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プロパガンダは、新しいメディアやお祭り騒ぎも利用して行われます。 日露戦争では、勝利を祝うちょうちん行列や花電車に人々が集まりました。当時頻繁に開かれた博覧会は、領土拡大を宣伝し、植民地化の正当性を主張する場になりました。
第2次世界大戦下の日本では、外国から物資だけでなく情報も入りにくくなりました。閉ざされた中で都合のいいイメージを作っていくうちに、人々のものの見方にバイアスがかかっていきます。
新聞も客観的報道ができなくなっていきました。統制が進んだのは、報道の総力戦体制がしかれた1941年以降です。新聞の統合や、紙の配給は強化されていきます。 軍部の方針に反する報道をすると起きる不買運動も、検閲のような効果を持ちました。 さらに怖いのは自主的な検閲です。現場の記者やカメラマンが取材や撮影をしても、本社が軍部の意向に沿う情報しか載せないことがありました。
当時の新聞社には、自社が撮影した写真を外地から電送した際に画質などを修整する担当者がいました。軍事情報にあたると判断した内容の削除や別の写真と合成するコラージュまでも行われていました。「フェイク写真」はこの時代から流布していたのです。
情報を受け取る側にとって2つの教訓があります。まず、報道される情報についてできるだけ自分で調べて真偽の判断をすること。もう一つは国内の報道だけを見ないこと。インターネットとAI(人工知能)による翻訳のおかげで、様々な国の様々な階層の人たちが発信する情報を見ることが容易になりました。対戦国や中立国の報道を確認し、情報を相対化するのです。 メディアや新しい技術を、「信用できない」と遠ざけるだけではかえって簡単にプロパガンダでだまされてしまいます。 問題を見極めつつ、積極的に使うべきです。
情報戦といえども、正義を訴えるよりも、自国はもちろん相手国の人間も大事にしている、という発信が重要です。戦争で人が死ぬことはより深刻に捉えるべきで、「正義の戦争」はありません。なにより補償を含め被害や加害への説明責任を果たすこと、市民を手厚く保護していることを、国際社会に訴えないといけません。それなしでは戦後に禍根を残すだけでしょう。
(聞き手・高重治香)
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きしとしひこ 1959年生まれ。京都大学教授。著書に「帝国日本のプロパガンダ」「満洲国のビジュアル・メディア」他。
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