」と同化していくに違いない。もし、「行」について語るとするなら、その語る者も、自らが語る内容と同化して「行」そのものになっていってしかるべきだ。
しかるに、この著者の本に触れても、実際には「行」へと結びつかない。この本が「密教の思想」について語られたものであり、そして著者が密教の本質は「行」であると喝破するならば、本来、この本を読むこと自体「行」であるべきであるし、読み終われば、ひとすじの安堵感さえ生まれるべきだと思う。
かの質問者の質問が、正しい質問であったかどうかはさだかではない。しかし、質問をせざるを得ない苛立ちは、この講演者(著者)が、「行」を「行」として行っているのではなく、「行」を知識として語っているにすぎないからだ。それが実に整合性を持った、合理性を持ちえた、お手軽に理解できる知識のように見えれば見えるほど、聞いているものには、納得感は生まれない。
タントラや、ネパール、チベット、ブータン、中国、日本の「密教」に触れながら、この本もまた、人間存在の、合理性を超えた神秘性を表現することに失敗している。単なる予備的なビギナーとしての知識さえも、このような本から得るべきではないと、私は思う。誤解が誤解を生む。
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