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2024年04月01日
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テーマ: ニュース(96853)
カテゴリ: ニュース
昨年9月に87歳で生涯を閉じた歴史家の宮田節子氏について、3月16日の朝日新聞夕刊は次のように追悼記事を掲載している;




 朝鮮人に日本式の名前を押し付けた創氏改名など「皇民化政策」の研究の先駆者。講師として複数の大学の講義を掛け持ち、研究の拠点は自宅だった。

 早大で共に中国史を学ぶ先輩が突然、「自分は朝鮮人だ。本名を名乗る」と打ち明けた。なぜ日本人として生きざるを得なかったのか、仲間にしどろもどろに語った。後の歴史家、故姜徳相(カン・ドクサン)さんだった。「その深き悩みを知り、日本人としての責任を感じた」。朝鮮史を志した。

 卒論は朝鮮の「3・1独立運動」に決めたが、見るべき先行研究がなく途方に暮れた。中国史の恩師が、朝鮮総督府の元高官が集まる団体が東京駅近くにあると教えてくれた。ビルの一室を訪ねると、棚の隅にほこりをかぶった風呂敷包みが二つ。支配者が「騒擾(そうじょう)」と呼んだ独立運動の報告書だった。原史料を使った卒論の評価は高かった。

 これが縁で総督府元高官が呼びかけた研究会が毎週、開かれた。かつての政策担当者が証言し、植民地支配に批判的な大学院生らが質問する会だった。姜さんと共に参加した。

 会は500回を超え、証言を録音したオープンリールのテープは膨大な数になった。学習院大学に保管され、晩年は客員研究員として文字に起こし、解説と注釈を付けて紀要を出す作業に没頭した。「未来の世代も学べるように」との思いだった。

 追悼記事を書いた韓国紙ハンギョレの元記者金孝淳(キム・ヒョスン)さんは、「日本では最近、歴史を直視しない風潮が広がっている。二度と過ちを繰り返さないよう、事実を掘り起こした仕事は、もっと評価されるべきだ」と私に語った。(桜井泉)


2024年3月16日 朝日新聞夕刊 4版 5ページ 「(惜別)宮田節子さん 植民地支配下の朝鮮を研究」から引用

 この記事の末尾に、韓国紙の記者が「日本では最近、歴史を直視しない風潮が広がっている」と述べたと書かれているが、実際のところ「歴史を直視しない」態度は「最近」のことではなく、戦後一貫していると私は思います。60年代の中ごろに日韓国交正常化交渉を行った際も、日韓両国政府の代表者の会議は途中に何回も、史実をめぐって意見が対立し中断したのは、日本政府が「違法な植民地支配」を認めず、日朝間の合法的な「併合条約」に基づいていたと主張したからであり、そんなことで「対立」してばかりいると、経済活動が阻害されて日韓両国の「損失」になるからと、「問題」を棚上げして、日本から韓国に提供した資金は「植民地支配時代の損害賠償金ではなく、経済協力金なのだ」と強弁したのであった。したがって、日韓両国政府の間には「過去の植民地支配」が何だったのかという問題が、まだ残されていると知るべきです。しかし、現在の日本政府は、歴史学の研究で「不当な植民地支配」の実態が明らかになりつつある状況とは裏腹に、「日韓併合は合法的に行われた」と根拠もなく言い張っているだけです。このような政府が長らく政権を担当していると、中には「当時の朝鮮人が日本風の氏名を名乗ることを希望したから、創氏改名が実施された」などと言い出す閣僚が出てきたりしてますが、やがてはまともな教養を身に着けた政治家が出てくる時に備えて、実際の「日韓併合」はどのようであったのか、研究を重ねていくことは大切だと思います。





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最終更新日  2024年04月01日 01時00分07秒


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