フリーページ
(石橋学)
無縁墓地のやぶの中、郷土史家の杉原文哉さん(70)が無造作に立て掛けられた「内鮮人之墓」を見つけたのは2019年6月のこと。虐殺があったと古老から伝え聞いてきたが、語る人もいなくなり、墓碑の存在も忘れられていた。
震災3日後の1923年9月4日、朝鮮人が暴動を起こしたという流言にあおられた群衆があめの行商人だった朝鮮人2人に襲いかかり、なぶり殺しにした。出稼ぎ労働者への蔑視と、植民地支配に抗する朝鮮人への敵意が背景にあった。
杉原さんは郷土史家や墓碑を建てた石材業者の息子と協力して昨年9月、地域のコミュニティーセンターの脇に移設。しつらえた台座に解説文を添え、「関東各地で暴行虐殺事件が多発した」「滑河駅前においても朝鮮人2名が群衆の暴行により殺害された」という史実を記した上で「忘れてはならない関東大震災の『負の遺産』として、ここに墓碑を再建する」と刻んだ。
杉原さんは 「虐殺は恥ずべき歴史で、忘れたりなかったことにしたりするのはもっと恥ずかしい」 と話す。この日は朝鮮大学校(東京都)の学生らも参加し、記憶と思いを結ぶ碑の存在意義を再確認した。
朝鮮人追悼碑の調査をしている同校の金哲秀(キムチョルス)教授は「虐殺の全容は解明されておらず、遺骨の返還や謝罪もなされないまま。地域の地道な調査と温かい追悼の積み重ねが、日本と朝鮮半島の悲しい過去の清算につながってほしい」と希望を託した。
「女系天皇誕生封じる」 海外、日本社会… 2026年08月05日
11宮家が離れたわけ(4日の日記) 2026年08月04日
養子案、安倍氏源流に急浮上 「女系」高… 2026年08月03日
PR
キーワードサーチ
コメント新着