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連載最終回では、渋沢栄一が資金を援助するなど、その設立に尽力した一橋大学の学生たちが渋沢をどう思っているのか、などについて見る。
現在も年間およそ1000人の卒業生を社会に送り出している一橋大学。メインキャンパスの図書館の階段を上がると、渋沢栄一の銅像が見えてくる。1870年代初め、森有礼(注)から商法講習所の設立を提案された渋沢は、東京会議所の頭取として資金を援助し、その経営に携わった。同講習所の後身である東京高等商業学校の大学昇格を積極的に支援したが、その結果誕生したのが一橋大学である。
同大学同窓会である如水(じょすい)会は「子爵の恩徳を恒久に記念し、且つ子爵の高風を永遠に仰がん」との趣旨のもと、同窓会会館図書室に渋沢の銅像を設置した。商学部で現在行なわれている「グローバルリーダー育成」を目的とした選抜制の特別プログラムの名称も「渋沢スカラープログラム」である。「一橋大学商学部においてGlobal Captains of Industry たる人材を育成する事業を立ち上げるにあたり」「日本資本主義および一橋大学(商学部)の父たる渋沢栄一をロールモデルとして、未来を担う若き人材を育てていくという意味を込めて」名付けられたという。
◆「『渋沢スピリット』はあるか」と聞かれる
では、一橋生は、渋沢のことをどう思っているのだろうか。
筆者が複数の友人に尋ねたところ、「大学周辺の地域活動に従事する中で地域の人から話を聞いた」、「大河ドラマが始まる際に大学のホームページで紹介されていたものを読んだ」などの声が聞かれた。彼らは、高校の授業で「資本主義を確立させた人物」と習い、渋沢の名言集を読んで渋沢に肯定的な印象を抱いている人が少なくなかった。なかには、就職活動の際に「一橋大学と言えば渋沢栄一だが、君にも『渋沢スピリット』があるのか」と聞かれた学生もいた。一橋生であれば当然、渋沢の教えを継承しているのではないかと思われていることは興味深い。
実際に「渋沢スカラープログラム」に参加している友人によると、授業の中では渋沢が多くの事業を展開したことに倣い、自分たちも渋沢のようにさまざまなことに挑戦していこうという話になったという。
◆加害の歴史と向き合う姿勢
渋沢が主人公のNHK大河ドラマ『青天を衝け』のハンドブックには、次の記述がある。
「昨年、栄一が新紙幣の肖像画のモデルになると発表されるや、韓国国内からは『植民地支配の被害国への配慮にかけている』と批判が出た。無理からぬことだ」(122頁)。 日本が朝鮮を侵略し、渋沢の金融事業や鉄道建設が朝鮮人の土地を奪って、朝鮮人を貧困に追い込み、過酷な労働を強いながら利益を得たという歴史的事実 に対する言及である。
同書はつづいてこう語る。「だが日本にしてみれば、『官尊民卑』な役人暮らしに嫌気がさして財界にその身を投じ、第一国立銀行を立ち上げ、明治日本の財界を背負って立った人物なのだから、肖像画のモデルになってしかるべきなわけだ」。つまり、 被支配側からはどう見られていようと、日本側から見れば渋沢は偉人であり、彼が英雄視されるのは当然である、という視点 である。
渋沢の事業とそれに象徴される日本の近代化が朝鮮侵略と軌を一にし、植民地支配に大きく加担したという事実はいわば「どうでもよい」というこの認識は、加害の事実を真摯に受け止め、被害者たちに誠意をもって対応しようとする態度のないものだともいえるが、これまであまり注目されてこなかった渋沢が「資本主義の父」という側面からのみ注目されている現状は、 日本の加害の歴史に向き合おうとする姿勢が薄いこととつながっている。
事実、他のメディアでも渋沢の業績や慈善事業が評価される一方、朝鮮で起きた事実について触れられるものをみつけるのは難しい。一橋生の渋沢認識もそうした状況から決して自由ではなく、 渋沢が植民地支配に加担してきた側面は論じられず、現代社会を生きる自らと植民地支配を結びつける視点が多くの場合において欠落する。
◆数少ない朝鮮史研究の拠点
一方、一橋大学は日本国内における数少ない朝鮮史研究の拠点でもある。それは在日朝鮮人として初めて、国立大学の教授として一橋大学に就任した姜徳相(1932~2021)氏によるところが大きい。
朝鮮史研究の先駆者である姜氏の意志を継承する朝鮮史研究室には、研究を通し日本の植民地支配責任を問う試みを続ける研究者・学生が所属する。筆者もほかならぬその一人であるが、朝鮮史の授業を取る前までは日本の植民地支配がどのように朝鮮人の生活に影響を及ぼしたのかなどは考えてこなかったことに気づかされ、朝鮮史のゼミに所属することにした。 現在の日本社会も渋沢栄一という人物の一面を見るだけではなく彼の事業がどのように侵略と関わったのかを考えることにより、日本の朝鮮植民地支配と向き合うきっかけとなるのではないだろうか。
【注】第一次伊藤博文内閣において、初代文部大臣として近代学校制度の基礎を築いた。西欧思想の紹介や国民啓蒙に努力し、商法講習所を興した。
<あさくら きみか・一橋大学学生>
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