2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全20件 (20件中 1-20件目)
1
中国製の冷凍餃子に毒性の強い殺虫剤が混入していて、被害者が出たため、メーカーが商品の回収を始めた。もちろん、そんなずさんな製造をする工場は、悪い。たいした検査をせずに市場に流通させたり、被害を知ってもすぐに公表しなかったメーカーも、悪い。そして、もちろんもちろん、被害に遭われた方には、一刻も早い回復をお祈りするばかりだ。でも。私達も、もういい加減、自分達の生活を見直してもいいんじゃないかと、今回の餃子事件の報道を見聞きして、思った。私達は、雪印の食中毒事件やミートホープ、赤福等々、食品業者の偽造や事故隠しが発覚するたびに、「裏切られた」「安心できない」と、怒る。でも、私達は今、あまりにメーカーが製造する食品に頼りすぎている気がする。食品メーカーや食材輸入会社、外食産業がなければ、その日1日の食事にも困るような。また、珍味や高級食材のお取り寄せだの産地直送だの、飛行機やトラックなどの高速輸送を使わないと成り立たない食のスタイルが、まるでセレブの証しのようにもてはやされている。先日もTVでは、どこぞの大臣が、「必要のないものは造らない。必要なものは造る」などと言いながら、各地の港と最寄の高速道路ICを直結させる道路の建設を強引に(と見えた)推し進めようとしている様を報じていた。トラック輸送に携わる人達は、「そんな道路は意味がない」と言っていたが、この道路、誰にとって必要なのだろう。万一、大臣の言う通り便が良くなったとして、お取り寄せを増長させるだけのように思える。私は懐古主義ではない。家事で楽をしたいとも思う。だが、いかんせん今の日本の食スタイルには行き過ぎた感を否めない。なるべく自分の身の回りで採れたものを使い、なるべく自分の手で作って食べるそういう、何と言うのか、自分の足で歩いて回れる範囲での生活というものでよしとする精神が、もう必要なんじゃないかなぁ。食の安全うんぬんという前に、それがヒトとして自然な暮らしだ、と思う。それに、みんながそういう生活をしていくことも、自然のふるいとなって、私達に不必要なものばかり売ろうとする企業や業者は、どんどん淘汰されるし、ちょうどいいのではないか。それに、そうなってくると、私達自身も、自分の近くの農場や畑の人達に収穫物を分けてもらわなくてはならない。すると、自然にコミュニケーションの輪が広がり、人間らしいつきあいがもたらされるように思うのだが。今の日本で、淘汰される企業が出るのは、失業者の問題もあるし、即実現即スッキリとは、もちろんならないだろう。でも、「今の生活から、中国製を排除するのは難しいよね~」なんてひと言で終わらせず、みんなが勇気をもって“必要ないもの、危険なものが自然消滅する生活”に変えないと、日本はもう、どんどんダメになっていってしまうんじゃないかなぁ。特に都市部から。正直、何でも手作りというのは、面倒くさい。でも、私も、自分ができそうなことを、行なっていこう。今回の事件の報道で、そう思ったのだった。
2008.01.31
コメント(4)
ある人が、飲食店経営で成功した。そのおかげで、各地から招かれ、講演活動をするようになった。最近になってその人は、飲食店の経営をやめ、講演活動一本に絞ろうかと考えるようになったそうだ。周りの人達は、お店をやめてはいけない、と引き止めているらしいが……。ダンナにこの話を聞いて、その経営者を私は知っているわけではないが、やめちゃダメだろうに~と、思った。王道から逸れていると感じたので。近頃、私はつくづくと、人にはそれぞれ王道というものがあると、感じているのだ。それは、サラリーマンとか魚屋さん、といった職業を指すのではない。主婦や母親というような、立場を指すのでもない。持って生まれた生きる目的とでも言えばいいか。その人をその人たらしめる、日々実現していること――というのか。たとえば、件の経営者にしても、お店が成功したのには、単にオシャレだの安いだの旨いだのという、表面的なことだけではない理由があったと思う。それも自分本位ではなく、客や従業員としてその人に関わる他の人が「楽しい」とか「幸せ」と感じる何かが。経営者は、お店という空間や料理というマテリアルを通して、自分しか提供できない「快」「幸福感」を、他の人に提供していたのだと思う。だから店は流行ったんだし、それこそが彼の王道、という風に、私は思うのだ。むろん、しょせんは一面識のない人だし、転身転職することで王道を歩き出す人もいる(ウチのダンナみたいに)。逆に、王道に沿った職に就いているにも関わらず、ちょっとやり方に工夫がないばかりに、なかなかうまくいかない、という人もあるだろうし。いずれにせよ、私がとやかく言うことじゃないんだけど、勘違いしちゃいかんよなぁという戒めは、ちょうだいした。私自身、今は自分の王道を歩いている実感はあるけど、いつどこで、欲をかくかわからない。用心に越したことはない
2008.01.28
コメント(4)
お昼、ダンナが私達家族みんなをコメダ珈琲に連れて行ってくれた。私のお目当ては、もちろんシロノワールであるよ。シロノワールは、直径20センチほどの丸いデニッシュを温めたものの中央に、バニラソフトクリームをてんこ盛りにしたもの。メイプルシロップも付いてくる。おいしかったよ~ランチとしてはちょっと軽めでござったが、デザートとしてはボリューム満点何人かでデザートにシェアしたら、ちょうどいいかな。ダンナ、ごちそ~さまでした~
2008.01.27
コメント(0)
午前中、双子の次男&三男(小2)をラグビー体験スクールに連れて行った。送ってすぐに帰るつもりが、何やかやで結局、最後まで見学今回は、元日本代表のサントリー・元吉和中氏が、ゲストコーチとして指導してくれた。メリハリの利いた上手な指導で、子ども達が夢中になっていた。見てて思ったことが、いくつか。ひとつは、男の子の世話は男に任せろってこと。始めの30分ほどは、隣りのグラウンドでやっていた少年野球の子ども達も一緒に、ウォーミングアップしてくれた。彼らには、大勢コーチ(地域の野球経験者)がついている。みんな中高年なのだが、子ども達がふざけたり、ダラダラしたり、マナー違反を犯していると、即座に大声で「○○! ××するな!! △△しろ!!!」と、叱責する。近頃の子、特に男子には、こういう厳しさ、男性的な指導が欠けている。家庭でも学校でも、スポーツやお稽古事の世界でも、お母さんや女性性が過保護にしすぎ。結果、男子は、男子を男子たらしめる“何か”を得られずに育ち、バランスを欠くように思える。ラグビー教室も、4月から開校されるらしく、ウチの双子も行きたがっているが、ぜひとも、こういう遠慮のない指導をお願いしたいものだ。ふたつは、地域や次世代に貢献する、若い力を大事にしたいってこと。少年野球やラグビーなどは、町の総合型地域スポーツクラブとして行なわれている。指導するのはみんな、地域の有志だ。ラグビーも、町にあるクラブチームのメンバーが面倒を見てくれるようだ。といって、決して指導慣れしているわけではないだろうし、野球に比べたら、みんな若い。それに、これは、町民がスポーツに親しむ機会を増やすことが目的のクラブ(教室)であって、リーグ戦での勝敗や実力の向上とは、目指すところが違う。その辺を、通わせる親の私達の方がきちんと理解しておかないと、「あれをしてくれない」「こうしてほしい」という見当違いの要求をしかねない。それよりも、自分達だけがプレーをしていた若い世代が、地域や子ども達のために時間や労力を提供してくれることの価値を、もっと大事にしたい。結局、こういう地道なところから、ラグビー人口の裾野は広がっていくのだから。
2008.01.26
コメント(0)
昨日、長男(小6)が学校から帰るなり、「かあちゃん、腹が痛てぇ今日の少林寺の稽古も休む~」と。聞けば、1時間目が始まった頃から、ずっと腸の辺りが痛かったとか。給食はあまり食べられなかったものの、それでも我慢できたと言えば言えるぐらいだったらしい。それが、家で横になっているうちに、痛みも増すし熱も38度近くまで上がった夜には1回、嘔吐クラスに一人、腸炎でお休みしている子がいるらしいが、もしかしてそれかなぁ今朝は、学校を休んだ熱は37度程度で落ち着いているものの、数回下痢空腹に耐えかねてゼリーを食べたら、たちまち腹痛がひどくなったただ、つらそうな感じはないので、病院へは行かず、家で様子を見ることにしただって、夕べからの雪が積もって寒いを通り越し、冷たいんだもん道路が凍結してるんだもん私の車、タイヤがスタッドレスじゃないんだもんお家でぬくぬくしてるのが一番よ
2008.01.25
コメント(4)
お鍋の中でグツグツグツ大人用の晩ごはんに作りました、スリランカ風カレー先日もらってきたスパイスに、何種類かをちょいとプラス。めちゃうまで、ござった。ダンナことM先輩も、さとかつ君、たいち君も気に入ってくれた作り方も、スパイスさえ揃えば、カレールーを使っての日本のカレーより楽だしもうウチのカレーはこの味、ってことにしちゃおうかな
2008.01.22
コメント(6)
こんな材料を使います本日は朝から、長女(中2)が少林寺拳法の新春法会へ。長男(小6)は、サッカーの練習に。次男&三男(小2)は、ラグビー体験スクールへ。というわけで、ダンナことM先輩は、ラグビーの引率。私は、新春法会でもちつきの手伝いに。ここ数年、道場では新春法会の際、もちつきをして、拳士や父兄に振舞っている。特にカレーもちが人気なのだが、今年のカレーはいつもと違う。スリランカ人の拳士が、スリランカ・カレーを作ってくれたのだ。ふだん自分達が食べるものより、格段に辛さを抑えてくれたそうだが、それでもスパイスが効いてて、辛さが生きてる感じでも、サラッとしていて、ヘンな添加物がないから、辛いもの好きのわたしなんぞは、いくらでも食べられちゃうウチは、あまったカレーをもらって、夕飯に食べた。さらに、残ったスパイスをもらってきた。これで、自分でも作れるぜ、へへへちなみに、写真のスパイスは、これが全てではない。これはもらってきたものだけで、他にもまだ数種類必要なのだ。
2008.01.19
コメント(4)
昨晩、子ども達を少林寺拳法の稽古に送り出してから、役場に行った。ホームステイ説明会が、あったので。私や子どもの誰かが留学するわけでは、もちろん、ない来月、このK町に、イギリス・ケンブリッジから中学生30人が来るので、その何人かを受け入れるのだ。最初、長女(中2)が学校からホームステイ先募集のチラシを持ち帰り、「ぜひ受け入れたい」と、言い出した。英語、全然ダメなのだが、好奇心は旺盛なのである私はむろん、こういうことを面白く感じるのでOKだし、ダンナことM先輩も「おおそれはええ、それはええ、5人でも10人でも泊めたろ」というウェルカムな輩である。かくして募集に応じ、昨日の説明会参加と相成った。もっとも。留学生達は、日本に10日間ほど滞在するだけ。ホームステイもわずかに3泊4日だし、プログラムも決まっていて、ウチへはほとんど寝泊りしに来るだけ、って感じそれでも、少林寺拳法を体験させたり、たこ焼きを焼かせたり、我が家らしいニッポンの生活を、体験させたろかな、とは考えているちなみに。おそらく我が家には、男子が3人ほど来るかと思う。男女どちらでもいいと言えばいいんだが、昨日聞いたら、女子の受け入れを希望する家が多いそう。それで、「じゃあ、男子を希望しときます」って話になったのだ。ウチ、子どもは男子の方が多いしね。第一、体育会系だしね。むしろ男子の方がいいっしょ。帰ってきて、その話をしたら、長女も「う~ん、私も家の中、男だらけだしね。少林寺でもランニングクラブでも、男の中に女は私一人だしね。今、剣道部でも男子に混じって稽古する女子は、私だけだし。ウチにごはん食べに来るのも男ばっかりだし。今となっては、男子の方が気楽だな」そうね、そうね、本当に女ッ気のない家よね次回の打ち合わせ会で、大体どの子が来るかわかるそうだが、ま~、体力があって胃腸の頑丈な子達だといいな
2008.01.18
コメント(3)
13年前の今日、阪神・淡路大震災が起きた。当時、我が家は神奈川・川崎市内の6畳2間のアパートから、近くの3DKのマンションに越したばかりだった。長女が1歳。私のお腹には2人目の子がいた。妊娠5ヵ月だった。その日は、いつも通りの朝で、TVも、起きてから全くつけていなかった。まだ勤め人だったダンナことM先輩を送り出してからも、長女の世話であたふたしていたのだ。8時過ぎだったと思う。ようやく人心地がつき、TVをつけると、あの光景が映し出されていた。横倒しになった高速道路。瓦礫の山から幾筋も立ち上る、真っ黒い煙。わけがわからなかった。どこの国のことか。まるで、映画のワンシーンだった。あわててダンナに連絡を取った。明石のダンナの実家に電話をしても、全く通じない。東京に住む、ダンナと同郷の友人とも連絡を取り合った。夕方、その友人が、ようやく実家に電話が通じた、と知らせてくれた。家族は無事だった、と。それから、どうも公衆電話の方がつながりやすいようだ、と教えてくれた。私はすぐ、ダンナに伝えた。やがてダンナからも、実家と連絡がとれて無事を確認した旨、連絡が来た。実家のマンションは、壁にひびが入ったり、食器がほぼ全滅したものの、義父母はケガもなく無事だった。義兄の家も、塀が倒れた以外、損害はなかった。そして、ダンナの知人友人は、誰一人命を落とさず無事だった。あれだけの被害、犠牲者が出た中で、まさに奇跡だと思った。1歳だった長女は14歳になり、もうすぐ中学3年になる。私のお腹にいた胎児も12歳。この春には中学生だ。ダンナはあれから2回転職し、今では小さい会社ながらも自分で経営し、ブックドクターとして頑張っている。何より、震災後に生まれた双子ももう8歳になり、6人家族になった我が家は、三重に腰を落ち着けている。私も、嵐のような怒涛の子育て期間は過ぎ、日々穏やかに暮らすようになった。それでも、今日という日、新聞やTVで、「大震災から○年経ちました」と見聞きすると、最初に目にしたあの光景を思い出す。何度も夢に出てきた、業火の様子が目に浮かぶ。思いも色々。教訓も色々。犠牲者となった方々、その後暮らしが一変し孤独死された方々のご冥福を改めてお祈りいたします。
2008.01.17
コメント(4)
この数日、ダンナことM先輩は、早朝に家を出て深夜戻る生活だったので、ロクに顔も合わせなかった今朝、ようやく少し話す時間ができたこういう時はいつも、今後入っている行事や予定を告げ、M先輩のスケジュールを確認、2人がどう動くかを決める。まるで『業務連絡』とか『申し送り』である。今朝も、連絡事項はいっぱいあったこれから3月末頃まで、学校関連を中心にやんやかあるのだ。そして、今度の土曜日も、長男(小6)が入っているサッカー少年団の記念撮影について、連絡があった。それを、そばにいた長男本人にも伝えながら、気づいた。「その日は新春法会もあるやん!!」それだけではない。土曜日はほぼ同じ時間帯に、長女(中2)は少林寺拳法の新春法会で奉納演武をする。長男は、サッカーの練習があり、その後ユニフォームでの記念撮影がある。次男&三男(小2)は、ラグビー体験スクールに行く。ひゃあ どうしようと、私一人パニックになっていた時だ。長男が、「兄弟が4人いてよかったねぇ」と言ったのだ。兄弟が4人いて、それぞれやることが違うから、あれこれあって楽しいと、いうこと。ああ、そうか~私は、法会の手伝いもあるので、はなから自分が送迎でバタバタする→忙しい→疲れる→イヤだな→どうしようとしか、発想していなかった。だから、長男のような愉しむ心を忘れてしまっていたのだな。そうだ、そうだ。みんながそれぞれのやりたいことを楽しめるのは、幸せなことだそれに、M先輩も都合がついて、男子3人の面倒を見てくれることになったので、私は前夜準備を怠らなければ、法会に専念できることになった。またもや私は、長男の楽天的発想に助けられたのねん
2008.01.16
コメント(0)
これで一人分! しかも、ごはんは別に1パック付く私の家は、O地区の自治会としては“十番組”に入っている。今日午前、そこの婦人部の新年会が、お寺の庫裏であった。私は、引っ越してきて初参加なので、一応自己紹介などさせてもらったが、後はおとなしくしていた寄り合いの議題としては、「来年の日帰り旅行は、どこへ行きたいか?」ということで、意見を求められたけど、「いやもう、お姉様方のご希望に○※△□?☆……」と、「逆らいません」状態当たり前である。新しい人が越してくるようなことは望めない地区なので、この先20年は、私なんぞ“よそ者”で“新入り”な上に“若い人”だものそして、11時頃、仕出し屋さんからお弁当が届いた。すご~いデッカイやつで、全17品年の初め、ダンナが男衆の新年会に出た時も、やっぱり弁当が出て、それがデカかった(婦人部の方が、もう一回り大きかったけど)。ダンナ、残しちゃいけないと思って、お腹パンパラパンなのに一生懸命食べた。そしたら、みんなはほとんど手をつけず、家に持ち帰ったそうで、「来年からは持って帰ろ~」と。なので私も、全然お腹も空いてなかったし、持ち帰ろうかと思いきや。婦人部のみなさんは、バンバンふたを開けて、ガンガン食べだしたので、食べない方がおかしい風になり、慌ててふたを開けた。女性は、お酒を飲まないから、食べるのはきっちり食べるのだ(そう言えば、旅行も「ホテルのランチなんか食べたいわぁ」ってご意見が出ておった)。それでいて、メインのおかずはちゃんと残しておき、途中退席して、家で留守番している家族に置いてきたり。私も全部は食べず(一緒に行った双子っちが、ちょこちょこつまんでいた)、家に持ち帰って、子ども達に分けた。そんなこんなの、和やかな新年会初体験でありました
2008.01.14
コメント(4)
今日、東海テレビがダンナ達『朗天狗』の取材に来た。ニュース番組の中で紹介するらしい。午前中は事務所での打ち合わせの様子を撮り、夕方、ウチにも来たダンナが子ども達に絵本を読む様子を撮る、ということだったが、ディレクター氏があれこれ質問し、家族の誰彼が何やかや答えたり何かしたり。一応、私も撮られはした。でも、全部で6分程度に編集されるそうだから、ま、出たとしても、カメラの前を横切るぐらいでしょう
2008.01.13
コメント(0)
今朝は6時半に起き、長女(中2)のお弁当を作りながら、カレーを作った。夕方から忙しいから。今日は放課後、小学校の体育館で中学校制服採寸があり、長男(小6)を連れて行くのだ。そして夜は、地区の集会所で、来年度の小学校PTA役員を決める寄り合いがあり、家を空けるのである。そんなこんなで、朝からジャガイモの皮むきとかしてたら、ダンナことM先輩が、「銀さんが吐いとる」と言うじゃあないか様子を見に行くと、具合いが悪いのではなく、どうやら何かわからん草を食ってたようで、それがノドにひっかかったのを吐き出そうとしているらしい指を突っ込んでやっても取れないし、牛乳を温めて飲ませたり様子を見に行ったり、いつもの朝よりバタバタしてしまったま、銀さんはその後何事もなく、いつも通りなので、ひと安心でも、おかげさまで、現在すっかりくたびれて昼寝でもしようかと考えているところである「まだ朝の9時だし、まだ洗濯物も干せてないし」と、自分でツッコんでしまいました。ハ~イ、働きま~す
2008.01.11
コメント(4)
昆布がいい味出してました予想通り()和の惣菜に走っております本日の晩ごはんは、大根と豚ばら肉の煮物赤だし味噌を使っております。一見味が濃そうな色ですが、食べてみると案外さっぱりしているのは、赤だし味噌の力ですな。材料は大根、豚ばら肉、昆布、こんにゃくでした~
2008.01.09
コメント(0)
今日の某紙朝刊に、双子のお母さんからの相談が寄せられていた。『今は祖父母に育児を手伝ってもらっているが、いずれ自分一人で二人を見ると思うと不安。多胎育児のコツを教えてほしい』一卵性双生児の♂を8年間育ててきて、言える事はただ一つ。そんなものはないそもそも子育ては、単胎多胎に関わらず、技術でどうこうすることではない。だから、コツそのものが存在しないのだ。ただ、心構えは、あると思う。この相談者の場合、今は祖父母の手伝いがあり、いずれは自分一人、と書いているが、それがおかしい。離婚したなり、シングルマザーだというなら話は別だが、ダンナはどこへ行ったのだ子どもは、相談者と夫との間の子なのだから、夫と共に育てていくのが筋だ。夫は、持てる金も体力も有給休暇もその他休暇も、全部全部子育てにつぎ込め。貯金が底をつこうが、女房と赤ん坊の命と健康の方が大事なのだから、金は惜しまず、金で解決できることは、どんどん金を使うべし。つまり、まずはダンナが根性を見せることこれだ。次には、コツを知りたがる心を捨てること。子どもができる前のように行き届いた掃除とか、夫婦二人だった頃のような整った食卓とか、よそのお宅のようなアイロンのかかった洋服とか、そんな普通の生活を望んじゃダメだ。部屋の埃が積もろうが、納豆をパックから直接食べようが、吊るしっぱなしの洗濯物から着ようが、死にゃあしない。まずは我が子の糊口を絶やさず、次に母親本人が倒れないようにするのが、生活の最優先事項。他の事は一切、レベルをグンと下げて、『こんなもんさ』と腹を括ればよろしい。育児自体も、母乳だの布おむつだの、そんな育児の常識にこだわるのは、自分の首を絞めるだけだから、やめた方がいい。母乳の出が悪くなったら、「ラッキー」ぐらいに思って、完全ミルクに変えてしまえばいい。とにかく、少しでも親の体が楽な方を選ぶこと。でないと、やってけないもん。そして、何をどう工夫しようが、日々、各場面場面で必ず、何かしら犠牲は出てくる。10キロの赤ん坊2人と10キロの米袋、14キロのベビーカーをいっぺんに抱えてマンションの5階まで階段で上がれるならいいが、そんなこと無理に決まっている。米を1階に置いたまま、子どもを部屋に入れようと、『このぐらいは仕方ない』と、思い切るしかないのである。多胎児の妊娠を、『異常妊娠』なんて言うけど、あれは妊娠自体が異常なのではない、出産後の生活状況が異常なんだ、と私は思い知った。常識や世間の目を全く無視するだけの強い意志は、持ってる方が楽だと思う。それでも、子どもは育つ。3年、5年、7年と、節目ごとに、階段を一段上がるが如くに子どもは離れていき、親は楽になっていくものだ。それに従って、また以前のように部屋を片付けたり、洗濯物を始末したり、『普通の生活』ができるようになっていく。庭いじりやスポーツや、友人とのランチを楽しむ余裕だって出てくる。それに、そうやって親が一生懸命やっていたら、必ず近くの人が助けてくれる。その時には遠慮なく、「助けてください」「ありがとうございます」と感謝して、相手の手を借りればいい。一人、あるいは夫婦だけでやりきらねばならぬ、などと肩肘張らず、『助けられ上手』になればいいのだ。こうやって書いていくと、多胎ゆえの先天性疾患でもない限りは、子育ては子育て、多胎も単胎も変わらないな、と思える。結局、気合い、体力、根性ですね
2008.01.09
コメント(2)
カウンターキッチンの背面部150センチ幅の、大きな食器棚を譲ってもらった。これをダイニングに入れたおかげで、食器類は全て収納できた。その分も併せて、キッチン内の背面部をちょっといじった。一番右端、写真にかすかに写ってるのが冷蔵庫。中央が、食品保存棚。左端がスチール棚。食品保存棚は、古い食器棚の上半身を再利用したもの。天板部は、下ごしらえしたものや温め直すだけの鍋なんかを置けるスペース。バスケットには、パウンドケーキ型など紙製品を入れてある。一番上の棚は、調味料棚。その他、買い置きの調味料やフードプロセッサーなどなど。スチール棚の天板部は、カゴを置き、やかんやカセットコンロをぼんぼんと放り込んである。次がオーブントースター、オーブンレンジ。下2段もカゴがあり、それぞれ玉ネギ入れ、ジャガイモ入れになっている。だいぶ使いやすくなったのだった
2008.01.08
コメント(4)
がぶがぶ飲める温かいお茶がほしいなぁ、と思い、ほうじ茶を作った。こう見えて(どう見えるのだ)私も静岡の生まれ育ちなので、ほうじ茶ぐらい、自分で作るのであるちょうど、未開封で賞味期限切れの緑茶が1袋あったので、それを使った。でも、結構いい葉だったので、こくと渋みが残りすっごいおいしいほうじ茶になった上手にできて嬉しいなぁ明日も飲むのが楽しみ、エッヘッヘ追記:1/8(火)緑茶を焙じている間、いい匂いがキッチンからリビングダイニングに満ちていた。今朝起きて、ダイニングに入ったら、こもった匂いがなかった。何の匂いもしない、清浄な空気という感じ。これは、昨日のほうじ茶による消臭効果ですな。お茶、えらいっ
2008.01.07
コメント(2)
私の新しい教科書午後、家族でお隣りY市の書店に出かけたダンナことM先輩が、家族それぞれに1冊ずつほしい本を買ってくれるのだ。書架を見て回って、候補が3冊ほどあった。NO.3は、あまり実用性がなさそうなので却下したいが、しかし、残りは2冊とも高いNO2.の方が2,000円ほど安いのだが、M先輩に「でも、これは中途半端なの?」と訊ねられ、「う~ん、まぁ」ということで、結局一番ほしいけど一番高い1冊を買ってもらっちゃった~5,200円もするんだよ~んありがとう!ダンナ!!エヘエヘ……で、どうしてこの1冊がほしかったかというと……。今年の目標のひとつに、料理の腕を上げるというのが、あるのである。具体的には、上への特化と、底辺の特化。日常的にフランス料理を作ろうとは、全然思っていない。フランス料理の味と特性を分析して、それをうちのごはんに落とし込みたいのだ。もちろん、できる範囲で本の通りにも作ってはみる。できないからやらない、というのは心もとない。できるけどやらない、というところは、持っておきたいので。これが、上への特化。底辺の特化というのは、ニッポンの惣菜の洗い直し切干大根の炊いたの、ヒジキの炊いたの、肉じゃが、筑前煮など、決して主菜にはならないけど、食卓にあるとホッとする惣菜――こういう類のものを、もういっぺん見直すつもり。ひとつずつ、作り方やら何やらを記録しながら、家族以外の人にも食べてもらいながら、バリエーションも増やしながら、今まで何となく作っていた物を自分の中で明確にさせていこうと、考えている。それで、家族の食事の何が変わるわけではないと思うが、私の料理に対する意識は、面白く変わる気がするのである。さ、料理、料理
2008.01.05
コメント(2)
オレは元気だぜ ~枕を使って寝る犬 銀さん(生後5ヵ月)昨日昼、家族で表へ出て、チャッと賀状用写真を押さえた。その後、やけに悪寒がするので熱を計ると、また38度近くに「もう、イヤだなぁ熱が出ると腹が立ってくるよ」と文句を言っていたら、ダンナことM先輩に「腹を立てると、余計に熱が上がる」と、ひと言静かに諭された。なので、腹を立てるのをやめて横になったら、少し治った今朝は平熱に戻り、ぼちぼち家事をしているが、熱も上がってこない。うっしゃあぁぁ!!ところで。午前中、にいやんが奥さんのヨ~コさんとお菓子のおすそ分けに来てくれたのだが、聞けば、にいやんも年越しウォークの途中から具合が悪くなったそう。その上ヨ~コさんや、ヨ~コさんの実家のお母さん(餅つきで一緒だった)も大晦日から同じように体調を崩したとのこと。この近辺、お見事なまでの集団感染だったことが判明したのだった。皆様、くれぐれもくれぐれもご自愛を。
2008.01.04
コメント(0)
12/31(月)夜8時頃、急に下痢が始まった。と思ったら、嘔吐も。あれ~っ、と思う間もなく、きゅるる~と熱が上がり、38度超え子ども達が明石へ帰るのを楽しみにしてたのに、やばいや~ん2008年1/1(火)と、思っているうちに、長女(中2)と長男(小6)が年越しウォークから戻ったが、2人とも「帰る途中で何回も吐いた~」と。ええっ2人がウォーキングでへたばったとばかり思っていたダンナは、私が、「ノロウィルスやわ~」と話すと、「ええっ」その場で、明石行きの中止を決定私は一晩中、トイレ通い明け方には貧血と過呼吸症候群も起きて、トイレ前で動けなくなってしまい、ダンナに助けを求めた朝には、長女が同じように動けなくなり、怖さでわんわん泣くし「オレ、大したことないし」と言う長男も、熱を計ったら38.5度かくしてこの3人は“病気組”と名付けられ、1階の一室に集められた。「入院病棟みたいだね~」と話すが、その後は3人とも昏々と眠り続けるまた、チエも同じように具合が悪くなり、隣りの部屋で眠り続ける1/2(水)明石から、おせち料理としゃぶしゃぶ用牛肉が届く。私達のために、おばあちゃんが用意してくれたものを送ってくれたのだ。だいぶ回復したチエは、昼過ぎ帰途に病気組3人は、病魔がいささかトーンダウンしたって程度。ひたすら寝る、寝る、寝る夜、長女と長男は、かなり回復してきて、食事も取り始める私一人、低空飛行が続く。でも、同じ具合が悪いなら、食べた方がいいと思い、食べられそうなものを選んで食べたが、夜中中腹痛に悩まされる、チェッ1/3(木)私は相変わらず微熱と腹痛、吐き気。でも、もう寝るの面倒くさいし、やることあるし、起きた。長女、長男はほぼ全快。ダンナは、とりあえずの家事と銀さんの世話を済ませると、サッカー少年団の初蹴りへ。明石に行っていて欠席の予定だったが、思いがけず行けることになった。家族の半分がダウンしているのに、ダンナも双子っち(小2)も丸々元気で、それが本当に救い早々に賀状をちょうだいした皆様このようなわけで、賀状はいよいよ遅くなりますが、ご了承いただきたく、よろしくお願い申し上げます~
2008.01.03
コメント(8)
全20件 (20件中 1-20件目)
1


![]()