2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
夏休みももう終わり、今年の夏休みは結構出歩いたわ。国立博物館の南極展、花火大会動物園に行って、ゲド戦記も見たし、冷凍マンモスを見て、船の科学館に寄って、水上タクシーで帰ってきた。祖母の家に泊まりに行って、従兄弟達と花火もしたし、夫も一緒に行けなかったのに大阪の海遊館にも足を延ばした。息子は人より幼いけれど、実年齢は中学2年生子ども時代の終わりも遠くはないのだ。親子の黄金時代って子供が小中学校のときだろうとずっと思っていた。幼児の頃は制約が多いから、親子が一緒に遊べるのは小学校も高学年から中学生位が一番楽しいんじゃないかな、と。そう思うと今年の夏はもう、たくさん遊ぼう!と決めていたんだ。それでも、足ることを知らないわが息子。結局、葛西臨海水族館には行けなかった。マンモスももう一度見たい。(実は2回行っている)よみうりランドの水族館も行きたかった。等々々々、相変わらず際限がない。満足にはほど遠いらしいけれど、去年と比べてどうだったんだろう。悲惨な事件、事故が続く。遺族がマイクを向けられると大多数の人が犯人に謝罪して欲しい。心から謝って欲しいという。私は変なのかしら。もし、私が家族を殺されたら決してそんなことは言わない。ただただ、罰して欲しいと思う。できれば死刑にして欲しい。死刑制度に疑問を持っていないわけではないけれど、被害者の立場になったときを想像してみれば、犯人にはこの世から消え去って欲しいとしか思わない。いつか、街角で会うなんて絶対いや。長い時の中でいつか犯人が幸せに暮らす姿を赦す寛容さは私にはない。“一生かけて罪を償う、償って欲しい”、そんなことができるのは人並みはずれた誠実、強靭な精神だろうに、どうして当たり前のように言えるのだろうと思ってしまう。
2006/08/30
「次の問題分からない?」「うん」じゃ、もう一度問題を読んでみて」と言っても首をかしげているので、「ほら、ここよ」と指で指す「分からないよ」「難しい字はないじゃない。読めるはずよ。ほら、(2)のところ」というようなやりとりがあって、ようやく問題を読むというようなことがしばしばあった。字の読み書きはほとんど問題がない子だから、集中力が切れて、わけが分からなくなってしまうのかな、位に思っていたし、最近は先日の日記に書いたように誰かと一緒に何かをやるということが難しいとも思ったのだけれど、今日ようやく理由がわかった。ここを読んでと言った時、たまに指で指したところとは違うところを読み出すということがあって、何でだろうと思っていたのだけれど、この子は指の先じゃなく、指の下を読まなければならないと思っていたのだ。だから、当然、見えなくて読めない。たまたま、指で押さえる前に視野に入っているとそこから読み出す。人が指を指す先がわかっていなかったのか!!自閉児の典型的な症状として指差しができないというのを読んだときには「あれは?」、「これは?」と試してみたりもした。遠くのものを指すと分かっていたのに本の字を指すことが分かっていなかったなんて!!この子の障害に気がついてから、こうしたことは度々あったけれど、まさか、こんなことまで、、、コミュニケーションの障害というけれど、こういうレベルのことが人とずれて、普通の人には当たり前のことができないのか。気付けばある程度はギャップを埋めてやることもできる。しかし、蛍光灯のことといい、一体どれほど多くのずれを抱えているのだろうと辛い。とにかく、指で指すということがどういうことか、こう、手首からの線と爪の延長上でと説明し、じゃ、これはどこを指しているの?と何度も練習した。
2006/08/29
前の日記にも書いたけれど、この子の欲望って際限がなく、かつ、歯止めが効かない。今回は新幹線を使っての大阪への一泊旅行。・ 新幹線なら品川から乗ってみたいな。グリーン車はだめなの?・ でも、やっぱり飛行機の方がはやいんでしょ。 関空が近いんじゃない?・ 帰りは船にしない?ホテルに着けば着いたで、・ スイートじゃないの?・ 朝はルームサービスがいいな。・ プールはないの?夕食に関しては既に書いた通りで、本当にきりがないんだ。グリーン車もスイートルームも親が教えたわけじゃない。ただ、テレビの情報番組などでいいですねぇ、ステキ!とレポータが紹介しているのを試したがっているだけ。それ自体は正常な好奇心、欲望と呼べるものだけれど、制約なしに手に入るものではないということをとっくに分かっていていい年なのに。私が小さい頃は外食がまだ楽しみだった世代だけれど、デザートにプリン・アラモードを頼めるのは特別な時、なんていう家庭のルールを5,6才の頃には理解していたわ。全く理解していないわけでもないのだけれど、欲望と制約をうまく絡み合わせる制御が弱いんだな。自閉症は前頭葉の統合能力に障害があるという仮説があるそうだけれど、まさにそんな感じだ。
2006/08/22
はりはり鍋というのをはじめて食べた。鯨肉と水菜だけのさっぱりした鍋で関西地方が主流らしい。ここは大阪。今日は初めて息子と二人で一泊二日の夏休み旅行に来ている。姉娘は勉強で忙しいし、夫も時間が取れない。近場には何度が連れて出たけれど、それだけじゃちょっと可哀想かと前々から来たがっていた大阪の水族館海遊館を目当てに出かけてきたのだ。ホテルに着いて今晩は何を食べようかと声をかけると、「みせてみせて」と横からガイドブックを奪い取る。どうしてそうなったのか全然分からないのだけれどグルメなのだ。大阪っててっちりが有名なんだよね。おでんは?串あげもいいな、とさんざ物色した後に鯨料理の宣伝を見つけたのだ。えっ、この暑いのに鍋??と思ったけれど、泊まっているホテルから歩いていけるところでもあって、行ってみようかということになった。鯨を食べたのは初めてだったけれど、刺身も鍋もおいしい。刺身は濃い目のトロ、鍋にすると鴨のような味わいだけれど、部位によって味も食感も随分違う。本人が好きなことをしているときのこの子は楽しい道連れだ。一口食べては心から満足そうな表情を浮かべているのを見てそう思う。表情が豊でこっちもうれしくなる。どこで違いがでるのかわからないのだけれど、姉娘は味覚がお子ちゃまで辛いものはだめ、寿司もわさび抜き、そして何より新奇なものが全くだめ。ここに一緒に連れてきていたら、引きつった顔でメニューを見渡して、「私はのり茶漬けだけでいい!」というに違いない。まあ、本来子供連れでくる場所ではないんだけれど。地図を片手に来て見て気づいたのだけれど北新地といえば大阪でも有名な歓楽街よね。黒服さんやら着飾ったお姉さん方がひらひらする所に来ちゃってUターンしたかったけれど、餌を前にしてあきらめる息子ではない。そうこうしているうちに店の看板を見つけたら今度は入り口が分からない!“この奥“と看板に出てはいるけれど、えっ、どの奥よ、こっちは地下にいっちゃうしとまごついていたら、「あっ、こっちだ」とするりと路地の奥に入り込んでしまう。どうして、こういうところはすばしこいんだ?!最後に残り汁に入れた細うどんをすすりこんで、これで大満足でしょうとホテルへ帰ろうとすると「あっ、ふぐだ。もうちょっと入るよ」欲望のコントロールが君の課題なんだ。
2006/08/21
NHK特集でニートがどうやって社会に適応していくかという番組をやっていた。最後の20分くらいしか見られなかったので、番組そのものについては言うことはないのだけれど、ニートが社会に出て行くための合宿の終了式で、目標として述べていたことが気になった。・ 仕事に間に合うよう朝起きること・ 挨拶をすること・ 視線を合わせて人と話すことこれって発達障害の子供達の課題とぴったり重なる。我が家の息子は時間管理の問題ないが、後の二つは学校でもこまめに注意されている。ニートの中には少なからず発達障害の子もいるはずだ。時間感覚が普通ではなくて朝起きられない子と夜更かし、夜遊び等で起きられないのでは指導の方法も全然違うだろう。折角、こうしたプログラムを作るなら最初に彼らが何故社会に不適応を起こしているのか、原因を探る手順を考えて欲しい。何度も遅刻する男性に苛立ちを抑えて注意している指導者の表情を見て、そう思う。根性が足りない、なんていわれたら発達障害の二次障害になりかねない。テレビで8才の息子に美容整形を受けさせる親というのが出ていた。8才の子供だって、なんらかの容貌の問題でいじめにあっているとでもいうのなら分かる。でも、当人は何も容貌の引け目を感じていないのに、実際充分に可愛い子なのに、親がどうしても二重目蓋にしたいという。また、バカ親が、、、と思っていたら、医師が語るにはさらにとんでもない理由で手術を受けさせる親がいる!息子が別れた夫に似ているのが嫌でたまらない。夫を思い出さない顔にして欲しいといったとか。虐待でしょう、それは!顔だって、アイデンティティの一部よ。そんな理由で顔を変えられた子供の自己肯定意識がどれだけ傷つくか、親はもちろん、引き受けた医師は考えないのだろうか。日本美容整形学会(?)は、子供の手術に関する倫理規定を作るべきだわ!
2006/08/17
りおはよく電気を消したがる。「省エネでしょ!」などといっていたが、勉強するときもどうみても暗すぎる所でやっているので、目に悪いじゃないと都度注意していた。先日、同じ言葉を口にしながら、もしかして、この子も蛍光灯がだめなんじゃと気づいて、「灯りがまぶしい?ちらちらしたりする?」と聞いてみたら、あっさり、うなずく。そうだったのかぁ、、、だったら、言ってくれれば、とつい思ってしまう。自閉症には感覚過敏があり、蛍光灯のちらつきが一般人よりはっきり見えるということは専門書などにはよく見られる記述なのだけれど、本人はそんなこと言ったこともないからつい、この子にはそういうことはないのだろうとあまり深く考えず思っていた。じゃ、どうすればいいのか。自分とは感覚の違う相手の問題は理解しにくいと同時に対応もしづらい。ここは同じ感覚の方達に伺ってみるしかないとアスペルガーの方達のサイト-アスペルガーの館をお尋ねしたら、快く教えてくださった。私の質問とレスを読んで、初めて自分が何故、蛍光灯を嫌っていたのか気づいたというアスペルガーの方もいらした。りおのレベルじゃとても自分の問題を認識できず、省エネなんて口実になったのだろう。高機能の方々が自閉症のことを語りだしたのはここ10年くらいのことというけれど、自閉症児の親にとっては大変ありがたいことだ。蛍光灯よりは白熱灯、さらにはバイオライトという特にちらつきのない電球が開発されているという。よし、なんとか夏休みのうちにりおの部屋と家族の共有スペースは白熱灯にしよう。こういうことに気づくと、解決策が見つかってよかったと思う一方、この子の困難さを感じて辛さもある。息子の障害に気づいて、3年近く、その間それなりに勉強もしてきたのにこんな簡単なことにも気づくのにもこんなに時間がかかってしまった。まして、これから社会に出て行った先で理解を求めることのなんと難しいことか!しかも、家はなんとかなっても、学校やオフィスはすべて蛍光灯だ。このことがこの子達の住みづらさ、そのもののように思える。
2006/08/14
りおを連れてお台場に行ってきた。姉娘は勉強で忙しいので、この夏休みはりおと二人で行くことが多い。こいつも人が悪くて、今日はゲド戦記見てきたんだよ~、今日は動物園に行ったんだ、とことさらからかい口調で言い、姉娘の怒りを買っていた。からかっていると分かっているんだからいいか、と思ってきたけれど、どうもしつこいと、今日は土産物売り場に寄ったとき、「お姉ちゃんは勉強が大変でこれなかったんだよね。お土産でも買っていったら喜ぶんじゃない、一緒にこれなくて残念だったね、と言ってあげたら。」といってみたら、意外なほど素直に「うん」とうなずく。自分の小遣いでささやかなお土産を買い、帰るなり、うれしそうにこれ渡さなくちゃと姉娘の部屋に持って行った。うまくからかうには相手の機嫌や人間関係を考慮しなければならないし、そんな微妙なことはできないんだから、人が喜ぶことをした方がいいだろうと思って言ってみたのだけれど、何か予想以上に反応がよかった。もしかしたら、選択の幅の狭い子だから、こういうからかいしか思い浮かばなかったのかもしれない。からかうときがあってもいいけれど、こうやって、素直に喜んでもらうこともいいコミュニケーションだと学ぶ機会がなかったのかしら。
2006/08/10
テレビを見ていて、りおが話しかけてくると正直うっとうしい。テレビと関係なく、ふと思い出した話題のことも多いし、そうでなくても、話し方が拙いからテレビのテンポにはついていけない。人間のできていない母親はそれでもそれなりに辛抱を発揮してあいづちを返していたのだが、りおがこっちにしっかり顔を向けているのに気づいて、あれっ、と思った。姉娘はテレビを見ながら話す。こっちを見るとしてもちらっと見るくらい。画面を見ながら、「すごい雨だね」とか、「この歌好きだな」とかいう。りおは集中力がないので、勉強を教えていてもよく視線が泳いでいる。でも、本当にいらだつのは注意をしてもこちらが期待している所に視線が来ないことだ。ここを見て、と指で問題を指すと私の顔を見る。顔を見るんじゃなくて、ここ!いや、ここと言っても分からないか、指で指しているところ!ほらこの式が、と言っているのに今度は自分の指先を見る。やっと、見ても無理やり見させられているという感じで、とても勉強の説明どころではない。そのときようやく、これが三項関係の不全ということか!実感した。先日の日記にも書いたのだけれど『自閉症―私とあなたが成り立つまで』著者:熊谷高幸 の中に子供が社会の中で関係を気づいていくための過程が述べられている。最初に母と子供の二項関係が成立する。その次に、母親がおもちゃを指し、それで子供が一緒に遊ぶという、私とあなたと物の三項関係を学ぶとある。自閉度が重い子は二項関係を作るのも難しい。母親を認識することさえなく、外界から遮断されたような振る舞いを見せる。自閉症の研究の初期に認められたのはこのような顕著な障害の人たちだ。その後明らかになったように、自閉症にも軽重があり二項関係はできても三項関係でつまずく子供もいる。読んでいたときは、そういうものなのか、りおが幼児のときはどうだったかしら、と思っていたけれど、なんのことはない、今でもできていないんだ。全くできないわけではないから気がつかなかった。一緒に本を読むくらいはできるものね。人と一緒に何かをするという基本となるとても重要な機能なんだ、これは。どうやって、意識していこう??
2006/08/08
息子の特殊級の同級生でアスペのお子さんがいる。礼儀正しくしっかりしていて、勉強もできる方だし、甘ったれで幼い息子と比べるとうらやましいようなお子さんだけれど、やはり自閉は自閉で思わないところでトラブルを起こす。ある時、同級生(つまりその子も障害を持っている)をひどくおびえさせてしまった。ただ、悪意でやったことではなく、その子の掃除の仕方が不真面目だと怒ったらしい。彼の理解度からいえば、明らかに掃除の能力に欠けている子は判断できるのだけれど、集中力が低い子などは怠けているようにしか見えないのだろう。言葉が達者なだけに攻め立てられた相手は泣き出してしまったという。当然、先生からも注意されたが本人はぼくは正しいことを言ったんだと主張する。○○○君が掃除をさぼっていたから、注意したんだ。それなのに言うことを聞かなかったんだ。その子はできなかったのかもしれないとか、仮に相手が悪くてもやり方があるとか、話してみても、でも、相手が悪かった!というところに戻ってしまう。言葉は通じても、言葉で理解させられるとは限らない。冷蔵庫の中のペッパーの瓶を見ながら、そんな話を思い出す。息子の奴、何度言って、冷蔵庫の中に香辛料をしまうのを止めやしない。ラベルに冷暗所に保管というところを見て、冷たいところでなくちゃと言う。冷暗所と冷蔵とは違うのよ、と説明してみても、今は夏だよ!味が落ちるでしょ、と来る。夏になる前からやっていたくせに・・・こんなこと、たいしたことない、別に胡椒が冷蔵庫にあっても別にかまいやしない。冷蔵庫の場所はちょっとくうけれど。「じゃあ、今度からここを置き場所をしようね」と言ってやるのが、双方のために一番なんだと自分に言い聞かせる。言い聞かせながら、迷う。このこと一つならたいしたことじゃないけれど、この種のストレスは毎日出てくる。まるで、気の合わない嫁姑みたいだ。第一、私は我慢しても、社会は我慢なんかしてくれない。正しい正しくないは別として時には譲る! どうすれば学ばせられる???今日は原爆の日、ニュースで多数の大使が参加する中、アメリカ大使は参列しないということを聞いた。あの国も妙な所が狭量だ。それとも、投下した当事者としては当然の行為だろうか。私は投下の正当性は置いておいても犠牲者を慰霊することはよいことなのではないかとも思うけれど、被爆者の霊はどう思うだろう。自分たちの命を奪った国の代表の謝罪なき慰霊はやはり拒むだろうか。
2006/08/06
久しぶりに花火を見に出かけた。人ごみ、特に暑いときの人ごみは避けたくて、随分長い間ご無沙汰だったけれど、最近の花火ブームに刺激されたのか出かけてみた。最後に見たのはディズニーランドの花火だったかしら。昔ながらの丸く開くもの、柳のように落ちるものから、半円ずつ二色に染め分けられたものファイバーフラワーのように細い線の先に赤や青が灯るもの一度暗くなった後に金色の砂が長くきらめきながら、落ちてくるもの青白く光りながら、蛍のように動くもの形を競うもの、色を楽しむもの合間には変わり花火が打ちあがり、スマイルだったり、ハートだったり、観客の間からも「キャンディ?」、「メガネだ~」などと声が上がる。りおはあざらしのタマちゃんもあったと主張する。一際華やかなスターマインが上がって、1時間はあっという間に過ぎ、姉娘もりおも満足気。夜風に吹かれて、夜空を見上げて、日本の夏だな~
2006/08/01
全10件 (10件中 1-10件目)
1
![]()
