文豪のつぶやき

2008.07.23
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カテゴリ: 時代小説
 一方、三田に宮下がようやっと戻ってきた。
 宮下は、三田へ帰ると藩主に拝謁した。
 幼い藩主は、
「激動の時期であるがよろしくたのむ」
 と頭を下げた。
 宮下は藩主の前から辞去すると篠原がすでに招集した首脳会議に出席した。
 そこで宮下は江戸の情勢を述べた。
「俺は五月十五日の官軍と彰義隊の戦いをこの目で見てきたよ。一千人の剣自慢の幕臣がたった一日で壊滅だぜ。官軍は間断なく砲弾を浴びせてさ。俺たちが子供の頃には考えられなかったことが今起きようとしているんだ。時代は確実に変わっている。それに」
 宮下は皆を見まわすと、

 出雲崎は三田藩の漁港である。
 一座にいる者はまだ実物の黒船は見たことはないが、例の嘉永の黒船騒ぎを知っている。宮下の話を聞きながら腹の中に鉛を呑み込んだような顔つきになった。
 宮下はさらに云った。
「何もかもが新しく変わってゆく。三田藩もそれに乗り遅れてはならない」
 宮下はふうとため息をつくと、
「俺は今まで槍の名人と云われてきたが、そんなものは糞の役にも立たない。それがよおくわかったよ」
 武でならした押見もぐうの音も出ず黙っている。
「宮下、そんなとこでいいだろう」
 篠原が云った。
「それより、宮下には当面内政をやってもらう」
 宮下は槍の名人でありながら経済に明るい。

「おめさんは」
 宮下が顔をむけた。
「私は官軍の交渉にあたる」
 篠原は顔を引き締めた。
 今までは外交、内政とも総指揮は篠原が執っていたが宮下が戻ってきたため篠原の負担は半減する。

「わかった」
 篠原は青木正和らの方を向くと、
「ではそういうことで宜しくお願い申します」
 と頭を下げた。
 三田藩の首脳は才はないが聡明であった。
 有能な者を上へ押し上げ、自らは手足となる。そして権能を有能者の排除としてではなく擁護として使った。
 無論皆に異存はない。
「宮下殿、わしらをすりこぎでするように使って下され」
 青木正和が代表して云った。





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最終更新日  2008.07.23 23:00:14
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