文豪のつぶやき

2008.07.17
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カテゴリ: 時代小説
「入るぞ」
 篠原は太子堂の戸を開けた。
「久しぶりだっや」
 そう声をかけたのは伊藤孫兵衛。腕枕で寝そべっている。
 篠原は囲炉裏の前にどかっと座った。
「尻が痛えすけ敷けえや」
 加藤が穏和そうな顔で筵座布団を差し出した。
「疲れたろう」
 そういうと、伊藤はやおら起き上がり茶碗を篠原に渡すと酒を注いだ。

「おめさんがた、さっき聞いたとおりだや」
 篠原が云った。
 伊藤はその茶碗にさらに、酒をついだ。
「大変なことになったのう」
 むろん五人とも先ほどの大広間の中に混じっていたので話は聞いている。
「殿さまがみまかったかや」
 加藤が涙ぐんで云った。
「加藤、いつまでも泣いてはおられん」
 篠原はしぼりだすような声で云った。
「わが藩存亡の時ぞ」
「江戸はどうじゃった」

 皆、一月に鳥羽伏見の戦いで幕府軍が敗れたことは知っている。
「先月、京の朝廷より徳川討伐の詔勅がくだった。江戸は大騒ぎだっや」
「徳川様に殉じるか、天朝様に恭順か」
 加藤が呟いた。
「時勢がかわった」

「天皇の時代が来たのだ。わが藩は一万石しかない。いかにうまく時流にのり、この三田をまもりぬくかが問題なのだ。長尾家を護り、民を護り、三田をまもらねばならぬ」
「篠原」
 伊藤は酔った眼で篠原を見据えると、
「それは、おめさんの仕事だ。おめさんのいうことはわかる。しかし、おめさんも知ってのとおり、長岡の河井先生がどうするかだ」





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最終更新日  2008.07.17 08:30:27
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