文豪のつぶやき

2008.07.23
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カテゴリ: 時代小説
 七人は河井の陣所をたずねた。
 河井は片肌を脱ぎ、若党の松蔵に包帯をとり替えさせていた。
 側には植田、三間、山本など長岡藩首脳が座っている。
「どうですか、具合は」
 伊藤が心配そうに云った。
「なあに、引っ掻き傷さ」
 河井は笑った。が額からは脂汗が滲み出ている。心なしか顔も蒼ざめている。
(これは、相当ひどい)
 だれしもがそう思った。

「お歴々が揃って何用かな」
「河井殿、こうなった以上会津に行かれてはいかがですかな」
 七人の中では年長の色部がきりだした。
 色部は越後に踏ん張って官軍と対戦することに利がないことを説いた。
 植田など長岡藩の幹部たちも頷いている。
 大将が負傷し、長岡城が奪取された以上、大軍である官軍と少数の長岡軍が戦っても勝ち目はない。このうえは会津藩にゆき東北諸藩と合流し、一大決戦をしたほうがよい。
 河井は黙って聞いている、が色部がしゃべり終わると一言云った。
「長岡城を奪回する」
 皆、唖然とした。
「し、しかし」
 色部がなおもいいかけたが、河井が眼光鋭く睨むと押し黙った。

「おめさんら怖いのなら国へ帰れ」
 皆うつむいた、が伊藤だけは河井を見据えている。
 伊藤はこの件に関し、ずっと黙っていたがこの戦さはさがるべきでないと思っていた。
 伊藤はすでに死を決していた。
 かれの頭には勝敗はなかった。武士として華やかに死ぬことだけがあった。

「わしは河井先生に従う」
 そう一言云った。
 河井はからっと笑うと、
「いま少し、わたしに任せてくれんかの」
 と云った。
 皆もうなずいた。

 河井には思案がある。
 かれは人払いをして一人陣所に籠もった。
 やがて陣所から出てくると、主だった者を集めた。
「まず今町を奪回する」
 河井はそう宣言した。
 戦線が海べりの与板から山岳の菅峠にいたるまで延々十里近く拡大している。
 この中で長岡と信濃川をはさんだ今町だけが官軍の戦備がうすい。
 ここを衝けば必ず今町奪回はなる、と河井は云った。
 河井は今町攻略の策を言い渡した。
 今町攻略に際して牽制隊、主力隊、別働隊と軍を三隊にわける。
 牽制隊は山本帯刀が率い三条より山王を通り、本道を進む。
 別働隊は米沢藩の千坂太郎左衛門が米沢兵を率い大面口へ。
 そして主力軍は河井が自ら率い三条を出たのち二隊にわけ中立島口と安田口よりそれぞれ進む。
「六月一日を期してこの作戦を決行する」
 河井が云った。
 もとより皆に異存はない。

 決行の日がやってきた。
 特設隊のいる主力軍は丸山興野で官軍と遭遇、彼らは銃撃戦の後の白兵戦で再び奮迅の働きをした。
 河井は特設隊が敵を草を刈るように斬り倒してゆくさまを馬上で見ながら長岡藩士に、
「三田藩士に手柄をとられては三河以来の長岡藩士の名折れぞ」
 声高く叫んだ。
 長岡藩士も次々と戦塵のなかに入ってゆく。
 この奮闘により長岡軍は安田口に迫り、
さらに死闘四時間ののち安田口を落とし、夜になってついに今町を占領した。
 河井は今町の大竹邸に兵を集結させ、ここで勝利の勝鬨を上げた。
 皆、死闘を演じたためか返り血を浴びている。中でも凄まじいのが伊藤で、頭から足の先まで真っ赤に濡れている。
「まるで飯田神社の鬼神じゃねっかや」
 矢口が三田訛りで茶化した。
 三田にある飯田神社には鬼神が祀ってある。
「うおお」
 伊藤がおどけて刀を持ち仁王立ちになって鬼の真似をした。
「ひゃあこりゃこわい鬼じゃ」
 青木が頭をかかえて逃げるふりをした。
 皆、それを見て笑った。
(和んだようじゃな)
 河井がそれを見ながら思った。





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最終更新日  2008.07.23 20:19:07
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