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異なる歴史と三つの言語(英語・仏語・スペイン語)が母国語の地域での共同開催であり、多様性・公平性・包括性(DEI)の大切さを世界にアピールする絶好の機会だった。 だが残念なことに、トランプ米政権による入国制限などで、「サッカーは世界を一つにする」という国際サッカー連盟(FIFA)の理念がむなしく映る場面もあった。
そんな中、「南の隣国」とは対照的に、DEIを推すカナダの姿が印象に残った。とりわけ市民社会が率先して難民受け入れや先住民との共存を目指す姿に進取の気風がうかがえた。
興味深い制度の一つに、18歳以上のカナダ市民または永住者が共同で難民受け大れを支援する「グループ・オブ・ファイブ」がある。隣人や友人5人以上が一定の資金を確保できていれば、難民呼び寄せの申請ができる。資金は個人拠出でも良いが、寄付や募金を集めてもいい。
受け入れが決まれば、呼び寄せたグループが1年間にわたって家賃や食費、衣服、光熱費の支援、医療機関の紹介や保険加入、学校手続きの手伝い、さらには英語学習や就職活動、心理的サポートを含む幅広い支援を続ける。
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制度の発端は1970年代後半にさかのぼる。ベトナム戦争後の社会主義体制を逃れて数百万人の難民が小舟に乗り、「ボートピープル」として漂流した。カナダでは「政府だけでは十分に難民を敘えない」として、市民が直接スポンサーになれる制度の整備を多くの市民が求めた。
カナダの受け入れ枠は最終的に5万人に達したが、うち約2万1千人は市民による受け入れだった。
制度の特徴は、前記の資金を含めて支援を実施するのは地域住民という点だ。アフガニスタンやシリア、チベットなどの難民を迎え入れてきた女性は、「スポンサーになった人たちと難民家族がその後も長い友人関係を築くこともある。仕事の都合で転出していく人もいるが、新しい生活を始める最初の足場を提供してくれ、困ったときに支えてくれる人がいるのは大きな意味がある」と語る。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から世界で最も成功した難民受け入れ政策の一つと評価され、86年にはカナダ国民全体に対して「ナンセン難民賞」が授与されている。国家ではなく「国民全体」に授与されたのは、現在まで唯一の例だ。そしてこのカナダ型制度は、その後ニュージーランドやスペイン、英国等でも導入されるようになった。
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カナダでは2008年、国家が先住民と共に「真実と和解委員会」を設置した。先住民が受けてきた差別や不平等を含む歴史問題に向き合い、それを是正することを目指してきた。現在では、幼稚園から「教室の中で自然に先住民についての知識とふれるよう工夫している」という。その根底には、先住民以外はみんな移民だとの意識がある。
カナダのDEIへの取り組みにも紆余曲折あり、失敗体験も少なくない。だが、理想を追い求めない限り、理想には近づけない。サッカーW杯に集まった世界各地の人々と接しながら、南の隣国とは別世界の社会があることを頼もしく感じた。
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