1986年に発表されたEL TRIの3枚目のアルバムがこの『愛を知らぬ子(El niño sin amor)』。メジャー・デビュー作となった『シンプレメンテ(Simplemente)』が1984年で、その後毎年のペースでアルバムをリリースしての第三作目にあたる。このあたりになってくると、気負いみたいなものが少なくなってきて、ますます自然体にやりたい音楽を展開しているというのが全体的な印象。
楽曲は前2作と同じくバンド・リーダーのアレックス・ローラ(アレハンドロ・ローラ)のものが中心で、いくつかは1990年までギタリストとして所属し初期のソングライティングにも貢献したセルヒオ・マンセラとの共作。また、目を引く曲としては、オープニング・ナンバーの1.「ロックは決して死なない(El rock nunca muere)」がニール・ヤングのカバーである。この曲の原曲は、ニール・ヤング&クレイジー・ホースの1979年作『ラスト・ネヴァー・スリープス』に収録された「マイ・マイ、ヘイ・ヘイ (アウト・オブ・ザ・ブルー)」であるが、全編スペイン語の詞となっている。
もう一つの注目曲は、アルバム・タイトル曲の5.「愛なき子(El ni?o sin amor)」である。初期のEL TRIは恋愛や日常的なストーリーを題材に取り上げることが多かったが、90年代にかけて、次第に社会的・政治的な内容を歌詞に盛り込んでいくことになった。そのきっかけとなったのがこの曲と言える。表題の「愛なき子(El ni?o sin amor)」というのは、歌の中では「この子は愛を知らない(Este ni?o no conoce el amor)」とも言い換えられており、親の愛に触れることなく育ったストリート・チルドレン(路上生活の子ども)を指している。ちなみに、本アルバムのジャケット写真もこれを示唆するような道端に座った子どもの写真が用いられている。