文豪のつぶやき

2008.07.17
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カテゴリ: 時代小説
「ところで」
 と矢口が云った。
「太子堂の連中はどうしました」
 篠原は額の汗を拭った。
「どうも、長岡藩の筆頭家老河井殿に殉じるということで」
「うぬ、それはどういう事か」
 押見は気が短い。かっとなって刀を掴むと立ち上がった。
「三田の恩顧を忘れ他藩に殉じるとは」
「まあ、お待ち下さい」

「長岡はまだ中立です。あの藩は河井殿の力で軍事力も強大になり、そのために自らの力を過信しております。うわさによると、官軍、会津双方につかず、独立独歩でゆくということです」
 篠原の話では、河井は小藩ながら強大な武力を背景にして長岡共和国を思案しているという。
「ううむ、独立国家か」
「そのため、太子堂組の面々は脱藩が考えられます」
「皆、河井殿の心酔者だすけにの」
「ともかく太子堂組のことはしばらくほおっておきましょう」
「しかし、篠原殿も同じく河井殿の薫陶をうけたであろうに」
「私は、武士である以前に、政治家ですから」
 と篠原は笑った。
(辛いであろうな)
 青木は心の中で思った。

(我らが今少ししっかりしておれば)
 それには、年をとりすぎている。おいぼれにはもうどうにもならないぐらい時代は急旋回している。青木らもまた、江戸時代の泰平のぬるま湯につかりすぎた。気がつくと、手足の隅々まで皺が伸びきりどうにもうごけなくなってしまっている。
(だからせめて)
 この若い首相が仕事のしやすいように老体の一命を賭してもやる所存でいる。それは、ここにいる他の幹部も同じ気持ちである。





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最終更新日  2008.07.17 08:35:12
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