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こんにちは。ミキです。いろいろあって、バタバタしています。。。(笑)ここでシェアできるようになったら、また自分のことも書いていこうと思っています(*^_^*)女神性を書いていただいた画家の加藤和さま。ブログでも毎日作品を見せてくださっているのですが、最近シリーズで「AD/HDの取り扱い説明書」と題してご自身の体験を女神のメッセージと共に書いてくださっています。その中で、今日拝見した記事が、病院には行っていなくても自分でも考えたことのある内容だったので、ご紹介したくなりました。自分の感情を感じるということについて。よかったら、読んでみてくださいね。http://yaplog.jp/nagomu_kato/archive/883ありがとうございます。
2008年08月27日
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こんにちは。ミキです。関東に戻って久しぶりに友人の日記を見ていて、知らなかったことを教えてもらうことができました。内容をそのまま素直に読むと、大きな愛情を感じることができました。興味のある方だけ、どうぞ。そのままコピペさせていただきました。「玉音放送」の全文です。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ 抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス 然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス 加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル 而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ 斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ 朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク 且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ 惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス 爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル 然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス 朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ 若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム 宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ よく、解かんない~~汗 では、翻訳版をっwww ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み非常の措置をもって時局を収拾せんと欲しここに忠良なる爾(なんじ)臣民に告ぐ 朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対しその共同宣言を受諾する旨通告せしめたり そもそも帝国臣民の康寧を図り万邦共栄の楽をともにするは皇祖皇宗の遺範にして朕の拳々措(お)かざる所 先に米英二国に宣戦せるゆえんもまた実に帝国の自存と東亜の安定とを庶幾(しょき)するに出て他国の主権を排し領土を侵すか如きは固(もと)より朕が志にあらず 然るに交戦すでに四歳(しさい)を閲(けみ)し朕が陸海将兵の勇戦朕が百僚有司(ひゃくりょうゆうし)の励精朕が一億衆庶の奉公各ゝ最善を尽せるにかかわらず戦局必ずしも好転せず 世界の大勢また我に利あらず しかのみならず敵は新に残虐なる爆弾を使用してしきりに無辜を殺傷し惨害の及ぶ所真に測るべからざるに至る 而(しか)も尚交戦を継続せんか終(つい)に我が民族の滅亡を招来するのみならず延て人類の文明をも破却すべし 斯(かく)の如くんば朕何をもってか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊に謝せんや是れ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしむるに至れるゆえんなり 朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し遺憾の意を表せざるを得ず 帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ非命に斃(たお)れたる者及びその遺族に想を致せば五内(ごだい)為に裂く 且戦傷を負い災禍を蒙(こうむ)り家業を失いたる者の厚生に至りては朕の深く軫念(しんねん)する所なり おもうに今後帝国の受くべき苦難は固(もと)より尋常にあらず 爾臣民の衷情(ちゅうじょう)も朕よくこれを知る 然れども朕は時運の趨(おもむ)く所堪ヘ難きを堪ヘ忍び難きを忍びもって万世の為に太平を開かんと欲す 朕はここに国体を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠(せきせい)に信倚(しんい)し常に爾臣民と共に在り 若し夫(そ)れ情の激する所 濫に事端を滋(しげ)くし或は同胞排擠(はいせい)互に時局を乱(みだ)り為に大道を誤り信義を世界に失うが如きは朕最もこれを戒む 宜しく擧国一家子孫相伝ヘ確く神州の不滅を信じ任重くして道遠きを念い総力を将来の建設に傾け道義を篤くし志操(しそう)を鞏(かた)くし誓て国体の精華を発揚し世界の進運に後れざらんことを期すべし 爾臣民それ克(よ)く朕が意を体せよ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ///// ( ̄ー ̄; ヒヤリ ※意味(爆) ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ 私(昭和天皇)は、戦争の現況と日本の現状を深く考慮した結果、この戦争を収拾しようと思い、日本国民にお話します。 私は帝国政府により、アメリカ、イギリス、中国、ソビエトの四国に対し、その共同宣言(ポツダム宣言のコト)を受諾する旨を報告しました。 世界の平和及び、世界の国々の発展と共に、仲良く楽しんでいくことは日本の先祖達の残してきた伝統で、私もそうしてきたところであります。 先にアメリカ、イギリスに宣戦したのも、日本を守り東アジア全体の安定を願うためであり、他国の主権を犯し領土を侵略するようなことは、もとより私の意志ではありませんでした。 そして開戦後4年がたち、我が日本軍は勇敢に戦い、我が一億の国民も身を捧げ、各々最善を尽くしたのにもかかわらず戦局は決して好転せず、世界情勢も我々に有利にはなりませんでした。 敵は新たに残虐な爆弾(原子爆弾のコト)を使用してむやみに罪なき者を殺し、被害の及んだところは本当に計り知れません。 そしてなおも戦争を継続するならば、最後には日本民族の滅亡を招くのみならず、全人類の文明を破壊することになりかねません。 このようなことになったら、私は自分の子供のような国民と先祖達にどうあやまればいいのでしょう。このようなわけで、私が政府より共同宣言に応じることになりました。 私は連合軍と共に、終始東アジアの解放に協力してきた諸国に対し遺憾の意を表します。 戦地で死に、あるいは殉職し、災難ゆえ命を全うしなかった国民やその遺族のことを思うと身が張り裂けそうな思いです。 また、戦争でケガをしたり、家、仕事を失った者の保証については私の心を深く痛め、心配しているところです。 思うに、今後日本の受ける受難は尋常ではないでしょうし、日本国民の心の奥底で感じていることは私にもよくわかります。 しかし、私は時代のおもむくところ、堪え難きを堪えて、忍び難きを忍び、このようにして今後の永遠の平和をもたらしたいと思います。 私は、我が国を守り、私に忠実であったあなた達の真心を信頼し、常にあなた達と共にありました。 しかし、感情にかられて、みだりに事を荒立てて仲間を仲違いにさせ、互いに時局を乱して、こうして人の守るべき道を誤り、世界の信用を失ったことは私の非常に反省するところであります。 これらを我が国の子孫に伝えていき、日本は不滅であると信じ、今後の道のりは重く遠いけれど、全員の力を日本の将来の建設に傾け、道義を守り、固い信念を持ち、我が国を発展させ、世界の流れに遅れようにしていきましょう。 日本国民よ、この私の言葉をよく心にとどめて行動してください。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ これ、大事だなっ! 今の僕らにも。 とっても。。。 |* ̄Д ̄*||*-д-*||* ̄Д ̄*||*-д-*|ウンウン
2008年08月19日
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こんにちは。ミキです。久しぶりですが、覚書です。新しいチャレンジ。毎日が楽しい!ということを思い出せた記念に(^-^)人生の選択は、するか、しないか で出来る出来ないという問題ではない。その選択の基準は、それが楽しいかどうか。それを体現されている方とお話させていただく機会をいただいたことに、心から感謝です。ありがとうございます。やっぱり、やらないで後悔するよりやったほうが楽しいやん♪とも思うし(笑)久しぶりに、「ソウル・ナビゲーション」も読んで自分の現在地を見ることができたな☆生かして頂いて、ありがとうございます。「伊勢-白山道」もやっぱりとっても興味深いです。つか、私にとってはものすごく面白いです。今の時代ここに生きていられること、全ての出会いに、心からありがとうございます。
2008年08月11日
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こんにちわ。ミキです。自宅をサロンに、という野望を持って(笑)2DKの広さの部屋に引越し、人に見せられるように棚も用意したし、石も完成品のアクセサリーも少しずつ数を増やしてきていました。が、なんやかやと理由をつけて、見せられるようにはしていませんでした(爆)今日、来てくれた友人が「石を見せて」と言ってくれたおかげで、手元に有る石をやっと出してあげることが出来ました。出すのに使ったボードは、出張で持ち歩くのでそのままには出来ませんが、どこにどのように置くかを決めることができました。あとは、同じようなサイズのボードを用意してそこに載せてセットするだけ。やれば、すぐにできるしやっぱり気に入った石たちを持ってきているので見ているだけで嬉しい。そのこたちが、そのこが行くべき持ち主のところに帰っていく姿を見るのも、本当に嬉しい。それを、今日改めて思い出させてもらいました。ありがとうございます。つーことで、私が厳選したかわいい石たちをCafeでお見せできるようになりました。ペンダントやピアスになった子たちもお見せすることができます。この子達は今作ってるネットショップでも写真をお見せすることができますし、実物はCafeでお見せすることができます♪ショップ、もう完成って言ってもいいかな?とも思っているのですが、これの開店を宣言するのにも根性がいるなぁと思っているこの頃でした(自爆)本当にやりたいこと、やるって宣言するのには本当に勇気がいるなぁ。。。勇気の出しどころって、ほんとはこういう小さな一歩なのかもしれないなぁとも思うのでした。ありがとうございます。
2008年06月15日
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こんにちわ。ミキです。本館のほうに少々書きましたが、戸籍を取りに栃木県へ行ってきました。もしかしたら小さい頃行ったことがあるのかもしれませんが、覚えている記憶の範囲では始めての場所。行く途中の電車の中で、横浜から東京、埼玉、群馬と通り過ぎていく景色を見ていて、こうやっていろんなことを自分で経験するように用意していたんだなぁと思いました。自分のルーツを調べることは、いろいろなことを気づかせてくれます。生かしていただいていること。命と身体をつなげてきてくれた人が大勢いること。それはそのまま、どんなときでも独りきりではないということ。そして、その家系の持つ特徴を知ることは、生まれてくる時にここを選んだ理由を知ることができるということ。お役所に行って戸籍を調べるだけではそこまではわからないかもしれません。けれど、その一歩を踏み出したことで、次に何をするか、やりたいと思うことが出てくるものです。行動することがもたらしてくれる大きなギフトですね。役所の窓口で、できるだけ遡りたいとお願いすると、全部で3通の謄本を出していただくことができました。そこに書かれていた一番年長のご先祖様の生年月日は、江戸時代。その戸籍の作成は明治30年代と書いてあり、すでに全員苗字(名字?)もあって、戸籍作成時に不明だった部分は不明と書かれていたり空欄になっていたりしましたが、きちんと記録があるんですよね。ご先祖さまたちが、あの町でどんな人生を生きて今につないでくださったのか、とても興味が募ります。そうやって、次に何をしようかと考えて行動することも、一つの経験です。自分の人生の目的を調べるための一つのとても素敵なツールだとも思います。それにしても、日本に生まれてよかったなぁ、と思いました。歴史があって、記録があるということは、誰でも自分で調べられるということ。すごいことです。生かしていただいて、ありがとうございます。
2008年06月11日
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こんにちわ。ミキです。以前、あるセミナーに出席したときにトレーナーの方がおっしゃっていた中に「そこにいる自由を認める」というものがありました。自分がここにいること、成長していこうとしていることを選び行動するとき、周囲の人たちがいろいろな点で気にかかることが起こります。危険だと注意してくれる人たち、やめておきなさいと警告してくれる人たち、一緒に行きたいから、○○するまで待っていてと言ってくる人たち、置いていかないでと言う人たち、私はこちらにいるからどうぞ行ってくださいと言う人たち、何も言わずに見守ってくれる人たち、等々。自分が次へ行くと決めて行動を取り始めたとき、その人は誰でもそこから動こうとする最初の一人です。その周りに居る人たちがどんな状況であっても、その人たちがそこにいるのは自分と同様、そこに居ることを自身で選んだから。その選択を尊重することがとても大事だと教えてもらいました。私から見て困っているように見える人や悩んでいるように見える人には、出来るなら手助けをしたいと思ってしまいます。けれども、本当にその人が困っていたり悩んでいたりするのかどうかはその人ではない私には分からないこと。そして、その人でない私がその人のために何かを選んでしてあげることは基本的にできないのですよね。私にできることは、ただそこに居ること。そして話を聞くこと。その上で、自分自身であること。自分で選んだ道をただ行くこと。私が自分が今ここに居ることを選び、それを尊重しているのと同じように、人がそこに居る自由も尊重すること。大切な智恵を、惜しみなく分けてくださったセミナートレーナーの方とそのことを体験させてくれた私の分身たちに、心から感謝です。ありがとうございます。
2008年05月20日
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こんにちわ。ミキです。先日参加した与那嶺先生の「家系講座」。その時感じたことや思いをカタチにしたくて、いよいよ戸籍謄本を集め始めました。実は、少々時間が経っていたこともあって、忘れかけていたのです。それを、一緒に受講した友人がブログに素敵な日記を書いてくれて、思い出させていただいました。YUMIちゃん、ありがとうございます!さて、私自身の戸籍は、本籍地である実家の役所でもらうことができます。まずはそれを手に入れるべく、区役所へ自転車で行ってきました。今の戸籍謄本を手に入れ、その後もう一件謄本を貰いに別の区役所へ。私には父が二人居るためです。両方を見比べたとき、とても興味深いことに気づきました。きっと単純に法律が変わっただけなのでしょうか、今の戸籍謄本には、両親の出身地の住所は町名までしか記載がなかったのですが、古いほうの戸籍には番地まで記載があるのです。与那嶺先生がおっしゃっていたように、まずは血縁のあるほうから調べなさいということなんだろうなぁと思ったり(笑)三人の親はそれぞれ出身地は京都ではないので、京都で手に入れられる情報はここまでですが、それでも両親とその親の名前と住所を調べることができました。それだけで、私が今ここに存在させていただけるのは、この人たちが居たから。そのことに気づくことができました。私の命を授けてくれた父は、既に亡くなって30年も経つことに改めて気づいたとき、心からこの父と母と育ててくれた父に感謝の気持ちが自然にあふれて、思わず目頭が熱くなりました。学生のころ、母と大喧嘩したことがあって、「生んでくれと頼んだ覚えはない!」と言って母を泣かせたことのある私ですが、あれから随分と時間はかかったものの少なからず勉強し経験を積んで、今ここでいろんな体験をさせていただけるのも、こうやって生きていられることも、私につながるたくさんのご先祖さまたちが命をつないでくださったからだということを納得するが出来て、本当に私は今「生かして頂いているんだ」ということを知ることができました。本当に、生かして頂いてありがとうございます。
2008年05月19日
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こんにちわ。ミキです。以前にも書いたように思いますが、引越しして以来、ものすごく頻繁に確認が必要になったことがありました。「本当にやりたいことはなに?」ということです。私は、自分がやりたいと思ったことを自由にそのまま出来る環境を求めて動いてきました。それなのに、ずっとつきまとってきた「不自由さ」がありました。本当にやりたいことをやりたい、と。引越し以来、目の前に突きつけられる「本当にやりたいこと」は、気が付いてみたらとても単純なことでした。今、自分の目の前にある環境で、一番やりたいこと。今、自分が手にしている道具でできる一番やりたいこと。今、自分らしく生きるためにできる一番やりたいこと。今、自分と人が幸せに生きるためにできる一番やりたいこと。今、自分ができる、一番やりたいこと。基準は、全て自分の生き方(あり方)=自分の中心の声に正直であること。そして時間は全て「今」しかないこと。そうすると、そのとき何をする必要があっても、その行動はすべて「既に、本当にやりたいこと」であると思うのです。
2008年05月05日
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ひとは、みんな自分のこととして私を見ている。どんな風にその人のことを見ていたとしても。その人は私のことを想ってくれている。意識していようとしていなかろうと。私は、自分のことと同じように、ひとのことが好きです。いつもありがとうございます。
2008年04月19日
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こんにちわ。ミキです。マスターがよく話していたり書いていたりしてくれる中に、「ライフワークは職業ではない」ということがありました。このことは、たくさん自己啓発の本を読むようになってその中でも随分と哲学的(ある種宗教的)な部分のある本には読み返してみると書いてあることでもありました。以前、本当にやりたいと思って、趣味を仕事にしたことがある私は、ビジネス書などにもよく書かれていた、「好きなことを仕事にしなさい」という文句には、ひっかかりを感じたものです。それは、好きなことを好きなだけやることと、お金を貰うことをどうしても同じに考えられなかったからでもありました。営業・販売がものすごく苦手だったのです。その経験から、趣味は仕事にするもんじゃないと昔から言われていた事のほうが正しいじゃないかと決めていました。喜んでいただくことはとても嬉しいことです。ですが、そのお礼にこちらが金額をつけて請求するのはおかしいと信じていました。いろいろと勉強し、癒しを進め、好きなことだけをやるようになったとき、それまでは嫌らしさを感じていたある種の人の存在を納得できるようになり、それが対等で親切だという考え方に触れたとき、私の好きなことに値段をつけることがそれほどイヤでは無くなっていました。お金は多いほうが嬉しいということは変わらなくても、お金で計ろうとしていた何か別のものとお金とを分けることができ、お金が本当にただの便利なツールだと納得できたように思うのです。・・・お金の話になっちゃった(^-^;
2008年04月04日
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こんにちわ。ミキです。いわゆる自己啓発系の本を読んだり、セミナーに行き始めた頃よく言われたのを思い出すのが、「NOをきちんと伝えること」でした。昔から、そのあたりははっきりと言っていたと思っていたので聞いたときは大して気にも留めていなかったものでした。どちらかといえば、イヤなものはイヤだとはっきり伝えすぎて、怖がられていたことのほうが多かったようにも思います。けれど、本当にその意味が納得できた時、言っているつもりでも怖がられることを無意識が避けるようになっていたようで、本当に必要な場面できちんと伝えられるようになるには少々時間と体験が必要でした。別の言い方をしてかえって傷付けたり。あいまいにして後から気まずい思いをしたり。そんないろいろな体験をしたからこそ、本当に自分と相手のために正直にはっきりとNOを伝えることの重要性が理解できたのだと思います。大切な体験をさせてもらった全ての出来事と、あなたに。心からありがとうございます、と言える日は、実は今日なのかもしれませんね。
2008年04月01日
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こんにちわ。ミキです。「ステージが変わる」「ステージアップ」ということを聞いたり意識したりし始めた頃、それはとてもポジティブな明るく輝いたイメージを持っていたものでした。それが、ある時期から、後ろ髪を引かれたり、置いていかないでという圧力を感じたりするようになりました。今から思うと、それは、本当に実際行動して動いている証拠のような感覚で、そもそもステージが変わることにポジティブとかネガティブとかそんな判断は存在しないということが分かります。それでもその頃は、その強い力にくじけそうになったり、周りの人を置いていくことに強い恐怖や不安、寂しさを感じたり可哀想だと思ったりする時期を過ごしました。その時期、そんな不安定な状態を引っ張ってくれるのが自分のミッションやビジョンと呼ばれるものではないでしょうか。それが明確であればあるほど、私たちはその恐れや不安の本質と正直に中立に向き合うことが出来るように感じます。私はミッションやビジョンというものは、実は「探しに行く」ものではなく、「私は何のために生まれてきたのか」を思い出すだけのものだと思っています。そして本当のところ、それすら大きな意味はなく、ただ今ここに存在していること、そのことが大事なんだと思うようにもなりました。自分と人とがただ今ここに存在している。そのことが既に「愛」とか「まごころ」と言われるモノとつながり、それを表現しているということなのでしょう。そして、「私が存在する限り、世界が存在する」ということが永遠の命といわれてきたものなのかもしれません。
2008年03月13日
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こんにちわ。ミキです。世の中の全てのものは自分の鏡だと教わったことがあります。最初は、それを聞くと何か悪いことが起こるのは自分が悪いからだとよく思い込んでは落ち込んでいたりしたのですが、出来事に良い悪いという判断をしないようになると、さらに奥深いものが見えてくるようになりました。分かりやすく伝えるなら、どうしてもネガティブなことに焦点をあてるほうが伝わりやすいのかもしれないですが、そこにとらわれなくなると面白いくらいシンプルな法則が見えてくるようです。また、ネガティブなところから見ていくのが自分でも分かりやすいのでしょうね。一見ネガティブなことに見えても、本質は中立です。その出来事から何を見るかは実際とても中立に見ていく必要があります。中立に見続けたとき、その本質はとてもシンプルでそのままメッセージを伝えてくれていました。そして、全て自分の責任だと本当に納得した時、私以外の人は全て私の鏡で、その「私」の選択は「私」の自由だと腑に落ちてはじめて、私でないあなたの自由も私と同様に認めることが出来るのだと思いました。自分の選ぶ道は自分の選ぶ道。世界に満ちている全ての人が、どこかで違う選択をした自分だとしても、その選択はそのときの私の選択だと尊重することが出来た時。世の中の全ての人の選択の自由を尊重することが重要になるのだと納得したのでした。私の選ぶ道は私の責任において自由に選んで進んできました。あなたの道を私が何とかしようとすることは傲慢な思い上がりにすぎないのでしょう。知識を智恵に引き上げる学びをどうもありがとうございました。それぞれみんなが自分の道を行くことに敬意を持って接していきたいと心から思います。
2008年03月12日
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こんにちわ。ミキです。先日、いつもお世話になっているリラクゼーションサロンでとても興味深いものを拝見しました。これ↓です。イリュージョンスコープという名前の、置物。円盤型の台の上に、アクセサリーが乗っていたのです。何気なくそれをながめていて、それを手にとってみようとしたとき。不思議なことが起こりました。私たちが、目に見えているものだけは絶対で正しいと思っている、その「見えている」という事実を、本当にそれだけが絶対なのかを改めて問いかけてくれる、面白いおもちゃ。友人が楽天で買ったと教えてくれたので、ご紹介できて嬉しいです(^-^)うちにもありますので、興味のある方はどうぞ見にいらしてくださいね。疑ってみることすらしなかった、「見えている」という事実をひっくり返してみると、とても怖いのと同時に、ものすごく自由であるように感じたのは、きっと私だけではないでしょう。世界は本当に自分が見たいように見ているだけなのかもしれませんね。
2008年03月11日
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こんにちわ。ミキです。自分の大好きなことを実際にしはじめて、それを世の中に発表しはじめるとそのことはそれまでいたステージから次のステージへのステージアップをすることになると感じています。そのとき、私にはとても大きな恐怖がありました。実際に今のように好きなことだけをやっていこうと決め、その流れに乗って引越しを決めたわけですが。私には5歳以前の記憶がありません。なぜ5歳だとわかるかと言うと、一番古い記憶がそれを教えてくれるからです。私は5歳になる前に父を交通事故で亡くしました。そのお通夜の場面が私の一番古い記憶です。その時に決めたことは、とても鮮明に覚えています。小さな弟と、泣いている母を守ること。そして、大好きな男性は私を置いて行ってしまうんだということ。今でも、そのとき封印した大きな痛みを感じようとすると麻痺したような感覚も同時に上がってくることを意識できます。ここで重要なのは、そのとき私がどんな痛みを感じてそれを隠そうとどれほど大きな努力をしてきたか、ということだと思います。私はその痛みを隠すために、それ以前の記憶を消すというとてもパワフルな方法を使いました。そのおかげで、痛みは感じずに済みましたが、それまで自分が受けていたであろう大きな愛情も封印してしまって、感じられないようにしていたということに気がついたのは、随分とあとのことでした。そのことを癒してきて感じられるようになり、自分が愛されていたこと、愛と言う言葉が示してくれる大きな暖かいものを世界に見て取れるようになってきたとき、次のステージへ行く本当の勇気も持てたと思います。その時に私に本当に次へ行くということを決めさせてくれたのが、「置いていかれる恐怖」でした。その恐怖のあまり記憶を消したことのある私には、とてつもない恐怖でした。それは、5歳前の私の姿を持って現れました。世の中は鏡ですから、当然のことですね。実際には、5歳の子供が現れたわけではなく、それをそのように表現してくれる鏡役の人が現れた、というのが見た目には事実です。それでもそちらへ行くかどうかは、今の自分が決められる唯一のことです。行くと決めるのも行かないと決めるのも、別の選択肢を探すことを決めるのも選択権は常に私にあります。そのとき、その恐怖ときちんと向き合い、子供の私自身を癒してあげることができたとき、私は私として自分のミッションを生き、ビジョンを創り上げる道程にいるといえるのだと思います。そして、そのこと自体が人が生きている理由なのだと思うのです。
2008年03月10日
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こんにちわ。ミキです。以前、友人から、酷い仕打ちを受けたと感じた出来事がありました。その頃の私はそれがどうしても許せず、怒ったり悲しんだり嘆いたり、とあらゆるネガティブな感情の渦の中に自分を放り込み、それには気がつかずにいました。この感情の渦の強さには差があっても、これは無くならないんだなぁ、と思ったりもしたものですが(爆)実際、無くなってないし(自爆)マスターが伝えてくれた気付きの中にも、それでも、それを許す、というようなことがあったように思います。正確には、その出来事はその出来事、人は人、感情は感情、と区別してそれぞれきちんと味わう、というようなことだったと思っています。さて。その、どうしても許せない出来事を見せてくれた友人を許すことができるかどうか、そこがそのとき一番大きなポイントになるように感じることが多いと思います。感情的には、その人が「きちんと」謝ってくれれば気が済むかもしれない。けれど、そういうときに引き寄せられる謝罪は決して「きちんと」したものではないことのほうが多いのではないでしょうか?だとしたら、やっぱりそれは相手の問題ではなく、自分の中にある何か。怒りや悲しみを伴った出来事は、できれば見たくなかった何かを見せてくれているのかもしれない。そう思いつつ、鏡に映ったモノを見ようと努力しているうちに、あることに気がついて笑ってしまったことがありました。私たちは、経験するために生きているということを前提に考えたならば。私は、その渦巻いた感情をめいっぱい楽しんでいた、ということになります。あとは、選ぶのは私。その感情をめいっぱい味わって楽しんで、そして自分自身を許して進む。そして、それを見せてくれた鏡=友人は自分自身として既に許しているのだからそれに執着する必要は本当はないのかもしれません。
2008年03月09日
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こんにちわ。ミキです。以前、よく思ったり考えたりしていたことの一つに、「なぜこんなことになったのだろう?」というものがありました。5W1Hということを、中学生の頃英語の授業で学び、同じ言葉を就職してから社会人として重要なコミュニケーションのツールとして、改めて学ばせていただく機会がありました。それを学んだ最初の頃は、そうなんだ、という程度に聞いて、うまく自分が被害者として人に見てもらえるように話を組み立てるツールとして使ったように思え、今から思うと少々赤面モノです。人と接して、人の中で生きている私たちの重要なコミュニケーションのツールはやはり言葉だと思います。同じ言葉でも、使い方が違うと全く意味が通じなかったりもしますがそのことはまた改めて書きたいと思います。自分に対して使う、「WHY?」を意識してみてみると、以前は起こった出来事に対して使っていたように思いました。それに対して、「なぜ、自分はそれをしたかったのか?」を意識してみたとき、視点が随分と変わったことを思い出します。昔なら、後で後悔したり恥ずかしくなったりしてしまうような出来事や言動をとってしまった後で、そこから内観してみると随分と不思議な理屈を捏ねていた自分を見つけられたりして、妙な面白さがあったり。先日も、ある人に誉めていただいたことをどうしても人に話したくて話したい衝動を感じつつ、気にしないでいたことがありました。しばらくしてから、全然関係のないところでそのことを話している私自身を発見した時は、少々ビックリしました。その瞬間、それをすることで何を期待していたのかが見えて、昔なら落ち込んでいたよなぁ、と一人微笑んだりして。英語の文法だけでは勿体無い5W1H、ちょっと視点を変えて使ってみること、結構オススメです。
2008年03月06日
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こんにちわ。ミキです。明日から関西へ出張です。早起きしなきゃ、なのにどうしても書いておきたくてパソコンに向かいました(笑)以前にも書いたようにも思いますが、ものごとには順序があります。このことは、何かに限ったことではなくてどうやら全てのことに当てはまるようだとあるときから感じています。先日の引越しに伴って、年末からずっとあれこれいろいろなものを手放してきました。目に見えるものでいうなら、身のまわりにおいていたあれやこれやの「モノ」たち。絶対に要るものと要らないものに分けたり、手放したくないものとそうでないもの、二度と手に入らないものとすぐに入手可能なもの、すぐに使うものと使わないもの、よく使ってきたものと一度も使っていないもの、などなど。分けるための区別はいろいろありました。今、新しい場所で生活を始めて、そのとき付けた優先順位でよかったと思うものとあれは失敗だったと思うものとがありました。もういらない!と思ってしまったものが、実は手放してはいけないものだったりまだ手放す必要のないものだったり、それが判明するのは少し時間が経ってからでした。特に、大きな決断をしてものを手放す時には順序はかなり重要になると感じました。そして、もういらない!と投げ捨てるのではなく手元に居てくれたことに感謝しつつ、その感謝の輪が広がるように手放せた時、次のステージへ行ったときに手放した以上のものが手元に届けられるようになっているようです。読んでいただいて、ありがとうございます。明日からしばらく出張。京都に帰ってきます(*^_^*)
2008年02月19日
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こんにちわ。ミキです。大きな決断をして、初めての土地に引越しをしました。生まれて初めての関東の地。そこへ行くことが決まっていたかのようなあっという間の出来事でした。引越しが決まって以来、必ず聞かれた質問がありました。「どうして、そこへ?」他の選択肢がなかったわけではないし、ましてや私が大好きな京都を遠く離れて関東へ住まいを移すことは、自分でもびっくりな選択でした。実際に住みはじめ、自分の使命と幸せを考える時間を持てた時、やっと本質で分かっていた理由が頭で理解できる形になりました。表層意識では、理解出来ていなかったのです。それでも私はどうしても必要があるように感じて、直感のままに流れにのる選択をした結果が今回の引越しでした。ですが、私の潜在意識は既に分かっていたようで、納得したときにはちゃんと予定通りだということも分かったのです。以前の私では、理解の出来ないことではありましたが、それでもこの引越しには大きな必要性と重要性があることはわかっていました。それが、私の使命を自分らしく生きるために必要であるなら、そう行動しようと決めたこと。そして、その私を受け止め力付けてくれた仲間と師匠たち。彼らにも、説明には困りながらも、どうしてそうするのかを自分の分かっている範囲で答えていた私。周囲に居てくれる彼らときちんとコミュニケーションをとるためにも、分からないながらも感じていたお起きな流れのことを出来る限り伝え、協力を仰いだとき、私はとても大きな力に守られていることを感じたのでした。自分の行動ひとつひとつの理由を知り、それを分かち合うこと。一人で生きていけない私たちが自分の使命を生きるために必要な誠実さは、ここでも重要なんだと思ったのでした。この人生を一緒に生きてくださるみなさんに、心から感謝しています。ありがとうございます。
2008年02月16日
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こんにちわ。ミキです。先日、母と日展を見に美術館へ行ったときのこと。午前中いっぱいかけてゆっくりとたくさんの作品を拝見したあとで、お昼ごはんをどこで食べようか?ということになりました。母と出かけるときは、たいてい食事するところは決まっていて、四条烏丸ちかくの百貨店内かその近くのことが多いのです。その日、母は「いつもと違うところへ行こう」と言い出したので、ちょっと歩くけれどいい?と聞いてから、南禅寺まで湯豆腐を食べに行くことにしました。そのお店は、さすがに休日なだけあって、ものすごく待っている人の列が長かったのでそうそうに諦め、違うところで五穀米のご飯を選べるランチをいただいたのですが、そのお店は約一年ぶりに入ったお店で大勢で行った去年とはなぜか印象が違い、あまりゆっくり出来そうな雰囲気ではないように感じました。その後、少し買い物をしてお茶を飲もう!ということになったのですが、また母は「今まで行ってないところに行きたい」と言うのです。それで、私も以前友人に連れて行ってもらった美味しいコーヒーのお店に行ったのですが、そのお店はとても小さくて、10人も入れば満席状態。前もそうだったかもしれないけれど、喫煙も普通にされているお店でなんだか母はそわそわして見えました。なんだか居心地の悪そうな母を見つつ、タバコの煙を意識から外そうと少々の努力をしていた私は、コーヒーも味わいつつ、なぜか母とは美味しいコーヒーの話が出来ずに過ごしたのでした。結局、ぞくぞくと来店されるお客様と満席で入店をお断りされている店員さんの間の席に座っていたイメージの私たちは、早々とコーヒーをいただいて、出ることにしたのです。その後、帰宅する電車の中で、「居心地悪そうだったねぇ」と母に話しかけた私。母は、どんどんと来店されるお客さんとそれを断っていらっしゃる店員さんのやり取りが少し気になった程度だと教えてくれました。私は、あまり外出をしない母には面白くない体験だったのかな?と思っていました。実は、居心地が悪いと感じていたのは私自身だったと気がついたのは、少々時間が経ってからでした。以前からたくさんの人や本でも、全ては自分自身のことだと聞いていて知っていましたが、この居心地の悪そうな感じも実は母に投影しているだけでそれを感じているのは私自身だということを思い出させてくれた一件でした。全て自分自身のこと。本当にそうだなぁと感じるこの頃でした。
2007年12月24日
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こんにちわ。ミキです。どうしても、うまくいかないことが起こったとき。表面はネガティブな感情を感じているけれど、深い無意識の底の部分ではどうでしょう?とマスターによく言われました。表面で、なんともそんなふうにならなくても、と思うようなことでさえ、深いところで本人は楽しんでいるのだとしたら。と書こうとしたら、先日読んだ引き寄せの法則のことを思い出しました。感情は、ナビゲーションシステムだ、と。そうやって、いろんな感情を楽しむことがこの世界の一番の楽しみなのだとしたらそうやって、ネガティブな感情を感じられるように、自分の使命をそう簡単には進められないようにセットするだろうな、と思ったのでした。としたら、やっぱり深いところでは自分が楽しんでいるのね。それを理解したら、引き寄せの法則に則って自分の使命をドラマティックでなく淡々と生きていく人生も、あれやこれやの感情の波を感じられるドラマティックな山あり谷あり人生も、どちらを選ぶのかは今ここの私次第なのでしょうね。夜、引越しの報告に実家へ行って母と話しているときに、お互いに丸くなったねぇと顔を見合わせて笑ったのでした。ドラマをドラマと感じながら、どっぷりはまりこむのではなく、アカデミー賞女優ばりに感情を入れながら、どこかでそれを客観的に楽しむ人生。私の学びは、母から受け継いだ使命とも繋がっていたようです。そんなことも感じた時間でした。タイトルとなんだか関係なくなったような気もしますが、このタイトルから思いついて書いたので、よしとします(^。^/)ウフッなんというか、バランスというようなことを思っていたのですが、結局は全ては自分、なんですね~
2007年12月19日
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こんにちわ。ミキです。週末、関東へ行ってきました。いろいろとご報告したいことがたくさんあるので、順に本館に書いていこうと思っています(*^_^*)流れに乗る、ということを教えてもらったのは、いつが最初だったか多分「聖なる予言」を読んだのが最初だったかな?と思います。最近出逢う人や物事がまさにそのことを見せてくれていたようで、意識してはいましたが、同時に流れにのってしまう怖さも感じている自分がいたことも意識していました。ある友人には、流れに乗ることで、何が怖いの?と聞かれたりもしたのですが(笑)確かに、きちんと見ていけば何も悪いことは起こったりしないことも知っているのです。それでも上がってくる恐怖や恐れ。これは常に変化しないでいたいという人の安定を求める基本的な欲求がなせる業だと聞いたこともありますが、以前体験した記憶していない恐怖感を再体験させないようにという自衛本能でもあるそうです。それを見ないフリをしていても、私が行きたい次のステップへはいけない。そのためには、それを癒す作業をしながら行動する必要があるんだ、と再確認させてもらった数日でした。癒しだけしていても行動しなければ次へはいけませんよね。そして、行動には常に楽しみと恐れがセットだと聞いたことがあります。その少々の恐れを感じることそのものが、楽しみでもあると。せっかくの人生、冒険は未開のジャングルや沈船、荒れ果てたお城の中にだけあるわけではないようです。楽しく過ごしましょうv(=∩_∩=)そして、私は今までの人生でかなり大きな冒険に踏み出すことを決めたのでした(*^_^*)
2007年12月18日
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こんにちわ。ミキです。以前、ある友人の姿を見ていて、とてもうらやましくあこがれた時期がありました。また、別の友人を見て、どうしてそうなんだろう?と考え込んだ時期もありました。※どちらも大切な友人であることに違いは有りませんでした※いろんな本を読んだりセミナーに参加したりして学び、気がついたことの一つに全ての人は自分の鏡だというものがあります。欲しいと思う姿を持った友人と、あまり見たくない自分を移してくれる友人の両方が目の前に現れたとき、ふと気づいたことがありました。二人とも、鏡であり、私が引寄せたことに違いは無い。だとしたら、どんなメッセージがあるんだろう?と考えてみたのです。あれやこれやと思い当たることはたくさん出てきました。そして、最後に、理想の姿を見せてくれている友人を振り返ったとき、「どっちでもいい」という状態に自分が居なかったことを見つけました。随分と軽やかになってきてはいましたが、まだまだドラマ大好きだったようです。それを自覚した時、私に出来ることが一つありました。そのままドラマを楽しむか、「どっちでもいい」の軽さを楽しむか。どっちを選んでも、この人生はそのものがご褒美なのかもしれないと思うと本当に「どっちでもいい」と思えたのが嬉しかったです。なげやりな「どっちでもいい」とは違います。本当に自由に選ぶことを決めた時初めて口に出来る強さを持ったコトバ。軽やかに、「どっちでもいい」と言える人であることを選んでもいいよね。そう思った出来事でした。
2007年12月13日
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こんにちわ。ミキです。週末、マスターの天才性コースの京都の最終回がありました。本館に少々書きましたが、初日のセッションは私にとって大きな癒しとなりました。もちろん、2日目もとても大きな学びの機会でした。マスターと参加してくださったみなさんに、心からありがとうございます。そして、その場に居なくても、繋がっている友人たちに、心からありがとう!さて。癒しの内容は、細かいことは忘れてしまいましたが(自爆)自分自身がここに書いてきたように、手放すことと受け取ること、物事に順序があること、癒しが必要なことがあること、を書いてきて分かっているつもりだったことを改めて目の前に示してもらった感じです。引寄せの法則の強力さも(笑)それぞれの出来事について、あれこれと判断しているのは私自身でした。それは今までの人生を創り上げてくるために、必要な方法でした。これから必要なものは、今までとは少々変るようです。今まで無事ここまで来れたことに感謝しながら、手放すツールは手放して次のステップに必要なものを受け取る。それは、良いとか悪いとかいう種類のものではないのでしょうね。
2007年12月11日
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こんにちわ。ミキです。先月後半から、ずっと探していた来年の手帳をやっと購入しました。今年使っていたものが使いやすくて同じシリーズが無いか探していたのです。残念ながら、今年は同じものは出ていないようで、別のものにするかそれとも同ラインのものにするか、しばらく悩んでいたのですが。仕入に芦屋まで行ったついでに、梅田で途中下車して紀伊国屋へ。そこで、あれこれ見ているうちに、今使っているものよりひと回り小さくてそれでいて書き込みしやすそうなものに出会いました。探したかいがあったわ~v(=∩_∩=)できれば、月齢なども書いてあると嬉しかったのですが、それはミチルさんのカレンダーに任せることにして、内容はシンプル。でも月間と週間スケジュールが分かれていて、時間管理のしやすい縦時間の週間スケジュール(verticalというんですねー)。この縦時間のスケジュール帳がなかなか無くて、探しました。ビジネス手帳系のものだと、朝8時から夜の9時ごろまでしか時間軸もスペースも無いのが多くて、今使っているように朝6時から夜0時まであって、しかも自由書き込み欄もばっちりあるタイプは本当に見当たらなかったのです。今回来年用に購入した手帳、週間スケジュールの時間軸がなんと真っ白。欄の三分の一づつくらいのあたりに、12時と18時だけポイントのように書かれているので、かなり自由です。いっそのこと、自分で作るか?!と思っていた私が考えていたのもラインは入れずに時間だけのつもりでしたから、願ったり♪でした(*^_^*)今年のより小さいのに、ペンホルダーは着いてるのよね♪良いのが見つかって、嬉しい(^-^)手帳は、自分が使いやすいのが一番です。以前は、高いシステム手帳を買おうと思っていた時期もありましたが、使いこなすことを考えたら、やっぱり自分がその手帳をどう使いたいのかを最初に考えて選ぶのがよいと思ったのでした。良い手帳、手に入れて来年も自分の夢とビジョンを現実化しましょう♪
2007年12月05日
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こんにちわ。ミキです。今日は、少々不規則になってきた生活時間を取り戻そうと、さらに不規則な時間にあれこれしております(^_^;)おやつに、最近近くに出来たパン屋さんのフランスパンをトーストして母が作ってくれたラズベリージャムを載せて食べたり(*^_^*)これがとっても美味しくて、以前母に売り出したら~?と言ってみたことがあるのですが、母はそっけなく、却下。曰く、売るほど作るのは面倒くさい とのことでした(笑)趣味で作るにしては、私と違ってきちんとラズベリーとお砂糖の量を測って丁寧にアクを掬いながら作る母のジャムはとっても美味しくて、ご近所でも評判が高いそう。人にあげなかったときに、私のところにまわって来てくれるので有ったらラッキー♪なメニューで、お茶菓子として出したいなと思ってます。このジャムのように、自分で作ることも出来るけれども母が作ったほうが美味しくてしかも私の時間がかからない!そんなモノを売り出すことを想像するのも楽しいのです。母に却下されたときは少々凹みました(笑)お金の蛇口の一つになるのにな~と。でも、母の言い分も分かるので、楽しく出来ないことはお互いしないことに。そして、ジャムをいっぱい載せたパンをかじりながら、これをカフェのお茶菓子で限定メニューにすればいいじゃない♪と思いついたのは、楽しい想像でした。一人で出来ることは一人でやってみることが出来るし、誰かの協力が必要なものは、まず出来そうなことはどんなことがあるのかを考えてみる。それから、協力を仰いでもいいだろうし、別の手段でもっと楽しそうなことを思いつくかもしれない。そう思うと、まず最初の一歩は本当に一人で出来る小さなことから始めるのがセオリーで、セオリーには意味があるんだということを学んだのを思い出した美味しい時間でした。女性限定なら、今の私の部屋でも少人数のお茶会は出来るかな?ご希望があれば、お茶会開催しようかな~(^-^)まずは、部屋片付けからですね~(笑)
2007年12月04日
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こんにちわ。ミキです。よくマスターに言われたことの一つに、「手放さないと新しいことははじめられないよ」というのがありました。このところずっと流行のお掃除風水などもその一つだと思うのですが実際に、手にペンを持った状態で自分の状態を観察してみると自分がどれくらい無茶なことをしようとしていたのかがわかって赤面してしまうことがありました。両手にペンを持ったまま、ケーキを取ろうとしたって、ムリ。お行儀悪く口を持っていく方法も無くはありませんが(笑)そんなことをしても、美味しくケーキを食べることはできませんよね。先日、友人が関東へ引越しして行ったのですが、聞くところによるとその友人はなんと段ボール箱8個で引越ししていったそう。私の部屋を見渡してみると、どうしたって本だけでそれくらい越えてしまいそうです(笑)本を処分することは考えてはいませんが、ついつい使うかも、と思って置いてあるチラシやプリントや期限の切れた優待券や。。。流れに乗って優雅に次へ行こうと思うのなら、ある程度の身軽さは必要なんだなと改めて思ったのでした。新しいものを手に入れる前に、今までつかんで話さなかった何かを手放す必要がある。このことは、何か一つのことに限ったことでは無いのでしょうね。
2007年12月03日
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こんにちわ。ミキです。先日読んだ漫画に出てきたシーンがとても印象的で、真理だなぁと思ったのでシェアしますね。超一流である自分を自分でいさせるために妥協はしない。セリフの細かい言い回しは忘れてしまいましたが、その人がその人であるために、という台詞がとても深いところで私自身のあり方を問われているように感じたのでした。私が私らしくあるために、必要な努力は妥協しない。この覚悟があるかないかが、その人生の質を決めるように思います。そして、改めて自分自身を振り返ってみると、今の自分とこれからの自分に必要なものの中身が見えてくるように思うのでした。
2007年12月02日
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こんにちわ。ミキです。やることが決まっていて、それをどんどんとやっていく人を見ていたり才能のある人がその道を究めていく姿を見ていて、嬉しかったり楽しかったり応援したり、だけではない私の中の暗い部分を発見した時。これは、嫉妬だ。そう見極めるまで、見ないフリをしてきた期間がありました。小さい時から、そういう人にあこがれてもいたのです。小さい時から、大きくなったら○○になる!と言ってその道へ進む人や小学校に入る前から才能を開いてその道のプロになる人、子どもの頃からの夢を実現していく人。。。あこがれているのと同時に嫉妬していたことに気がついたとき、凹むと同時にかなりほっとしたのも思い出せます。私自身は、どうしても出来ないことは早々に諦めるくちで(笑)そうでないものは適当にある程度できてしまうのでした。小学生のうちから、「私は広く浅く生きるんだ」とか言ってたりしましたし(笑)うらやましいと思うものは実は自分が持っているからだ、と教えてもらってそれが腑に落ちた時、私自身がうらやましく思っていたいくつかのことがどうしてそうだったのか、わかってくるようになりました。自分のミッションと関係していたから、のようです。そのことが分かってくると、このくらーいボコボコもやもやした気分(笑)を握り締めて逃がさないようにしていた自分の姿を笑えるようにもなってきました。だからと言って、今も全部その感情を感じないかということはありません。ただ、それを楽しんでいる自分を客観的に見れるようになる時間が早くなったように思います。この感覚さえも実は楽しいのだとしたら、本当に楽しんでやろうじゃないの。あぁ、人生って本当に楽しいわ(自爆)何かをやることで表現する人生を選んで来ている人と、その場所を提供したり整えたりすることを目的に生きる人生を選んで来ている人と、そのほかにも、生まれてくる目的はその人それぞれで違っているもの。自分は、ここで何をすることを決めてきたのかを知って、そう動き始めた時、使命を生きる喜びが人生の楽しみに追加されるのでしょうね。それに気がつく前と気がついた後では、同じ嫉妬も少々違ってくる、ように思ったりしたものでした(^。^/)ウフッ
2007年12月01日
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こんにちわ。ミキです。このブログも、書き始めて一ヶ月が経ちました(^-^)どんどん忘れていってるような気がして、覚えているうちに書いておこうと思ったのがきっかけですが、私自身が先を歩いてくれていた人たちのお話をうかがうことでここまで来れたので、これを読んでくださった方の何かちょっとしたきっかけになっていれば嬉しいです。やりたいことを探し始めた時、よく陥った状態がありました。何もしたくない!という状態です。もともと自分で言うのもなんですが、結構頑張りやさんでムリをして頑張った分だけ反動も大きく、何もする気にならない日々が続く、という期間が長かったりしました。ある人のように、数ヶ月寝込んだ、ということはありませんでしたがそれに近い状態は思い当たることしばしば。会社員として働いていた期間の長い私は、平日ずっと家に帰らないくらい外で遊んだりしたあと、必ず週末は自分の部屋に篭って、誰とも口も聞かないという日を過ごしたり、とても頑張って資格を取って働いて、心身ともに疲れ果てて仕事を辞めることになってしまって太ってしまって何もする気が起きないために筋肉も落ちてしまって、まるでおばあさんのように小さい歩幅で背中を丸めてちょこちょことしか歩けなくなったり、痩せようとストレスを掛けたら強すぎてさらに体調を悪くして休みの日は外に出られなくなったり。。。自分の本当にやりたいことや、ビジョン・ミッションについて考える暇もないくらい闇雲に頑張っては疲れ果てて、を繰り返してきました。そんな時の私は、いつもイライラしている状態で、その頃の友人で今も付き合いのある数少ない人には、よくからかわれるのですが本当にどうしたらいいのか分からなくて、でも何かやらなきゃいけないということだけ分かっていて、あせっていました。イライラのスパイラルはとっても巧妙にできていて、焦りはじめるともう全てのことにイライラし始めるように出来ているかのよう。どこかで切らなきゃ、と思えば思うだけ、深みにはまっていくような気もして。これをどう扱ったらいいか教えてもらって体感するまでは、ずっとそこでのた打ち回っていました。今から思えば、それさえも今の私を作るために自分でセットしたシナリオだったと分かるのですが(笑)
2007年11月30日
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こんにちわ。ミキです。「ザ・シークレット」を読んでから、引き寄せている自分自身を観察することが楽しくなってきています。面白いことに、これを見始めると、今までやってきたパターン化した自分の行動も見直して笑えてくることが出てきます。引き寄せの法則については、さらに分かりやすく説明してくれている本があると友人に教えてもらいました。ずばり、「引き寄せの法則」です。物理的というか、科学的に知りたいけれど文系なの、という人には、前から紹介している「幸運を呼ぶサイエンス」もオススメ。さて。以前から私がよく落ちるトコロがありました。「どうせ私は・・・」というやつです(笑)そう思っているから、そう思える状況をずーっとずーっと引き寄せてきたわけです(自爆)やってもらえないから、自分で何とかしようとしたり。誰も私のことを見てくれないから見てみて~と騒いでみたり。宝地図を見て苦しくなった話を書いたように思いますが、まさにその通りのことを自分で仕向けているわけですね。まぁ、ブログのパーツをいじったり、アフィリエイトリンクを探したりするのも楽しいしブログが賑やかになって面白いので、これはこれでいいのですが。○○○、私のことは書いてくれないし。とか○○、私のやつはやってくれないし。とかずーっとずーっと思ってた私自身がそれを引き寄せてるんだから、大爆笑です。手相を定期健診してもらっている、悦月さんにも、自分であれこれやろうとしないで本当に好きなことだけやってなさいって言われたことがありました。えっちゃんの本→「手相を書いて幸運をつかむ!」さぁて。モノ作りをしているとき、私は本当にそれに没頭していて、ほとんど他のことを考えていません。というか、考え事を始めると必ずストップがかかるのです。乾燥体を落としてしまったり、ヤスリがけをしていて折ってしまったり(´ー`)┌フッそれに集中すること。好きなことをすることは、私にとって禅と同じような効果があるのです。そしてそれはきっと、みんなそうなんだろうなと思うのでした。
2007年11月29日
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こんにちわ。ミキです。先日の本館の日記にも書きましたが、「ザ・シークレット」を読みました。映像も、見ていたのですが、小さい画面で早いスピードの字幕より格段に情報量も多くて、しかも映像の人の顔やしぐさを思い出せて、とても楽しかったです。この法則を知っていようと知らずにいようと、私たちは今までもこれからもいつもこの法則によって人生を連ねてきたんだなぁ。いいことはいいことを、あまり嬉しくないことすらその出来事を本当に自分で引き寄せてきたんだ、と思い出しつつ。そしてそして、探すから探す必要のあるものごとを引き寄せる、ということ。心の底から、実感させてもらうことのできた一冊でした。私たちの毎日は、この法則に則っているんだと実感できたとき、本当に手に入れたいものを引き寄せるために必要なものが何なのかを自分自身で体感できるんだと思います。そして私たちは、そうやって全ての出来事を自分自身で体感するためにこの世界に存在しているんだなぁと思うのでした。だから、知識だけではなく、体感が必要なんですね。
2007年11月28日
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こんにちわ。ミキです。引き寄せの法則。最近流行りでもありますが、この法則を知っているのと知らずにいるのとでは随分と言動に差ができるんじゃないかな?と思います。知らないままでも、それを使えるなら何も問題はないのですが(^-^;法則のしくみは知らなくても、この法則が使えることを知っていると自分のミッションやビジョンを現実化していくときに気持ちが違うように感じたのでした。よく、宝地図を作るといいとか、イメージトレーニングをするとかリストを作るとかいろんな成功哲学の教えがありますが、引き寄せの法則の存在を知ったとき、その全てがここに理由があるんだと理解することができました。実は、随分以前に一度宝地図を作ったことがあるのですが、いくつかは確かに実現したのですが、なぜか息苦しさを感じてある時、大掃除をしたのと一緒にはずしてしまったことがありました。その当時の私の中では、実現したものは嬉しいけれど、実現しないものについて「やっぱりこれはムリじゃないか」と感じ続けて、それを見ていたのです。引き寄せの法則を思い出したら、何を引き寄せていたのか一目瞭然ですよね。そのことについてだけは、実現しない現実を引き寄せるように行動していたのです。私自身は、どうやら自分で書いたイラストや自分がそこに居る写真でないと、ビジュアル化したものよりも文字の方がイメージを作りやすくて引き寄せやすいようですが、そんな傾向もやってみて初めて分かったことです。人のことは分かりやすいところも多いものですが、自分のことはどうしても人からの意見さえ聞きにくいものです。やってみて、自分で知識を体験にしていくこと。このことは結構重要なポイントのようです。
2007年11月27日
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こんにちわ。ミキです。新しいことを始めたいと思ったり、次のステップへ行く時なんだとわかっていても何故か足を踏み出せないときがありました。数年前までの私は、本当に何かしたいのだけれど何をしたらいいのか見つからないし興味のあることが出てきても何故か手を出せないというようなジリジリした時間をかなり長く過ごしていました。銀粘土と出逢う前は特にそんな時間も多かったように思います。かなり、イライラと毎日を過ごしていました。ヒーリング、という単語は意味は知っていましたが、ヒーラーというお仕事には実はかなり否定的な目を向けていました。占いと同じで、あまりアテになるものではないだろう、と(^-^;本物のヒーラーと出逢うようになって、随分と見方は変わりました。必要な癒しは、さっさとしてあげたほうが次へすっと進めるのだと思うように。私たちは、数え上げたらキリが無いくらい、たくさんのトラウマや因縁をもっていますから、全部を癒そうとしたら、一生かけても足りないくらいの時間がかかってしまいます。そもそも、生まれる前のトラウマから生まれる瞬間のトラウマに育つ過程でのトラウマ。。。それの存在に目を向けたときには、全部解消しようなんてムリじゃない?時間足りないし、と以前から思っていたりして(笑)だから、そんなものは必要ないと思っていました。それを持っているからこそ、今の私が居るわけですから。でも、どうしても癒すことが必要なものもあるんだということを知ったとき、自分で出来ないことに人の助けを求めるのは恥ずかしくもみっともなくもないと教えてくれたカウンセラーさんとの出会いとそこでの体験が、私の考えを方向転換させてくれました。何もかも全て癒そうとする必要はないけれど、癒したほうがよいものもあるし、癒す必要があるものもあるようです。その見極めも、本物のヒーラーの方には分かるよう。本当は、自分でも分かると思うのですが、ドラマをずっと楽しんできた自分の表層意識では、なかなか区別したがらないものだよな、とも思ったりして(笑)
2007年11月22日
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こんにちわ。ミキです。小さい頃から、私はどちらかというと家の中に居て一人で遊ぶ子供でした。。。かというと、実はそうではなくて小学校の中学年あたりまでは外で走り回って遊ぶ子供でした。小学校入ったあたりから、手芸にも興味を持ち母に編み物や刺繍を教えてもらったりしはじめてもいました。外に出て遊ばなくなったきっかけは、ほんの些細なものでした。思い出したら、面白いくらいですがそれが私にとって楔となって大きくなってからも外に出ることを億劫がるクセがついたようです。小学3年生か4年生くらいのころ。家の近くの路上で、弟と弟の友人達と私とでごっこ遊びをしていました。そこに通りかかった母が言いました。「お姉ちゃんそんなに大きくなってまだそんなこと(遊び)して(笑)」どんなごっこ遊びをしていたのかもしっかり覚えている辺り、私もかなり執念深く恨みを持っていたのでしょうか(自爆)それが一つのきっかけとなって、私は家の中で一人で出来る遊びをするようになりました。もともと本を読むことも、ビーズや編み物をするのも好きだったから、母から観れば、それほど違和感はなかったのかもしれないと思います。そんなことをふと思い出して癒してやると、大人の今の私にも、子供だった小さい私にもギフトだったことを知らせてくれる何かがおこるのでした。必要な癒しは受けることで痛みがギフトだったことを知らせてくれます。才能のブロックほど、大きな痛みや傷がそうだったのかと。自分で癒せるならそれもいいですし、本物のヒーラーの力を借りて癒していくと、次のステップへ昇るスピードを上げることもできて楽しい(*^_^*)何事もそうですが、メンターや師、ヒーラーやカウンセラーという使命を生きている本物との出会いは、自分だけでなく自分のまわりにいる使命を持った人全ての必然で、そして宝物なんだなぁと思うのでした。
2007年11月21日
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こんにちわ。ミキです。いろいろな本やセミナーで言われることの一つに、まず好きなことを始めるというものがありますよね。その、好きなことが何かを見極めるために、あれこれと習ってみたり本を読んでみたり人に聞いてみたりとしてきたなかから、面白いことに気がついたことがありました。実はそれも、マスターをはじめいろんな方や本から、教えてもらっていたことでもあったのですが(笑)先日行った、銀粘土体験教室でもやっぱりそうなんだと改めて確信させてもらいました(^-^)3人の初めて銀粘土を体験する友人たちを見ていて、それぞれに一番楽しんでいるポイントが少しずつ違うのです。よくマスターがセミナーやブログで、車や時計などをピカピカに磨き上げるのが好きだと言っていましたが、私が一番好きなポイントも、そこではないのでした。銀粘土で作品を作りあげることは大好きです。そして、その中にもとても好きなこととそうではないところがあること。このことは私にとって大きな衝撃でした。全工程を一人で絶対にやらなければならないと何の疑いも無く信じていたのですから。そこに気がついてから、本当のチームというものもどういうものなのか感じられるようになったと思います。それまでは、自分では出来ないことだけを人にお願いするためにチームでやるとよいと教わったように思っていたのでした。本当のチームは、それぞれが好きなことをして、みんなで一つの作品を創り上げる。その作品は、目に見えて手にとれるモノかもしれないし、もしかしたらそこに参加した全員の織り成す、世界と自分自身なのかもしれないなぁと思ったりするのでした(*^_^*)
2007年11月20日
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こんにちわ。ミキです。最初に聞いたのはいつだったか、はっきりと覚えていないのですがいろんな本や人から聞いていて、マスターも何度も伝えてくれていた「お金の流れ」について、本当に聞いたとおりなんだと理解するのにはなかなか時間が必要でした。それくらい、知識は持っていても実感として体感するまでは自分のものにならないんだなぁと改めて思います。お金に限らず、知識と智恵もそういう関係だと腑に落ちるのにも、少々時間を使いました(笑)お金のブロックは、誰にとっても大きなものだと思います。私自身、両親から引き継いだものやその両親から引き継いだもの、住んでいたところから身につけたものや働き始めて身につけたものまでいろいろと抱え込んでいました。本や人が伝えてくれた、お金の流れについても知識。それは、「支払えば入ってくる」というものでした。これには本当にやられました(笑)だって、支払う先はなんでもいいわけではないのですから。普通にサラリーマンをしていた頃、その知識を持っていなかった私は使いたいものの分を貯金してそれを買ってまた次の買い物のために貯金するというお金の流れを持っていました。使い道のないお金は、貯める事はできませんでした。その使い道は、遊びか持ち物限定(自爆)旅行のためにお金を貯めて、旅費とお小遣いで全部使って。。。σ(^◇^;)この知識を智恵のレベルにまで落とし込んで身につけるには、私にとっては少々チャレンジが必要でした。本当に良いもの、良いと感じる、必要なものから先にお金を使うこと。このことも、いろんな方から教えてもらっていましたが、実際にそれをしてみて始めて本当にお金の流れはそうなっているんだと感じることが出来ました。よく考えてみれば、このところ流行の「お掃除で開運」というのも掃除をすることでまず先に持っているものを外へ出すんですからお金だって一緒ですよね。お金の場合は、持ち物よりさらに純粋にエネルギーに近い気もするし。。お金のブロックを外す練習は、実はそれほど難しくないのかもしれません(^-^)
2007年11月19日
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こんにちわ。ミキです。週末、マスターの天才性コースのため、東京へ行ってきました。たくさんの人の天才性の片鱗や表現を拝見できて、とても楽しい週末でした。ご一緒できたみなさん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします(*^_^*)自分のやりたいことをやり始め、少しずつ自分の感情とのつながりも取り戻し始めた私に、どんどん素敵な出会いが現れ始めました。以前は、実は少々苦手な方でもあったりした方が、本当はとても素直で柔軟でしかも可愛らしさを併せ持った大人の女性だったことがわかったり。少し年上の彼女も、そのお一人でした。あるとき、何気ないおしゃべりの中で言葉の選び方の提案を受けた彼女が即座に「ごめんなさい、ありがとうございます」とおっしゃるのを聞いたのでした。しっかりと自分の意見を持っている彼女がそう素直に受け取られた姿を見た私はそれまでその人のことを少々苦手だと思っていたことを、恥ずかしく思ったのでした。とっても素敵な大人の女性であり、素直で可愛らしさも持ち合わせた彼女のそんな姿は、私にとってとても嬉しくありがたい理想の姿でした。何をやりたいのかも分からず世の中を拗ねて自分の中に閉じこもっていた頃には決して出逢うことのできなかった、素敵な出会い。それがどんどんと加速する楽しさは、あの頃は想像も出来ないものでした。全ての出会いに心から感謝できる今の自分にも嬉しさを感じるのでした(*^_^*)
2007年11月18日
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こんにちわ。ミキです。いろいろと体験してみたなかから、続けることを選んだ銀粘土と天然石のアクセサリー製作、これがそこへ繋がるとは、始めた時には思いもしませんでした。いろいろな本やセミナーのおかげで、まず「好きなことを始める」ことが出来たからだと思っています。そういう意味でも、本やセミナー、メンターや師と呼ばれる人、全ての出会いは必然で、しかも順序があるのだと思います。図書館に書いたことですが、菅さんの新刊「プリズムの瞳」を読んで、このシリーズに私が感じていたことを自覚することができました。ここに出てくるロボットの素直で愚直なまでの使命の遂行、ここに、私の感情はひっかかっていたようです。それくらい、【使命】とか【存在意義】という言葉に、ネガティブなレッテルをたくさん貼っていたという感じでしょうか(^-^;私がその言葉を意識するようになったのがいつ頃だったのか、実ははっきりとは覚えていません。覚えていることは、かなり小さい頃、私の記憶があるのが5歳からなのですが、小学校に入る頃には、理由の分からない焦りのような、何かしなくてはならないような気がしていました。それを探すことも、本をたくさん読むきっかけだったのかもしれません。小学校の六年生あたりから中学生にかけては、占いにもはまりました。何をしたらいいのか、探し始めた最初だったのでしょうか。それでも、私は学生時代をかけて知識を得ることを主な目的に動いていたように今思い出します。社会人になって、読む本の種類は少々変化しました。知識と同時に何か大きな目的を感じさせてくれる本や、それについての本を読むようになったのでした。そうそう、高校生の頃には、生きている理由も目的も何も無いじゃないかと思って人生を途中で降りることもマジメに考えたりしていました(笑)ものすごーくマジメに「自殺学入門」も読みましたね。結局、どんな死に方もあまり美しくないし、何よりもひっそりと死にたいのに絶対に人に迷惑を掛けることがわかって、老死か病死するまで生きることにしたのですが(爆)学生時代にそこまで行ったからこそかもしれませんが、もしかしたら生きていることには何か意味があるのかもしれない、とか、生きていること自体に意味があるのかもしれないと徐々に思えるようにもなってきたのは、社会人になってからでした。そもそも、1999年より先の未来があるとは思ってなかったし(爆笑)2000年問題は、パソコンのことよりずっと一人で悩んだものでした_(^^;)ツ アハハ
2007年11月15日
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こんにちわ。ミキです。何かをやりはじめるとき、それが続くか続かないかを先に考えるのもよくやることでした。本館にも書いたように、銀粘土教室はたくさんありますが、行った先の先生の方針がとても私に合ったこともあり、続けられそうに思ったのもありますし、事実珍しく(笑)続けられた「習い事」でした。習い事は、続かれるかどうかは始めるときに重要なポイントだと思っていました。教室の場所や曜日・時間に金額、先生や他の生徒との関係などなど。。。一人で自宅でできるのが利点の通信講座は、それこそそれを一人でやり続けるかどうかが結構大きなネックとなって、やり始める決心をしたものだけを申し込んだつもりでしたが、それすら途中でやらなくなったり。。。どうして続くものと続かないものがあるのか、ずっと不思議でしたが最近わかってきたことがあります。何をやるにしろ、教室や通信講座、我流に関わらず、とにかくやってみないことには、続くかどうかはわからない!ということです。私は貯金が苦手なサラリーマンでしたから、あまり大きな金額の講座はどうしても躊躇してしまうこともしばしばありました。セミナーもそうですが、もし可能なら、体験感覚で参加できる金額のものにまず参加してみてから決めるという手順を踏めたこと、これは私にとってとても気が楽になる方法だったと思います。そこに参加してから、実際の教室へ通うことを決めたり、セミナーの参加を決めたり。真剣に自分の人生と向き合い始めたとき、私たちの前にはとてもたくさんの情報があることに気がついたのですが、その中から自分に合うものを選んでいく必要がありますよね。そんな場合に、実際に一部を体験してみることで、自分に合うものを選びそうやって選んできたものの中から、やりたいことを続け、続けないものを選んでいく。続けるのも続けないのも、実際は自分で選ぶわけですが、そうゆうステップを踏んだことは、私にとって「続かない、本心では好きではないこと」を選り分ける一つの方法だったと思います。もちろん、出来ることなら何もかも全部経験してみたいという気持ちもあるのですが(笑)
2007年11月14日
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こんにちわ。ミキです。今から思えば、次のステップへ行くための出会いだった銀粘土と体験教室。これに出合って、アクセサリーを作り始めました、めでたしめでたし。・・・とは、行っていません実は(笑)というよりも、今までもこれからもそうだと思うことでもあるのですが、何をして何をしないのか、どれを選ぶのか選ばないのかは、常に私たち自身の選択するものなんですよね~。私は銀粘土教室へ行き始めてからも、それ以外のものをずっと探してきました。手芸関係、工芸関係はもちろん、旅行してみたり本を読んでみたりセミナーに参加したりヒーリングやカウンセリング、占いを受けたり。その中から、さらにいくつかのものを自分で出来るようになろうと、勉強を始めたり、コースに参加したりしなかったり。その中には、今思えば?なものもありましたが、その経験は今の私になるために必要なものだったと思いますし、やろうといろいろ調べて断念したものや、今も探している途中のものもあります。そして、大事なことは、それを選んでいるのが私だと気がついたこと。この気付きはあるセミナーへ行ったことで得られた学びの積み重ねでした。知識として知ってはいても、自分のものになるためには、積み重ねと経験が必要でした。選んでいるのは私自身だし、選ぶのも私自身。自分がやることも、人から教えてもらったことも、人の依頼も、やるかどうかやるならどうやるか、全て私の選択です。そして、その選択はただ自分が選んだというだけのことで、それに良いとか悪いとか意味づけする必要もないことなんですよね。以前良く悩んだことの一つですが、自分で選んだなら何をしてもよいのか、というのがありましたが、実際のところは、それを表現するかしないかを選ぶという選択もあるし、当然自分の中の正義と信念に照らし合わせて選ぶわけですから、社会的な善悪の存在とは別の問題ですよね。それも、本当はみんな知っていることなのに、世の中は悩むようにできているのかなぁと思ったものです(笑)
2007年11月13日
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こんにちわ。ミキです。週末、素敵な人たちと神在月の出雲大社へ行ってきました。そちらのことを本館に書いたので、よろしかったら覘きに来てくださいね。本当に素敵な旅行でした~(*^.^*)エヘッさて、銀粘土と出会って一年、いろいろと考え続けた私が見つけた、近くでの体験教室。それだけ近いと、教室へ通うのが、、、とかいうような理由はつけられないので(笑)伺うことを決めるまでにはやっぱりいろいろと考え続けて一年経っていました。それでも、一年広告を出し続けられた先方のおかげで、ついに体験教室を申し込み。どきどきしながら行ってみて、とてもよかったのでした。慣れない粘土の扱いを教えてもらえるだけでもとても嬉しいことでしたが何より良かったのが、その先生の方針で、私の作りたいものを作らせていただけたこと。これは、本当に良かったです。飽きることなく、作りたいものを先生と相談しつつ、作る方法を教えていただいたり一緒に考えたりして、自分らしい作りたいものを作ることを教えてもらえたのですから。教室や通信講座は、申し込んでもついついお休み勝ちになること、ありませんか?私はそれまでいくつかの通信講座を申し込んだり、教室へ行ったりしましたが三ヶ月以上続くことはありませんでした。唯一半年ほど続けられたのが、エレクトーン教室。これは、最初の三ヶ月は、自分の弾きたい曲を自分で選んで弾かせてもらえたから。後半の三ヶ月は、グループレッスンになったので、アンサンブルもあって自分だけではすまなくなって、辞めてしまいました。自分の弾きたい曲でないものを練習するのはどうしても気が進まなかったし(^-^;資格を取ろうと申し込んだ簿記講座は、届いた教材の一冊目を数ページ読んで、一度も答案を出すことなく終了させてしまいました。なぜだか、ものすごく面倒くさくなったのです。そんないくつもの経験から、最初は一回お試しで出来るものがいいと思いました。そして見つけた体験教室。その先生の方針を、その時に随分詳しく聞きだして、帰る頃にはスクールに申し込みしようと考えていました。スクールも、少しずつ続けるにはちょうど嬉しい金額と回数の設定だったのです。というか、とても自由で相談に応じていただける教室でした。そうして、月に二回ずつ教室へ通うようになり、少しずつ、でも作りたいものを形にしていく楽しさを味わいました。そこから、次のステップへゆっくりと進んでいることに気がついたのはいくつか人のために作ったあとのことでした。
2007年11月12日
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こんにちわ。ミキです。銀粘土作家の方が、百貨店で手芸用品展に出店されていたことでその方とお話できたことが、私に銀粘土という素材との出会いをもたらしてくれました。その方は、京都市内で教室もされていて、ちらしをいただいて帰宅しました。そして、すぐにそこへ電話して体験したかというと、そうは行きませんでした(笑)良いように言えば慎重だったのですが、まぁ決心がつかなかったのです。ちょっとやってはみたかったけれど、粘土はあまり触った経験も遊んだ記憶も無く、立体造形は苦手だと信じていたからです。その百貨店に行った時は、ちょうど年始のバーゲン時期でした。体験教室のちらしを大事に手帳に挟んだまま、いろいろと理由をつけてそこへ行かなかったわけですが、住んでいたマンションに毎週投函される無料の地域情報誌に、ある広告が出ているのを見つけたのはそのすぐ後でした。当時大阪に住んでいた私は、京都市内まで通うのも大変だよなぁと思っていたので近所に教室を見つけ、しかも体験教室が半日で定額で開催されているという広告をその後一年間ずっと見続け、やっとそこに電話をしたのが次の年のお正月明けでした(笑)一年間、その教室が広告を出し続けているのを見て、行って見ようと思ったのでした。その一年間は、もちろんそれまでと同じように、他の情報もいろいろと集めたり手芸用品店に行ってみたり、ビーズのキットを買って作ってみたり、絵手紙に挑戦してみようと準備してみたり、パッチワークをしてみようかとハギレを集めたり、、、相変わらずこれ、と何かに絞ることもできずにイライラと日々を過ごしていました。たくさんの本を読んだり、自己啓発セミナーに参加したりし始めていた私は、なかなか自分の進む道を見つけることができずに、好きなことも見つからず頭の中だけであれはこうだ、これはああだと思い悩みながら、何も行動をせずただ焦りと苛立ちを持ち続けていたのでした。もちろん、その当時の自分としてはやりたいと思っていることを一生懸命にやっていると思っていました。実際には、頭の中で考えていたばかりで行動はしていなかったことを今では分かります。今から思うと、本当にイライラと過ごした日々でしたね。アノ頃から付き合いがある人は、今回りにほとんど居ませんが、その頃を知っている人はよくあの当時の私とずっと付き合う気になったなぁと我ながら感心してしまいます(爆)おかげさまで、今があるわけですね。ありがとうございます(*^.^*)エヘッ本当に。
2007年11月09日
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こんにちわ。ミキです。好きなことを見つけて、やってみる。そう決めて、私は手芸用品展で、銀粘土作家の方と出会うことができました。出逢うことはできましたが、やり始めるまでにはまだ時間が必要でしたが、とにかく出逢うことができました。こうやって出逢うために私がやったことは、それほど大きなものではありませんでした。何をやったか。百貨店で開催されていた、手芸用品展に行っただけです。私がこの時求めていたものは、正直に言って、決まっていませんでした。ただ、編み棒と毛糸でも買おうか、それとも刺繍枠が手ごろな値段で手に入らないかな?というような感じで、会場に入ったのでした。それ以前も、「好きなことをやってみる」ということを決めて以来、どれをやろうか、何をしようかと考えてはいましたが、実際に何かを決めてやりはじめるところまでは行っていませんでした。それでも、好きなことの周りをうろうろしてみるということだけをし始めたのです。簡単なビーズのキットを買ってリングを作ってみたり。パッチワークのキルト芯と布を何故かまだ持っていたのを見つけたり。本屋さんで、手芸関係の本を立ち読みしたり。通信講座の案内を集めたり。そしてもう一つが、手芸用品店に行ったり、というもの。マスターが以前ブログに、何かを始める時、まずは指が動かせることを確かめることから始めるというようなことを書いたように思いますが、本当にそのレベルから私も始めていました。実際、何かをいきなり始めるのはとても怖かったので、その周りをうろついたり自分に出来る範囲のことから始めるしかなかったのですが、それが良かったようです。そして、そこから新しい素材との出会いが私を次へと進ませてくれました。
2007年11月08日
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こんにちわ。ミキです。ソースとの出会いなどがきっかけで、好きなことを見つける作業を始めた私ですがここで実は、ちょっと困ったことも起こったのでした。割合早く、小さい頃(と言っても小学生の頃から中学・高校にかけて)の好きだったことは思い出せたのですが、実は、社会人になってからというものそれはもうやらないでおこう、と決めたことだったのです。なので、編み物の道具も、ビーズも刺繍糸も刺繍枠も、何も手元には残していなかったのです。これを決めたのも私自身ですから、理由もはっきりと覚えていました。視力を守るため、です。小学6年生のときに、急に近視になってメガネをかけて以来、私の視力は下がる一方で、高校生の頃には、両目とも0.03程度となっていました。短大で、染物やいろいろな刺繍、縫い物も和裁・洋裁など、それまで知らなかった手仕事を知り、やってみたい手工芸の幅は、さらに広がっていました。社会人になって、時間も無くなったこともありましたが、仕事をしていくために視力をこれ以上落とさないためにも、手元の細かい作業はやらないでおこうと決め、引越しの時に、持っていた編み針も編み棒も、刺繍糸も刺繍枠も、ビーズも何もかも、人に譲ってしまったのでした。そんな状態でしたから、またそれをやろうと思っても、視力の落ちる恐怖もあるし道具をそろえなきゃならないし、どうやって、視力を守りつつそれをやろう?と思うと、やっぱりそれは出来ないなぁ、と諦めたり。それでも何故か、編み物くらいならやっても大丈夫かなぁ?とか、縫い物なら大丈夫かも?と根拠の無い理由を並べつつ、数ヵ月後、母と買い物に行った百貨店で、手芸用品展を開催しているのを見つけ、つい覘きに行ったのでした。そして、これが私にとって、大きな出会いとなりました。
2007年11月06日
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こんにちわ。ミキです。私が銀粘土に出会うまでのお話の続きです。短大を卒業してからしばらくの私は、やってみたい「お仕事」をずっと探して転職を繰り返していました。一番長く居た職場が、3年強。短いところで一年半ほど。最初の就職先が、企業の開発研究室で実験助手をし、趣味で始めたスクーバダイビングのインストラクターになり、販売や一般事務も経験しました。そして、「趣味を仕事にする辛さ」を感じたり、ハードな時差出勤に体調を崩したり、ストレスで太った直後に激痩せしたりしていました。興味を持ってやってみたいと思った仕事をして、そんな状態でしたから学生時代に好きだったことからは、随分と遠ざかっていました。そんなときにマスターに紹介された一冊の本「ソース」を読み、セルフスタディキットを購入してやりかけ(今も、キットは途中のまま~(^-^;)それが自分が好きだったこと、時間を忘れてやっていたことを思い出すきっかけとなりました。前後して(たぶん、ソースのキットをやり始めた後だったと思います。)参加したこれも先日書いたマスターに紹介された自己啓発セミナーでの学びもあって、小学生や中学生の頃、大好きで時間を忘れて没頭していたことをいくつかもう一度やり始めたのでした。それが、編み物やビーズといった手作業や、お菓子作りでした。
2007年11月05日
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こんにちわ。ミキです。最初に、銀粘土と出逢うまでのことを書いて行こうと思います。ちょうど、5~6年前くらいのことだったと思います。いろいろとやりたいことを探して転職を繰り返し、これをずっとやっていきたいと思っていたお仕事もうまくいかずに、派遣登録をして紹介されたお仕事を始めた頃でした。ちょうど年齢的にも、一つの節目を迎えつつありました。どちらが先だったか、よく覚えていないのですが、お仕事の関係で海外へ出張した前後に、ある一冊の本と、自己啓発セミナーを紹介されました。紹介してくれたのは、同じお仕事の関係で1~2年前に知り合った、マスター。今から思うと、あのお仕事をしたのも、それまでの私には思いつきもしなかったたくさんの人との付き合いや学び、そしてマスターとの出会いのためだったのかもしれないなぁと思ったりします。蛇足ですが、小さな子供の苦手だった私は、マスターのところの3歳の女の子だけは何故か一緒に遊べるようになり、子供への苦手意識を改善してどうして苦手なのかを深く考えてみるきっかけを貰いました(*^_^*)全てのことには、意味があるんだということを、今思えばこの頃から意識させてもらえるようになったと思います。
2007年11月01日
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こんにちわ。ミキです。cafe angeroses 別館へようこそ。ここでは、私の今までの経験と学び、気付きについて書いていきます。今朝突然思いついて、今までも書いたらいいかも~とは思っていた内容ですが、別ブログで書こうとは思っておらず、ちょこちょことあちこちの日記に書いていました。それが今朝は、思いついたことはその場でやっておこう、と思い、タイトルやトップの文章などを考えていたら、お昼すぎにまた急に時間ができ、このブログを開けることができました(*^_^*)今までも、やろうやろうとしていて出来なかったりしなかったことはいろいろありますが、これもタイミングのようです。どうしてすぐにやろうと思って出来たのか、にも、裏話が出てきて面白いのですがその辺も、追い追い書いていくと思います。本館、メインサイト、図書館ともども、どうぞよろしくお願いします(^-^)
2007年10月31日
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