文豪のつぶやき

2008.07.17
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カテゴリ: 時代小説
一週間後、矢口秀春が戻ってきた。青木正和はその前日に戻っている。
 篠原は藩首脳を召集した。
顔ぶれは前回同様六人。
 ただ席順が変わった。
 篠原を中心に車座になっている。
「どうでした。米沢は」
 篠原が矢口に尋ねた。
「徳川様につくようじゃな。どうも米沢の本家には魂胆がある」
「魂胆とは」

 矢口は驚くべきことを云った。
「これを機会に上杉家を復興させようとしておる」
 上杉家は景勝の時、関が原の戦いで破れ百二十万石の大身から三十万石に減封された。
 しかも故国である越後から出され、米沢に移封された。
 無論、処罰したのは徳川幕府であったが三百年の長い歴史の中で徳川家に対する恨みは消え、上杉家復興だけが積年の思いとして残っている。
 もともとが、天下に名を馳せた大上杉である。
 あわよくばこの戦乱期に上杉家の版図と広げ、越後に戻りたいという旧い考えが米沢上杉の首脳部の頭にはある。
 なにを今更、と篠原は思った。
 米沢は中央から遠国で新しい情報が行き届いていない。そのため功なり名を遂げて、という三百年前の思想から抜け出ていないのであろう。
「それに藩の大勢は会津に同情的じゃ。奥羽越列藩同盟に組みするじゃろう」
 奥羽越列藩同盟とは朝敵となった会津、桑名両藩に同情的な親幕府系の東北、越後の諸藩の連合で、大藩である米沢、仙台藩が盟主となっている。

「新発田は官軍に従う様子じゃ。もうすでに、武器弾薬をそろえ官軍がいつきても差し出せるようになっておる」
「さても、どうしたものかな」
 青木が首をかしげた。
「いや、わが藩はあくまでも官軍に恭順でいきます」
 篠原はきっぱりと云った。

たむいております。徳川慶喜公もすでに上野の寛永寺で恭順しております。この先はどのようになっても日ならずして天朝様の時代は必ずやってきます。その時代に三田が乗り遅れぬようにしなければなりません。われわれはどのような事があっても三田を護り抜かねばなりませぬ。それがわれわれの使命です」
 皆一様に頷いた。





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最終更新日  2008.07.17 08:34:19
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