January 17, 2008
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こんな記事を見つけた。

「赤い張り紙」贈り主だれ? 阪神大震災13年後に判明
元記事:asahi.com
http://www.asahi.com/kansai/sumai/news/OSK200801120007.html

『 阪神大震災で、語り継がれた「なぞ」があった。電話がつながらず、行政機能もまひした当時、各地の避難所などでひときわ目立ち、被災者と家族や友人を結んだ赤い枠の伝言メモだ。誰がこの用紙を用意したのか分からないままだったが、震災から13年を前に、研究者が「広告マンのアイデアだった」と明らかにした。近く日本災害情報学会の会報で公表する。』


この記事によると、博報堂の方が17日の当日に発案して予算を取り、5日後に60万部をそれぞれの役所などに届けたそうで。企業PRには使いたくなかったので社名は伏せたままで。


オレがあの時に得たものの中で一番大きなものは、人は信頼していいんだという実感・経験だった。究極に困ったとき、それは地震直後でしたけど、そこには勇気ある人しかいなかった。

ひとりでも助けなきゃって言う空気だけがそこにあった。

空気ですよ。空気。

でも、あの空気をリードしてたのは、今思えば、当時4~50歳くらいのおっさんたちだったなぁ。

年輪を重ねるごとに命の大切さってわかって来るんだよねぇ。


もっとも、少し余裕が出てくると、喪失感と失望感からこの空気はうすくなって、むしろ外から来たボランティアの人のほうがそうだった。^^;

あの避難所からにじみ出ていた無力感も忘れられない。


なんか、この地震直後の空気と、それからしばらくしてからの空気と、どちらも正常時では味わえない感覚が、オレの今の人や社会に対する価値観の基礎になってきたように思う。

もう一つは継続していくことについてあらためて注目したことかな。
街が壊れるという、全く想定外の事態。
そして街は元通りには戻らなかったという現実。

それが人に不安定をもたらしたということ。
変化と適応の限界と言うか。


あの時点で止まってしまっているものがあるような気がしてならない。

ノスタルジーとはもう戻ることが出来ないという喪失感の現われだというけど、それを奇貨としたいと思うのは変化への拒絶反応なのかな。
なんていってしまえば、それこそ思考停止だ。

変わっていいこと。
また、その速度。
できれば変わらない方がいいこと。
仕方がないときの許容範囲。

単純には、生きてこそとなるのだろうけど。
できれば、よりよく生きたいし、
楽したいし、気持ちよくありたいし。







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Last updated  January 17, 2008 12:14:40 PM コメント(2) | コメントを書く


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