《櫻井ジャーナル》

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2010.12.15
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 コソボでは武器、麻薬、そして臓器の密売が横行している。こうした取り引きで稼いでいる犯罪グループのトップがハシム・サチ首相だとする報告書を欧州会議が発表した。こうした取り引きが行われていたことを「西側諸国」、とくにアメリカは熟知していたはずだが、そうしたことには目をつぶってきた。

 言うまでもなく、コソボはユーゴスラビアの一部だったわけだが、1991年12月にソ連が消滅する約半年前から国は解体されていく。つまり、1991年6月にスロベニアとクロアチアが、9月にはマケドニアが、翌年の3月にはボスニア・ヘルツェゴビナが相次いで独立を宣言、4月にはセルビアとモンテネグロがユーゴスラビア連邦共和国を結成した。そのモンテネグロも2006年に独立を宣言、そしてコソボが2008年2月にセルビアからの独立を宣言した。

 こうしたユーゴスラビアの解体で中心的役割を果たしたのがアメリカのジョセフ・ディオガーディ下院議員やミラ・ラディエボリッチ・バラッタ。バラッタはロバート・ドール元上院議員の側近だった人物で、ディオガーディとドールは緊密な関係にあった。

 解体作業が進んでいた頃、ドール議員の周辺には非公式顧問としてリチャード・パール、ポール・ウォルフォウィッツ、ジーン・カークパトリックといった親イスラエル派のネオコン(新保守)の大物がいた。要するに、親イスラエル勢力はコソボ独立を後押ししていたわけだ。

 コソボの独立を主張するアルバニア系住民は武装集団KLA(UCK、コソボ解放軍)を組織、サチもKLAの中核メンバーだった。西側メディアはKLAを「善玉」として描いてきが、その資金源が麻薬だということは早い段階から指摘されていた。アフガニスタンから流れてきたヘロインをヨーロッパに密輸、その当時、ヨーロッパに持ち込まれていたヘロインの約40%がコソボを通過していたとされている。

 KLAは麻薬以外にも扱っていたものがある。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷の元検察官が著書の中で明らかにしているが、コソボ紛争中にKLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたのだ。

 サチの前に首相を務めていたアギム・チェクはKLAの最高指揮官だったが、クロアチアの出身。クロアチアでは1995年からは「民族浄化」を目的とする「嵐作戦」が展開され、10万人とも20万人とも言われるセルビア人が追い出された。その際に虐殺事件も起こしているのだが、この嵐作戦で中心的な役割を果たしたとされる人物のひとりがチェクだったとされている。

 そうした中、1999年3月にNATO軍はユーゴスラビアを先制攻撃、5月には中国大使館が爆撃されて3名が死亡している。勿論、これを「誤爆」だと考えることはできない。そこに中国の大使館があることは熟知していたはずで、4月の時点でNATOは同大使館を攻撃禁止目標から外していた。にもかかわらず、攻撃されたのである。





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最終更新日  2010.12.15 14:48:45


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